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第二話「蒼穹」





『七大英雄、彼女らは歴史的に大きな影響を後に与えたにも関わらず、信頼できる当時の資料は少ない。


山岳地方より来た英雄ラグナスは、古き時代の忌まわしき禁忌の術を改良し、魔物を取り込み己が力とする同化秘技を編み出した。

これは魔物に影響を受け、意識を変質させられる可能性こそあったが、魔物を取り込めば取り込むほどに力は増し、結果魔王にすら匹敵する力を得た。

砂漠より来た英雄エルナと、その妹ツクブはラグナスとともに魔王と戦うことを決意、ハーピー属を主に取り込みセイレーンに酷似した姿となったラグナスに対して同じく魔物を取り込み異形となる。

エルナは、ドラゴンやリザードマンを取り込んでドラゴンの姿となり、ツクブはスケルトンやゾンビ、さらにはウィルオウィプスなどの死霊も取り込み、リッチの力を手にした。

その後海洋より来たヴィウス、東方より来たクオン、草原を旅するダン、古代都市のクィンシーの七人を併せて七大英雄と呼ばれるようになる』

ーーーーー以下エディノニア帝立桜蘭大図書館所蔵『七大英雄の研究』第1章より抜粋。





「驚いた、でしょう?」

祭礼の渓谷にあるエルフの館の一部屋でリエンと九重は向かいあっていた。

現在リエンは現代にいたような姿ではなく、リリムらしい露出の多い格好に、背中には同じくらいの長さの剣を二本十字に背負っていた。

九重にしても、中々目のやり場に困る姿だ。

リエンは様々なことを九重に話していた。

七大英雄と魔王の戦い、アメイジア大陸の空間移動、その後何代かを経て魔王が変わり今は魔物も人間を殺めないことなどだ。

だが中でも九重を興奮させたのは、ここがファンタジーな異世界であることだった。

「悪いことをしたとは思っているけど、貴方の力がないと七大英雄を平定させることは出来ないの」


すっと目を伏せるリエン、九重はそれに対して笑顔を見せた。

「いいよ、僕でないといけない、何か理由があるんだよね?」

リエンは頷いてみせたが、今は理由を話すことはできないのか、じっと黙ったままだった。


「よう、二人とも」

部屋に先程のドワーフの少女、ギムが入って来た。

「俺はギム、アダマニウム鉱山のドワーフだ、七大英雄相手にどこまで通用するかはわからねえが、いろいろ用意したぜ?」

そう言うと、ギムは部屋にある机の上に様々な物品を並べた始めた。



「こいつはミスリルで出来ている鎧とヘッドギアだ、炎は跳ね返すし、大抵の武器じゃ束になっても傷一つつけられない代物さ」

九重は銀色をした東洋風の鱗鎧を持ち上げてみたが、外見に反して驚くほどに軽い。

「こっちは天空の神ウラノスすらも斬り裂けるアダマンタイトで出来た剣、クロノキャリバーだ」

続いての大剣は透き通るような輝きを秘めた業物である。

「こいつは今やアダマニウム鉱山のドワーフにしか加工できねえ、感謝しろよ?」

ニヤニヤ笑いながらギムはそう言うが、ふと表情が暗くなった。

「なんでも防ぐ鎧になんでも切れる剣、これがあっても七大英雄と戦うにはまだ勝てねえ気がするぜ」

