第十五話「神剣」
「・・・起きた?」
気がつくと九重はどこかの洞窟にいた。
「え?」
どうやら誰かが膝枕をしてくれていたらしい、ひんやりとした感覚だ。
「あなたも、ウルクに、襲われたの?」
膝枕をしてくれていた少女は九重にそう問いかけた。
ウルク、たしか大魔王メルコールが生み出した新種のジャイアントアントだったか、それをキバが現代に復元したのがウルクソルジャー、原種のウルクが現役ということか。
「僕は九重、君は?」
「私は、グレモリー、嫌われ、者」
嫌われ者?、どういうことだ?
「・・・みんな私と、関わりたくない、魔物の、気運を、持っているから」
「魔物?」
そんなわけはない、彼女は人間らしい外見をしているし、自分を助けてくれた。
それは自分と同じ、人間らしい心があるということではないのか。
「君は魔物なんかじゃないよ、人間じゃないか」
グレモリーは九重の言葉にしばらく黙り込んだ。
「ありがとう、けど、私はやっぱり嫌われ、者」
そう呟くグレモリーは何だか酷く寂しそうだった。
「九重は、アダマニウム鉱山に、どうしてきたの?」
アダマニウム鉱山、そうか、ここはドワーフたちの本場、アダマニウム鉱山だったのか。
「九重も、神剣を、抜きに、来たの?」
「神剣?」
すっ、とグレモリーは洞窟の奥を指差した。
「数百年前、メルコールを倒した、英雄が残した剣、ドワーフの名匠、グロウィが拾い上げ、鍛えた剣」
「これは・・・」
アダマニウム鉱山の一角、周りを注連縄のような奇妙な結界に守られた場所に、それはあった。
金床に刺さった剣、古代より持ち主を待ち続けていたかのような聖剣。
その形状は、あの時紫苑が使っていた剣、すなわちリエンの剣そのものだった。
「持ち主と、認めない者が扱うと、神隠しに遭う、ゆえについた名前は、『消失剣バルザイブレード』」
バルザイブレード、間違いない、この剣は不思議な現象を巻き起こしたあの剣だ。
「そうか、バルザイブレードはアダマニウム鉱山のドワーフが作ったのか・・・」
九重の言葉にふるふるとグレモリーは首を振っていた。
「正確には、違う、ローラン、かつてメルコールがいたアリの巣から、勇者カインが持ち帰った剣を、鍛え直した、もの」
グレモリーの言葉を聞いて、一瞬九重は周りが暗くなるのを感じた。
アリの巣の剣、間違いない、それは数百年前の時代に残していた己の剣だ。
「カインの後、その子孫である、トバルがグロウィに、頼んで鍛え直した、けどこの剣は、トバルにも、使いこなせなかった」
バルザイブレードはなんでも斬り、時には空間そのものも引き裂いた。
しかしトバルはそれを扱いきれず、ついには空間の裂け目に消えた。
「それが、数年前、以来バルザイブレードはここに、封印されてる」
何故あの剣がそんな力を、否、たしかメルコールとの戦いでも奇怪な現象が起きた。
剣が瞬間移動をし、挙句メルコールに命中した。
考えられることは一つしかない。
メルコールの骸を斬った際に、ヨグ=ソトースの力の一部が、バルザイブレードに宿ってしまったのだ。
だからこそリエンはメルコールの時間停止を無力化出来たし、あの結界も空間ごと斬れたのだ。
「・・・これが使えれば、メルコールも・・・」
グレモリーの言葉に九重ははっとした。
「そうだ、今メルコールは、英雄はどうなっているの?」
九重の言葉にグレモリーは頷いた。
「かなり危険、メルコールは、解放軍を全滅させ、一夜でレスカティエ地方を焼け野原にした、そのまま今は、ローランに近づいて、いる」
なるほど、たしかメルコールと英雄の決戦はアメイジア大陸で行われたはず。
ならばいよいよ決戦の日は近づいているということなのか。
「けど、いくら英雄でも、六人じゃ、不利」
グレモリーの言葉はまたしても九重を驚かせた。
「六人?」
「え?、うん、ラグナス、エルナ、ツクブ、ヴィウス、クオン、ダン」
一人足りない、デビルの英雄クインシーがいないとは、どうなっている。
「本当に英雄は六人なの?、クインシーっていう人は知らない?」
「知らない、聞いたことも、ない」
