第四夜「学術国家」
『主命
ペネロペ付き近衛騎士四道涼風
学術国家ウェルスプル国立大図書館にて数ヶ月精霊学を学び、教団と国家にさらなる安定をもたらすこと
レスカティエ王宮』
風霊術で空中を移動すること数時間、涼風は学術国家ウェルスプルに到着していた。
「ここがウェルスプル、か」
まさか話しをしている最中に話題に出ていた都市にいく事になるとは思わなかったが。
「ともかく、まずは国立大図書館、だな」
馬を引きながら涼風はウェルスプルのメインストリートを歩いていく。
大通りには私塾や本屋、さらには図書館などが非常に多く、学問の総本山という感じがした。
「しかしすごいな・・・」
レスカティエの大図書館もかくやというほど巨大な図書館が複数あるが、それよりも遥かに大きい図書館が国立大図書館だ。
外見は巨大な塔であり、ビルに換算すると10階は優に越えるだろうか。
「ようこそ学術国家ウェルスプル、国立大図書館へ」
中に入るとすぐに眼鏡をかけた司書の少女が出てきた。
「私は精霊学書物管理担当のオリガ・トリスレイ、四道卿、あなたの来訪心より歓迎いたします」
短髪に、赤く理知的な目つきだが、他者を見下すような傲慢な目線はなく、ただ剃刀のように鋭い光に満ちた瞳だ。
図書館を案内しながらオリガはさまざまな話しをした。
「ここ国立大図書館には古今東西あらゆる書物が収められており、精霊学の書物を一日に四・五冊読んだとしても数ヶ月で全て読破することは不可能なほどの書物があります」
と言うことは少なくとも一つの分類で五百冊は遥かに上回るだけの蔵書量というわけだ。
あまりの量に涼風は冷や汗が出てきた。
「そこで卿の滞在中は私オリガが公私ともにお世話をさせていただくことになっています」
つまり読む本は勿論、様々な面倒を見てくれるわけか。
「よろしく頼む、オリガ」
名前を呼ぶと、オリガはぴくりと固まった。
「?、どうかされたかな?」
「い、いえ、なんでもありません、とりあえず案内はここまでにして本日の課題に入りましょう」
さて、大図書館の別室に通されると、オリガは無数の紙束を持ってきた。
「論文のようだな」
「ご明察です、これは聖ウェルスプル学院の卒業論文ですが、あまりに出来がいいため写しを大図書館で保管しています」
机の上に広げられた論文の名前欄を見て涼風は目を細めた。
「サプリエート・スピリカ・・・」
呟いた名前を聞いてオリガは頷いた。
「そうです、聖ウェルスプル学院始まって以来の天才と言われている方です、今はどうされているのか」
論文をペラペラとめくりながら涼風はノートをとるが、改めてスピリカという女性がどれほどの人物かがわかった。
「・・・(豊富な知識に精霊についての独自の見解と考察、二年で試験をパスするだけはあるな)」
時間も考えずに論文を読みふけり、オリガが部屋に入って来る頃には全て読み終えていた。
「お疲れ様です、閉館の時間となりましたので宿舎にご案内いたしますね」
日が傾いたウェルスプルの街をオリガと肩を並べて歩く。
彼の宿舎は大図書館から歩いて五分のところにある小さなアパートだった。
中に入ると小さな机と寝台があり、必要最低限の家具は揃っていた。
「卿はお休みください、すぐにお食事にいたします」
「え?、まさか調理するつもりなのか?」
驚く涼風だがオリガはにこりともせずに頷いてみせた。
「はい、公私のお世話をするように申しつけられております、なにか問題が?」
問題は何一つないが、そこまでしてもらっていいものか。
「お気になさらず、卿は学習したことの復習でもしていてください」
とんとん、と台所から音がする中、落ち着かない気分で涼風はノートにペンを走らせる。
『なんだかマスター挙動不審じゃない?』
『意外と押しに弱いのかもしれませんね』
などと精霊たちが噂話しをしている中、料理が完成した。
「四道卿はジパング出身と伺っています、卿の故郷ではこのような料理を食べられているのですか?」
出された料理は白米に味噌汁、焼き魚と日本の一般的な食事だ。
どうやらジパングも日本と似たような文化と風習を持っているようだ。
手を合わせて焼き魚をつまんでみるが、なるほど、濃すぎず薄すぎず、絶妙というべき味に仕上がっている。
「これは、美味い・・・」
「お気に召していただけたようで何よりです」
淡々とオリガは告げたが、どことなく嬉しそうだった。
『ね、ね、マスター、私にも一口』
風鳴の言葉に魚を箸でつまんで口に放り込んでやる。
『んん〜、いいお味』
というか精霊も普通の食事を食べられるのか。
ふと、オリガが風鳴を見つめていた。
「オリガ?」
「・・・え?」
涼風に話しかけられ、ようやくオリガはハッとしたように意識を戻した。
「風鳴を見て、どうかしたのか?」
「いえ、精霊を見たのは実は今日が初めてでしたので」
まあたしかに精霊使いはレスカティエでは珍しかったが、ウェルスプルでもそうなのだろうか?
