恋慕
【現在】
そうしてディランが全てを話し終わるまでの間、ヴィルネスはただの一言も口を挟まなかった。彼の話す言葉の全てを一言一句漏らさず聞き通そう…そんな風に思っているかのように。
「それから…貴方は如何していたのですか?」
「ああ、村人達と別れてからいろんな国を転々としていたよ。教団の連中は俺があんな事件を起こしたから親魔物領へ逃げたんだと思ってたから、俺はその逆を突いた…反魔物領で潜伏をしていたんだよ。まあ逃亡生活は辛かったけどね…そしてそうしてあちこちを転々とした末に、俺はここに行きついたんだ」
そう話し終わったディランは一息つくと…未だ沈黙をしたままのヴィルネスに問いかけた。
「…それで、何か言いたい事はあるか?遠慮なく言ってくれても…俺は構わない」
ディランがそう問いかけると、ヴィルネスは黙ったまま立ち上がって彼の前に立ったのである。そしてそのまましばらくの間経ち続けた…。
「(これは…怒っているんだろうな)」
ディランはそう考えていた。そしてこの後彼女に平手打ちされたとしても…散々に罵倒されたとしても、彼は甘んじで受けるつもりだった。実際自分がした事は、主神に仕える聖騎士にとって決して許されない…大罪であるからだ。彼は起こりうる必然を受け入れんと目を閉じた。
だが…次の瞬間、彼に降りかかったのは叱責でも罵倒でもない…暖かな抱擁だった。
「…ヴィルネス?」
突然の出来事にディランが戸惑いながら問いかけるのに対し、ヴィルネスは穏やかな声で語りかけ始めた。
「ディランは…とても優しい人ですね」
「優しいだって…?俺は優しくなんてないよ…教団に仕える聖騎士でありながら、恩義を受けた人を助ける為に主神を、同輩達を裏切ったんだ。教団の敵である…魔物を庇ったんだぞ?君は…それを責めないのか?」
ディランがそう自身の犯した過ちを問いかけると、ヴィルネスは首を静かに横に振った。
「…貴方のしたことは、教団と言う点で見れば悪なのかもしれません。けれど、貴方はたとえ魔物であっても、幼子を害そうとする行いを許さなかった。弱き者が苦しむ事を望まず、彼らを護る為に立ち上がった。そんなあなたが、私には勇者としか思えません…主の選定は、間違ってはいなかったのですね」
「…神の声が、聞こえたのか?」
「ええ…貴方が戻る前に、一度だけ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【ディランが帰宅する前、ヴィルネスがディランが隠していた武具を見つけた直後】
ヴィルネスは思い悩んでいた。あの時地下室の隠し部屋に隠されていた武具…そしてその中にあり、思わず持ち出してきてしまった教団の証と言える黄金の十字の紋章が描かれた蒼い鞘の長剣。これを持っていたという事は、ディランはただの漁師と言う訳ではなく、教団に仕える聖騎士だった…即ち、間違いなく自身を偽っているのだろう。それは実直に物事に取り組む自分にとって決して許せるものではない。
だが、その一方でヴィルネスはディランが己を偽る理由が分からなかった。共に過ごしてきた日々の中で、ヴィルネスにはディランが下衆な人物などではなく、ヴァルキリーであるはずの自分が想いを寄せてしまう様な好青年である事を悟りきっていた。
だからこそ分からない…なぜ彼ほどの人物が己を偽り、聖騎士の身分を捨てて世捨て人の様に漁師として生きているのか。また彼が己を偽っていたからと言って彼を見限っていいのか…そう、思い悩んでもいた。そうして悩んでいた時…彼女の脳裏に『神の声』が響き渡った。
ーヴィルネス、ヴィルネスよ。何をその様に苦悩しておるのか?
「っ!主よ…私は、私はどうすればいいのでしょうか!?」
…その後はもう歯止めがきかなかった。ディランが自身に嘘をついていた事、自身はそれを許せないと思う一方でディランの事を想っており、だからこそ彼を見限っていいのか。そもそも何故その様な事をしたのか理解できない事を、最後には涙ぐみながら主神に申し出た。
これに主神は何も言葉を発する事無く黙っていたが、やがて神の声はヴィルネスに静かに語りかけた。
ーヴィルネス…そなたの悩みはしかと聞かせて貰った。だが、私からそなたに聞きたい事がある。…そなたは、これからどうしたいのだ?
