「エリヴィア」
「花瓶はそこ」
そう言うと、部屋の隅に、床にじかに置いてある花瓶をグンテイは指さした
花を花瓶に活けろ、ということか
近づき、花瓶を手に取った
花瓶には水が入れてある、腐ったにおいはしない、まだ入れたばかりなのだろう
花を花瓶に活け、その花瓶をどうするべきか悩んだが、ここにはベットとテーブル、それと椅子があるがだけ、テーブルに置くにはあまりにも花瓶と活けてある花が大きすぎる、仕方なく、床の上に花瓶を置くしかなかった。
仕事はそれだけ、だが、テニファ様が俺にしかできないと言ったことをわかった
とりあえず、あいているもう一つの椅子に腰かける
動きとしてはそれだけだ、何も話さなければ一言も話さないし、動かなければ一日中固まっている、それがグンテイだ
……なんというか、沈黙が重い
「…元気そうだな、少し痩せたか」
「元気なら痩せるわけがない、元々太っていたなら話は別だけど、私は適正な体重だと思っている」
理に合っている
確かに、彼女の体は特段痩せているわけでもなく、太っているわけでもない
「変わりは無いか?その……新しい生活に慣れないこととか?」
「もう一月半もこの生活を送っていれば慣れる頃。私自身に変わりは無いけど、貴方は変わった、セルセ」
言うべきか言わざるべきか、少し迷ったが、別に言っても問題ないと判断した。
「………実は、騎士団を任された」
「そのよう、数は35人、最年少は12歳、最年長は15歳といったところ?みんな元気でいい子たちばかりみたい」
かなわないな、といつも思う
グンテイは異端者として、かなり珍しい能力を持っている。能力名は、あまりに特殊なため、というか、過去にグンテイと同じ能力の異端者がいなかったため、名前は無い
彼女は、生命の輝きが見えるのだ。いや、見えるのではなく感じ取れる、といった感覚に近い、と言っていた。
これはグンテイの受け売りで、俺自身完璧に理解はしていないが、本来生物は生きていると光の輝きを纏い、他人と触れ合えば、他人の光のような残滓を帯びるのだという
その残滓は一人ひとり特徴があって、グンテイはその人物の光や残滓を読み取ることによって、全てを理解することができる、という能力で、俺もよくわからない。
だから、その力の所為で眼を潰された。
グンテイは前時代のような異端者の扱いを受け、そこから助けられた異端者だ。
見世物小屋に物心つく前に売られ、連日食事も満足に与えられず、眼隠しをされ、小さな箱の中で、箱の前に立つ客がどのような容姿をしているのか当てる見世物をしていたらしい
そして、ある時、実は見えているのではないか、と客の一人に言われ、グンテイはその場で両眼を潰された。
最初、グンテイが見世物小屋から助け出され、ローグスロー騎士団の砦に来た時、グンテイは笑いもしなければ泣きもしなかった。その場にいた全員の特徴を言っただけだった。
彼女の世話をしたのがセルキョウだった。
正直、セルキョウのおかげでグンテイはここまでしゃべれるようになった。 最初の内は、まともに意思疎通もできず、相手の特徴を言うことしかできなかった。
セルキョウはグンテイをとても献身的に介護した。セルキョウはいつも人の心配ばかりしているようなやつだったから、適材だったのかもしれない、いや、セルキョウは異端者なんかに生まれなければ、きっと医者か先生になっただろうな
と、少し話が脱線したか
「そうだが」
「じゃあ、その子たちについて教えて」
正直に言って、驚いた。
というのも、あまりグンテイは他人に興味を持つことがなかったからだ、いや、いまも他人が恐怖そのものなのだろう、恐怖を抱いている対象に興味を持つこと自体、普通の人間には無理な話だからだ
それに、教えることについては問題無い
首を縦に振る、眼はみえないが、なんでも視覚ではなく、気配と生物のもつ光で分かるらしい
誰から紹介しようか、少し迷ったが、グンテイが口を開く
「まずは、年は14、背丈は5尺6寸ほど、きっと体が丈夫で病気をしたことがない、でも恥ずかしがり屋、この子の名前は?」
「…それは…テルジアだな、妹と母親がいる。元々は商家で計算が得意な奴だ」
「年は13、背丈は5尺5寸ほど、すごく元気な子、活発な子、そして、とても負けず嫌いで何にでも挑戦してみようと思う子」
「分かりやすい、グルードだ。まだ小さい弟も宿舎で生活している、両親が魔物にやられてな、でもそれを感じされない、明るくていいやつだ」
「次の子は………」
グンテイが特徴を言い、それを俺が名前をどういったやつなのかを教える。 教えること自体問題は無い、どうせ、グンテイの前だとどんな性格なのか、どんな人生を送ってきたのか、少し時間をかければ分かってしまうからだが、グンテイはそれを俺に尋ねることにしたのだろう。能力を使わずに俺に尋ねることにしたことに意義があるのだ、と思う
俺自身も何度もグンテイの会話の練習に手伝ったから、少なからず喜ぶべきことである
気がつけば、騎士団の半分ほどの紹介をしていた
少し疲れたのか、グンテイは口を閉じる
俺もいったん休憩、これだけしゃべったのは久しぶりだった
しかし、グンテイは俺とは違い、しゃべることに疲れたのではなく、能力を使うことに疲れたのだろう
グンテイに限らず異端者は能力を使えば、一月の間不眠不休で人間が走り続けることはできないように、その力が大きければ大きいほど、力を使えば使うほど、疲労する。
当たり前と言えば当たり前だが、異端者の場合、力の使い過ぎで死ぬこともある、グンテイも力を使いすぎれば死に至る異端者であるため、注意が必要だった。ただでさえ、グンテイは体力がないからな
グンテイは能力の通り、戦闘に特化した異端者ではない、というか、まともに歩くこともできない
逃げないように足を、見世物小屋にいた時、逃げないように、逃げ出さないようにと足の肉を削がれたのだ
一度、一度だけグンテイの足を見てしまったことがある
