第五話「妖精」
牢屋から一歩外に出ると、そこは無人の廊下だった。
「見つかれば些か厄介ですね・・・」
牢屋の前の廊下は比較的明るいが、その先は暗がりのようで、こちらからは様子を見ることはできない。
真由に対して遮那は頷く。
「ああ、なるべく目立たないようにしたいが・・・」
廊下には窓がたくさんあるものの、いずれも鉄格子が嵌められ、外に逃げることは出来なさそうだ。
「そっちはどうだ?」
遮那は牢屋の通気口を調べていたミスラに声をかける、天井から降りると彼は首を振るった。
「ダメだね、とても人間が入れるような隙間はなさそうだよ?」
とするならば、やはり正面切って出口を探さねばならないというわけか。
何やら怪しい気配に、遮那は拳銃を近くの扉に向けた。
「遮那さま?」
「・・・何やら音が聞こえた」
ゆっくりと遮那は拳銃を構えながら扉に近づくと、入室とともに銃口を向けた。
「ひっ!」
そこにいたのは、幼い褐色の肌の少女だった。
「・・・お前」
だがその少女、耳は尖り、どことなく人間離れした印象を周りに与えていた。
「人間では、なさそうですね」
真由もまた警戒しながら、部屋の中に押し入る。
「君は、誰だ?、私は、サナトと言う」
「わたし?、わたしはナジャ、おねえさまと一緒だったんだけど・・・」
ナジャと名乗る少女は、じっと遮那を見つめ、その次に真由を見た。
「・・・ふうん」
「ナジャとやら、君はこの建物の出口がどこか知らないか?」
遮那の問いかけに、ナジャはすぐさま頷いた。
「知ってるよ?、でも扉は開かないの、どこかで鍵がかけられてると思うよ」
そうか、そこまで読んでいなかったが、当然逃さないように施設自体も施錠してあるのか。
「サナトは外に出たいの?、ならわたしからおねえさまに頼んであげる」
よくわからないが、ナジャの姉がここの責任者なのか。
ありがたい、なんとかなりそうだ。
「その代わり、わたしを連れていってくれない?」
いきなりの条件だが、鍵を開けるためにはナジャの姉と会わねばならない、ここは連れて行くしかない。
「遮那さま、一寸・・・」
ナジャに聞こえないような小声で、真由は遮那に話しかける。
「(正気ですか?、あの娘は明らかに人間ではありませんよ?)」
「(わかっている、しかしここから逃げるには彼女の条件を飲むほかない、それにいきなり襲っては来ないだろう)」
「(また遮那さまはそんな理想論を、わかりました、ですがしっかり手綱を握って下さいね?)」
遮那は頷くと、ナジャに右手を差し出した。
「わかった、君を連れて行く、これからよろしく頼む」
「やった、よろしくねサナト、おねえさまがいるのはこっち」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
ナジャとともに廊下を歩く遮那、真由とミスラはその後ろから付き従う。
何故かよくわからないが、ナジャは遮那の右手をつかんでおり、それを見て面白くなさそうに真由は顔をしかめた。
「・・・あの娘、些か遮那さまに馴れ馴れし過ぎですね」
「嫉妬かい?」
間髪入れずにミスラの放った一言に、真由は耳まで赤くなってしまった。
「なっ、何を馬鹿な・・・」
「どうした?」
足を止め、真由の方を見る遮那、ナジャもまたじっと二人を見つめている。
「い、いえ、何でもありません」
ミスラは真由とナジャを代わる代わる見ていたが、やがて肩をすくめた。
「本当に兄貴は・・・」
「・・・遮那、ここがおねえさまの部屋だよ?」
廊下の角にある部屋を指差しナジャ、彼女は遮那の手を離すと、すばやくその部屋に入っていった。
「・・・行こう」
一言つぶやくと、遮那はゆっくりと開いたままの扉の中へと入った。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
「さあさあ、未婚のフェアリーたち、素敵な旦那様が待ってますよ〜、移住するなら今ですよ〜」
部屋の奥には怪しげな機械があり、その前でこちらに背を向けるような形でプラチナブロンドの美少女が何やら儀式を執り行っていた。
「おねえさま、アムルタートおねえさま」
ナジャの声に、アムルタートと呼ばれた美少女はようやく振り向いた。
「ナジャ?、それに・・・」
じっとアムルタートは遮那を見つめた。
「えっと、どちらさま?」
「サナトだよ、この人はサナトって言うんだ」
サナト、サナト、としばらくアムルタートは繰り返していたが、やがて頷いた。
「牢屋から出たのですね、悪い子・・・」
悪い子、と言う割にはアムルタートは何やら嬉しそうだ。
「ここだと他の娘に聞かれるかもしれないから、外に行きましょう」
アムルタートに連れられる形で遮那たちは廊下に出る。
「それで、サナトさんはどうしたいのですか?」
すぐさま遮那は頷く。
「外に出て三津島一佐を止める、さもなくばいらぬ混乱を京都に齎す結果になりかねない」
「あー、なるほど、やっぱりそうですよね・・・」
アムルタートは美しい髪をかきあげると、開いたままの扉をちらっと見た。
「ミツシマが私を召喚した時に、『協力する代わりにフェアリーの旦那様を見つけるよう』にって条件だったのですよ」
よくわからないが、まさかそれで軍医以外の人間も攫っていたのか?
