読切小説
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地図から抹消された村

わたしの名前はヴルトゥーム、とある場所で妖精たちを束ねる女王さまみたいなことをやってるフェアリークイーン。


妖精のみんなはわたしのことを妖精女王とか、終末に咲く花とか色々言ってるけれど、本当のわたしはただの魔物娘、素敵な旦那さまとのロマンチックな出会いも夢見たりするし、甘い恋愛も期待しちゃう。


「ヴルトゥームさまっ」

一人玉座に座ってると妖精の女の子でわたしの仲間のエデちゃんがやってきました。

「何ごとですか?、アリの娘エデよ」

あわわ、やっちゃった、緊張すると何だかわたしついつい女王然とした喋り方になっちゃうのよね。

見てるとエデちゃんも目に見えて萎縮しちゃってる。

「エデよ、そう硬くならずともいい、落ち着いて必要なことを話して下さい」

またやっちゃった、駄目だな、わたし、もっとみんなが話しやすい女王さまにならないと。

「はいっ、我々の村に人間の男が近づいています」

男?、こんな外れも外れな田舎に人間の男?


ロマンチックじゃないの、まさか運命の相手がわざわざわたしを訪ねてきてくれたのかしら?


いやんいやん、ロマンチック、何が何でも会わないと。



「あの、女王さま?」

あらやだ、ピカピカに磨かれた床を一瞬見て顔を確認すると、わたしってば凄く難しい顔をしてるじゃない。


またエデちゃんを怖がらせちゃったかな?


「エデよ、フェアリーを募ってその男を捕らえなさい、殺さずに、わたしのところへ連れてきて下さい」

「わかりました、ただちにっ」

エデちゃんは一礼すると、玉座の間から出て行きました。


さて、わたしもこんな辺鄙なところに来る運命の相手がどんなものか、見てみようかしら?






大正時代末期、陸軍士官学校学生、如月雷電は奇怪な噂を耳にした。

帝都から少し離れた場所にある山村において、集団で神隠しがあったというのだ。

表立っては陸軍士官学校に身を置きながら、実際には怨霊から帝都を守るべく数秘術を学ぶ如月雷電は、軍の依頼で奇妙な事件を調査することもあったが、今回の件は何だか気になっていた。


そこで雷電は数秘術科の担当教官に許可をとり、特別に山村の調査に向かうことになった。



山を歩く雷電の姿は、軍服に黒いマントを羽織り、軍帽を目深に被ったただならぬ姿だった。

一際目を引くのはその両手の手袋、黒い布だが、手の甲の部分は、丸と曲線の不思議な紋様が染め抜かれていた。



「化生か」

不穏な気配に雷電は身構えた。

「そこにいる者、出てこい」

静かに雷電が告げると、茂みから半透明な翅を生やした小人が現れた。

「妖精の類か、まさか本物を見る羽目になるとは思わなんだが、な」

とするならば一連の神隠しもこの妖精の仕業か?