ひどい傷だった、まともに治療も受けられなかったのだろう、正直に言うと、思い出そうとすると、胸糞悪くなる。何に対してなのか、分からない。人に対してなのか、俺たちをこんな目にあわせた原因をつくった魔物に対してなのか、分からない
しかし、グンテイは、戦うことはできないが、騎士団において優秀な人材でもあった
グンテイの能力は遠く離れた場所、進軍してくる魔王軍の数、陣形などを把握できた
まぁ、戦場のような大規模な索敵を一度でも行ってしまうと、疲労が激しく、その場で寝てしまうのだが、それでも、すさまじい能力で、正直、グンテイの能力には何度も助けられた
だからセルキョウと組んだのだ
セルキョウは『意思伝達』という能力を持った異端者で、その名の通り、セルキョウの意思を他の人間に伝達させることができる能力だった
しかし、セルキョウは普通の『意思伝達』の異端者ではなかった
セルキョウは意思だけではなく、感情なども伝達し、さらには、こういう能力は全て、その場にいる、その範囲にいる全ての魔物であろうと、人であろうと意思が伝達されてしまい、敵にも情報が筒抜けになってしまうのだが、送るべき人間を特定でき、伝達することができた。それに、意思疎通ができないグンテイのような人間の意思や感情も汲み取る、いや、知ることができた。
俺は、戦場となれば我先にと突撃する人間だ、そして、見境なく敵軍の中で殺し続け、止めに入ろうとした味方まで切りつけかけたこともある。
まぁ、だから部隊長が俺とセルキョウを組ませたのだろう(異端者の中には能力を補うため二人一組で戦う場合もある)
セルキョウは感情も伝達することができ、つまりは俺を鎮めることもできたし、それに戦前にいる仲間に情報を送ることもできた
セルキョウとは長い付き合いだった
思えば、ほとんど兄妹のように騎士団で育った中だった。4年前、グンテイが騎士団に来てセルキョウと組むまでの十年間、ずっとコンビを組んでいた。
そして、この前の戦いで死んだ。
俺から言わせれば、十年の付き合いだが、反省しない馬鹿だ、いつも他人の心配ばかりして、そのくせ、自分を犠牲にして他人を救おうとする、何度も傷ついても、傷だらけになっても、自分のことは二の次、どこまでもお人よしでお節介焼き、本当に迷惑なやつだった。
いつも、いつも、人を愛して、人のために戦って、そしていつも心配ばかりする、そんな迷惑な奴だった
そういえば、俺がグンテイの会話の練習相手になったのも、セルキョウの頼みだったからな
「ねぇ、セルセ」
ぼおとしていたため、突然グンテイが話しかけてきたのに反応できず、少し慌てた
「………おお、なんだグンテイ?」
「質問してもいい?」
顔を見据えて、グンテイが俺に話しかける
「ん?なんだ改まって、なんでも質問していいぞ、あ、でも軍事関係ならば話せないこともあるからな」
実を言うと、団員の情報に関してはグレーゾーンだが、まぁ、こいつの能力だったらばれることだし、大丈夫だと思うが、それでも話せないこともある
「あなた、子供たちを戦争なんかに巻き込みたくないんでしょ?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…もう嘘をつくのも、限界だね」
なにが、とは言わなかった。グンテイは全てを知っている、知っているが故に、絶望したのだ、魔物に、神に、人間に
こいつは、こういう奴だ、といつも思う
こいつは、皆平等なのだ、神も魔物も鳥も獣も花も犬も糞も正義も悪も宇宙も喰い物も人間も、腹立たしいまでに平等
痴話げんかを話すのと同じような口調で、同じ状況で、同じ人物で、同じ口で、最も触れてほしくない、最も重要な話を、核心を、唐突に、どこまでも突然に、こいつは話す、そして、こいつは暴く
話の流れは、いつもつながっていないようで、つながっている
「あなたは優しすぎる」
ぽつりと、そういった。
誰に対して、俺がどんな風に思っているのか、こいつは知っている
そして、いつも他人の最も抱えている爆弾の導火線に火をつける
「俺は、優しくなんてない」
何について、優しいのか、それは言わない、俺自身について考えさせるためでもある
だが、反論させてもらう、俺は狂人だ
「子供たちが、仲間と思えるからこそ、大切に思えるからこそ、戦争なんて、戦いなんて物に巻き込みたくはない」
優しいやつは、あんなこと、子供を戦わせるようなことなんて、しない
そう口にだろうとしたが、声が出せなかった。しかし、反論する
だが、その思考を読んでいるようにグンテイは、全てを見ている眼を持つ者は言う
「こんな生き方なんてしてほしくは無い、あの子たちには笑っていてほしい、あの子たちは十分に苦しんだ、親を、家族を失い、一人になってしまった子もいる、そしてあの子たちは国を、故郷を魔物に奪われた、もう十分すぎるほどの苦しみを味わった」
「やめろ」
そう呟く
「でもそんなことを悟られてしまうのはいけない、だから愛さないようにしている。愛していしまったら、セルキョウと同じ苦しみをまた味わうことになるから。命は違う、でも、悲しみは同じ、だから彼らを駒と考えるしかない、でも貴方には無理」
そして、言う
「私は、悲しい、とっても悲しい、セルキョウが死んでとても、それはいまも。貴方も同じ、なぜなら、私と同じで彼女を愛して…」
ドンッ
テーブルを思い切り叩いて、遮った
自分でも、驚くほど静かな声が出た
「やめろ」
そして、言った
「セルキョウは、死んだんだ、もう思い出させないでくれ」
だが、グンテイはいう
「いいえ、貴方はまだセルキョウの死を受け入れていない、いや、もっと深くまで、根源にある人、貴方の最も大切な人、その人の死も貴方はまだ受け入れていない。だから…」
俺をまっすぐに見つめて言う
「彼らを愛しなさい、精一杯愛しなさい、それが貴方にできること。いいえ、貴方にしかできないこと
彼らが奪われたものを、彼らが望むものを、貴方は知っている。だからそれを否定するのではなく、彼らに与えなさい。それが貴方にできる最大の愛」
そのまま、席を立った、後ろを振り向かず、この部屋からでていく、だが、グンテイは言葉を続ける
