第三十三話「従者」
「伝令っ!」
ミドラーシュ城の評定の間、居並ぶ重臣たちの前で伝令は頭を下げた。
「大天使メタトロンの軍勢が銀河中心部より接近中、その数少なく見積もっても三千万パーセクが染まるほどの大軍団、あまりの数に周りの星々が光を失うレベルです」
人間と魔物娘が平和に暮らす忉利界、主神は魔物娘を滅ぼさんと再三混沌王アフラ=マズダーに要求した。
しかしそれに従わない態度に業を煮やし、大天使メタトロンとその軍団、メタトロンの軍勢を差し向けたのだ。
「その程度ならば何とか対処出来るだろう、が、問題が一つある、『小主神』は来るのか?」
アフラ=マズダーの質問に、管制担当は首を振った。
大天使メタトロン、人間の姿を借りて現れた彼女と、一度アフラ=マズダーは戦っている。
その際は互いの実力が拮抗し、決着がつかなかったが、此度は本腰で攻めてくるだろう。
「大天使メタトロンの動きは不明です、ですがわざわざ軍団を用意したのなら、指揮を執る存在は必要でしょう」
つまり来る可能性はかなり高い、アフラ=マズダーは近くに侍るワイトに目を向けた。
「マユ、どう思う?」
アフラ=マズダーの王妃であり、これまで彼を支え続けた良妻、スプンタマユは、静かに頷いた。
「銀河中心部付近、少なくとも都から離れた場所にて軍勢を足止めできねば我々に勝ち目はありません、ジリジリと後退させられ、大した備えも出来ぬまま都を落とされるでしょう」
スプンタマユの言葉を受け、アフラ=マズダーは今度は『善の思考』サキュバスのウォフ・マナフに視線を移した。
「王よ、我々は常日頃より主神との戦いに備えております、いつでも覚悟は出来ております」
重臣たち、人間も魔物娘も、みな覚悟を決めているようだ、しばらく黙っていたアフラ=マズダーだが、ついに彼も決意を固めた。
「クシャスラ、ハルワタート、ただちにエロス神に援軍要請を、彼女ならば救援を送ってくれるはずだ」
ガンダルヴァとアプサラスの姉妹が一礼して、別空間に消えると、今度は妖精女王に目を向ける。
「アムルタートは、すぐさま戦える者を集めて出陣用意を、魔物娘人間問わず、戦う覚悟がある者を幅広く集めろ」
「はっ!」
にわかに騒々しくなるミドラーシュ城、立ち上がるとアフラ=マズダーは左脇にあったバトルアックスを掴んだ。
「残った者はすぐさま出陣用意を、用意が出来次第銀河中心部に向けて出撃する」
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戦う意思がある者、主神を許さぬ者、愛する者を守りたい者、人間、魔物娘問わず集まりその数56億7000万余り。
さらには銀河中心部に向かう軍勢に、エロス神の命を受けて、帝釈天インドラに率いられた天魔四天王、さらにはその配下まで参加し、さらに数は膨れ上がった。
「・・・来ますっ!」
スプンタマユの声を受け、銀河中心部より亜光速で接近するは大天使メタトロンの細胞より生み出されし、メタトロンの軍勢。
一体一体が智天使はおろか、熾天使すらも上回る能力の存在が、37兆を遥かに越える数存在している。
「来るぞっ!、総員構えろっ!」
四天王総帥たる帝釈天インドラは、手にした巨大な槍の穂先をメタトロンの軍勢に向ける。
瞬間、空間を揺るがす虚無が周りを走り、これに触れたメタトロンの軍勢はチリ一つ残らずに消滅した。
「エロス神様傘下は帝釈天ばかりではない、この私婆娑羅大将ヴァジュラがお相手しようっ!」
四天王始め、56億7000万の軍勢がメタトロンの軍勢に挑みかかる。
各員がそれぞれの能力を使って空間を操り、時間を司り、虚無を支配する。
だが、メタトロンの軍勢はこの程度で押されるような相手ではない。
魔物勢力が亜光速の通用しない相手だと判断すると、亜光速を止め、空間が外に広がる速度で魔物娘に応戦しようとする。
さらにはメタトロンの軍勢の砲撃は空間と時間さえも超越する一撃。
一秒ごとに同一の砲撃は増え、全方位からの同一砲撃ということすらも平然と行われている。
熾天使クラスの雑兵とは、よく言ったものなのかもしれない。
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「我が君っ!」
乱戦の最中、アフラ=マズダーはバトルアックスを振り回しながらメタトロンの軍勢をいなしている。
左舷方向から兵隊級のメタトロンの軍勢が数千飛来するが、一瞬にしてアフラ=マズダーの手にした戦斧がきらめくと、停止させられる。
斬られた者は空間ごと両断され、そのまま時間の流れに逆らいながら消滅し、チリ一つ残らない。
今度は真上からすさまじい速度で揚陸艦級が迫るが、今度はアフラ=マズダーの支配領域が外部に広まり、一瞬にして消滅させた。
消滅するわずかな合間にアフラ=マズダーを攻撃しようとする者も存在するが、そんな連中も軒並み彼が素手で握りつぶし、虚無へと還している。
