永遠の港 3
セーヤの姿は変わっていた。
身に纏っていた光は無く、代わりにあるのは漆黒のマント。
それは、ヴァンパイアが持つ特有の翼。
幾何学的な光の翼から一変、闇の貴人とも言えるタキシードのような服装。
手に持つ『聖剣アウルラッド』は、黒く、直線的な赤いラインの二色で彩られている。
まるで闇に走る血管のようで。
セーヤの右目が妖しく、紅く輝いていた。
――――――――――
「なに……あれ……?」
ティオは自身の目の前で起きていることが理解できないでいた。
魔物に男性は存在しない。
そもそも、セーヤは勇者で間違いないはずだ。
聖の魔力に敏感な自身が感じるのだから間違いない。
何があって、あのような姿をしているのか。
リリムたるティオでさえ、“他の魔物の特性をまるごと自身に付け加える”なんて芸当はできない。
今使っている、ヴァンパイアの暗視魔術でさえ高等技術なのだ。
ましてや、“魔物と加護は共存できない”。
ならば目の前で発動した魔術、『オーバーライド』をどう説明したらいいのか。
ティオは、わからなかった。
「っ!?」
すぐに頭を切り替える。
今はそこを気にしている場合ではない。
今考えるべきは、目の前の襲撃者。
とにかく、これでティオもセーヤもこの闇の中で目が効くようになった。
視界によるハンデはない。
二対一であるならば、弱体化した『七つの大罪』相手でも勝機はある。
「あ゛?んだよ、それ……。ヴァンパイアは俺ひとりでじゅうぶんだぁ!!」
キイィン!!ガギイィン!!
走る剣閃。
両手には闇の剣。
姿勢も、太刀筋も滅茶苦茶だ。
だが、その速度と威力は驚異の一言。
獣か、あるいは剣を力強く振るうだけの機械か。
彼の目には、ただ目の前の敵を切り刻むことしか目に映っていなかった。
ギギギィン!!ガァン!!
相対するは闇の勇者。
相手ほどではないが、此度得た豪腕の力。
それは、彼の敵と打ち合えるほどであった。
キィン!!ガィン!!ギイィン!!
かくして、行われている戦闘。
もはやこの世界では本来ありえない、“男性吸血鬼同士の戦い”だ。
「ちっ!?」
ドスッ!!
地面に突き刺さる、紅の矢。
上空から放たれたそれは、襲撃者を狙う王女の一撃。
「躱したわね。あれを見切るって、どんな反射神経してるんだか」
愚痴をこぼしながらも、目の前の敵から目をそらさない。
現在、前衛がセーヤ、後衛がティオといったスタンスが取られている。
あれほど激しい戦闘に、前衛二人はむしろ邪魔になる。
むしろ、アウトレンジの戦いならばティオの土俵だ。
オールマイティな彼女であるが、この相手ならば遠距離の方が都合がいい。
相手の特性は『魔力』と『豪腕』に特化している。
クロスレンジならばそのどちらとも驚異になるが、アウトレンジならば気にするのは『魔力』だけでいい。
こうして相手の気を逸らし、機会さえあれば致命的な一撃を見舞う。
無論、相手の遠距離攻撃に気を使わなければならないが。
「ジャま、だああアアぁアァ!!」
「!?ティオ!!危ない!?」
「っく!?うぅ!?」
躱した。
全身全霊を持って躱した。
上空を貫いた一撃は、“光の本流”となりて闇を切り裂いた。
暗闇が晴れる。
もはやこの領域に意味はないと言わんばかりに跡形もなく消え去っていく。
が、問題は今の攻撃。
ヴァンパイアが放つに似つかわしくない、“光”。
「こいつ、まさか……」
「――『勇者』、ってことね」
蓋を開ければ単純なことだ。
彼が『傲慢の針』に乗っ取られていただけだということは既に気づいていたこと。
乗っ取られる前の彼が、勇者であったというだけのことだ。
魔物と加護は共存できない。
それは新旧どちらの魔王の魔力だろうと変わらない法則だ。
ただ、例外である“汚染”を除けばの話である。
「あァ、はズしてしまッタカ」
声がガラついている。
『遺産』の侵食が進んでいる。
侵食が進んでいるのにも関わらず、“主神の加護が失われていない”。
それはもはや悪夢といえよう。
確かに『魔王の遺産』は弱体化した。
だが、まるでその穴を埋めるように主神の加護が敵対している。
主神にとって、本来“旧魔王の方が優先して倒すべき相手”である。
