第十四話「終幕」
がやがやと賑わう雑踏に九重は立っていた。
「あれ?、ここは・・・」
立ち並ぶビルに舗装された道、さらには道路を走る車。
ここは九重がいた元の世界ではないのか。
否、違う、たしかに元の世界に良く似てはいるが、道を歩く人には魔物が混ざり、空もハーピー属の魔物がたくさん飛んでいる。
それによくよく見るとビルもガラスのような水晶のようなもので作られており、近未来のイメージだ。
どうやらここは本当に未来の世界のようだ。
『日々元気爆発っ、霧印のホルスタウロスミルク』
『創業三百年、伝統の技、アラクネ洋装店』
『エレキバンド、電撃サンダーバード来訪決定』
道にある様々な看板やチラシも魔物チックなものばかりだ。
おまけによく見ると、周りを歩く人々の中には魔物ばかりか、普通の姿の人間も無数に混じっていた。
間違いない、この時代では魔物と人間は互いに手を取り合って生きているのだ。
「あの、すいません」
道を歩いている優しそうなサキュバスに話しかけてみる。
「あら、どうかしたのかしら?」
サキュバス少女はにこにこしながら九重の前に屈んだ。
「すいません、ここはどこですか?」
九重の言葉にサキュバスは首をかしげた。
「ひょっとして迷子になっちゃったのかな?」
にやり、とサキュバスの瞳が歪む。
瞬間実戦の中で身についた九重の第六感が凄まじい警報を発した。
「ならお姉さんが一緒にお母さんを見つけてあげようか?」
「え?、あの・・・」
ガシッと万力のような力で九重の腕を掴むサキュバス、だが直後にその腕は離された。
「私の弟子を探してくれて感謝する」
いつの間にかすぐ近くに東洋風の鎧を身につけた青年がいた。
頭にはヘッドギアのような兜をかぶり、その身には鱗鎧を着ていた。
首元には七つの玉が一つの玉に繋がっている、九曜紋のような首飾りを下げているが、どこかその首飾りは神秘的だった。
鎧の上から羽織ったマントの背中には見覚えのある桜の紋章が刺繍されている。
ちらりと見えた腰元には、龍の鱗のような意匠が施された柄の刀がさげられている。
「ま、まさかあなたのお身内とは・・・」
サキュバスは明らかに青年に恐れ慄いている。
「別に動揺せずともいい、君は彼を助けてくれたのだろう?」
「そんな、『陰陽の大英雄』、『魔界大剣聖』と称される御身にいらない手間をかけさせるところでした」
サキュバスは一礼すると、雑踏の中去っていった。
「・・・さて、では行こうか」
青年は九重の手を握ると、足を動かし始めた。
「ええ?、あの、僕は・・・」
「私についてくればいい、悪いようにはせぬ、雨月九重よ」
「っ!!!」
どうしてこの青年は己の名前を。
「自己紹介をしていなかったな、私は・・・ふむ、紫苑、日々晴紫苑(ひびせしおん)だよろしく」
「あの、どうして僕の名前を?」
「いずれ分かる」
「これからどこに?」
「いずれ分かる」
道をスタスタ歩きながら九重は紫苑に質問していたが、その度にこれである。
「じゃあこれだけ、ここはどこなんですか?」
紫苑は足を止めずに口を開いた。
「神魔暦115年のアメイジア大陸新都桜蘭、そなたのいた時代からおよそ千百年後の時代だ」
やはりこの男は九重が過去から来たことを知っている。
どういうことだ。
「さて、ここだ」
街の中央にある巨大な壁、その前に立つと、紫苑は軽く印を結んだ。
「んがい・んがが、ぶぐ=しょごぐ、いは
ヨグ=ソトース、ヨグ=ソトース、あい
いはあ、ぶぐ=しょごぐ、んがが、んがい」
瞬間壁が割れ、巨大な入り口が姿を現した。
「この先は魔王の直参でなければ入るのを許されない場所だ」
すたすたと歩きながら紫苑はそう九重に説明した。
「魔王様の直参?、なら紫苑お兄さんは・・・」
この時代の魔王軍において極めて高い地位にいるということになる。
外見はまだ二十代半ばにしか見えないにも関わらず、精強な魔物と肩を並べる実力といううわけだ。
「・・・ここだ」
二人の前にはあまりに巨大な霊廟のような建物があった。
「かつてはエデン大聖堂と呼ばれていた桜蘭の中心部、今現在は魔王直轄の霊廟だ」
ゆっくりと中へ足を踏み入れる紫苑を追って、九重は霊廟に入っていった。
霊廟の入り口にある広間には見知った銅像がぐるりと飾られていた。
「七大英雄・・・」
ラグナス、エルナ、ツクブ、クオン、ヴィウス、クインシー、ダン。
七大英雄の銅像がそこには飾られていたのだ。
「七大英雄は封印時代のアメイジア大陸でテロ組織桜蘭と戦い
その最終決戦で戦死した」
一瞬紫苑が何を言っているのかわからなかった。
誰がなんの時に死んだと?