こいつも同類だ、テニファ様と同じ同類の人間、真顔で嘘をつく、しかも、俺が望むべき言葉をこいつは知っている。
「いつでも待っているから」
出ていくとき、最後にこう言った
「ああ、また来る」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
セルセが出ていき、そして、部屋に再び沈黙が訪れる
しかし、グンテイは気にしないように術式を唱える。
とても美しい声で、まるで天使の歌声のように、術式を唱える
「終わりましたか?エリヴィア」
先ほどまでセルセが座っていた椅子に人が座っていた。
それは、上級騎士礼服でも、上級階級の服でもなく、セルセとトウギが最初に会った時と同じエプロンドレスを着たテニファが座っていた。
「ええ、クレッセンド、ありがとう。いや、テニファ様感謝申し上げます」
深深とグンテイは礼をする
「やめてください、私はクレッセンドでもテニファでも、ここにおいて、私はただのエリヴィアの友人ですよ」
「そういってもらえるとうれしいです」
テニファはグンテイ―エリヴィアをただ見ていた。
この友人とは長い付き合いになる、テニファの師―ローグスロー騎士団長オルフレッド・ド・バティストの元で修業をしていた時に師が助け出した異端者がエリヴィアであり、その関係で知り合ったのだ
その関係は手紙でのやり取りという関係で続いた、まぁ、エリヴィアは眼が見えないため代筆だったらしいが、一月に一通の割合で手紙をやり取りしており、こうしてローグスロー騎士団が壊滅してから、エリヴィアの元に、週に二度か三度、こうして術を使って訪れている。
ちなみに、エリヴィアにテニファはある任務を命じている。
それは、この町に魔物が潜入していないか、その探索をしてもらっているのだ
本来ならば探索系の術者の仕事だが、なんでも詳しく探さなくてもいいのなら、都一つ丸々探索範囲なのだという、まったくもってすさまじいというか、恐ろしい。それがエリヴィアの能力に対してのテニファの感想だ
「しかし、意外ですねエリヴィア、貴方の好みは優しい方ではなかったのでしたっけ?」
エリヴィアが首をかしげる
「ブラフォ…セルセ騎士は確かに騎士としても戦士としても有能な人物には思えますが、あの手の方は戦場を求める方、いや、戦場に身を置いて初めて人として生きられる方、そう思っています。とても貴方の理想としていた殿方とは似ても似つかないように感じられるのですが…」
エリヴィアは首を横に振った、それは精一杯の否定ではなく、どこか静かに相手の間違いを諭すような否定だった。
「あの方は、セルセはとても優しい方です。
セルセは、仲間のためなら、人間のためならどこまでも残酷に、冷酷になれる。だけど、とても臆病で、心の中では自分を失うことを厭わないけど仲間を失うことを極端に恐れている、だからこそ、愛さないように、愛してしまわないようにしている。でも本当は…いつのまにか、自分でも気がつかないうちに心の底から愛してしまっている、そういう優しい方なんですよ」
僅かに頬をほんのりと赤く染め、まるで幼い少女が思い人について語るようにエリヴィアは言った。
そうですか、と言ってテニファも頷く。友人として、エリヴィアがこうして思いを語ってくれるのが、自分を信用してくれることがうれしかった。
しかし、テニファにとって、エリヴィアと話すたびに複雑な思いが胸の内に湧き上がってくるのも事実だった。
自分の目の前に座っている友人こそが、先代グラード領主カイエンW世が三世紀半もの間探し求め、ついには見つけることができなかった者、究極の智を知りし者、すべての真理と法則の賢者―エリヴィアが目の前にいる事実を認識するたびに、なんと皮肉なことかと思ってしまう。
カイエンW世がこの世から消え、僅か半世紀の内に、あの化け物が血眼なって、いや、そんな表現では生ぬるい、全てを犠牲にしても―この世を全て生贄にささげても手に入れるべき人間が消えてから現れたのだから
そう思うと、今、目の前で思い人について語る友人が、得体のしれない、テニファが唯一恐怖と憎悪を覚えるあの化け物すら超えてしまう怪物に思えてしまう
しかし、テニファのそんな複雑の念を知ってか知らずか、白き賢者は分けられぬ騎士についての自分の思いを語っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
テニファ様に報告書類を提出し、城から宿舎に戻るころには太陽は西に傾き、昼の店はそろそろ閉店の準備を始め、代わりに夜の店が店を開く準備を始める頃だった。
現在、俺も含めた騎士団員は都市壁の近くにある宿舎で生活している。
はっきり言ってボロの宿舎で、あと十年も経てば自壊しそうな、二階建ての木製住居
一階と二階どちらも小さな部屋に区切られている。一つの部屋の広さは三畳ほど、その部屋に二段ベットが一つ置いてある、元々安宿だったらしいが、その持ち主が死に安く買い取ったらしい
いつもこの宿舎の外装を眺めるたびにこれが騎士の宿舎か、と、ため息が出るが、まぁ仕方ないか
そう思いながら、宿舎の門をくぐると、ラウンジの方から歓声が上がった
本来騎士の宿舎にラウンジなどないが、元宿ということもあって、そこそこの広さにテーブルとソファーが置かれていた。本当なら撤去したかったが別に支障もないので、それと片づけるのが面倒なのもあり、そのままにしてある
さっきの歓声は俺の帰りを歓迎するものではなかった。その証拠にラウンジに近づいても、誰一人として近づいてくる者はいない。
今、ラウンジのソファーに腰掛け、団員達が何かをしている
10人ほどが集まっていた。残った連中全員が集まっているのではないだろうか
今日は午後から全員に休暇を与えているが、大体は、元々、デッ・レート国からの出稼ぎ労働者が多く住んでいたカサルド地区に住んでいる家族の元で一晩過ごす者が殆どで、つまり、宿舎に残っている連中は家族がいないか、もしくは兄弟と共にこの宿舎で生活している者のどちらか、まぁ、例外的にその他の理由で残っている者もいるが、少ないな
