第九話「因縁」
京都御所の前には、反乱軍兵士がアサルトライフルやサブマシンガンを手にして警邏の任務についている。
「かなり厳重だな」
ちらっと遮那は真由を見たが、彼女も警邏の厳重さに圧倒されているようだ。
「はい、やはりこの奥に反乱軍の首謀者、三津島一佐がいるのですね」
おそらく真由の父親もこの中にいるのだろう、なんとしても助けなければならない。
遮那と真由はジブリルから貰った偽造カードを使用して、厳戒態勢の京都御所内部へと侵入した。
「・・・魔物が」
京都御所内部にはたくさんの魔物がおり、じろじろと二人を見ていた。
サキュバスやダークプリーストら比較的人間に近い姿の魔物もいたが、中にはデーモンやアルラウネなど、魔物らしい人外の姿の存在もいた。
「この魔物たちが一斉に京都内に飛び出せば、かなりの脅威になりそうですね」
真由の言葉に遮那は静かに頷いたが、なぜかはわからないが魔物は人に危害は加えないような気がした。
もしかしたらウォフ・マナフやアムルタートが大人しい気性だったからかもしれない。
「遮那さま、あちらを・・・」
顔を上げて真由が指差した方向を見ると、そこには立派な建物があった。
「迎賓館だな、かなり見張りがいるな」
厳重な警備に、周囲に漂う物々しい雰囲気、ここに三津島がいると見て間違いはないようだ。
「さて、いかにして侵入するかが問題だな」
周りにはたくさんの警邏がおり、中に侵入するのは至難の技だろう。
「あれ?、お兄ちゃん迎賓館に入りたいの?」
いきなり声をかけられ、遮那は飛び上がりそうになってしまった。
「瑠衣?、何故ここに、一体どうやって入って来た・・・?」
新京極で会った少女、摧破瑠衣、彼女が何故か遮那の後ろに立っていた。
「わたしはお兄ちゃんに会いたいと思えばいつでも会えるんだよ?」
何やら釈然としない答えが返ってきた、明らかに場違いな少女が厳重警備の場所にいることは異常事態だが、今は気にしていられない。
「警備の人たちにお兄ちゃんたちが反乱軍の仲間に見えるように催眠術をかけといてあげる」
そんなことが可能なのか?、訝しむ遮那の前で瑠衣は警備に向かって、何度かカチカチと光を放った。
「はいオッケー、これでお兄ちゃんたちは迎賓館にいつでも入れるよ?」
とてて、と瑠衣は素早く走り去っていったが、遮那と真由の視界の端に行ったかと思うと、忽然と姿を消した。
「・・・消えた?」
否、おかしいのは京都御所内部を巡邏している反乱軍兵士たちだ。
終始瑠衣のほうには視線を向けず、今もいきなり消えたというのに、まったく反応していない。
「あの女の子、もしかしたら人間ではなく魔物か何かなのではないですか?」
真由の言葉に、遮那もまた頷く。
確かにそうだ、彼女は明らかに人間離れした雰囲気を身に纏っている。
新京極のことと良い、今の催眠術のことと良い、何故遮那を助けてくれるかは不明だが、ありがたく進ませてもらうとしよう。
半信半疑ではあったが、やはり瑠衣の催眠術はしっかり効いているようで、警備の兵士は遮那と真由に敬礼して、迎賓館に迎え入れた。
迎賓館の中も、大使館と同じく落ち着いた雰囲気の場所だったが、壁には天使ではなく堕天使の肖像が掛けられていた。
「『シェムハザ』の肖像があるな」
遮那の前にはたくさんの巨人を率いる漆黒の翼の堕天使が描かれた肖像がある。
堕天使も、背後に写る巨人たちも、みな魔物らしく欲情を誘いかねないような素晴らしい美少女だ。
「シェムハザは堕天使のギルド、グリゴリの団長であるとも副団長であるとも言われる、アザゼル=シェムハザならば団長で間違いないだろうがな」
シェムハザの隣にある金髪の堕天使の肖像を見た時、何かが腑に落ちた気がした。
ちょうど長く詰まっていた問題の答えを見つけることが出来たような、そんな感覚である。
「・・・『ルシファー』」
シェムハザの隣に掛けられていた肖像には、大天使ミカエルにそっくりな金髪の堕天使が描かれている。
髪型や黒い翼を別にすれば、ミカエルと瓜二つではないかと思うような肖像だ。
「ルシファー、その名前は『明けの明星』を意味する、彼女は大天使ミカエルの双子の姉だとも言われているが、神に反逆して堕天したと伝わる」
何故だろうか、堕天使ルシファーの姿が最近会った誰かに似ているような気がしてならない。
一体誰なのだろうか、答えは喉元にまで出てきているにも関わらず、口に出して明確にすることが出来ない。
「遮那さま、何故迎賓館に堕天使の肖像があるのでしょうか?」
もともとあったとは考え辛い、とするならば反乱軍が持ち込んだと考えるのが普通だが何故堕天使の肖像なのだろうか?
