道諦の章
「ほんと、カルナはインドラ様が好きだよね」
もとの時間軸の宿屋のベッド、アルジュナはカルナと向かい合いながら話しをしていた。
「姉さん」
カルナはふうっとため息をついた。
「インドラ様がいなければ私たちは互いに死んでいた可能性もあるのよ?」
「わかってるって、インドラ様は私たちの命の恩人だって言いたいんだよね?」
むふふ、と楽しそうにアルジュナは笑いながら、楽しそうにカルナにささやく。
「でも私なら自分のご主人様に懸想なんてしないよ?、それにインドラ様よりも私的にはシテンのほうが・・・」
「尸天さんは確かに良い人だけれど、まだまだ強くなれそうね」
カルナは手元の本に目を落としながら、少しだけ瞑目していた。
「もし彼が今よりずっと強くなれたなら、立場的に絶対に結ばれないインドラ様よりも、魅力的かもしれないわね」
戦を逃れるかのように尸天はカーチャポルと呼ばれる街に入った。
「・・・何とも妙な気配の街だな」
あちこちに金ぴかの建物が立ち並び、街ゆく人も裕福そうだが、その反面小さな子供や老人まで、腕に奴隷を表す烙印があった。
裕福な街ではあるが、貧富の差が激しいのかもしれない。
さて、尸天がここまで来たのはある目的があったからである。
使用者に莫大な力を与える古代の兵器、シャクティと呼ばれる超兵器があるというのだ。
恐ろしいまでの熱量と光を放ち、一つの都市すら丸ごと粉塵に帰すという兵器らしいが、尸天にはその表現、聞いたことのあるような文言だった。
尸天の目的、カルナとアルジュナを殺すことなく和解させることを果たすためには、必要なことがあり、それを成すためには必要なものだ。
さて、バラモンのインドラの名前はすでに伝わっていたようであり、尸天は特に困ることなくシャクティについての情報を集められた。
「・・・やはり超兵器、そう簡単には手に入らぬか」
様々な人にシャクティの話しをきいてみたものの、何処にあるのかを特定することは出来なかった。
全ての話しで共通するのはカーチャポルの領主が秘密を知っているということのみだ。
仕方がない、あまり気は進まないが領主のところにまで話しを聞きに行くとしよう。
何事もなく会見出来れば良いのだが。
「あなたが最近話題のインドラ殿ですか」
意外なことに尸天はそう労せずにカーチャポルの領主であるハトホルと会見することが出来た。
「ハトホル殿、会見感謝いたします」
尸天の言葉にハトホルは一つ頷いてみせると、シャクティを探していることをハトホルに告げた。
「超兵器シャクティ、これは本来ならば秘密事項ですが、すでに百体が製造完了しています」
ハトホルによると、オリジナルのシャクティの解析は大半終わっているが、残り一割のところで迷走し、結果一人一発しか撃てないらしい。
「二発目はどうなるのですか?」
尸天の言葉にハトホルは考え込みながら答えた。
「撃った人間の身体の情報がシャクティに記録されますので、持つことすら出来なくなります」
ふと、尸天は何かを思い出しそうになったが、考えずにハトホルにまた質問した。
「持つことすら出来ない?」
「はい、二発同じ人間が撃つのは非常に危険です、撃ち出した力が使用者に与える影響は甚大で、実験で二発撃った者は原因不明の脱毛と吐血の末に死亡しましたからね」
結果一発しか撃てず、安全装置として使用したことがある者が持つときには持てないくらいに重くなる、そうハトホルは告げた。
「是非どのようなものか見てみたいですね」
尸天の言葉にハトホルは頷いた。
「他ならぬインドラ様のお望みならば喜んで」
ハトホルに続いて立ち上がると、尸天は領主の案内で、館の地下にある工場へ向かった。
地下工場には見覚えのある棍棒が大量に並んでいた。
そう、尸天がいつも使っているあの棍棒である。
「これは、凄い」
「きっとそう仰っていただけると思いましたよ」
尸天の驚いた声に、ハトホルは満足そうに頷いた。
「魔力の込めらた耐熱素材により、内部の核分解、核融合で生じる高熱に耐え、純粋なエネルギーを撃ち出すわけです」