足音を忍ばせ、後ろから近づくと、テーブルの上には札が散らかっていた。つまり、ハナフダをしていた。
ハナフダとは、ジパングでのトランプ、一種のゲームだ。
俺が、というか、所属していたローグスロー騎士団の部隊長が大のジパング好きであった為、部隊長にルールと札一式をもらったのだが、ついこの間まで忘れていた。
この宿舎に来て荷物を整理していた時に札一式が出てきた。
本来、こういうゲームが苦手だから捨てたとばかり思っていたが、まさか貴重品を管理している袋の中から出てくるとは思わなかった
もう一度捨てようかと思ったが、今となっては部隊長の形見でもあるので、捨てることはできないし、それに売り払っても二束三文だろうし、そもそもルールを知っている人間がいない、だから団員たちにルールを教えて札一式を与えたのだ。
使わない俺が持っているよりも誰かが使った方が有意義であり、それにこいつらも退屈していたからいい娯楽になると思ったのだが、若いこいつらにとって、娯楽がこれしかなかったのか、気がつけばハナフダばかりやるようになっていたので俺が許可した時のみ、と条件づけていたのだが、ちなみに外出前に許可を出していない
つまり、探し出してやっているということか
ふむ
ほんの少し頭にきたので、怒鳴りつけてやろうとも思ったが、やめた
さきほどのグンテイの言葉を気にするわけではないが、なんとなく、気まぐれだ。
そのまま、後ろから一戦が終わるのを眺めていた。
対戦のカードは、二番隊隊長のケルトと三番隊所属のグルードで、どちらもなかなかの腕前だった
「………おい、誰が一番勝ってる?」
近くにいたカンドル人と、同じくデッ・レート国の民族、ユーサント人のハーフで、髪が赤毛という特徴を持つブラスに尋ねた。
「ああ、今の勝負でグルードが…」
振り返って俺の顔を見た時、ブラスの動きが止まる、というか、凍りついた。
ブラスを始めとして、次々と周りにいた者も、俺の存在に気がついき、そして凍りつく
気がつけば全員が花札を止め、俺を見ていた。そして全員立ち上がる
「………い、いつお戻りになられましたか?セルセ指揮官?」
「ついさっき」
この中で最初に反応したのは、ついさっき負けたケルトだった
その問いになるべく無表情を装って答えた。
「すまんが、ケルト、席を譲ってくれないか?」
ケルトは緊張した面持ちでどうぞ、といい席を離れる
俺が歩くと、自然に団員が道をつくって通す
そのまま、ケルトが座っていた場所に座った。
全員が唾を飲み込むのが分かった。
無言のまま、テーブルの上に散らばっていた札をまとめ、シャッフルする
その様子を呆気にとられたように、団員達は見ていた。
「おい」
正面に立っているグルードに話しかける
「グルード、お前一番勝ってるのか?」
グルードは顔面蒼白になりながら、はい、と裏返ったでかい声で返事をする
「じゃあ」
そこで言葉を区切る。グルードのみならず、周りの団員達の唾を再び飲み込む感じもわかった。
「俺と勝負をしろ」
は?という風にその場にいた全員が理解できない、といった顔をする。
「勝負は二回、俺が勝ったらここにいる全員は今後一切ハナフダ禁止、それと今夜は晩飯抜きだが、お前が勝ったら全て不問にしてやる、そしてもう一度連続して勝てば全員の晩飯は俺のおごり、俺の気に入っている店に連れてってやるよ」
にやり、という笑みをつくりながらしゃべった。
最初は理解できなかったのか、全員が全員口を開けて頭の頂上には疑問符をつけていたが、その言葉が理解できると、小さな歓声が上がり、声には出していないが皆グルードに熱い視線を送る。さっきまでの絶望そのものといった表情はどこかにいってしまった。
現金なものだな、と内心苦笑しながら札をきる。
テニファ様のまねをしてみたつもりだが、やはり難しい
さてと、札を配り終え、グルードの顔を見ると、真剣そのものといった表情だった。
そして、勝負は始まった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は団員達と共にテニファ様に教えていただいた大衆食堂に向かって歩いている
まぁ、今の状況からしても分かる通り、勝負は二回とも俺のぼろ負け
俺が二回戦目で敗北が確定した時の団員達の歓声はすごいものだったな
ちなみに、宿舎にいた団員は殆どが家族と今夜を過ごすため、11人しか騎士はいないが、非戦闘員、親が先の戦争で死に、まだ幼い兄弟がいる場合、その妹や弟も宿舎で生活しているため、全員の夕食をおごると言ってしまったので、本当に今日宿舎にいた連中で移動している、全員で20名弱、すさまじく目立っている
というか、子供ばかりを引き連れて夜の街を歩けば、どっかの昔話のように笛を引いて子供をかっさらっているようで、なんだか居心地が悪い
まぁ、懐がいつも以上にあったかいので金銭的な問題は無いが
テニファ様に報告書を提出した際、たまの休日だからこれで遊んで来い、と小遣いをくださったからだ。
最初は貯蓄しようかと考えたが、こういう使い方をしろ、とテニファ様が仰った気がした。というよりもわざとらしく、たまに団員サービスをするのだが、予想以上にお金が必要なんですよ、なんて愚痴をこぼされたからこうことを思いついたのだが、まぁ、隣を歩く団員やその弟や妹たちの嬉々とした表情を見ていると、こういうこともいいかな、なんて気持ちがわきがってきた。
でも、グンテイに言われた通りに動いてしまった結果になったことと、それをテニファ様に見透かされたようで、なんだか複雑な気分でもある。
ふと、空を見上げると、白いぼんやりとした光を放つ月が浮かんでいる。
きれいだな、と思った。
まるで、嵐の前にみる最後の月のように見事な月が浮かんでいた
時代のうねり、動乱の波音
様々な名でそれは呼ばれる
しかし、それは巨大な争いの渦
次回「内乱」
戦士は、終わりなき明日を夢見る
そう言うと、部屋の隅に、床にじかに置いてある花瓶をグンテイは指さした
