第三話「魔人」
遮那の家にたどりつくと、もう夜の七時だった。
ゆっくりと遮那が少女をソファに下ろすとともに、真由が再び脈を測る。
「・・・脈は落ち着いていますね、しかし意識が戻らないのが心配です」
遮那は真由の言葉に軽く頷くと、テレビをつけてみた。
「・・・ガス爆発?」
ローカルテレビのニュースでは、新京極一帯でガス爆発があり、封鎖している旨を伝えていた。
記者会見をしているのは新京極付近にある大使館のミカ、弱冠二十歳で祖国の大使になった超才女だ。
「おかしいですね、たしか殺人犯が逃げているという話しでしたが・・・」
遮那は玄関にまで行くと、投函されていた新聞を見てみた。
「・・・こちらもガス爆発、どういうことだ?」
「・・・遮那さま、もしかして政府は本来ガス爆発ということで新京極一帯を封鎖したのでは?」
真由の言葉に、遮那は黙って考え込んだ。
「殺人事件、というのはあくまで噂、真相はガス爆発なのか?」
否、ガス爆発というのも今更信憑性がない、殺人事件でもガス爆発でもない何らかの事情があるはずだ。
「真由、これはあくまで私の勘だが、真相はガス爆発よりも、むしろ殺人事件のほうが近いと思う」
河原町で何らかの事件、殺人事件じみた何かが起こり、封鎖された、そう言うことではないかと遮那は結論付けた。
「もしそうなら、重武装の兵士が出てくるような何ごとかが河原町で起きたことになりますね」
その通りだ、しかしそれが何なのかがさっぱりわからない。
「わからないことだらけだな、封鎖のことも、この少女のことも・・・」
じっと少女を見ていて、ようやく遮那は、どこで会ったのかを思い出した。
「・・・そうか、彼女は、『ウォフ・マナフ』か」
あの不思議な夢に出てきた少女だ、だが今目の前に横たわる少女には、角も翼も生えてはいない。
「遮那さま?、この女の子は、『ウォフ・マナフ』なのですか?」
真由も気づいたようだ、しばらく目を細め、少女を見つめる。
しばらくして玄関でインターフォンが鳴った。
「・・・私が出る」
ゆっくりと遮那は玄関に足を運び、扉を開いた。
「おお遮那くん、遅くなって悪かったね?」
そこに立っていたのは隣の開業医で、真由の父親でもある男だった。
「申し訳ありません、わざわざ・・・」
「なに、構わんよ、それで患者は?」
素早く遮那は茶の間に案内すると、未だ眠り続けているウォフ・マナフの近くに座った。
「ふむ、少し見てみようか・・・」
医師は少女の血を抜き、軽く脈を診て首を傾げた。
「意識が戻らないのは体力を消耗したためだ、眠ればいずれ戻る、身体の傷はあらかた快方に向かっているようだ、しかし・・・」
少し医師は、悩んだが、やがて口を開くことにしたようだ。
「彼女の血液は人間のものに極めて近いが、微妙に異なる」
「どういうことですか?」
遮那の問いに、医師は困ったように笑った。
「私にもよくわからない、確かに彼女は人間に近いが、微妙に違う、おそらく君の血を輸血しても問題はない、だが、何かが違うのだ」
夢の中でウォフ・マナフは人間離れした姿をしていたが、もしや・・・。
「まあ、命に別状はなさそうだから、いずれは目がさめるだろう」
器具を片付けると、医師は黙ってウォフ・マナフを見ていた真由の肩を叩いた。
「さっ、今日はもう遅い、帰るぞ?」
「はいお父様、それでは遮那さま、また・・・」
遮那は二人を外まで送ると、しっかり施錠して茶の間にもどった。
ふと、遮那は鏡を見ていて不思議な違和感に気づいた。
その違和感の正体を探ろうと鏡を見つめていると、突如鏡の中の遮那の全身に紺色の紋様が現れた。
驚く遮那の前で、鏡の中の遮那は金色に変質した瞳でこちらを見てくる。
『お前は、私になる・・・』
不吉な予言の声、気づくと遮那もまた、鏡のなかの遮那同様、身体中に紺色の紋様が浮かんでいた。
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「・・・妙な、夢だ」
どうやら茶の間のテーブルに突っ伏してうたた寝をしてしまっていたらしい。
気づけば時刻は夜の十一時だ、かなりよく眠っていたらしい、
テレビが付けっ放しだったようだ、なんとなく視線を移すと、救世主神教団がなにやら宣伝していた。
内容は神は常に人間を見ている、魔物の誘惑に乗らず理想社会を建国しよう等、様々な内容である。
「聖書の中で一番人間を滅ぼしているのは、実は天使なのだが、その辺りどう感じているのか聞いてみたいものだ・・・」
「そうそう、やっぱり魔物が一番よね?」
聞こえるはずのない相槌が聞こえてきたため、遮那は飛び上がった。
「はろはろ『サナト』、貴方が助けてくれたのよね?」
茶の間のソファに、意識を取り戻したウォフ・マナフがいた。
「・・・サナト?」
「あれ?、違った?、貴方の名前はサナトじゃなかったかしら?」
無論違う、彼の名前は遮那(しゃな)、たしかにサナトという発音そのものはよく似ている気がするが。
おそらく意識がない中、なんとなく聞こえた名前をそれらしく認識したのだろう。
「君の名前は、ウォフ・マナフで良いのかな?」
遮那の言葉に、少女は頷いてみせた。
「うん、私はウォフ・マナフ、産まれも育ちも王魔界の、可愛いサキュバスだよ?」
サキュバス、そう遮那が口を開くよりも前に、ウォフ・マナフは頭からねじくれた角を生やし、蝙蝠のような翼を広げた。
その姿は、まさしくあの夢の中のウォフ・マナフそのものだった。
「聞きたいことがある、良いかな?」
「うん、サナトの質問にならなんでも答えるわよ?」
取り敢えず身の上から聞いておこう、彼女は何者なのだろうか?
