第四話「天使」
「・・・見つけた」
とある街でクインシーは数人の騎士を追い詰めていた。
「あれは、あなたたちには、手に余る、もの、大人しく、私たちに、渡して?」
「し、七大英雄、まさかこれほどとは・・・」
騎士は全員傷ついており、しばらくはまともに歩くのすら難儀するだろう。
「あなたたちの正体は、この際どうでもいい、けれど、何故あれに手を出したの?、あれが何なのか、知っているの?」
「・・・我ら末端には知らされてはおらん、だが今後主に必要になるものだ」
ふんっ、とクインシーは鼻を鳴らした。
「あれが必要、ろくでもないことを、考えている、のね」
クインシーは騎士たちをその場に捨て置き、空へ舞い上がった。
「・・・(一刻も早く九重に、知らせないと)」
ルクシオンの艦橋はツクブ介入後、かなり荒れていた。
目隠しをされたツクブが、艦橋の中央に座らされ、ぐるりと彼女をラグナス、エルナ、リエン、そして九重が囲んでいるのだ。
「何よっ、どうして私がこんな目に逢うのよっ」
「ツクブ、話しは九重から聞いている」
ラグナスは穏やかではあるが、怒りが見え隠れしている声で口を開いた。
「僕の九重きゅんを魅了したそうだね?」
「どきっ」
その通りだ、もしあの時クインシーが横入りしなければ九重は永遠に魅了されたままだったかもしれない。
「ツクブ、僕は七大英雄の大将として君がそんな短慮なことに出たと知って恥ずかしいよ」
ラグナスははあっ、と息を吐き、こめかみに指を当てた。
「そんな、ラグナス様、私はラグナス様のことを思って・・・」
「ツクブ」
今度はエルナが口を開いた。
「それを決めるのは君ではなくラグナス本人です、それにあなたがあの場でやることは九重を保護してルクシオンに帰還すること、違いますか?」
「うっ・・・」
反論することも出来ない、ラグナスのためと言いながら当の本人には確認せず、独断専行した。
「・・・まあ、今回は大事にならなかったことだし、許そうか」
ラグナスが軽く翼を振るうと、はらりとツクブの目隠しが外れ、拘束も解除された。
「・・・七大英雄の内三人が揃ったわね」
実質味方の立ち位置にいるクインシーを合わせれば四人、いよいよ折り返し地点だ。
「次の目的地には七大英雄ヴィウスがいる」
ラグナスは頷いてみせると、小さな小瓶を取り出した。
そこには何かの肉片が入っており、なにやら方角を示すかのように小瓶の壁に張り付いていた。
「ヴィウスの触手の一部ですね」
エルナの言葉にラグナスは頷いた。
「そう、これはヴィウスの触手、千切れても元のところへ戻ろうとしているってわけ」
にこりとラグナスは微笑んだ。
「つまりこの触手が指し示す場所にヴィウスはいるといわけさ」
触手は現在小瓶の右、つまりは東を向いている。
「ヴィウスは東方、大陸港にいる、というわけね」
リエンの言葉にラグナスは微笑む。
「そういうこと、ヴィウスは海洋を統べるクラーケンを中心に同化した英雄、東の海、つまり大陸港にいると考えるのが自然だね」
そうと決まれば全速前進、ルクシオンは再び回頭して、今度は東へと向く、瞬間。
けたたましい警告音が鳴り響いた。
「っ!、何事だいっ?」
ラグナスの声に、オペレーターの魔物が応じる。
「こ、高速で何かが接近してきますっ」
続いて凄まじい振動がルクシオン全体を襲い、ぐらりと船が傾いた。
「くっ、攻撃されたようですね」
エルナはそう呟くと、腰の剣に手をかけた。
「ツクブ、一旦甲板へ、敵の正体を探りますよ?」
「・・・仕方ないわね」
ツクブは頷くと、エルナに続いて甲板へと上がっていった。
「なんだか、嫌な予感がする・・・」
九重はそう呟いたが、その言葉は誰の耳にも入らなかった。
「姉さんっ」
ルクシオン周辺を飛び回るのは、兜をかぶり、正体を隠した存在だった。
「ほぼ間違いなく禁軍、天使エンジェルの軍勢ですね」
エルナはその背後にある白い翼を眺めながら呟いた。
エンジェル、神に仕える尖兵だが、ここアメイジア大陸では一万年以上確認されなかった種族だ。
時空の中に隔絶されたため、主神の干渉もなかったのだが、ここに来て時空の境界を破り始めたか。
「・・・もしくは、一万年間どこかに潜んでいたか、でしょうか」
次々来るエンジェルを打ち払いながら、エルナはそう独りごちる。
後者の場合、今になって動き出した原因は確実に七大英雄の復活が絡んでいる。
「いえ、今は考えるのは後ですね」
ツクブを見ると、周囲に鬼火のような炎を出現させて天使を撃退している。
「まずは禁軍からですね」
「七大英雄の力はやはり脅威だな」
ルクシオンから少し離れた山の上、そこに一人のヴァルキリーがいた。
「だが、未だこちらに『あれ』がある限り我らの優位は覆らない」
ヴァルキリーの近くには仮面を被った少女がおり、ルクシオンと天使の戦いを見ていた。
彼女のマントには桜の花の意匠を持つ紋章が染め抜かれ、その身の鎧はミスリルで出来ているようだ。
「戦乙女サファエル殿、彼女の調子は?」
仮面の少女の言葉にヴァルキリー、サファエルは答えた。
「中々鍛え甲斐があります、勇者としての才能もありますし、剣術もさまになってきました」
仮面の少女はサファエルの答えに満足そうに頷くと、再びルクシオンの方を眺めたが、あまりのことに目を見開いた。
「これで最後っと」
ツクブは最後のエンジェルを彼方に撥ね飛ばすと、一息ついた。
