終章「竜騎士」
ミズラフ・ガロイスと天耀竜シャガの激闘から数日後の竜皇国ドラゴニアにて。
「……なるほど、各地での被害は自身の意思ではなく制御しきれぬ『狂化細胞』によるもの、だというわけだな?」
女王デオノーラの前に平伏し、ミズラフはシャガがこれまであちこちで引き起こしてきたことがらについての説明をしていた。
「シャガ自身制御しきれぬ力を制御しようとしての旅でした。悪意は一切なく、彼女はただ生きようとしただけです」
「……その通り彼女に責任はない、だが原因はあるとは思わないか?」
「それ、は……」
デオノーラの厳しい追及にミズラフは口籠るが、赤き女王はそんな彼には構わずに続ける。
「いくつもの反魔物国家が魔界となり、元々魔界だった都市にも影響が出た。確かに天耀竜はただ生きていただけだが悪意なき天災ほど厄介なことはない、違うか?」
しばらくミズラフは黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「悪意なき天災は厄介です。しかし彼女は今や『狂化細胞』を制御する術を身につけています。もし彼女のせいで何かあったならば俺も一緒に罪を償います」
「……そこなのだがな、オウハ・クラウディウスとやら」
コツコツと玉座の肘掛けをつつきながら、デオノーラは疑念を口にする。
「ダムドによれば天耀竜は貴様の番いでも騎竜でもないそうではないか。何故そこまでして彼女を庇うのだ?」
「……ただ生きているだけで天災呼ばわりされ、どこにも帰れなかった幼馴染を見守ることが出来るのは、俺だけでしょうから」
ミズラフの言葉にしばらくデオノーラは無言となった。ただそこで生きていただけで他者に影響を与え、悪意なき故に恐れられたかのドラゴンを、ミズラフは見守ろうと言うのか。
「……よかろう、貴様の言葉を受けて天耀竜シャガについての処断を下す」
デオノーラの口元に笑みが浮かび、張り詰めた謁見の間の空気が微かに緩んだ。
「天耀竜シャガに関してはオウハ・クラウディウス、貴様に一任する。活かすも殺すも貴様次第ということだ」
「……え?」
すなわち保護観察処分ということか? 確かに減刑を望んだのはミズラフだがあまりにも軽すぎるのではないか?
「女王陛下、それは……」
「不服か? 我は妥当だと思うぞ」
デオノーラはニヤリと笑うと胸元にしまい込んでいた一枚の報告書に目を走らせた。
「確かに天耀竜は数多の反魔物国家を堕とした。だがいずれもウィルスによるパンデミック、広範囲だっだが故に逆にさしたる混乱もなく平和裏に陥落したそうだ」
呆然とするミズラフを前にデオノーラの報告は続き、さらなる情報が明らかとなっていく。
「魔界都市における影響はさらに興味深い、『狂化細胞』に感染した者は人魔問わず精力と体力が倍増、一時的とは言え獣のように猛り……彼女が通った地域は、どうやら出生率がかなり上がりそうらしいぞ?」
「つ、つまり……?」
「うむ、天耀竜は確かにたくさんの地域を混乱させたが悪いことは何一つ起きていないし誰も死んではいない。結果論になるがむしろ魔物娘的には功績ととられることをしている」
実際デオノーラも報告を受けた際には「何か問題があるのか?」とも考えており、魔王に至っては「過激派に向いている娘」などと言っていた。
「とは言え貴様の言うように野放しにも出来ない、ところでミズラフよ、貴様はダムドから竜騎士の勧誘を受けているらしいな?」
その通りだ。ダムドがウシュムガルを通して伝えたかった伝言は竜騎士のスカウト、シャガとの戦いを終えてすぐにミズラフに伝わることとなったわけだ。
「確かに貴様ほどの人物が来てくれるならば助かるが、竜騎士というからにはパートナーがいる。当てはあるのか?」
ミズラフが答えずにいるとデオノーラは嬉しそうに微笑んだ。
「だが心配せずとも我には当てがある。あちこちで『功績』を立てながらも保護観察処分にされるようなドラゴンだ、名前を聞きたいかな?」
「女王陛下、お心遣いに感謝します」
デオノーラは最初からこうするつもりだったのだろう。『狂化細胞』を制御出来るようになったシャガの新しい居場所を作ろうとしていたのだ。
「ふふ、何を言う? 我は国法に従い魔王陛下に代わって処断しただけ、貴様に感謝される謂れはないぞ」
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昼過ぎ、デオノーラとの謁見が終わるとミズラフはドラゴニアの都市部のとある民宿に向かった。
「お帰りなさいミズラフ君」
店主のワイバーンはミズラフが店に入ってくるとともに彼が退出時に預けておいた鍵をカウンターから取り出す。
「貴方にお客さんが来ているわよ」
「客?」
「ええ、食堂でお待ちよ?」
誰が待っているのかはよくわからないがとにかく食堂に行ってみようと、ミズラフは隣にある食堂へと足を向けた。
「帰ってきたかミズラフ、待ちわびたぜ」
「デオノーラ女王はどうだった? やはり噂通りの方だったかい?
