連載小説
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第六夜「武神出現」



「また、増えてますね」

翌日オリガが迎えに来ると、開口一番そう呟いた。


「こんな短期間で三精霊使い、どんな裏技を?」

断罪の森に入ったことは言うわけにはいかない、涼風は適当に話をはぐらかすことにした。


「ところでオリガ、今度の休みに出かけてみないか?」

別の世界にいたときにはそんな風に女性に声をかけたりはしなかったが、オリガは自分の秘書のようなことをしてくれている、この辺で親睦も兼ねたい。


真相は単に話しを逸らそうと適当に言っただけなのだが。

『あっ、マスターずるいっ、遊ぶなら私と遊んでよっ』

風鳴を皮切りに、他の精霊たちも口を開く。

『わたくしとです、マスター、お疲れでしょうからわたくしが癒して・・・』


『違う、わたしと、わたしはまだマスターと契約したばかり、親睦というなら、わたしとすべき』


騒ぎ出す精霊たちに対して、肝心のオリガは神妙な面持ちでじっと涼風を眺めている。


「・・・もし、もしですが、卿にお許しいただけるならば、レスカティエで卿にお仕えしても、よろしいでしょうか?」

いきなりの提案に涼風は目を見開き、精霊たちもなにやらヒソヒソと内緒話をしている。


「卿はこれから確実に大軍団を任される将軍となられるはずです、そんな時には秘書の一人は必要になります」

そんな予定は毛頭ないのだが。


「卿にお仕えしたいのですっ、私の力が活かせられるか、試してみたいのですっ」

頭を下げるオリガに、涼風は目を閉じた。

「頭を上げてくれ、オリガ」

彼女が頭を起こすと、涼風は軽く頷いてみせた。


「もし大図書館が許してくれるなら、ついてくるといい」




一日の予定を全て消化すると、涼風は近くの空き地で久しぶりに武器を握ってみた。

「・・・よし、風鳴、もう一度だ」

『オッケー』

風皇剣に風の力を込めて何度か素振りしてみると、一人頷いた。

「よし、次、水鏡」

『はいっ』


今度は操霊斧鉾に水の力を集めてみる。

かすかに武器の刀身の周りに、波打つ不可視の気が見える。

「・・・よし、次は地走だ」


「よろしく・・・」

バトルアックスに、今度は地霊を宿らせてみると、大地から立ち上る霧のような力が溢れてきた。


『マスター、何かわかった?』


風鳴の言葉に涼風は軽く頷いた。

「風皇剣にはシルフの力を纏わせた場合のみ相乗効果で強くなる、操霊斧鉾にはどの精霊の力も内包させられ、強化される」

とんとん、と涼風は操霊斧鉾で何度か地面を叩いた。

「しかし風に関して言うならば、風皇剣のほうが威力が高い上に遥かに柔軟性がある」

翡翠色の剣を腰の鞘に戻すと、涼風は何度か頷いた。

「風霊使いにしか操れない、というのはそういうことなのだろうな・・・」

『じゃあ、マスター、私たちの力を、使う際には、そのバトルアックスを?』


じっと地走は操霊斧鉾を見つめている。

「その方が良さそうだ、しかしまずは二つの武器を使いこなすところからだな」



くるくるとバトルアックスを振るうとともに、地走が作った土の人形を素早く破壊していく。

「はあっ」

土人形は自律行動も取り、手に握った土の剣でこちらに攻撃をしてくることがある。

さながら合戦のように、周りに気を使いながら戦わねばならない。

近衛騎士として訓練を受けた涼風だが、それでも複数体の敵と連続で戦うとなると、かなり精神をすり減らして戦うことになる。



「・・・よし、良いぞ、地走、あと十人追加だ」

空高く星が輝くような時間になっても、涼風は休憩一つとらず、訓練を続けていた。

『マスタ〜、もういい加減に帰ろうよ〜』

風鳴は軽く欠伸をして見せたが、涼風は断固として首を縦には振らない。

「まだまだだ、もう少しでバトルアックスのコツがわかりそうだ」

息を荒げながら涼風はそう告げたが、誰の目から見ても限界が近いのは明らかだ。


『マスター、今日はこれまでにして明日またされてはいかがでしょうか』


水鏡も心配そうにそう言った。

「・・・しかし」

『マスター、さっきからふらついてる、これ以上は、ダメ』

地走の言葉が決定打だった、涼風は渋々とでも言うように頷くと、まっすぐアパートまで帰っていった。



次の日涼風は、全身の痛みで目が覚めた。

「うっ・・・」

あまりに無理をし過ぎたツケが次の日に回ってきたというわけだ。

外はまだ暗く、契約精霊たちも向かいのベッドで仲良く眠っている。


「ともかく、起きねばな」

ゆっくり身体を起こすと、枕元に置いていた治癒の丸薬を飲み、立ち上がった。


身体を引きづるように近くの椅子に腰掛け、卓上の魔法具で紅茶を沸かして、やっと一息ついた。


同時に心地いい温もりが身体に広がっていき、少しずつ痛みが引いてきた。

どうやら徐々にではあるが、薬の効能が出てきたらしい。


机の上にはオリガが昨日置いていってくれた、『火霊術心得』がある。

まだ火属性の精霊、すなわちイグニスは味方になっていないが、予習ということで置いていってくれたのだ。



「すこし、散歩するか」

身体の痛みも大分引いた、この辺りで外に出てみるのもいいかもしれない。





外はまだ薄暗く肌寒かったが、日の出の光もではじめており、涼風以外にも散歩をしている者がちらほらいた。




しばらく歩くと、見知った人物を見かけた。

「オリガ?」

そう、大図書館の少女オリガだが、なんだか様子がおかしい。


