後編〜雷の巻〜
「あらあら、こんなところで眠るなんて、風邪をひくわよ?」
碧が目を覚ますと、目の前に紅玉のような紅い瞳を持つ魔物がいた。
魔物の後ろには同じく紅の瞳に黒く艶やかな髪を備える稲荷の少女がいた。
「私は、っ!、そう、上田進次郎に刺されて・・・」
慌てて脇腹を確認するが、短刀は刺さっておらず、しかもしっかり止血もされている。
傷口は完全にふさがっているわけではないようだが、血液を高熱で焼いて止血したのか、とりあえず出血そのものはなくなっている。
「・・・助けられたみたいね、あの青年、立花木工助に」
魔物の言葉を聞いても、碧は信じられないようで、驚きのあまり目を見開いた。
「な、なぜ彼がっ、私は私の欲望のために彼から霊鳥を奪ったのに・・・」
「さあ、私は魔物だから彼の考えはさっぱりわからないけど、それがこの國の武士なのではないかしら?」
武士ーーー碧は自分や上田進次郎の所業を思い返してみた。
自分達の欲望のために波乱を起こし、勝手な理由で平和に暮らしていた霊鳥を捕まえ、あまつさえ利用し尽くしてから始末する。
それが、この國の武士階級なのか?
「・・・あなたが誰かは知らないけど、私に何をさせようというの?」
碧の言葉を聞いて、魔物はため息をついた。
「別にどうこうしろと言うつもりはないわ、元々私はジパングにいる古い友人に会おうとして巻き込まれただけだもの、けれど・・・」
ちらっと魔物は空を眺めた。
「まだあなたが恩を受けて返さなければならないと思えるならば、出来ることがあるのではないかしら?」
しばらく碧は黙っていたが、やがて重々しく口を開いた。
「立花木工助は霊鳥を取り戻すために加賀屋城に向かうわね」
「そうでしょうね」
短く魔物が応じると、碧は目を閉じながら呟いた。
「単騎で城は落とせないわ」
「そうかもしれないわね」
簡単な相槌ばかりではあるが、魔物は碧がどうするのか、それを見極めようとしていた。
「・・・この身がどうなっても構わない、立花木工助が討死する前に、彼を助けるわ」
魔物は碧の言葉に、妖艶に微笑んだ。
「良いわ、ならば貴方のその身体、この私・・・」
すっと魔物は優雅な動作で右手を碧に向けた。
「魔界第四皇女デルエラが、恩を返せるようにしてあげる」
「状況は?」
加賀屋城の地下、かつては地下牢として使われていた巨大な空間に一つの異質な物体があった。
外見は埴輪の時代のジパングの船によく似てはいるが、その大きさは現在の水穂國のいかなる艦船よりも大きかった。
「ほぼ完了です」
作業にあたっていた武士は、ゆらりと現れた城主上田進次郎宗智に報告した。
「霊鳥を最深部に設置、稼働とともに飛行は可能ですが、現在最終チェック中です」
武士の言葉に、宗智は軽く頷いた。
「急がせろ、準備が終わり次第出航だ」
「伝令っ!」
地下に一人の兵士がかけこんできたが、その表情は焦りと驚きに満ちており、急いで来たためか息も荒い。
「加賀屋城下に敵将が接近、霊鳥を取り戻しに来たものかと思われますっ」
「来たか、意外と早かったな、して数は?」
宗智の言葉に兵士は答えた。
「そ、それが・・・」
「せいやああああっ」
雄叫びをあげながら定満は馬上から刀を振り回し、並み居る兵士を薙ぎはらう。
途中で敵兵から槍を奪うと、今度は片手で手綱を握りながら豪快にぶん回す。
「まったく、使ったことないからって乱暴に扱って、あれじゃ死ににいくようなものだよ」
清和は呆れたようにそう言うが、動き自体は悪くないため、危なげなく定満は確実に兵士をなぎ倒しながら先へと進んでいる。
「ともかく、ボクも元老院付きの武士らしく頑張らないとね」