「ダムドにダルクア、それに……」
食堂で待っていたのは竜騎士のダムドとここまでついてきてしまったダルクア、それに保護観察中のシャガだ。
謁見が終わるまでシャガにはどのような処分が下されるかわからなかったため、彼女はドラゴニア竜騎士団の騎士であるダムドに預けられていたのである。
それがこうしてミズラフの前に現れたということは、謹慎が解けたということか。
「ついさっき竜騎士団のティアール卿が現れて女王陛下のお言葉を頂いた。それでシャガについてはお前さんに引き渡そうと思ってな」
だがそれだけではあるまい、ダムドはニヤリと笑うとミズラフに顔を近づけた。
「竜騎士になることを承認したらしいな?」
「っ!」
ダムドのすぐ近くで目を見開くシャガ、それに対してダルクアの方は面白そうに目を細めている。
「そうか、君もいよいよ名前を上げる決心をつけたのか」
前回はドラゴニアに行くというだけで随分揉めたというのに、今のダルクアはそれが嘘のように落ち着いていた。
「けれど安心したまえ、今後は僕もドラゴニアで暮らすことになりそうだからね」
今度はミズラフが驚く番である。ヤマツミ村の鍛冶屋が遠くドラゴニアにまで引っ越すというのか。
「心配せずとも母さんの許可は得ている。謂わば暖簾分けのようなものさ」
そうカラカラ笑うとダルクアは手元に置いてあった水を飲み干す。
「しかし、どうしてまたドラゴニアに……」
「うーん、やはり君が心配だから、かな? 僕の目が届かない範囲で随分無茶をしていたらしいし」
侵食竜の姿をしたシャガとの複数回に渡る戦いに『龍翼渓谷』の踏破、さらには『禁足地』における決戦と短期間であまりに多くのことがあり過ぎた。
「ま、君も知り合いが少ない場所で新生活を始めるならこの僕と一緒の方が良いだろう?」
「……止めても聞かなそうだな」
「一応やってみるかい?」
この小さな幼馴染が見た目に合わずその内面には鍛冶屋らしい強情さを持っているのはミズラフが一番よくわかっている。
「いやいい、好きにしろ」
「あれだけの装備が作れるんだ、ドラゴニアじゃ引く手数多だろーぜ?」
職にあぶれる心配はない、そう呟くとダムドはいよいよといった口調で竜騎士についてを口にした。
「それで竜騎士になるならパートナーとなるドラゴンがいるんだが……」
「末永く、よろしくお願いしますわね」
先ほどから黙っていたシャガがそう告げると頭を下げる。
「今からドラゴンを探す必要はありません。わたくしが貴方の騎竜になって差し上げますわ」
シャガの言葉にミズラフは唖然とし、ダムドのほうはいよいよ噛み殺していた笑いが抑えきれないとばかりに口元を隠していた。
「……もしかして女王陛下の話しを……?」
「? デオノーラのことなぞ関係ありませんわ。わたくしを打ち倒した貴方ならわたくしを乗りこなせるとそう考えていますの」
どうやらデオノーラから話しを聞いてミズラフの騎竜になろうと思ったのではなく、最初から騎竜になろうとしていたらしい。
「それに貴方はわたくしをあそこまで見事に乗りこなした。相性に関してもぴったりですわよ」
確かにミズラフがシャガを初見で乗りこなすことが出来たのは天賦の才もあったろうが、彼女との相性によるものだったのかもしれない。
容易にいくつもの街を魔界に堕とせるほどの力を持つシャガが騎竜になるのならば、ミズラフにとって決してマイナスではないだろう。
