連載小説
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吹雪
 豪族、高次屋一族が代々治めてきた妙浜城の城下町である妙浜町を出発して二日目、鉱山として半世紀前は有名だった高時山の麓を通った辺りでちらほらと降り始めた雪は、一刻もしないうちに吹雪に変わってしまった。

 妙浜の宿で聞いた話ではあと十日ほど初雪が降り始めるまである、といった話であったのにその話は見事に外れる結果となった。
 
 もしも隣町に病人がいて、その病人のための薬を運ぶ旅、というならば話は違うのだろうが、俺は一人旅であるし、その日その日の根なし草、そのため急ぐ必要もなく、常人にとっては吹雪とは恐ろしい、死に至る物であるため隣町に無理をしてでも急ぐ必要があったが、何の因果か俺にはそれが通じないために急ぐ必要は全くなかった。
 
 しかし、そんなことを考えていたが雪が膝まで埋まるとさすがに動きずらく、もともとあまり雪が降らない場所でこの季節は旅をしていたため、こうも雪が恐ろしいものだとは思いもしなかった。
 
 はっきり言おう、雪をなめていた。
 
 …………まぁ雪に埋もれても死ぬことのないから別になめても構わないのだが、狼が恐ろしい、もしも仮に狼にでも襲われでもしたら肉体がなくなる、そうなればひとたまりもない、そう考えると恐ろしく、知らず知らずのうちに肩に担いだ『灯筒』を握る手に力がこもった
 
 なので、目で道を見て、雪で分かりづらくなってしまった道を踏み外さないように気をつけ、あとの神経をすべて耳に集中させる。
 
 一度野犬の群れに襲われたことがあるが、あのときに同行させてもらった商人の護衛仲間に教えてもらった方法で夏ならば鼻に、冬ならば耳に意識を集中させれば獣の襲撃がほんの少しだけ分かりやすくなる、ということで実際にその通りであったが、まぁあのとき教えてた当人は野犬に噛み殺させたのだが、それはそれだろう
 
 しかし、実際耳を傾けても聞こえてくる物は何もない、いや、しんしんと降り続く雪の積もる音は無音とは程遠い世界をつくっている
 
 美しい世界だな、そう素直に思った
 
 そんな時に、雪の中から僅かに銃声が聞こえたのは偶然であった。
 
 (六生(ロクショウ)行くか?)
 
 頷く、そして駆け出した。
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 山中、具体的に述べるのなら森の中、吹雪の中を4人の者たちが何か、白いものを追っている。
 白いもの、といったが別にウサギなどの小動物ではなく、人間の姿をした白いものを追っている。
 
 人間の姿、そう表現するのが適切なのかもしれない。
 なぜここで人間と表現しないのか、それは追う者たちが追っているものが、人間の形をしているのに人間の特徴を備えていないのでここでは人間の姿をしたものという表現にしてある。
 
 その追われている人間の姿―女の姿で女物の服を着たものの髪はまるで辺りに天から降り注ぐ雪のように白かった。
 そして、その腰まで髪も雪と同じ白髪、顔たちは若い女であったが、白髪ということはありえない、といったことはないだろう。しかし、肌の色はまるで雪解けの川の水のように肌が青白かった。まるで生気といったものが感じることはない、そんな顔色であった。
 
 そして雪の中をかけているのだが、まるで春の草原を駆けているのかのように足取りは軽く、追跡者たちをわずかに離す。吹雪の中を走っているというのに、雪に足を取られることもなく走る。荒れ狂う吹雪の中を、春に街中をあるくような格好で、冬山の中を駆けている。こんな恰好で冬山にいれば、動くよりも早く凍え死ぬ。そんな恰好で女は駆けていた。とても人とは思えない光景であった。
 
 いや、人ではない
 
 もしも、この光景を見ていた山を商売とする猟師がいたらそう話すであろう。
 
 あの女は、人とは違う、天地が作り出した存在―俗に言う、妖怪というやつで、この場合は雪女という種類であった。
 これで幾つか納得できる部分も出てくるだろう、だが、異常なのは雪女の方ではないのである。
 
 雪女を追う集団、追う方が異様なのである。
 
 4人とも少しばかりの差異はあったが、色が抜け落ち、本来は黒であったろう生地は灰色となってしまった冬期合戦ようの軍服を纏っていて、完全装備であったが、本来銃を握るはずの手には脇差、西洋槍(アックス)、軍刀、太刀、野太刀…皆装備が違い、そして接近戦の武器ばかり、なによりも、その刃には布のようなものが巻かれ、決して本来の威力を発揮することはできないことは明らかであった。
 
