始まり
『セルマディオ』と言う国があった。反魔物領に属するその国には主神を信奉する教団に属し、主神の教えを広めるとともに人々の秩序と平安を護る為にその刃を振るう『聖騎士団』達が駐留していた。
その聖騎士団に一人の聖騎士が属していた。その聖騎士は聖騎士団の中で最も優れた武勇を持つと同時に、最も敬虔な教団の信者でもあった。彼が戦場に赴けば必ず戦果を持ち帰り、教団からは騎士団の団長として任命する動きもあるほど信頼が厚かった。
だが、その騎士団はある時を境に壊滅した。その時騎士団に所属していた聖騎士達の殆どは、任務などで都市を離れていた僅かな者達を除いてほぼ全ての団員が冥界に旅立ち、さらにその都市に赴いていた教団のトップである教皇も殺害されるという、前代未聞の事件だった。
そしてその際、一人の騎士が消息を絶っていた。次の団長にも任ぜられるほどの信頼を向けられていたあの騎士である。生き残った団員達を初め多くの人々はその騎士がこの惨劇を引き起こしたのではないかと疑い、直ちに捜索の手がのばされた。それは親魔物領に隣接した国にまで向けられるほど広大な捜査網だったが、結局彼を発見する事は出来ず、止む無く捜査は打ち切られ事件は闇に葬られてしまう事になったのである…。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
セルマディオから南に下がった、湾岸部に立っている漁村『カリュネス』。人口100人ほどが住むこの小さな漁村は親魔物、反魔物のいずれにも属さない、この世界では稀有とも言える『中立』の土地だった。
最もその理由は単純な物であり、反魔物領から見れば寂れた小さな漁村であり税収にも期待できず親魔物領とも隣接していない事から戦略的にも重要ではないと半ば放置された為。一方親魔物領から見ると年頃の男性があまりおらず、また大海原を挟んでいる事から隣接してもいない事から、隣接し尚且つ年頃の男性が多い大都市の方に目を向ける事が多い為であった。
さて、そのカリュネスから離れた沖合に一隻の小舟が浮かんでおり、その小舟に腰を下ろしながら釣糸を海面に垂らしている、一人の青年がいた。青年は漁村で生活している漁師らしい、浅黒い肌を持っており黒い短髪とは真逆の銀の瞳は海面に垂らしている釣糸を凝視していた。やがて…釣り糸が僅かに動いたのを見た青年は釣竿を上に動かして引き揚げたが…。
「…はあ、また駄目だったか」
そう呟いてため息を吐く青年が手にしている釣竿、そして釣糸の先に付けてある釣り針には何も喰い付いていなかったのである。それを見て青年は船底に仰向けに寝転がって澄み渡る青空を見上げ始めた。
「今日はボウズになるのか?参ったね、こりゃ」
青年が愚痴をこぼしながら寝転がっていると、彼が乗っている小舟の近くの海面がブクブクと泡立ち始めた。
ブクブクブクブク…ざばあっ!
そうして海面が盛り上がったかと思うと、水色の背鰭を持った蛇を思わせる頭部が現れ、青年が乗っている小舟を見下ろし始めたのである。
「…おっ、大海蛇(シーサーペント)か?」
大海蛇(シーサーペント)…それはこの世界において大海原を行く交易商人や船乗りたちにとって恐怖の象徴でもあった。クラーケンやスキュラと言った魔物娘達が襲い掛かるものの男性との交わりを為す事が目的で命を奪う事が無いのに対し、シーサーペントはそんな考えを持たず自身の食欲を満たす為に船を襲い船乗りたちを貪り食うのである。この為海に住み、夫を求めている魔物娘達からも敵意を向けられる事が多い。
ぐるる…(じゅるり)
そうして姿を見せたシーサーペントは眼下に浮かんでいる小舟と、その小舟で寝転がっている青年を暫し眺めていたが、やがて舌なめずりをし始めた。今日はこの人間を喰らうとしよう…そう宣言しているのと同意義だったのだが、これに対し眼下の青年は面倒くさそうに頭を掻きながら起き上ってきたのである。
があああああああっ!
そして暫し見下ろしていたシーサーペントは雄たけびを上げ、鋭い牙を見せながら襲いかかった。これに対し青年は船の櫂を手にして立ちあがったが、シーサーペントには関係が無かった。あんな船の櫂如きで自分を止められる訳がない…そう考えていた。実際これまでそうしてきた人間を幾人も喰らって来たのだから。
ベキイっ!!
