「再会」
「放てぇぇぇぇ!!!」
俺の号令と共にやかましい音を立て約50間先の等間隔で並べられた七本の的に穴が開く
ふむ、だいたい的には当たるようにはなってきたが、まだまだ的の中央には遠く、精度としては未熟、実戦投入には不可能か
望遠鏡で覗きながらそんな感想を抱いた
ここはラヴェ・カイエンの郊外にある平原、そこで毎日演習を行っている。
すでに俺がカンドル人で構成された騎士団を指導してから一月が経過した
とりあえずこいつらの基礎体力などは問題ない、それどころか武人としてのスキルなどにそこら辺にいる騎士よりも高いものがあった。しかし、実戦に出るにはあまりにも未熟すぎる、というよりも実戦に出れるほどの能力があるものは祖国を守る戦で戦死したのだろう
教えていくこと自体は問題がない、しかし、一番の悩みは剣術の腕前だった
デッ・レート国は人種による完全な階級社会だ。カンドル人は武人階級といっても様々な人間、家がある。武人の統領となる家、農民、商人と変わらない家、傭兵業、さまざまであり、そのため基礎的な体力づくりは行われるが剣術の腕前が個人によってばらばら、集団戦法において個々の剣術の腕前はそれほど影響しないが、さすがにこれだけだと騎士団としての問題もある
一から指導していくにも時間が足りない
なので、テニファ様に無理をお願いし、銃を配布してもらった
カンドル人では銃を使っている者は少ない、それに銃を持っていても先込め式の火縄式の旧式ばかり、レベルも同じくらい、なので鍛錬によっては二月でもそれなりに戦果も期待できる。それに、装填中の銃を横眼で確認する
隣で最年少のライナーが苦も無くスムーズに弾丸を装填していた。
毎日鍛錬を繰り返しているため眼を閉じていても装填を行えるようになったらしい
いま騎士たちの使っている銃が配給され、初めて見た時の感想は、まさか、といったものだった
俺たちは捨て駒部隊、それは否定できない事実であり、団員たちも町では騎士とは思えない扱いを受けているらしい、無論、そんな騎士団に配給される銃も数世紀まえの初期型が配給される物ばかりと思っていた
だが、実際に眼にしたのは、技術大国―カメンスール国製の特殊機構を備えた最新式『ジュジュール』を改良した小銃、つまりは近衛騎士団ですら配備されていない最新式の銃が支給された
まぁ、まだ試験段階の銃を流したとのことで連日とんでもない量の報告書を書かされるが、整備不良も欠陥も今のところ目立ったところは無く、部下たちの鍛錬にもってこいだ
一応銃に名前はあるが、あまりにも味気なかったから部下たちにはデッ・レート国の初代国王の名前をつけ『ドードリ』と呼んでいる
『ドードリ』はすさまじい、なんといっても最新鋭の技術、金属弾薬、レバー・アクションを採用した点にある。
近衛騎士団で正式採用していたリボルバー式ライフルの特徴は連射式という点にあるが、しかし、とても大雑把で、デリケートな銃でもある。
まず、この銃は薬室と銃身の間に隙間があり、発射時にガスがその隙間から逃げ出してしまう、つまり、飛距離や威力が格段に落ちてしまう大雑把な銃であり、そしてもう一つ、先の俺も参加する形となった砦奪還任務の際にこの銃のデリケートな部分が明らかになった。
それは、この銃を何十発と撃ち続けると弾倉が過熱、そのため、装填中の弾丸すべてが一斉に発射されてしまうという事件であり、つまり、銃を構えている際に銃を支えている左手が吹き飛ぶ事故が発生した。
まぁ、トウギの特殊術式の影響で怪我は治ったらしいが、欠陥があらわになり、なんでも今は単発式の銃が再採用されたらしい、まぁ、再装填に10秒とかからない金属弾薬を使用しているらしいが
しかし、このレバー・アクション式は、発射した後、用心鉄がレバーとなっており、レバーを引き、薬室から空薬莢の排出を行ってくれる。それに薬室に次弾が自動装填され、薬室を閉鎖、引き金を戻すことにより、発射できる
装填数は11発、全てを撃ち放ち、弾丸を込める再装填には少し時間がかかるが、それなりに使いやすい
しかし、この銃の普及は難しいだろうな
なんといっても内部機構が複雑化しており、費用がかかりすぎる点がある、 これは結構致命的、内部構造を簡略化できれば何とかなるかもしれないが、それに、しゃがみか立射が基本となっており、民間に広まるかもしれないが、制限される銃はいい銃とは言えない、ま、俺が気にすることではないが
そんなことをふと、考えていた。
さて、あと一人一回撃たせたら郊外一周走らせるか、それとも恒例となっている目隠ししたまま銃を分解、組立をさせるか、どうするか、悩む
「なかなかいいじゃないですか、ブラフォード騎士」
すぐ後ろから声をかけられた、さすがに6回目となると驚かない
後ろを振り返ると、椅子に腰かけ、手には望遠鏡を持ってまとを眺めるテニファ様がいた、いや、正確な表現ではない、テニファ様の意思を持つ精が術によって作り出した錯覚だ。
一部の術者が使える超高等術式『ノッド・コーメスン(精魂の残香)』
これははっきり言って国内でも使える者は数人しかいない、
なんでも理屈では、本来この世界には大気中に精や魔力が微弱ながら含まれている、その薄い精や魔力を遠隔で操り、空気中に伝播させ、術者の姿を遠く離れた場所に召喚(顕現とほぼ同じだが、一時的に姿を示すだけで、その場に強い干渉影響を残すことはできないという意味)といったものらしいが、それが難しく、よほど修練を積んでも実現できる技ではなく、術者は干からびる程の精を消費する。
それを視察に来るのが面倒で、週に二度の頻度でやっちゃうんだから、なんというか、この人は色々な意味ですごい
ちなみに、ご本人はエルメラ城で休憩中なのだろう、見るとテニファ様は膝には開いた本がおいてある
「ありがとうございます。しかし、まだ戦場に投入するには…」
「分かってますよ、これでも一応人を見る目は父に養わされましたから」
あれから、この騎士団を取り巻く環境は一変していた。
実は、いま我が領、グラード領は戦争中である。
一月前、テニファ様の仰ったとおり、御前会議が王都で開かれ、その際、いくつかの議題が審議された。その中である一つの提案が、国王と、有力諸侯「天領主」から、出された。