 足には冬季用の西洋靴を履いていたが、その靴に一枚の札が張られ、それが薄い光を放っていた。
 
 そして、雪はますます強くなるのに彼らは女を追う足の速度は落とさない。

 この雪の中を走ることは、仮に猟師としても盗賊としても雪の中を走る、というは自殺行為そのものであった。
 もしも、何度も同じ雪山の中を散策したということがあるのならば、恐ろしい行為であるのには違いないが、幾分脅威は違うのだが、今降っている雪、ふぶいている吹雪はこの地方で、冬となって初めてのもの、つまり、まだ山は雪というものによって作り変えられている最中であるのだ。一刻ほどで、同じ道のはずが全く違う道となることなど多々ある。それも整備などされていないけもの道ではなおさらである。

 それに、彼らはロープなどの装備はなく、また軍服は厚い防寒装備であったが、服の厚みから野営などの準備はしていないことは明らか、足の速度を上げるため、リュックの類を背負ったものもいない、これでは帰り道が分からなくなったとき、彼らを待つのは死のみであるのは、多少冬の山などを知る者にとって明らかであった。

 しかし、彼らは駆けていく、まるで死など恐れないかといった風に、駆けて行った。
 
 半刻ほど時間が経ったであろうか、木々が所々に生えるようになり、更に開けた場所にでる、と、4人全員は立ち止まった。
 
 雪女は、後ろを気にしながら駆けていたが、4人が立ち止まったことに気がつき、諦めたのかと一瞬思った。
 
 雪女は、僅かばかりの安堵を得た、自分を追う者たちが諦めてくれたことに僅かばかり、ほんの僅かばかり気を緩めてしまった。そして、それは駆ける速度を緩めたことにつながる。
 
 そして、直後、追われる者、雪女の視界は地に伏せる、否、足に力が入らず、雪に顔から突っ込んだ
 
 ターン
 
 少しばかり遅れて、吹雪の中に乾いた音が響く
 
 その人の形をした者が手で上半身だけを起こし、自分の足を見ると、着ている白い着物の左太ももの辺りが真っ赤に染まっていた。
 
 雪女は、しばらくの間、少しでも逃げようとしたのか、羽をむしられた羽虫のように、腕の力のみで雪の上を這って逃げるが、先ほどの速さは無く、それどころか余計に腿の傷を広げ、白い雪がべったりと赤い血でそまる。
 
 そして、一尺も動いたところで、動きは止まった。
 
 雪の上に伏している女に先ほど追っていた者たちもすぐに追い付くのに、そう時間はかからなかった。
 
 雪女は荒い呼吸をしながら、黙ってその者たちを睨みつけた。といってもその4人の者たちには女が倒れているとしか分からなかったが
 
 そして理解する。
 
 自分は嵌められたのだ、と
 
 簡単な話だ。最初から、この者たちはここを目的に自分を追い込んだのだ。そしてこの場所から見える何処かから銃を持った者が自分を狙っていたのだ、と理解した。
 
 なんたる間抜けか、こんな初歩的な罠にかかるとは、そう思うと、僅かに愉快な気分になる。雪女は口角を上げ、笑みをつくった。血を流しすぎたらしく、それで精一杯であった。
 
 一人、手に野太刀(ここでは三尺以上の太刀を差す)をもった者が懐から、一枚の紙を取り出し、近くにいた脇差を持っていた者にその紙を渡した。
 
 右手で脇差をも持ち、左手に渡された紙をもつ者―冬季装備ということもあり、体全体が二回りほど大柄になっているが、本来は小柄、大方女か子供―は、その女に近づく。恐ろしいのか、そろり、そろりと一歩ずつ近づく
 
 雪女は黙って近づく者に視線を移す。
 
 だが、雪を強めることも、しない。ただ口にわずかな笑みを浮かべ、目で近づく者を睨むだけである。
 
 そして、脇差を持った者の足元に雪女が転がっている位置まで歩くと、左手に持っていた紙を落とす。その紙は風が強く吹いているというのに、無風の中を落とされた紙のようにふわふわと宙に漂いながら落下し、雪女の顔に覆いかぶさるように落ちた。
しばしの逡巡のあと、意を決したように脇差を振り上げた。
 