清和も落ちていた槍を拾うと、こちらは見事としか言えないような動きで的確に数を減らしていく。
「さ、まだまだかんばるよ」
清和の少しく前方、定満は叫びながら先へ先へと進んでいく。
「どこにいるであるかっ、凪姫っ」
「兵力はたったの二騎っ、現在三の丸の大手門にて門兵と交戦中ですっ」
兵士の言葉に宗智は驚いた。
動きが早いとは思っていたが、まさかたった二人で加賀屋城の攻略に乗り出そうとは身の程しらずもいいものだ。
「大手門に城兵を傾けろ、奴らを生かしては返すな」
大手門の戦いは激しさを増していた。
定満、清和ともに奮戦してはいるが、あまりに敵の数が多い、このままでは勝ち目は薄いかもしれない。
「さすがに手強いであるな」
すでに大手門では乱戦の様相を呈しており、定満と清和は背中合わせになりながら、次々と襲いかかる敵兵に対抗していた。
たが、やはり二人では限界があるのか、二人ともあちこち小さな傷を負い、息を荒げながら奮戦していた。
このままではいずれ力尽きてしまう、それほどまでに兵力は圧倒的だ。
「敵も中々やるね」
清和は刀を振るいながらも定満に話しかけた。
「そうであるな」
短い応答、二人は刀を振るい、互いに互いを気遣いながら敵兵を無力化していく。
ついに定満は兵士の槍の一突きに跳ね飛ばされ、膝をついた。
「ムッくんっ」
「・・・くっ」
止めとばかりに兵士が槍を振り上げた、己の死を定満が覚悟したその刹那のこと。
「がっ・・・」
いきなり雑兵が衝撃波を受けて弾き飛ばされた。
「はあいムッくん、助けに来たわよ?」
そこにいたのは見たことのないほどの威圧感と、圧倒的な存在感をその身に纏う白き翼のリリム。
だが、定満は彼女とは初対面のはずなのに、どういうわけだか、彼女の眼差しと紅い瞳には見覚えがあった。
「っ!、もしや我輩に千鳥をくれた・・・」
「あら、気付くのが早いわね、つまらないわ」
ふふん、と紅い瞳のリリムは鼻を鳴らした。
「私は魔界第四皇女デルエラ、友人を助けるために随行である傾国の黒稲荷今宵とともに加賀屋城主、上田進次郎宗智に宣戦を布告するわ」
魔界第四皇女デルエラ、現在の魔王の四番目の皇女にして一夜にして宗教国家レスカティエを陥落させた強大なる大淫魔。
「さて、目的上ムッくんとは仲間になるのかしら?」
ちらりとデルエラは紅い瞳を定満に向け、二つの瞳が一瞬だけ交差した。
「・・・助かるのである」
ゆっくり定満は立ち上がると刀を構えなおした。
「勝った気になるなよっ」
大手門付近の櫓から無数の弓兵がこちらに向けて矢を放った。
「レスカティエが何するものぞっ、ここが貴様の墓場だっ」
飛来する矢だが、デルエラが軽く右手をかざすと瞬時に矢は灰燼と化して消滅した。
「この程度かしら?」
今度は複数の槍兵がデルエラめがけて突撃する。
「話しにならないわね」
今度は指揮者のように優雅に右手を振るうと、槍兵たちはまるで地面を返されたかのように上空を舞い、四方へ消えた。
「全力を出すまでもないわ、メルセがここにいたらなんて言うかしらね?」
デルエラは視線を加賀屋城に向けながら険しい顔つきで呟いた。
「時間がないわ、もし天鳥船を起動され、高天へと到着されたりしたら、私や母さまでも手出しができなくなりそうね」
魔王や魔王の娘ですら干渉できないならば、最早この世界の誰にも上田進次郎を討つことは出来なくなるだろう。
「背中はうちらに任せっ」
七尾の稲荷、デルエラの随行である今宵も魔力を込めた札を両手に挟む。
「そういうこと、ムッくんは後ろは気にせずに思いっきりやればいいよ?」
にこりと清和は微笑みながら刀を振るった。
