平穏
カリュネスに建てられた教会。その教会にある庭園で一人の修道女が子供達の相手をしていた。すると一人の男の子がシスターに声をかけてきた。
「シスター、遊んで!」
「絵本を読んでください、シスター!」
だがその直後一人の女の子がこれまたせがんできた事で二人の子供は互いに見合うと、それぞれに文句を言い始めた。
「僕が先に遊んでって言ったんだよー!」
「私が先に言ったんだもん!」
そう言いながら男の子と女の子が互いに言い合っていたが、やがてその二人の間に立った金の長髪を持った、修道女の装束をまとった女性が屈んで宥め始めた。
「駄目ですよ?喧嘩なんてしては…大丈夫です、ちゃんと皆の相手をしてあげますからね」
「「「「「はーい!シスターヴィルネス!」」」」」
子供達が元気よく返事をすると、ヴィルネスもまた微笑みつつこの提案をしてくれたディランに感謝を覚えていた…。
【2ヶ月前】
「…ご迷惑を、おかけしました」
「いや、こっちこそ嫌な事を言ってしまったから、お互い様だよ…」
あの後、墓場から立ち去ったディランはそのまま自宅に戻ったが、それから暫くしてヴィルネスも戻って来た。だが気丈そうには振る舞ってはいるものの、その瞳は充血しておりうっすらと涙が流れた跡も見えていた。
「…よほどショックだったんだな。勇者を導けなかった事が」
「ええ…私達ヴァルキリーは主神が見出した勇者となるべき人間を育て、導く事が使命なのです。それが果たせずして、何がヴァルキリーだというのでしょう…」
そう返答する声も先ほどまでの凛とした感じは欠片も無く、消え入るようなか細い声となっていた。それを見てディランは益々彼女を傷つけた事を内心で恥じ入った…。
「これから、どうするんだ…?」
「…分かりません。『カリュネスに住む『その村の生まれでない民人』が勇者であり、其の者を勇者として育てよ』…主神は私に『神の声』を通してそう命じました。ですが、それが誰なのかと言う事までは仰られなかった…貴方が自分ではないと仰り、そしてもう一人が亡くなってしまっていては…私にはどうする事も出来ません」
「……」
「神の声もあれから私の元へ届いていないという事は…恐らく主神様もこの事態を予想していなかったのかも知れず、天界では大騒ぎとなっているでしょうね…」
「戻るって言う選択肢はないのか?」
「それこそ出来ません!!私は主神から命を受けて地上に降り立ったのです…なのに主神から与えられた役目を果たせないまま天界に戻るなど、どうしてそのような事が出来るというのですか…!?」
ディランの提案に感情を露わにして真っ向から否定するヴィルネスだったが、その後の言葉が続かなかった。彼女もこのまま地上にいても何も為す事が出来ない事を十二分に理解しているのだから。そんな彼女にディランは暫し黙ったままでいたが、やがてこんな事を言いだした。
「…なあ、君がいいと思っているのならこの村で逗留してみたらどうだ?」
「えっ…?」
「確かに今はこの村に君が捜している勇者の宿命を持つ民人ってのはいないだろう。けど、時が流れればこの村にも外から来る人間がいて、その人ってのが君が捜している相手かも知れない。そんな可能性も無きに非ずだと俺は思うんだ。それまで…君が嫌でないのなら、俺の家に居候してくれて構わないよ」
ディランの提案にヴィルネスはしばし呆然とし、やがて言葉を漏らした。
「いいんですか…?」
「構わないって。この家、結構大きくて使ってない部屋とか多いんだよ。ただこの村に逗留するのなら、村の手伝いとかしてもらう必要があるけど…それでも大丈夫か?」
「は、はい。私は大丈夫ですが…貴方はどうして出会ったばかりの私に対して、そんなにも親切にしてくれるんですか?」
ヴィルネスの疑問は当然だろう。会ったばかりの、それもヴァルキリーと言う人ではない相手に対しどうしてここまで親切にしてくれるのか、彼女にはそれが分からなかった。その問いかけに対し、ディランは頬を指で掻きながら照れ臭そうに答えた。
「どうして、か…まあありていに言うと、『困っている人を見過ごせない』ってところかな。それに君の様な女性が悲しそうにしているのを見ると、こっちも見ていて辛くなるんだ…って、恥ずかしい事言っちゃったかな?」
ディランの言葉に初めヴィルネスは彼の言葉が理解できずただ茫然としていた…が、やがて彼の言葉の意味が理解できたのか、その凛然とした美貌が真っ赤に染まってしまった。