その影響か、『遺産』によって弱体化するはずの『加護』が、“むしろ強化されている”。
主神の加護が、『魔王の遺産』を塗りつぶそうとしているかのように。
だが、それは悪手。
その“程度”では、いとも簡単に『遺産』に操られてしまう。
“『加護』程度で、『七罪』の闇は払えない”。
タチの悪いことに、相手は“光と闇を兼ね備えた怪物”であった。
「はハはッ!!いイきぶンダ!!」
汚染が進む。
闇に覆われていたその身体は、巻き付くかのように光が走っていた。
しかしその光は、闇を払うにはあまりにも無力だった。
ただ、その力を利用されている。
闇に染まりし黒剣が光を巻きつけられ、さらにそれを闇が縛り上げる。
雁字搦めなその様子は、まるで今の彼を体現したかのようだ。
闇に飲まれる勇者。
対抗するは、闇を体現した勇者。
「仕方がない、“少し負担がかかるが”。――――やるしかない!!」
直後、セーヤの身体から“光が溢れた”。
主神からの加護、それをさらに解放させたその姿。
それを“ヴァンパイアの姿のまま行使している”。
黒き聖剣は、また色を変える。
片刃は黄金。
片刃は漆黒。
その間をかける、カクカクとした凹凸の赤いライン。
本来交わることのない二つが、パズルのように“はまっていた”。
光と闇を内包した勇者同士。
方や凶悪な魔王。
方や愛深き魔王。
互いに似ているようで、どこまでも違う二人の決闘が再開される。
――――――――――
その激突は異様であり衝撃だ。
共に光と闇をを内包する者。
飛び散る光と闇の魔力はその一つ一つでさえ常人では耐えられない。
その中で行われている剣戟は、もはや神話の領域だ。
「オちロ!!おチろ!!オチロオオォゥ!!」
彼が振るうは光を纏い、闇で縛る支配の剣。
それは新たに造られた剣を含めた、闇黒の双剣。
「ハアァッ!!」
彼が振るうは光を内包し、闇を含めた調和の剣。
その一つを駆使し、連撃をも捌く結界の両手剣。
「いい加減に、しなさい!!」
手数の差を埋める、王女の援護。
真紅の弓から放たれる、一手一手が必不殺の弓擊。
だが、それは驚異的な反射のもとに切り伏せられる。
その隙を狙うが、異常ともいえる速度を持って対応される。
激しい攻防による膠着。
それは、決して永遠には続かない。
「はァ!!ハぁ!!ハァ!!」
もとより『傲慢の針』は弱体化している。
それに加え、一対二という不利な状況下。
手数が多い分、消費する魔力とスタミナが激しい。
いかに『七罪』とはいえ、その魔力は無尽蔵ではない。
むしろ“魔力の消費は現魔王に乗っ取られる隙になる”。
この現魔王時代において、『魔王の遺産』は現魔王の影響を弾き続けなければならない。
そのようなことにリソースを避けねばならない。
それが『魔王の遺産』全てに共通する“最大の弱点”である。
「ぐっ!?」
攻撃を食らっていないにもかかわらず、苦悶の声を上げるセーヤ。
確かに、もう時期『傲慢の針』は敗北する。
だがそれよりも早く、セーヤの方が限界に近い。
セーヤは先ほど、『知恵の鍵』を己が魔力で使用した。
『傲慢の針』のように、それ自身が魔力を持っていないが故の選択。
『七元徳の鍵』を使ったことによる反動。
そしてなにより、魔物と加護の力を同時に振るうという現状。
『オーバーライド』を使い、その身を完全に酷使している。
決着は近い。
「ガアアアァァァ!!」
「っ!?」
押し返すような魔力の防風。
理性無き相手が放つ加護の爆発。
それはセーヤだけでなく、彼自身も傷つけている。
もともと、主神の加護は『七罪』にとっては暴れ馬。
大元の魔力を消費すれば、相反する力によって制御が効かなくなるのは自明の理だ。
一旦距離が開く。
相手はもはや制御で手一杯。
だがそれゆえに、いつ爆発してもおかしくない。
「大丈夫?」
傍に寄るティオの声。
優しげなその声は、今のセーヤにとって何よりの支えとなる。
「はぁ、はぁ。……さすがに、限界が近いかな……」
珠の様な汗が滲む。
さらに悪いことに『オーバーライド』が解けかけている。
もはや、彼の魔力は限界に近づいていた。
ゴオオオオオオオオォォォン!!