しかし、それはグラード領主スパルトロ・カール侯が中心になって、出されたものであることはある程度の知識を持っている者には明らかだった。
すでに国王は領主さまの傀儡だ、ただでさえ、国王殿下は無能者と噂され、事実上の王都の政治も近衛騎士団を献上している「天領主」による共和制に近いものがある
それは悪いかどうかは後世の歴史が決めることだが、すくなくとも、現在この事実は俺たちにとっては助けになるということは確かだ。
「天領主」に親魔派の領主はいない、全員反魔派の領主ばかりで、親魔派の権限は現在とても小さい、つまり、彼らの味方は、国政を取り仕切る場にいないのだ
まったく……反魔派に鞍替えせずに親魔派を貫いた時の列椀と謳われた手腕も廃れたらしい
ガリメスト国を取り巻く現在の環境は劣悪であり、それを生み出す真の敵は飢饉でも、災害でもなく、根源は魔物との戦争であり、そして、その大本は領地政策の不一致である、とすでに高齢で立つことすらままならない国王殿下に代わってカール様が熱弁をふるい、そのため、ガリメスト国を反魔派にする国策を実行すべし、と提案したらしい
これに猛反対したのがデーデエルス領とリョウランク領の領主だ
彼らは人間が魔物によって数を減らしている、とかつての教団の発表した、2世紀半前の数少ない事実であったと知った時、反魔派に鞍替えせず、そのまま親魔派政策を続けた領地であり、今更その領地政策の変更は不可能であるとし、もう一つの親魔派ガンジューゼ領も同調する姿勢をとったかに見えた。
デーデエリス領とリョウランク領は隣接して、主にこの二つの領地と交易をおこなっている反魔派メガメル領、ドランシェ領は中立、という立場をとる
決議の際、国法で11ある大領地の領主に採択権があり、7以上の賛成が得られない場合否決される、そして議題にはもうできないのだ。
親魔派は5以上の反対票、無効票が得られたと思い、三日後の決議に臨んだ。
しかし、結果は無効票なし、反対票2、賛成票9
ガリメスト国が反魔国家になったのである。
親魔派からしてみれば、領民から反対も大きく、反乱なども起こりえるため何としても否決しておきたかったのであろうが、彼らは過ちを犯した。
それは、自分たちがいまだに建国以来の勢力を誇っていると思っていたことだ。
現に二つの領地とも人間が数を減らし、隣接する魔界と貿易で細々と財政をたてるしかない領地である。建国当初、肥えた土地と鉱物資源に恵まれていたが、魔界から魔力が侵略し、次第にそれも枯れていった。今となっては晴れの日は少ないという、そんな中で育つ作物は少なく、魔界の作物は良く育つが、魔界の作物しか育たない
しかし、交易で使われるのは、喰い物でいえば、魔物化の恐れのある作物ばかり、反魔派の人間にとって、魔物化するかもしれない作物よりも人間にしかならない作物の方がいい、次第に鉱物資源ぐらいしか取引がなくなっていき、その鉱脈も枯れていくと、殆ど交易は行われなくなった。現に交易があるメガメル領、ドランシェ領は交易品といっても残った鉱脈の僅かな鉱物が主らしい
彼らは自ら、自分の首を絞めていったのだ。
それが最初の彼らの過ちだ。
つまり、いまだに自分たちが有益な交易の領地だと思い込んでいることだ
彼らに力はなくなり、人間も少ない
ここで鞍替えをしていればよかったのだ、だが彼らは自覚することは無かった。
翌日、この結果を不服としてもう一度中立政策にもどす決議を両領主主体で申請したが、そんなことは一度決定した国策をもう一度審議するようなもの、その場で却下され、これを受け、会議にいた両領主は退出し、そのまま領地に領主は帰ってしまった。
彼らが戻ることは無かった。
四日後、デーデエリス領とリョウランク領は王都に対し、使者を派遣、使者の手紙には、この結果を受け入れることはできず、両領地を合併し、親魔派国家「フランジュール」の独立を宣言する旨の趣旨があった、つまり、一方的な独立宣言である。
これを認めないガリメスト国は、その場でデーデエリスとリョウランクを反乱軍とし、討伐を決定し、三日後に開戦
この異例の早さはすでに予測されたものだったのだろう
わずか、反魔国家の決定から一週間で開戦となった。
なんでも戦況は最初「フランジュール」が隣接するドランシェ領、グラード領の内、ドランシェ領に集まっていた騎士団に奇襲攻撃を行い、一時ドランシェ領の戦線は「フランジュール」の優勢だったが、元々、デーデエリス領とリョウランク領は軍事に秀でた領でもなく、昨今の領地改革の失敗が大きな財政赤字を抱えていた領地であったため、平時であれば金食い虫の騎士団を削減していたらしい
二つ目の過ちは、彼らがいまだに勝てるという見込みを持っていたことだ
「フランジュール」は徴収した農民で構成される農兵団が主力となっており、すぐ各領から集められた反魔派領の騎士団が反撃に転じる結果となった。
ちなみに現在、反乱鎮圧の指揮を取っているのはドランシェ領とグラード領の騎士たちである。なぜなら主に兵を出しているのはドランシェ領と、グラード領、この二つだからだ。
そのまま「フランジュール」が首都と宣言した旧デーデエリス領、領都ガラッソを占領するのも時間の問題と考えられたが、ここで両領地に住んでいた魔物が徴兵され、戦線に投入されると、状況は変化した。
元々、魔物は戦闘訓練を行っていないものでも、普段から鍛錬を欠かさない騎士と同様に渡り合える力を持っている、つまり、そんな魔物どもが徒党を組み、戦えば、大変な脅威となる
しかし、人間とはいえ騎士、戦闘訓練もまともに積んでいない魔物におくれは取らない、そして、あちらの全兵力は三千あまり、対してこちらは正騎士だけでも八千、そして、遠く離れた領地の兵力も戦線を目指して進行中でもある。
じり貧だが、勝ってはいる
「フランジュール」に面するグラード領でも反撃らしい反撃はされず、侵攻中で、3つの大騎士団も平定に行っており、やがては勝つだろう
だが、あと一歩までが長い
敵をあまり追い詰めてもいけない、焦土作戦でもやられては困るからだ。
もしも追いつめるあまり、敵が各村々にでも術を仕掛け、村人ごと吹き飛ばされでもしたら味方の士気にもかかわる
うかつに侵攻すると敵ごと吹き飛ばされる、負け戦ではそんな焦土戦が繰り広げられることもある。
だらだらと侵攻作戦をするしかなかった。