花を花瓶に活けろ、ということか
近づき、花瓶を手に取った
花瓶には水が入れてある、腐ったにおいはしない、まだ入れたばかりなのだろう
花を花瓶に活け、その花瓶をどうするべきか悩んだが、ここにはベットとテーブル、それと椅子があるがだけ、テーブルに置くにはあまりにも花瓶と活けてある花が大きすぎる、仕方なく、床の上に花瓶を置くしかなかった。
仕事はそれだけ、だが、テニファ様が俺にしかできないと言ったことをわかった
とりあえず、あいているもう一つの椅子に腰かける
動きとしてはそれだけだ、何も話さなければ一言も話さないし、動かなければ一日中固まっている、それがグンテイだ
……なんというか、沈黙が重い
「…元気そうだな、少し痩せたか」
「元気なら痩せるわけがない、元々太っていたなら話は別だけど、私は適正な体重だと思っている」
理に合っている
確かに、彼女の体は特段痩せているわけでもなく、太っているわけでもない
「変わりは無いか?その……新しい生活に慣れないこととか?」
「もう一月半もこの生活を送っていれば慣れる頃。私自身に変わりは無いけど、貴方は変わった、セルセ」
言うべきか言わざるべきか、少し迷ったが、別に言っても問題ないと判断した。
「………実は、騎士団を任された」
「そのよう、数は35人、最年少は12歳、最年長は15歳といったところ?みんな元気でいい子たちばかりみたい」
かなわないな、といつも思う
グンテイは異端者として、かなり珍しい能力を持っている。能力名は、あまりに特殊なため、というか、過去にグンテイと同じ能力の異端者がいなかったため、名前は無い
彼女は、生命の輝きが見えるのだ。いや、見えるのではなく感じ取れる、といった感覚に近い、と言っていた。
これはグンテイの受け売りで、俺自身完璧に理解はしていないが、本来生物は生きていると光の輝きを纏い、他人と触れ合えば、他人の光のような残滓を帯びるのだという
その残滓は一人ひとり特徴があって、グンテイはその人物の光や残滓を読み取ることによって、全てを理解することができる、という能力で、俺もよくわからない。
だから、その力の所為で眼を潰された。
グンテイは前時代のような異端者の扱いを受け、そこから助けられた異端者だ。
見世物小屋に物心つく前に売られ、連日食事も満足に与えられず、眼隠しをされ、小さな箱の中で、箱の前に立つ客がどのような容姿をしているのか当てる見世物をしていたらしい
そして、ある時、実は見えているのではないか、と客の一人に言われ、グンテイはその場で両眼を潰された。
最初、グンテイが見世物小屋から助け出され、ローグスロー騎士団の砦に来た時、グンテイは笑いもしなければ泣きもしなかった。その場にいた全員の特徴を言っただけだった。
彼女の世話をしたのがセルキョウだった。
正直、セルキョウのおかげでグンテイはここまでしゃべれるようになった。 最初の内は、まともに意思疎通もできず、相手の特徴を言うことしかできなかった。
セルキョウはグンテイをとても献身的に介護した。セルキョウはいつも人の心配ばかりしているようなやつだったから、適材だったのかもしれない、いや、セルキョウは異端者なんかに生まれなければ、きっと医者か先生になっただろうな
と、少し話が脱線したか
「そうだが」
「じゃあ、その子たちについて教えて」
正直に言って、驚いた。
というのも、あまりグンテイは他人に興味を持つことがなかったからだ、いや、いまも他人が恐怖そのものなのだろう、恐怖を抱いている対象に興味を持つこと自体、普通の人間には無理な話だからだ
それに、教えることについては問題無い
首を縦に振る、眼はみえないが、なんでも視覚ではなく、気配と生物のもつ光で分かるらしい
誰から紹介しようか、少し迷ったが、グンテイが口を開く
「まずは、年は14、背丈は5尺6寸ほど、きっと体が丈夫で病気をしたことがない、でも恥ずかしがり屋、この子の名前は?」
「…それは…テルジアだな、妹と母親がいる。元々は商家で計算が得意な奴だ」
「年は13、背丈は5尺5寸ほど、すごく元気な子、活発な子、そして、とても負けず嫌いで何にでも挑戦してみようと思う子」
「分かりやすい、グルードだ。まだ小さい弟も宿舎で生活している、両親が魔物にやられてな、でもそれを感じされない、明るくていいやつだ」
「次の子は………」
グンテイが特徴を言い、それを俺が名前をどういったやつなのかを教える。 教えること自体問題は無い、どうせ、グンテイの前だとどんな性格なのか、どんな人生を送ってきたのか、少し時間をかければ分かってしまうからだが、グンテイはそれを俺に尋ねることにしたのだろう。能力を使わずに俺に尋ねることにしたことに意義があるのだ、と思う
俺自身も何度もグンテイの会話の練習に手伝ったから、少なからず喜ぶべきことである
気がつけば、騎士団の半分ほどの紹介をしていた
少し疲れたのか、グンテイは口を閉じる
俺もいったん休憩、これだけしゃべったのは久しぶりだった
しかし、グンテイは俺とは違い、しゃべることに疲れたのではなく、能力を使うことに疲れたのだろう
グンテイに限らず異端者は能力を使えば、一月の間不眠不休で人間が走り続けることはできないように、その力が大きければ大きいほど、力を使えば使うほど、疲労する。
当たり前と言えば当たり前だが、異端者の場合、力の使い過ぎで死ぬこともある、グンテイも力を使いすぎれば死に至る異端者であるため、注意が必要だった。ただでさえ、グンテイは体力がないからな
グンテイは能力の通り、戦闘に特化した異端者ではない、というか、まともに歩くこともできない
逃げないように足を、見世物小屋にいた時、逃げないように、逃げ出さないようにと足の肉を削がれたのだ
一度、一度だけグンテイの足を見てしまったことがある
ひどい傷だった、まともに治療も受けられなかったのだろう、正直に言うと、思い出そうとすると、胸糞悪くなる。何に対してなのか、分からない。人に対してなのか、俺たちをこんな目にあわせた原因をつくった魔物に対してなのか、分からない
