第三話「姉妹」
英雄エルナは暗い洞窟の中で、近づいてくる何者かの気を感じていた。
「・・・この気配は人間が一に魔物が一、といったところですか」
誰かはわからないが己のいる場所に向かっている者がいる、それだけでエルナはその人物に興味を惹かれた。
「はてさて一体どのような・・・っ!」
直後、洞窟を凄まじい振動が襲い、出入り口側から爆炎が入り込んできた。
「爆発、一体何故っ」
否、考えている暇はない、何者かが洞窟の入り口を爆発させたというのが真実だろうが。
エルナは剣を引き抜き、構えた。
「英雄エルナは七大英雄中で最高の天才剣士だけれど、同時に一番の平和主義よ」
山を歩いて洞窟に向かいながらリエンはそう告げた。
「英雄ツクブのお姉さんでもあるから、エルナを味方につけられればツクブも説得しやすくなるかもしれないわね」
「っ!、リエンお姉ちゃん、あれっ」
灰の匂いにぱちぱちと言う不吉な音、それらが強い方角を九重は指差した。
果たしてそちらはもうもうと煙が立ち上り、炎が天につかんばかりに燃え上がっている。
「行ってみましょう」
目つきを険しくしたリエンは、素早く山の奥へと進んだ。
「っ!、君たちは?」
洞窟の前、そこには複数の騎士と、一人のウィザードがいた。
騎士達は一様に全身を鎧で固め、顔も隠している。
状況から考えてこの連中が洞窟を爆破したであろうことはたやすく想像がつくが、正体がしれない。
「・・・」
無言で騎士達は剣を抜くと、九重たちに剣を向けた。
「下がっていて九重、ここは私が」
リエンは背中に背負っていた二本の剣のうち片方を抜いた。
「てやあっ」
勝負は、一瞬でケリがついた。
凄まじい速度でリエンは踏み込み、瞬時に騎士達の剣を根元から折り、次の瞬間にはウィザードに当身を食らわせていた。
この一連の動作、九重はもちろんのこと、騎士達にすら見抜くことは出来なかった。
「さて、目的を話してもらおうかしら?」
リエンは剣を一人の騎士に突きつけた。
「魔物がっ、死ねえっ」
だがいきなり後ろから一人の騎士が斬りかかった。
「ちっ」
返す形でリエンは騎士の籠手を引き裂き、左足で騎士の脇腹を蹴り飛ばした。
「がはっ」
苦悶の声を残して騎士は吹き飛び、木にぶつかった。
「はあっ」
状況の不利を悟ったか、ウィザードが杖を振るって呪文を唱える。
「っ!」
瞬間ウィザードと騎士たちを中心に閃光が走り、光が消えるころには全員いずこかへと消えていた。
「逃げたみたいね」
ふうっ、と息を吐いてリエンは剣を納めた。
「なんのためにこんなことをしたかは問題ではないけど、七大英雄に敵対する何者かがいるのは確か見たいね」
先ほど切り裂いた籠手が地面に落ちており、リエンは籠手を調べてみた。
「鋼鉄の籠手、特に珍しいものでもなし」
手甲の部分には複雑な意匠の桜の紋章が刻まれていた。
「まあいいわ、それより今はエルナが心配ね」
爆発により洞窟は完全に崩落してしまっている、エルナは無事だろうか。
心配する九重の前で、崩落していた石にぴしりとヒビが入り、内側から岩が吹き飛んだ。
「心配無用だったみたいね」
入り口から現れたのはやや小ぶりな姿に一対の羽、腰には剣を下げたドラゴンの少女であった。
「雨月九重くんに、リエンさん、ですか、ご存知かと思いますが、私はエルナ、七大英雄の一人です」
ルクシオンへの道を歩きながらエルナに二人は簡単な自己紹介をして、今後について話し合った。
「私はもう魔物とも人間ともことを構えるつもりはありませんし、それよりも今はあの爆破犯人を探したいところですね」
エルナだけでなく七大英雄全員が標的ならば残りの六人も危ない、早く合流するか犯人を見つけねばならない。
「私がいる洞窟を爆破した犯人についてよくわかりませんが、あなた方とは関係ないのですね?」