「ふい、くたびれた」
「やれやれ、鍛錬をおろそかにしているからそうなるのですよ」
ふふっ、と笑いながらエルナは軽口を言う。
「うっさいわね、乙女がムキムキなんておかしいでしょう?」
ふうっ、とエルナはため息をついた。
「ならせめてダンよりも料理が上手くなるのですね、彼女に負けているようじゃ女子力はまだまだ、九重も落とせませんよ?」
「ムカッ、い、いずれ九重のほうから『嫁に来てください』って言わせてみせるわよっ」
エルナは剣を構えなおしながら目を細め、とある方向を見た。
「千里鷹眼《ホークアイ》と呼ばれた視力は健在みたいね」
ツクブにはエルナの見ている方角には山しか見えないが、とうの姉には何かが見えているのだろう。
「ヴァルキリー、それにあれは、桜蘭の紋章?」
「姉さんっ」
ツクブの叫び、エルナは咄嗟に頭上を剣で払った。
「・・・油断も隙もありはしませんね」
上から飛来した小さな短刀、鍔には桜の紋章が刻まれている。
「七大英雄っ」
続いて上から現れたのは、可愛らしい少女騎士だった。
ミスリルの鎧に、手には業物の剣、神の加護により、その背中からは後光が射しているかのように見える。
年齢的には九重といい勝負をするくらいだろうか。
「初めまして、私は七大英雄エルナ、隣にいるのは妹のツクブです、あなたは?」
とりあえず自己紹介から入ろうとエルナは口を開いたが、少女はいきなりエルナに斬りかかってきた。
「話しの途中に攻撃は感心しませんよ?」
剣ではなく左手でエルナは少女の剣の柄を押さえた。
「っ!」
「悪くない腕です、あくまで悪くない、ですが」
瞬間、柔を活用してエルナは左手を返し、少女を地面に叩きつけた。
「馬鹿な真似はやめて帰りなさい、あなたでは私に勝てませんよ?」
本来ならばかなりの痛手のはずだが、少女はミスリルの鎧により無傷、今更ながらエルナはドワーフの技に閉口した。
「ふむ、神の加護で身体能力を底上げしているのですか」
すっ、と素早く立ち上がった少女を見てエルナはそう推測した。
「呑気なこと言わないで、姉さんあいつ今のうちに叩かないと今に化けるわよ?」
ツクブは少女勇者の才能を察したようだ。
「そうですね、私はおろかクインシーやダンすら超えかねない資質ですね」
故に排除する気にはなれない、そうエルナは思っていた。
「魔物が・・・」
再び踏み込む少女勇者、先ほどよりも幾分か早い攻撃だ。
「図にのるなあっ」
「やれやれ」
続いての一撃は軽くいなし、背後から当身を食らわせて少女を突き倒した。
「ぐっ・・・」
「もうそろそろやめませんか?、私はあなたと戦うつもりはありません」
剣を納め、エルナは両手を挙げて見せる、だがこれが勇者の癪に障ったようだ。
「馬鹿にしてっ」
三たび斬り込む少女、今度はエルナも剣を引き抜き、衝撃波を放った。
「きゃっ」
そのまま弾かれ、少女はルクシオンから吹き飛ばされていった。
「神の加護を受けた勇者、こんなものではやられないでしょうね」
今度こそエルナは剣を納めた。
だが厄介なことになった、七大英雄を狙う勢力がいるとはわかっていたが、桜蘭、すなわちエディノニアがそれに関わるとは。
「・・・ひとまず、ラグナスに相談ですね」
そう呟くと、エルナは甲板から降りていった。
「まさか禁軍はおろか、勇者までが敗れるとはな・・・」
仮面の少女は考え込むように、瞑目した。
「まとまれば厄介、やはり各個撃破が望ましいか?」
仮面の少女はそう呟くと、次なる手を講じるために、本拠地へと帰還した。
「・・・どうにか凌いだみたいだね」
艦橋に戻ってきたエルナとツクブの無事な姿を見て、ラグナスはホッと一息ついた。
「はい、ですが禁軍に神の加護を受けた勇者、彼女らは我らを狙っているようです」
黒幕は依然として不明、それにあれほどの勢力で攻撃してきたことを鑑みるに、クインシーら他の七大英雄も危険だ。
「・・・急いだ方がいいね」
ラグナスは近くにあるヴィウスの触手が入った小瓶を眺めた。
「・・・やられたっ」
ルクシオンから離れたところにある小さな川、その水面から少女が顔を出した。
「七大英雄、まさかこれほどまでに強いなんて」
先ほどエルナに攻撃を食らい、ルクシオンから弾き出された少女勇者だ。
あの高さから落ちても何とかなる辺りさすがは勇者といったところか。
彼女も七大英雄の話しを聞いていなかったわけではないが、本気で信じてはいなかった。
一万年も年月が過ぎていたため、尾ひれはひれがついていたと思い込んでいたが。
結果は話しに聞く通り、否それ以上の実力であった。
「勇者アベル」
彼女、アベルの前に勇者を導く役目にあるヴァルキリー、サファエルがいた。
「どうやら今のあなたでは、まだ七大英雄と戦うには力不足のようですね」
「・・・今回はたまたま、次はまとめて倒してみせるわっ」
強気なアベルに、サファエルは微笑んだ。
「それでこそです、しかし無用な戦いは寿命を縮めます、今はまだ鍛錬のときです」
素直にアベルは頷くと、ゆっくり川から上がった。
「私はやり遂げてみせる」
彼女の言葉はサファエルには届かず、川の音に消えていった。
「だから見ていて、九重くん・・・」
15/04/21 19:18更新 / 水無月花鏡
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