「っ!?どう、とは…?」
ー確かにディランはそなたに嘘偽りを申していたのだろう。だが、だからと言ってそなたは彼を拒絶してもいいと思っておるのか、それともそれでも彼と共にありたいのか…私はそれを聞きたいと思っておる。
「わ、私は…」
問いかけてくる主の声にヴィルネスは返す言葉もなく狼狽えていると、主の声は彼女に言葉を投げかけた。
ー…ヴィルネス、この問題は私に裁定を求めるべき事柄ではない。ディランが帰還してきたのならば、彼に真実を問いかけてみるがよい。もしそれで彼を許せないと思ったのならば天上に帰還するのもよいだろう…だが、真実を聞いて尚彼と共にありたいと思うのならば…迷う事はない。そなたの心の赴くままに振る舞うがよい。それこそが…そなたとディラン、二人の幸せにつながると私は思っている。
そうして神の声は消え去った…。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「そうして私は貴方から真実を聞き、決意をしました。貴方は…主が見定めた、勇者として相応しい人だと。そして…そんなあなたの事を、私は愛おしくも思っているんです」
「俺の事が…愛おしい?」
ディランが信じられないという感じで問いかけると…ヴィルネスは頬を主に染めながら返答をした。
「…貴方に提案されて、この村で貴方や村人たちと共に過ごす日々は、天上で主神に仕える事しか考えず過ごしてきた私にとって新鮮その物でした。そして地上で過ごすうちに、貴方の事を想うと胸が熱くなってしょうがなかった。愛おしいと言う想いが溢れてしまっていた…おかしいですよね?主の御為に生きる事が当然のヴァルキリーたる私が、まるで村に住む乙女の様に貴方に対して恋慕の情を持ってしまうなんて…」
ーギュッ
だがその後の言葉は続かなかった。ベッドから立ち上がったディランが彼女の事を優しく抱きしめていたのだから。
「俺の方こそ…君の事を愛おしいと思う様になっていたんだ。初めて会った時から…月明かりを受けた君の姿が今も目に焼き付いて離れない。そうして共に過ごす中で、ただ厳格なだけじゃない君の姿も見る事が出来て…ますます君の事が、好きになっていたんだ。…俺は一度聖騎士を、主を裏切った様な男だ。そんな俺を…君はこれから先も、愛おしいと思ってくれるのか?」
ディランが不安そうに問いかけると、ヴィルネスはディランに対して…輝くばかりの笑顔を見せながら答えた。
「はい…私は、ヴァルキリーであるヴィルネスは主神への信仰心と同じ位に貴方の事を愛おしいと思います。これから先も…私は貴方と勇者として導くのみならず、愛しい人としても共にありたいです」
そうして…窓から差し込む月の光に照らされた二人はしばし見つめ合っていたが、やがてどちらともなく口づけを交わし合った…。
そうしてディランが全てを話し終わるまでの間、ヴィルネスはただの一言も口を挟まなかった。彼の話す言葉の全てを一言一句漏らさず聞き通そう…そんな風に思っているかのように。
「それから…貴方は如何していたのですか?」
「ああ、村人達と別れてからいろんな国を転々としていたよ。教団の連中は俺があんな事件を起こしたから親魔物領へ逃げたんだと思ってたから、俺はその逆を突いた…反魔物領で潜伏をしていたんだよ。まあ逃亡生活は辛かったけどね…そしてそうしてあちこちを転々とした末に、俺はここに行きついたんだ」
そう話し終わったディランは一息つくと…未だ沈黙をしたままのヴィルネスに問いかけた。
「…それで、何か言いたい事はあるか?遠慮なく言ってくれても…俺は構わない」
ディランがそう問いかけると、ヴィルネスは黙ったまま立ち上がって彼の前に立ったのである。そしてそのまましばらくの間経ち続けた…。
「(これは…怒っているんだろうな)」
ディランはそう考えていた。そしてこの後彼女に平手打ちされたとしても…散々に罵倒されたとしても、彼は甘んじで受けるつもりだった。実際自分がした事は、主神に仕える聖騎士にとって決して許されない…大罪であるからだ。彼は起こりうる必然を受け入れんと目を閉じた。
だが…次の瞬間、彼に降りかかったのは叱責でも罵倒でもない…暖かな抱擁だった。
「…ヴィルネス?」
突然の出来事にディランが戸惑いながら問いかけるのに対し、ヴィルネスは穏やかな声で語りかけ始めた。
「ディランは…とても優しい人ですね」
「優しいだって…?俺は優しくなんてないよ…教団に仕える聖騎士でありながら、恩義を受けた人を助ける為に主神を、同輩達を裏切ったんだ。教団の敵である…魔物を庇ったんだぞ?君は…それを責めないのか?」
ディランがそう自身の犯した過ちを問いかけると、ヴィルネスは首を静かに横に振った。
「…貴方のしたことは、教団と言う点で見れば悪なのかもしれません。けれど、貴方はたとえ魔物であっても、幼子を害そうとする行いを許さなかった。弱き者が苦しむ事を望まず、彼らを護る為に立ち上がった。そんなあなたが、私には勇者としか思えません…主の選定は、間違ってはいなかったのですね」
「…神の声が、聞こえたのか?」
「ええ…貴方が戻る前に、一度だけ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【ディランが帰宅する前、ヴィルネスがディランが隠していた武具を見つけた直後】
ヴィルネスは思い悩んでいた。あの時地下室の隠し部屋に隠されていた武具…そしてその中にあり、思わず持ち出してきてしまった教団の証と言える黄金の十字の紋章が描かれた蒼い鞘の長剣。これを持っていたという事は、ディランはただの漁師と言う訳ではなく、教団に仕える聖騎士だった…即ち、間違いなく自身を偽っているのだろう。それは実直に物事に取り組む自分にとって決して許せるものではない。
だが、その一方でヴィルネスはディランが己を偽る理由が分からなかった。共に過ごしてきた日々の中で、ヴィルネスにはディランが下衆な人物などではなく、ヴァルキリーであるはずの自分が想いを寄せてしまう様な好青年である事を悟りきっていた。
だからこそ分からない…なぜ彼ほどの人物が己を偽り、聖騎士の身分を捨てて世捨て人の様に漁師として生きているのか。また彼が己を偽っていたからと言って彼を見限っていいのか…そう、思い悩んでもいた。そうして悩んでいた時…彼女の脳裏に『神の声』が響き渡った。
ーヴィルネス、ヴィルネスよ。何をその様に苦悩しておるのか?