「なんなのよ!?この魔力っ!?」
「まさ、か」
荒れ狂う魔力の暴風雨。
それはもはや、天災の一種。
その台風の目が、彼。
敗北も爆発も避けられない。
そう悟った相手は、“その爆発を持って攻撃する”つもりだ。
自身の身を考えない、捨て身の攻撃。
文字通りの最期の一撃。
「転移で逃げるわ。あの爆発を躱せば私たちの勝ちよ!!」
「ダメだ。あれほどの規模の魔力、“転移魔術にまで逆流してくる”ぞ」
「じゃあどうするの!?いくら私たちでも、あの攻撃には耐えられない!!」
万事休す。
かの一撃に対抗する防御手段。
あの力を純粋に上回るのは、絶対強固の『結界』を持つ『知恵の鍵』のみ。
だが、使うには魔力が足りない。
ティオの魔力にはまだ余裕があるが、『神造霊装(アーティファクト)』である『七元徳の鍵』には使用できない。
逃走は不可能。
転移魔術で逃げたとしても、その跡から強引に魔力を押し流され攻撃をくらってしまう。
飛行や高速移動などはもはや論外だ。
逆に攻撃を仕掛ける。
だが、これも絶望的。
先に仕留めたとして、爆発は回避できない。
あの出力を上回るにも魔力が足りない。
相手の魔力も、もはや膨大ではない。
が、相反する魔力を暴走、爆発させることで威力を増している。
そう、“魔力を暴走させることで”。
セーヤを纏う光が輝く。
残った魔力を振り絞り、『加護』が強化され、聖剣の色が変わる。
剣の色は、――――“透明”。
「ティオ。力を貸してほしい」
「いいけど。どうするつもり?」
「この剣に、魔力を通してくれればいい。俺も同じように魔力を通す」
「――――まさか。あれと同じことをする気?」
「無茶だろうな。でも、“俺たちの方が可能性がある”」
セーヤの提案、それは至って単純。
目には目を、歯には歯を。――――“暴走には暴走を”。
セーヤは勇者、ティオはリリム。
相反する魔力を持って、魔力の爆発をぶつける。
『オーバーライド』は維持したまま。
その方が異なる魔力を操作しやすい。
「――――かなり無茶をすることになるわね」
「ああ、正直可能性は低い」
「けどその提案、乗ったわ」
暴走を操作する。
概念としては元の世界でいうところの“エンジン”に近い。
ただエネルギー源を“燃やす”のではなく意図的に“爆発”させることで動力とする。
無論それは緻密な計算に基づいて行われる所業である。
彼らは、それを設計図の作成から実行までを短時間及びノンストップで行うというのだ。
いうまでもなく無茶である。
一歩間違えば、彼らの肉体は聖の魔力の爆発によって間違いなく粉々になる。
しかも、セーヤの負担があまりにも大きい。
相反する魔力のコントロール。
これだけで神業と呼べるのに、かつ魔力爆発のコントロール。
それも他人の魔力を含めて行い、それをもって攻撃までしなければならない。
“だが、それがどうした”。
無茶は承知の上だ。
可能性の低い、分の悪い賭け。
それを信頼してくれる、――――仲間。
そんな無茶を押し通してこその『勇者』だろう。
ティオが聖剣に手をかける。
二人によって握られた剣は、徐々に色を持っていく。
黄金と暗黒の渦巻く、形容しがたい模様。
共に表情は真剣。
だが、ゴリゴリと精神力が削られていく。
一歩も間違えられない、綱渡りのような作業。
ギリギリを重ねる所業に対しセーヤが持った感情は、――――感嘆であった。
(すごい……。想像以上の、“魔力コントロール”)
ティオから流れてくる魔力。
その“操作のしやすさ”。
洗練され、かつ扱いやすい強力な魔力。
まるで暴走しているとは思えないほど静かだ。
彼女たち魔物にとって、こんな操作方法は前代未聞かつ前人未踏であろう。
特に自身より強大なものがほとんど存在しないリリムにとって、このような発想自体があり得ない。
にもかかわらず、この練度。
やはり技術において、彼女はセーヤより一歩も二歩も上回っている。
剣の透明が無くなる。
その剣は完全に混沌とした魔力で染まっている。
抱擁する光。
包み込む闇。
彼らの在り方すら写し、それが混ざっているかのようだ。
間もなく時は訪れる。
相手の魔力もまた、ピークに達している。
バチバチと、ほとばしる魔力のスパークはどこか故障を表す火花のようだ。
その様子に対し、彼らの魔力は非常に静かだ。
魔力の一滴すら、その聖剣から零れ落ちる様子はない。
『スベてをノミこめ。オオイなるヤみヨ』!!
