中編〜瑞の巻〜
「逃しただと?」
木崎義晴は兵士の報告に、怒りのあまり手にしていた杯を床に叩きつけた。
「は、はいっ、天狗山で霊鳥は発見できたのですが、元老院付きの武士、禮高摂津守清和によって敵前逃亡した者を除き、兵士は全滅させられましたっ」
あり得ない、義晴はあまりのことにそう感じていた。
元老院付きの武士が蝦夷にいることすら考えられないことだが、それ以前にあれだけの数の兵士が、たった一人に全滅させられるとは。
「霊鳥は南へと逃走、彼女の仲間と思われる武士も正体不明ながらかなりの腕で、どこの剣術の系譜でも見ない激しい剣捌きだったそうです」
霊鳥とともに逃亡、依然行方はしれない、しかも話しによると信じられないほどの実力と鋭刀を保持しているという。
それほどの剣士がこれまで何の野心も持たずに蝦夷に潜んでいたということも、義晴にとっては信じられなかった。
「もう良いっ、早く霊鳥を探せっ、摂津守も霊鳥の仲間の武士も、生かしてはおくなっ」
激しい様相の義晴だが、すぐ隣の部屋にいる碧は冷徹な顔で、今後のことを計算していた。
霊鳥が遠方へ、木崎の力の及ばない土地へと逃げたのならばもう捕まえる手段は殆どあるまい、それよりも霊鳥の仲間の武士の身柄を探り、上手く籠絡するほうが良いかもしれない。
「誰か、いるかしら?」
ぱんぱんと手を叩くと、いきなり部屋に数人の忍びが現れた。
「何事か?」
「霊鳥の行方を追いなさい、並行して霊鳥の仲間の身柄も探りなさい」
碧の命令に、忍びは顔色一つ変えずに頷くと、闇に消えた。
「うっ、我輩は、生きているのであるか?」
定満は目をさますと、辺りを軽く伺い、ここがぼろぼろの小屋であること、翡翠色の無数の羽に包まれて眠っていたに気がついた。
外はまだ薄暗く、太陽も殆ど出てはいないが、気温は蝦夷に比べて格段に高く、どこか別の土地であることが見て取れた。
「水の音がするであるな」
水が流れるような音、それに混じって硫黄のような匂いもする、ひょっとすると近くに温泉があるのかもしれない。
「そう言えば凪姫は何処へいったのであるか」
定満の最終の記憶は、凪姫に肩を掴まれ、空中に拉致され、ゆらゆらと揺れてる内に具合を崩して意識をなくしたところまでだ。
とするならば、ここに彼を連れ込み、これまで介抱してくれていたのはサンダーバードの凪姫に他ならないはずだ。
近くにいるのだろうか、ゆっくり定満は立ち上がると、枕元にあった千鳥を腰に帯びて、小屋から外に出てみた。
「これは、すごいのである」
どこの山にいるかはわからないが、小屋のすぐ裏手にはこんこんと湧き出る温泉があった。
「なかなか広いのであるな」
すぐに定満は装束を脱ぎ、温泉につかってみた。
「うわっ、これは凄い、気持ちがいいのであるな」
まるで身体の奥底にある疲れも消えていくかのような心持ちに、定満はうつらうつらと眼が閉じそうになった。
「サダミツ?」
そんな彼が正気を取り戻したのは湯煙の先から凪姫の声が聞こえ、ゆっくり近づいてくるかのような音がしたからだ。
立ち上がろうとして、ガシッと右肩を押さえつけられ、動けなくなってしまった。
「どこへ行くのかしら?」
「・・・のぼせたので少し風に当たるのである」
わなわなと震えながら定満は言うが、今度は左肩も押さえられ、無理やり温泉の中に押し戻されてしまった。
「そんなガクガク震えながら言われても説得力はないわよ、おとなしく浸かりなさいな」
「しかし、未婚の男女が同じ風呂に入るなど、どうかと思うのであるが・・・」
抵抗しようとしたが、ずるずると定満は温泉の真ん中に誘われていく。
「あら、ジパングには混浴という素晴らしい文化があるそうじゃない」
現在湯煙があまりに濃いため凪姫の姿は殆ど確認出来ないが、それども時折白い素肌や、瑞々しい肢体が見えたりして、定満は動悸が上がるのを感じた。
「ここは蝦夷地方より遥か南西部に位置する中部地方のとある山の中、いきなり山の上で意識をなくすから驚いてしまったわ」
温泉に浸かりながら凪姫はむくれるように言った。
