女王の日記
女王の日記
冬の月14日
不思議な夢を見た、私の統治する雪と氷に覆われた世界に、おかしな姿の、おかしな性格の男性が現れる夢だ。
夢なぞ五臓六腑の疲れから来るものでしかない、考えるだけ無駄だろうが、どうにも気にかかる。
配下のグラキエスに相談してみると、結婚したばかりのそのグラキエスは、考えをまとめるために日記を書くことをすすめてきた。
随分と人間らしい提案だが、たまにはやらないことをするのも一興か。
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冬の月15日
何やらグラキエスたちが騒がしい、何事だろうと思い、様子を見れば、訪れるものもいない私の宮殿に、来訪者が来たという。
こっそりと柱の影から彼の姿を見てみたが、唖然としてしまった。
おかしな格好の男、この雪原にあって信じられないような薄着をしている。
こんな奥地に人間が来たというのも驚きだが、そんなわけのわからない姿をしていることも信じがたい。
ただただ領域を統治しているだけの私だったが、どのような形にせよ、此れ程他人に関心を抱くのは珍しい。
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冬の月16日
私と、複数人のグラキエスによる尋問の結果、彼はどうやらニッポンと呼ばれる場所から来たらしいことがわかった。
外見的にはジパングの人間によく似ているが、どこか違う、あたかもドラゴンそっくりに化けていても、雰囲気で見抜かれるジャバウォックのように。
雰囲気が違う、そればかりではない、彼はグラキエスはおろか、私を前にしても、一切物怖じしない。
彼の身につけている服ではこの凍気を凌げるとは思えないが、私には関係ないことか。
しかし気になるところもややある、来訪者を宮殿の一室にとどめることにする。
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冬の月17日
配下のグラキエスによれば、あの来訪者は相変わらずの薄着で部屋におり、差し出された食べ物は残さず食べているようだ。
彼に対する尋問もやらなければならない、今日もまた私はグラキエスを引き連れ彼の部屋へと行くと、様々なことを聞き出した。
『ヒコウキ』、『ばみゅーだ・とらいあんぐる』など、彼は聞き慣れぬ言葉を使用しており、私には理解出来ないことばかりだった。
後でグラキエスに聞いてみたが、やはり誰もわからない単語であったらしい。
もしかしたら彼は小説家か何かで、何らかの事故に逢い、創作上のことを現実と勘違いしているのかもしれない。
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冬の月18日
来訪者が宮殿に居着いてから早いもので四日が過ぎていた。
依然彼についてはわからないことだらけで、どうも私の手には負えないらしいことが理解出来てきた。
状況把握をしやすくするためにも、知り合いのリリムを呼んで、話しを聞いてみることにしよう。
どうやらグラキエスたちにも動揺が広がりつつあるようで、彼の部屋にこっそりと忍び込もうとしていた娘たちもいる。
もしかしたら私の目が届かぬうちに彼を逃がそうとしているものもいるかもしれない。
しかし今彼にいなくなられては困る、どんな事態かはわからないが尋常ならざることが彼の身の上に起こったのは確かだ。
それが何かはわからないが、私の所領に悪影響を及ぼすかもしれない、なんとかして真相を明らかにすべきだろう。
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冬の月19日
今日も彼の尋問を行なってみたが、やはり彼の話す単語は聞き慣れぬ難しい言葉ばかりである。
こちらが訊いた、『ホワイトホーン』、『グラキエス』、といった魔物の名前には頭を傾げていたが、『ゆきおんな』、『セルキー』、『ウェンディゴ』等の名前は知っているらしい。
ジパングの人間がゆきおんなを知らないとは考えにくいが、ここまで来たにも関わらず、グラキエスを知らないのは明らかに異常だ。
この世界に生きる以上魔物の名前は知っていて然るべきだが、彼の場合、明らかに知っている魔物に偏りがある。
いかなる偏りかはまだ不明だが、今後も調べていくことにしよう。
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冬の月20日
いつの間にか彼と話をするのを楽しんでいる自分がいることに気づいた。
私の周りにはグラキエスしかおらず、対等に話しをする友人がいなかったためだ。
彼の言っていることが妄言であるかそうでないかなど、もうどうでも良い。
私と対等に話しをしてくれる、私に対して何らかの感情を持ちながら話しをしてくれる、それだけで私は良い。
ただ、一つだけ懸念も生まれた、彼の帰るべき場所のことである。
確かに拘留をしているのは私の所領のためであるし、彼もそれは納得してくれている。
だが、彼も帰るべき場所があるならば、帰りたいのではないだろうか?
