第三十九話「人間」
メルカバーを取り囲むようにミカドの都国の兵士たちは布陣し、剣を構え、弓をつがえている。
「・・・まだこれほどの戦力を隠していたか・・・」
十万の軍勢に対してこちらは遮那、真由を始め、ウォフ・マナフ、アシャ、アールマティ、ハルワタート、クシャスラ、アムルタートの面々。
さらにはミカエル、ウリエル、ラファエル、ガヴリエルの四大天使に、ルシファーらグリゴリ。
しかしながら、こちらはメルカバーとの戦いで疲れ果てている上に、練度はともかく、兵力的には圧倒的に不利だ。
『修羅人に、天使、魔物娘どもよ』
メルカバーから投影されるゴルゴスの立体映像に、遮那たちは身構えた。
『兵力は我々が圧倒的に優勢である、おとなしく投降せよ』
「・・・馬鹿な、我々は皆殺しには屈しない」
遮那に言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、立体映像が消え、瞬間鬨の声とともに兵士が襲いかかってきた。
「来るぞっ!」
「なんて数、とにかく死角を作らずに戦うほかありません」
修羅人ら人間、天使、魔物娘の混成軍とゴルゴス率いるミカドの都国による反乱軍との戦い。
決戦の幕が、上がった。
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「・・・くっ!」
遮那は仲間たちと連携を取りながらなんとか大軍と渡り合ってはいるが、それでも苦戦しているのは間違いない。
「無事か、真由っ!」
「遮那さまっ!」
すでに周りは完全に包囲され、遮那は肩で息をしながら、なんとか敵兵と渡り合っている。
小太刀を構える真由と背中合わせに立ちながら遮那はなんとか勝てる策を考える。
「ゴルゴスがこれほどまでに兵力を隠しているとは、誤算だったな・・・」
メルカバー攻略に全精力を傾けはしたが、まさかゴルゴスが二段目の策を用意していたとは思わなかった。
「遮那さま、敵の兵力はあまりに圧倒的です、このままでは退却も考えねばなりません」
「駄目だ、もし退却すればメルカバーは息を吹き返し、もう二度と攻略することはできなくなる」
そうだ、もし退けばゴルゴスは必ずやメルカバーを立て直し、京都に追撃を仕掛けてくるだろう。
そうなればもう遮那たちには防ぐ手立てはなく、全員ゴルゴスに屈する他なくなるだろう。
「ですがこのままでは犠牲者が出るのも時間の問題です」
「くっ!、万事休す、か・・・」
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「ふっふっふ・・・、修羅人らめ、もはやこれまでだ」
メルカバーの司令室、スクリーンを見つめながらゴルゴスはほくそ笑む。
メルカバーが撃墜されたのは誤算だったが、万一のために兵力を蓄えていたことが助けになったようだ。
「修羅人、四大天使、グリゴリ、私に刃向かう勢力は今日消え、次は魔王、さらには主神、人に害なす神魔を滅し、人間の世界を作る」
ついに己の野心を露わにしたゴルゴス、鋭い視線の先には、激しい戦いを繰り広げる遮那たちがいた。
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戦況は、やはりどう転んでも遮那たちには不利である。
遮那を始め、実力は確かに一騎当千の将が揃ってはいるが、それでも数に限りがある。
いくら兵士を無力化しようが、奥から次々と増援が現れる。
次第に遮那らは疲弊し、じりじりと押されてゆく。
「・・・くっ!」
遥か彼方まで兵士が埋め尽くし、休む間もなく、次々と兵士が襲いかかる。
「・・・これは、まずいですわね」
アムルタートの言葉に、すぐ近くで大剣を振るっていたアシャも額の汗をぬぐいながら答える。
「ああ、まさかこんなに兵力に差があるなんて、な・・・」
「・・・サナト、私たちが活路を開く、あなたは、逃げて」
アールマティの言葉に、すぐさま遮那は振り向くと、首を振った。
「お前たちを見捨てていくことは出来ないっ!」
死ぬときは一緒だ、そう続ける遮那だがクシャスラは頭を振る。
「わかっているはずだ、この数はもうどうにもならない、勝ち目はないと、しかし・・・」
「あなたが生還出来ればまだ希望はある、京都にはナジャ、シェムハザ、ミスラがいる、まだなんとかなる」