「嘘だっ、あのお姉ちゃんたちがそんな簡単に・・・」
「簡単に死んだわけではない、桜蘭は禁忌の術を使い、一人の少女を繋ぎとして千のジャイアントアントを合成した」
結果千体分の魔物の力を備えた怪物が誕生し、その戦いの中で一人、また一人と七大英雄は倒れていったのだ。
「最後に残ったのはデビルの英雄クインシーとセイレーンの英雄ラグナスのみ、彼女ら二人は八番目の最後の英雄とともに命をかけて戦い、その怪物を遥かな過去へと飛ばした」
もしやその怪物とは、九重の時代に現れ、過去へと転送された千体のジャイアントアントの力を持つ魔物とは。
「そうだ、気づいたな?、その怪物こそが魔王としてジャイアントアントを率い、その後は大魔王として猛威となった魔獣、メルコールだ」
謎が解けた。
何故サウロスの直後、主神すら意図しないタイミングでメルコールは現れたのか。
メルコールの出現は未来において主神以外の意思が働いたために、過去の主神では認知出来なかったのだ。
「そして今より十年前、最終皇帝キバの時代にそれは現れた」
紫苑がパチリと指を鳴らすと、霊廟の奥にあった巨大な柩の蓋が開いた。
「キバを過去へと送り込み、そしてさらなる混乱を呼んだ存在」
柩の中には見たことがある巨大な屍がある。
「大魔王メルコールの骸だ」
その骸はもう半分以上原型をとどめてはおらず、キバの時間遡行の影響からか初めて見た時の十分の一くらいしか残っていなかった。
「今からこれを完全に破壊する、さすればもうヨグ=ソトースの力は何者にも悪用出来ない」
そのためには、と紫苑は九重のほうを見た。
「そなたの力がいる、私とそなたの仙気を合わせればこの骸を消滅させることができる」
時空の女神ヨグ=ソトースの力が残っている骸を消滅させる、仙気を束ねればそのようなことが出来るのか。
「いや、これは私とそなたでなければ出来ない」
紫苑はそう呟いたが、九重には理解することが出来なかった。
「まあ、いずれわかることだ、今はただそこにいればいい、まだそなたは仙術を使いこなせていない、仙気の調整はこちらでしよう」
すっと、紫苑がメルコールの骸に右手を向けると、九重の身体から不可視の力が立ち上った。
「よし、あとは互いの仙気をぶつけてメルコールの骸を対消滅させる」
ゆらりと九重と紫苑の間にまるで陽炎のような現象が発生し、メルコールの骸を包んでいく。
陽炎のようだと感じたが、それが空間そのものの歪みであることに九重が気づくのにはそれほど時間はかからなかった。
「これで時空の女神の力は完全に消滅したはずだ」
紫苑がそう呟いた刹那、まるで砂の彫像が粉塵に帰すかのように、メルコールの骸は崩れ落ちた。
「これで二度とあれは現れないだろう、手間をかけたな、九重」
にやりと笑うと、紫苑はマントの下に帯びていた剣を引き抜いた。
「あっ」
短く声を上げる九重、それは以前に見たことがある剣だったからだ。
「ああそうか、そなたはこれに見覚えがあるのだな?」
にやりと紫苑は笑った。
「それはたしかリエンお姉ちゃんが持ってた剣・・・」
そうだ、たしかヨグ=ソトースの時間停止すら破り、結界も引き裂いたリエンの剣。
「・・・バルザイブレード、如何なる空間も引き裂く剣だ、これは本来リエンのものではなく私の持ち物だ」
すっと紫苑は剣を九重に向けた。
「これで空間を両断し、そなたをヨグ=ソトースのもとに戻す、もう二度と私に会うことはあるまい」
「・・・紫苑お兄さん、お兄さんはひょっとして僕のいた時代からずっと生きているんじゃないの?」
九重の言葉に紫苑は驚いたように目を見開いた。
「ほう、面白いことを言う、なぜそう思った?」
「・・・僕がこの時間に来ることを知っていたし、過去のことも正確過ぎるほど把握している」
紫苑は満足そうに頷くと、バルザイブレードを一度下に向けた。
「なら言ってみよ、私が何者なのかを」
「『契約の大英雄』、アメイジア大陸の封印を破った新しい英雄」
しばらく紫苑は黙っていたが、やがてかすかに微笑んだ。
「・・・そなたと別れるのが名残惜しくなってきたぞ?」
紫苑はそう呟くと、バルザイブレードを掲げた。
「やっぱり、ならお兄さんは今どこに・・・」
「さあ、それは言えぬな」
ぶんっ、と紫苑がバルザイブレードを振り下ろすと、九重の背後の空間に二メートルほどの穴が開いた。
「答えはすでにそなたが持っているはずだ」
とんっと紫苑は九重の背中を押して穴に押し込んだ。
「そなたならば、私を見つけられるはず、この時代の平和、しかと覚えておけ」
光の中、九重は3度目となる転移を遂げた。
「行ったか、九重」
紫苑はそう呟くと、背後にいる何者かに声をかけた。
「・・・覗き見とは良い趣味だな、魔王陛下」
冗談めかした言葉に、彼の背後から美しい魔物が現れた。
「行ったのね、九重」
「そうだ、過酷な戦いと非情な選択の待つ時間に、な」
紫苑はため息をつくと、後ろを振り向いた。
「『ラストシスター』として心配か?」
「いいえ?、彼はやり遂げるわ、何せ彼は・・・」
「『契約の大英雄』なのだから」
「戻ったか、九重」
再び来たヨグ=ソトースの空間、九重は未来で得た答えを反芻していた。
「未来は平和でした、魔物も人間も共存していました」
「そうだ、人同士の和解、人間の成長、神との対話を経て平和は実現する、あの未来はそれが成った世界だ」
そんなことが果たして可能なのか、キバの時代にも混沌は溢れ、世界はさらなる悲劇を生み出している。
「汝がその選択をすればなせるやもしれん未来だな」
「えっ?」
九重の疑問にヨグ=ソトースは答えず、次の時間を開示する。
「さて、次の時間は最後の時間だ、この時間の後にそなたはもとの世界へ帰ることになろう」
すうっ、と九重はどこかへ転移を始める。
「三番目にして最後の時間は最も苛烈なる時間、大魔王メルコールの現れた時間だ、汝に幸運を」
これで3度目となる感覚に、九重は意識を手放していた。
15/07/22 21:52更新 / 水無月花鏡
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