自作自演、爆発して助け出されたが、犯人と救助者はグルだった、と言うこともたまにある。
「まあですが、それはないでしょうね」
エルナはそう言って破顔して見せた。
「あなた方の気配は察知していましたし、やるならば確実性を持ってあなた方も気配を断つでしょう、お二方ではありませんね」
そんなことを話していると、いつの間にかルクシオンにたどり着いていた。
「やあおかえり」
艦橋に入ると、にっこりとラグナスは微笑んだ。
「九重きゅんも無事で嬉しいよ?」
「無事?、どうして襲われたことを?」
九重の言葉にラグナスは顔色を変えた。
「襲われた?、僕はここにいても聞こえるくらいに派手な爆発のことを心配したのだけど、誰かに襲われたのかい?」
こくりと九重は頷いた。
「そうか、何者かが僕たち七大英雄を狙っている、と言うことかな?」
「ラグナス、ならば直ちに他の仲間と合流しなければなりません」
エルナは真剣な表情でそう告げた。
「だけどエルナ、ツクブ以外の四人の所在は僕にはわからない、先に彼女を助けないとならない」
七大英雄の内所在がわかるのは三人、あとの四人については消息不明なため、助けようがないのだ。
「・・・わかりましたラグナス、まずはツクブを」
英雄ツクブのいるとされる地点はここから遥かに離れたエディノニアの遺跡、徒歩ならばかなり時間がかかるだろう。
しかしその距離もルクシオンの動きならば一瞬にして行くことができる、丁度出発準備もできたようだ。
「さて、では行こうか」
ラグナスの言葉とともにルクシオンは始動し、遥か彼方にあるエディノニアへと向かっていった。
「本当に一瞬でついた・・・」
体感時間にしておよそ五秒、ルクシオンはエディノニア郊外にある古代の遺跡にたどり着いていた。
「僕はルクシオンに誰も来ないか見張っている、ツクブのところには行けないけれど、エルナもいるし大丈夫だね?」
ラグナスの言葉にすぐさまエルナは頷いた。
「ええ、我等を狙う者がいても九重には傷一つつけませんよ」
「じゃあラグナスお姉ちゃん、行ってくるね?」
九重、リエン、エルナの三人は艦橋を後にして、外へ出て行った。
古代遺跡の外縁部には城壁があり、三人は崩れた箇所から中へと侵入した。
「すごいね・・・」
中にはいくつもの石造りの建築物が並び、その中央には巨大な塔があった。
「英雄ツクブはあの塔にいると考えるのが自然ね」
リエンに対してエルナも同意した。
「ええ、奴は昔から高いところが好きでしたから、塔の頂上にいるのではないかと」
さて、歩こうとして不穏な気配に九重は身を硬くした。
「・・・いますね」
ひゅんと音がして何かが飛来したが、エルナは黙って右手を振るい、掴んだ。
高速で飛来する物体をよそ見しながら見極めて、掴むなど並みの使い手に出来ることではない。
「・・・矢ですね」
それは先頭に不思議な金属の矢尻がついた矢だった。
「アマゾネスの村でもこれと同じ矢が使われています、ツクブが従えているのはアマゾネスのようですね」
ぱきりと矢を折りながらエルナはそう告げた。
「でもツクブさんはエルナお姉ちゃんの妹なんでしょ?、どうして攻撃を・・・」
九重に対してエルナは深刻な表情で頷いていた。
「何らかの事情で警備を厳しくしている、そのため近づく者は確認せずに攻撃をしているのかもしれません」
そう言っている間に建築物の屋上に無数のアマゾネスが立っていた。
「えっ」
「九重、私たちから離れないで」
リエンとエルナは黙って剣を抜くと、九重を庇うように前に立った。
途端に飛来する複数の矢だが、リエンもエルナも剣一本で矢を弾き、何本かはアマゾネスに弾き返してみせる。
事実矢が対面上に跳ね返されて、建築物にも矢が刺さっている。
これならば多勢相手でもなんとかなるかもしれない、そう九重は思ったが、いきなり甘い匂いを嗅がされ、意識を刈り取られてしまった。