『ヒかリもヒトとモ、タイよウも』!!
『ゼンぶマトめテ“はい”トなレ』!!
詠唱によるブースト。
膨大な魔力に対し、さらに威力を上乗せする。
だがそれは、二人も同じ。
『暗黒交じりし極光よ』
『光と闇を行きかいて』
『互いの思いに身を焦がす』
今こそここに顕現するは。
語られないであろう物語。
神々の領域に足を踏み入れた者たちの、戦い。
『シヌがイイ』
『誇りを汚す悪を砕け』
激突する。
『傲慢を貫く災厄の牙(スペルヴィア・ディザスター)』アアアアァァァ!!
『混沌纏う吸血の聖剣(カオスヴァンプ・セイバー)』アアアアァァァ!!
――――――――――。
静寂。
クレーター一つ出来上がった空間で、セーヤとティオは“倒れていた”。
あれだけの力の奔流に対し、肉体と意識を保ったまま。
文字通りすべてを出し切った激突は、二人の勝利で幕を閉じた。
「……生きてるか、ティオ」
「何とか、ね。……指一本動かせないけど」
「じゃあ俺よりましだ。……正直、呼吸するのも辛い」
「まともに話せてるなら上等じゃないの」
「……ああ、違いない。“あの”激突から生き残ったのなら、十分だろうな」
仰向けに倒れた二人の口調は軽い。
が、油断すればすぐさま意識を落としかねない程に、精神力はギリギリだ。
その衰弱次第では最悪、死につながりかねない。
が、その心配は少なくとも無さそうだった。
「まったく、何をどうしたらこんな有様になるのかね」
聞こえてくる幼げであり大人びた声。
魔女の治癒魔術師、エレノア。
魔術に秀でた彼女だからこそ、転移魔術を用いてすぐに駆け付けることができたようだ。
「まあね。みんなを守るために、ちょっと無理したかも」
「ちょっとどころじゃないよ。外傷、内傷、果ては魔力の流れすらメチャクチャ。これのどこがちょっとなんだろうねぇ」
多少怒りの混じった声色。
だがそれは、彼女の慈愛の裏返し。
彼女たち魔物は、どこまで行ってもお人よしのようだ。
「あと聞きたいんだけど、――“彼”はどんな様子」
それを聞く、彼女の声は暗い。
想像が容易についてしまうからだろう。
『遺産』による浸食、暴走による自壊。
生存が絶望的であることは、彼女にもわかっているから。
「安心しろ、とは言えないね。かろうじて生きてはいる、がまだ予断は許さない状況だ。町の治癒術師が総出で治療にあたっている。あと数時間が峠だろうね」
「そう。…………ちょっと待って、私たちが気絶してからどれ位経ってるの?」
「あのでっかい爆発から三十分、ってとこさね。あんたたちは応急処置が済んだとこだよ」
どうやらそこそこの間気絶していたらしい。
むしろある程度治療が済んだからこそ目を覚ましたのだろう。
死に向かった衰弱ではなく、生死の境から戻っていく上での回復。
それはそれとして、魔物のお人よしもここに極まれりといったところか。
確かに、彼は『魔王の遺産』に意識を乗っ取られていた“被害者”だ。
だが、意識を奪われていたことは町の魔物たちは知らないはずなのだ。
にもかかわらず、彼に対して治癒魔術師総出で治療を行う。
彼女たちの気質は、筋金入りといったところだろう。
「……っ……。流石に、そろそろキツイな……」
「……ああ、ホントね。かなり眠くなって、きたわね」
二人の意識は限界だった。
もとより先ほどまで魔力と体力の枯渇で気絶していたのだから。
多少回復したとはいえ、未だ体を満足に動かすことさえできはしない。
「まあ、ゆっくり眠るといいさね。さっさと眠って、さっさと回復しておきな」
「じゃあ、……先に落ちる。あと、事後処理よろしく」
「……おやすみなさい。それと、…………ありがとう」
そう言って、二人は意識を落とす。
気絶ではなく、傷を癒すための眠り。
勇者と王女。
此度の勝者はしばし休息の眠りへとつく。
「はあ……。ホントに、礼を言いたいのはこっちだし面倒ごとを押し付けてんじゃないよ」
憎まれ口をつきながらも彼らの治療に手は抜かない。
どこまで行ってもお人好しな魔物たち。
だが、見知らぬ誰かを守るために命を懸けて戦った彼らこそ。
彼女たち以上のお人好しといえるだろう。