しかし、グンテイは、戦うことはできないが、騎士団において優秀な人材でもあった
グンテイの能力は遠く離れた場所、進軍してくる魔王軍の数、陣形などを把握できた
まぁ、戦場のような大規模な索敵を一度でも行ってしまうと、疲労が激しく、その場で寝てしまうのだが、それでも、すさまじい能力で、正直、グンテイの能力には何度も助けられた
だからセルキョウと組んだのだ
セルキョウは『意思伝達』という能力を持った異端者で、その名の通り、セルキョウの意思を他の人間に伝達させることができる能力だった
しかし、セルキョウは普通の『意思伝達』の異端者ではなかった
セルキョウは意思だけではなく、感情なども伝達し、さらには、こういう能力は全て、その場にいる、その範囲にいる全ての魔物であろうと、人であろうと意思が伝達されてしまい、敵にも情報が筒抜けになってしまうのだが、送るべき人間を特定でき、伝達することができた。それに、意思疎通ができないグンテイのような人間の意思や感情も汲み取る、いや、知ることができた。
俺は、戦場となれば我先にと突撃する人間だ、そして、見境なく敵軍の中で殺し続け、止めに入ろうとした味方まで切りつけかけたこともある。
まぁ、だから部隊長が俺とセルキョウを組ませたのだろう(異端者の中には能力を補うため二人一組で戦う場合もある)
セルキョウは感情も伝達することができ、つまりは俺を鎮めることもできたし、それに戦前にいる仲間に情報を送ることもできた
セルキョウとは長い付き合いだった
思えば、ほとんど兄妹のように騎士団で育った中だった。4年前、グンテイが騎士団に来てセルキョウと組むまでの十年間、ずっとコンビを組んでいた。
そして、この前の戦いで死んだ。
俺から言わせれば、十年の付き合いだが、反省しない馬鹿だ、いつも他人の心配ばかりして、そのくせ、自分を犠牲にして他人を救おうとする、何度も傷ついても、傷だらけになっても、自分のことは二の次、どこまでもお人よしでお節介焼き、本当に迷惑なやつだった。
いつも、いつも、人を愛して、人のために戦って、そしていつも心配ばかりする、そんな迷惑な奴だった
そういえば、俺がグンテイの会話の練習相手になったのも、セルキョウの頼みだったからな
「ねぇ、セルセ」
ぼおとしていたため、突然グンテイが話しかけてきたのに反応できず、少し慌てた
「………おお、なんだグンテイ?」
「質問してもいい?」
顔を見据えて、グンテイが俺に話しかける
「ん?なんだ改まって、なんでも質問していいぞ、あ、でも軍事関係ならば話せないこともあるからな」
実を言うと、団員の情報に関してはグレーゾーンだが、まぁ、こいつの能力だったらばれることだし、大丈夫だと思うが、それでも話せないこともある
「あなた、子供たちを戦争なんかに巻き込みたくないんでしょ?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…もう嘘をつくのも、限界だね」
なにが、とは言わなかった。グンテイは全てを知っている、知っているが故に、絶望したのだ、魔物に、神に、人間に
こいつは、こういう奴だ、といつも思う
こいつは、皆平等なのだ、神も魔物も鳥も獣も花も犬も糞も正義も悪も宇宙も喰い物も人間も、腹立たしいまでに平等
痴話げんかを話すのと同じような口調で、同じ状況で、同じ人物で、同じ口で、最も触れてほしくない、最も重要な話を、核心を、唐突に、どこまでも突然に、こいつは話す、そして、こいつは暴く
話の流れは、いつもつながっていないようで、つながっている
「あなたは優しすぎる」
ぽつりと、そういった。
誰に対して、俺がどんな風に思っているのか、こいつは知っている
そして、いつも他人の最も抱えている爆弾の導火線に火をつける
「俺は、優しくなんてない」
何について、優しいのか、それは言わない、俺自身について考えさせるためでもある
だが、反論させてもらう、俺は狂人だ
「子供たちが、仲間と思えるからこそ、大切に思えるからこそ、戦争なんて、戦いなんて物に巻き込みたくはない」
優しいやつは、あんなこと、子供を戦わせるようなことなんて、しない
そう口にだろうとしたが、声が出せなかった。しかし、反論する
だが、その思考を読んでいるようにグンテイは、全てを見ている眼を持つ者は言う
「こんな生き方なんてしてほしくは無い、あの子たちには笑っていてほしい、あの子たちは十分に苦しんだ、親を、家族を失い、一人になってしまった子もいる、そしてあの子たちは国を、故郷を魔物に奪われた、もう十分すぎるほどの苦しみを味わった」
「やめろ」
そう呟く
「でもそんなことを悟られてしまうのはいけない、だから愛さないようにしている。愛していしまったら、セルキョウと同じ苦しみをまた味わうことになるから。命は違う、でも、悲しみは同じ、だから彼らを駒と考えるしかない、でも貴方には無理」
そして、言う
「私は、悲しい、とっても悲しい、セルキョウが死んでとても、それはいまも。貴方も同じ、なぜなら、私と同じで彼女を愛して…」
ドンッ
テーブルを思い切り叩いて、遮った
自分でも、驚くほど静かな声が出た
「やめろ」
そして、言った
「セルキョウは、死んだんだ、もう思い出させないでくれ」
だが、グンテイはいう
「いいえ、貴方はまだセルキョウの死を受け入れていない、いや、もっと深くまで、根源にある人、貴方の最も大切な人、その人の死も貴方はまだ受け入れていない。だから…」
俺をまっすぐに見つめて言う
「彼らを愛しなさい、精一杯愛しなさい、それが貴方にできること。いいえ、貴方にしかできないこと
彼らが奪われたものを、彼らが望むものを、貴方は知っている。だからそれを否定するのではなく、彼らに与えなさい。それが貴方にできる最大の愛」
そのまま、席を立った、後ろを振り向かず、この部屋からでていく、だが、グンテイは言葉を続ける
こいつも同類だ、テニファ様と同じ同類の人間、真顔で嘘をつく、しかも、俺が望むべき言葉をこいつは知っている。
