テペヨロトル
テペヨロトル
元号も変わって久しく、また魔物娘という存在が広く人々に知られるようになったある日のことである。
普段世話になっているシスターから、見て欲しいものがあると連絡を受けて、私は彼女が待ち合わせに指定した教会へと向かった。
教会自体は人里から離れてはいないが、近くもない、要は電車で行くにしても車で行くにしてもそれなりに時間のかかる場所にある。
「お待たせしましたシスター」
やや急ぎ足で私が、過疎地域であるがためにひとけのないその教会に入ると、すでにシスターは壁際の席に腰掛けていた。
「そんなに待ってないから気にする必要はないわよ」
にこやかに笑みを浮かべながらシスターは机の下に置いていた箱を取り出す。
なかなかのサイズの箱だ。数十センチ四方の木の箱なのだが、人間の頭骨ならばすっぽり入ってしまうであろう大きさの箱である。
「見て欲しいものというのはこれ、貴方世界史に詳しかったわよね?」
「確かに高校の頃成績は良かったですが、シスター、この箱の中身は何なんですか?」
何故急にそんなことを訊かれたのか私にはさっぱりわからなかったが、シスターとしては意味のあることだったらしく、満足そうに頷きながら蓋に手をかけた。
「それじゃあ、どうぞ!」
勿体ぶることもなくシスターは蓋を開けたが直後箱の中から光が差したかのように感じ、私は微かに目を細める。
箱の中に入っていたのは仮面だったが、私の知る限り一部の地域でしか使われていなさそうなものであった。
人間の顔を模したものに、鋭く尖った歯、不思議な赤い紋様は儀礼的な意味を持つのか神秘的な気運を放っている。
首元にはフサフサの羽毛のような飾りがついており、民族衣裳と組み合わせれば間違いなく映えるであろうことは明らかだ。
「ふむ、昔南米で使われていた仮面によく似ていますね」
古代の南米において生贄を求めたとされる神テスカトリポカ。かの神への祭祀を行う時に使用されたという仮面によく似ている。
「確か?」
「あくまで私の見解ですがね、それにしても随分綺麗な仮面ですがどこで?」
テスカトリポカへの祭祀が行われていたのは遥か昔のこと、現在生贄を用いる儀礼はなくなったためこれまで発見されたものも遺物としてであった。
だがこの仮面は明らかについ最近新調されたもの、まさか神の教えに忠実なはずのシスターが異教の教義に流れたとでも言うのか?
「……貴方、失礼なこと考えてない?」
「そのようなことは、それでこの仮面どうしたのですか?」
再度訊くとようやくシスターは話す気になったのか蓋を閉じて仮面を見えなくする。
「この間道を歩いていたら空から落ちてきたのよ、私のすぐ前にね」
それは危ない事故だ。すぐさまシスターは空を見上げたらしいがこのような危険な目に遭わせた下手人は姿が見えなかったらしい。
「シスターを攻撃しようとは不逞な輩、この私が見つけ出して成敗します!」
「待ちなさい、最近魔物娘たちが別の世界からこちらに来ることが流行っているでしょう?」
そう言えばそんなこともあった。空間と空間繋げて魔物娘に対する偏見もほとんどないこの現代日本に来るらしいが、たまに空間の扱いを間違えて落し物をする魔物娘もいると聞く。
リリムやバフォメットら元々魔法に長けた種族はそうでもないらしいが、ワーキャットやワーウルフ等あまり空間転移に慣れていない種族は今でもたまにやらかすようだ。
「これもそんな落し物だと?」
「ええ、貴方を呼んだのはどういう魔物娘かわからなかったから」
ふむ、テスカトリポカを信仰するような魔物娘と言えば一種類しか思いつかない。
もっとも、向こうの世界ではそのテスカトリポカも魔物娘として扱われていると聞くが。
「オセロメーでしょうね。ジャガーの戦士とも称される種族です」
「オセロメー……あまり聞かない種族ね?」
私も直接会ったことはないが、それはそもそもまだ殆どがこちらに来てはいないからだ。
噂によればあまりに戦闘的過ぎる性質に、こちらとの橋渡しをしているブローカーが入国を渋っているのではないかとすら言われている。
「とにかく拾った以上交番に届けるべきかと」
万一これを取り返しに来れば色々と面倒なことになるのは目に見えていた。
話しが通用するかしないかはわからないが、もしも話しが通用しないほどに臨戦態勢となっていればこちらを襲撃するかもしれない。
「……なんだか妙な胸騒ぎがするけど……」
「私が護衛します。日が暮れる前に急ぎましょう」