「超エネルギー反応探知っ!、100万パーセクの距離から飛来しますっ!」
スプンタマユの声に、アフラ=マズダーはただちに空間を歪める。
「100万パーセクの彼方から飛来した砲撃が、私に通じるものかっ!」
空間を歪めて攻撃を弾くと、時間を加速させて射線上に超高速で跳ね返した。
「あの攻撃、メタトロンか?」
メタトロンの軍勢の時間を瞬時に奪い、消滅させながらアフラ=マズダーはスプンタマユに問いかけた。
「間違いありません、あの技はメタトロンのものです」
鎧袖一触、スプンタマユが横切るだけでメタトロンの軍勢は時間を消滅させられ、存在しようとする力を失う。
「さらに亜光速で増援、その数三万っ!、隙をついて降三世明王の軍団を抜けたようです」
「対処する」
亜光速で現れた戦艦か飛行機の姿をしたメタトロンの軍勢だが、アフラ=マズダーが全身から波動を放つと、それだけで空間と時間が振動し、軍勢を消滅させた。
「出てこいメタトロン、貴様は我ら修羅の国の陣営が相手をしよう、それとも『小主神』ともあろうものが臆したか?」
バトルアックスを振り回しながら叫ぶアフラ=マズダー、瞬間空間が大きく揺れ動き、何者かが転移してきた。
「ようやくお出ましか・・・」
アフラ=マズダーの短い台詞、空間からあまりにも巨大な胎児の姿をしたメタトロンが現れ、瞬時にその姿を変える。
銀河を丸ごと足蹴にし、星雲にかかるような巨大な36の翼、女性のようなシルエットだが、同時に神々しさと禍々しさも兼ね備えた姿だ。
まさに『小主神』の名前に違わぬとんでもない姿、目にする者は如何なる者も畏怖するであろう姿だ。
『混沌王アフラ=マズダー、人間の身でありながら主神様に逆らい、魔物娘と共存する大罪を犯せし者よ、我が身で以ちて汝を裁く光栄を知るが良い』
「小主神メタトロンよ、如何なる圧力をかけてこようが、私は人間と魔物の未来を信じて戦い抜く、相手が何者であろうとも・・・」
瞬間アフラ=マズダーは全身に粒子を纏い、メタトロンと同じサイズにまで巨大化した。
「・・・行くぞっ!」
瞬間アフラ=マズダーとメタトロンの支配しようとする領域が同時に広がり、斥力場のような形で拮抗する。
『うぬっ!』
「・・・くっ!」
今度は互いが互いの周辺時間を操り、即死させようとするが、両者ともに瞬時に自分の時間を操ることで防御策をとり、無効化した。
混沌王アフラ=マズダーと小主神メタトロンの実力は、ほぼほぼ互角だろうか。
「どうやら虚無に干渉する力で決着はつかないようだな」
アフラ=マズダーは短く呟くと、右手に途方もなく巨大なバトルアックスを出現させた。
「ならば近づくのみ」
思念が銀河の端から端まで届くほどの速度でアフラ=マズダーはメタトロンに近づくと、バトルアックスで両断せんとする。
『見くびるなよ混沌王、私の力を見せてやろう』
瞬間メタトロンは全身の36万5000の瞳を開くと、その全ての瞳から大量のメタトロンの軍勢を生み出してみせる。
「雑魚が何人集おうが・・・」
バトルアックスの一閃が空間を走り、一瞬にしてメタトロンの軍勢を消滅させる。
「雑魚に過ぎんわっ!」
『何故だ混沌王、何故そこまでして主神様に抗う?、人間と魔物、共存したいと本気で願うつもりか?』
メタトロンの両眼から放たれる光の波動、これをアフラ=マズダーは素早く因果律を操作し、自分が放ったものとしてメタトロンに跳ね返す。
「そうだ、両者が争い合っていてはいたずらに世界に混沌を撒き散らすのみ、共存こそが、全生命の進化の可能性だ」
アフラ=マズダーの攻撃を一秒前の彼の攻撃で相殺すると、メタトロンは微かに微笑んだ。
『たとえ汝が進化を願い、共存を信じたとしてもいずれ人類も魔物娘も自滅する定めではないか?』
「自滅などしない、天使も魔物娘も人間とともに歩み、進化をし続ける、異なるコトワリの者らが共に在ることが、成長に繋がると信じている」
しばらくメタトロンは何も言わなかった、否言えなかった。
人間に対する抑止力として産み出された魔物、それから人間と生きるべく進化を遂げた魔物娘。
メタトロンの見てきた様々な世界でまた、人間も魔物娘を受け入れられるように進化を続けている。
とするならば、世界を変えるために本当に進化をしなければならないのは、きっと・・・。
『賭けをしよう、もし貴方たちが輪廻転生の果て、もう一度共存の未来を、中庸を願うならば私は貴方を信じ、同志となる、けれど違った世界を望むなら・・・』
あちこちで戦っていたメタトロンの軍勢がにわかに退却を始める。
『その時私は全力で全てを、貴方自身を虚無に還す、よく覚えておきなさい』
16/09/27 12:26更新 / 水無月花鏡
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