次期にテニファ様の近衛騎士団も戦線に投入されるとのことと聞いた。俺たちの騎士団はテニファ様の傘下の騎士団であり、それはすなわち俺たちも戦線に投入されるということを意味している
覚悟はしていたが、まさか最初に倒す相手が、魔物どもではなく、人間とは…
「セルセ指揮官、全員、射撃くんれ…失礼しました!!!テニファ大団長殿!!」
途中でテニファ様がいらしていることに気がついたのだろう、報告しに来た一番隊隊長、といってもまだ14のロクショウが途中で報告を止め、敬礼する。
「やめ、訓練終了したならば小休止、その後全隊で郊外を一周して来い。さぼったら明日は午後まで鍛錬だ、と伝えておけ」
了解!!と元気よくロクショウがかけていく
明日は午前で訓練は終わり、そのあと、半日ばかりの休みをやる予定だ
本当なら、そんな時間を与えている時ではないが、過酷な日程を一月も続けている。あいつらにも少しの休息は必要だ
飲みに誘ったが、殆どが家族と過ごすらしい、たぶんこれが戦いの前の最後の休暇になるだろう
ちなみに、テニファ様を無視して、命令したように聞こえるが、それでいいのだ、指揮系統では確かにテニファ様が俺より上だが、今は俺の命令の元、訓練させている。つまり俺の指揮が優先されるのだ
「大分、指揮官らしくなったじゃないですか、ブラフォード騎士」
テニファ様がからかうように笑う
「…まだまだです。あいつらも私も、未熟。本来ならもう戦線に投入できるところまで育てなければいけませんが、私はまだ彼らを戦線に投入することに不安を覚える、というのが正直な感想で、未熟だと思い知らされます。士気が高いのが救いですけど、そういう者ほど戦場に行けば現実思い知って、士気が落ち込む、その落差が怖いですね」
「それが、指揮官らしくなったと言っているんですよ。ブラフォード騎士」
「そうでしょうか?」
「ええ、戦線に投入していい、なんて話は無いのです。団長は騎士団の父、団員の命を生かすも殺すも団長次第、それを自覚しない長など長の位に立つ資格などないのですよ、ブラフォード騎士」
どこか、テニファ様はさびしげに、ロクショウの背中を見ていた
俺も走っていくロクショウの背中を見る。あんな歳で、これからあいつ等は地獄を這いずりまわり、のたうち回る。その先に明るい未来なんてない、魔物を殲滅し、時に同族である、否、同族であった人間を殺す、だが、誰かが戦わなければいけない、そう思っているが、あいつらでいいのだろうか、と思う時はある
「そういえば、今日はどのようなご用件で?」
テニファ様がいらっしゃる時は、視察を兼ねて俺に頼みごとや秘密命令などがある時だ、今回も例外なくそれだろう、まぁ大概、城下のなんとかというパン屋のパンがおいしいらしいから報告書を提出する際に買って、登城しろだの、部屋がさみしいから野に生えている季節の花を取って来てくれだの、そんな命令が多いが、たまにパンを買ってきてくれと同じ口調で何とか派の誰それを暗殺して来い、なんて頼む人でもあり、恐ろしい方でもある
「そうでした、そうでした。危うく忘れるところでした」
ぽんっと手を叩いて思い出したようだ。
「明日午後はお休みですよね?」
訓練計画書は訓練場所の申請にもなっているため、報告している
「実はですね、ある場所に行ってもらいたいのです」
ある場所、すくなくともどこぞの誰を殺せ、といった血なまぐさいものではないらしい
しかし、それはテニファ様ではいけない場所だ、非合法的な商品を取引している場所か、もしくは領地で破壊活動を行う魔物どもアジト、しかし、グレーに当たるため大々的な活動が行えない貴族の家など、といった物も考えることができる、つまりは血を見ることにも場合によってはあり得る。
「あ、違いますよ。今回はそんな危ない場所じゃなく、もっと平和的かつ、安全な場所に行ってもらうお願いです」
一言もしゃべってないのに、頭の中で考えてたこと全てに答えが出されたぞ、おい
「まさか、術式をいったのではないか?と思っているでしょうが、そんなわけないでしょう。捕虜の尋問に使うこともありますけど大がかりなんですよ、あの術
こんなのは話す相手の性格と行動を知って、経験を積み重ねれば大概の人間には可能なんです。日常で何を思っているのか、なんて考えることは簡単なんです。その人物になりきって次の思考や行動を考えれば、大体3割は当たるのですよ」
「………そうなんですか?」
「ちなみに、これは貴方にしかできないことです。特殊任務の類ですから、失敗なんてことをなされないようにお願いしますね」
大概の男であったなら、ころりと惚れそうになる笑顔で言われた。
ちなみに、この笑顔を浮かべる時、一月しかこの方と過ごしていないが、テニファ様が仰った経験の蓄積、というやつなら、『失敗したら、殺してくれと懇願するまでいたぶってやるからな、クズ野郎』だろうか?恐ろしい
「あら、クズ野郎だなんて、カス野郎が、の間違いですよ」
…………やっぱり、この人術使って俺の頭の中見てるんじゃないのか
「ま、冗談はこれぐらいにして、そろそろ精も限界ですし、本題に移りますけど、明日騎士たちの鍛錬が終わり次第ダースクル地区にあるパードールという花屋で、クレッセンド氏のお使いで来た、と言って花束を受け取ってください。
そのあと、花束のメッセージカードに地図が書いてありますから、その地図を頼りに花束をその地図に書かれた所に住む人物に花束を届けてくだされば、終わりです。
あ、そうそう、花束を届ける時は騎士の正装で来てくださいね」
用件だけを早口で言うと、テニファ様は消えた。
質問する時間もなかった
逃げ足は速い、そう思った
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ここか…」
白い壁の家が続くある一件の家の前で、足をとめた。
ラヴェ・カイエンに来てたか一月経つが、殆どが宿舎と城、それと訓練場の往復であるため、足を運んだことのなかった西側に位置するダースクル地区には初めてきたが、中層の家が集まる地区らしい。
そして、家がやたらでかいが、これは一つの家に同じ部屋がいくつもあり、その家の持ち主が他の者に部屋を貸す、貸家ならぬ、貸部屋というやつで、民間版の宿舎だろうか?
