第二十七話「和解」
四天王との交渉を終えた遮那たちは、ナジャを伴って京都御所へと帰還した。
「・・・そうですか、いよいよ」
遮那の報告に、アムルタートはうっすると微笑んだ。
「大義でした、ですがまだまだやるべきことは山積みのようですわね」
「ああ、東山大霊廟の守護に結界解除中の四天王の警護、かなり大きな戦になりそうだな」
遮那の言葉に、真由も頷く。
「ですが、こちらの手は限られています、それに今はミカドの都国、グリゴリ、共に沈黙していますが、すでに京都ボルテクス解除の情報は伝わっているはず」
何らかの手を出してくる可能性はある、そう真由は呟いた。
だが、アムルタート配下のフェアリーたちを合わせても、両陣営の片方の兵力にも満たない。
これをさらに分割して各地の守護に当たらせるとなると・・・。
何やら神妙に考えていたウォフ・マナフだが、ようやく口を開いた。
「東山大霊廟の人たちにも協力してもらえないかしら?」
「市民たちに?」
遮那に対して、ウォフ・マナフは頷いた。
「ええ、東山大霊廟の中で、戦えそうな人がいるなら手助けして貰えると思うわ」
「問題はそんな奴が何人いるかだぜ?」
腕を組み、何やら難しい顔でいたアシャに対して、アールマティも頷く。
「あまりに、確証がない」
「だが、もし東山大霊廟の市民から戦いたい者が現れるならば、この上なく助かる」
戦闘経験はなくても、そのやる気があれば百の仲間にも勝る力となるだろう。
「・・・とにかくまずは東山大霊廟の様子を探ったほうが良いかもしれませんわね」
アムルタートの言葉に遮那は頷いた。
「交渉には私が行く、他のみんなは京都御所の警護をしてくれ」
「遮那さま、向こうはどう考えているかわかりません、念の為護衛役は必要ですよ?」
真由の言葉に、遮那は苦い顔をして頷いた。
「それでは、サナトとマユ、二人で東山大霊廟に向かってもらいますわね?」
次の行動は決まった、残された時間はあと僅か、遮那と真由は急ぎ東山大霊廟に向かった。
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東山大霊廟、浄土真宗開祖である親鸞が眠る場所でもある。
「来られましたね、お待ちしておりました」
霊廟の前には東方守護を担う持国天がいた。
「ここは、それがしが守っておりますゆえ、お二人は地下墓所へお入り下さい」
「持国天殿、協力に感謝します」
遮那が頭を下げると、何やら懐かしそうに持国天は目を細めた。
「本当によく似ている、あの二人にそっくりだ・・・」
「・・・え?」
何やら持国天の独り言が聞こえた、慌てて遮那は頭を上げたが、もう彼はいつものように冷静な顔で顎鬚を撫でていた。
「さあ、もう行って下さい、あまり時間もありませんからね」
持国天に一礼すると、遮那と真由は霊廟内部へと足を踏み入れた。
広大な地下霊廟にはたくさんの人がおり、小部屋ごとに家族がいた。
「かなりの人数だな」
遮那の言葉に、真由もまた頷く。
「はい、非戦闘員ばかりに関わらず、中立勢力にカウントされるのは、これだけの人数がいたからなのですね」
霊廟の先、そこには誰もいない廊下が続いていた。
「この先は何もないようだな」
廊下の先には大きな扉があるが、そこからは微かに何かの駆動音がする。
動力室か何かなのかもしれない。
「危ない遮那さまっ!」
真由の叫びとともに、遮那は身をかわした。
「っ!、苦無か」
先ほどまで遮那が立っていた場所、そこには二本の苦無が刺さっていた。
「何者だっ!」
遮那の言葉に、廊下の上から誰かが降りてきた。
「申し訳ありません、危害を加えるつもりはありませんでした、少しだけ、貴方の実力を見たかっただけです」
褐色の肌に露出の多い踊り子のような姿、エロス神配下の魔物娘、アプサラスか。
顔の全容は布で口元が隠されているため見ることは出来ないが、遮那は何だかどこかで彼女を見た気がした。
「貴方にどうしても会いたいという方がおられます、来ていただけませんか?」
「会いたい?、私にか?」
こくりと頷くアプサラス、遮那は一体誰が会いたがっているのかわからなかった。
「遮那さま」
遮那に近づくと、ヒソヒソと真由は耳打ちした。
「(会いたがっている者、とのことですが東山大霊廟に知り合いが?)」
「(いない、正直誰なのか見当もつかない)」
「(持国天守護の東山大霊廟で罠を張るとは思えませんが、万一のことも・・・)」
「(わかっている、せいぜい用心するさ)」
アプサラスに導かれ、遮那と真由は霊廟のとある一角にまでやってきた。
なんの変哲もない小部屋だが、部屋の入り口には木で彫られた仏像がたくさん並べられていた。
「・・・来たんだな?」
部屋の前には入り口を警備するかのように、一人のガンダルヴァが立っていた。
「久しぶりだなサナト、奈落の塔の前でぶつかった時以来か?」
「君は、まさか・・・」
そうだ、姿こそ魔物娘に変わり果てているが、彼女は反乱軍の兵士、クシャスラではないか。
