第十二話「転生」
ボロボロではあったが、なんとか遮那と真由は大使館に戻ることが出来た。
警邏のウリアは最初こそ二人を見て訝しんでいたが、三津島撃破を聞いて、すぐさま医務室に案内した。
「大変でしたわね?」
医務室の主任、ラフェールは二人の怪我を手当てしながらそう呟いた。
紫金色の髪に、ウリアやミカよりも幾分幼く見える、そんな女性だ。
「・・・一歩間違えば、負けたのは我々だったかもしれない、三津島一佐はそれほどの相手だった」
正直勝てたのが不思議なくらいだ、遮那はホッと息を吐く。
「二人ともその献身的とも言える働きは天晴れ、きっと主神さまも見ておられますわよ」
主神さま、の言葉に遮那と真由は表情が暗くなったが、ラフェールは気づかなかったようだ。
「さて、手当はこれくらい、早くミカに三津島撃破を報告してあげなさいな、きっと貴方たちの帰りを首を長くして待ってますわよ?」
遮那と真由は黙って頷くと、ラフェールに一礼して、大使の部屋に向かった。
「三津島を倒したみたいね」
部屋の中央でミカは満面の笑みを浮かべ、二人を見ていた。
「本当に、ご苦労様」
瞬間、周囲の空間がピリピリと痺れたように感じた。
ふわりと、ミカが空中に浮かび、その背中から神秘的な純白の翼が生え、輝く赤と金色の鎧が現れたのだ。
その姿は、大使館のロビーにあった四つの肖像画のうちの一つ、四大セラフの筆頭、大天使ミカエルのものだった。
ただし、かすかに鎧は透けて見え、翼もまた同じ、もしかしたらミカの身体は大天使ミカエルが地上に現れるための仮初めのものなのかもしれない。
「あなた方の殊勝な心がけ、主神さまに代わってこの大天使ミカエルが褒めてつかわすわ」
ミカ、否大天使ミカエルは腰に下げた聖剣を引き抜き、遮那と真由の図上に祝福を描いた。
「・・・やはり、大使館は大天使の手にあったか」
確証があったわけではない、しかしそうでなければあれほどまでに大使館が、三津島撃破に拘る意味がわからなくなる。
「この地に私の姉を召喚しようとした三津島ら反乱軍はあなた方によって倒されたわ、けれども・・・」
ミカエルは大使館の窓から外の風景を眺め、沈痛な面持ちで剣を向けた。
「この京都は汚らわしい魔物たちが溢れてしまった、今すぐにでも浄化をしなければ数が増えてしまう」
浄化、幾度か聞いた言葉ではあるが、遮那の中には嫌な予感しか存在していない。
「ただちに『メギドの業火』を振り下ろし、この地を消し去る、それが神の御意思よ」
やはり、ミカエルは魔物をその地に暮らす人間ごと焼き払うつもりだ。
「待って欲しい、ならば京都に暮らす人間たちはどうなる?」
遮那の言葉に、ミカエルは眉をひそめた。
「無論共に浄化する、魔物に触れた人間もまた魔物に変質する定め、ゆえにこの地を闇に消し去る」
唖然とした表情で遮那を見つめる真由、だが遮那はなんとなく三津島を倒せばこうなるのではないかという嫌な予知はあった。
「・・・浄化をした後、世界はどうなるのですか?」
真由の質問にミカエルは微笑んだ。
「もちろん平和になるわ、差別も貧困もない美しい純化された世界、神の千年王国がこの地に誕生するわ」
「そして、そこには自由も人間の自主性もない、束縛された未来が待つ」
遮那の放った言葉に、ミカエルは顔色を変えた。
「当然よっ!、主神さまの創造物に過ぎない人間が、エデンの知恵の実を得たことからあらゆる罪は始まっている」
ミカエルの言葉は激しく、何を言ったとしても耳に入らなさそうだ。
「人間は主神さまのもとで無垢に過ごすのが一番幸せなのよ、現在の世界は知恵を得たが故に腐敗しきっているわ」
「だから人間を浄化するのか、自分たちが気に入らないという理由で・・・」
遮那は手斧を握り、隣を見れば真由も小太刀に手をかけている。
「人間も魔物も主神さまの創造物、その庇護のもとで、定められた秩序を享受していれば良いのよ」
ミカエルは剣を二人に向けると、剣先から紫と金色の炎を放った。
なんとかかわしたが、すさまじい威力である、一撃で大使館は半壊し、二人は衝撃で外に投げ出された。