「九重っ」
異変に気がついたのはエルナだった。
振り返ると、そこにいるはずの九重がいつの間にかいなくなっている。
「いつの間に・・・」
リエンは悔しそうに剣で地面を叩いた。
「これは・・・?」
九重のいた場所に、小さな人形が転がり、よく見ると微細な糸がどこかに伸びている。
「クオンの人形、何故ここに?」
糸はまっすぐ塔に向かっているようだ。
「どうやら、九重を攫ったのは私の妹のようですね」
エルナは塔を睨みつけた。
「う、ん?」
気がつくと九重はベッドに横たわっていた。
「あれ?、僕、どうして・・・」
「気がついたかしら?」
部屋の中に顔色があまりよろしくない少女が入ってきた。
外見的には九重とさほど変わらない年齢に見えるが、魔物の場合外見と年齢はあまり比例しないため、九重よりずっと歳上かもしれない。
「えっと・・・」
「私はツクブ、七大英雄のツクブ、よろしくね、少年くん」
リッチの少女ツクブは、にこりと笑って見せた。
「僕は雨月九重、君がエルナお姉ちゃんの妹、ツクブなの?」
エルナの名前を聞いて、ツクブは露骨に嫌そうな顔をした。
「姉さんのことは今はいいじゃない、それとも九重は私よりも姉さんが好みなの?」
地雷を踏んでしまったか?、どう見てもわかるくらいにツクブは機嫌を悪くしている。
「い、いやそんなことは、君も十分魅力的だと思うけど・・・」
慣れないため、たどたどしく褒める九重だが、どうやらそれがいけないようだ。
「十分?、一番じゃない?」
ツクブはいきなり九重の両頬を掴むと、じっと碧眼でもって少年の両眼を見た。
「えっ?」
「うふふ・・・」
その碧眼がいきなり金色に変わり、強力な魔力が九重を貫いた。
「もう貴方は私の虜・・・」
「魅了魔眼《テンプテーション》?」
アマゾネスを蹴散らしながら塔へ向かう最中、リエンはエルナからツクブの得意技を聞いて愕然としていた。
「そう、ツクブの両眼は特殊でしてね、目を合わせた異性を虜に出来る魔眼なのです」
恐ろしい能力である、しかも人間に限らず知性がない古代の下級魔物や死霊、果ては胎児にすら通用するのだと言う。
「そんな、そんな危険な相手が今私の九重と二人きりに・・・」
絶望に満ちたリエンのつぶやき、これはまずいかもしれない。
「おそらくあれが通用しないのは雌雄がない単細胞生物くらいかと、ナメクジやヒル、ミミズにすら通用するのだから恐ろしい」
つまり雌雄同体であろうが有性生殖をする生物全てに効くのか、明らかに七大英雄の中でも屈指の異能ではないか。
「とにかく急ぎましょう、ツクブが何を考えているかは不明ですが万一九重の貞操が散らされれば・・・」
エルナは怒り狂うラグナスを想像して冷や汗が流れるのを感じた。
「当たり前よ、魔眼なんかで私の九重を渡すわけにはいかないわ」
「あ、ああああ・・・」
がくがくと震える九重、ツクブは悠然と微笑むとベッドに腰を下ろし、身につけていた服をはだけ始めた。
「九重、感じるかしら?、目の前にいる少女こそが、あなたの運命だと」
足を組むと、ツクブは九重を手招きした。
「ラグナス様を虜にしたそうだけど、ラグナス様はあなたに相応しくない」
なにやらツクブの口調は激しい。
「・・・」
「あなたもラグナス様よりこの私、ツクブのほうが好きよね?」
妖艶に微笑むツクブだが、その表情は少女らしからぬものだ。
「・・・あなた、一万年前から、変わってない、わね」
いきなり窓の外から何者かが飛来した。
「あんたはっ」
青白い肌に悪魔の翼、右手には巨大な刀を持ち、左手には女性の顔のような意匠の籠手をはめている。
「クインシーっ!」
「ツクブ、あなたの姉が、泣いている、ラグナスを渡したくないあまり、九重を、魅了しよう、なんて」
クインシーは左手を九重に向けた。