 狙いは雪女の首、だろうが、脇差を力一杯振り上げたためろくに狙いも定まっていない、そんな振りでそのまま振り下ろせば首というわずかな部位を外し、頭か転がる背中を切りつけることになるのは必然とも思われる
 
 案の定、振り下ろしたが、狙いは逸れ、雪女の顔面の上に刀が襲い掛かった。
 
 ドスッ
 
 本来ならば、雪女の頭が割れ、そしてあたり一面白いキャンバスの上に赤い絵の具が一滴垂れてしまったようになるところであった。そして、振り下ろした脇差もかち割った衝撃に耐えきれず、折れ曲がるか切先三寸で折れるか、どちらの運命を辿るのだったろうが幸運にも折れ曲がりも折れもしなかった。白いキャンバスが赤く染まることもなかった。
 
 しかし、脇差を持っていた者の体に衝撃が走った。本来は手から伝わる者で、当たり前であるが気絶などさせることはない衝撃のはずなのに、その衝撃は腹部から伝わり、さらにいうならば、まるで蝋燭に灯った火を息を吹きかけ消してしまうように、彼の意識もゆっくりと消えていく。
 
 彼がおぼえている中で見た物は、なにか赤いガラス玉のようなものであったのを最後に気絶した。
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 僅かばかり離れた位置から、残りの雪女を追っていた3人はすべてを見ていたが、すべてを理解できた者はいなかった。
 
 一瞬のことであった。
 
 脇差を持った者―彼らの中で一番若い、まだ13の喜平太に訓練もかねて依頼対象の首を取りに行かせ、喜平太が脇差を振りかざしたところまでは理解できた。
 
 しかし、振り下ろした瞬間、それが空から降ってきたように、否、いきなり喜平太と対象の間の空間から突如としてそれが現れた、そして、その何かが、喜平太の腹にいい拳を叩きこんだ、しか理解できなかった。
 
 そして、雪女を守るようにそれが立って、その足元に喜平太が転がっている、という状況となった。
 
 
 
 異様であった。
 
 それを表す表現としてこれ以上説明に適した言葉はない。先ほどまで雪女を追っていた彼らもまた異様ではあったが、彼ら以上にそれは怪しげで、異様である。
 
 人の形をしている。それだけはわかるし、妖怪などではなく、それが男であることも体格からしてわかった。それに一見すると旅人が冬旅に着る雪祓といわれる、呪術を利用した防寒具の一種を纏って、フードを頭に覆って深く被り、背中には流の薬師や呪術師が背負い旅をする房錠鞄を背負っており、手にはレバーアクション式ライフルを構えているが狙いは定めていない、持っているだけだ。さらに腰にはパーカッションロック式の拳銃もホルスターの中に納まっている。
 格好だけ見るならちょっとした商業で潤っている町で見かけるだろう商業人に雇われる護衛人のような恰好であるし、もしも山道ですれ違っても運悪く商業人に雇われず、自力でほかの町まで歩くことになった護衛人だと思うことであろう。
 
 しかし、宙から現れたように見えたこともあるが、それに加え、3人が立っている位置からでは男の顔がフードをかぶっているのでよく見えないが、しかし、はっきりと見えるものがある。それはフードに被って隠しているはずの、顔の位置から左目とわかるのだが、その左目が赤く、獣のように爛々と、赤く輝いていた。
 
 
 それが何よりも雄弁に男の異常性を醸していた。
 
 三人は意思疎通もせずとも同じ思考であることを互いに理解していた。
 この男はまずい、と
 
 各々手に持っていた得物を構え直しつつ、この場合は突如として現れた者を囲むように三人は陣形を組み直す。
 
 もしも、突如として現れた男が、男の足元に倒れた喜平太に危害を加えるようならば、否、僅かな意識でも―たとえ敵意でも好意でも―喜平太に向けられたならばすぐにでも攻撃できる陣形に組み直す。
 
 それでも男は動こうとはしなかった。いや、動きがあった。フードを被った頭、その頭が、いや顔の部位を、顔の位置からして、口―を動かすために頭が僅かに動いた。
 
 「貴方達の名前は?」
 
 特徴のない声、若い男の声ということは分かるのだが、それしか特徴がない声、そんな声を発した。
 
 男からみて、左側にいた男が答える。
 
 「………名は無い、我々は流れの者だ」
 
 名は無いことは嘘であったが、流れの者というのは真実である。
 
 この時代、世情はとてつもなく不安定である。12年前、それまでの海禁政策を国策とし、背骨としていた旧武政都は西洋国の要求に屈し、開国。そしてその軟弱さを嘆き、湧き上がる旧武政都を討伐、新政府をうち立てるという南西地方の豪族を中心とした運動はついに、三年前、弦間大戦で新政府側が勝利に終わり、統一を図ったがいまだにこの国―和州は混乱の中である。西洋国の中には日の国をもじり、火が燃え盛り、争いが絶えぬ国という意味で、『レスボレェ・レート』(火の国という意味)と言われている。
 
