灰燼洋館
その日ホワイト・リバーは自身の家から遠く離れた場所にきて欲しいという依頼を受けた。
「神子、別に君はついてこなくて良いのだが?」
『まーまー、車のほうが便利でしょー?』
現在ホワイト・リバーは年代物の外見をした車に乗り、道を急いでいるところだが、中世ヨーロッパ然とした世界に車があるわけがない。
この車はホワイト・リバーと共に暮らす幼ショゴスである神子が変身した姿であり、ガソリンなしで動くばかりか、雪や荒野もそのまま走れる優れものである。
さて、ホワイトリバーが向かうのは山の奥にある巨大な洋館、なんでもそこの主人が彼に用事があるらしい。
医者で、しかもモグリの闇医者であるホワイト・リバーを呼び出すのだ、何かしらの事情があると考えるべきだろう。
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「お待ちしておりました、ホワイト・リバー先生」
豪奢な屋敷で出迎えてくれたのはこの屋敷の主人である青年だった。
小柄な体躯に、まだ成長仕切ってはいないような幼い顔立ち、青年というよりも少年に近いかもしれない。
「・・・では、こちらに」
屋敷の玄関ホールにある目立たない地味な扉を開くと、そこには地下へと続く階段があった。
階段は地上にある豪奢な屋敷とは打って変わって埃っぽい、まるで古代の墓を思わせるような、陰鬱な雰囲気である。
「こんなところに案内してどうするつもりですか?」
ホワイト・リバーの質問には答えずに、青年は階段の先にある扉を開いた。
「見て欲しいのはこの人です」
地下の小部屋にいる人物を見て、微かにホワイト・リバーは顔を険しくした。
それほどまでに患者の容態が良くないことは見てとれたのだ。
「酷い火傷ですな」
「ううっ・・・」
入ってきたホワイトリバーたちに怯える表情を向けているのは、全身焼け爛れた、凄まじい姿の女性だった。
身体には包帯と寝間着のような衣服を纏ってはいるが、目に見える地肌はすべからく火傷の痕が見てとれるほどに、酷い有様だった。
「姉です、二年前に事故にあって、それからこのような姿に・・・」
なるほど、彼女の両手は爛れて引きつり、先ほどから呻き声しかあげていないのも、火傷で舌や声帯が使えないためだろう。
「ふむ、こうなれば手術はだいぶかかりそうですな」
ホワイトリバーは怯える女性を慎重に観察しながら頷いた。
「世界中から腕の良い医者を探しましたが、誰も姉を元には戻せませんでした」
なるほど、たしかにここまで酷い火傷を負ってしまえば、元に戻すのは至難の技であろう。
だが、ホワイト・リバーの手にかかれば不可能というわけではない、十分可能だと彼は判断した。
「よろしい一千万でお受けしましょう、身体の火傷痕から両手両足、声帯まで面倒みましょう」
「ありがとうございます、先生」
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すぐさまホワイトリバーは女性に麻酔を打つと、神子の変身した手術室に運び込む。
「・・・ふむ、全身の火傷に声帯の調整か・・・」
それにしてもどれほどの大事故に巻き込まれればこんな有様になるのだろうか?
メスを進めながらホワイトリバーはおかしなことに気づいた。
「・・・ん?」
『どうしたの?、せんせー』
どこからか神子の声がするが、ホワイトリバーは軽く首を振り、また手術に戻った。
手術そのものは二時間ほど、しかしやはり何度かに分けてやる必要がありそうだ。
「・・・(とりあえず、今日はこんなものだな)」
ある程度のところでホワイトリバーは一人頷いた。
「・・・(だがいくつかわからないことがある、調査すべきか?)」
基本的に患者のことには感心を持たないホワイトリバーにしては珍しく、この女性のことを調べてみる気になった。
どうにも、嫌な予感がしていたからである。
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「とりあえず今日のとこはこんなものですかな」
手術室から出ると、ホワイト・リバーは屋敷の主人にそう告げた。
「ひと月ほどに分けて手術はするつもりです、よろしいですかな?」
「はい、この近くにホテルをとってありますので、その間はそちらをお使いください」
ホワイト・リバーは主人に一礼すると、言われた通りホテルに向かった。
ホテルに向かう道中小さな展望台があった、場所的にはさっきの屋敷のちょうど反対側になるだろうか?
管理人小屋をノックすると、中から老人が出てきた。
「何だ?」
「あの屋敷で仕事することになったんだが、どんな感じかわかりますか?」
ホワイト・リバーの言葉に、管理人はいささか渋い顔をしてみせた。
「んだ、あそこのお姉さんはすっごく綺麗な人だけんど、弟さんと折り合いが悪かっただ」
折り合いが悪かった?、どういうことだろうか?