ハトホルはそう言いながら工場の中央に足を運んだ。
「こちらがオリジナルのシャクティです」
工場の中央にあったのは、大きさは尸天の棍棒とさほど変わらないが、表面に様々な文言が刻まれたものだった。
「・・・これは、ハトホル殿は読めるのですか?」
尸天は文字を調べながらハトホルに尋ねた。
「いえ、いかなる古代文字にも例を見ないようなもので解読は不能です」
困ったようにハトホルは告げたが、実は尸天にはよく見覚えのある文字だった。
「(アルファベット、しかも英語、この兵器は私がいた世界から来たのか)」
内容的には棍棒の使い方や注意に関わる文言で、特別な文書ではなかったが。
「(やはり、この棍棒のルーツは異世界、なぜこれがここに・・・)」
「インドラ様?、どうかされましたかな?」
黙っていたためか、ハトホルは心配そうに尸天を見た。
「い、いえ、しかし素晴らしいものです、これならばパーンタヴァとカウラヴァの戦いも・・・」
「はい、ですが我らはこれを攻撃兵器ではなく、防衛兵器として使おうとかんがえております」
防衛兵器、なるほど制圧には甚大な被害があると相手に考えさせることで平和を得る、謂わば今で言う抑止力のようなものか。
「相手より優れた力を身につけなくとも、制圧に莫大な被害があると認識させれば、少なくとも平和にはなります」
そのためにシャクティがある、ハトホルはそう呟くと無数に並ぶ棍棒を見つめた。
持ち出しはやめたほうがいい、そう判断した尸天は礼を言うとハトホルの館を後にした。
「・・・さて、どうしたものかな?」
これで振り出しに戻った、なんとかしてカルナを弱らせなければならないが、時間は刻一刻となくなっていく。
「クルクシェトラ、間に合うだろうか?」
「おや、珍しい者と出会えたな」
いつの間に近くにいたのか、接近に気がつかなかった。
「お前はっ」
そこにいたのは赤いマントに不思議な気配の美青年、左手には奇妙な装飾の刀を帯び、首からは砂時計のような首飾りを下げている。
「なるほど、貴様は別の時間軸、遥か未来から来たわけか」
いきなり青年は尸天の正体を見抜いてきた。
あまりの衝撃に尸天は目を見開く。
「お前は一体・・・」
「我は神威(カムイ)、時空の幻魔人神威だ、未来人よ」
すうっ、と神威は現れた時同様に、消え失せた。
時空の幻魔人、たしかセクメトの師匠、このようなところで出会うとは、何かの縁なのだろうか。
ともかく今はカルナのこと、再び尸天は足を進めた。
「侵入者っ」
尸天が帰って数十分後、シャクティの工場は喧騒に包まれていた。
「ここにあるものは貴様らには過ぎたるものだ」
赤マントの男神威は、刀を抜かずに軽く振るいながら工場を進んでいく。
「時間と空間が交差し、汝らは時空の真理を垣間見る」
神威に襲いかかろうとする者は、刀の一振りで子供の姿に戻され、戦闘能力を奪われる。
「これが、オリジナルシャクティか」
工場の最深部、神威はオリジナルのシャクティを掴んだ。
「さて、もうここには用はない、工場を破壊すれば良いな」
神威が呟くと、何やら物々しい音がして工場にたくさんの武装兵が駆け込んできた。
「動くなっ、おとなしく投降せよっ」
「くくっ、やるべきことは果たした」
神威は右手から黒い蛇のようなどろりとしたものを床に投げつけた。
「液体幻魔ヴリトラだ、まあ仲良くするのだな」
それはどろりと形を変えると、見る見るうちに巨大な化け物に変容していく。
巨大な蛇体をくねらせて、化け物は目の前にいる武装兵に踊りかかった。
「父様?」
カーチャポルの街を歩いていると、聞いたことのある声に呼び止められた。
「アルジュナか、こんなところで何を?」
そこにいたのは片手に弓を担ぎ、戦装束姿のアルジュナであった。
「うん、この街には『ちょーへいき』とかがあるって聞いて、話しを聞きに来たの」
超兵器シャクティか、だがハトホルが防衛兵器にしか使わない以上アルジュナが行ったとしても譲ってはくれまい。
「アルジュナ、件の超兵器だが・・・」