 その中で各村々が武装し、地方豪族に庇護を求めるのが一般的であったが、政府により豪族がとり潰しとなった地方などでは度々士官を求めるために豪族のもとを訪ね、その旅の路銀稼ぎとして、または豪族につかえていたがとり潰されたため行くあてのない武人―流れと呼ばれる者たちを雇って、村の警護であったり、妖怪退治を依頼することがたびたびあった。
 
 ここ、蛾船地方も三百年あまり地治を任されていた高次屋一族が内乱の疑いありとして、半年前にとり潰され、そのため村々に雇ってもらうために流れの者たちが多く集まり、雪女を狩ろうとしていたのもその一団であった。
 
 近くにある村に雇われ、雪女を狩るように命じられたのである。
 
 それを聞いたうえで、異様である男は頷き、そして言った。
 
 「そうか、では」
 
 即座に三人は構えなおす、辺りに緊張が走った。
 
 次に男の口から出た言葉は、
 
 「この女を俺にくれないか?」
 
 三人の耳には今の状況とあまりに合っておらず、ひどく間抜けに聞こえた。
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 地に伏せていた雪女はふと頬に温かいものを感じた。
 
 それは安心と安らぎを得ることができる温かさであり、そしてひどく懐かしいものであった。
 
 ふと、この懐かしさはいつのころに感じた懐かしさであったのか、記憶をたどってみたがあいまいな記憶ばかりであり、思い出すことはできなかったがきっと良い記憶なのだろうと自ら納得できる懐かしさであった。
 
 安心できる温かさ、その為、もう一度睡魔とも安らかな死とも分からないけだるさに襲われ、ゆっくりと意識が濁っていく。そこで、ふと気がつく、自分の頬に触れているものががっしりとした、男の手だということに気がついた。
 
 ああ、そうだ、これは父の手だ……………
 
 それを最後に意識は闇に包まれた。
12/01/20 03:08更新 / ソバ
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■作者メッセージ
はいどうも、こんにちは
正月休みどころか有給休暇も入院生活で消えてしまったソバです。
というか、死にかけました。12月中旬に意識を失って倒れて、次に起きたら2012年になってました。お医者様曰く、超危なかったとのことです。
コミケに行きたかった、超行きたかった、そんな願望を抱えてどこかの白い魔王に植えつけられた卵が孵化しそうです。アスカロンZを装甲したい…(入院中、友人に装甲騎兵が好きと話していたら、装甲悪鬼てきなものが、というか装甲悪鬼を差し入れでもらいました。そしてハマりました。邪念編超やりたい…なぜこの作品を今までやらなかったのか、心の底から悔いています)でも、ペールゼンファイルズ見たい…

さて、新シリーズですが、厳密に言いますと、設定など前に書いた『空のように、風のように』と世界観などは私のオリジナルですが、同一の世界です。というか、設定など、基本ジパング(私の中では『火の国』というイメージですが)やこれから書こうとする世界はつながった物として書いていこうと思っています。

ちなみに副題は『復活のパーカッションロック拳銃』ですが、というか、武器はパーカションロック拳銃のはずだったのに、パーカッションロック使いづらいため、それに比例して使う予定が少なくなってしまいました。無難にトグル・アクションにでもしておけばよかったかなぁと悩んでいます。銃に興味がない方すみません。
ちなみにこの間のロードショーの、バイオハザードVでレバーアクションライフルが出てきたとき、興奮しすぎてまじで入院が長引く所でした。映画にでてくるライフルはみんなレバーアクション式になればいいのに

今更ながら新年のご挨拶を
昨年は涙の多い年でございました。今年は笑顔の多い年でありますように、個人的には故郷の復興が叶う年でありますように

ローグスロー騎士団の詩で感想をありがとうございます。返信をしたいのですが、少しばかり体調がすぐれないため、回復しましたら返信させていただきます。逃げるような形になりまして、誠に申し訳ございません。本来ならばここで述べることではないのですが、何らかの形で完結させたいと思っております

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