連載小説
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第五夜「淫魔接近」



誰か、誰かいないの?






深い森の中、涼風は一人さまよい歩いていた。

右を見ても左を見ても違いがわからないほど深い森ではあるが、涼風には行くべき道が見えていた。


と言うのも森の奥から助けを呼ぶような不思議な声がしていたからだ。

ゆっくりと先へ先へ進んでいく、距離の感覚はとうになく、どれだけ歩いたかもうわからなくなる頃。


開けた場所で一人眠る少女を見つけた。

風鳴や水鏡と同じ、何やら露出の多い姿に土を思わせる褐色の肌、涼風は彼女の近くに跪いた。





「・・・夢?」

気がつくと涼風はウェルスプルの宿舎の自室にいた。

何やら不思議な夢を見た、褐色の肌の少女に導かれて森を進んでいく夢だ。

「そう言えば・・・」

風鳴と初めて出会った時もそんな夢を見た、あの時の夢とよく似ている。


ふう、と息を吐くと、涼風は身体を起こそうとして違和感に気がついた。

「・・・ん?」

まったく身体が動かないのだ、夢に引っ張られいたため気づかなかったが、ようやく今になって奇妙な感覚に慄いた。


右には風の精霊、シルフの風鳴、左には水の精霊、ウンディーネの水鏡、それぞれがそれぞれ涼風の近い方の腕を抱いて眠っているのだ。

「・・・(な、なんだこれは、どうなっているのだ)」

錯乱する頭に沸騰する心、かなりの力で掴まれているのか、振り払うことすら出来なさそうだ。


しかも抜け出そうと腕を動かすと、風鳴の未成熟故の柔らかい身体や、水鏡の清らかな妖精じみた肢体を否が応でも感じてしまい、平常心を保っていられなくなる。


「・・・(落ちつけ、ゆっくりと、すり抜けるように腕を引き抜いて)」

直後扉を何者かがノックした。

「おはようございます涼風卿、オリガです、お時間となりましたので参りました」

一瞬涼風は意識が遠のいたかのように感じた。

「お、オリガっ、少し待っ・・・」

「失礼します」

錯乱した涼風の声が聞こえ無かったのか、オリガはにこやかに部屋に入り、直後硬直した。

「なっ、なっ、な・・・す、涼風卿、何をされて・・・」

「ち、違う、誤解だっ、これは・・・」

「せ、精霊使いは力を行使するために、せ、性交しなければならないとは、き、聞いていましたが、げ、現場に出くわすなんて・・・」

あわわ、とオリガも錯乱しているようだ。

「し、失礼いたしました、ごゆっくりどうぞっ」

顔を真っ赤にさせながら、オリガは部屋から出て行き、後には唖然としている精霊使いとその契約精霊、オリガが置いていった食料だけが残った。





「・・・はあ」

とぼとぼと国立大図書館に向かう道を歩きながら涼風は何度目かのため息をついた。

『マスター、謝るからそんなに落ち込まないでよ』

後ろから不可視モードでこうなった元凶の二人の精霊がついてくるが、今涼風は相手をしているような余裕はなかった。

『そうですよマスター、わたくしたち契約精霊は、マスターの気分がよろしくないと、こちらまで陰鬱になってしまいますから』


ちらちらと顔色を伺いながら水鏡もそんなことを言う。

「・・・別に構わない、ただこれからは無断でベッドに入るのはやめてくれ」

大図書館に入る間際、涼風はそう呟いていた。


「おはようございます涼風卿、良い朝ですね」

大図書館に入ると、すぐさまオリガが駆けつけてくれた。

昨日と変わらぬ表情だが、ちらちらと涼風を気にしているのがわかる。

「おはようオリガ、今朝のことだが・・・」

「本日はより実践的な内容にお移りします、もっとも、卿にはご不要かもしれませんが」

弁解さえさせてもらえない、釈然としない感情のまま、涼風は大図書館の勉強室に入った。



さて、今日の内容はウェルスプルの学者が書いた『精霊学概論』、分厚い前後巻二冊が机の上に置かれている。

早速読み始めたが、途中の章句でふと手が止まった。


『稀ではあるが精霊使いは己の波長に合う精霊と無意識下でつながり、夢を見ることがある、受信する距離も最初は半径数メートルほどだが、精霊使いとしての実力を上げたものは、さらなる範囲で波長を受けることがある』


もしこの記述が確かならば、涼風が最初に見た風鳴の夢に続いて、二人目の夢を見たことになる。


どこかに、あの精霊がいるのだろうか?