「っ!主よ…私は、私はどうすればいいのでしょうか!?」
…その後はもう歯止めがきかなかった。ディランが自身に嘘をついていた事、自身はそれを許せないと思う一方でディランの事を想っており、だからこそ彼を見限っていいのか。そもそも何故その様な事をしたのか理解できない事を、最後には涙ぐみながら主神に申し出た。
これに主神は何も言葉を発する事無く黙っていたが、やがて神の声はヴィルネスに静かに語りかけた。
ーヴィルネス…そなたの悩みはしかと聞かせて貰った。だが、私からそなたに聞きたい事がある。…そなたは、これからどうしたいのだ?
「っ!?どう、とは…?」
ー確かにディランはそなたに嘘偽りを申していたのだろう。だが、だからと言ってそなたは彼を拒絶してもいいと思っておるのか、それともそれでも彼と共にありたいのか…私はそれを聞きたいと思っておる。
「わ、私は…」
問いかけてくる主の声にヴィルネスは返す言葉もなく狼狽えていると、主の声は彼女に言葉を投げかけた。
ー…ヴィルネス、この問題は私に裁定を求めるべき事柄ではない。ディランが帰還してきたのならば、彼に真実を問いかけてみるがよい。もしそれで彼を許せないと思ったのならば天上に帰還するのもよいだろう…だが、真実を聞いて尚彼と共にありたいと思うのならば…迷う事はない。そなたの心の赴くままに振る舞うがよい。それこそが…そなたとディラン、二人の幸せにつながると私は思っている。
そうして神の声は消え去った…。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「そうして私は貴方から真実を聞き、決意をしました。貴方は…主が見定めた、勇者として相応しい人だと。そして…そんなあなたの事を、私は愛おしくも思っているんです」
「俺の事が…愛おしい?」
ディランが信じられないという感じで問いかけると…ヴィルネスは頬を主に染めながら返答をした。
「…貴方に提案されて、この村で貴方や村人たちと共に過ごす日々は、天上で主神に仕える事しか考えず過ごしてきた私にとって新鮮その物でした。そして地上で過ごすうちに、貴方の事を想うと胸が熱くなってしょうがなかった。愛おしいと言う想いが溢れてしまっていた…おかしいですよね?主の御為に生きる事が当然のヴァルキリーたる私が、まるで村に住む乙女の様に貴方に対して恋慕の情を持ってしまうなんて…」
ーギュッ
だがその後の言葉は続かなかった。ベッドから立ち上がったディランが彼女の事を優しく抱きしめていたのだから。
「俺の方こそ…君の事を愛おしいと思う様になっていたんだ。初めて会った時から…月明かりを受けた君の姿が今も目に焼き付いて離れない。そうして共に過ごす中で、ただ厳格なだけじゃない君の姿も見る事が出来て…ますます君の事が、好きになっていたんだ。…俺は一度聖騎士を、主を裏切った様な男だ。そんな俺を…君はこれから先も、愛おしいと思ってくれるのか?」
ディランが不安そうに問いかけると、ヴィルネスはディランに対して…輝くばかりの笑顔を見せながら答えた。
「はい…私は、ヴァルキリーであるヴィルネスは主神への信仰心と同じ位に貴方の事を愛おしいと思います。これから先も…私は貴方と勇者として導くのみならず、愛しい人としても共にありたいです」
そうして…窓から差し込む月の光に照らされた二人はしばし見つめ合っていたが、やがてどちらともなく口づけを交わし合った…。
16/06/08 20:24更新 / ふかのん
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