「ウェルスプルにも精霊使いがいないわけではありませんが、学問重視なために実際に現役で使役する人物は限られてきます」
なるほど、専門家や知識人はいてもその力を活かす人物は少ないというわけか。
ウェルスプルは軍拡が進んでいるわけでもなさそうだし、そんなものかもしれない。
さて、食事を終えるとオリガは手早く後片付けをした。
「では明日は朝の七時に参ります、そこから朝食を済ませていただき、八時半には大図書館へ移動していただきます」
細かいスケジュール管理だ、オリガは一礼するとアパートから立ち去っていった。
部屋の中には涼風と風鳴と水鏡のみとなり、少し復習でもしようかと机に向かった。
『ねえマスター、暇だよ、遊んでよ』
後ろから風鳴が涼風に貼り付いてくる、幼い肢体を思わせる感触に涼風はどきりとしたが、その感触は長くは続かなかった。
『風鳴さん、だめですよ』
水鏡が風鳴を引き剥がしたからだ。
『マスターもお困りですよ、それにマスターは水と風ばかりでなく、土と火の精霊も使いこなせる才能があるのですから』
「・・・え?」
水鏡の発言に涼風は思わず振り向いてしまった。
「土と火?、私が?」
『はい、マスターは二精霊だけで満足していいような器ではありません、四精霊を使役し、最強の精霊使いとなるべきです』
驚いた、穏やかな性だと思っていたウンディーネからそのような好戦的な言葉が出てくるとは。
『いえ、個人的にはマスターに乱暴なことに首を突っ込んで貰いたくありませんが、行けるところまでは行って頂かないと、という気持があります』
『水鏡的にはマスターにトップを目指して欲しいってこと?』
風鳴の言葉に水鏡は首肯した。
『そうです、初めて見たときから、この方は精霊使いとしての才能があるな、と思っていましたよ?』
ちらりと水鏡は壁にかけられている涼風の操霊斧鉾を見た。
『いかがですか?、マスター、最強の精霊使いを目指してみては』
「最強、そんなことに興味はない、が、精霊たちと契約した先に何があるのかは見てみたいな」
涼風の言葉に水鏡は満足そうに微笑んだ。
『決まりですね、残るはノームとイグニス、どこにいるか見当をつけてから行かないとなりませんね』
『ちょ、ちょっと待ってよ』
そこで風鳴が異議の声を上げた。
「風鳴?」
『あと二人も精霊が増えたりしたらマスターが私に構ってくれなくなっちゃうじゃない」
いきなりの予想外の言葉に、涼風は少しばかり固まってしまった。
『マスターは私のマスターなんだから、しっかり私と遊んでくれないとっ』
しばらく水鏡は黙っていたが、やがて口を開いた。
『まあ確かに精霊が増えたらマスターの負担も増えますね、ではこうしましょう』
水鏡はノートの余白を七等分する線を引いた。
『一週間7日のうちに代わる代わる四日精霊たちと一日過ごす日を設ける、これならいかがですか?』
『うぐぐ、一日?』
何やらよくわからないところで勝手に涼風の予定が決められているが、彼は黙っておくことにした。
『一日です、誰かがマスターとお出かけし、他の三人はお留守番、いかがですか?』
しばらく風鳴は何やら呻いていたが、渋々といった感じで頷いた。
『これで四精霊使いになることは決まりましたね、とりあえずしばらくは情報を集めることにしましょうか』
精霊たちにとって情報収集はお手の物、風に溶けて話しを探り、水に漂い情報を得るなんて芸当も可能だ。
「そうしてもらえると助かる、私はしばらく精霊学の研究に集中したい」
涼風は机の上に置いてあるスピリカの論文をちらりと見た。
『なら、マスターが精霊学を会得するか私たちが二精霊の情報を得るか、競争だね』
競争か、風の精霊相手に正直速度で勝てる気はまったくしないが、なんにせよやる気なのは良いことだ。
涼風が頷くとともに風鳴は一度手を上げてどこかへ消え、水鏡も一礼してから大気に消えた。
久しぶりに1人になった空間で、涼風は静かに論文を読みふけるのだった。
ペネロペ付き近衛騎士四道涼風
学術国家ウェルスプル国立大図書館にて数ヶ月精霊学を学び、教団と国家にさらなる安定をもたらすこと
レスカティエ王宮』
風霊術で空中を移動すること数時間、涼風は学術国家ウェルスプルに到着していた。
「ここがウェルスプル、か」
まさか話しをしている最中に話題に出ていた都市にいく事になるとは思わなかったが。
「ともかく、まずは国立大図書館、だな」
