第四話「暗転」
隣の家に行くと、診療所はかなり荒らされ、どこにも人の姿はなかった。
「これは、どうなっている?」
書類が散乱している玄関から慎重に上がり、周りを確認してから先へと進む。
まずは診療所の待合室を調べてみるが、そこには誰もおらず、花瓶の破片や絵本、椅子から飛び出した綿が散らばっていた。
「・・・真由やおじさんは、無事なのか?」
手斧を握りしめ、今度は診察室を覗いてみる。
普段なら真由の父親はそこにいるはずなのだが、やはり誰もいない。
地面にはカルテが散らばり、机にあったものは引き出しの中身も含めて例外なく床に落ちている。
「・・・ん?」
床に落ちているカルテに混じって、何やら無骨なデザインの何かを見つけた。
「・・・銃か」
黒い光沢に、ずしりとした重み、間違いなく本物の拳銃だろう。
「何故、こんなものがここに・・・」
いや、今は考えている場合ではない、遮那は診察室の奥の扉を開いて、真由たちの居住スペースに足を踏み入れた。
廊下の突き当たりの部屋が真由の部屋だ、扉を開こうとして、遮那は不吉なことに気づいた。
「鍵が・・・」
真由の部屋の鍵が、何者かの手により押し破られていたのだ。
これはつまり中で誰かが籠城していた時に、鍵を破壊されたことになる。
「真由っ!」
慌てて遮那が部屋に押し入ると、またしても不吉なものを見つけてしまった。
窓が全開まで開かれ、その桟に真っ赤な血がついていたのだ。
「真由っ!」
窓の外を見ても誰もいない、この部屋に籠城していたものは窓から逃げたらしい。
「誰がこんなことを・・・」
そんな遮那の後ろでゆっくりと扉が開いた。
「動くなっ!、武器を捨てろっ!」
彼の後ろにいたのは東洋風の浅黒い肌の女兵士、アサルトライフルを遮那に向けている。
「従うと思うか?」
遮那は振り向くとともに手斧を投擲した。
「なっ!」
まさか抵抗するとは思わなかったのか、手斧を避けようとして女兵士の身体がぐらつく。
「ふんっ!」
その隙に遮那は女兵士を素早く廊下に押し倒すと、後手に馬乗りになりながら後頭部に拳銃を突きつけた。
「少しでも動くと撃つ、おとなしくして貰おうか」
「貴様は・・・」
女兵士であることは幸運だったかもしれない、もし屈強な兵士ならば押し倒されていたのは間違いなく遮那だろう。
「ここで何をしている?、ここにいた者は何処に行った?」
「み、三津島一佐の命令だ、一人でも軍医を連れ出し、戦力の補強をしろとな」
軍医だと?、ならばおじさんも真由も三津島に攫われたというのか。
「関係ない者まで攫って何を考えている?」
「現在三津島一佐は人材を求めている、人間は一人でも多く捕らえて協力してもらう」
協力という言葉に遮那は禍々しいものを感じた、恐らくは協力的でない人間は殺されるか洗脳まがいのことをされるのではないか?
「三津島はどこにいる?」
「京都御所だ、しかし貴様ごときにはそこまで行くことは出来ない」
当たり前だ、軍事クーデターを起こすような人物、用意周到に防護線を張っているはず。
「三津島一佐はこの国を守るために挙兵されたのだ、もう止めらない」
遮那は拳銃の柄で女兵士の首筋を殴り昏倒させると、彼女を背負い、自宅に戻った。
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「おっかえりサナト、って、その人誰?」
玄関まで出迎えてくれたウォフ・マナフだが、いきなりの展開に目を白黒させている。
無理もない、家主が女を連れて帰ってきたかと思ったら、いきなり服を脱がせたからだ。
「なになにサナト、そういう娘がタイプだったりするの?」
「・・・そんなわけあるか、変なものがないか点検しているだけだ」
上着を調べ終わると、遮那は女兵士の服を戻すと、柱に縛り上げた。
「よし、発信機の類はないな?」
現在女兵士は気絶している、遮那は洗面器に水を汲むと、盛大に顔にぶつけた。
「・・・ぷはっ!、げほ、げほっ!」
慌てて飛び起きる女兵士、遮那は明らかに機嫌悪そうに女兵士に拳銃を向ける。
「よくもおじさんだけでなく、関係ない真由まで攫ってくれたな、私の真由に危害を加えるなぞ万死に値する」
「し、死はとうに覚悟している、この身は三津島一佐とともに、殺すなら殺すが良い・・・」
はあ、とため息をつくと遮那は拳銃を構えたまま、鋭い瞳で女兵士を見据える。
「どんなご大層なお題目を唱えたとしても、結局市井の民を蔑ろにするならば、そこに正義はないのではないか?」
遮那の言葉に、ハッとしたように女兵士は顔を上げた。
なんのための挙兵かは知らない、しかし結局真由や他の人たちの日常を侵し、勝手な理屈で攫う。
それは正義とはいえないのではないか?
