最終話「真抗竜」
「三分でケリをつける……随分と大きく出ましたわね」
テストとばかりにシャガはドラゴンブレスを放つ。もし直撃すればただでは済まないような火力のはずだが、被弾する刹那ミズラフが左手を大きく振るうとそのまま空気中で霧散し、次の瞬間には見えなくなった。
「なっ!」
『堕落竜装』その想像以上の力にシャガだけでなく実際に装着しているミズラフもまた驚いている。
「……(凄まじい力だ、しかし……)」
その代償は制限時間、三分以内にシャガを打ち倒せねば『極限状態』は解除され、鎧も脱がなければならない。
「……いくぞ!」
気合いを入れ直してから大地を蹴り、ミズラフはシャガに突撃する。
「っ! 速いっ!」
すでにシャガはミズラフの実力を見切っていたが、『極限状態』と『堕落竜装』、二つのイレギュラーにより彼の能力は数段向上していた。
その動きたるや、さしものシャガでも完全には見切りきれず回避に専念せねばならないほどだ。
「……(このわたくしが、天耀竜シャガが、押されているといいますの……?!)」
かつて英雄ミズラフ・ガロイスと戦った際は幼体であり比較的若いドラゴンと変わらぬ実力であった。
それ故ドラゲイ帝国一の兵と呼ばれながらも老年に達していた英雄ミズラフ・ガロイスにも付け入る隙は存在していたであろう。
だが今のシャガは復活してからあちこちの親魔、反魔関係なく数多の地域を巡り、旅の中でその体内の『狂化細胞』を完璧に制御出来る領域に達した成竜。
そのシャガと互角に立ち回れるということは、今やミズラフ・ガロイスの力はあの英雄を凌駕しているということになる。
「くっ! なぜ、なぜ貴方はそこまでの力を発揮できますの!?」
ミズラフの力は明らかに普通の人間の領域を遥かに越えており、魔界勇者や魔界騎士の能力に匹敵する実力だった。
シャガ自身旅の中で勇者と戦ったことはあったが、『極限状態』に至りその上鎧を装着したミズラフは並の勇者では歯が立たないのではないか。
「インキュバスにすらなっていない人間が、ドラゴンたるこのわたくしと、肩を並べるなんて……!」
『極限状態』も『堕落竜装』も関係ない、今のミズラフは明らかにそういう外的要因を抜きにしても超常的な力を発揮している。
「ドラゴンという高みにいる君にはわからないかもしれないな!」
豪雨を思わせるような苛烈極まりない攻撃を加えながらも、ミズラフはこれまで心の中に秘めていた言葉をシャガに伝えた。
「俺の背中には多くの人々の想いが、力が集まっている。今の君は俺と戦っているのではない、『俺たち』全員を相手にしているようなものだ!」
武術の指南をしてくれた総主教レイン・ガスパール、蛇矛を鍛えてくれた名工ダルクア・バルタザール、鎧の基礎設計をした魔術師ラケル・メルキオール、否それだけではない。
ダムドやウシュムガル、シルヴィアら多くの人々の助けを得てミズラフは記憶を取り戻し、実力を身につけた。
旅をして強くなったのはシャガだけではない。ミズラフもまた様々な人と出会い力をつけていたのである。
「不完全だからこそ、弱いからこそ他者の力を借りて実力以上の実力を発揮する。強いからではない、弱いからこそ俺は君と戦える」
ミズラフの気迫に押されて、今やシャガは防戦一方。蛇矛による攻撃を両の翼に備わる複腕で防ぎつつ、ジリジリと後ろに下がっていた。
「ミズラフ、ミズラフ・ガロイス! やはり、やはり貴方は……!」
翼の腕がミズラフの蛇矛を受け止め、彼の攻撃はシャガによって縫い付けられる。
「喰らいなさいっ!」
瞬間これまで以上のドラゴンブレスを吐き出さんと口腔に高エネルギーが集まり、シャガの周りが光につつまれた。
蛇矛を受け止められ、回避する手段を持たないミズラフにとっては絶対絶命の危機である。
「……ふんっ!」
だがシャガがドラゴンブレスを吐き出すその刹那、ミズラフは蛇矛を手放してそのまま大きく飛び上がり、天耀竜の背中に無理やり飛び乗った。
「っ!」
シャガがびっくり仰天する中ミズラフは蛇矛を力任せに引っ張り、彼女な口に咥えさせる。
「!!!!!??!!?」
ミズラフを背中から引き離そうとシャガは翼を広げて『禁足地』の空へと飛び上がり、暴風の中を滑空した。
時には猛スピードで旋回し、時には事故も起こしそうな速度でジグザグに飛行したが、それでもミズラフが振り落とされるような気配はない。
「……!?」
それではとシャガは地面に急降下し、ギリギリのタイミングで迂回、もう一度ある程度の高さまで行けば急降下ということを繰り返してみた。
「!!」
それでもミズラフは一切態勢をくずしてはおらず、むしろ無茶な飛行を続けたためにシャガのほうがスタミナを削られそうである。
「……(弱者だからこそ、強い……)」
シャガはついに観念したのか『禁足地』の元いた場所に不時着し、その翼を大人しく畳んだ。
ようやくミズラフはシャガの口から蛇矛を取り除くと、彼女の前に立ちその身を包んでいた鎧を解除する。
鎧は解除されると装着された時と同様各パーツごとにバラバラとなっていずこかへと消えていった。
「ミズラフ、いくつかの幸運があったとは言えわたくしを乗りこなすその実力は本物ですわね」
ドラゲイ帝国の頃から竜騎士はいたらしいが、ミズラフの先祖は歩民出身だったはず。無論ミズラフ自身竜に乗ったことはないにもかかわらずにこれほどまでにドラゴンを乗りこなせるのは何故なのだろうか?