「いつでも待っているから」
出ていくとき、最後にこう言った
「ああ、また来る」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
セルセが出ていき、そして、部屋に再び沈黙が訪れる
しかし、グンテイは気にしないように術式を唱える。
とても美しい声で、まるで天使の歌声のように、術式を唱える
「終わりましたか?エリヴィア」
先ほどまでセルセが座っていた椅子に人が座っていた。
それは、上級騎士礼服でも、上級階級の服でもなく、セルセとトウギが最初に会った時と同じエプロンドレスを着たテニファが座っていた。
「ええ、クレッセンド、ありがとう。いや、テニファ様感謝申し上げます」
深深とグンテイは礼をする
「やめてください、私はクレッセンドでもテニファでも、ここにおいて、私はただのエリヴィアの友人ですよ」
「そういってもらえるとうれしいです」
テニファはグンテイ―エリヴィアをただ見ていた。
この友人とは長い付き合いになる、テニファの師―ローグスロー騎士団長オルフレッド・ド・バティストの元で修業をしていた時に師が助け出した異端者がエリヴィアであり、その関係で知り合ったのだ
その関係は手紙でのやり取りという関係で続いた、まぁ、エリヴィアは眼が見えないため代筆だったらしいが、一月に一通の割合で手紙をやり取りしており、こうしてローグスロー騎士団が壊滅してから、エリヴィアの元に、週に二度か三度、こうして術を使って訪れている。
ちなみに、エリヴィアにテニファはある任務を命じている。
それは、この町に魔物が潜入していないか、その探索をしてもらっているのだ
本来ならば探索系の術者の仕事だが、なんでも詳しく探さなくてもいいのなら、都一つ丸々探索範囲なのだという、まったくもってすさまじいというか、恐ろしい。それがエリヴィアの能力に対してのテニファの感想だ
「しかし、意外ですねエリヴィア、貴方の好みは優しい方ではなかったのでしたっけ?」
エリヴィアが首をかしげる
「ブラフォ…セルセ騎士は確かに騎士としても戦士としても有能な人物には思えますが、あの手の方は戦場を求める方、いや、戦場に身を置いて初めて人として生きられる方、そう思っています。とても貴方の理想としていた殿方とは似ても似つかないように感じられるのですが…」
エリヴィアは首を横に振った、それは精一杯の否定ではなく、どこか静かに相手の間違いを諭すような否定だった。
「あの方は、セルセはとても優しい方です。
セルセは、仲間のためなら、人間のためならどこまでも残酷に、冷酷になれる。だけど、とても臆病で、心の中では自分を失うことを厭わないけど仲間を失うことを極端に恐れている、だからこそ、愛さないように、愛してしまわないようにしている。でも本当は…いつのまにか、自分でも気がつかないうちに心の底から愛してしまっている、そういう優しい方なんですよ」
僅かに頬をほんのりと赤く染め、まるで幼い少女が思い人について語るようにエリヴィアは言った。
そうですか、と言ってテニファも頷く。友人として、エリヴィアがこうして思いを語ってくれるのが、自分を信用してくれることがうれしかった。
しかし、テニファにとって、エリヴィアと話すたびに複雑な思いが胸の内に湧き上がってくるのも事実だった。
自分の目の前に座っている友人こそが、先代グラード領主カイエンW世が三世紀半もの間探し求め、ついには見つけることができなかった者、究極の智を知りし者、すべての真理と法則の賢者―エリヴィアが目の前にいる事実を認識するたびに、なんと皮肉なことかと思ってしまう。
カイエンW世がこの世から消え、僅か半世紀の内に、あの化け物が血眼なって、いや、そんな表現では生ぬるい、全てを犠牲にしても―この世を全て生贄にささげても手に入れるべき人間が消えてから現れたのだから
そう思うと、今、目の前で思い人について語る友人が、得体のしれない、テニファが唯一恐怖と憎悪を覚えるあの化け物すら超えてしまう怪物に思えてしまう
しかし、テニファのそんな複雑の念を知ってか知らずか、白き賢者は分けられぬ騎士についての自分の思いを語っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
テニファ様に報告書類を提出し、城から宿舎に戻るころには太陽は西に傾き、昼の店はそろそろ閉店の準備を始め、代わりに夜の店が店を開く準備を始める頃だった。
現在、俺も含めた騎士団員は都市壁の近くにある宿舎で生活している。
はっきり言ってボロの宿舎で、あと十年も経てば自壊しそうな、二階建ての木製住居
一階と二階どちらも小さな部屋に区切られている。一つの部屋の広さは三畳ほど、その部屋に二段ベットが一つ置いてある、元々安宿だったらしいが、その持ち主が死に安く買い取ったらしい
いつもこの宿舎の外装を眺めるたびにこれが騎士の宿舎か、と、ため息が出るが、まぁ仕方ないか
そう思いながら、宿舎の門をくぐると、ラウンジの方から歓声が上がった
本来騎士の宿舎にラウンジなどないが、元宿ということもあって、そこそこの広さにテーブルとソファーが置かれていた。本当なら撤去したかったが別に支障もないので、それと片づけるのが面倒なのもあり、そのままにしてある
さっきの歓声は俺の帰りを歓迎するものではなかった。その証拠にラウンジに近づいても、誰一人として近づいてくる者はいない。
今、ラウンジのソファーに腰掛け、団員達が何かをしている
10人ほどが集まっていた。残った連中全員が集まっているのではないだろうか
今日は午後から全員に休暇を与えているが、大体は、元々、デッ・レート国からの出稼ぎ労働者が多く住んでいたカサルド地区に住んでいる家族の元で一晩過ごす者が殆どで、つまり、宿舎に残っている連中は家族がいないか、もしくは兄弟と共にこの宿舎で生活している者のどちらか、まぁ、例外的にその他の理由で残っている者もいるが、少ないな