尸天が説明しようとしたその刹那、突如遥か後方で凄まじい爆音が響いた。
「な、何だ?」
慄く二人だが、音の方角からもうもうと煙が立ち上り、人間の悲鳴を思わせるような声とともに巨大な蛇のシルエットが現れた。
「何て大きさだ・・・」
尸天の呆然とした言葉は無理もない、蛇がいる地点と今二人がいる地点は数百メートル離れているのに、その輪郭がはっきりわかってしまうからだ。
「・・・ともかく街の人々を助けるぞ、アルジュナっ」
しかし惚けるのも一瞬のこと、すぐさま尸天はアルジュナに指示を出す。
「りょーかい、それじゃ、急がないとね」
悲鳴と怒号で木霊するカーチャポルの道、尸天とアルジュナは人々を街の外へ誘導していく。
「アルジュナっ」
巨大な異様、黒い液体の蛇ヴリトラを睨み据える尸天。
「見たこともない魔獣だね、こいつは一体・・・」
またしても轟音が響き、ヴリトラは巨大な尻尾を振り回す。
「ちっ、やるしかないか・・・」
尸天は棍棒を、アルジュナは手にしていた弓を構えた。
素早く走ると、尸天は棍棒でヴリトラの尻尾を殴り据える。
「むっ」
だが一瞬だけヴリトラの尻尾は凹んだが、次の瞬間にはもとの形状に戻っていた。
「父さまっ」
アルジュナが矢を次々ヴリトラの頭に放つが、当たっても矢は身体の中に吸収されてしまう。
「くっ、こやつ化け物かっ」
毒づく尸天の前で、ヴリトラは口から火炎を放ち攻撃する。
「・・・やはり強い、どうすればいい・・・」
「インドラ殿っ」
ぼろぼろの身体を引きずりながらハトホルが現れた。
その手にはシャクティが握られている。
「ハトホル殿っ、早く避難を・・・」
「これなら、これならばあいつを葬れるはずですっ」
棍棒を思わせる超兵器、だがヴリトラの獄炎により、ハトホルは吹き飛ばされた。
「ハトホル殿っ」
ころころとシャクティが転がり、アルジュナの足下で停止した。
「・・・超兵器シャクティ」
アルジュナは棍棒を正面に構え、ヴリトラを睨みつける。
「これさえあれば、どんな奴が相手でも」
とんっ、と空高く飛び上がると、アルジュナはシャクティを起動させる。
先端より光が漏れて、槍の刀身のような形を形成する。
「どりゃああああああっ」
シャクティの先端から、文字通り光が放たれた。
「っ!、まずい、アルジュナ、早く離脱しろっ」
「え?」
尸天は直ちにアルジュナを抱き抱えると、その場から立ち去った。
爆発、その一撃はまさしく太陽を束ねたかのような一撃。
光は一瞬にしてカーチャポルの街を焼き尽くし、爆心地にいたヴリトラに関してはチリ一つ残らず消滅しただろう。
「・・・神は退廃の都に硫黄の火を降らせ、都を滅ぼした、か」
尸天は知らず、ソドムとゴモラの街の最後を思い出していた。
退廃の極みにあった二つの街は、神の炎により滅ぼされた。
あの街の生き残りも、モアブとアンノンの先祖ロトもこんな気持ちだったのだろうか。
「・・・これが、超兵器」
アルジュナは尸天にも聞こえないような声で呟いた。
「・・・これが、戦いの招く結末」
安全な場所まで来ると、アルジュナは手にしていたシャクティを地面に落とした。
「・・・もう、これは私には使えない」
そうか、アルジュナはシャクティを一撃撃ったため、使えなくなったのか。
ふと、何かを尸天は思い出しそうになったが、結局何も出てはこなかった。
「じゃあね、父さま」
何やら珍しく神妙な顔つきで、アルジュナは去っていった。
後に残された尸天は、地に落ちていたシャクティを拾うと、再び旅を始めた。
「・・・中々やるな、インドラとやら、ヴリトラを倒すとはな」
「だがまあいい、オリジナルシャクティは手に入れた、それで良しとしよう」
「とおさま、かあさま、どこにいるの?」
「ふん、無様だな、弱い者は身内すら守れん、死に場所すら選べん」
「・・・ひっ」
「小娘、貴様名は?」
「て、テフヌト」
「ふん、『湿気』かあまりに普通すぎるな、それでは過酷な道を歩むことなど出来ん、今日より貴様はこう名乗れ」