ちなみに、ダースクル地区に騎士は少ないらしい、騎士のマントをはおって、しかも花束をもって歩く、厳つい顔の俺は目立っていた
これが騎士の多い地区なら、主に花を献上する、とかいう理由である程度は隠れてしまうのだが、この辺に騎士は少ない、当然目立っており、通りすがりの婦人がおかしそうに笑みを噛み殺しているのを見逃さなかった。いや、だからって斬りかからないからな
とにかく、恥ずかしい、早く用事を済ませようと扉に手をかけた、時だった
「こんにちは」
後ろから声をかけられた
思わず扉から離れ、花束を左手に持ったまま、右手を腰にさした刀に手をかけ、後ろを振り返る
見ると、60後半ぐらいの、手には箒を持つ、腰の曲がった老人が立っていた。
いや、それだけならばよい、それだけならば問題は無い
だが、いつでも抜刀できる状態を解くことはできない、解いてはいけない
直感が警鐘を鳴らしていた
この老人はまずい、と
老人が俺の前にいま、立っているのだろうと思うのだが、視覚と、その老人が立てる声や音でそう判断できるだけだ
人がいる、という気配が、まったくしないのだ、恐ろしいほどに。まるで、ただの風が吹いているかのように、ただの日差しが老人を過ぎ去っていくかのように、
五感の内、視覚が老人がいる、としか反応を示さない
だが、気配が、感覚が、分からない
自分で言うことではないかもしれないが、数え切れない戦場を生き延びた、必然的に気配には人一倍敏感になる。
教会―ロウドナスの暗殺者や、魔物の『森のアサシン』と異名を持つマンティスと戦ったことがあるが、あいつらでも完全に気配を消すことはできなかった
何らかの術式を使用しているにしたら、もっと不気味だ
距離は2間しか離れていない。こんな距離で術を使用しているのに、それを感知できないなんてありえない
なんだ、こいつは
魔物と対峙したときでも感じない、圧倒的な恐怖
俺を支配している感情はまさにそれだった
「なんとまぁ、恐ろしい方ですねぇ、久しぶりですよ、貴方のような抜き身の刃のような方は」
しかし、老人は気にしない、という風に俺の横を通り過ぎ、扉を開ける
「さぁ、入りなさい。クレッセンド様のお使いの方でしょう?あの子も待っていますよ。部屋は一番奥の部屋、鍵はかかっていませんから、どうぞお入りなさい」
そう言うと、老人は中に入ってしまう
不気味に思いながら、入るしかない、それが俺に課せられた命令だからだ
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
外は晴天だが、家の中にそんなに明かりが入らない構造となっているらしい
一本の細長い通路となっており、全体的に薄暗い、足元がぼんやりと分かる程度で、さきほどの老人はいない
眼を閉じ、気配を確認してみたが、通路の壁にいくつかの扉があり、その中から、僅かな気配がするだけ
異質だと感じる
まるで、ここだけ、この世界だけ、他と切り離されたようだ
足を進める
通路は、すでに秋も中ごろに差しかかっていたが、肌寒いと感じる
一番奥の部屋の扉の前に立つ
変哲もない、普通の木製の扉
プレートも何もなく、一応ノックしてみたが、反応は無かった。
しかし、許可は先ほどの老人にもらっている
それに、この花束を渡さないと、テニファ様に殺されるからな
部屋に入る
通路が薄暗かったため、少し眼がくらんだ
何もない殺風景な部屋、壁、天井、窓から入る光まで白一色
部屋には簡素なベットと、それとテーブルと、二人分の椅子
そして、その椅子に座る腰まである白髪をした白い簡素な服を着て、顔には白い布で両眼を覆っている年のころは20代前半くらいの女が座っていた。
なにからなにまで白一色の部屋、これはただの偶然だ、部屋の主である彼女は色に無頓着だからだ
だが、彼女が椅子に座って俺の来たのを待っていたのは偶然ではない
「久しぶりね、セルセ」
言葉がなかった、何と言うべきか正直思いつかなかった
まったく、テニファ様にも困った方だと思う
茶目っけもほどほどにしてほしい
「……久しぶりだな、グンテイ」
彼女はおなじローグスロー騎士団に所属していた仲間、人間ではなく異端者
そんな俺を見て、彼女―グンテイは笑った。約一月半ぶりの再会だった。
ある者曰く、聖者と愚者、死者と生き人、悪人と善人、全ての者は分けられる
しかし、白き賢者は語る
その騎士は分けれぬ者、と
次回「エリヴィア」
白き賢者の瞳に、騎士はどう映るのか
俺の号令と共にやかましい音を立て約50間先の等間隔で並べられた七本の的に穴が開く
ふむ、だいたい的には当たるようにはなってきたが、まだまだ的の中央には遠く、精度としては未熟、実戦投入には不可能か
望遠鏡で覗きながらそんな感想を抱いた
ここはラヴェ・カイエンの郊外にある平原、そこで毎日演習を行っている。
すでに俺がカンドル人で構成された騎士団を指導してから一月が経過した
とりあえずこいつらの基礎体力などは問題ない、それどころか武人としてのスキルなどにそこら辺にいる騎士よりも高いものがあった。しかし、実戦に出るにはあまりにも未熟すぎる、というよりも実戦に出れるほどの能力があるものは祖国を守る戦で戦死したのだろう
教えていくこと自体は問題がない、しかし、一番の悩みは剣術の腕前だった
デッ・レート国は人種による完全な階級社会だ。カンドル人は武人階級といっても様々な人間、家がある。武人の統領となる家、農民、商人と変わらない家、傭兵業、さまざまであり、そのため基礎的な体力づくりは行われるが剣術の腕前が個人によってばらばら、集団戦法において個々の剣術の腕前はそれほど影響しないが、さすがにこれだけだと騎士団としての問題もある
一から指導していくにも時間が足りない
なので、テニファ様に無理をお願いし、銃を配布してもらった