足音を忍ばせ、後ろから近づくと、テーブルの上には札が散らかっていた。つまり、ハナフダをしていた。
ハナフダとは、ジパングでのトランプ、一種のゲームだ。
俺が、というか、所属していたローグスロー騎士団の部隊長が大のジパング好きであった為、部隊長にルールと札一式をもらったのだが、ついこの間まで忘れていた。
この宿舎に来て荷物を整理していた時に札一式が出てきた。
本来、こういうゲームが苦手だから捨てたとばかり思っていたが、まさか貴重品を管理している袋の中から出てくるとは思わなかった
もう一度捨てようかと思ったが、今となっては部隊長の形見でもあるので、捨てることはできないし、それに売り払っても二束三文だろうし、そもそもルールを知っている人間がいない、だから団員たちにルールを教えて札一式を与えたのだ。
使わない俺が持っているよりも誰かが使った方が有意義であり、それにこいつらも退屈していたからいい娯楽になると思ったのだが、若いこいつらにとって、娯楽がこれしかなかったのか、気がつけばハナフダばかりやるようになっていたので俺が許可した時のみ、と条件づけていたのだが、ちなみに外出前に許可を出していない
つまり、探し出してやっているということか
ふむ
ほんの少し頭にきたので、怒鳴りつけてやろうとも思ったが、やめた
さきほどのグンテイの言葉を気にするわけではないが、なんとなく、気まぐれだ。
そのまま、後ろから一戦が終わるのを眺めていた。
対戦のカードは、二番隊隊長のケルトと三番隊所属のグルードで、どちらもなかなかの腕前だった
「………おい、誰が一番勝ってる?」
近くにいたカンドル人と、同じくデッ・レート国の民族、ユーサント人のハーフで、髪が赤毛という特徴を持つブラスに尋ねた。
「ああ、今の勝負でグルードが…」
振り返って俺の顔を見た時、ブラスの動きが止まる、というか、凍りついた。
ブラスを始めとして、次々と周りにいた者も、俺の存在に気がついき、そして凍りつく
気がつけば全員が花札を止め、俺を見ていた。そして全員立ち上がる
「………い、いつお戻りになられましたか?セルセ指揮官?」
「ついさっき」
この中で最初に反応したのは、ついさっき負けたケルトだった
その問いになるべく無表情を装って答えた。
「すまんが、ケルト、席を譲ってくれないか?」
ケルトは緊張した面持ちでどうぞ、といい席を離れる
俺が歩くと、自然に団員が道をつくって通す
そのまま、ケルトが座っていた場所に座った。
全員が唾を飲み込むのが分かった。
無言のまま、テーブルの上に散らばっていた札をまとめ、シャッフルする
その様子を呆気にとられたように、団員達は見ていた。
「おい」
正面に立っているグルードに話しかける
「グルード、お前一番勝ってるのか?」
グルードは顔面蒼白になりながら、はい、と裏返ったでかい声で返事をする
「じゃあ」
そこで言葉を区切る。グルードのみならず、周りの団員達の唾を再び飲み込む感じもわかった。
「俺と勝負をしろ」
は?という風にその場にいた全員が理解できない、といった顔をする。
「勝負は二回、俺が勝ったらここにいる全員は今後一切ハナフダ禁止、それと今夜は晩飯抜きだが、お前が勝ったら全て不問にしてやる、そしてもう一度連続して勝てば全員の晩飯は俺のおごり、俺の気に入っている店に連れてってやるよ」
にやり、という笑みをつくりながらしゃべった。
最初は理解できなかったのか、全員が全員口を開けて頭の頂上には疑問符をつけていたが、その言葉が理解できると、小さな歓声が上がり、声には出していないが皆グルードに熱い視線を送る。さっきまでの絶望そのものといった表情はどこかにいってしまった。
現金なものだな、と内心苦笑しながら札をきる。
テニファ様のまねをしてみたつもりだが、やはり難しい
さてと、札を配り終え、グルードの顔を見ると、真剣そのものといった表情だった。
そして、勝負は始まった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は団員達と共にテニファ様に教えていただいた大衆食堂に向かって歩いている
まぁ、今の状況からしても分かる通り、勝負は二回とも俺のぼろ負け
俺が二回戦目で敗北が確定した時の団員達の歓声はすごいものだったな
ちなみに、宿舎にいた団員は殆どが家族と今夜を過ごすため、11人しか騎士はいないが、非戦闘員、親が先の戦争で死に、まだ幼い兄弟がいる場合、その妹や弟も宿舎で生活しているため、全員の夕食をおごると言ってしまったので、本当に今日宿舎にいた連中で移動している、全員で20名弱、すさまじく目立っている
というか、子供ばかりを引き連れて夜の街を歩けば、どっかの昔話のように笛を引いて子供をかっさらっているようで、なんだか居心地が悪い
まぁ、懐がいつも以上にあったかいので金銭的な問題は無いが
テニファ様に報告書を提出した際、たまの休日だからこれで遊んで来い、と小遣いをくださったからだ。
最初は貯蓄しようかと考えたが、こういう使い方をしろ、とテニファ様が仰った気がした。というよりもわざとらしく、たまに団員サービスをするのだが、予想以上にお金が必要なんですよ、なんて愚痴をこぼされたからこうことを思いついたのだが、まぁ、隣を歩く団員やその弟や妹たちの嬉々とした表情を見ていると、こういうこともいいかな、なんて気持ちがわきがってきた。
でも、グンテイに言われた通りに動いてしまった結果になったことと、それをテニファ様に見透かされたようで、なんだか複雑な気分でもある。
ふと、空を見上げると、白いぼんやりとした光を放つ月が浮かんでいる。
きれいだな、と思った。
まるで、嵐の前にみる最後の月のように見事な月が浮かんでいた
時代のうねり、動乱の波音
様々な名でそれは呼ばれる
しかし、それは巨大な争いの渦
次回「内乱」
戦士は、終わりなき明日を夢見る
11/12/08 22:46更新 / ソバ
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