遮那は拳銃を下ろすと、ウォフ・マナフをちらっと見た。
「サナト、その娘殺すの?」
「いや、殺しはしない」
遮那の言葉に意外そうに女兵士は目を見開いた。
「君の名前を聞いておこう」
「・・・クシャスラだ、私はクシャスラと言う、貴様はサナト、で良いのか?」
否定するのも面倒だ、遮那は黙って頷いた。
「私を殺さないのか?、想い人を奪う片棒を担いだのだぞ?」
「殺しはしないが、代わりに真由を助ける手伝いをしてもらう」
遮那は黙ってロープを解くと、クシャスラを椅子に座らせた。
「誰か協力者がいれば京都御所にも入れる、違うか?」
「それはそうだが、私は貴様に協力するつもりなぞ毛頭ないぞ?」
黙って遮那は拳銃を腰に仕舞うと、手斧をクシャスラに向けた。
「私は君の命を助けた、恩義を感じないならそれまでだ、しかし・・・」
遮那にとっては大切な友である真由に危害を加えようとする者は、百回殺害したとしても足りないと考えている。
だがクシャスラは命令に従ったのみ、真に敵対するのは三津島であるはずだ。
「一度ゆっくり、何が自分にとっての正義なのかをよくよく考えて欲しい」
良い返事を期待している、そう続けると遮那はウォフ・マナフに監視を頼み外に出た。
食料を調達すべく、街を歩く遮那、しばらく歩くと、何者かに肩を叩かれた。
「お前が遮那だな?」
肯定も否定もする間もなく、遮那は何かの薬品を嗅がされ、意識を刈り取られた。
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気づくと遮那は牢屋の中にいた。
「・・・誰かに捕まったか」
当たり前だが手斧も拳銃もとられている、これでは外に出てもどうにもならない。
「遮那さま?」
見知った声に隙間から向かいの牢屋を覗くと、そこには真由がいた。
「真由っ!、ここに捕まっていたのか」
何やら鼻が赤いが、もしかしたら窓から逃げるはずみで鼻をぶつけたのかもしれない。
「はい、途中までは逃げられたのですが、結局・・・」
「おじさんは?、一緒ではなかったのか?」
遮那の問いに、真由は表情を暗くした。
「わかりません、私と診療所にいた方々はこの牢屋にいるのですが・・・」
医師は別のところに連れて行かれたか、何処にいるかは不明だがこの牢屋にいないことだけはわかった。
とにかくまずは、なんとか抜け出さねばならない、どうしたものか。
「っ!、遮那さま、誰か来たようです」
慌てて遮那は牢屋内で寝たフリをして、地べたに横たわった。
「ちっ!、もう牢屋がいっぱいか」
警邏は何か言うと、何たる幸運、遮那のいる牢屋の鍵を開き、肩に背負っていた少年を投獄しようとした。
「今だっ!」
瞬間遮那は隙をついて警邏に飛びかかると、腰についていた警棒を奪い、足を払って地面に倒した。
「んなあっ!」
「眠っていろっ!」
続いて遮那が警棒で両眼の間を鋭く突くと、警邏はやっと動かなくなった。
「相変わらずですね遮那さま、手加減したようですね?」
警邏の持っていた鍵で牢屋を片っ端から開くと、中にいた人が次々出てくる。
「す、凄い・・・」
ふと視線を移すと、先ほど投獄された少年がこちらを見ていた。
どこかで見たことがあるような気がする、そんな黒髪、ウルフカットの美少年だ。
明らかに憧憬か、恋慕のような瞳で遮那のことを見つめている。
「ね、ねえ、君のこと、兄貴と呼んでも良い?」
少年はこちらに近づくとそんなことを遮那に言った。
「別に構わない、さ、早く逃げろ」
「兄貴と一緒にいる」
ぎゅっと遮那の腰に抱きつく美少年、何やらいい匂いがして遮那は慌てて首を振るった。
「遮那さま、連れて行く他ないのではないでしょうか?」
しばらく遮那は考えていたが、やがて口を開いた。
「好きにしろ、私はもう知らん」
「やたっ、兄貴大好き、僕はミスラ、今後ともよろしく」
なし崩し的によくわからないことになってしまったが、とにかく先へ進もう。
遮那は牢獄の入口にあった押収品の中から自分の手斧と拳銃を出すと、身につけた。
続いて倒れたままの警邏から拳銃を奪うと、拳銃はミスラに、警棒は真由に持たせ、警邏を牢屋に放り込み、鍵をしめた。
「さて、鬼がでるか蛇が出るか」
遮那は二人を連れて、牢屋の外へと足を踏み出した。
16/07/31 21:38更新 / 水無月花鏡
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