と言うのも、何やらキョロキョロ辺りを気にしながら歩いているためだ。


それを見た涼風も得体の知れない嫌な予感に襲われてしまい、身体が勝手にオリガを尾行してしまっていた。



ウェルスプルの辺境にある暗黒街、オリガはそこにある一つの店に入っていった。

「『ファラオの迷宮』?」

何やらよくわからない名前だ、涼風は手早く屋根に飛び乗ると、天窓から中を覗いてみた。



「準備は出来ている、次はレスカティエだ」

オリガは誰かと話しをしているようだが、誰かまでは見えない。


「それで俺の契約候補はどうなんだ?」

声が聞こえた、勝気そうな弾んだ声だ。


「彼は今日も勉強だ、しかし本当に彼にするのか?、たしかに彼はいい男だが・・・」

「んだよオリガ、俺にとられんのが嫌なのかよ?」

なんの話かよくわからない、涼風は聞き耳をたてようと天窓を見ていて叫び声をあげそうになった。


「あれは、耳か?」

椅子に腰掛けているオリガの頭から黒い犬のような耳が生えているのだ。

しかもオリガの肌も普段のものではなく、エキゾチックな、砂漠の民のような褐色に変わっていた。


「オリガは魔物、だったのか?」

人間に化ける擬態の魔法があると聞いたことはあるが、まさかオリガがそうだとは。


「ともかく火群(ほむら)、しばらく涼風卿のことは任せてくれ、悪いようにはしないしない」


オリガが立ち去る、涼風は彼女にバレないようにゆっくりと屋根から降り、露地裏に身を隠した。

「・・・(オリガは魔物だった、なんのためにウェルスプルで働き、私に近づいたのだ?)」


レスカティエ、彼女はレスカティエに行くと言っていたが、何のために。


考えがまとまらない、それにここにいるべきでもないかもしれない。

素早く涼風はその場を後にしてアパートに向かった。



アパートに向かう最中、空を流星が走るのを見た。

「流れ星?」

最初はそう思ったが違う、それはぐんぐん地上に近づき、やがてすさまじい音を立て、近くの荒れ野に落ちた。


「な、なんだ?」

『マスターっ』


アパートの方角から三人の契約精霊がやってきた。

「お前たちも見たのか?、一体なんだろうか?」

『わかりません、しかし只事ではないことは確かです』


水鏡の言葉にすぐさま地走は頷く。

『マスター、なんだか、嫌な予感が、する』


「・・・調べるか」



先へ進むにつれて、何かが焦げるような匂いが鼻をつくようになる。

「やはり何かある、な」

しばらく進んでいくと、すさまじく巨大なクレーターがある場所にたどり着いた。


『衝撃だけでこんなに・・・』

風鳴の言葉に、涼風は改めて重力の強さを思い知った。


『マスターっ』

涼風のすぐ近くにいた水鏡がクレーターの奥を指し示した。


「っ、あれは・・・」





そこにはすさまじい大きさの怪物がいた。


七色の光沢を持つ翡翠色の鎧甲を備える巨大な怪物だ。

まるで巨大な蓮の花のような外観だが、あまりに大きく、蓮の花をかたどった怪物と言われるとピンとくるような姿だ。


「これは、どこかで、見た覚えがあるが・・・」

「小僧、そこで何をしている」

怪物の頂点から美しい女性が現れた。

褐色の肌に、南国の民族のような露出の多い姿、さらには全身に走る銀色の刺青と、明らかにただ者ではない。

契約精霊たちも涼風と同じような印象を受けたのか、表情を強張らせる。



「小僧、貴様は強いのか?」

いきなり女性はそう告げると、涼風に殴りかかってきた。

「っ!」

すぐに涼風は風皇剣を引き抜き、女性の攻撃を弾いた。

「ぐあっ」

しかしあまりに女性の力は強く、後ろに弾き飛ばされた。

「・・・ほう、悪くない、まあギリギリ及第、といったところか?」

女性はばきりと両拳を鳴らした。

「しかし『時空制御能力』がない以上奴等の敵ではない、残念だが連れてはいけないな」

女性はとんっと、怪物に飛び乗った。

「良く聞け小僧、俺は天魔将ヴィルダカ、今よりこの世で一番強い奴と戦いに行く」

一番強い奴、まさか王魔界の魔王と戦うつもりか。

「ほう、魔王か、そんな奴がいるとは好都合、どれほどのものか試してやろう・・・」

ばんっ、とヴィルダカが足で怪物を叩くと、蓮の花のような怪物はゆっくりと起き上がり、主人を乗せたままどこかへ飛び去っていった。


『天魔将ヴィルダカ、一体何者?』


地走の言葉に涼風は黙って操霊斧鉾を見せた。

『え?、マスター、これって・・・』

微かに発光するバトルアックス、少しずつ光は弱まり、やがて消えた。


「・・・この武器と縁がある者、なのだろうな」

涼風はしばらく、ヴィルダカの去っていった空を眺めていた。


15/10/01 13:42更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさまこんにちは、水無月です。

はてさて、いよいよ十月にはいり年末へのカウントダウンがそろそろ始まって参りますが、それより何より寒くなってくるため、注意が必要です。

今回は過去の厨二ノートよりボス格として天魔将ヴィルダカさんの登場です、ヴィルダカはみなさんご存知かと思いますが、南方の守護神増長天のことです。

勘の良い方はお気づきかもしれませんが、設定上あと三人は天魔将がいますが、確実に魔物娘の出番を喰らいそうなので、今回はヴィルダカのみとなります。

では今回はこのあたりで、次回はヴィルダカと交わる精霊使い、第七夜でお会いしましょう。

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