「『復讐者(セクメト)』とな」
「セクメト・・・」
「来いセクメト、貴様には我が全てを授けよう」
パーンタヴァとカウラヴァの戦いは常にカウラヴァの優位で進んでいた。
それほどまでにカルナの実力は高く、その鎧は強力なものであった。
ある日のこと、カルナは太陽の神に祈りを捧げながら河で沐浴をしていた。
彼女の身体には黄金の鎧が輝いているが、これは実は外せないのだ。
「そこの方」
河にフードで顔を隠したバラモンが現れた。
「はい、なんでしょうか?」
「托鉢をしたい、何か頂けないかな?」
カルナは沐浴中の托鉢は断らないようにしているので、バラモンの言葉に快く応じた。
「はい、それでは何か・・・」
「・・・そなたの黄金の鎧をもらえないか?」
バラモンの言葉に、カルナは驚いた。
「・・・バラモンよ、この鎧は私にとって大切なもの、それにこれは脱ぐことが出来ないのです、他のものはなんでも差し上げますのでどうか・・・」
「その鎧をもらいたい」
再度バラモンはカルナの鎧を所望した。
ことここに至ってカルナは観念すると、すぐ近くに置いてあった己の短剣を掴み、自らの鎧の継ぎ目にあてた。
「うわああああああああああ」
気合とともに血が吹き出し、カルナは自分の身体から鎧をひきはがしていく。
想像を絶する激痛にも関わらず、カルナは穏やかに微笑みながら鎧を剥がしていく。
「・・・これで満足ですか?」
鎧を引き剥がすと、カルナはそのバラモンに全て差し出した。
「インドラ様・・・」
「やはり見抜いていたか」
バラモン、尸天はフードを脱いで正体を晒した。
「正体がわかっていたなら断れたはずだが、何故断らなかった?」
尸天の言葉に傷口を洗いながらカルナは答える。
「正体がわかっているからこそ断わるわけにはいきません、私がここにいるのはあなたのおかげ、ならばあなたに何かを求めらたら断わるわけにはいきません」
ふふっ、とカルナは微笑む。
「それに私の鎧、他ならぬインドラ様に渡せて、少し嬉しいですよ」
止血が終わるとカルナは河から上がったが、その身は鎧が外れて完全に何も纏わぬものになっていた。
「・・・ですがインドラ様、あなたは私から鎧を奪いカウラヴァの優位を崩すおつもりですか?、ならば・・・」
ドゥルヨダナとの約束を破ることになる、それはさすがに駄目ではないのか。
「カルナよ、君にはこれを授ける」
尸天はマントの内から取り出した棍棒をカルナに渡した。
「『シャクティ』、太陽の輝きを放つ超兵器だ」
カルナは神妙に尸天から棍棒を受け取った。
「これを使いこなせればあるいは・・・」
尸天はそれだけ告げると、その地を後にした。
「(種は撒かれた、後はあの二人次第)」
決戦が始まった。
最後の地はクルクシェトラの地、パーンタヴァにとってもカウラヴァにとっても、もう後はない、総力戦になるようだ。
だが、カウラヴァの英雄カルナは、その誓いのためにパーンタヴァのうちアルジュナ以外はいかなる状況でも見逃し、黄金の鎧もないため傷を受けることもあった。
カウラヴァ優位の戦いは崩れ、徐々にパーンタヴァに傾いていった。
幕舎の中、カルナはシャクティを手に、瞳を閉じていた。
その身には黄金の鎧ではなく、カウラヴァの紋章が入った鎧を身につけている。
「インドラ様・・・」
彼女の胸元には翡翠色の勾玉が輝いている。
何をとられても、この勾玉がある限り戦える気がした。
『貴女は本当にそれでいいの?』
声が聞こえた。
「私に話しかけるのは、誰?」
『このまま行けば貴女は今回の戦で死ぬわ、それでいいの?、彼に、愛しい人に想いを伝えなくても・・・』
魔性の声か、だが不思議とその声は抗いがたい。
「・・・いいはずありません、ですが彼は、インドラ様と私では身分違い、結ばれることはあり得ません」
『そうね、そうかもしれないわね』
肯定の声、とうの昔に諦めたはずなのにカルナは心が沈むのを感じた。
『今は、ね、けれど時間が経てば、それも叶うかもしれないわね』
声が聞こえなくなるとともに、彼方で喧騒が聞こえた。