身に纏っていた光は無く、代わりにあるのは漆黒のマント。
それは、ヴァンパイアが持つ特有の翼。
幾何学的な光の翼から一変、闇の貴人とも言えるタキシードのような服装。
手に持つ『聖剣アウルラッド』は、黒く、直線的な赤いラインの二色で彩られている。
まるで闇に走る血管のようで。
セーヤの右目が妖しく、紅く輝いていた。
――――――――――
「なに……あれ……?」
ティオは自身の目の前で起きていることが理解できないでいた。
魔物に男性は存在しない。
そもそも、セーヤは勇者で間違いないはずだ。
聖の魔力に敏感な自身が感じるのだから間違いない。
何があって、あのような姿をしているのか。
リリムたるティオでさえ、“他の魔物の特性をまるごと自身に付け加える”なんて芸当はできない。
今使っている、ヴァンパイアの暗視魔術でさえ高等技術なのだ。
ましてや、“魔物と加護は共存できない”。
ならば目の前で発動した魔術、『オーバーライド』をどう説明したらいいのか。
ティオは、わからなかった。
「っ!?」
すぐに頭を切り替える。
今はそこを気にしている場合ではない。
今考えるべきは、目の前の襲撃者。
とにかく、これでティオもセーヤもこの闇の中で目が効くようになった。
視界によるハンデはない。
二対一であるならば、弱体化した『七つの大罪』相手でも勝機はある。
「あ゛?んだよ、それ……。ヴァンパイアは俺ひとりでじゅうぶんだぁ!!」
キイィン!!ガギイィン!!
走る剣閃。
両手には闇の剣。
姿勢も、太刀筋も滅茶苦茶だ。
だが、その速度と威力は驚異の一言。
獣か、あるいは剣を力強く振るうだけの機械か。
彼の目には、ただ目の前の敵を切り刻むことしか目に映っていなかった。
ギギギィン!!ガァン!!
相対するは闇の勇者。
相手ほどではないが、此度得た豪腕の力。
それは、彼の敵と打ち合えるほどであった。
キィン!!ガィン!!ギイィン!!
かくして、行われている戦闘。
もはやこの世界では本来ありえない、“男性吸血鬼同士の戦い”だ。
「ちっ!?」
ドスッ!!
地面に突き刺さる、紅の矢。
上空から放たれたそれは、襲撃者を狙う王女の一撃。
「躱したわね。あれを見切るって、どんな反射神経してるんだか」
愚痴をこぼしながらも、目の前の敵から目をそらさない。
現在、前衛がセーヤ、後衛がティオといったスタンスが取られている。
あれほど激しい戦闘に、前衛二人はむしろ邪魔になる。
むしろ、アウトレンジの戦いならばティオの土俵だ。
オールマイティな彼女であるが、この相手ならば遠距離の方が都合がいい。
相手の特性は『魔力』と『豪腕』に特化している。
クロスレンジならばそのどちらとも驚異になるが、アウトレンジならば気にするのは『魔力』だけでいい。
こうして相手の気を逸らし、機会さえあれば致命的な一撃を見舞う。
無論、相手の遠距離攻撃に気を使わなければならないが。
「ジャま、だああアアぁアァ!!」
「!?ティオ!!危ない!?」
「っく!?うぅ!?」
躱した。
全身全霊を持って躱した。
上空を貫いた一撃は、“光の本流”となりて闇を切り裂いた。
暗闇が晴れる。
もはやこの領域に意味はないと言わんばかりに跡形もなく消え去っていく。
が、問題は今の攻撃。
ヴァンパイアが放つに似つかわしくない、“光”。
「こいつ、まさか……」
「――『勇者』、ってことね」
蓋を開ければ単純なことだ。
彼が『傲慢の針』に乗っ取られていただけだということは既に気づいていたこと。
乗っ取られる前の彼が、勇者であったというだけのことだ。
魔物と加護は共存できない。
それは新旧どちらの魔王の魔力だろうと変わらない法則だ。
ただ、例外である“汚染”を除けばの話である。
「あァ、はズしてしまッタカ」
声がガラついている。
『遺産』の侵食が進んでいる。
侵食が進んでいるのにも関わらず、“主神の加護が失われていない”。
それはもはや悪夢といえよう。
確かに『魔王の遺産』は弱体化した。
だが、まるでその穴を埋めるように主神の加護が敵対している。
主神にとって、本来“旧魔王の方が優先して倒すべき相手”である。