「本当なら霧の大陸も越えて、遥か西方、レスカティエやポローヴェ辺りまで逃げようと思ったけれども、上手くいかないものね」
「あいにくであるが我輩はジパングから出るつもりはないであるよ?、まだ元老院付きの武士、禮高清和にかりも返していないであるしな」
ふうっと、息を吐きながら定満は温泉に肩まで浸かった。
「・・・私と一緒にいる時点で安全ではないし、事実さっき命も狙われたのに、助けてもらった恩を返そうなんて、中々義理堅いわね、普通の武士よりも武士らしいかもしれないわ」
やれやれと凪姫は肩をすくめた。
「そういうわけで我輩はジパングからは出ないのである、しかしいい湯であるな」
のんびりと足を延ばす定満、何だか湯煙の向こうにいる凪姫の表情が危なくなっているのだが、心地良い眠気に包まれている定満は気がつかない。
「・・・サダミツは異類婚姻譚に、興味はあるかしら?」
異類婚姻譚、たしか人間と人外が婚姻する物語のこと、水穂國を統べる帝も海より来た姫神と陸地の神の子孫だという話しが伝わる。
「なぜ今そんな話しをするのであるか?」
夢うつつながら定満の意識は意外なほどに研ぎ澄まされている、一流の剣士は本能的に生命の危険を感じると意識的無意識的関係なく臨戦態勢に入ると言うが、定満も似たようなものなのかもしれない。
「いえ、魔物が人間の良き隣人となれるように私の古い友人は努力してるのだけれど、中々反魔物の人間からは理解を得られないようだから」
あなたの意見が聞きたい、そう凪姫は言った。
「・・・結論から言えば、異類婚姻には賛成なのである」
油断なくつま先を上げて、跪居の態勢になりながら定満はそう告げた。
今や完全に定満は意識がはっきりしている、それほどまでに凪姫が発する気配には尋常ではないものがあった。
「されど人間と魔物からは魔物しか生まれないと聞くのである、故にそれをなんとかしないといずれ人間は滅びるのである」
一概に全面賛成は出来ない、そう定満が告げると、少しずつではあるが凪姫の気配が弱まった。
「そう、そうね、あなたの意見は正しいわ」
パシャリと音がして、凪姫が立ち上がり、慌てて定満はそっぽを向いた。
「けれども魔物は人間を嫌ってはいない、むしろ女性しかいないがゆえに人間を好ましく思っているわ」
それは忘れないで、そう言うと凪姫は定満の背中に、自身の背中をつけた。
「っ!、凪姫?」
「こんなに近くにいるのに、あまりに共存は遠い、歯痒いわね」
びしりと凪姫は山の中に雷を放った。
「ぐわっ」
バシャンと音がして、何者かが温泉に落下した。
「何であるかっ」
「スパイね、誰が放ったのかしら」
素早く凪姫は装束をまとうと、あちこちに雷を放ち、一度光が煌めくたびに黒装束の忍びが倒れていく。
「す、すごいっ、見えているのであるか?」
驚く定満に凪姫は首を振るった。
「いいえ、けれども人間も微かに帯電しているのだもの、雷の霊鳥たる私に感知出来ない理屈はないわ」
ふうっとため息を吐くと、凪姫は温泉から上がり、小屋へと入っていった。
「放っておけばじきにこのあたりの魔物に攫われていくわ、この辺にはくノ一も多いし、忍びには好都合でしょう」
定満も装束を整え、千鳥を帯びると小屋に入った。
「全滅、ですって?」
碧は命からがら逃れてきた忍びの報告に眉をひそめ、軽く腕を組んだ。
「それほどまでに霊鳥は強い、ということかしら?」
ゆっくり立ち上がると、碧は少しずつ太陽が昇り、明るくなりつつある窓の外の景色を眺めた。
「まあいいわ、連中の場所がわかったというならば僥倖、ただちに駕籠を用意なさい、出かけるわよ?」
「・・・襲えないわね」
はあっ、と凪姫は一人ため息をついた。
現在小屋の中には凪姫しかおらず、定満は湯冷めしたようで、また温泉に入っている。
彼はかつて霊鳥として崇められていた自分に何かを与えてくれるような存在ではない、だが捕まえればあらゆる野望を叶えられる鳥がいても、凪姫のことを気にしてか、手を出さなかった。
そればかりか、圧倒的な兵力であっても、己の身が傷つくことも恐れずに、凪姫のことを守ってくれた。
