第三十四話「波紋」
メタトロンの話しを聞き終えると、遮那は何とも言えない表情をしていた。
己の前世を知り不思議な気持ちだった、過去の世界でも自分は中庸を願い、メタトロンと想像を絶する戦いを演じたのだ。
『サナト、貴方のその力は遥かな昔に貴方が身につけた力、おそらくルシファーもそれを何となく感知して、貴方を修羅人にしたのだと思うわ』
混沌王アフラ=マズダー、そして彼の妻であるスプンタマユに、彼に仕えた魔物娘たち。
「広目天や持国天が私にアフラ=マズダーの姿を見たのは、偶然ではなかったのだな?」
『ええ、貴方の魂の色はアフラ=マズダーそのもの、それ故に彼のことをよく知る四天王は、尚更そう見えるでしょうね』
しばらく遮那は黙り込んでいたが、その間メタトロンはおろか、誰一人として口を開かなかった。
「私が何故修羅人になったのかわからなかった、なんのために私はこの戦いに投げ出され、秩序と混沌の戦いに巻き込まれたのかも」
だが、過去に生きた自分自身が中道を願い、魔物との共存を信じた。
たとえ主神やメタトロンといった想像を絶する領域の存在と争い、戦うことになったとしても。
「もう私は迷わない、私はルシファーらを説得し、共存の未来を作ってみせる」
遮那の言葉に、こことは違う場所にいるメタトロンは微笑んだ気がした。
『そう、なら貴方たちがこれからいかにして戦うかを、見させてもらうわよ?』
光が瞬き、メタトロンの分霊は消え失せた。
「遮那さま、ミカドの都国との和睦により、すでに妖精たちと、東山大霊廟の士気は十分上がっています」
「・・・そうか、東山大霊廟の指揮は三津島一佐に任せて、カテドラルの攻略に乗り出すとしよう」
遮那の言葉に、ウォフ・マナフは軽く頷いた。
「いよいよルシファーとの決着をつけるのね?」
「ああ、だが、私の目的は魔物娘たちと敵対することではなく、共に歩むために道を探すことだ、不要な殺生は慎むつもりだ」
甘いかな?、と苦笑いしながら周りを見渡す遮那だが、意外なことに居並ぶ魔物娘たちは誰一人として反論しなかった。
「ま、お前さんらしいわな」
呆れたように呟くクシャスラ、そういえばあれだけ色々なことがあったのにも関わらず、遮那は結局、天使も魔物娘も、誰も斬っていないことに気づいた。
「・・・(どうやら、私の甘さはみんなが知る所だったようだな)」
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新京極、カテドラル、遮那たちが来る頃には、四天王の増長天ヴィルダカに率いられた部隊に包囲されていた。
どうやらルシファーは遮那がミカドの都国に行っている間にカテドラルの改修をしたようで、グリゴリの本拠地は巨大な要塞のような姿になっていた。
「来たかアフラ=マズダー、否サナト、粗方包囲は済んでいる」
増長天の言葉を受けて遮那は一礼すると、眼下にそびえるカテドラルを眺めた。
「ルシファーの様子は如何ですか?」
遮那の質問に、増長天は頷く。
「まだ現れていない、ここまで追い詰めれば何らかのアクションを起こすはずだが・・・」
「もしや遮那さまが来るのを待っているのでは?」
真由の言葉を受けて、アムルタートも頷く。
「可能性は十二分にありますわね、もしサナトを倒せれば、同盟は瓦解し、グリゴリにも勝機が出てくる」
なるほど、遮那により妖精と人間の同盟は成立し、ミカドの都国との和睦も実現した、すなわちその中心人物である遮那を狙えば、あとはどうとでもなるわけだ。
「わかってんなサナト?、間違いなく罠があるぜ?」
アシャの言葉に、静かに遮那は頷くが、すでに彼の内心は決まっていた。
「ルシファーが待ち構えているならば好都合、グリゴリとの交渉を行う」
やはり、というかなんと言うか、いう前から遮那の言葉を、その場にいた魔物たちは全員予測出来ていた。
「今更、止めても無理、よね?」
アールマティの言葉に遮那は黙って頷いた。
「すまない、みんなはここにいてくれ」