ふと思い立って、涼風はオリガを呼んでみた。

「どうされましたか?」

「この界隈で左右がわからなくなるような深い森はあるかな?」

涼風の言葉に、オリガは考えながら答えた。

「断罪の森、でしょうか?」


断罪の森、オリガ曰くウェルスプル辺境にある森ではあるが、中は次元の境界があやふやになっており、魔王の居城のある真魔界や不思議の国といった場所にも通じている超危険地帯だ。

おまけに森の中では古代の英雄の幻影を見る、遥か頭上を恐竜が舞う、中と外で時間の経過が違うなど不可思議な現象すら確認されている。


「・・・ふむ、そこに鍵があるか?」

「断罪の森は第一級立入禁忌区画、侵入は不可能です」

あまりに危険なため隔離されている、しかし涼風に波長の合う精霊がそこにいるかもしれない。

「断罪の森内部では魔法はもちろんのこと精霊術も行使出来ず、純粋に心の強さだけが鍵となります」

オリガはそんなことを告げた。

「人間の心の内より出でたる力、仙術を扱えれば探索も可能かもしれませんが・・・」


精霊使いが仙術、それも奇妙なものだが。

「中に入るにはどうすればいい?」

オリガは涼風の疑問に首を振って、不可能だというアピールをしてみせた。

「無理ですね、数年前調査隊が入ったきり、誰も入っていませんし・・・」

ならばこっそり入ってみるか、危険な場所ではあるが、中に入る価値はあるのではないか?