「くっ!、さすがは四大セラフ、仮初めの肉体であってもこれほどの力を持つかっ?!」
遮那と真由はなんとか大地に着地すると、ふわふわと浮かぶミカエルを睨みつけた。
「これが『メギドの業火』、あなた方罪人を裁く天の光」
またしてもミカエルの剣に光が満ちる。
「ちっ!、もう一度あれを食らえばひとたまりもないぞっ!」
なんとしても阻止しなければ、遮那は手斧を握りしめると、ミカエルに接近しながら拳銃を撃ち続けた。
「ふんっ!、甘いわね」
ミカエルは遮那の打ち込んだ弾丸全てを剣で弾いてみせる。
「はあっ!」
だが遮那の本命はこちら、大きく飛び上がると崩れた大使館の瓦礫を足場にミカエルに迫る。
「むっ!」
「喰らえっ!」
そのままミカエルの頭めがけて手斧を振り下ろす、大天使に防御する手段はない、これで勝てるはずだ。
だが、ミカエルの頭に手斧が当たるその刹那、その刀身は真っ二つに折れた。
「なっ!、馬鹿な・・・」
「人の子が作った武器で、大天使たる私が傷つくものか」
恐ろしい速度でミカエルは遮那の首を掴むと、万力のような力で締め上げた。
「う、ぐ・・・」
「愚かねサナト、本気で私たちに敵うと思っていたの?、所詮貴方も人の子、この私を相手にした時点で勝ち目はないわ」
ゆっくりと消えゆく意識、だが突如としてミカエルの力が緩んだ。
「・・・マユ」
ミカエルの横側、崩れた屋根を足場にして真由が小太刀を構えていた。
「遮那さまを離してくださいっ!」
素早く小太刀でミカエルを攻撃する真由、だが大天使は軽い調子で全ての斬撃をいなして見せた。
「・・・(駄目だ真由、私に構わず早く逃げろ)」
大天使ミカエル、その実力は遮那の予測を遥かに上回っていた。
こんな化け物相手に、ただの人間が敵うわけがない。
「あなたの希望を、一つ潰してあげるわ」
ミカエルは真由の小太刀を弾き飛ばすと、剣を返して腹部に拳打を打ち込んだ。
「がっ・・・」
ゆらりと跳ね飛ばされ、大地に叩きつけられる真由。
「真、由っ!」
「さあ、フィナーレよ」
ぐったりと動かない真由めがけてメギドの業火を放とうとするミカエル、このままでは真由はチリ一つ残らず・・・。
「・・・(どうすれば良いっ!、私は、真由が死ぬのを見ていることしか出来ないのかっ!)」
神に祈るしかない、否違う。
「・・・(神、神だと?、今目の前で真由を殺そうとしているのは、神の使徒ではなかったか?)」
ならば誰に祈れば良い、簡単なこと、祈る対象など初めからいない。
「・・・(力が、力が欲しい、真由を守れるような、力が・・・)」
『お兄ちゃん、力が欲しいの?』
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直後、空間が歪み、真っ暗な場所にぽつりと瑠衣が立っていた。
「瑠衣・・・」
「お兄ちゃんの願いはわかってるよ?、さあ、ここまでおいで?」
背中から漆黒の翼を生やし、瑠衣は先へと進んでいく。
空間に道が産まれ、遮那は瑠衣を追いかけようと走り出す。
何もない空間かと思っていたが、よく見ると周りに怪しげな人影がある。
だがそれは、人の姿ではあるが、まるで影のように顔も身体も黒く塗りつぶされていた。
『・・・レスカティエよ、汝らは・・・』
『・・・日本は、神国で・・・』
『・・・記憶にございません・・・』
『・・・耐え難きを耐え、忍び・・・』
『・・・我らグレートブリテン及び・・・』
人影は何やらボソボソと言っていたが、構わずに脇を走り抜ける。
『・・・我が臣民、良く忠に・・・』
『・・・御用改めである・・・』
『・・・あつめて、はやし・・・』
『・・・なくまで待とう・・・』
人影は先に進むにつれてだんだんと少なくなっていく。
『・・・欠けたる月の・・・』
『・・・三笠の山に、出でし・・・』
『・・・君が、袖振る・・・』
『・・・我ら産れし日は違えど・・・』
『・・・目には目を、歯には歯を・・・』
道を進みきると、その場所には25もの勾玉が浮かんでいた。
1つの勾玉を中心に、24ある別々の色の勾玉がふわふわと周りを巡っている。
「来たんだね、お兄ちゃん、ようこそ原始の混沌の中へ」