その影響か、『遺産』によって弱体化するはずの『加護』が、“むしろ強化されている”。
主神の加護が、『魔王の遺産』を塗りつぶそうとしているかのように。
だが、それは悪手。
その“程度”では、いとも簡単に『遺産』に操られてしまう。
“『加護』程度で、『七罪』の闇は払えない”。
タチの悪いことに、相手は“光と闇を兼ね備えた怪物”であった。
「はハはッ!!いイきぶンダ!!」
汚染が進む。
闇に覆われていたその身体は、巻き付くかのように光が走っていた。
しかしその光は、闇を払うにはあまりにも無力だった。
ただ、その力を利用されている。
闇に染まりし黒剣が光を巻きつけられ、さらにそれを闇が縛り上げる。
雁字搦めなその様子は、まるで今の彼を体現したかのようだ。
闇に飲まれる勇者。
対抗するは、闇を体現した勇者。
「仕方がない、“少し負担がかかるが”。――――やるしかない!!」
直後、セーヤの身体から“光が溢れた”。
主神からの加護、それをさらに解放させたその姿。
それを“ヴァンパイアの姿のまま行使している”。
黒き聖剣は、また色を変える。
片刃は黄金。
片刃は漆黒。
その間をかける、カクカクとした凹凸の赤いライン。
本来交わることのない二つが、パズルのように“はまっていた”。
光と闇を内包した勇者同士。
方や凶悪な魔王。
方や愛深き魔王。
互いに似ているようで、どこまでも違う二人の決闘が再開される。
――――――――――
その激突は異様であり衝撃だ。
共に光と闇をを内包する者。
飛び散る光と闇の魔力はその一つ一つでさえ常人では耐えられない。
その中で行われている剣戟は、もはや神話の領域だ。
「オちロ!!おチろ!!オチロオオォゥ!!」
彼が振るうは光を纏い、闇で縛る支配の剣。
それは新たに造られた剣を含めた、闇黒の双剣。
「ハアァッ!!」
彼が振るうは光を内包し、闇を含めた調和の剣。
その一つを駆使し、連撃をも捌く結界の両手剣。
「いい加減に、しなさい!!」
手数の差を埋める、王女の援護。
真紅の弓から放たれる、一手一手が必不殺の弓擊。
だが、それは驚異的な反射のもとに切り伏せられる。
その隙を狙うが、異常ともいえる速度を持って対応される。
激しい攻防による膠着。
それは、決して永遠には続かない。
「はァ!!ハぁ!!ハァ!!」
もとより『傲慢の針』は弱体化している。
それに加え、一対二という不利な状況下。
手数が多い分、消費する魔力とスタミナが激しい。
いかに『七罪』とはいえ、その魔力は無尽蔵ではない。
むしろ“魔力の消費は現魔王に乗っ取られる隙になる”。
この現魔王時代において、『魔王の遺産』は現魔王の影響を弾き続けなければならない。
そのようなことにリソースを避けねばならない。
それが『魔王の遺産』全てに共通する“最大の弱点”である。
「ぐっ!?」
攻撃を食らっていないにもかかわらず、苦悶の声を上げるセーヤ。
確かに、もう時期『傲慢の針』は敗北する。
だがそれよりも早く、セーヤの方が限界に近い。
セーヤは先ほど、『知恵の鍵』を己が魔力で使用した。
『傲慢の針』のように、それ自身が魔力を持っていないが故の選択。
『七元徳の鍵』を使ったことによる反動。
そしてなにより、魔物と加護の力を同時に振るうという現状。
『オーバーライド』を使い、その身を完全に酷使している。
決着は近い。
「ガアアアァァァ!!」
「っ!?」
押し返すような魔力の防風。
理性無き相手が放つ加護の爆発。
それはセーヤだけでなく、彼自身も傷つけている。
もともと、主神の加護は『七罪』にとっては暴れ馬。
大元の魔力を消費すれば、相反する力によって制御が効かなくなるのは自明の理だ。
一旦距離が開く。
相手はもはや制御で手一杯。
だがそれゆえに、いつ爆発してもおかしくない。
「大丈夫?」
傍に寄るティオの声。
優しげなその声は、今のセーヤにとって何よりの支えとなる。
「はぁ、はぁ。……さすがに、限界が近いかな……」
珠の様な汗が滲む。
さらに悪いことに『オーバーライド』が解けかけている。
もはや、彼の魔力は限界に近づいていた。
ゴオオオオオオオオォォォン!!