最後の一人、クインシーがいなければメルコールには勝てない、どこにいるのだ。
「私も、英雄に、なりたい」
呟いたグレモリーの声に、九重は頷いていた。
「どうして?」
「英雄になれば、みんな私を、認めてくれる、から」
なるほど、よくわからないがグレモリーは嫌われている、それをなんとかしたいというわけだ。
「そのために、色々勉強した、英雄の同化秘儀も、仙術も、継承霊法も」
「継承霊法?」
何やら聞いたことのない言葉だ。
「死ぬときに、自分の経験を、他の肉体に、写す技」
そんな術があったのか、所謂ゲームで言うところの強くてニューゲームのようなものかもしれない。
「けど同化秘儀を知ってるなら英雄になれるんじゃないの?」
九重の問いかけにグレモリーは首を振った。
「駄目、私なんか、弱い魔物としか同化出来ない、同化してもそれじゃ、弱いまま」
どうしたらいい、九重としてはクインシーを探しに行きたいが、目の前の少女も見捨ててはおけない。
『・・・を、振れ』
「え?」
声が聞こえた、何やら聞き覚えのある声だ。
『剣を振れ、さすれば我が眷属が現れる』
「・・・グレモリーさん、今から強い魔物が現れるよ」
声は間違いなく時空の女神ヨグ=ソトースのものだった。
ならば今九重はバルザイブレードを引き抜くべきなのか。
慎重に奥へと進んでいき、九重はバルザイブレードの前に立った。
「九重?、まさかそれを・・・」
驚きながら呟くグレモリーだが、九重は微かに頷くと、結界に立ち入り、バルザイブレードの柄に手をかけた。
「ふっ」
すっと剣を引き抜くと、腰に下げていた元々の鞘に収める。
やはり元は同じ剣だ、本体をなくしていた鞘に、バルザイブレードはきっちりと収まった。
「その鞘、どこで・・・」
グレモリーはじっとバルザイブレードを眺めている。
「今はそんなことよりも」
バルザイブレードを抜くと、九重は上段に構えた。
「グレモリーは、英雄になりたいんだよね?」
ヨグ=ソトースの声に従うならば、バルザイブレードの力で何者かを呼び出すことができる。
「駄目、やっぱり私では、無理・・・」
グレモリーは首を振ったが、九重は正面から彼女を見据えた。
「魔物と同化したら、みんなもっと私を嫌う、もう嫌われるのは、嫌なの」
「大丈夫、何があっても僕はグレモリーを嫌いにならないよ」
穏やかな九重の瞳を見つめているうちに、グレモリーは心が安らぐのを感じた。
「・・・わかった、九重を信じる」
一つ頷くと、九重は空中でバルザイブレードをふるった。
不思議と扱い方がわかっていた、否不思議ではないのかもしれない、九重はこの剣を何度も使ったのだ。
瞬間空間が引き裂かれ、中から複数の光の玉が現れた。
『我らはヨグ=ソトースの球体、時空の女神に仕えるもの、汝は何を願う?』
ヨグ=ソトースの球体、時空の女神の眷属が現れたというのか、まさかそんな大物が出てくるとは九重も思わなかった。
「私は、強くなって、みんなに、好かれたい」
『英雄となることを望むか、よかろう、我らの力を受けるが良い』
グレモリーが印を組み、何やら呟いたその刹那、光の玉は彼女に飛び込んだ。
「あ、あぐうううううう・・・」
見る見る間にグレモリーの姿は変わり、悪魔のような翼が背中に現れた。
その肌は青き邪悪なものに姿を変え、白い眼も黒く染まる。
それだけの変容を遂げながらもグレモリーの表情は恍惚としており、まるで押し寄せる快楽に耐えるかのようだ。
「グレモリー・・・」
「見ていて、九重、わたしが、英雄になる、ところを・・・」
びくびくと身体を震わせながらグレモリーはその姿を大きく変えていた。
まさしくその姿は女悪魔、もともと起伏の乏しい身体つきだったが、グレモリーはそんなこと問題にならないくらいに蠱惑的だった。
「その姿・・・」
九重には今のグレモリーの姿には恐ろしいほどに見覚えがあった。
「クインシー、お姉ちゃん?」
右手に籠手こそはめられていないが、彼女の姿はクインシーそのものだ。
「クインシー、いい名前、ここからはグレモリーではなく、クインシーの人生」
ぱちりとグレモリーはウィンクをして見せた。