凪姫はそんな定満の、野心家でありながらも、決して人の道に外れない、むしろ人道を重視する優しいところが気に入っていた。
実は凪姫、先ほど温泉に定満が入っているときに襲って自分のものにする気満々だったのだが・・・。
「霊鳥である私から誘ったりしたら、彼きっと幻滅するわね」
これである、一人だった期間があまりに長かったからなのか、それとも霊鳥としての気位の高さからなのか、凪姫は変なところで奥手になっていた。
「これじゃ定満を誰かにとられてしまうわね」
それは困る、定満は己のものだ、己の良人にして共に苦楽を歩むのだ。
「・・・そうね、こちらから誘えないならば、あちらから告白出来るように仕向ければいいのよね」
何気なく閃いた言葉は、まるで天啓のように凪姫の心に刻まれた。
「ふはあ、良い湯だったのである」
温泉から上がり、定満が小屋に戻ると室内には美味しそうな匂いが立ち込めていた。
「お帰りなさい」
にこりと凪姫は微笑みながら定満に料理を差し出した。
「あり合わせのものしかないけれども、良かったらどうぞ」
なるほど、どこから調達してきたのかは不明だが、木の器には山菜を入れた吸い物があり、二つに畳まれた半紙の上には焼いたキノコがいくつかある。
「それと、こんなのもあるわよ」
すっと凪姫が差し出したのは出し巻き卵、焼き立てなのか、湯気が立っている。
「・・・凪姫、まさかではあるが、君の卵ではないであるよな?」
「あ、あたりまえじゃない、何を言っているのよっ」
凪姫はそう叫んだ後にぽつりと定満には聞こえないように呟いた。
「あなたの卵ならどれだけ産んでもいいけれど・・・」
「何であるか?」
「何でも、さ、早く食べないと冷めてしまうわよ?」
昨日から何も食べていない定満は、これでもかとばかりに料理を食べた。
「美味いっ、凪姫、絶品であるぞっ」
嬉しそうに食事をする定満を見て、凪姫はにこりと笑った。
「そ、なら良かったわ」
「君も見ていないで食べたらどうであるか?」
定満の何気ない一言を聞いて、ピクリと凪姫は動いた。
今しかない、このタイミングならば比較的自然な流れで彼をものにするために布石を打つことが出来る。
いつ彼をものにするというのだ、今でしょ。
「・・・ならサダミツ、私の食事に協力してくれないかしら?」
食事に協力、その言葉に定満は訝しく思ったが、続く彼女の言葉を聞いて、その意味を理解した。
「何だか、緊張するのであるな」
纏っていた袴を下ろして、定満は着物をはだけさせて自身の分身を露出させる。
「別にあなたが緊張する必要はないわ、ただそこで立っていればいいのだから」
凪姫もまた装束をはだけながら、彼に対して跪くかのような態勢をとる。
『魔物は人間の男性の精を取り込むことで活動出来る』
凪姫のその言葉に、定満はびっくり仰天してしまったのだが、それでも凪姫の助けになるならばと、こうして協力しているのだ。
「さて、と・・・レロレロ」
「うっ、な、凪姫、そんないきなり・・・」
定満の股間を刺激しながら凪姫は同時に睾丸にも手を回して、一閃。
「うわっ」
バチリと緩い電流が走り、何とも言えないような快楽に、定満は思わず空を見上げた。
「んちゅう・・んふっ・・・んんっ」
断続的に電流を流しながらも凪姫は口腔による奉仕をしっかりとしてくるために、定満は早くも達しそうになっていた。
しかし随分と手慣れている、やはり魔物は人間を襲い、精を無理やり取り込もうとするのであろうか。
とするならば、凪姫もこのような経験が豊富なのかもしれない。
何だかひどく悲しい気分に定満はなってしまったが、そこではっとした。
「(何故、我輩は何故凪姫が他人との経験があると悲しいのであるか?)」
考えてもまったく答えは出ない、そもそも凪姫は一種の食事として行為に及んでいるのであり、別に他の男性から精を得ていても何ら不思議はない。
それは定満もわかってはいるのだが、自分でも説明がつかないほどに、彼の心は揺れていた。
「い、いかんのであるっ、凪姫っ、出てしまうっ」