ハルワタートの言葉は確かに的を得ているかもしれない、しかしそれでも遮那は真由たちを置いて、逃げる気にはなれなかった。
「遮那さま、早く退却準備を、出来ないならば・・・」
腰に下げていた二本目の小太刀を引き抜き、兵士の剣を捌きながら真由は遮那に刀を向けた。
「私が貴方を斬ります」
「・・・真由」
最早これまで、遮那は覚悟を決めた。
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「・・・だらしがないぞ、サナト」
瞬間戦場に涼やかな声が響き、空を外套纏う影が走った。
「・・・お前はっ!」
「召喚・・・」
空中からその青年は管をかざして、光を放った。
「スカサハ」
「はいはーい、おねーさんにお任せ〜」
管から現れた黒衣の女魔術師がすさまじい魔力の放流で兵士を打ち払う。
「如月雷電っ!」
驚く遮那に、モンスサマナー如月雷電は二本の筒を投げ渡した。
「使え、力になってくれるはずだ」
くるりと空中で回転すると、雷電はスカサハを管に収めると、また違う管を手にした。
「行くぞ、召喚、モーショボー」
「召喚・・・」
遮那は祈りを込めながら、二本の筒を使用した。
瞬間、管の中から光が溢れ無数の巨大なトランプカードが現れる、続いて二人の姿が見えた。
「ふっ!、やっと私の出番ね?」
「ようやく、出られた」
中から現れたのは二人の強力な魔物娘。
「なっ!、赤伯爵に、黒淑女っ!」
「あなたがひどい目に合うとアリスがむくれるのよね」
赤伯爵ベリアルはそう呟くと、空を舞う大量のトランプカードから魔物娘、トランパートを呼び出して見せた。
「さあ、早い者勝ち、旦那確保のチャンスよ?」
わああああああい、と声がして夥しい数の魔物娘が一斉に兵士に襲いかかる。
「とにかく、サナト、貴方を、勝たせる」
黒淑女ネビュロスもまた手を軽く振ると、怪しげな空間から大量のアンデットが現れ兵士に襲いかかる。
「これで、貴方の勝ち」
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「ええい、忌々しい、おのれ修羅人、おのれ魔物娘ども、我が大義を阻むつもりかっ!」
墜落したメルカバーの艦橋の中、ゴルゴスは一人毒づいたが、もはやどうすることも出来ないだろう。
反乱軍はもはや信じられない大軍を迎えた魔物娘により平定されつつある。
あと数分もすればメルカバーに遮那たちが突入し、ゴルゴスも捕らえられることになる。
「おのれ、おのれ・・・」
だがゴルゴスはこのまま終わるつもりはなかった。
腰に下げていた剣を抜くと、ゆっくりと立ち上がった。
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「粗方掃討完了、後はゴルゴスのみだな」
メルカバーから出てきて抵抗した兵士らは、すでに魔物娘らの一団に全て取り押さえられ、地面に座っている。
「しかし遮那さま、ゴルゴスは腹に一物抱えたままミカドの都国の実権を握るほどの人物、おとなしくするでしょうか?」
真由の言葉に、遮那は微かに首を振るった。
「こうなった以上はゴルゴスにも負けは見えているはずだ、しかし・・・」
未だに降伏する気配はない、とするならば内部で果てたか、あるいは諦めずになんらかの手を探しているのか。
「どの道ここまで来たならば決着をつけねばなるまい、真由、あとは頼むぞ?」
遮那は微かに微笑むと、墜落したメルカバー内部に足を踏み入れた。
「遮那さまっ」
慌てて真由は遮那を追いかけようとメルカバーの入り口に駆け込むが、不可視の壁に阻まれて、中へ入ることは叶わなかった。
「・・・これは?」
何やら嫌な予感に、真由の背中を、知らず冷や汗が滴り落ちていた。
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通路を駆け抜け、艦橋に至ると、そこには白い衣の男が椅子に座り、遮那を待ち構えていた。
「・・・お前が、ゴルゴス」
「待っていたぞ修羅人、こうして会うのは初めてだな」
ゴルゴスは手にした剣を地面に突き立て、じっと遮那を眺めている。
「修羅人、貴様のせいで我が野望は潰えた、ならばせめて貴様の首を取り、我が力を示す」