カンドル人では銃を使っている者は少ない、それに銃を持っていても先込め式の火縄式の旧式ばかり、レベルも同じくらい、なので鍛錬によっては二月でもそれなりに戦果も期待できる。それに、装填中の銃を横眼で確認する
隣で最年少のライナーが苦も無くスムーズに弾丸を装填していた。
毎日鍛錬を繰り返しているため眼を閉じていても装填を行えるようになったらしい
いま騎士たちの使っている銃が配給され、初めて見た時の感想は、まさか、といったものだった
俺たちは捨て駒部隊、それは否定できない事実であり、団員たちも町では騎士とは思えない扱いを受けているらしい、無論、そんな騎士団に配給される銃も数世紀まえの初期型が配給される物ばかりと思っていた
だが、実際に眼にしたのは、技術大国―カメンスール国製の特殊機構を備えた最新式『ジュジュール』を改良した小銃、つまりは近衛騎士団ですら配備されていない最新式の銃が支給された
まぁ、まだ試験段階の銃を流したとのことで連日とんでもない量の報告書を書かされるが、整備不良も欠陥も今のところ目立ったところは無く、部下たちの鍛錬にもってこいだ
一応銃に名前はあるが、あまりにも味気なかったから部下たちにはデッ・レート国の初代国王の名前をつけ『ドードリ』と呼んでいる
『ドードリ』はすさまじい、なんといっても最新鋭の技術、金属弾薬、レバー・アクションを採用した点にある。
近衛騎士団で正式採用していたリボルバー式ライフルの特徴は連射式という点にあるが、しかし、とても大雑把で、デリケートな銃でもある。
まず、この銃は薬室と銃身の間に隙間があり、発射時にガスがその隙間から逃げ出してしまう、つまり、飛距離や威力が格段に落ちてしまう大雑把な銃であり、そしてもう一つ、先の俺も参加する形となった砦奪還任務の際にこの銃のデリケートな部分が明らかになった。
それは、この銃を何十発と撃ち続けると弾倉が過熱、そのため、装填中の弾丸すべてが一斉に発射されてしまうという事件であり、つまり、銃を構えている際に銃を支えている左手が吹き飛ぶ事故が発生した。
まぁ、トウギの特殊術式の影響で怪我は治ったらしいが、欠陥があらわになり、なんでも今は単発式の銃が再採用されたらしい、まぁ、再装填に10秒とかからない金属弾薬を使用しているらしいが
しかし、このレバー・アクション式は、発射した後、用心鉄がレバーとなっており、レバーを引き、薬室から空薬莢の排出を行ってくれる。それに薬室に次弾が自動装填され、薬室を閉鎖、引き金を戻すことにより、発射できる
装填数は11発、全てを撃ち放ち、弾丸を込める再装填には少し時間がかかるが、それなりに使いやすい
しかし、この銃の普及は難しいだろうな
なんといっても内部機構が複雑化しており、費用がかかりすぎる点がある、 これは結構致命的、内部構造を簡略化できれば何とかなるかもしれないが、それに、しゃがみか立射が基本となっており、民間に広まるかもしれないが、制限される銃はいい銃とは言えない、ま、俺が気にすることではないが
そんなことをふと、考えていた。
さて、あと一人一回撃たせたら郊外一周走らせるか、それとも恒例となっている目隠ししたまま銃を分解、組立をさせるか、どうするか、悩む
「なかなかいいじゃないですか、ブラフォード騎士」
すぐ後ろから声をかけられた、さすがに6回目となると驚かない
後ろを振り返ると、椅子に腰かけ、手には望遠鏡を持ってまとを眺めるテニファ様がいた、いや、正確な表現ではない、テニファ様の意思を持つ精が術によって作り出した錯覚だ。
一部の術者が使える超高等術式『ノッド・コーメスン(精魂の残香)』
これははっきり言って国内でも使える者は数人しかいない、
なんでも理屈では、本来この世界には大気中に精や魔力が微弱ながら含まれている、その薄い精や魔力を遠隔で操り、空気中に伝播させ、術者の姿を遠く離れた場所に召喚(顕現とほぼ同じだが、一時的に姿を示すだけで、その場に強い干渉影響を残すことはできないという意味)といったものらしいが、それが難しく、よほど修練を積んでも実現できる技ではなく、術者は干からびる程の精を消費する。
それを視察に来るのが面倒で、週に二度の頻度でやっちゃうんだから、なんというか、この人は色々な意味ですごい
ちなみに、ご本人はエルメラ城で休憩中なのだろう、見るとテニファ様は膝には開いた本がおいてある
「ありがとうございます。しかし、まだ戦場に投入するには…」
「分かってますよ、これでも一応人を見る目は父に養わされましたから」
あれから、この騎士団を取り巻く環境は一変していた。
実は、いま我が領、グラード領は戦争中である。
一月前、テニファ様の仰ったとおり、御前会議が王都で開かれ、その際、いくつかの議題が審議された。その中である一つの提案が、国王と、有力諸侯「天領主」から、出された。
しかし、それはグラード領主スパルトロ・カール侯が中心になって、出されたものであることはある程度の知識を持っている者には明らかだった。
すでに国王は領主さまの傀儡だ、ただでさえ、国王殿下は無能者と噂され、事実上の王都の政治も近衛騎士団を献上している「天領主」による共和制に近いものがある
それは悪いかどうかは後世の歴史が決めることだが、すくなくとも、現在この事実は俺たちにとっては助けになるということは確かだ。
「天領主」に親魔派の領主はいない、全員反魔派の領主ばかりで、親魔派の権限は現在とても小さい、つまり、彼らの味方は、国政を取り仕切る場にいないのだ
まったく……反魔派に鞍替えせずに親魔派を貫いた時の列椀と謳われた手腕も廃れたらしい
ガリメスト国を取り巻く現在の環境は劣悪であり、それを生み出す真の敵は飢饉でも、災害でもなく、根源は魔物との戦争であり、そして、その大本は領地政策の不一致である、とすでに高齢で立つことすらままならない国王殿下に代わってカール様が熱弁をふるい、そのため、ガリメスト国を反魔派にする国策を実行すべし、と提案したらしい