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教会から最寄りの交番までは歩いて二十分程度の位置にある。
預けた場合私とシスターの代わりに交番の巡査が襲われるのではないかとも思ったが、さすがにオセロメーたちも国家権力には逆らわないと信じたい。
「……いる?」
「はい、恐らく間違いないでしょうね」
教会を出てしばらく歩くと、どこからともなく肉食獣が狙っているかのようなそんな視線を感じていた。
「……持ち主かもしれませんが、名乗り出るまでは黙って……」
「その仮面をよこせええええええええ!」
凄まじい殺気にとんでもない動き、まさに天性の戦士とも言うべきであろうか? 突如として後方数メートルの位置から何者かが飛び出し、こちらを攻撃してきた。
「シスター!」
私はすぐさまシスターを背後にかばうと、手に持っていた杖でその戦士が振り下ろした剣を受け、正面から下手人の正体を捉える。
「っ! 私の剣を受け止めた、だと?」
目の前にいたのは私の予想通りオセロメーの少女。ジャガーを思わせる耳に手足の毛皮、魔物娘らしく褐色の肌を覆うのは、要所のみを隠した露出の多い服装だがこれほどの動きの中一切乱れていないのは流石と言うべきか。
「ふふっ! 貴様のような戦士がいるならば、この世界に来た甲斐があるというもの、これならどうだっ!」
オセロメーは手にした両手剣を振り回して私を攻撃する。
その動きそのものは苛烈そのものだが、同時に慎重さも兼ね備えており、どこかこちらの様子を見ているようにも感じられた。
とは言え、そのあまりに強い力は私の得物である木の杖を著しく疲弊させていき、数合打ち合うだけであちこちに傷が入る有様である。
「オセロメー! 仮面ならここにあるから彼と戦うのは辞めて、持っていきなさい」
シスターの声、だがオセロメーはそれには応じずに再び両手剣を構え直すと私に向かって突撃した。
「っ! シスターの声が聞こえなんだか!? 我々は敵ではない、あくまで仮面は預かっていただけだ!」
「仮面? ああ、今はそれはどうでもいい!」
変幻自在のオセロメーの攻撃をなんとか捌くものの、杖は何度も攻撃に晒されたために悲鳴をあげている。
「な、なんだと?!」
「今の私に必要なことはただ一つ! 我が剣を受け止めた極上の獲物、すなわち……」
オセロメーの一撃はついに私の杖を真っ二つに切り裂き、杖の半分をどこかに吹き飛ばしてしまった。
「っ!」
「貴様を狩ることのみだああああああ……!!」
大上段から振り下ろされる一撃、杖を折られた私には最早これを捌くことなど出来ないだろう。
私は残された杖を両手で持ち、先端部を掲げて祈るような姿勢をとった。
「観念したかっ! これで貴様という極上の獲物を得て、私はさらなる高みへと登るっ!」
振り下ろされた一撃、それは果たして私の頭を切りつけ、はしない。
「っ!」
オセロメーの一撃は深々と食い込んでいたが、それは私の手の中に残された杖の下半分。
正確な力とその重量でもって振るわれた剣は木の幹に沿って深々と切り込み、わずか数センチを残して私の杖に縫い付けられていた。
「な、なんとっ!!」
必殺の一撃もこうなっては一時的にその効力を失う。
私は直後に杖を手放すと、右手を懐に入れて普段持ち歩いている分厚い本を取り出した。
「っ!」
「主よ、我を守り給えっ!」
祈りを込めて一撃、聖書はオセロメーの顎に命中し、彼女はあまりの衝撃に自分の意思関係なく上を向く。
「きさ、ま……!」
あれを喰らってまだ意識があるのか、両手剣を手放し、オセロメーの高速拳が私に襲いかかった。
だがその刹那私の左手は手放された彼女の両手剣を掴み、その柄でオセロメーの鳩尾の辺りを突く。
「ぐあっ!」
さすがにこれは効いたらしい、そこまでやってようやくオセロメーは前のめりに倒れた。
「……手強い相手だった……」
私の前身は汗に濡れ、両手はあまりのことに震えている。
「……それで、この娘はどうするつもり?」
シスターの言葉に私は意識を失ったままのオセロメーの肩を担ぐと、フルフルと首を振って見せた。
「仕方ないので連れ帰って介抱します。襲撃されたのはこちらですが、こうなったのは私の責任ですし……」
いきなり襲撃してきたのは確かに問題だが、応戦して彼女の闘争本能に火をつけてしまったのは確かに過失である。
「……つまみ食いはしないようにね」