いよいよ始まるようだ、カルナはシャクティを手に、立ち上がった。
「・・・遅かったか」
クルクシェトラを見渡せる小高い丘に尸天が辿り着いた時、すでに戦いは混乱の様相を示していた。
「カルナ、アルジュナ、早まった真似はするなよ」
直後、光が空高く放たれた。
「っ!、カルナかっ」
シャクティの光、それは遥か上空で炸裂し、霧散した。
「・・・間に合えばいいが」
すぐさま尸天は駆け出し、決戦へと向かった。
激しい戦いがクルクシェトラでは行われていた。
「アルジュナっ」
カルナは重くなったシャクティを投げ捨て、輝く槍でアルジュナと戦っている。
「・・・カルナァっ」
アルジュナもまたその手には槍を握り、カルナと打ち合っている。
「私はあなたを好きにはなれない、貴女はわたしにはないもの全てを持っている、なのに戦いに出てくるあなたが嫌いっ」
カルナの言葉にアルジュナは唇を噛み締めながら答えた。
「・・・君は、君は表面しか見ていないっ、私が本当に欲しかったのは・・・」
一瞬だけアルジュナの視線がカルナの胸元にある翡翠の勾玉に向けられた。
「父さまなのにっ」
「っ!」
一瞬の動揺、それを見逃すアルジュナではない。
「このっ」
アルジュナの一撃は吸い込まれるようにカルナの胸元に入った。
「・・・アルジュナ」
ゆらりと立ち上がるカルナ、それに対してアルジュナはじっとカルナの胸元を睨みつける。
「・・・カルナ」
アルジュナの一撃は確かにカルナの胸をついたはず、だがカルナは完全に無傷だ。
「・・・インドラ様が、守ってくれました」
そう、彼女の胸元に下げたインドラの勾玉が、偶然アルジュナの槍を弾いたのだ。
「・・・カルナ、あなたは」
アルジュナはすっと目を閉じ、心を落ち着けると槍を構えなおした。
「アルジュナ、これで最後よ」
カルナもまた槍を構え、アルジュナを見つめる。
「・・・戦いがもたらすもの、破壊と混乱」
カーチャポルの戦いを思い出し、一瞬だけアルジュナは瞳を閉じた。
「アルジュナっ」
先に動いたのはカルナ、だがいくつもの制限の末に弱った彼女の動きは、いまやアルジュナに通用しなかった。
さらに言えば時刻は夕方、アルジュナの背後にある太陽が、沈む前に一際激しく輝き、カルナの目を一瞬だけ眩ませた。
「カルナっ!」
一度弾かれた以上、もうアルジュナには油断はない。
彼女の槍の一撃は、カルナを貫いた。
「っ、そん、な・・・」
「・・・あなた、はっ」
たしかにアルジュナの一撃は手応えがあった、だがそれは全く予期せぬ人物に当たっていた。
「インドラ、様っ」
カルナの呆然とした言葉、そうアルジュナの槍をカルナの代わりに腹部に受けたのは、尸天そのひとだった。
「何故、何故争う?、貴様らは血を分けた姉妹、身内同士で殺し合うことは悲しいとは思わないのか・・・」
「インドラ様っ」
慌ててカルナは槍を投げ捨てて尸天に駆け寄り、アルジュナも尸天の腹部の槍を見ている。
「カルナ、アルジュナ、もう十分だろう?、君たちはよく戦った、互いの名誉のため、部族のために、だが命までとる必要はないはずだ」
尸天の言葉に、アルジュナは目を伏せ、カルナもまた瞠目した。
「・・・もう戦わなくてもいい、少女らしく生きたらいいではないか」
ずっ、と尸天はアルジュナの槍を投げ捨てた。
「・・・ふふっ、実に安いヒューマニズムだな」
直後冷たい声が聞こえた。
「お前は、神威っ」
クルクシェトラの小高い丘の上に、時空の幻魔人神威が立っていた。
「争い合うが人の性、魚が泳ぐように、鳥が飛ぶように、人は争うようにできているのだ」
神威はそう告げると、禍々しい微笑を浮かべた。
「やがてその性が、世界を滅ぼす」
「時空の幻魔人神威、お前は一体・・・」
尸天の言葉には答えずに、神威は小さな塔の形の置物を投げた。
「尖塔幻魔ヴィシュラブカだ、精々闘争を楽しむがいい」
見る見る間に塔は巨大化し、塔のあちこちから巨大な腕を生やす化け物に姿を変えた。
「っ!、来るぞ」