「そうか、見覚えがあったが、あの時ぶつかったガンダルヴァは君だったのか」
遮那は興味深そうにクシャスラを見つめていたが、ふと何かに気づき、隣のアプサラスを見た。
「とすると、君はもしや・・・」
「はい、私です」
口元の布を取り払うアプサラス、こちらも魔物に変じてはいるが、間違いなくクシャスラの妹、ハルワタートだ。
「私に会いたいというのは、君のことか?」
遮那はどういういきさつからか両腕が翼に変じたクシャスラを見た。
「違う、私も貴様には会いたかったが、もっと会いたがっている人がこの奥にいる」
クシャスラは扉をノックすると、ゆっくりと開いた。
やや薄暗い小部屋、その中央に、彼に会いたがっていた人物は座っていたが、その人物は遮那のよく知る人物だった。
「・・・ようこそサナトくん、待っていたよ?」
「なっ、貴方はっ!!」
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「ゴルゴスっ!」
「これはこれはミカ様」
ミカドの都国、プルガトリウム建造ドックにて指示を飛ばしていたゴルゴスは、ミカエルの登場に平伏した。
「ご機嫌麗しゅう」
「・・・良いわけがないわ、プルガトリウムはまだ完成しないの?」
ミカエルの質問にゴルゴスは慇懃に答えた。
「はい、急がせてはおりますがなかなか、時空貫通砲の搭載は済みましたが、まだ試射すら・・・」
「動くの?」
「間違いなく、ただし、無限動力炉ヤマトは未だ不安定なため、どのようなことになるかは・・・」
ゴルゴスののんびりした説明に、ミカエルは激昂する。
「ならさっさと出撃用意をしなさいっ!、こうしている間にも修羅人やルシファーはミカドの都国を狙っているのよ?」
「はあ、しかしどうなっても知りませんぞ?」
ゴルゴスは急いでスタッフを集めると、出撃の準備を行なう。
プルガトリウムの第一艦橋、準備が整うと、コクピットに各担当を座らせ、ミカエルは艦長用の座席に腰掛けた。
「主砲スタンバイ、目標は京都ボルテクスっ!」
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大霊廟の先で待っていたのは、褌姿で正座した、三津島だった。
「み、三津島一佐、生きていたのですかっ?!」
驚き慄く遮那だが、それは真由も同じだったようで、絶句している。
「まあ、確かに私もあの時死ぬことを覚悟した」
反乱軍を率いてクーデターを起こした三津島一佐は、異なる理想を抱えていたため遮那と真由に敵対することになり、激闘の末倒されたはずだ。
「だが、なんだかんだで生きている、あの時、迎賓館にエロス神様が来られていた」
四天王の様子を見るためだったらしいが、その時に三津島は助けられ、アムルタートもまたアプサラスとして生まれ変わったらしい。
クシャスラに関してはアムルタートがアプサラスになってから救い出され、彼女のつてでガンダルヴァになったらしい。
「サナト、君の噂は聞いている、私と戦ってから色々あったようだな?」
三津島はじっと遮那の瞳を見つめた。
「あの時のお詫びといっては何だが、私にこの東山大霊廟の警護をさせてもらえないだろうか?」
それは願ってもないことだ、人間離れした能力に加え、陸上自衛隊の経験もある三津島なら、東山大霊廟も守りきれるだろう。
だが、軍事クーデターを引き起こし、結果的にとは言え京都受胎を引き起こした者を、そう簡単に信用して良いものか?
「・・・遮那さま、如何されますか?」
真由の言葉に、遮那は腰の刀を鞘ごと外すと、三津島に差し出した。
「貴方を信じてみます、人間として、この世界のために共に戦ってくれると」
三津島はしばらく刀と遮那を交互に見つめていたが、やがて破顔すると、かつて遮那に託した刀を受け取った。
「ああ、これから私と君は同士、ともに戦う仲間だ」
後ろで話しを聞いていたハルワタートもまた頷くと、遮那の両手を握った。
「私たち姉妹もこれからはサナトさんに従います、一緒に戦いましょう」
「ハルワタート、クシャスラ、君たちも私に力を貸してくれるのか?」
遮那に対して、クシャスラはすぐさま頷いた。
「ああ、私はお前に負けた、ならばお前に従うのが道理だ」
「・・・素直じゃ、ないね」
ハルワタートは何やら笑っていたが、遮那は首を傾げていた。
「よし、これで東山霊廟は・・・」
瞬間、まるでガラスが割れるかのような不吉な音がして、その直後に、すさまじい轟音が響いた。
「なっ、なんだっ?!」
「まるで、何者かが砲撃したような音でしたが・・・」
空間に光が走り、遮那たちの前に持国天が現れた。
「ミカドの都国からの攻撃です、とうとう仕掛けてきました」
遮那は奥歯を噛みしめると、急ぎ霊廟から外に駆け出していった。
16/09/14 11:02更新 / 水無月花鏡
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