「さっき言ったじゃん、私はウォフ・マナフ、王魔界出身のサキュバスだよ?」
「そのサキュバス、と言うのは伝承に出てくるような存在で間違い無いのか?」
明らかに身体の一部として生えている角に翼、信じらないことではあるが、事実らしい。
王魔界、詳細は不明だがサキュバス、少なくともウォフ・マナフの住んでいた場所という認識で間違いはなさそうだ。
「うん、だけど変な儀式で呼び出されて、気づいたら河原、それで変な人たちに撃たれちゃって」
なるほど、ようやく真相が見えてきた。
何者かがウォフ・マナフを呼び出し、それを察知した連中が新京極を封鎖したのだ。
だが、そんな真似が出来るとは相当に社会的地位の高いものが影にいなければ不可能だろう。
そして、何者かは不明だが、その人物はサキュバスの存在を知り、なおかつ重武装の兵士を派遣できる人物だ。
「サナト?、どうかした?」
あまりに難しい顔をしていたのか、ウォフ・マナフは遮那のほうを見つめていた。
「いや、何でもない、とにかく私は君を警察に突き出すつもりはない、ほとぼりが冷めるまで隠れていたら良い」
「ありがと、でもバレたらサナトも危ないじゃないの?」
まあ、確かにその通りではあるが、新京極の路地裏で彼女を拾った段階である程度の覚悟は出来ている。
「君は気にしなくても良い、明日は王魔界とやらに君を送還する方法を探ってみるつもりだ」
とにかくまずは体力を温存するようにしなければならない、今日は休むことにしよう。
遮那は自室に入ると、布団に潜り込み、長い眠りについた。
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どこだろうか?、またしても遮那は不思議な空間を歩いている。
『サナトよ、秩序の中産まれながら、混沌の種子を宿した者よ、私の声を聞け』
最初の夢で聞こえた不思議な声に、遮那は足を止めた。
『私は『玉座に侍る者』にして、『小主神』、君に頼みがある」
しばらく遮那が黙り込んでいると、声は肯定と見たのか、再び話し始めた。
『秩序と混沌のバランスが崩れようとしている、過ぎたる秩序により混沌を迎えれば、やがては崩壊を招き、世界は炎に包まれる』
なんの話しをしているのか、遮那にはさっぱりわからなかったが、不穏なことが起こるというのはなんとなくわかった。
『変化は明日より始まる、もし汝が人間の未来を望むならば、秩序にも混沌にも惑わされずに、人の道を行け、さすれば答えは見えてくるはず』
「貴方は一体・・・」
遮那は声に対して質問をしようとしたが、どこからかベルの音がして、無理矢理眠りから呼び覚まされた。
『『明けの明星』、『四大天使』、いずれにも注意せよ』
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「・・・ふう」
夢から覚めると、遮那はゆっくりベッドから立ち上がり背伸びをした。
「『明けの明星』、『四大天使』、か・・・」
扉を開いて茶の間に向かう遮那、すでにウォフ・マナフは起きており、テレビを調べていた。
「おはよう、つけたいならリモコンはここだ」
突然のことにびくりとしたウォフ・マナフを捨て置き、遮那はテレビのスイッチを入れた。
「・・・むっ!」
テレビをつけると、緊急記者会見が開かれていた。
『・・・から、三津島一等陸佐は京都下京区、中京区、上京区を占拠、事実上のクーデターを起こしました』
記者会見には大使館のミカが写っていたが、その次の言葉に遮那は我が耳を疑った
『以上のことから、当国は京都に軍隊を派遣することとします』
「馬鹿な、軍事クーデターだと?」
あまりのことに遮那は頭がついていけていない、夢で聞いた変化とはこのこと、いやそれ以上に。
他国による軍事介入だと?、そんな無法行為がまかり通って良いのか。
「・・・真由と相談、だな」
16/07/28 21:54更新 / 水無月花鏡
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