「ま、そういうことらしい。ドラゴンを倒しちまったらこういうことになるってのは見えていたがな」
その種属性ゆえにドラゴンは人間を気に入っていても素直になることは少ない。
しかし彼女以上の実力があると認めさせることが出来たのならば、心を通わせ合う真の相棒となることも出来るはずだ。
「そういうことなら、よろしく頼むシャガ」
話が一段落したところで、ダルクアはポケットから何やら文字が書かれたメモ書きを取り出した。
「そうそうミズラフ」
自分のグラスに水を注ぎ、微かに唇を湿らせてからダルクアはミズラフの方に身を乗り出す。
「そーしゅきょーがヤマツミ村の詩の続きを発見したらしいよ」
「続き?」
ヤマツミ村に伝わる童謡、今思えばあれはミズラフとシャガの出会いと決戦を予言したかのような内容だった。
『其の地に産まれし闇を纏いし龍、長き旅の果て、巡り巡りて回帰せん。
産まれた地にて、再度産まれ、闇を脱ぎ、新たな誕生に精霊は歌い、天は耀く。
数多の龍、幾多の飛龍とまみえし者、其の龍と向き合う資格を得るとき試練に対面す。
人中の英雄、試練を果たして龍の故郷にて満月を迎える時、伝説は舞い降りん』
「シャガが封印されてた洞穴は崩れてたけど、崩落した瓦礫の中から見つけたプレートをセシリア院長が保管していたらしいよ」
何故そのような場所にあったのかはわからないが、もしかするとあの詩を考えた者があそこに置いたのかもしれない。
「それで肝心の続きだけど、これは是非ともミズラフに聞いてほしいかな」
ダルクアは朗々とした声で詩を読み始めたが、竜に触れていた前半部とは異なりその中身は人間に関わる内容であった。
『大いなる英雄、光と闇の転生を目の当たりにせし時その心を確かなものとする。
光と闇、命と力、龍と英雄、巡り会うは運命、巡り巡るは互いの縁。
潰えぬ想いはその魂に、揺るがぬ誓いは確かな心に、共に信じて想いを遂げよ、共に願いて道を歩め。
共に歩むは龍と英雄』
詩を全て聴き終えると、ミズラフはなんとも言えないような表情でシャガを見つめ、シャガの方も何かを考えるように黙り込む。
「『共に歩むは竜と英雄』、か」
誰がこの詩を作ったのかはわからないが、これを作った者はミズラフがシャガとあのような形で決着をつけることを知っていたのか?
否、彼は知っていたのではなくこうなることを願っていたのであろう。
『禁足地』一帯に『狂化細胞』を撒き散らした危険極まりないドラゴン、封印するしかなかったもののいつの日にか人間と和解する日が来るのを願っていたのだ。
竜騎士と騎竜としてともに歩んでいく、敵同士から始まった二人でもひとたび分かり合えばともに生きることも出来るのである。
「……(魔物娘と人間が互いに理解し合い、支え合える世界が来れば良いな)」
ミズラフの願う世界はそう遠くはないはずだ。今やかつて離れて歩んでいたミズラフとシャガの道は交わり、一つの線となって進むこととなったのだから。
そして二人の旅はこれからも続いていく。互いに重荷を背負いながら、時には肩代わりをしながら進んでいくのだろう。
人と魔物娘が絆を結び、協力して実力以上の実力を発揮する、それこそが竜騎士なのだ。
完
19/05/03 12:27更新 / 水無月花鏡
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