勾玉の前には瑠衣がいた、変わらず笑顔で遮那を見つめている。
「ここには時空を越えて集まった、いくつもの『コトワリ』がある、正義も悪も、秩序も混沌も、全てがここにはあるよ」
25の勾玉は、そこにありながらも徐々に力を増しているのか、光を放っている。
「秩序と混沌、二つの意味を知った今のお兄ちゃんなら、この力も受け入れられるはずだよ?」
痛みは一瞬、瑠衣がそう呟いた瞬間、25の勾玉全てが遮那の体内に吸収された。
「これでお兄ちゃんは人外、京都はもう死ぬけどお兄ちゃんは新しく生まれた、お兄ちゃんは今日から・・・」
道がなくなり、空間そのものが閉鎖される。
「『修羅人(しゅらびと)』、人でも魔物でも天使でもない、宇宙の混沌の中にいる、混沌王」
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「さあ、フィナーレよ」
気づくと遮那はミカエルの腕の中にいた、今まさに大天使がメギドの業火を放とうとしている時のようだ。
「うおおおおおおおおおおっ!」
遮那が腰に右手を当てると、巨大な光の刀身が現れた。
「ぜやああああああああああああっ!」
そのまま余所見をしていたミカエルを斬り伏せる。
「なっ!、そ、そんな・・・」
信じられない、そんな驚愕の表情を浮かべてミカエルは地に落下した。
「な、ぜ?、人の子に、私を斬る手段はない、はず、それを、一太刀、で・・・」
傷口から光が漏れだすミカエル、どうやら仮初めの肉体が消滅するようだ。
ミカエルは、いつの間にか身体のあちこちに紺色の刺青が現れた遮那を見ていて、その背後に漆黒の翼の堕天使の影を見た気がした。
「っ!、そう、『明けの明星』が、そういうこと、だったの、ね・・・」
どうやら合点がいったようだ、ミカエルはもう半分くらい消滅している。
「私を、倒して、終わりと、思わないことね、すでに現代の、メギドの業火、ICBM(大陸間弾道ミサイル)は各地に発射されたわ、もう、遅い」
どこからか轟音が響いてきた、だが遮那にはどうすることも出来ない。
「さよならサナト、いえ、修羅人サナト、今度逢えたなら、本気で相手をしてあげる」
ミカエルは消えた、だが今は真由をICBMから守らねば。
「う、ん、遮那さま?」
真由を抱き上げると、うっすら真由は目を開いた。
「喋らなくても良い、すぐに安全な場所へ逃げるぞ」
核シェルター保有者に知り合いなどいない、だが地下に逃げ込めればまだ比較的安全だろう。
遮那は信じられないような速度で地を走り、京阪の地下鉄に辿り着いた。
「頼む、一人でも良い、いれてくれっ!」
シャッターが閉まる間際の地下鉄には、何百人もの人がいた。
「も、もう入れませんよ、それに・・・」
ちらっと係は遮那の手の中でぐったりしている真由に目を向けた。
「死んだ方はちょっと・・・」
「ま、真由は死んでなぞいないっ!」
確かに顔色も悪く、体温も急激に失せているが、死んではいない。
真由が、ともに修羅場を駆け巡った真由が、そう簡単に死ぬわけがない。
「私はどうでも良い、しかし真由だけは・・・」
「・・・わかりました」
係は真由を遮那から預かると、近くの壁にもたれさせた。
「では・・・」
「・・・ああ」
短い応答、ゆっくりと遮那の前でシャッターが閉まり、完全に通路が見えなくなった。
地上に戻ると、またしてもどこからか轟音が聞こえた。
もしかしたら洛外はもう火の海なのかもしれない。
「これが、これが神の意思なのか?」
上空より迫るICBM、これが着弾すれば京都もお終いだろう。
「うおおおおおおおおおおっ!、真由ううううううううううっ!」
雄叫びをあげる遮那の下の空間がひび割れ、凄まじいエネルギーが天に向かって伸びていき、ミサイルに直撃した。
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「ようこそ、アリスの王国へ」
16/08/15 21:38更新 / 水無月花鏡
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