「…………。っ!?///////////な、何を言っているんですか!不謹慎です!!」
「あははっ、悪い悪い(何だ…可愛い所もあるじゃないか)。それで…どうするか決めたか?」
怒り出したヴィルネスを見て内心かわいらしいと思いながらも、ディランは彼女に返事を聞いた。これに彼女は呆れたように溜息一つついたが、やがて輝かんばかりの微笑みを浮かべながら答えた。
「…ええ。貴方の提案を受け入れましょう。ありがとうございます…」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それからが忙しかった。翌日ディランは朝早くに起きて朝食を作りヴィルネスに振る舞うと、豪快ながらもおいしい料理に驚きを隠せない彼女を連れて長老であるベヌロンの家に赴いた。
そして彼に対しヴィルネスを『同じ故郷で生まれた幼馴染で、主神教団のシスターになる為に遊学している女性』だと説明(幼馴染と言う所でヴィルネスが後ろからつねったが我慢した)し、自分の家で居候させてほしいと懇願。
これにベヌロンは初めこそディランが嫁を連れて来たのかと温かい瞳で見つめていたが、事情を聴いてそれを快諾。その際彼女に『教会のシスターとして手伝ってほしい』、『夜には宿屋を兼任する酒場で給仕として手伝ってほしい』と要請しヴィルネスもこれを受け入れた。
そしてそれから2カ月ほど経ち、彼女は子供達や教会のマヌエル司祭はおろか、村人達からも信頼を寄せられるようになっていたのである。
「シスター、さよーなら―!」
「また来るねー!」
「ええ。いつでも待ってますからね」
子供達が母親に連れられて家路につくのを見送ったヴィルネスに対し、この村唯一の主神を信奉する教会の司祭を務める、純白の司祭服を纏い細身で彫の深い皺を持っているが足腰がしっかりしている老人『マヌエル』が声をかけてきた。
「シスターヴィルネス、今日もお疲れ様です」
「マヌエル司祭様…いいえ、こちらこそ今日もご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、貴方が来てくれたおかげで雑仕事も短時間で終わるほどに捗っているので助かっているのですよ。…ディラン君もよい幼馴染をお持ちだ」
「ちゃ、茶化さないでください!私と彼はその様な…」
そう言いながらも頬を染めているヴィルネスにマヌエル司祭はコロコロと笑いながらも慈悲深い視線を向けてつづけた。
「ああ申し訳ありません…ですが貴方ほど主神に対して敬虔に信仰する女性もそうはいません。近頃は金品の多さで信仰の厚さを決める風潮がある物ですから。それに引き換え、貴女やディラン君は率先して他者の助けになろうとしている。それが私から見ればうれしいんですよ」
「…ディランは、初め余所者であるとして敬遠されていたと聞きました」
「ええ…この土地は反魔物領からは僻地として見られていて人の交流があまりありません。その為この土地に住む人間同士の繋がりは強いのですが、当然余所から来た人間…即ちディラン君にも余り友好的ではありませんでした」
そう言ってマヌエル司祭はため息をついたが、やがて嬉しそうにつづけ始めた。
「ですが、彼は文字通り行動で皆の信頼を勝ち得ました。ある時には山に遊びに行って帰ってこなくなった子供達をいの一番に山に入って助けましたし、漁師達と共に漁に赴いた際漁船の一つが転覆して大勢の漁師達が投げ出された時には、自分から海に飛び込んでこれを助けたりして…ね。今では彼もこの村の一員ですよ。最も、彼自身は余り群れる事が好かないので誤解されがちですが、彼ほど他者の事を気に掛ける人はいません」
「…そう、ですか」
マヌエル司祭が我が事の様にディランを褒めるのを、ヴィルネスは相槌を打つも心中では酷く残念がった。『我が身を顧みず、他人の危機を助ける』…言うは易しだが行うは難しと言う言葉がある様にそれを行える人間はそうそういないのだ。もし彼が自分が捜している勇者だったら…。
「おやシスターヴィルネス、いかがしました?そろそろ酒場へ行く時間では?」
「っ!そ、そうでした…それではマヌエル司祭様、また明日」
そう言ってヴィルネスは服を着替える為、教会の一室へ足早に向かって行った…。