巨腕による攻撃を尸天は素早くかわし、カルナとアルジュナも大きく飛んで、やり過ごした。
「やる他ないな、カルナ、アルジュナ、負傷者を連れてクルクシェトラから逃げろ」
尸天は手にしていたシャクティを構え、アスラを睨みつける。
「・・・シャクティを起動させる、奴を倒すにはこれしかない」
核兵器のごとき一撃を使うならば負傷者を避難させておく必要がある。
外すことは出来ない、確実に当てなければならない。
「インドラ様は、どうされるのですか?」
カルナの問いかけに尸天は表情を緩めた。
「自殺するつもりはない、早く行け」
すっと尸天はアスラの動きを注意深く見ながらシャクティを構える。
「ご武運をっ」
もう一度だけカルナは尸天を見つめると、アルジュナたちとともにアスラから離れていった。
「➖ーーーーー➖➖ーーっ!!!」
形容しがたい叫び声を上げてヴィシュラブカが腕を伸ばすが、尸天は素早く腕を払う。
「貴様の相手は私だ」
シャクティをくるくる回しながら無数にある腕を振り払う。
セクメトとの鍛錬が生きている、尸天にはヴィシュラブカの動きの一つ一つが見えていた。
「ほう、意外とやるではないか」
神威はヴィシュラブカの頭の上でくすくす笑いながら尸天の動きを興味深そうに眺めている。
「なるほど、貴様の動きは我のものに似ている、見たことがあるわけだ」
セクメト曰く、彼女の師匠が神威、つまり尸天は神威の孫弟子にあたるわけか。
「実に興味深いな、我の動きを真似たものが未来にいるとは」
「そんなことを言っている場合か?」
ヴィシュラブカを消滅させる、尸天はシャクティを作動させて、今もなお巨腕を振る魔獣を睨みつける。
「ふふっ、放ってみろ、『インドラの矢』をそして我を倒してみせろ」
神威の自信に満ちた言葉に、尸天はシャクティを握る手が強張るのを感じた。
「・・・(どういうつもりだ?)」
シャクティを使えば確実に葬り去れるはず、にも関わらず神威のあまりの自信に尸天は躊躇ってしまった。
ブラフか?、いや、しかしもしもなんらかの防御の手があるならば、今シャクティを使えば著しく不利となる。
シャクティは一度放てば安全装置が作動して使用出来なくなる、そればかりか重量が増したら振り回すことすら出来なくなる。
「ふっ、躊躇いは生死を分けるぞ?」
瞬間、ヴィシュラブカの巨腕が尸天をとらえる。
「っ!、しまった」
後悔した時にはもう遅い、尸天は大きく弾き飛ばされ、シャクティが地面を転がる。
「残念だったな、今シャクティを放てば貴様は勝てたかもしれぬのにな」
地に膝をつく尸天、やられた、完全に神威の狙い通りだ。
「ではとどめを刺してやろう」
ヴィシュラブカの複数の巨腕が尸天を捉え、一斉に攻撃を仕掛ける。
尸天は瞳を閉じ、自分の最後を覚悟した。
「インドラ様っ!」
甲高いこえがして、尸天めがけて何かが投擲される。
「カルナかっ!?」
反射的に握ると、それはダイヤモンドのように固く、両端に複数の刃が取り付けられた武器、金剛杵だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ヴィシュラブカが攻撃するその刹那、尸天は攻撃を見切り、本体である塔を砕いた。
「・・・なにっ!?」
神威の声、手応えはあった、金剛杵に貫かれ、ヴィシュラブカはぐらぐらと崩れ始める。
「ふっ、ふはははははははははははは、見事なり」
神威はヴィシュラブカから飛び降りながら、剣を抜いて空中に円を描いた。
「神威っ!」
「我は負けたが、貴様の勝ちにはしない、貴様も消えるが良い」
円から無数の光の鞭が伸び、尸天は絡めとられた。
「くっ!」
「ふはははははははは、さらばだっ!」
ヴィシュラブカの崩落の中に神威が消えたことが、尸天の見た最後の光景となった。
そのまま触手を振り払うことも出来ず、ゆっくり尸天は円に飲み込まれていった。
17/02/24 23:34更新 / 水無月花鏡
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