これに猛反対したのがデーデエルス領とリョウランク領の領主だ
彼らは人間が魔物によって数を減らしている、とかつての教団の発表した、2世紀半前の数少ない事実であったと知った時、反魔派に鞍替えせず、そのまま親魔派政策を続けた領地であり、今更その領地政策の変更は不可能であるとし、もう一つの親魔派ガンジューゼ領も同調する姿勢をとったかに見えた。
デーデエリス領とリョウランク領は隣接して、主にこの二つの領地と交易をおこなっている反魔派メガメル領、ドランシェ領は中立、という立場をとる
決議の際、国法で11ある大領地の領主に採択権があり、7以上の賛成が得られない場合否決される、そして議題にはもうできないのだ。
親魔派は5以上の反対票、無効票が得られたと思い、三日後の決議に臨んだ。
しかし、結果は無効票なし、反対票2、賛成票9
ガリメスト国が反魔国家になったのである。
親魔派からしてみれば、領民から反対も大きく、反乱なども起こりえるため何としても否決しておきたかったのであろうが、彼らは過ちを犯した。
それは、自分たちがいまだに建国以来の勢力を誇っていると思っていたことだ。
現に二つの領地とも人間が数を減らし、隣接する魔界と貿易で細々と財政をたてるしかない領地である。建国当初、肥えた土地と鉱物資源に恵まれていたが、魔界から魔力が侵略し、次第にそれも枯れていった。今となっては晴れの日は少ないという、そんな中で育つ作物は少なく、魔界の作物は良く育つが、魔界の作物しか育たない
しかし、交易で使われるのは、喰い物でいえば、魔物化の恐れのある作物ばかり、反魔派の人間にとって、魔物化するかもしれない作物よりも人間にしかならない作物の方がいい、次第に鉱物資源ぐらいしか取引がなくなっていき、その鉱脈も枯れていくと、殆ど交易は行われなくなった。現に交易があるメガメル領、ドランシェ領は交易品といっても残った鉱脈の僅かな鉱物が主らしい
彼らは自ら、自分の首を絞めていったのだ。
それが最初の彼らの過ちだ。
つまり、いまだに自分たちが有益な交易の領地だと思い込んでいることだ
彼らに力はなくなり、人間も少ない
ここで鞍替えをしていればよかったのだ、だが彼らは自覚することは無かった。
翌日、この結果を不服としてもう一度中立政策にもどす決議を両領主主体で申請したが、そんなことは一度決定した国策をもう一度審議するようなもの、その場で却下され、これを受け、会議にいた両領主は退出し、そのまま領地に領主は帰ってしまった。
彼らが戻ることは無かった。
四日後、デーデエリス領とリョウランク領は王都に対し、使者を派遣、使者の手紙には、この結果を受け入れることはできず、両領地を合併し、親魔派国家「フランジュール」の独立を宣言する旨の趣旨があった、つまり、一方的な独立宣言である。
これを認めないガリメスト国は、その場でデーデエリスとリョウランクを反乱軍とし、討伐を決定し、三日後に開戦
この異例の早さはすでに予測されたものだったのだろう
わずか、反魔国家の決定から一週間で開戦となった。
なんでも戦況は最初「フランジュール」が隣接するドランシェ領、グラード領の内、ドランシェ領に集まっていた騎士団に奇襲攻撃を行い、一時ドランシェ領の戦線は「フランジュール」の優勢だったが、元々、デーデエリス領とリョウランク領は軍事に秀でた領でもなく、昨今の領地改革の失敗が大きな財政赤字を抱えていた領地であったため、平時であれば金食い虫の騎士団を削減していたらしい
二つ目の過ちは、彼らがいまだに勝てるという見込みを持っていたことだ
「フランジュール」は徴収した農民で構成される農兵団が主力となっており、すぐ各領から集められた反魔派領の騎士団が反撃に転じる結果となった。
ちなみに現在、反乱鎮圧の指揮を取っているのはドランシェ領とグラード領の騎士たちである。なぜなら主に兵を出しているのはドランシェ領と、グラード領、この二つだからだ。
そのまま「フランジュール」が首都と宣言した旧デーデエリス領、領都ガラッソを占領するのも時間の問題と考えられたが、ここで両領地に住んでいた魔物が徴兵され、戦線に投入されると、状況は変化した。
元々、魔物は戦闘訓練を行っていないものでも、普段から鍛錬を欠かさない騎士と同様に渡り合える力を持っている、つまり、そんな魔物どもが徒党を組み、戦えば、大変な脅威となる
しかし、人間とはいえ騎士、戦闘訓練もまともに積んでいない魔物におくれは取らない、そして、あちらの全兵力は三千あまり、対してこちらは正騎士だけでも八千、そして、遠く離れた領地の兵力も戦線を目指して進行中でもある。
じり貧だが、勝ってはいる
「フランジュール」に面するグラード領でも反撃らしい反撃はされず、侵攻中で、3つの大騎士団も平定に行っており、やがては勝つだろう
だが、あと一歩までが長い
敵をあまり追い詰めてもいけない、焦土作戦でもやられては困るからだ。
もしも追いつめるあまり、敵が各村々にでも術を仕掛け、村人ごと吹き飛ばされでもしたら味方の士気にもかかわる
うかつに侵攻すると敵ごと吹き飛ばされる、負け戦ではそんな焦土戦が繰り広げられることもある。
だらだらと侵攻作戦をするしかなかった。
次期にテニファ様の近衛騎士団も戦線に投入されるとのことと聞いた。俺たちの騎士団はテニファ様の傘下の騎士団であり、それはすなわち俺たちも戦線に投入されるということを意味している
覚悟はしていたが、まさか最初に倒す相手が、魔物どもではなく、人間とは…
「セルセ指揮官、全員、射撃くんれ…失礼しました!!!テニファ大団長殿!!」