「英雄ミズラフ・ガロイスの父母は竜の調教師をしていたらしいですよ」
暴風が吹き荒れるなかシスターセシリアは確かな歩調でミズラフとシャガに近づく。
「シスター……」
「お見事でしたオウハ様、シャガ様を折伏するだけでなく乗りこなしてみせるとは……このセシリア、心底感服いたしました」
セシリアの言葉を聞いてか、ミズラフが見ている前でシャガは一瞬だけ身体を震わせて、その身を大きく変容させた。
煌めく白金色の長髪に引き締まった身体の各部を覆う黄金の鱗、背中からは巨大な翼が生えており、魔物娘らしく素晴らしく美しい少女の姿である。
「……ミズラフ・ガロイス、貴方の実力は確かに本物ですわ、それは認めても構いません、しかし……」
シャガはミズラフのすぐ前まで来ると、両手を構えて臨戦態勢をとった。
「あくまでそれは鎧を纏った際の実力、今一度武術のみでわたくしと戦い、打ち倒してみせなさい」
その言葉にミズラフは唖然とし、ラケルとダルクアはやや驚いた表情、ウシュムガルに至っては呆れたような顔をしている。
だがシャガと付き合いの長いセシリアのみが瞑目し、「素直じゃない」と一言だけ漏らした。
「ではシャガ様、こちらを……」
どこに持っていたのかセシリアが諸刃の剣をシャガに差し出すと、彼女は剣を引き抜いてミズラフと距離を開ける。
「細胞を使用する必要もない」
シャガはゆっくりと剣を正眼に構えると、蛇矛を相手に向けるような態勢をとるミズラフを見つめた。
「わたくしもわたくしの武術のみで、貴方と戦います」
地面を蹴りミズラフに突撃するシャガ、その速度たるや音よりも先に攻撃が来るほど、やはり魔物娘人間に近い姿をしていたとしても実力は計り知れない。
だが先ほどドラゴンの姿によるシャガとの激闘をくぐり抜けたミズラフは普段以上に感覚が研ぎ澄まされている。シャガの高速による斬撃を難なく蛇矛で受け止めた。
「やはり強いですわね。けれどわたくしの力、全て受け止めることが、出来まして……?」
次々と来るシャガの攻撃を捌きつつ、ミズラフは蛇矛を振り回して攻撃に転じる。
「出来るとも、どれほど実力に開きがあったとしても、今の俺なら……」
蛇矛を返して石突きでシャガを狙うミズラフ、しかしこれはすぐさま見切られてしまい剣の柄で攻撃は払いのけられた。
やはり強い、魔物娘の姿になったからといってシャガは無条件で勝てるような相手では決してない。
「……(勝てるのか?)」
否勝てるかどうかではない、如何にしても勝つのかどうやって勝つのか、である。
年頃の少女に見えても目の前にいるのは天耀竜シャガ、勝ちを拾うのは確かに難しいかもしれない。
それでも今のミズラフならばシャガは決して勝てないような相手ではない。
要は己の心がけ次第、実力が拮抗しているのならば最後にものを言うのはどれだけ勝利を諦めないかという執念。
勇気を震わせてミズラフは蛇矛を構え直し、全身から気迫をみなぎらせてシャガを睨みつけた。
「……行くぞ、これで最後だ」
ミズラフとシャガ、二人が地面を蹴るのはほぼ同時である。
空中で蛇矛と諸刃の剣が交差し、一瞬だけ雲が割れて満足の光がそれぞれの得物を輝かせた。
「勝負、あったな」
二人は互いに背中を向け合う形で膝をついたが、長く月を隠していた雲が霧散してようやく満月の光がミズラフとシャガの二人を照らす。
ウシュムガルが微かにつぶやくとともにシャガがゆっくりと立ち上がり、ミズラフを眺めた。
「……楽しかったですわよ」
シャガが手を差し伸べるとミズラフもまた立ち上がり、その手を握る。
「俺も、これほどまでに真剣になれたのは、初めてだ」
二人はどちらともなく笑みを浮かべた。もう今となっては勝負の結末などどうでもよかったのだ。
互いに全力を出し合って干戈を交える、それはそれぞれ本音で話し合うようなもの最初から結末はどうでもよかったのである。
「……全く、シャガ様も素直になれないお方ですね」
ドラゴンらしく気位が邪魔して本音が話せないからこそ真剣勝負の中に和解の道を見出す、これまで散々ミズラフとコンタクトを取りたがるシャガを見てきたセシリアにとってそれは、苦笑もの以外の何者でもなかった。
「セシリア、貴方にも随分と迷惑をかけましたわね」
ミズラフとの握手を終えるとシャガはセシリアに一礼し、これまでの感謝の気持ちを述べる。
「気にしてなどいません。ですがシャガ様、オウハ様に関しては、もう少し素直になられたほうがよろしいかと」
「わかっていますわ。なにしろ彼はわたくしに勝利した唯一の方ですものね」
ゆっくりと向けるシャガの視線の先、そこには真二つに折れ、地面に突き刺さった彼女の剣があった。
ようやく心を溶かしたシャガの内面を示すように、その剣は満月の光を浴びて柔らかな光を放っている。
「……長い旅が、やっと終わった気がしますわ」
19/05/02 10:12更新 / 水無月花鏡
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