「その名前、もらう、今日から私は、クインシー」
グレモリー、否クインシーは少年の腕を掴んだ。
「九重、一緒に、来て?」
「サファエル」
アダマニウム鉱山の前、大迷宮入り口には珍しい客がいた。
「七大英雄、頼みがある」
サファエルと禁軍、現在サファエルは桜蘭の味方をしているため、七大英雄とは敵対関係、にも関わらず何故現れたのか。
「戦乙女サファエル、幽閉中のアベルを助けに来たのですか?」
エルナの言葉にサファエルは首を振った。
「違う、貴方方に頼みがあってきた」
サファエルの態度には敵意はないが、後ろにいる禁軍からはひしひしと殺気を感じ、ラグナスは頭を振った。
「サファエル殿、もしわれらと話したいならば武装解除をしたまえ、話しはそれからだ」
「魔に堕ちた英雄が、ふざけるなっ」
ラグナスの言葉に一人のエンジェルが剣に手をかけたが、サファエルはすぐさま叫ぶ。
「止めろっ、事態は刻一刻と悪くなっているっ」
サファエルの声に何かを感じたのか、クオンはラグナスを見た。
「何やら故あるようじゃな」
「不吉な気配だぜ、ラグナス」
クオンばかりでなくダンまで眉をひそめた。
「・・・話しを聞こうか」
ラグナスは神妙に頷くと、大迷宮へと向かった。
「グロウィ」
アダマニウム鉱山の中にある小さな鍛冶屋、当代随一と呼ばれたドワーフの鍛冶屋、グロウィは見知った声に顔を上げた。
「お前、グレモリー、か?」
少女のような外見だが、このドワーフのグロウィ、すでに二百を越えるベテラン鍛冶屋である。
だが、さすがのグロウィもグレモリーの変容には驚きを禁じ得ないようだ。
「今は、クインシー」
クインシーの言葉に、何かを察したのか、グロウィは押し黙った。
「そうかい、それでクインシー、後ろの少年は?」
グロウィの瞳が九重に向けられる。
「初めまして、雨月九重と言います」
グロウィの顔つきは傷だらけの厳ついものだが、その瞳は優しく、ドワーフのギムを思い起こさせた。
「その剣、お前さんのか?」
グロウィは九重の背中にあるバルザイブレードに目を向けた。
「トバルのために鍛えたが、あいつは行方不明、おまけにバルザイブレードの力に耐えられる鞘は俺にも作れない、お前さん、その鞘どこで手にした?」
グロウィは興味津々のようだが、九重は首を振った。
「・・・まあいい、んでクインシー、何の用だ?」
「この間、言っていた、魔物でも仙術が扱える、方法」
グロウィは頷くと、奥からこれまた見たことのあるものを持ってきた。
女性の顔を思わせる籠手、クインシーがいつもはめているものだ。
「元来仙術は人間の力、魔物にはあつかえねえが、この籠手はお前さんに関しては仙術を操れるようにしてくれる」
クインシーの籠手にはそんな効果か、だが無茶なことを無理やりする以上いいことばかりではないのではないか。
「察しがいいな少年」
にやりとグロウィは笑った。
「たしかに仙術は使える、だが仙術を使うための仙気は回復出来ない」
ならばどうしようもない、仙気が回復出来ないならば仙術も使えない、無用の長物だろう。
「・・・魂魄隔離」
クインシーの言葉にグロウィは頷いた。
「一部の魔物のみが使用する伝説の技、相手の魂を奪い己が力とする技」
魂魄隔離は霊体に干渉して生きる力そのものを奪いとり死に誘う技、だが使える魔物は最早絶滅し、知るものはいない。
たしかに魂魄隔離を応用すれば仙気を奪い取ることは出来るかもしれないが、結局使えないだろう。
「・・・そう、あれを使わないといけないなら、仕方ない」
クインシーはがくりとうなだれたが、九重は小首を傾げた。
「あの、それ僕知ってるかも」
九重の言葉にクインシーは目を見開いた。
「え?」
「受けた感覚が残ってるし、ひょっとしたらわかるかも」
九重の両肩をクインシーは痛いほどの力で掴んだ。
「教えてっ」
クインシーの瞳の奥には必死な心が見えた。
「代わりに、仙術を、教えてあげる」
15/07/28 15:44更新 / 水無月花鏡
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