「ここは私たちに任せて先に行って、それとね・・・」
デルエラは何事か定満に耳打ちしたが、内容は清和や今宵には聞こえなかった。
一つ頷くと、定満はデルエラの言葉を反芻しながら先へと向かった。
「・・・私の友人を頼んだわよ、ムッくん」
「どけぇぇぇぇぇぇ」
叫びながら定満は敵兵をなぎ払い、疲れた身体に鞭を打ちながら先へと走っていく。
デルエラも、今宵も、清和も、みんな定満を先へ行かせるために戦っているのだ。
ここでやられていれば、侍として、否、男として太陽の下を歩くことが出来なくなる。
ついに定満は天鳥船がある城の地下への回廊を発見した。
「きっ、様っ」
見張りの兵士をなぎ倒し、定満は回廊を走り、最深部を目指す。
「来たか、まさかここまで来るとはな」
「・・・上田進次郎宗智っ」
加賀屋城主上田進次郎宗智は、巨大な船の舳先に立っていた。
その船は半ば地中に埋もれ、見たことのないような形状だったが、どことなく神秘的な気配を周りに放っていた。
「ここまで来るとは予想してはいなかった、いやいや、まさか君がレスカティエの支配者すらつれてくるとはな・・・」
実際デルエラが来たのは友人、恐らく凪姫を助けるためなのだが、何も言わずに定満は刀を宗智に向けた。
「上田進次郎っ、船から降りて我輩とたたかうのであるっ」
猛る定満だが、宗智は心底おかしそうに笑いながら右手を挙げた。
「馬鹿な、儂は貴様らのような愚かな戦い方はしない、自ら手を汚すのは馬鹿のすることだ」
直後天鳥船の艦首から砲台が現れ、雷の弾丸を放ち始めた。
「・・・ぐっ」
慌てて定満は刀で弾くが、ばらばらと頭上の石が落ち始め、嫌な予感にすぐに刀を納め、外へ飛び出した。
「ムッくんっ」
外にでるとすぐさま清和たちが駆け寄ってきた。
「あれが、天鳥船・・・」
ゆらゆらと地面のなかから姿を現した天鳥船は、空から雷の砲弾を放ち始めた。
「・・・高価なおもちゃのつもり、かしらね?」
デルエラは弾丸を避ける障壁を展開しながら面白くなさそうに告げた。
「・・・あれではちかづけないであるな」
定満の言葉に、今宵は天鳥船を見上げながら目を細めた。
「あの弾丸、動力源からそのまま魔力を撃ち出してるんやのうて、砲台で弾丸に収束させとるようや」
つまり砲台を破壊できれば弾丸は撃てなくなる、そう今宵は結論付けた」
「けれどあの数の砲台を破壊するとなると・・・」
清和の懸念に、デルエラは薄っすらと笑った。
「いいえ、どうやら間に合ったわ」
うおおおおおおおお、とすさまじい鬨の声が聞こえ、加賀屋城に大軍が押し寄せてきた。
「これは、なんであるか?」
状況を掴めていない定満だが、軍勢の先頭にいるサキュバスを見て絶句した。
「碧っ」
そう、大軍の先頭で指揮をとっているのは紅い瞳のサキュバスとなった碧、さらには甲冑姿の武将だった。
「北方城主木崎蝦夷守義晴推参っ、立花殿、話しは聞いた」
すっと、義晴は定満と清和に一礼した。
「上田進次郎に踊らされ、霊鳥を狙い、お主たちにも迷惑をかけた」
お詫びにともに戦う、そう告げると義晴は軍配を振り上げた。
「総員あの空飛ぶ船を狙えっ、帝に仇なす反逆者を逃すなっ」
すぐさま弓兵が矢をつがえ、天鳥船への攻撃を開始する。
「碧・・・」
彼女が義晴を説得して連れてきてくれたのだろう、デルエラと今宵はなんとか定満を生存させておくために先に現れ、本命はこちらだったということか。
「かりは返しておくわよ?」
碧はふんっ、と鼻を鳴らしたが、彼女はどことなく楽しそうだった。
「よしっ、これで砲台は沈黙したなっ」
天鳥船は北方軍により砲台を破壊され、弾丸を撃つことが出来なくなっていた。