などという葛藤が心にあっても、結局身体は正直に動くもの、せりあがってくる快楽に、定満は押し流された。
「んっ、んんっ」
瞬間定満の股間で、欲望の奔流が爆発した。
あまりの量に、凪姫の口内には収まり切らずにポタポタと彼女の胸元を濡らしていく。
「んふっ、んんっ・・・、大変濃いものだったわ」
うっすらと笑う凪姫だが、対象的に定満の心は晴れず、いささか険しい顔つきだ。
「凪姫、君は・・・」
「見つけたわよっ」
いきなり扉が開き、定満と凪姫は慌てて装束を直した。
「ええっと、どちらさまであるか?」
定満の言葉に、小屋の扉を開いた女、碧は目に見えて怒りを露わにした。
「下等な農奴風情が、この私に言葉するなどおこがましいと知れ」
瞬間定満は理解した、今目の前にいる女は、高位な神官や貴族の中に多い、定満ら小作人を奴隷としか見ないような存在だと。
「まあいいわ、今ここでその霊鳥を寄越せばその無礼は不問にするし、命の保証くらいはするわよ?」
この碧の自身、確実にこの小屋は取り囲まれている。
どうする、どうすれば突破することが出来る。
「・・・私が行けば、サダミツの命は保証してくれるのね?」
凪姫が目を閉じながら告げた。
「凪姫っ」
慌てる定満だが、すぐさま凪姫は耳打ちした。
「サダミツ、この小屋の周りはおろか私が知覚できる範囲はぐるりと多数の忍びに包囲されているわ」
その数ざっと見積もっても二百、凪姫の言葉に定満は一瞬意識が遠くなった。
「鳥の方は話しがわかるようね、いいわ、彼の命は保証してあげる」
ゆっくりと凪姫は立ち上がると、碧について歩いた。
「な、凪姫っ」
定満の叫びに、一瞬凪姫はこちらを向いた。
「生きなさい、あなたほどの実力ならば、どこでも通用するはずよ」
そのまま彼女は連行されていった。
「くっ、我輩は無力であるっ」
あまりの無念さに、定満は頭を床に打ちつけていた。
そこでようやく気がついた。
凪姫が他人との経験が豊富だと何故心が揺れたのか、何故彼女をこれほどまでに失いたくないと思ったのか。
ああ、そうか。
己はいつの間にか、凪姫のことが、好きになっていたのか。
「嘆いてる場合じゃないよ?」
小屋の扉が開いて、また誰かが入ってきた。
「禮高、摂津守・・・」
こくりと清和は頷いた。
「元老院の命令であの女、碧を追っている、キミはあの女のことを知っているの?」
定満が頭を振ると、清和は彼を抱き起こした。
「急ごう、このままじゃ手遅れになるよ」
「・・・そうか、いよいよか」
定満らのいる温泉から十数里離れた場所にある城、加賀屋城の城主、上田進次郎宗智は忍びの報告にほくそ笑んだ。
「碧様は霊鳥を捕まえ、こちらに向かっているそうです」
「ふふっ、上手く籠絡した甲斐があったというものだな」
霊鳥、彼女の力を使えば帝を弑殺し、水穂國を統べることさえ可能になるだろう。
そのために宗智は秘密裏に碧に接触して籠絡、霊鳥を渡せば室にするという条件で配下の忍びを貸し与えたのだ。
元々権力欲に忠実な碧のこと、あっさり義晴を裏切り、蝦夷内部で霊鳥を捕らえるための工作をしてくれた。
さて、確かに霊鳥個人の力は驚異的ではあるが、一国を破壊し得るほどの戦闘力はない。
では何故霊鳥を手にすれば水穂國を支配できるのか、もちろん宗智には秘策があった。
「殿、碧様が来られました」
「来たか」
評定の間に碧と、ぐるぐるに拘束された凪姫がやってきた。
「ふふっ、殿、約束通り霊鳥を捕らえましたわ」
早くも碧の表情は蕩けている、早く約束の地位を寄越せとばかりだが、宗智は気づかないふりをした。
「大義、褒美を与える、近う寄れ」
碧は欲望に満ちた眼差しで宗智に近づいていく。
「ふふっ、殿・・・」
「やれやれ、儂のために何人裏切ったのだ?、この悪女め・・・」
瞬間、時が止まった。
「・・・え?」
宗智の右手に握られた短刀が、深々と碧の腹部に刺さっていたのだ。
「と、殿・・・何故・・・わ、私は、殿の御ために・・・」
「一度でも裏切る者は二度裏切る、貴様のような者を信用すると思ったか?」