釘を刺されてしまったがもとよりそのようなつもりはない、私は酔っ払いを介抱するような気持ちで彼女を担ぎ、シスターとともに駅へと向かった。
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「……ここは?!」
流石は戦闘種族と言うべきか、家について数分もしない内にオセロメーは目を開けた。
「私の家だ、少し落ち着け」
いきなり攻撃してくる気配はなさそうだが、先程あんなことがあった後なので私は小太刀の木刀を腰に帯びる。
「そうか、私は貴様に敗れたわけか……」
ガックリと耳を垂らし、残念がるオセロメーだったが、次の瞬間にはキラキラした瞳でこちらを見つめていた。
「貴様はこの世界最強の勇者か何かなのだろう? 杖を使った武術に素早い判断力! 只者とは思えんぞ」
確かに私は幼い頃よりかなりの修練を積んだがそれでも魔物娘を一蹴するような、最強と呼ばれるほどの実力はない。
オセロメーに勝てたのはあくまで私が稽古を重ねて格上との戦いに慣れていたためと、あとは強運によるものが大きい。
「貴様は私の得物だが、今戦っても私は貴様に勝てそうにない」
実際は次戦った場合私との戦いを一度でも経験しているオセロメーが勝つのは目に見えているのだが、そこは黙っておくことにする。
「だから……!」
「っ!」
あまりにも早くオセロメーが動いたために私は反応できずにされるがままになってしまった。
「ん……」
彼女の激しい見た目に反してその接吻は淡雪のように穏やかであり、同時に炎のような熱が宿るもの。
「私が貴様に勝つその日まで貴様の操は預けておく! 貴様が私に狩られるその日まで、誰にも負けず私を待て!」
それだけ告げるとオセロメーは近くに置いていた両手剣を握ると、開けっ放しになっていた窓から飛び出して、屋根伝いにどこかへ去ってしまった。
「……やれやれ、もう仮面のことは良いのか……?」
テスカトリポカの加護を受ける戦士オセロメー、私と彼女の長きに渡る戦いは、かようにして始まったのである。
元号も変わって久しく、また魔物娘という存在が広く人々に知られるようになったある日のことである。
普段世話になっているシスターから、見て欲しいものがあると連絡を受けて、私は彼女が待ち合わせに指定した教会へと向かった。
教会自体は人里から離れてはいないが、近くもない、要は電車で行くにしても車で行くにしてもそれなりに時間のかかる場所にある。
「お待たせしましたシスター」
やや急ぎ足で私が、過疎地域であるがためにひとけのないその教会に入ると、すでにシスターは壁際の席に腰掛けていた。
「そんなに待ってないから気にする必要はないわよ」
にこやかに笑みを浮かべながらシスターは机の下に置いていた箱を取り出す。
なかなかのサイズの箱だ。数十センチ四方の木の箱なのだが、人間の頭骨ならばすっぽり入ってしまうであろう大きさの箱である。
「見て欲しいものというのはこれ、貴方世界史に詳しかったわよね?」
「確かに高校の頃成績は良かったですが、シスター、この箱の中身は何なんですか?」
何故急にそんなことを訊かれたのか私にはさっぱりわからなかったが、シスターとしては意味のあることだったらしく、満足そうに頷きながら蓋に手をかけた。
「それじゃあ、どうぞ!」
勿体ぶることもなくシスターは蓋を開けたが直後箱の中から光が差したかのように感じ、私は微かに目を細める。
箱の中に入っていたのは仮面だったが、私の知る限り一部の地域でしか使われていなさそうなものであった。
人間の顔を模したものに、鋭く尖った歯、不思議な赤い紋様は儀礼的な意味を持つのか神秘的な気運を放っている。
首元にはフサフサの羽毛のような飾りがついており、民族衣裳と組み合わせれば間違いなく映えるであろうことは明らかだ。
「ふむ、昔南米で使われていた仮面によく似ていますね」
古代の南米において生贄を求めたとされる神テスカトリポカ。かの神への祭祀を行う時に使用されたという仮面によく似ている。
「確か?」
「あくまで私の見解ですがね、それにしても随分綺麗な仮面ですがどこで?」
テスカトリポカへの祭祀が行われていたのは遥か昔のこと、現在生贄を用いる儀礼はなくなったためこれまで発見されたものも遺物としてであった。
だがこの仮面は明らかについ最近新調されたもの、まさか神の教えに忠実なはずのシスターが異教の教義に流れたとでも言うのか?