「いよいよあんさんの出番やで?」
今宵はいきなり定満を抱えると、上空に放り投げた。
「しっかり彼女を救いなよ?」
大きく飛び上がった清和がさらに上へと押し上げる。
「あなたなら凪姫を救えるはずよ?」
上空で待ち構えていたデルエラが定満を天鳥船の方角に放り投げる。
「私にここまでやらせて、失敗したら笑うからね?」
最後に碧が全力で天鳥船にたどりつくように定満を投げる。
「はあっ」
天鳥船のすぐ上から、定満は甲板に着地した。
「貴様、王の領域に土足で踏み込んでくるとはな・・・」
定満を見て、宗智は憤怒の形相で腰の刀を引き抜いた。
「王の領域?、笑わせるのである、貴様には仲間も友人も、守るべき者もいない、我輩は・・・」
定満もまた刀を引き抜き、宗智に向ける。
「みんなのおかげでここへ来れたのである、貴様とは違う、他人を利用して一人でここに立つ貴様は、永遠に報われぬ寂しい男であるっ」
「それがどうしたっ、この上田進次郎、武士がどうとかそんなことは最早気にしない、支配して搾取するだけだっ」
野心に塗れた宗智には最早定満の言葉も届きはしない。
「儂に逆らう者は皆殺しだ、貴様も、元老院も北方軍も、あのリリムも、すべて破壊してくれるわっ」
刀を振り上げ、宗智は定満に斬りかかった。
「・・・くっ」
すぐに定満も刀を素早く動かし、宗智の攻撃を受け止める。
「(何であるか?、刃を交えると奴の、上田進次郎の悲しみが、憎しみが伝わってくるのである、奴の過去に何が・・・)」
「貴様にはわかるまいっ、父母が魔物に攫われ、一人残される悲しみがっ、武士に拾われ、召使のように扱われる絶望がっ、貴様のような奴にっ」
火花を散らすかのような激闘、二人の戦いは次第にヒートアップしていく。
「だから殺したのであるか主人をっ、他人を思いやらずに利用するなど、結局貴様もそのかつての主人と同じなのであるっ」
定満の言葉に、宗智は激昂する。
「黙れっ、破壊してやる、この國も、ジパングも、魔物も、何もかもをっ」
「哀れであるな上田進次郎っ、我輩が引導を渡してやるのであるっ」
激しい剣捌きで定満は宗智の刀を弾きながら甲板上を、まるで軌道を描くかのような足運びで戦う。
「馬鹿な、この儂が、上田進次郎宗智が押されているとでも言うのかっ、こんな・・・」
凄まじい気合とともに宗智は雄叫びをあげながら斬りかかった。
「こんな若造にっ!!」
瞬間、定満は宗智の刀を切り上げると、そのまま無防備な腹部に当身を食らわせた。
「うがっ・・・」
刀を取り落とし、宗智はよろよろと後退する。
「何故だ、何故儂は貴様に勝てない?、貴様の、貴様のその力は一体・・・」
「この力は我輩だけのものではないである、ここに至るまでに、みんなが我輩に貸してくれた力でもある」
定満の言葉に圧倒され、宗智の顔は青ざめた。
「・・・ならば」
かちりと宗智は甲板の中央で、何かのスイッチを入れた。
「ここでその力ごと滅びるがいいっ」
甲板にせり上がってくるのは、西洋における大型弩、バリスタのような形状の固定砲台。
「味わうがいい、天鳥船の主砲を、大いなる霊鳥の力を・・・」
放たれる凄まじい光、先ほどの雷の弾丸とは比較にならないような威力だろう。
「・・・くっ」
たまらず定満は刀を盾にして、主砲をやり過ごそうとするが、ビリビリと電流が掌を伝わり、あまりの熱に両手が悲鳴をあげる。
「くくっ、刀が焼き尽きたときが、貴様の最後の時だ」
「くっ、このままでは・・・」
『・・・ツ、サダミツっ』
どこからともかく凪姫の声が定満に聞こえた。
「凪姫っ、無事だったであるかっ」