「なんなのよ!?この魔力っ!?」
「まさ、か」
荒れ狂う魔力の暴風雨。
それはもはや、天災の一種。
その台風の目が、彼。
敗北も爆発も避けられない。
そう悟った相手は、“その爆発を持って攻撃する”つもりだ。
自身の身を考えない、捨て身の攻撃。
文字通りの最期の一撃。
「転移で逃げるわ。あの爆発を躱せば私たちの勝ちよ!!」
「ダメだ。あれほどの規模の魔力、“転移魔術にまで逆流してくる”ぞ」
「じゃあどうするの!?いくら私たちでも、あの攻撃には耐えられない!!」
万事休す。
かの一撃に対抗する防御手段。
あの力を純粋に上回るのは、絶対強固の『結界』を持つ『知恵の鍵』のみ。
だが、使うには魔力が足りない。
ティオの魔力にはまだ余裕があるが、『神造霊装(アーティファクト)』である『七元徳の鍵』には使用できない。
逃走は不可能。
転移魔術で逃げたとしても、その跡から強引に魔力を押し流され攻撃をくらってしまう。
飛行や高速移動などはもはや論外だ。
逆に攻撃を仕掛ける。
だが、これも絶望的。
先に仕留めたとして、爆発は回避できない。
あの出力を上回るにも魔力が足りない。
相手の魔力も、もはや膨大ではない。
が、相反する魔力を暴走、爆発させることで威力を増している。
そう、“魔力を暴走させることで”。
セーヤを纏う光が輝く。
残った魔力を振り絞り、『加護』が強化され、聖剣の色が変わる。
剣の色は、――――“透明”。
「ティオ。力を貸してほしい」
「いいけど。どうするつもり?」
「この剣に、魔力を通してくれればいい。俺も同じように魔力を通す」
「――――まさか。あれと同じことをする気?」
「無茶だろうな。でも、“俺たちの方が可能性がある”」
セーヤの提案、それは至って単純。
目には目を、歯には歯を。――――“暴走には暴走を”。
セーヤは勇者、ティオはリリム。
相反する魔力を持って、魔力の爆発をぶつける。
『オーバーライド』は維持したまま。
その方が異なる魔力を操作しやすい。
「――――かなり無茶をすることになるわね」
「ああ、正直可能性は低い」
「けどその提案、乗ったわ」
暴走を操作する。
概念としては元の世界でいうところの“エンジン”に近い。
ただエネルギー源を“燃やす”のではなく意図的に“爆発”させることで動力とする。
無論それは緻密な計算に基づいて行われる所業である。
彼らは、それを設計図の作成から実行までを短時間及びノンストップで行うというのだ。
いうまでもなく無茶である。
一歩間違えば、彼らの肉体は聖の魔力の爆発によって間違いなく粉々になる。
しかも、セーヤの負担があまりにも大きい。
相反する魔力のコントロール。
これだけで神業と呼べるのに、かつ魔力爆発のコントロール。
それも他人の魔力を含めて行い、それをもって攻撃までしなければならない。
“だが、それがどうした”。
無茶は承知の上だ。
可能性の低い、分の悪い賭け。
それを信頼してくれる、――――仲間。
そんな無茶を押し通してこその『勇者』だろう。
ティオが聖剣に手をかける。
二人によって握られた剣は、徐々に色を持っていく。
黄金と暗黒の渦巻く、形容しがたい模様。
共に表情は真剣。
だが、ゴリゴリと精神力が削られていく。
一歩も間違えられない、綱渡りのような作業。
ギリギリを重ねる所業に対しセーヤが持った感情は、――――感嘆であった。
(すごい……。想像以上の、“魔力コントロール”)
ティオから流れてくる魔力。
その“操作のしやすさ”。
洗練され、かつ扱いやすい強力な魔力。
まるで暴走しているとは思えないほど静かだ。
彼女たち魔物にとって、こんな操作方法は前代未聞かつ前人未踏であろう。
特に自身より強大なものがほとんど存在しないリリムにとって、このような発想自体があり得ない。
にもかかわらず、この練度。
やはり技術において、彼女はセーヤより一歩も二歩も上回っている。
剣の透明が無くなる。
その剣は完全に混沌とした魔力で染まっている。
抱擁する光。
包み込む闇。
彼らの在り方すら写し、それが混ざっているかのようだ。
間もなく時は訪れる。
相手の魔力もまた、ピークに達している。
バチバチと、ほとばしる魔力のスパークはどこか故障を表す火花のようだ。
その様子に対し、彼らの魔力は非常に静かだ。
魔力の一滴すら、その聖剣から零れ落ちる様子はない。
『スベてをノミこめ。オオイなるヤみヨ』!!