「……貴方、失礼なこと考えてない?」
「そのようなことは、それでこの仮面どうしたのですか?」
再度訊くとようやくシスターは話す気になったのか蓋を閉じて仮面を見えなくする。
「この間道を歩いていたら空から落ちてきたのよ、私のすぐ前にね」
それは危ない事故だ。すぐさまシスターは空を見上げたらしいがこのような危険な目に遭わせた下手人は姿が見えなかったらしい。
「シスターを攻撃しようとは不逞な輩、この私が見つけ出して成敗します!」
「待ちなさい、最近魔物娘たちが別の世界からこちらに来ることが流行っているでしょう?」
そう言えばそんなこともあった。空間と空間繋げて魔物娘に対する偏見もほとんどないこの現代日本に来るらしいが、たまに空間の扱いを間違えて落し物をする魔物娘もいると聞く。
リリムやバフォメットら元々魔法に長けた種族はそうでもないらしいが、ワーキャットやワーウルフ等あまり空間転移に慣れていない種族は今でもたまにやらかすようだ。
「これもそんな落し物だと?」
「ええ、貴方を呼んだのはどういう魔物娘かわからなかったから」
ふむ、テスカトリポカを信仰するような魔物娘と言えば一種類しか思いつかない。
もっとも、向こうの世界ではそのテスカトリポカも魔物娘として扱われていると聞くが。
「オセロメーでしょうね。ジャガーの戦士とも称される種族です」
「オセロメー……あまり聞かない種族ね?」
私も直接会ったことはないが、それはそもそもまだ殆どがこちらに来てはいないからだ。
噂によればあまりに戦闘的過ぎる性質に、こちらとの橋渡しをしているブローカーが入国を渋っているのではないかとすら言われている。
「とにかく拾った以上交番に届けるべきかと」
万一これを取り返しに来れば色々と面倒なことになるのは目に見えていた。
話しが通用するかしないかはわからないが、もしも話しが通用しないほどに臨戦態勢となっていればこちらを襲撃するかもしれない。
「……なんだか妙な胸騒ぎがするけど……」
「私が護衛します。日が暮れる前に急ぎましょう」
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教会から最寄りの交番までは歩いて二十分程度の位置にある。
預けた場合私とシスターの代わりに交番の巡査が襲われるのではないかとも思ったが、さすがにオセロメーたちも国家権力には逆らわないと信じたい。
「……いる?」
「はい、恐らく間違いないでしょうね」
教会を出てしばらく歩くと、どこからともなく肉食獣が狙っているかのようなそんな視線を感じていた。
「……持ち主かもしれませんが、名乗り出るまでは黙って……」
「その仮面をよこせええええええええ!」
凄まじい殺気にとんでもない動き、まさに天性の戦士とも言うべきであろうか? 突如として後方数メートルの位置から何者かが飛び出し、こちらを攻撃してきた。
「シスター!」
私はすぐさまシスターを背後にかばうと、手に持っていた杖でその戦士が振り下ろした剣を受け、正面から下手人の正体を捉える。
「っ! 私の剣を受け止めた、だと?」
目の前にいたのは私の予想通りオセロメーの少女。ジャガーを思わせる耳に手足の毛皮、魔物娘らしく褐色の肌を覆うのは、要所のみを隠した露出の多い服装だがこれほどの動きの中一切乱れていないのは流石と言うべきか。
「ふふっ! 貴様のような戦士がいるならば、この世界に来た甲斐があるというもの、これならどうだっ!」
オセロメーは手にした両手剣を振り回して私を攻撃する。
その動きそのものは苛烈そのものだが、同時に慎重さも兼ね備えており、どこかこちらの様子を見ているようにも感じられた。
とは言え、そのあまりに強い力は私の得物である木の杖を著しく疲弊させていき、数合打ち合うだけであちこちに傷が入る有様である。
「オセロメー! 仮面ならここにあるから彼と戦うのは辞めて、持っていきなさい」
シスターの声、だがオセロメーはそれには応じずに再び両手剣を構え直すと私に向かって突撃した。
「っ! シスターの声が聞こえなんだか!? 我々は敵ではない、あくまで仮面は預かっていただけだ!」
「仮面? ああ、今はそれはどうでもいい!」
変幻自在のオセロメーの攻撃をなんとか捌くものの、杖は何度も攻撃に晒されたために悲鳴をあげている。