心配そうなギムだが、リエンは穏やかに微笑みながら九重の肩に手を置いた。

「私たちは戦うのではなく、対話に行くの、きっと九重ならばその勤めを果たしてくれるはずよ?」


「ま、とにかくドワーフとしては協力出来るのはこんなもんだな」

ギムはそう告げると鼻をこすった。

「しっかりな坊や」

直後、かちゃりと扉が開いてエルフの族長レオラが入室してきた。

「私はまだ貴方を信用したわけではないわ」

冷たい眼差しでレオラはリエンをついで九重を値踏みするかのように見つめた。

「ただ他に七大英雄に対する策がないから貴方を行かせるに過ぎない」

高圧的に話すレオラに、リエンだけでなくギムまで表情を険しくしたが、何故か九重はじっとレオラの顎を見ていた。

「・・・少年、何か?」

怪訝そうなレオラに九重は首を傾げた。

「お姉ちゃん、何を怖がってるの?」

「・・・っ!」

九重の一言は予想外にレオラに打撃を与えたようで、彼女の顔つきは目に見えて引きつった。

「恐れ?、エルフの族長たるこの私が、何かに恐れを抱いていると?」

「うん、僕の弟も怖いものを見たりすると顎に皺が寄るんだ」

つん、と九重は自分の顎を指差した。

「・・・このレオラが恐れることなどない」

吐き捨てるように言うと、レオラはリエンに羊皮紙の地図を投げ渡した。

「七大英雄筆頭、ラグナスの乗る高速飛行戦艦ルクシオンが祭礼の渓谷南方の山に現れたわ」

伝説ではルクシオンは魔法機関タキオンリアクターにより高速移動と永久的な駆動を可能にしているため攻略は困難、一万年前も猛威を振るったそうだが。

「現在は停船中、チャンスは今しかないわ」

なるほど、一度停船してしまえば機関を動かすのに時間がかかるというわけか。

「エルフの魔法を結集して空間魔法陣を作り出したわ、かなりの魔力が消耗されるから片道だけになるけど」

いずれにしても現在所在が判明している英雄はラグナスのみ、エルナとツクブは帰還したという情報こそあれ、どこにいるかまではわからない。

まずはラグナスか。

九重は緊張で下腹部がきゅんと締め付けられるように感じた。






エルフの魔法陣を通り抜けると、そこはもう南の山だった。

「ルクシオンはもう少し向こうにあるみたいね」

リエンの言葉通りあちこち見渡してみても戦艦らしきものはない。

「とにかく、歩いてみよう」

九重はそう呟くと、ゆっくり歩き始めた。



「おやおや、可愛らしい男の子じゃな」

しばらく行くと大木の木の下に全身にマントを着込み、フードを被った女性がいた。

その正体は判別出来ないが、その身にまとう力は魔物のそれだった。

「可愛い少年、儂の芸を見て行かんか?」

魔物が軽く手を振ると、どこからともなく等身大のマネキンが現れた。

「ほほっ、種も仕掛けもないぞ?」

ゆらゆらとマネキンは動き始め、手にした薪を使ってジャグリングを始めた。

「え?、す、すごいっ」

よく見ると魔物が指を動かすたびにマネキンは動いており、光の加減によってはきら、きらと糸のようなものが見てとれたため、魔物は操り人形のようにマネキンを糸で操っているようだ。