どさりと倒れる碧、宗智はすぐに碧を『片付ける』ように命じた。
「さて、ようこそ霊鳥よ、この國の次期王のもとへ」
「・・・一言言わせてもらう」
凪姫は宗智をまっすぐ見据えたが、その視線は恐ろしいまでに強かった。
「貴様は武士の家に生まれたかもしれんが、武士ではないわ、人間ですらないわね」
ぱんっ、と音がして凪姫は倒れた。
「・・・霊鳥、口の利き方に気をつけるのだな、今度はこの程度では済まぬぞ?」
宗智は凪姫を張り倒したまま、近くの忍びに指示を与えた。
「すぐに霊鳥を『天鳥船』に接続、起動実験を開始せよ」
「謀反であるか」
馬を走らせながら清和は定満に加賀屋城主、上田進次郎宗智の明るみになった野望を話した。
「うん、上田進次郎は『中部の蛇』とすら呼ばれる油断出来ない切れ者、かつての主を殺して加賀屋城を奪った奸雄だからね、こうなることはわかってたよ」
故に帝は清和に勅令を与え、蝦夷や加賀屋城周辺を調査させていたのだ。
「上田進次郎は古代ジパングの遺跡から発掘した天鳥船と呼ばれる兵器を使い、空から水穂國を攻撃するつもりみたいだね」
天鳥船、かつて水穂國の神々が天翔るために使った石の船、だったか。
「空から、そのようなことが可能なのであるか?」
「本来は無理だね、けれどもサンダーバードの持つ雷を動力に変換、ハーピー属特有の飛行特化能力を使えば不可能な話しではないはずだよ」
そうか、そのために強い力を持つサンダーバードを探していたのか。
「奴をこのままにしておけば水穂國はおろかジパング、果てはこの世界の有り様そのものが変わってしまう」
清和は表情を険しくしながら、馬を走らせる。
「止めなければならないであるな、我輩も凪姫を助けねばならないのである」
定満の言葉に、清和は何かに気がついたようにうっすらと微笑んだ。
「・・・ムッくん、まさか彼女を?」
「そこから先を言うのは不粋が過ぎるである」
ふふっ、と清和は一度だけ笑った。
「うん、そうだね、囚われの姫を助けるのは白馬に乗った王子様、今回は栗毛馬に乗ったムッくんが助ける役目だね」
ようやく加賀屋城が見えてきた。
「あれが、加賀屋城」
あそこに凪姫が捕まっているのだ。
否が応でも定満の心は昂り、まるで全身から電気を放出しているかのように、びりびりと闘気が放たれていた。
いきなり馬が嘶き、動きを止めた。
「ん?」
馬のすぐ足元に女性がしゃがみこんでいた。
「君は・・・」
馬から降りると、定満は女性を抱き起こした。
「うっ、ん・・・」
女性の腹部には短刀が刺さり、着物は鮮血に濡れていた。
「・・・ムッくん、碧、だね」
「そうであるな」
短刀が刺さり、目の前で生死を彷徨っているのは、凪姫を連れ去った女性、碧だ。
「宗智のこと、碧はこうなるんじゃないかと思ってはいたけれど・・・」
「・・・助けたいであるな」
定満はそういうと、懐から端切れを取り出してよく酒を湿らせ、碧の傷口を拭った。
「本当に優しいね、ムッくんは」
ふうっとため息をつくと、清和は短刀を引き抜くと、不思議な手の平サイズの銀の箱で火をつけて、よく刃を炙った。
「ムッくん、ボクの合図でその刀を抜いて、同時に血を止めないと一気に出血するよ」
こくりと定満は頷くと、刺さったままの刀の柄を握った。
「いっせーの、せっ!」
定満が刀を抜くとともに、清和は傷口を熱く焼いた刃で焼きつける。
「ああああっ、うああああああああっ」
碧は絶叫するとともに意識をなくした。
「・・・これで助からないならば、もう何をしても駄目だね」
碧を街道の脇に寝かせると、定満は歯をかみしめた。
「・・・こんな無法許されないのである」
その表情は決意に満ちたものであり、定満は素早く馬にまたがった。
「上田進次郎宗智は、我輩が倒すのであるっ」
哈、と掛け声とともに定満は馬を走らせ、決戦の地、加賀屋城へと向かった。
15/02/16 08:10更新 / 水無月花鏡
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