「何のために神隠しを?」

「神隠し?、なんのこと?」

妖精は明らかに雷電が何を言っているのかわかっていない。

「この先の山村で最近起こっている神隠しだ、君らが絡んでいるのではないのか?」

「ひょっとして、この先で妖精の国へのゲートが開いたこと?」

妖精の言葉に、雷電は事態がこんがらがってきたことを悟った。




廃村には朽ち果てた民家しかなかったが、中央にある奇怪な形のアーチからは異様な気配があふれていた。

「たしか、数年前この村でいつの時代のものかわからないオブジェが発見されたときいたが」

ひょっとするとこのアーチがそのオブジェなのかもしれない。

「お兄さん、そのアーチの先が妖精の国だよ?」

ここまで案内してくれた妖精エデは、そう告げるとアーチの中に飛び込んだ。

意を決して、雷電もアーチをくぐり抜け、目の前に現れた景色を見据えた。




あの人が、運命のひと。


ゲートから現れた男の人を見て、わたしのハートはときめいてしまいました。

何だかお姉ちゃんによく似た雰囲気、凛々しい顔つき、現代風に言えばどストライクという奴ね。

さてさて、第一印象は大切よね、ドレスよし、リップもよし、髪型よし、ヴルトゥーム、いっきまーす。




「ようこそ、異界の訪問者よ」

しまったあああああ、女王モードになっちゃったああああああ。

案の定エデちゃんはわたしのいきなりの登場に固まってるし、雷電さんもじっとしている。

「女王さまっ」

「なるほど、彼女がこの妖精の国の女王、か」

雷電さんは一言そんなことを呟くと、一礼しました。

「私は陸軍士官学校数秘術科如月雷電、あなたの姉上にお仕えするものです」


姉に?、たしかにわたしは雷電さんの印象が姉みたいと思ったけど、どうしてそんなことを。

「これを」

雷電さんは手袋に染め抜かれた紋様を、見やすいように掲げました。

「それは・・・」


丸い紋に三つに伸びる曲線、それはまぎれもなくわたしの姉、旧支配者ハスターのものでした。



「あのゲートは危険です、境界が極めて不安定でいずれどこかとんでもない場所に飛ばされる可能性があります」

わたしの城で開口一番、雷電さんはそう申し出ました。

その真剣な表情も、なんというか、そそるものだけれど、わたしはそれどころじゃないくらいにハートがバクバクしていました。


「御身は本体を封印され、魔物の姿で現界しているのはわかっています、ゆえに単身であのゲートをどうにかすることは不可能でしょう」


私がやります、そう雷電さんは言いました。

「・・・ゲートをあなたが弄り、結果どうなるのです?」

「成功すれば境界は固定され、暴走することはないでしょう」

わたしは雷電さんに任せてみる気になりました、何より彼を前にしていると、不思議と落ち着いていました。





アーチの前、そこで雷電さんは、わたしやたくさんのフェアリーが見ている前で大きなポールアックスを取り出しました。

「時空の女神よ、ヨグ=ソトースよ、私に力を与え給え」


ポールアックスから不思議な黒い靄があふれ、アーチをとり囲んでいきます。


「・・・因果切断っ」

雷電さんが叫ぶと、靄が光輝き、やがてアーチはもとの状態に戻りました。

「成功ですか?」

わたしが雷電さんに尋ねると、彼はじっとアーチを睨みつけました。

「何者かが邪魔したようです、境界の安定には成功しましたが、何かが来ます」

アーチから光が漏れ、凄まじい速度の物体が複数出てきました。


「ティンダロスの猟犬、厄介だな」


現れたのは四つ足の化け物でした、わたしの本体と同じ、およそ三次元世界にいることを放棄したかのような姿。

時間に逆らって生きる正体不明の怪物、ティンダロスの猟犬。


「マイノグーラが動いたか、もしくは這い寄る混沌の差し金か」

雷電さんは何か言ってましたが、考えている暇はありません、ティンダロスの猟犬が雷電さんに襲いかかったからです。


「因果切断っ」

雷電さんはポールアックスでティンダロスの猟犬を真っ二つに切り裂き、返す形で切り上げてもう一匹引き裂きました。


ティンダロスの猟犬はこの世の理の外に生きる生物、普通は切れないはず。

「その斧・・・」

「あと一体来ますよ」

雷電さんの言葉にわたしは素早く振り返り、鉄拳制裁、ティンダロスの猟犬を粉々にしました。


はしたない、わたしは恐る恐る雷電さんを見ましたが、彼は微笑んでいました。

「お見事」

短いセリフ、けれどわたしはハートが昂ぶるのを感じました。


もうっ、この人はどうしてそんなに魔物娘のツボをついてくるのかしら?


「如月雷電、あなたは一度妖精の国へ足を踏み入れた以上こちらの人間です」

何としても彼を繋ぎとめないと、他の魔物にとられちゃうかも。

焦ったわたしはいつも以上に緊張してそんなことを言ってしまいました。

後ろの方でエデちゃんが慌ててるのを見るに、今のわたしは相当すごい顔をしているのかも。

「それは出来ません、私にはやらねばならないことがたくさんあります、現在我が国が戦いに入りそうになっている以上力を尽くすのが私の役目です」


やっぱりダメか、でもなんとかして彼にはわたしのところにいてほしい。

「ならば如月雷電よ、三つの条件を呑んでもらいます」

「・・・伺いましょう」

神妙な顔の雷電さん、そんなに難しい注文じゃないけどなあ。

「まずはわたしに対して敬語でしゃべるの禁止、です」

雷電さんはぽかんとしている。

「第二に、わたしのことはヴルトゥーム、と呼ぶように、敬称は不要、呼び捨てにして下さい」

雷電さんはいよいよわけがわからないという顔をしている。

「最後に、定期的に妖精の国に来てわたしの相手をすること、以上です」

「・・・わかりました、その条件を呑みましょう」

雷電さんは渋々と言った感情を押し殺しながら結局そう答えました。

やったっ、これで『可愛いヴルトゥームちゃんの、雷電さんを婿にする作戦』、略すと雷婿作戦の第一段階は成功ねっ。


「それでは女王、否ヴルトゥーム、また会おう」

雷電さんは一礼するとゲートから元の空間にもどっていきました。

少しまだ硬いけどゆっくり解きほぐしていけばいいよね?

よーしっ、


恋に恋するティターニアのヴルトゥーム百億と七千万飛んで十七歳、全力で行くわよーーーーっ。
15/09/03 20:07更新 / 水無月花鏡

■作者メッセージ
みなさまこんばんは、鏡花水月改め、水無月花鏡であります。

今回はクトゥルフ神話の中でもマイナーに位置されるヴルトゥームと、満を持して登場した妖精女王ティターニアのお話しでした。

ヴルトゥーム自身妖精チックな外見ですが、最初にティターニアを見たとき浮かんだ単語が魔物版ヴルトゥーム、でした。

ヴルトゥームの性格やティターニアの設定に独自のものをかなり含んでしまいましたので、もし反感を買われた方にはこの場を借りて謝罪申し上げます。

では、今回はこのあたりで。

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