「シスター、遊んで!」
「絵本を読んでください、シスター!」
だがその直後一人の女の子がこれまたせがんできた事で二人の子供は互いに見合うと、それぞれに文句を言い始めた。
「僕が先に遊んでって言ったんだよー!」
「私が先に言ったんだもん!」
そう言いながら男の子と女の子が互いに言い合っていたが、やがてその二人の間に立った金の長髪を持った、修道女の装束をまとった女性が屈んで宥め始めた。
「駄目ですよ?喧嘩なんてしては…大丈夫です、ちゃんと皆の相手をしてあげますからね」
「「「「「はーい!シスターヴィルネス!」」」」」
子供達が元気よく返事をすると、ヴィルネスもまた微笑みつつこの提案をしてくれたディランに感謝を覚えていた…。
【2ヶ月前】
「…ご迷惑を、おかけしました」
「いや、こっちこそ嫌な事を言ってしまったから、お互い様だよ…」
あの後、墓場から立ち去ったディランはそのまま自宅に戻ったが、それから暫くしてヴィルネスも戻って来た。だが気丈そうには振る舞ってはいるものの、その瞳は充血しておりうっすらと涙が流れた跡も見えていた。
「…よほどショックだったんだな。勇者を導けなかった事が」
「ええ…私達ヴァルキリーは主神が見出した勇者となるべき人間を育て、導く事が使命なのです。それが果たせずして、何がヴァルキリーだというのでしょう…」
そう返答する声も先ほどまでの凛とした感じは欠片も無く、消え入るようなか細い声となっていた。それを見てディランは益々彼女を傷つけた事を内心で恥じ入った…。
「これから、どうするんだ…?」
「…分かりません。『カリュネスに住む『その村の生まれでない民人』が勇者であり、其の者を勇者として育てよ』…主神は私に『神の声』を通してそう命じました。ですが、それが誰なのかと言う事までは仰られなかった…貴方が自分ではないと仰り、そしてもう一人が亡くなってしまっていては…私にはどうする事も出来ません」
「……」
「神の声もあれから私の元へ届いていないという事は…恐らく主神様もこの事態を予想していなかったのかも知れず、天界では大騒ぎとなっているでしょうね…」
「戻るって言う選択肢はないのか?」
「それこそ出来ません!!私は主神から命を受けて地上に降り立ったのです…なのに主神から与えられた役目を果たせないまま天界に戻るなど、どうしてそのような事が出来るというのですか…!?」
ディランの提案に感情を露わにして真っ向から否定するヴィルネスだったが、その後の言葉が続かなかった。彼女もこのまま地上にいても何も為す事が出来ない事を十二分に理解しているのだから。そんな彼女にディランは暫し黙ったままでいたが、やがてこんな事を言いだした。
「…なあ、君がいいと思っているのならこの村で逗留してみたらどうだ?」
「えっ…?」
「確かに今はこの村に君が捜している勇者の宿命を持つ民人ってのはいないだろう。けど、時が流れればこの村にも外から来る人間がいて、その人ってのが君が捜している相手かも知れない。そんな可能性も無きに非ずだと俺は思うんだ。それまで…君が嫌でないのなら、俺の家に居候してくれて構わないよ」
ディランの提案にヴィルネスはしばし呆然とし、やがて言葉を漏らした。
「いいんですか…?」
「構わないって。この家、結構大きくて使ってない部屋とか多いんだよ。ただこの村に逗留するのなら、村の手伝いとかしてもらう必要があるけど…それでも大丈夫か?」
「は、はい。私は大丈夫ですが…貴方はどうして出会ったばかりの私に対して、そんなにも親切にしてくれるんですか?」
ヴィルネスの疑問は当然だろう。会ったばかりの、それもヴァルキリーと言う人ではない相手に対しどうしてここまで親切にしてくれるのか、彼女にはそれが分からなかった。その問いかけに対し、ディランは頬を指で掻きながら照れ臭そうに答えた。
「どうして、か…まあありていに言うと、『困っている人を見過ごせない』ってところかな。それに君の様な女性が悲しそうにしているのを見ると、こっちも見ていて辛くなるんだ…って、恥ずかしい事言っちゃったかな?」
ディランの言葉に初めヴィルネスは彼の言葉が理解できずただ茫然としていた…が、やがて彼の言葉の意味が理解できたのか、その凛然とした美貌が真っ赤に染まってしまった。
「…………。っ!?///////////な、何を言っているんですか!不謹慎です!!」