ひとまずその日は断罪の森には触れず、夕食後、こっそり断罪の森まで飛んでみた。


「・・・なるほど、たしかにただ事ではないな」

外見は普通の森だが、中は真っ暗で何も見えず、周囲をぐるり取り囲むように注連縄による結界が張られていた。


森の奥からは微かに死人の声を思わせるような不気味な音が聞こえてきている。


「尋常な手段では突破は不可能、しかし・・」

実は森に近づく頃、微かに森の奥から精霊の波長を感じていた。

それは森に近づくごとに強くなり、今は確実に森の奥から発せられるとわかるような強さで感じられている。

「やはり中に精霊はいる、な」




「あら、こんな時間にお散歩かしら?」

いつからいたのか、すぐ近くに絶世の美女が立っていた。

「あなたはっ」

見たことがある、確か前にレスカティエで出会った美女だ。

「たしか、デルエラさん?」

「ええ、いつか会ったわね?、精霊使いさん」

一体どこから現れたのか皆目見当がつかない、まるで森から現れたかのような。



「この森の奥で、助けを求めている娘がいるわ」

デルエラは断罪の森を見上げた。

「残念だけれど、私には助けることは出来なかった、けど彼女の波長を受け止められる精霊使いなら、どうかしら?」

涼風は微かに目を伏せた。

断罪の森、今日は様子見のつもりだったが、助けられるのは己のみ、そんな話しを聞いてしまった以上は行くしかあるまい」

「・・・行くか」

決意を固め、涼風はゆっくりと断罪の森へと足を踏み入れていった。


「やっぱり、教国にはもったいないような良い男、ね」


月光のシルエット、一瞬だけ彼女の陰に翼が現れたように見えた。



夢で見た光景、ゆっくりと涼風は断罪の森を進んでいく。

右も左も同じ景色、ややもすると迷いそうだ。


しかし涼風は進むべき道がなんとなくだがわかっていた。


契約精霊が増え、強化された精霊使いとしての力がそうさせているのだろうか。



どれだけ歩いたかはわからない、数分か、数時間か、数日か、数秒か、まるで公園のような広い場所に出た。


「・・・ここは」

公園の中央、切り株に腰掛けている少女がいた。


褐色の肌に静かな瞳、間違いない、夢で見た精霊だ。

「あっ!」

こちらに気づいたのか、精霊は切り株の後ろに隠れた。

「別に怖くはない、私は君を連れ出しに来た」

涼風の言葉に、その精霊は微かに切り株から顔を出した。

「ここ、から?」

初めて少女の声を聞いた、可愛らしい声だ。

「ああそうだ、私は精霊使い四道涼風だ」

「知ってる、夢で見た、から」

そうか、精霊使いの側だけでなく精霊の方でも夢を見るのか。

「私は、ノームの地走(じばしり)、よろ、しく」

すっと差し出した手を涼風は握ったが、そのまま切り株の後ろに押し倒され、唇を奪われた。


「長いこと、待ってた、けど、私と同調した、精霊使いは、あなたが、はじめて」

涼風は三度目となる精霊の力が宿る感覚を感じた。

「問題はどうやって出るか、だが」

正直地走のところまでは特に何の問題もなく行けても、肝心の帰り道はよくわからないのだ。


「ん、こっち」

地面に耳を当てながら、地走は先へと進んでいく。

大地の精霊ノーム、断罪の森でもその力は劣らないということか。



信じらないことに本当に森を突破してしまい、涼風は目を見開いた。

「凄い、突破出来た」

「マスター、早く、帰ろう?」

新しい精霊は甘えん坊なのか、涼風の手に擦り寄る。

「ああ、つかまっていろよ?」

風霊術を発動させてウェルスプルまで飛んでいく。

難しい試練だったが、何とかなったようだ。



「ただいま帰った」

アパートに戻ると、留守番していた精霊たちが駆け寄ってきた。

『おかえりマスターっ』


『おかえりなさいませ、よくご無事で』


二人も精霊がいることに地走は驚いたのか、涼風の後ろに隠れてしまった。

『あれ?、マスター、その娘は?』

風鳴は素早く回り込み、地走の表情を伺う。

『シルフ?』

地走はおずおずと風鳴を見つめた。

『そっ、私はシルフの風鳴、君は?、もしかして・・・』

一瞬だけ風鳴の瞳に鋭い光が走った。

『マスターの新しい契約精霊?』

「そうだ、ノームの地走、仲良くな」

涼風の言葉に応じて、地走は一礼した。

『地走、よろしく・・・』


『やれまあ、まさかここまでとは・・・』

感心したように水鏡は頷いた。

『マスター、まさかマスターがここまで精霊と波長が合うとは思いもしませんでしたよ』

あまりに短期間で契約精霊が三人に増えた、これはどうやら珍しいことらしい。


「なんだか疲れたな、少し休ませてもらう、風鳴、水鏡、地走のことをよろしくな」

『は〜い』

『勿論です、マスター』

二人の言葉を聞くと、涼風はベッドにもぐり、すぐさま眠りに入ってしまった。



『マスターは、正規契約を、してない?』

『うん、今は仮契約』

『マスターとしては十分な実力です、これで正規契約したらどうなるのでしょう?』

『間違い、なく、ウェルスプル一の精霊使いに、なる』

『あ〜あ、早くマスターに、『お前が欲しい』とか言われたいな〜』

『まだまだ先は長いですよ?、あのマスターを籠絡するのは、並大抵ではありませんしね?』
15/09/30 09:40更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさまおはようございます、水無月であります。

いよいよ今回は三番目の精霊であるノームの地走が現れ、涼風氏もさらなる力を手に入れることとなりました。

だんだん涼風氏も強くなってますが、それで終わりにならないのがドワォなインフレの世界、まだまだ強い奴が出てきますね。

では今回はこの辺りで、次回はドワォな時空を渡る将が現れる第六夜でお会いしましょう。

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