「な、なんだと?!」
「今の私に必要なことはただ一つ! 我が剣を受け止めた極上の獲物、すなわち……」
オセロメーの一撃はついに私の杖を真っ二つに切り裂き、杖の半分をどこかに吹き飛ばしてしまった。
「っ!」
「貴様を狩ることのみだああああああ……!!」
大上段から振り下ろされる一撃、杖を折られた私には最早これを捌くことなど出来ないだろう。
私は残された杖を両手で持ち、先端部を掲げて祈るような姿勢をとった。
「観念したかっ! これで貴様という極上の獲物を得て、私はさらなる高みへと登るっ!」
振り下ろされた一撃、それは果たして私の頭を切りつけ、はしない。
「っ!」
オセロメーの一撃は深々と食い込んでいたが、それは私の手の中に残された杖の下半分。
正確な力とその重量でもって振るわれた剣は木の幹に沿って深々と切り込み、わずか数センチを残して私の杖に縫い付けられていた。
「な、なんとっ!!」
必殺の一撃もこうなっては一時的にその効力を失う。
私は直後に杖を手放すと、右手を懐に入れて普段持ち歩いている分厚い本を取り出した。
「っ!」
「主よ、我を守り給えっ!」
祈りを込めて一撃、聖書はオセロメーの顎に命中し、彼女はあまりの衝撃に自分の意思関係なく上を向く。
「きさ、ま……!」
あれを喰らってまだ意識があるのか、両手剣を手放し、オセロメーの高速拳が私に襲いかかった。
だがその刹那私の左手は手放された彼女の両手剣を掴み、その柄でオセロメーの鳩尾の辺りを突く。
「ぐあっ!」
さすがにこれは効いたらしい、そこまでやってようやくオセロメーは前のめりに倒れた。
「……手強い相手だった……」
私の前身は汗に濡れ、両手はあまりのことに震えている。
「……それで、この娘はどうするつもり?」
シスターの言葉に私は意識を失ったままのオセロメーの肩を担ぐと、フルフルと首を振って見せた。
「仕方ないので連れ帰って介抱します。襲撃されたのはこちらですが、こうなったのは私の責任ですし……」
いきなり襲撃してきたのは確かに問題だが、応戦して彼女の闘争本能に火をつけてしまったのは確かに過失である。
「……つまみ食いはしないようにね」
釘を刺されてしまったがもとよりそのようなつもりはない、私は酔っ払いを介抱するような気持ちで彼女を担ぎ、シスターとともに駅へと向かった。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
「……ここは?!」
流石は戦闘種族と言うべきか、家について数分もしない内にオセロメーは目を開けた。
「私の家だ、少し落ち着け」
いきなり攻撃してくる気配はなさそうだが、先程あんなことがあった後なので私は小太刀の木刀を腰に帯びる。
「そうか、私は貴様に敗れたわけか……」
ガックリと耳を垂らし、残念がるオセロメーだったが、次の瞬間にはキラキラした瞳でこちらを見つめていた。
「貴様はこの世界最強の勇者か何かなのだろう? 杖を使った武術に素早い判断力! 只者とは思えんぞ」
確かに私は幼い頃よりかなりの修練を積んだがそれでも魔物娘を一蹴するような、最強と呼ばれるほどの実力はない。
オセロメーに勝てたのはあくまで私が稽古を重ねて格上との戦いに慣れていたためと、あとは強運によるものが大きい。
「貴様は私の得物だが、今戦っても私は貴様に勝てそうにない」
実際は次戦った場合私との戦いを一度でも経験しているオセロメーが勝つのは目に見えているのだが、そこは黙っておくことにする。
「だから……!」
「っ!」
あまりにも早くオセロメーが動いたために私は反応できずにされるがままになってしまった。
「ん……」
彼女の激しい見た目に反してその接吻は淡雪のように穏やかであり、同時に炎のような熱が宿るもの。
「私が貴様に勝つその日まで貴様の操は預けておく! 貴様が私に狩られるその日まで、誰にも負けず私を待て!」
それだけ告げるとオセロメーは近くに置いていた両手剣を握ると、開けっ放しになっていた窓から飛び出して、屋根伝いにどこかへ去ってしまった。
「……やれやれ、もう仮面のことは良いのか……?」
テスカトリポカの加護を受ける戦士オセロメー、私と彼女の長きに渡る戦いは、かようにして始まったのである。
19/04/07 01:39更新 / 水無月花鏡