「あははっ、悪い悪い(何だ…可愛い所もあるじゃないか)。それで…どうするか決めたか?」
怒り出したヴィルネスを見て内心かわいらしいと思いながらも、ディランは彼女に返事を聞いた。これに彼女は呆れたように溜息一つついたが、やがて輝かんばかりの微笑みを浮かべながら答えた。
「…ええ。貴方の提案を受け入れましょう。ありがとうございます…」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それからが忙しかった。翌日ディランは朝早くに起きて朝食を作りヴィルネスに振る舞うと、豪快ながらもおいしい料理に驚きを隠せない彼女を連れて長老であるベヌロンの家に赴いた。
そして彼に対しヴィルネスを『同じ故郷で生まれた幼馴染で、主神教団のシスターになる為に遊学している女性』だと説明(幼馴染と言う所でヴィルネスが後ろからつねったが我慢した)し、自分の家で居候させてほしいと懇願。
これにベヌロンは初めこそディランが嫁を連れて来たのかと温かい瞳で見つめていたが、事情を聴いてそれを快諾。その際彼女に『教会のシスターとして手伝ってほしい』、『夜には宿屋を兼任する酒場で給仕として手伝ってほしい』と要請しヴィルネスもこれを受け入れた。
そしてそれから2カ月ほど経ち、彼女は子供達や教会のマヌエル司祭はおろか、村人達からも信頼を寄せられるようになっていたのである。
「シスター、さよーなら―!」
「また来るねー!」
「ええ。いつでも待ってますからね」
子供達が母親に連れられて家路につくのを見送ったヴィルネスに対し、この村唯一の主神を信奉する教会の司祭を務める、純白の司祭服を纏い細身で彫の深い皺を持っているが足腰がしっかりしている老人『マヌエル』が声をかけてきた。
「シスターヴィルネス、今日もお疲れ様です」
「マヌエル司祭様…いいえ、こちらこそ今日もご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、貴方が来てくれたおかげで雑仕事も短時間で終わるほどに捗っているので助かっているのですよ。…ディラン君もよい幼馴染をお持ちだ」
「ちゃ、茶化さないでください!私と彼はその様な…」
そう言いながらも頬を染めているヴィルネスにマヌエル司祭はコロコロと笑いながらも慈悲深い視線を向けてつづけた。
「ああ申し訳ありません…ですが貴方ほど主神に対して敬虔に信仰する女性もそうはいません。近頃は金品の多さで信仰の厚さを決める風潮がある物ですから。それに引き換え、貴女やディラン君は率先して他者の助けになろうとしている。それが私から見ればうれしいんですよ」
「…ディランは、初め余所者であるとして敬遠されていたと聞きました」
「ええ…この土地は反魔物領からは僻地として見られていて人の交流があまりありません。その為この土地に住む人間同士の繋がりは強いのですが、当然余所から来た人間…即ちディラン君にも余り友好的ではありませんでした」
そう言ってマヌエル司祭はため息をついたが、やがて嬉しそうにつづけ始めた。
「ですが、彼は文字通り行動で皆の信頼を勝ち得ました。ある時には山に遊びに行って帰ってこなくなった子供達をいの一番に山に入って助けましたし、漁師達と共に漁に赴いた際漁船の一つが転覆して大勢の漁師達が投げ出された時には、自分から海に飛び込んでこれを助けたりして…ね。今では彼もこの村の一員ですよ。最も、彼自身は余り群れる事が好かないので誤解されがちですが、彼ほど他者の事を気に掛ける人はいません」
「…そう、ですか」
マヌエル司祭が我が事の様にディランを褒めるのを、ヴィルネスは相槌を打つも心中では酷く残念がった。『我が身を顧みず、他人の危機を助ける』…言うは易しだが行うは難しと言う言葉がある様にそれを行える人間はそうそういないのだ。もし彼が自分が捜している勇者だったら…。
「おやシスターヴィルネス、いかがしました?そろそろ酒場へ行く時間では?」
「っ!そ、そうでした…それではマヌエル司祭様、また明日」
そう言ってヴィルネスは服を着替える為、教会の一室へ足早に向かって行った…。
16/05/25 00:41更新 / ふかのん
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