「気に入ってくれてなにより、じゃがこの先には七大英雄ラグナスの戦艦がある、あまり近づかぬほうが良いぞ?」

魔物の言葉に九重はようやく本来の役目を思い出した。

「うん、僕たちはラグナスに会わないといけないんだ」

九重は一礼すると、先へと進んでいった。



「可愛い男の子・・・、本当、食べちゃいたいわ・・・」

「なんじゃそなた、そこにおったのか・・・」

「彼、ラグナスのところに行くのよ、ね?、・・・邪魔は、させない」

「・・・横槍も大概にいたせよ?」

「勿論、彼は・・・私のものに、するわ・・・」




「これが、ルクシオン」

九重とリエンの目の前には、巨大な戦艦が停船していた。

あまりの巨大さに物怖じしてしまいそうになるくらいであり、事実九重はかすかに右手が震えるのを感じた。


「行きましょう、ラグナスは知性派、話せばわかるはずよ?」

神妙な顔つきのリエンとともに、九重はルクシオンへと入っていった。


「ようこそ、僕の城へ」

入ってすぐに九重は凄まじい魔力の気配に鳥肌がたった。

まるで来ることがわかっていたかのように、入り口のすぐ次の部屋には強大な気配のセイレーンがいたのだ。

巨大な翼に二メートル近い身体つき、どういうわけだか並みのセイレーンよりもラグナスは大きな身体を持つようだ。

「僕が七大英雄の大将ラグナス、ルクシオンの艦長なんかもやってるよ、さて・・・」

ぱちりとラグナスは九重にウィンクして見せた。

「・・・君、名前はなんて言うのかな?」

「え?、僕は九重、雨月九重だけど・・・」

ラグナスの威圧感に九重は内心萎縮していたが、そこは頑張って答えてみる。

「アメツキ、クノエ・・・、ふうん」

瞬間ラグナスの瞳の奥に、ハートの紋章が浮かんだのをリエンは確かに見た。

「・・・いいっ」

「は?」

なにやらぼそりとラグナスは告げたが、九重には聞き取れなかった。




「か・わ・い・いっ、九重くん、いやいやそれても九重きゅん、かな?、いやいやいや、呼び捨てに九重というのも中々・・・」

いきなりうりんうりんと悶絶し始めるラグナスに正直ドン引きな九重だが、リエンは計画通りと言わんばかりにほくそ笑んでいた。


「えと、あの、ラグナス、さん?」

「ラグナスさんなんて他人行儀、ラグナスお姉ちゃんでいいよ?」

はじめに感じた威圧感はもうない、代わりにはあはあと鼻息の荒い魔物に九重は別の意味で恐怖感を覚えた。

「えと、じゃあラグナスお姉ちゃん・・・」

「はうんっ」

どうやらツボに入ったようで、ラグナスはびくびくと身体を震わせる。

「(やっぱり魔物に意識が引かれてるようだね)」

何となく桃色の頭の中でラグナスはそう感じていたが、今更なんとも思わなかった。

「あの、出来ればみんなで仲良くしていけたらなあ、と僕は思うのだけど・・・」

「うんうん、九重きゅんのお願い、お姉さんはわかっているよ?」

ラグナスはそう告げ、ふわりと九重の前に降り立った。

「僕は人間だったけど今はもう魔物、もう魔物が人間を殺さないのはわかってるし、これからは協力しないといけないこともね」

すっ、とラグナスは右側の翼を差し出した。

「今の魔王がどんなのかはわからないけど、僕たちがこんな感じならきっと平和主義の魔王なんだろうね」

ようやくラグナスの意図に気がついた九重は、ラグナスの翼を握手するように握った。

「これからよろしく、九重きゅん」

「うん、よろしく、ラグナスお姉ちゃん」

対応はともかく英雄となるような人、その実は人類の平和を願う心優しい女性なのだろう。

こうしてラグナスとの対話はつつがなく完了した。




「ほらね、何事もなかったでしょう?」

ルクシオンの艦橋でかちゃかちゃと機械を弄る魔物たちを眺めながらリエンは九重にそう告げた。

「・・・うん、けれど」

やはりまだまだ不安なのだろう、ラグナスはあれで魔王に匹敵しうる能力だというのに、ああいうのがまだ六人もいるのだ、不安になるなと言うほうが難しい。

「大丈夫よ」

にこりと優しくリエンは微笑んだ。

「あなたはやり遂げられるわ、雨月九重なのだものね」

「さて、待たせて悪いね」

艦橋にラグナスが現れ、ゆったりと艦長席に座った。

「残りの七大英雄のうち僕が所在を把握してるのはエルナとツクブ、エルナはここから少しいった山の中の洞窟に、ツクブはエディノニア帝都桜蘭近くの古代遺跡にそれぞれいるはずさ」

ならば先にエルナのほうに向かうべきかもしれない、そう九重がラグナスに告げると英雄もすぐさま頷いた。

「うん、それがいいよ、エルナは英雄の中で一番の平和主義、きっと力になってくれるはずさ」

うんうん、とラグナスは頷いた。

「僕たちはここで出航の用意をしながら待っているから、君たちはエルナとの話し合いに向かいたまえ」

ラグナスに一礼すると、九重とリエンはルクシオンを後にした。


15/04/18 19:53更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさんこんばんは、鏡花水月であります。

いよいよ本格的に物語が始まる二話目でありますが、元ネタをご存知の方は誰がモデルか、ひょっとするとどんな種族か予想されているかもしれませんね。

まだまだ後六人もおりますので、よろしければお付き合いくださいませ。

ではではまた次の機会にお会いしましょう。

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