馬を引きながら涼風はウェルスプルのメインストリートを歩いていく。
大通りには私塾や本屋、さらには図書館などが非常に多く、学問の総本山という感じがした。
「しかしすごいな・・・」
レスカティエの大図書館もかくやというほど巨大な図書館が複数あるが、それよりも遥かに大きい図書館が国立大図書館だ。
外見は巨大な塔であり、ビルに換算すると10階は優に越えるだろうか。
「ようこそ学術国家ウェルスプル、国立大図書館へ」
中に入るとすぐに眼鏡をかけた司書の少女が出てきた。
「私は精霊学書物管理担当のオリガ・トリスレイ、四道卿、あなたの来訪心より歓迎いたします」
短髪に、赤く理知的な目つきだが、他者を見下すような傲慢な目線はなく、ただ剃刀のように鋭い光に満ちた瞳だ。
図書館を案内しながらオリガはさまざまな話しをした。
「ここ国立大図書館には古今東西あらゆる書物が収められており、精霊学の書物を一日に四・五冊読んだとしても数ヶ月で全て読破することは不可能なほどの書物があります」
と言うことは少なくとも一つの分類で五百冊は遥かに上回るだけの蔵書量というわけだ。
あまりの量に涼風は冷や汗が出てきた。
「そこで卿の滞在中は私オリガが公私ともにお世話をさせていただくことになっています」
つまり読む本は勿論、様々な面倒を見てくれるわけか。
「よろしく頼む、オリガ」
名前を呼ぶと、オリガはぴくりと固まった。
「?、どうかされたかな?」
「い、いえ、なんでもありません、とりあえず案内はここまでにして本日の課題に入りましょう」
さて、大図書館の別室に通されると、オリガは無数の紙束を持ってきた。
「論文のようだな」
「ご明察です、これは聖ウェルスプル学院の卒業論文ですが、あまりに出来がいいため写しを大図書館で保管しています」
机の上に広げられた論文の名前欄を見て涼風は目を細めた。
「サプリエート・スピリカ・・・」
呟いた名前を聞いてオリガは頷いた。
「そうです、聖ウェルスプル学院始まって以来の天才と言われている方です、今はどうされているのか」
論文をペラペラとめくりながら涼風はノートをとるが、改めてスピリカという女性がどれほどの人物かがわかった。
「・・・(豊富な知識に精霊についての独自の見解と考察、二年で試験をパスするだけはあるな)」
時間も考えずに論文を読みふけり、オリガが部屋に入って来る頃には全て読み終えていた。
「お疲れ様です、閉館の時間となりましたので宿舎にご案内いたしますね」
日が傾いたウェルスプルの街をオリガと肩を並べて歩く。
彼の宿舎は大図書館から歩いて五分のところにある小さなアパートだった。
中に入ると小さな机と寝台があり、必要最低限の家具は揃っていた。
「卿はお休みください、すぐにお食事にいたします」
「え?、まさか調理するつもりなのか?」
驚く涼風だがオリガはにこりともせずに頷いてみせた。
「はい、公私のお世話をするように申しつけられております、なにか問題が?」
問題は何一つないが、そこまでしてもらっていいものか。
「お気になさらず、卿は学習したことの復習でもしていてください」
とんとん、と台所から音がする中、落ち着かない気分で涼風はノートにペンを走らせる。
『なんだかマスター挙動不審じゃない?』
『意外と押しに弱いのかもしれませんね』
などと精霊たちが噂話しをしている中、料理が完成した。
「四道卿はジパング出身と伺っています、卿の故郷ではこのような料理を食べられているのですか?」
出された料理は白米に味噌汁、焼き魚と日本の一般的な食事だ。
どうやらジパングも日本と似たような文化と風習を持っているようだ。
手を合わせて焼き魚をつまんでみるが、なるほど、濃すぎず薄すぎず、絶妙というべき味に仕上がっている。
「これは、美味い・・・」
「お気に召していただけたようで何よりです」
淡々とオリガは告げたが、どことなく嬉しそうだった。
『ね、ね、マスター、私にも一口』
風鳴の言葉に魚を箸でつまんで口に放り込んでやる。
『んん〜、いいお味』
というか精霊も普通の食事を食べられるのか。
ふと、オリガが風鳴を見つめていた。
「オリガ?」
「・・・え?」
涼風に話しかけられ、ようやくオリガはハッとしたように意識を戻した。
「風鳴を見て、どうかしたのか?」
「いえ、精霊を見たのは実は今日が初めてでしたので」
まあたしかに精霊使いはレスカティエでは珍しかったが、ウェルスプルでもそうなのだろうか?