『ヒかリもヒトとモ、タイよウも』!!
『ゼンぶマトめテ“はい”トなレ』!!
詠唱によるブースト。
膨大な魔力に対し、さらに威力を上乗せする。
だがそれは、二人も同じ。
『暗黒交じりし極光よ』
『光と闇を行きかいて』
『互いの思いに身を焦がす』
今こそここに顕現するは。
語られないであろう物語。
神々の領域に足を踏み入れた者たちの、戦い。
『シヌがイイ』
『誇りを汚す悪を砕け』
激突する。
『傲慢を貫く災厄の牙(スペルヴィア・ディザスター)』アアアアァァァ!!
『混沌纏う吸血の聖剣(カオスヴァンプ・セイバー)』アアアアァァァ!!
――――――――――。
静寂。
クレーター一つ出来上がった空間で、セーヤとティオは“倒れていた”。
あれだけの力の奔流に対し、肉体と意識を保ったまま。
文字通りすべてを出し切った激突は、二人の勝利で幕を閉じた。
「……生きてるか、ティオ」
「何とか、ね。……指一本動かせないけど」
「じゃあ俺よりましだ。……正直、呼吸するのも辛い」
「まともに話せてるなら上等じゃないの」
「……ああ、違いない。“あの”激突から生き残ったのなら、十分だろうな」
仰向けに倒れた二人の口調は軽い。
が、油断すればすぐさま意識を落としかねない程に、精神力はギリギリだ。
その衰弱次第では最悪、死につながりかねない。
が、その心配は少なくとも無さそうだった。
「まったく、何をどうしたらこんな有様になるのかね」
聞こえてくる幼げであり大人びた声。
魔女の治癒魔術師、エレノア。
魔術に秀でた彼女だからこそ、転移魔術を用いてすぐに駆け付けることができたようだ。
「まあね。みんなを守るために、ちょっと無理したかも」
「ちょっとどころじゃないよ。外傷、内傷、果ては魔力の流れすらメチャクチャ。これのどこがちょっとなんだろうねぇ」
多少怒りの混じった声色。
だがそれは、彼女の慈愛の裏返し。
彼女たち魔物は、どこまで行ってもお人よしのようだ。
「あと聞きたいんだけど、――“彼”はどんな様子」
それを聞く、彼女の声は暗い。
想像が容易についてしまうからだろう。
『遺産』による浸食、暴走による自壊。
生存が絶望的であることは、彼女にもわかっているから。
「安心しろ、とは言えないね。かろうじて生きてはいる、がまだ予断は許さない状況だ。町の治癒術師が総出で治療にあたっている。あと数時間が峠だろうね」
「そう。…………ちょっと待って、私たちが気絶してからどれ位経ってるの?」
「あのでっかい爆発から三十分、ってとこさね。あんたたちは応急処置が済んだとこだよ」
どうやらそこそこの間気絶していたらしい。
むしろある程度治療が済んだからこそ目を覚ましたのだろう。
死に向かった衰弱ではなく、生死の境から戻っていく上での回復。
それはそれとして、魔物のお人よしもここに極まれりといったところか。
確かに、彼は『魔王の遺産』に意識を乗っ取られていた“被害者”だ。
だが、意識を奪われていたことは町の魔物たちは知らないはずなのだ。
にもかかわらず、彼に対して治癒魔術師総出で治療を行う。
彼女たちの気質は、筋金入りといったところだろう。
「……っ……。流石に、そろそろキツイな……」
「……ああ、ホントね。かなり眠くなって、きたわね」
二人の意識は限界だった。
もとより先ほどまで魔力と体力の枯渇で気絶していたのだから。
多少回復したとはいえ、未だ体を満足に動かすことさえできはしない。
「まあ、ゆっくり眠るといいさね。さっさと眠って、さっさと回復しておきな」
「じゃあ、……先に落ちる。あと、事後処理よろしく」
「……おやすみなさい。それと、…………ありがとう」
そう言って、二人は意識を落とす。
気絶ではなく、傷を癒すための眠り。
勇者と王女。
此度の勝者はしばし休息の眠りへとつく。
「はあ……。ホントに、礼を言いたいのはこっちだし面倒ごとを押し付けてんじゃないよ」
憎まれ口をつきながらも彼らの治療に手は抜かない。
どこまで行ってもお人好しな魔物たち。
だが、見知らぬ誰かを守るために命を懸けて戦った彼らこそ。
彼女たち以上のお人好しといえるだろう。
16/05/11 23:04更新 / チーズ
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