『何とか、今は天鳥船の動力源にされてるけれど、この雷を通してあなたに語りかけているわ』
ばちりと雷が鳴り、少しずつではあるが刀を通して定満の両腕が火照り、焼けていく。
『この雷は私の力を変換したもの、私の魔力を浴びて、サンダーバードのインキュバスとなりつつあるあなたならば干渉できるはずよ』
「干渉、そんなこと言われてもわからないのであるっ」
慌てて叫ぶ定満だが、対する凪姫は落ち着きを払った声である。
『集中して、雷も刀の一部、延長線であると思うの、私を、いえ、あなた自身を信じなさい』
信じる、果たして出来るか。
失敗すれば自分自身はもちろんのこと、凪姫や下にいる清和たちすらも危険にさらす。
「(みんな、我輩に力を貸して欲しいのである)」
祈りながら刀を構え、柄に力を込める。
雷を弾くのではない、むしろ受け入れ、理解するのだ。
この雷は凪姫より発現したもの、ならば凪姫を理解するつもりで、雷を受け入れるのだ。
「何だっ、雷が・・・」
慄く宗智、彼の目の前で雷は形を大きく変えて、巨大な雷の刀身を形成し始めていた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
雷の刀はまるで定満の両手から生えているかのように、まっすぐ伸びている。
「必殺っ」
雷の刀を振るい、定満はまっすぐに宗智を狙う。
「雷切っ」
慌てて宗智は逃げたが、雷の刀身はそのまま振り下ろされ、天鳥船を真ん中から両断した。
「わ、儂の、儂の天鳥船が・・・」
ぐらりと船体は傾き、そのまま落下を始める。
「今宵っ」
「承知、オン・ダキニ・ギャチガカネイソワカ・・・」
地上にいる今宵が印を組み真言を唱えると、天鳥船の墜落スピードが一気に遅くなった。
「ムッくん、凪姫・・・」
デルエラは心配そうに崩れゆく天鳥船を見上げた。
「凪姫っ」
広大な天鳥船の艦内を走り回り、ようやく定満は動力源を探り当てた。
「サダミツ」
巨大な椅子に座らされ、凪姫の身体にはいくつもの札が貼られている。
「勝ったのね、それでこそ」
ふふっ、と力なく笑う凪姫から札を引っぺがし、定満は彼女を抱えた。
「ねえサダミツ、私帰ったらあなたに伝えないことがあるの」
急いで廊下を走る最中、凪姫はそう告げた。
「奇遇であるな、我輩もだ」
廊下はようやく途切れ、二人はそのまま天鳥船から飛び降りた。
「・・・よっと」
今宵の術のおかげで定満はゆっくりと地面に着地し、軽く息を吐きながら凪姫を降ろした。
「やったわね、ムッくん」
デルエラが微笑みながら定満の肩を叩いた。
「なるほど、貴方が力を貸していたのね、デルエラ・・・」
じっ、と凪姫はなんとも剣呑な目つきでデルエラを見据えた。
「礼は言うけれど、彼は渡さないわよ?」
凪姫の言葉にデルエラは楽しそうに笑った。
「わかっているわ、彼はすごくあなたに似合っているもの」
「見つけた」
天鳥船の残骸が散らばる中、碧は落下点からボロ雑巾のようになっている宗智を引っ張り出した。
「お、お前は碧・・・」
目に見えて宗智はびっくりしている、無理もない、殺したはずの相手がサキュバスになって目の前にいるのだ。
「随分と好き勝手してくれはったみたいやな」
今宵は霊力の縄を作り出すと、そのまま宗智を縛り上げた。
「さて、あなたにはこれから、しっっっっっっっかり魔物と人生の素晴らしさを知ってもらわないといけないわね」
デルエラ、碧、今宵、三対の紅い瞳に見つめられ、宗智はぞくりと身を震わせた。
「ムッくん、この悪漢は私たちが預かるわ」
デルエラが無理やり宗智を引っ張って立たせ、今宵は空間転移の札に、霊力を注いでいる。