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冬の月21日
知り合いのリリムがようやく到着し、詳しい話しを聞くことが出来た。
彼女の見立てでは、彼が通過した場所は常時異世界への扉が不安定に開閉している海域であるらしい。
そのため彼はそこで門に巻き込まれてしまい、結果として私の領域に入ってしまったのだという。
リリム曰く、どうやら彼を元の世界に戻すことが出来るらしいが、何故かそんなことを言われて、チクリと胸の奥が痛むのを感じた。
そればかりか、彼がリリムに見とれているのを見て、感じたことのないような黒い感情が私の中に生じるのを感じた。
おかしい、こうして彼のことを考えるだけで胸が苦しい、私は、どうしてしまったのか。
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冬の月22日
私は、どうしてあんな行為をしてしまったのだろうか?
具合を崩し、寝込んでいる私を彼は見舞ってくれたのだが、そのとき私は彼を見た瞬間に、すさまじい衝動を感じた。
彼が私に近づいたのを見計らってそのまま手を引いて、寝台に引きずり込んでしまった。
それから起こったことについては、こうして思い返している間にも身体がふわふわと軽くなり、胸の奥底から熱いものが溢れそうになる。
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冬の月23日
やっと理解した、どうやら私は彼に懸想しているようだ。
こんな感覚であるとは考えもしなかったが、どうやらそうらしい。
不思議なことだ、彼を見ているだけで私の身体は溶けてしまいそうになり、抱きしめてもらうだけで離れたくなくなる。
とても幸せな気分だ、これからはもう、ずっと彼と一緒なのだから。
しかし読み返してみると、この日記は、彼のことしか書かれていないな・・・。
冬の月14日
不思議な夢を見た、私の統治する雪と氷に覆われた世界に、おかしな姿の、おかしな性格の男性が現れる夢だ。
夢なぞ五臓六腑の疲れから来るものでしかない、考えるだけ無駄だろうが、どうにも気にかかる。
配下のグラキエスに相談してみると、結婚したばかりのそのグラキエスは、考えをまとめるために日記を書くことをすすめてきた。
随分と人間らしい提案だが、たまにはやらないことをするのも一興か。
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冬の月15日
何やらグラキエスたちが騒がしい、何事だろうと思い、様子を見れば、訪れるものもいない私の宮殿に、来訪者が来たという。
こっそりと柱の影から彼の姿を見てみたが、唖然としてしまった。
おかしな格好の男、この雪原にあって信じられないような薄着をしている。
こんな奥地に人間が来たというのも驚きだが、そんなわけのわからない姿をしていることも信じがたい。
ただただ領域を統治しているだけの私だったが、どのような形にせよ、此れ程他人に関心を抱くのは珍しい。
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私と、複数人のグラキエスによる尋問の結果、彼はどうやらニッポンと呼ばれる場所から来たらしいことがわかった。
外見的にはジパングの人間によく似ているが、どこか違う、あたかもドラゴンそっくりに化けていても、雰囲気で見抜かれるジャバウォックのように。
雰囲気が違う、そればかりではない、彼はグラキエスはおろか、私を前にしても、一切物怖じしない。
彼の身につけている服ではこの凍気を凌げるとは思えないが、私には関係ないことか。
しかし気になるところもややある、来訪者を宮殿の一室にとどめることにする。
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冬の月17日
配下のグラキエスによれば、あの来訪者は相変わらずの薄着で部屋におり、差し出された食べ物は残さず食べているようだ。
彼に対する尋問もやらなければならない、今日もまた私はグラキエスを引き連れ彼の部屋へと行くと、様々なことを聞き出した。
『ヒコウキ』、『ばみゅーだ・とらいあんぐる』など、彼は聞き慣れぬ言葉を使用しており、私には理解出来ないことばかりだった。
後でグラキエスに聞いてみたが、やはり誰もわからない単語であったらしい。
もしかしたら彼は小説家か何かで、何らかの事故に逢い、創作上のことを現実と勘違いしているのかもしれない。