「違う、今からお前がすべきことは悔い改め、共存の世界で、やれることをすることだ」
遮那の言葉に、ゴルゴスは突如として高笑いを始めた。
「・・・何がおかしい?」
「ふはははははははは・・・、共存の世界だと?、笑わせるなっ!」
ゴルゴスは剣を抜くと、近くにあった金属の机を一刀両断して見せた。
「愚かな、有史以来人間は幾たびも神による裁きを受けてきた、人間の世界を作るためには、神を滅ぼし、裁きの原因となり得る魔物娘も討滅するしかない」
人間の世界を作るために、神や魔物を滅ぼす、そのためにゴルゴスはメルカバーを建造したというのか。
「何故だ、何故滅ぼさなければならない、分かり合えることが出来るはずだ」
「それが貴様の甘いところよ修羅人、神も魔物も所詮は人間を自分たちが好き勝手するための、道具にしか見てはいない」
違う、少なくとも遮那が出会った天使や魔物娘、ミカエルにルシファー、アシャたちは誰一人として人間を道具として見てはいなかった。
「何が違う?、貴様も見てきたはずだ、結局天使も魔物娘も、傷つくのは人間、我々は神魔の代理戦争をさせられてきた」
神も魔物も存在さえしなければ、このような戦いは起こりえない、そうゴルゴスは告げると、遮那を見つめた。
「・・・なるほど、尽く滅ぼし、相く者も滅する、そうすることで人間だけの世界を作る、というわけか」
これもまた秩序でも混沌でもない、中道の考え方だ、ゴルゴスの思想は、危険ではあるが遮那のそれに非常に近い。
遮那とゴルゴスの思想の違いは、共存かそれとも皆殺しかのどちらかの違いでしかない。
「わかっていないのは貴様だ、ゴルゴスっ!」
「・・・なんだと?」
今度は遮那が激する番だ、彼は怒りに満ちる瞳でゴルゴスを睨みつける。
「神も魔物も、人間も、この世界に、この星に生きる仲間、広い意味で見れば皆この星に生を受けた地球人類だ」
そうだ、同じ世界に生き、同じ時代を歩むならば、そこに何の違いがあろうか。
みんな地球人類、広義の意味で考えれば、神も魔物も人間も、地球人類なのだ。
「自分と同じ考え、容姿の者しか認めず、それ以外の存在を根こそぎ滅ぼすだと?、貴様がやろうとしていることは、地球人類内部のホロコースト以外の何物でもない」
遮那の言葉にゴルゴスの目つきがさらに厳しくなる。
「うぬぬ、貴様、言いたいことを・・・」
ゴルゴスは椅子から立ち上がると、剣を構えて遮那に斬りかかる。
「・・・むっ!」
斬撃をかわして、修羅人に変身しようとして、遮那は異変に気付いた。
「これは、修羅人の力が使用できない・・・」
変身はおろか、破邪光弾などの特殊技も使用出来なくなっているのだ。
「ふんっ!、この要塞に結界を張らせてもらった、この中では貴様も普通の人間と変わらん」
「っ!」
またしても来るゴルゴスの斬撃、遮那は彼の右腕を掴むと、当身を用いて彼を弾き飛ばす。
「必要ない、人間の相手は、人間がする」
遮那は両手を構えると、ゆらりと起き上がるゴルゴスを見つめる。
「この、偽善者がっ!」
またしても直線的な動きで攻撃してくるゴルゴス、遮那は身体を低くしてかわすと、すぐ近くにあった武器のロッカーから、斧を引き抜く。
「・・・ゴルゴスっ!」
「おおおおおおっ!」
振り向きざまに剣を振るうゴルゴス、遮那はこれを読んで斧を立てると、攻撃を弾いた。
「ふんっ!」
ゴルゴスの一撃を弾くとともに、続けざまに遮那は斧を返して、当身を喰らわせる。
「ぐおっ!、おのれ・・・」
弾き飛ばされるゴルゴスだが、どうやらまだ闘うつもりのようで、剣を杖にして立ち上がると、正面に構える。
「これで、終わりだっ!」
双方地を蹴り、空中で斧と剣が交差する。
「ぐおっ!」
「・・・むんっ!」
ゴルゴスの剣が遮那の頬をかすかに掠め、血が吹き出す。
だが直後、遮那の斧の峰が、ゴルゴスの頭をかち割った。
「修羅、人・・・」
ゆらりと態勢を崩し、ゴルゴスはついに地に倒れ伏した。
「お前とて、本当はわかっていたのだろう?、皆殺しの果てに正義がないことくらい・・・」
静かに遮那は呟くと、艦橋の窓から空を眺めた。
16/10/12 11:38更新 / 水無月花鏡
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