「・・・じゃあね立花木工助、確かにかりは返したわよ?」
碧が軽く一礼するとともに、紅い瞳の淫魔たちは消え失せた。
恐らく本拠であるレスカティエに戻ったのであろうが、デルエラたちには返すことが出来ないほどの大恩が出来た。
「ありがとう、デルエラ殿・・・」
腰にある千鳥をかしりと鳴らすと、定満は疲労困憊の清和、そして微笑む凪姫の二人に目を移した。
「やったねムッくん、やっぱり君は凄いよ」
清和は嬉しそうに笑いながら右手を差し出した。
「摂津守殿のおかげなのである、我輩がこうして凪姫を助けられたのは・・・」
定満も微笑みながら清和の右手をがっしり握った。
「どうかな?、もし君がよければなんだけど、このまま元老院付きの武士としてボクに仕えてくれないかな?、反逆者討伐の功績があれば陛下も喜んで迎えてくれると思うし・・・」
願ってもないことだ、貧乏な小作人だった定満にとっては、途方も無い出世である。
「摂津守殿、元老院付きの武士、慎んでお受けするのである」
かくして定満は、武士となることが、決定した。
「良き天気であるな」
元老院のある水穂國の都への出発を控えた前夜、定満は凪姫とともに小高い丘へとやってきた。
「そうね、ここいらは空気も綺麗だし、星空がよく見えるわ・・・」
それより、と凪姫は定満に視線を移した。
「私に何か言いたいことがあるのではないかしら?」
「そうであるな、しかし君も我輩に言うことがあるのでは?」
二人はそのまま見つめあったが、やがてどちらともなく噴き出した。
「では、我輩から」
定満は小さな銀色の箱を取り出した。
「我輩は君を愛しているのである、これからの我輩の人生、我輩の道を、共に歩んでほしいのである」
ぱかりと箱を開けると、そこには翡翠色の宝石がはめられた指輪があった。
「デルエラ殿曰くレスカティエでは結婚相手に指輪を渡すらしいのである」
『もし貴方が彼女を本気で愛しているならば、書類一式にサインして指輪を渡してあげなさい』
それこそが戦場でデルエラが言った言葉だった。
「本当に私で良いの?、私魔物だからこう見えて変態チックなところもあるし、一杯迷惑もかけるかもしれないし、元老院付きの武士ともなればもっと良い相手もいると思うし、それに年の差だって・・・」
「何を今更」
定満は未だ色々と言っている凪姫の指に指輪をはめた。
「君がいたから我輩はここまで来れた、君はまさしく我輩にとっての瑞鳳だったのである」
ふふっ、と恥ずかしそうに定満は笑うと、そっと凪姫を抱きしめた。
「あ、サダミツ・・・」
「これから毎日、我輩のために出汁巻き卵を作ってほしいのである」
しばらく凪姫は黙っていたが、やがて口を開いた。
「私も貴方が好き、先に言われてしまったけれど、この気持ちは本物よ?」
瞬間凪姫は定満を草むらに押し倒していた。
「な、凪姫?」
「ふ、ふふふっ、ふふふふふふ、何だか我慢出来なってきたわ」
霊鳥とはいえやはり魔物は魔物、凪姫はその両の瞳に淫らな欲望を宿し、定満の衣を剥ぎ取り始めた。
「な、凪姫、まさかこんなところで始めるつもりであるか?」
袴を下ろされ、上衣と襦袢だけの状態で定満はそう言った。
「だって・・・」
むすっとむくれたように凪姫は頬を膨らませながら自分の装束を脱ぎ始める。
「デルエラやあの狐、挙句には新米サキュバスなんかと一緒にいるのだもの」
なるほど、要するに凪姫は不安なのだ、たしかに清和や義晴以外の凪姫救出の面々は魔物らしく美人な女性ばかりではあった。
だが今宵はレスカティエに旦那がいるようだし、デルエラも今は相手を探してはいない、碧に関しては論外、定満にとっては恨んではいないが好ましいとも思えない相手だ。