「っ!ちょっ・・・」
「問答無用、魂魄隔離《ソウルスティール》っ!」
いきなり九重から邪悪な気運が抜け、糸が切れた人形のようにかくりと膝をついた。
「魔眼の気運は、もう吸い取った、もう魅了魔眼は、効かない」
邪悪な気運は残さずクインシーの左手に吸収された。
「ツクブ、九重を奪いたいなら、正攻法で、行くべき、そんなの、エルナもラグナスも、望まない」
「うっさいっ、うっさいっ、うっさいっ、本当に一万年前からハエみたいにうっさい奴ねっ」
これまでの物静かさとは打って変わり、激しく糾弾するツクブ。
「そんなんだと嫌われるわよっ?」
「嫌われる、ことには、慣れてる」
刀を鞘に納め、気絶した九重を抱えるクインシー。
「ちょ、何やってんのよっ」
慌ててクインシーを邪魔しようとするツクブだが、彼女は左手を広げてツクブに突きつけた。
「っ!」
「魂魄隔離は本来、魂を奪う技、今回は不純物を除く、だけだったけど、久しぶりに、本来の使い方をするのも、悪くはない」
その場で固まるツクブを捨て置いて、クインシーは窓から去っていった。
「九重、あなたは、私の、もの・・・」
「う、ん?」
空中を飛ぶ中、九重が目を覚ました。
「あれ?、君は・・・」
「私は、七大英雄、クインシー、あなたを、ラグナスのところまで、送る」
クインシーは無表情ながら優しげな笑みを浮かべた。
「七大英雄・・・」
「そう、あんな危険人物の、ところより、ラグナスやエルナといたほうが、安全」
しばらくすると、ルクシオンが見えてきた。
「でも僕、まだツクブと対話を・・・」
「必要、ない、今のまま会ったら、また魅了、される、それに・・・」
ふっとクインシーは後ろを見た。
「多分ツクブは、もうすぐ、あなたの味方に、なる」
ふわりとクインシーはルクシオンの甲板に九重を降ろした。
「じゃあ、私はまだ、やることがあるから、あなたと今はまだ行けない」
けど、とクインシーは続ける。
「私も、クオンも、いつもあなたを、見守っている、から」
そう告げると、クインシーは懐からデフォル
メされた可愛らしいイカのぬいぐるみを取り出した。
「次の行き先は、これが教えてくれる、はず、まだまだ、七大英雄はいるから、お役目、頑張って」
軽く手を挙げると、クインシーは去っていった。
「七大英雄クインシー、お礼言いそびれちゃったな・・・」
また会うこともあるのだろう、その時にしっかりお礼を言おう。
九重は頷くと、甲板から下りて艦内に入った。
「よくもこの私に恥を・・・」
肩を怒らせながらツクブは遺跡を歩いていた。
「ツクブっ」
しばらくすると対面上から歩くエルナとリエンを見つけた。
「姉さんっ、ちょうどいい、私を連れてって」
有無を言わさぬ高圧的な態度だ。
「ツクブ、その前に九重をかえしてもらいましょうか?」
「・・・彼ならクインシーの奴が攫ったわ、今頃ラグナス様のところじゃない?」
誘拐犯が人質を誘拐されるなど笑えないが、どうやら本当のようだ。
「・・・まあいいでしょう、クインシーが無事ということがわかっただけで良しとしましょう」
早くルクシオンへ、そうエルナは続けた。
「クインシーに?」
艦橋で九重からことの次第を聞いていたラグナスは意外な名前に驚いていた。
「うん、僕を助けてくれた、それから・・・」
九重はクインシーから貰ったイカのぬいぐるみをラグナスに渡した。
「次の行き先はこれが教えてくれるって」
「クオン作のようだね、ん?」
ぬいぐるみの中から奇妙な肉片が入った瓶が出てきた。
「これは、そうか、そういうことか・・・」
一人うんうんと頷くラグナス。
「次の目的地は東方、大陸港だね」
15/04/20 14:43更新 / 水無月花鏡
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