ルシファーにシェムハザ、高名な堕天使ではあるがわざわざ肖像を持ち込む意味がわからない。
「・・・三津島は魔物を召喚している、魔物はすでに多数こちらに来ている」
遮那は途中まで口に出して、とんでもないことに気づいた。
「魔物を召喚したのと同じように、今度はルシファーを召喚するつもりか?」
「ルシファー、を?」
遮那の仮説に、真由は目を見開いた。
「否、十分あり得る、もしルシファーが魔物たちと同じ世界にいたならば、呼び出すことは可能と見ても良い」
何故気付かなかったのか、弱い魔物をちまちま召喚しているだけでは反乱軍はいずれ鎮圧される。
これまでの召喚は、さらなる大物を呼び出すためのテスト行為に過ぎないことを。
「・・・ルシファーやシェムハザほどの堕天使を呼び出せれば京都はおろかこの国を制圧することも可能なはずです」
真由の言う通りだ、二人とも堕天使ではあるが悪魔をも率いる立場の存在、そんな連中が呼び出されれば日本はどうなる?
「とにかくすぐに三津島に会おう、今ならまだ間に合うかもしれない」
「・・・ついに見つけましたよ?」
ゆらっと迎賓館のロビーに褐色の肌の女剣士が現れた。
「貴方がサナトですね?、私は反乱軍兵士のハルワタート」
刀を引き抜き、ハルワタートは正面に構える。
「我が姉クシャスラの仇、この場でとらせていただきますよ?」
床を蹴り、遮那に突如斬りかかるハルワタート。
「遮那さまっ!」
「慌てるな」
手斧を構え、遮那はハルワタートの一撃を刃で阻む。
「クシャスラは生きている、こちらで捕らえてはいるが・・・」
「世迷言をっ!、姉を殺したばかりかそんな見え透いた嘘までっ!」
聞く耳は持たないようだ、ハルワタートは素早い連撃を遮那にかける。
「落ち着けっ!、クシャスラは生きている、我々が戦う必要はないはずだっ!」
「姉の仇っ!、私があの世に送ってさしてあげますっ!」
完全に遮那がクシャスラを殺したと思い込んでいる。
「はあっ!」
突如真由は遮那と切り結んでいたハルワタートに当身を食らわせ、壁際に弾き飛ばした。
「真由っ!」
「遮那さま、ここは私に任せて先へ向かって下さい」
腰に下げていた小太刀を引き抜き、真由はハルワタートを睨みつける。
「・・・わかった、無理はするなよ?」
ハルワタートが起き上がろうとしている隙に、遮那は迎賓館の廊下を走り抜けた。
「さて、用意は良いですか?」
真由は小太刀の切っ先をハルワタートに向ける。
「よくもやってくれましたね、サナトを逃して、貴女もただじゃおきませんよ?」
やれやれ、と真由は肩を竦めた。
「遮那さまが情報を得るためにクシャスラさんと戦ったのは事実です、ですが遮那さまはお優しい方、命まではとらないはずですよ?」
「信じられるわけありませんっ!、神の手先が魔物側の人間を生かしているなど」
神の手先?、ハルワタートは何を言っているのだろうか?
その言葉に迷う真由に対して、ハルワタートは曲刀でもって素早く斬りかかってきた。
「っ!、迷う暇はありませんね」
雄叫びとともに真由は地を蹴りハルワタートの一撃をかわすと、今度は天井を蹴り急降下しながら斬りかかる。
「なっ!」
今まで戦ったことのないタイプの剣術の使い手、ハルワタートの顔に死相が滲む。
ハルワタートは攻撃を曲刀で阻んだが、続いて真由は腕をバネのようにして横に下がり、壁を蹴り、地を蹴り、後ろから斬りかかった。
まるで空間そのものを相手にしている、ハルワタートがそう感じた時には、真由の一撃をまともに喰らい、地に倒れていた。
「つ、強い・・・」
身体が痺れ、立ち上がることが出来ない、真由とハルワタートの実力は、それこそ天と地ほどにもあった。
「さあ、と、トドメを、私はもううごけません、よ?」
真由の当身はかなり強烈だったため、ハルワタートは何度か咳き込みながら身体を横たえた。
「命まで奪うつもりはありません、死にたいなら勝手にどうぞ?」
「な、何故?」
「私も遮那さまも神の手先とやらではありません、魔物側の人間も生きる意味があるならば、殺すべきではありません」
小太刀を納め、真由は微笑んだ。
完全に負けた、真由ですらこのような人物ならば、サナトには手も足も出なかったのではないか?
サナト、神にも三津島にも正義がないならば、彼とともに歩むのも、悪くはない。
ハルワタートはそんなことを考えながら、気を失っていた。
「・・・急ぎますか」
先には遮那がいる、真由は急いで廊下を走り抜けていった。
「この娘、とても純粋な魂を持っているわね」
「私の従者に、相応しいかもしれないわ」
16/08/11 19:57更新 / 水無月花鏡
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