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来訪者が宮殿に居着いてから早いもので四日が過ぎていた。
依然彼についてはわからないことだらけで、どうも私の手には負えないらしいことが理解出来てきた。
状況把握をしやすくするためにも、知り合いのリリムを呼んで、話しを聞いてみることにしよう。
どうやらグラキエスたちにも動揺が広がりつつあるようで、彼の部屋にこっそりと忍び込もうとしていた娘たちもいる。
もしかしたら私の目が届かぬうちに彼を逃がそうとしているものもいるかもしれない。
しかし今彼にいなくなられては困る、どんな事態かはわからないが尋常ならざることが彼の身の上に起こったのは確かだ。
それが何かはわからないが、私の所領に悪影響を及ぼすかもしれない、なんとかして真相を明らかにすべきだろう。
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今日も彼の尋問を行なってみたが、やはり彼の話す単語は聞き慣れぬ難しい言葉ばかりである。
こちらが訊いた、『ホワイトホーン』、『グラキエス』、といった魔物の名前には頭を傾げていたが、『ゆきおんな』、『セルキー』、『ウェンディゴ』等の名前は知っているらしい。
ジパングの人間がゆきおんなを知らないとは考えにくいが、ここまで来たにも関わらず、グラキエスを知らないのは明らかに異常だ。
この世界に生きる以上魔物の名前は知っていて然るべきだが、彼の場合、明らかに知っている魔物に偏りがある。
いかなる偏りかはまだ不明だが、今後も調べていくことにしよう。
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いつの間にか彼と話をするのを楽しんでいる自分がいることに気づいた。
私の周りにはグラキエスしかおらず、対等に話しをする友人がいなかったためだ。
彼の言っていることが妄言であるかそうでないかなど、もうどうでも良い。
私と対等に話しをしてくれる、私に対して何らかの感情を持ちながら話しをしてくれる、それだけで私は良い。
ただ、一つだけ懸念も生まれた、彼の帰るべき場所のことである。
確かに拘留をしているのは私の所領のためであるし、彼もそれは納得してくれている。
だが、彼も帰るべき場所があるならば、帰りたいのではないだろうか?
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知り合いのリリムがようやく到着し、詳しい話しを聞くことが出来た。
彼女の見立てでは、彼が通過した場所は常時異世界への扉が不安定に開閉している海域であるらしい。
そのため彼はそこで門に巻き込まれてしまい、結果として私の領域に入ってしまったのだという。
リリム曰く、どうやら彼を元の世界に戻すことが出来るらしいが、何故かそんなことを言われて、チクリと胸の奥が痛むのを感じた。
そればかりか、彼がリリムに見とれているのを見て、感じたことのないような黒い感情が私の中に生じるのを感じた。
おかしい、こうして彼のことを考えるだけで胸が苦しい、私は、どうしてしまったのか。
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冬の月22日
私は、どうしてあんな行為をしてしまったのだろうか?
具合を崩し、寝込んでいる私を彼は見舞ってくれたのだが、そのとき私は彼を見た瞬間に、すさまじい衝動を感じた。
彼が私に近づいたのを見計らってそのまま手を引いて、寝台に引きずり込んでしまった。
それから起こったことについては、こうして思い返している間にも身体がふわふわと軽くなり、胸の奥底から熱いものが溢れそうになる。
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冬の月23日
やっと理解した、どうやら私は彼に懸想しているようだ。
こんな感覚であるとは考えもしなかったが、どうやらそうらしい。
不思議なことだ、彼を見ているだけで私の身体は溶けてしまいそうになり、抱きしめてもらうだけで離れたくなくなる。
とても幸せな気分だ、これからはもう、ずっと彼と一緒なのだから。
しかし読み返してみると、この日記は、彼のことしか書かれていないな・・・。
16/11/06 21:03更新 / 水無月花鏡
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