途中でテニファ様がいらしていることに気がついたのだろう、報告しに来た一番隊隊長、といってもまだ14のロクショウが途中で報告を止め、敬礼する。
「やめ、訓練終了したならば小休止、その後全隊で郊外を一周して来い。さぼったら明日は午後まで鍛錬だ、と伝えておけ」
了解!!と元気よくロクショウがかけていく
明日は午前で訓練は終わり、そのあと、半日ばかりの休みをやる予定だ
本当なら、そんな時間を与えている時ではないが、過酷な日程を一月も続けている。あいつらにも少しの休息は必要だ
飲みに誘ったが、殆どが家族と過ごすらしい、たぶんこれが戦いの前の最後の休暇になるだろう
ちなみに、テニファ様を無視して、命令したように聞こえるが、それでいいのだ、指揮系統では確かにテニファ様が俺より上だが、今は俺の命令の元、訓練させている。つまり俺の指揮が優先されるのだ
「大分、指揮官らしくなったじゃないですか、ブラフォード騎士」
テニファ様がからかうように笑う
「…まだまだです。あいつらも私も、未熟。本来ならもう戦線に投入できるところまで育てなければいけませんが、私はまだ彼らを戦線に投入することに不安を覚える、というのが正直な感想で、未熟だと思い知らされます。士気が高いのが救いですけど、そういう者ほど戦場に行けば現実思い知って、士気が落ち込む、その落差が怖いですね」
「それが、指揮官らしくなったと言っているんですよ。ブラフォード騎士」
「そうでしょうか?」
「ええ、戦線に投入していい、なんて話は無いのです。団長は騎士団の父、団員の命を生かすも殺すも団長次第、それを自覚しない長など長の位に立つ資格などないのですよ、ブラフォード騎士」
どこか、テニファ様はさびしげに、ロクショウの背中を見ていた
俺も走っていくロクショウの背中を見る。あんな歳で、これからあいつ等は地獄を這いずりまわり、のたうち回る。その先に明るい未来なんてない、魔物を殲滅し、時に同族である、否、同族であった人間を殺す、だが、誰かが戦わなければいけない、そう思っているが、あいつらでいいのだろうか、と思う時はある
「そういえば、今日はどのようなご用件で?」
テニファ様がいらっしゃる時は、視察を兼ねて俺に頼みごとや秘密命令などがある時だ、今回も例外なくそれだろう、まぁ大概、城下のなんとかというパン屋のパンがおいしいらしいから報告書を提出する際に買って、登城しろだの、部屋がさみしいから野に生えている季節の花を取って来てくれだの、そんな命令が多いが、たまにパンを買ってきてくれと同じ口調で何とか派の誰それを暗殺して来い、なんて頼む人でもあり、恐ろしい方でもある
「そうでした、そうでした。危うく忘れるところでした」
ぽんっと手を叩いて思い出したようだ。
「明日午後はお休みですよね?」
訓練計画書は訓練場所の申請にもなっているため、報告している
「実はですね、ある場所に行ってもらいたいのです」
ある場所、すくなくともどこぞの誰を殺せ、といった血なまぐさいものではないらしい
しかし、それはテニファ様ではいけない場所だ、非合法的な商品を取引している場所か、もしくは領地で破壊活動を行う魔物どもアジト、しかし、グレーに当たるため大々的な活動が行えない貴族の家など、といった物も考えることができる、つまりは血を見ることにも場合によってはあり得る。
「あ、違いますよ。今回はそんな危ない場所じゃなく、もっと平和的かつ、安全な場所に行ってもらうお願いです」
一言もしゃべってないのに、頭の中で考えてたこと全てに答えが出されたぞ、おい
「まさか、術式をいったのではないか?と思っているでしょうが、そんなわけないでしょう。捕虜の尋問に使うこともありますけど大がかりなんですよ、あの術
こんなのは話す相手の性格と行動を知って、経験を積み重ねれば大概の人間には可能なんです。日常で何を思っているのか、なんて考えることは簡単なんです。その人物になりきって次の思考や行動を考えれば、大体3割は当たるのですよ」
「………そうなんですか?」
「ちなみに、これは貴方にしかできないことです。特殊任務の類ですから、失敗なんてことをなされないようにお願いしますね」
大概の男であったなら、ころりと惚れそうになる笑顔で言われた。
ちなみに、この笑顔を浮かべる時、一月しかこの方と過ごしていないが、テニファ様が仰った経験の蓄積、というやつなら、『失敗したら、殺してくれと懇願するまでいたぶってやるからな、クズ野郎』だろうか?恐ろしい
「あら、クズ野郎だなんて、カス野郎が、の間違いですよ」
…………やっぱり、この人術使って俺の頭の中見てるんじゃないのか
「ま、冗談はこれぐらいにして、そろそろ精も限界ですし、本題に移りますけど、明日騎士たちの鍛錬が終わり次第ダースクル地区にあるパードールという花屋で、クレッセンド氏のお使いで来た、と言って花束を受け取ってください。
そのあと、花束のメッセージカードに地図が書いてありますから、その地図を頼りに花束をその地図に書かれた所に住む人物に花束を届けてくだされば、終わりです。
あ、そうそう、花束を届ける時は騎士の正装で来てくださいね」
用件だけを早口で言うと、テニファ様は消えた。
質問する時間もなかった
逃げ足は速い、そう思った
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ここか…」
白い壁の家が続くある一件の家の前で、足をとめた。
ラヴェ・カイエンに来てたか一月経つが、殆どが宿舎と城、それと訓練場の往復であるため、足を運んだことのなかった西側に位置するダースクル地区には初めてきたが、中層の家が集まる地区らしい。
そして、家がやたらでかいが、これは一つの家に同じ部屋がいくつもあり、その家の持ち主が他の者に部屋を貸す、貸家ならぬ、貸部屋というやつで、民間版の宿舎だろうか?