「気性が荒いって言うのかな?、とにかく酷い人で、歳が離れた弟さんに殴る蹴る、やりたい放題さ」
「そんなに酷かったのか?」
「酷いなんてもんじゃないさ、ここまでお姉さんの金切声と弟さんの悲鳴が聞こえることもあるんだかんな」
なるほど、どうやらあの姉弟はよほど仲が悪かったようだ。
ホテルへの道を急ぎながらホワイト・リバーはなにやら考え込んでいた。
「せんせー?、気になるの?」
神子の言葉に軽く頷く。
「頭を見た時、明らかに衝撃を加えた痕があった、しかも気絶するくらいのものだろうな」
しかも不思議なことにその痕跡は火傷の前に加えられたものであることがわかった。
「あの姉は全身火傷をする以前に、何者かに頭を殴られている」
誰がそんなことをしたのかはわからないが、ホワイト・リバーには察しがつくのか、微かに瞳を細めた。
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三週間ほど経ち、手術の経過も悪くない、ホワイト・リバーはその日の治療を終えると、いつものように主人に報告した。
「だいぶ良くなっています、声帯も順調に回復し、身体もリハビリはいるでしょうがまあまあですな」
「・・・そうですか、それは良かった」
主人の言葉に、ホワイト・リバーは嘆息した。
「物もある程度は持てますよ?、剣でも斧でもなんでも、ね?」
ぎくりと身体を震わせ、ホワイト・リバーを見る主人、それでようやく彼は己の仮説が正しいことを悟った。
「やはり姉を殺そうとしたのはあんたさんでしたか、何故一度殺そうとした相手を助けようと?」
「・・・たしかに姉は暴君でしたが、それでもたった一人の肉親、僕は姉を愛しているんです」
主人によれば、姉はかなりの暴君で、何か気にくわないことがあればすぐに彼に暴力を振るっていたのだという。
その日もつまらないことで難癖をつけられ、主人は姉にボロボロになるまで殴られていた。
これまでは我慢していた主人だったが、その日はついカッとなってしまい、近くにあった壺で姉の頭を殴りつけたのだ。
姉は物言わず倒れたが、それで死んだと勘違いした主人は庭の焼却炉で焼こうと火をつけた、その瞬間。
息を吹き返した姉は全身火だるまになりながらも外へ飛び出してきた。
かわいそうに、主人は慌てて消火したがもう元の姉ではなかった。
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「それで僕は廃人のようになった姉を地下に隠し、あちこちからお医者さんを・・・」
話しを聞き終えると、ホワイト・リバーは軽く頷いた。
「ならば逃げた方が良い、そんな姉ならばあんたさん復讐されて、今度こそ殺されるぜ?」
「構いません、姉に殺されるならば、仕方ないことだと」
みしり、と音がして二人が話しをしている部屋に、誰かが入ってきた。
「姉さん」
そこには松明を右手に持ち、足を引きずりながらも部屋に入ってきた姉の姿があった。
「あんたさんはまだ治療の途中、下手に動かない方が良いぜ?」
忠告するホワイト・リバーだが、姉のほうはニヤニヤと不気味に笑った。
「せ、先生には感謝してるわ、けれど私はこんな姿にした奴が許せないっ!」
瞬間、姉は松明を振りかざして主人に襲いかかった。
「に、逃げろっ!、先生っ!」
「あっはっは、殺してやるわっ!」
「その足でかね?」
瞬間、姉は足の違和感に気づいた。
「えっ?!」
足が全く動かないのだ、否、より正確に言えば動けないというのが正しい。
彼女の両足には、凄まじい量の木の根が絡まり、動きを阻害していた。
否、こちらもより正確に言うならば、絡まっているというよりも、彼女の足から生えていると言った方が良い。
「そ、そんなっ!、ど、どうなって・・・ひぐっ!」
慄く姉を包み込むかのように根っこは急成長し、巨大な樹木へと変わっていく。
その過程で松明は枝に飲み込まれてしまい、あまりの植物の放流に、炎は消えて無くなった。
「あんたさんが少しでも弟さんに殺意を抱いたりしたらこうなるようにしといたのさ」
最早姉は完全に樹木へと取り込まれ、その姿をみることは出来ない。
「ドリアードの種、あんたさんが改心したなら消えて無くなるはずだったんだが、残念だ」
荷物を片付けると、ホワイト・リバーは主人の肩を叩いた。
「医者は患者は治せても歪んだ心までは治せない、しかし・・・
そのお膳立てくらいは出来る、あとはあんたさんしだいですぜ?」
ホワイト・リバーはそのまま呆然としている主人を放置すると、屋敷を後にした。
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とある山に、奇妙な屋敷がある。
屋敷の中に巨大な樹木があるのだが、そこの屋敷の主人はいつもその部屋にいるのだという。
毎晩毎晩、樹木からは美しい女性が出てきては主人と仲良く語らうのだと言う。
ありがとうございます、ホワイト・リバー先生。
姉さんと毎日仲良く過ごせて、今はとても幸せです。
17/01/20 21:18更新 / 水無月花鏡
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