なのではあるが、そのような事情を知らない凪姫は、告白と同時に定満をものにしなければ誰かに盗られると思っているのかもしれない。
「ほら見て、あなたのことを思うと、もう私のここはこんなに・・・」
そう言いながらも凪姫の顔は真っ赤に火照っている。
普段は奥手の凪姫にそこまでやらせているならば、ここで退くは男がすたるというもの。
「てやっ」
そのまま凪姫をくるりと回転させて、今度は定満が凪姫の上に乗るような形になる。
「サダミツ・・・」
「いくであるぞ、凪姫」
ぐっと腰に力を込めて、定満は怒張した自らの分身を、ぐっしょり濡れた凪姫の下へと突き立てる。
「うっ・・・ぐうっ」
一瞬、何かに阻まれるかのような感覚の後に、定満の逸物は凪姫のナカに入っていた。
「あっ・・・ふ、深い、深いわっ、サダミツっ」
「ふおおおおお、こ、これは予想以上なのであるっ」
互いに矯正をあげるが、たらりと流れる一雫の血液を見て、定満は正気に戻った。
「な、凪姫、君は・・・」
「ふ、ふふふ、悟ったようなことを言っていても結局初めては初めて、この歳になってもこれでは、耳年増に成らざるを得ないわね」
何とも恥ずかしそうにする凪姫だが、その影響か、キュウンと膣内がしまり、痛いほどに定満を刺激し始めた。
「そんなことないのであるっ、初めてでも凪姫は凪姫、むしろ長い時間我輩を待ってくれていたようで、嬉しいのであるっ」
「えっ?、サダミツっ、うご、動かないでよっ、い、今動かれたりしたら・・・」
パツンパツンと凄まじい音を立てながら定満は凪姫に腰を打ち付ける。
「ひぐっ、うぎっ・・サダミツっ、だ、駄目っ、私、おかしく・・・」
「な、なるのであるっ、我輩はもうとっくにおかしくなっているのであるっ」
快楽に身を寄せる凪姫だが、年長者としてやられっぱなしというわけにはいかない。
「このっ、嫁の言うことくらい聞きなさいっ」
がしっと彼の背中に両腕を回し、電撃を流し始めたのだ。
「あばっ、あばばばばばばばっ」
ビリビリビリビリと電撃が定満を走るが、あまりの電流に凪姫にまで一周して電が回ってきた。
「あひゃひゃひゃひゃ、な、にゃに、こ、これっ」
二人して痺れながら、電撃の快楽に身を震わせる。
「へ、変態っ、変態鳥っ、こ、きょのきゃみなり、ど、どうにかしゅるのであるっ」
あまりの快感に白目をむきながら定満は抗議するが、実は意識がよそを向いているため、もう凪姫にも制御出来なかった。
「あひゃひゃひゃひゃ、だ、だめえっ、よ、よしゅぎて、制御、出来にゃいっ」
ビリビリと痺れるなか、ついに両者は限界を迎えた。
「あばばばばばばばっ、な、にゃぎひめっ、我輩はもう・・・」
「だ、出してっ、わらしに貴方の卵っ、う、うましぇてぇぇぇぇ」
どくんと定満の逸物が爆ぜ、普通ではありえないくらいの精が凪姫の膣内にぶちまけられる。
「ふわあっ、あぎゃああああ」
「んあっ、いっ、いっきゅうううううう」
ばちりと音がして、そこでようやく電撃が止まった。
「はあはあ、凪、姫・・・」
「サダミツ、ふふ、随分荒れてしまった、わね」
しばし繋がったまま余韻に浸る二人。
「はあ、雷を浴びたら、なんだか、腹が減ったであるな」
「そう、それなら・・・」
ゆっくり身を起こしながら凪姫は微笑んだ、だがまだ痺れが残っているのか舌が上手く回っていない。
「わらしの出汁巻き卵、食べりゅ?」
終
15/02/19 10:50更新 / 水無月花鏡
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