「ウェルスプルにも精霊使いがいないわけではありませんが、学問重視なために実際に現役で使役する人物は限られてきます」
なるほど、専門家や知識人はいてもその力を活かす人物は少ないというわけか。
ウェルスプルは軍拡が進んでいるわけでもなさそうだし、そんなものかもしれない。
さて、食事を終えるとオリガは手早く後片付けをした。
「では明日は朝の七時に参ります、そこから朝食を済ませていただき、八時半には大図書館へ移動していただきます」
細かいスケジュール管理だ、オリガは一礼するとアパートから立ち去っていった。
部屋の中には涼風と風鳴と水鏡のみとなり、少し復習でもしようかと机に向かった。
『ねえマスター、暇だよ、遊んでよ』
後ろから風鳴が涼風に貼り付いてくる、幼い肢体を思わせる感触に涼風はどきりとしたが、その感触は長くは続かなかった。
『風鳴さん、だめですよ』
水鏡が風鳴を引き剥がしたからだ。
『マスターもお困りですよ、それにマスターは水と風ばかりでなく、土と火の精霊も使いこなせる才能があるのですから』
「・・・え?」
水鏡の発言に涼風は思わず振り向いてしまった。
「土と火?、私が?」
『はい、マスターは二精霊だけで満足していいような器ではありません、四精霊を使役し、最強の精霊使いとなるべきです』
驚いた、穏やかな性だと思っていたウンディーネからそのような好戦的な言葉が出てくるとは。
『いえ、個人的にはマスターに乱暴なことに首を突っ込んで貰いたくありませんが、行けるところまでは行って頂かないと、という気持があります』
『水鏡的にはマスターにトップを目指して欲しいってこと?』
風鳴の言葉に水鏡は首肯した。
『そうです、初めて見たときから、この方は精霊使いとしての才能があるな、と思っていましたよ?』
ちらりと水鏡は壁にかけられている涼風の操霊斧鉾を見た。
『いかがですか?、マスター、最強の精霊使いを目指してみては』
「最強、そんなことに興味はない、が、精霊たちと契約した先に何があるのかは見てみたいな」
涼風の言葉に水鏡は満足そうに微笑んだ。
『決まりですね、残るはノームとイグニス、どこにいるか見当をつけてから行かないとなりませんね』
『ちょ、ちょっと待ってよ』
そこで風鳴が異議の声を上げた。
「風鳴?」
『あと二人も精霊が増えたりしたらマスターが私に構ってくれなくなっちゃうじゃない」
いきなりの予想外の言葉に、涼風は少しばかり固まってしまった。
『マスターは私のマスターなんだから、しっかり私と遊んでくれないとっ』
しばらく水鏡は黙っていたが、やがて口を開いた。
『まあ確かに精霊が増えたらマスターの負担も増えますね、ではこうしましょう』
水鏡はノートの余白を七等分する線を引いた。
『一週間7日のうちに代わる代わる四日精霊たちと一日過ごす日を設ける、これならいかがですか?』
『うぐぐ、一日?』
何やらよくわからないところで勝手に涼風の予定が決められているが、彼は黙っておくことにした。
『一日です、誰かがマスターとお出かけし、他の三人はお留守番、いかがですか?』
しばらく風鳴は何やら呻いていたが、渋々といった感じで頷いた。
『これで四精霊使いになることは決まりましたね、とりあえずしばらくは情報を集めることにしましょうか』
精霊たちにとって情報収集はお手の物、風に溶けて話しを探り、水に漂い情報を得るなんて芸当も可能だ。
「そうしてもらえると助かる、私はしばらく精霊学の研究に集中したい」
涼風は机の上に置いてあるスピリカの論文をちらりと見た。
『なら、マスターが精霊学を会得するか私たちが二精霊の情報を得るか、競争だね』
競争か、風の精霊相手に正直速度で勝てる気はまったくしないが、なんにせよやる気なのは良いことだ。
涼風が頷くとともに風鳴は一度手を上げてどこかへ消え、水鏡も一礼してから大気に消えた。
久しぶりに1人になった空間で、涼風は静かに論文を読みふけるのだった。
15/09/29 09:52更新 / 水無月花鏡
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