ちなみに、ダースクル地区に騎士は少ないらしい、騎士のマントをはおって、しかも花束をもって歩く、厳つい顔の俺は目立っていた
これが騎士の多い地区なら、主に花を献上する、とかいう理由である程度は隠れてしまうのだが、この辺に騎士は少ない、当然目立っており、通りすがりの婦人がおかしそうに笑みを噛み殺しているのを見逃さなかった。いや、だからって斬りかからないからな
とにかく、恥ずかしい、早く用事を済ませようと扉に手をかけた、時だった
「こんにちは」
後ろから声をかけられた
思わず扉から離れ、花束を左手に持ったまま、右手を腰にさした刀に手をかけ、後ろを振り返る
見ると、60後半ぐらいの、手には箒を持つ、腰の曲がった老人が立っていた。
いや、それだけならばよい、それだけならば問題は無い
だが、いつでも抜刀できる状態を解くことはできない、解いてはいけない
直感が警鐘を鳴らしていた
この老人はまずい、と
老人が俺の前にいま、立っているのだろうと思うのだが、視覚と、その老人が立てる声や音でそう判断できるだけだ
人がいる、という気配が、まったくしないのだ、恐ろしいほどに。まるで、ただの風が吹いているかのように、ただの日差しが老人を過ぎ去っていくかのように、
五感の内、視覚が老人がいる、としか反応を示さない
だが、気配が、感覚が、分からない
自分で言うことではないかもしれないが、数え切れない戦場を生き延びた、必然的に気配には人一倍敏感になる。
教会―ロウドナスの暗殺者や、魔物の『森のアサシン』と異名を持つマンティスと戦ったことがあるが、あいつらでも完全に気配を消すことはできなかった
何らかの術式を使用しているにしたら、もっと不気味だ
距離は2間しか離れていない。こんな距離で術を使用しているのに、それを感知できないなんてありえない
なんだ、こいつは
魔物と対峙したときでも感じない、圧倒的な恐怖
俺を支配している感情はまさにそれだった
「なんとまぁ、恐ろしい方ですねぇ、久しぶりですよ、貴方のような抜き身の刃のような方は」
しかし、老人は気にしない、という風に俺の横を通り過ぎ、扉を開ける
「さぁ、入りなさい。クレッセンド様のお使いの方でしょう?あの子も待っていますよ。部屋は一番奥の部屋、鍵はかかっていませんから、どうぞお入りなさい」
そう言うと、老人は中に入ってしまう
不気味に思いながら、入るしかない、それが俺に課せられた命令だからだ
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外は晴天だが、家の中にそんなに明かりが入らない構造となっているらしい
一本の細長い通路となっており、全体的に薄暗い、足元がぼんやりと分かる程度で、さきほどの老人はいない
眼を閉じ、気配を確認してみたが、通路の壁にいくつかの扉があり、その中から、僅かな気配がするだけ
異質だと感じる
まるで、ここだけ、この世界だけ、他と切り離されたようだ
足を進める
通路は、すでに秋も中ごろに差しかかっていたが、肌寒いと感じる
一番奥の部屋の扉の前に立つ
変哲もない、普通の木製の扉
プレートも何もなく、一応ノックしてみたが、反応は無かった。
しかし、許可は先ほどの老人にもらっている
それに、この花束を渡さないと、テニファ様に殺されるからな
部屋に入る
通路が薄暗かったため、少し眼がくらんだ
何もない殺風景な部屋、壁、天井、窓から入る光まで白一色
部屋には簡素なベットと、それとテーブルと、二人分の椅子
そして、その椅子に座る腰まである白髪をした白い簡素な服を着て、顔には白い布で両眼を覆っている年のころは20代前半くらいの女が座っていた。
なにからなにまで白一色の部屋、これはただの偶然だ、部屋の主である彼女は色に無頓着だからだ
だが、彼女が椅子に座って俺の来たのを待っていたのは偶然ではない
「久しぶりね、セルセ」
言葉がなかった、何と言うべきか正直思いつかなかった
まったく、テニファ様にも困った方だと思う
茶目っけもほどほどにしてほしい
「……久しぶりだな、グンテイ」
彼女はおなじローグスロー騎士団に所属していた仲間、人間ではなく異端者
そんな俺を見て、彼女―グンテイは笑った。約一月半ぶりの再会だった。
ある者曰く、聖者と愚者、死者と生き人、悪人と善人、全ての者は分けられる
しかし、白き賢者は語る
その騎士は分けれぬ者、と
次回「エリヴィア」
白き賢者の瞳に、騎士はどう映るのか
11/12/07 22:18更新 / ソバ
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