遮那は修羅人に変身すると、小走りでカテドラルの中へと侵入した。
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「まるで要塞か何かのようだな・・・」
カテドラルは遮那たちがいた頃よりも遥かに巨大になっており、奈落の塔を除けば京都ボルテクスで一番巨大な建物のようだ。
当然中も広く、中に足を踏み入れた遮那は、まず巨大なエレベーターにブチ当たった。
「・・・48階建てとはまた、随分な改修をしたみたいだな」
エレベーターの表示には48の文字、遮那はエレベーターを操作すると、まるで高速シャトルか何かのようなエレベーターに乗り込む。
「遮那さまっ!」
エレベーターを発進させようとすると、中に真由が駆け込んできた。
「真由っ?!」
驚いたはずみで遮那はスイッチを押してしまい、そのままエレベーターは最上階まで発車してしまった。
「・・・危険な真似を」
短く呟く遮那だが、真由も生半可な覚悟でここまで来たわけではない。
「遮那さま、ルシファーだけでなく、グリゴリにはシェムハザもいます、少なくとも二人は必要なはずです」
「・・・好きにしろ、どうせ引き返すつもりはないのだろう?」
はあ、とため息をつく遮那とは対照的に、真由のほうはニコニコと笑っている。
「サナト様、思えばここまで、随分と長かったですね・・・」
「ああ、新京極から始まり、また新京極にあるカテドラルに戻ってきた、ここで全てにけりをつける」
ゆっくりとエレベーターが止まり、二人は最上階にある巨大なホールに足を踏み入れた。
「やあ、兄貴、来たんだね」
「・・・ミスラか」
ホールの中央部、そこには人虎にして、遮那の妹分であるミスラが立っていた。
「ミスラ、そこを通してくれないか?、私はルシファーと話しをつけなければならない」
静かに語りかける遮那だが、実際は妹分であるミスラとは戦いたくないため、何とか退いてほしく、焦っていた。
そんな焦りを見抜いたのか、遮那の隣にいた真由は、腰に下げていた小太刀を抜くと、地面に突き刺した。
「ミスラ、貴女は前に遮那さまに助けられたはず、今こそそのご恩に報いるときでは?」
「兄貴に真由さんは、本気で中庸を実現させられると思っているの?」
ミスラは二人を交互に見つめながら、そんなことを聞いてきた。
「ああ、人間の未来は人間の力で掴む、魔物娘や天使に頼り過ぎず、未来を切り開く」
「兄貴は、力ある魔物が人間を庇護し、魔界を広げるべきだとは思わないのか?、魔物は人間を心底愛している、ボクだって・・・」
じっ、とミスラは何やら熱っぽい瞳で遮那を見つめたが、頭を回転させることに手一杯な遮那は気付かず、真由のみが微かに表情を変えた。
「魔物娘と愛し合い共に生きるのもまた正解ではある、その世界は刺激と享楽に満ちているかもしれない」
だが、それでは絶えず定まることはなく、ただ混沌とした、退廃的な毎日が過ぎていくのみだろう。
やはりある程度の法や秩序は必要なのだ、さもなくば魔物娘も人間も、ただただ快楽のみを貪る、獣となってしまう。
そうなれば、最早どうにもならない、世界はさらなる混沌を生み出すことしか出来ず、そこで停滞するだろう。
「・・・兄貴はやっぱりすごい、人間だけでなく、みんなの未来を信じているんだな」
少しだけ寂しそうに、ミスラはそう呟くと、とんっ、と床を蹴り、遮那たちのすぐ前に着地した。
「けれどボクはやっぱり力しか信じられない、強壮な力の魔物娘こそが、人間を、より良い未来に連れて行ける」
「・・・それがお前の『コトワリ』ならば、私はもう何も言わない」
前に出ようとしていた真由を手で制すると、遮那はゆっくりと拳を構える。
「力しか信じらないならば、どちらが正しいか、戦いの中でけりをつけるとしよう」
16/10/01 20:19更新 / 水無月花鏡
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