「だからって、たくさんの人を泣かせても良いわけが、ありませんよね?」
アムルタート自身は本来善良な人柄なのだろう、無理矢理拉致監禁することには前から良く思っていなかったのかもしれない。
「わかりましたわ、フェアリークイーン、ティターニアのアムルタート、貴方に協力致します」
今後ともよろしく、そうアムルタートは続けると、指を鳴らした。
「とりあえずこの施設の鍵は開いたから外に出られるはず」
アムルタートの言葉に遮那は軽く頷いた。
「そうか、それじゃあすぐに三津島一佐を止めに・・・ん?」
気づくとミスラがどこかに行っていた。
「ミスラ?」
遮那が声をかけるが、返答はない。
「・・・もしや」
すぐに先ほどアムルタートがいた部屋にかけこむ遮那、思った通り、ミスラは怪しげな機械に触るところだった。
「よせっ!、ミスラっ!」
「・・・へっ?!」
『転送装置、起動します』
瞬間光が走り、ミスラは一瞬にしてその場から消滅した。
「み、ミスラっ!」
慌てて装置に近づこうとする遮那だが、後ろから真由が抱き止めた。
「落ち着いてください遮那さま、このまま触れば遮那さままで消えかねませんよ?」
軽く頷くと、アムルタートは装置を調べた。
「・・・停止していますわね、どこへ行ったのかはこれじゃわかりません」
何度かアムルタートは装置を弄ってみたが、やはり動く気配はない。
「ダメみたいですね、元々これはこちらの世界の機械だし、私にはどうにも出来なさそうですわ」
「じーっ」
しっかりと遮那を抱きしめる真由を黙って見つめるナジャ。
視線に気づき、慌てて真由は遮那を離したが、ナジャは機嫌が悪そうだ。
「ふん、わたしだっておねえさまくらいになればサナトはきっと・・・」
何やら呟いたようだが、その声は誰にも聞こえなかった。
「それで、ミスラは?」
心配そうな遮那の言葉に、アムルタートは黙って頭を振るった。
「わかりませんわね、この地上のどこかにはいるはずだけれど・・・」
探すことはどうやら出来ないようだ、一体ミスラはどこに行ってしまったのか。
「突入っ!」
いきなり声が聞こえ、部屋にたくさんの人間が押し入ってきた。
「君たちっ!、反乱軍の人たちだね?、神妙にしなさいっ!」
サブマシンガンを遮那たちに向ける屈強な男たちに、先頭には緑の髪の少女。
少女は、周りの人間同様に防護服を身につけているが、白百合が刺繍された青いマントを羽織っており、高貴な印象を与えていた。
「・・・あれ?、君、反乱軍、だよね?」
遮那、真由、と明らかに一般人にしか見えない人間を見て、少女は困ったように顔を赤らめた。
「・・・ここにはもう反乱軍とやらはいない」
遮那の言葉に、真由はちらっとアムルタートとナジャを見たが、結局何も言わなかった。
「もしかして、君たちがおっぱらったの?」
少女の問いかけに、遮那は何も答えなかったが、どうやら肯定と見たようだ。
「ボクはジブリル、救世主神教団の信徒で今はレジスタンスのリーダー、君の名前は?」
「・・・私は、サナト、今はそう呼ばれている」
16/08/03 21:50更新 / 水無月花鏡
戻る
次へ