日本一の霊峰にて
大いなる霊峰富士山、その姿は遥かな昔から幾たびもモデルとなり、数々の信仰の対象となった。
だが、その地下に存在するものがいることは誰も知らない。
私はその日富士山の頂上を目指して山道を歩いていた。
と言っても五合目から登るのではなく、本当のスタート地点から登るため、遥かに時間がかかる。
さて、富士山の周辺には様々なものがある、かの有名な樹海やら、昔の遺構、さらには山の内部につながる巨大な風穴などだ。
さまざまなものがあるが、私は足を止めずに道を歩いていく。
さて、そろそろ富士山の輪郭が見えるというころ、私はいつしか道に迷っていた。
否、迷ったというのは正確ではない、地図にない場所に迷い込んでいたのだ。
「ここ、は?」
遥かな昔は集落だったのだろうか、そこには石造りの住居のような遺構が無数にあった。
だがそれらは人間が使うには入り口が大き過ぎた、まるで巨人が使用するかのような、そんな印象だ。
「っ!」
そんな集落の住居の一つに巨大な石像があった。
植物のようにも見えるが、あきらかに姿がおかしい、石像の裏には解読できない文字が刻まれている。
知らず私は冷や汗をかいていた、新たな発見の現場に自分は立っているのではないか。
「っ!」
ふと気配を感じて後ろを振り向いたが、誰もいない。
いささか疲れているのかもしれない、そう思ったが、目の前にある遺構の魅力に抗いきれず、私は先へ進んでいた。
いつしか集落は風穴の中に続いていた。
「壁画?」
風穴の壁には様々な壁画が描かれている。
それは先ほどの石像が複数おり、繁栄を築く文明の歴史だった。
その中に目玉がたくさんある、不定形な液体のような存在がいた。
「なんだ?」
よくわからない、だがそれは明らかに突如として現れた。
それは、石像の生物に仕えるかのように常に近くにいたが、私はなんだか嫌な予感がしていた。
暗くなると私は携帯電話を懐中電灯がわりにして先へと進んでいく、先を知りたい、そう感じさせる何かがその壁画にはあった。
私は知らず先を見ようと足を進めていき、自分がいかに危険な場所にいるか、気がつかなかった。
「終わり?」
いつしか壁画は終わり、後には無骨な壁が広がるばかりとなっていた。
「てけ・り・り」
「っ!」
何やら音がした。
否、音ではない、どちらかと言うと声だ、それも聞いたことのないような。
「てけ・り・り」
また聞こえた、私は恐る恐る後ろを振り向いて、目を見開いた。
壁画の中の目玉がたくさんある不定形な生物、それが数メートル先にいたからだ。
慄く私の前で、それは姿を変えた。
液体はほっそりとした腕に、目玉は二つになり人間らしいものに。
「っ!!!」
私の前でそれは、異形の人間の姿に変わっていた。
ほっそりした腕に、可愛らしい双眸、さらには魅力的な体型、足だけは異質な不定形のイメージだが、それでも恐ろしいまでに、魅力的な姿だった。
「君、は?」
「・・・やっと、会えた」
いきなりそれは、私に抱きついてきた。
「私の
ご主人様っ」
「落ちついたか?」
いきなり抱きしめられ、私は頭が沸騰するかと思ったが、何とか頭を冷やすと、風穴の床に腰掛けた。
「はい、ご主人様、お見苦しいところを」
そう呟くと、ショゴスと名乗った彼女は以下のように語った。
曰く、遥かな昔に人間とは違う支配者がいたこと。
曰く、自分はその支配者にとある神の力を借りて作られたこと。
曰く、その支配者に反乱したこと。
曰く、地球の覇権をかけて強大な神と争ったこと。
曰く、全てが終わり、自分は今まで寝ていたが、何故か人間の女性になれたこと、などだ。
「ショゴス、なるほど、そんなことが」
にわかには信じられない話だが、あんな変容を見た以上信じるほかない。
「それで君はこれからどうするのだ?」
私がそう問うと彼女は困ったようにうつむいた。
「はい、私は出来ればご主人様にお仕えしたいと思います」
「ご主人様とは、私か?」
自分を指差すと、ショゴスは嬉しそうに笑った。
「はい、ご主人様です、この姿になって最初に出会ったのはご主人様、ならばご主人様に私はお仕えします」
よくわからないが、何を言っても無駄のようだ、私は頷くと自分の名前を言った。
「それが、ご主人様の、わかりました」
「君の名前は?」
私の質問にショゴスは顔を曇らせた。
「ありません、私は、ずっと奉仕種族でしたから」
「そうか、なら君は、今日より」
私は頷くと、名前を挙げていた。
「サクヤだ、この富士山と縁のある神の名前だ」
サクヤ、サクヤとしばらくショゴスは呟いていたが、すぐに彼女は嬉しそうに破顔した。
「はいっ、私はサクヤ、ご主人様の永遠のしもべですっ」
もじもじしながらショゴス、サクヤは続けて告げる。
「あのご主人様、一つやりたいことを、してもいいですか?」
「?、なにかな?」
私は特に考えずに顔を向けた。
「はしたないと、思わないでくださいね?」
「え?、何を・・・・っ!」
「むちゅっ!」
いきなり私はサクヤに唇を塞がれていた、しかも彼女自身の唇に、である。
「サクっ、んんんっ!」
しかも軽いものではない、舌を使うような激しいものに、私はくらくらした。
「ふふっ、ご主人様、いい匂いですよ?、ペロペロ」
さらには私の首筋を舐め始めた。
「さ、サクヤっ、君は何をっ」
何とか声を出すと、サクヤはやっとこさ離れた。
「よくわかりませんが、本能が告げるのです、ご主人様の唇を奪い、汗を舐めよと」
本能とはこれまた、私はとんでもない存在を拾ったかもしれない。
「じゃあご主人様、今度はご主人様の家へ参りましょう」
すいっと、出口に向かうサクヤに、私は苦笑いしながらつき従った。
帰ったらナニをされるのか、なんとなく第六感が警鐘を鳴らす中、私は割と真剣に無事で済むように、富士山の神に祈っていた。
15/07/30 14:53更新 / 水無月花鏡