…その時、シーサーペントは事態を把握できなかった。あの青年に襲いかかったところまでは覚えていたのだが、その後何が起こったのか分からなかった。襲い掛かろうとした瞬間、『何かが砕けた様な音』が響いた直後、自身の身体が高々と打ち上げられたのである。そして上下が逆さまになった視線を動かすとその視線の先に、自身が食らい付こうとした青年が船の櫂を振り抜いた状態で立っていたのが見えた。
それを見てシーサーペントは、あの青年が船の櫂で自身の顎を強打し、そのまま打ち上げたのだと察した後…海に叩き付けられて意識を永遠に失ったのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…よし、仕留めたみたいだな!!」
海面に叩き付けられた後、海面に浮かんできて動かなくなったシーサーペントを見て青年は満面の笑みを浮かべて喜んだ。だが驚くべきはその青年の膂力だろう。その船の櫂は所々補強してある上に、櫂の平たい部分には鉄板まで張られており一種の鈍器の様になっていたのだが、青年は自身よりも遥かに大きいシーサーペントをその船の櫂を使って顎を強打し、そのまま打ち上げて見せたのである。
そして青年は船に乗せてあるもやい綱の一方に鉤を取り付けると、それを絶命したシーサーペントの上顎に突き刺し、それを何度か引っ張った後に船に戻り、そのまま自身の故郷である『カリュネス』に向けて櫂を動かし始めた。しかも一方の手でもやい綱を握り締めながら、もう一方の手で櫂を器用に動かして船を動かしているだけでもその力量は推して知るべし、と言う物だろう。
青年が乗る船は船よりも大きなシーサーペントの亡骸を引っ張りながらゆっくりとカリュネスに向かって進んで行った…。
その聖騎士団に一人の聖騎士が属していた。その聖騎士は聖騎士団の中で最も優れた武勇を持つと同時に、最も敬虔な教団の信者でもあった。彼が戦場に赴けば必ず戦果を持ち帰り、教団からは騎士団の団長として任命する動きもあるほど信頼が厚かった。
だが、その騎士団はある時を境に壊滅した。その時騎士団に所属していた聖騎士達の殆どは、任務などで都市を離れていた僅かな者達を除いてほぼ全ての団員が冥界に旅立ち、さらにその都市に赴いていた教団のトップである教皇も殺害されるという、前代未聞の事件だった。
そしてその際、一人の騎士が消息を絶っていた。次の団長にも任ぜられるほどの信頼を向けられていたあの騎士である。生き残った団員達を初め多くの人々はその騎士がこの惨劇を引き起こしたのではないかと疑い、直ちに捜索の手がのばされた。それは親魔物領に隣接した国にまで向けられるほど広大な捜査網だったが、結局彼を発見する事は出来ず、止む無く捜査は打ち切られ事件は闇に葬られてしまう事になったのである…。
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セルマディオから南に下がった、湾岸部に立っている漁村『カリュネス』。人口100人ほどが住むこの小さな漁村は親魔物、反魔物のいずれにも属さない、この世界では稀有とも言える『中立』の土地だった。
最もその理由は単純な物であり、反魔物領から見れば寂れた小さな漁村であり税収にも期待できず親魔物領とも隣接していない事から戦略的にも重要ではないと半ば放置された為。一方親魔物領から見ると年頃の男性があまりおらず、また大海原を挟んでいる事から隣接してもいない事から、隣接し尚且つ年頃の男性が多い大都市の方に目を向ける事が多い為であった。
さて、そのカリュネスから離れた沖合に一隻の小舟が浮かんでおり、その小舟に腰を下ろしながら釣糸を海面に垂らしている、一人の青年がいた。青年は漁村で生活している漁師らしい、浅黒い肌を持っており黒い短髪とは真逆の銀の瞳は海面に垂らしている釣糸を凝視していた。やがて…釣り糸が僅かに動いたのを見た青年は釣竿を上に動かして引き揚げたが…。
「…はあ、また駄目だったか」
そう呟いてため息を吐く青年が手にしている釣竿、そして釣糸の先に付けてある釣り針には何も喰い付いていなかったのである。それを見て青年は船底に仰向けに寝転がって澄み渡る青空を見上げ始めた。
「今日はボウズになるのか?参ったね、こりゃ」
青年が愚痴をこぼしながら寝転がっていると、彼が乗っている小舟の近くの海面がブクブクと泡立ち始めた。
ブクブクブクブク…ざばあっ!
そうして海面が盛り上がったかと思うと、水色の背鰭を持った蛇を思わせる頭部が現れ、青年が乗っている小舟を見下ろし始めたのである。
「…おっ、大海蛇(シーサーペント)か?」
大海蛇(シーサーペント)…それはこの世界において大海原を行く交易商人や船乗りたちにとって恐怖の象徴でもあった。クラーケンやスキュラと言った魔物娘達が襲い掛かるものの男性との交わりを為す事が目的で命を奪う事が無いのに対し、シーサーペントはそんな考えを持たず自身の食欲を満たす為に船を襲い船乗りたちを貪り食うのである。この為海に住み、夫を求めている魔物娘達からも敵意を向けられる事が多い。
ぐるる…(じゅるり)
そうして姿を見せたシーサーペントは眼下に浮かんでいる小舟と、その小舟で寝転がっている青年を暫し眺めていたが、やがて舌なめずりをし始めた。今日はこの人間を喰らうとしよう…そう宣言しているのと同意義だったのだが、これに対し眼下の青年は面倒くさそうに頭を掻きながら起き上ってきたのである。
があああああああっ!
そして暫し見下ろしていたシーサーペントは雄たけびを上げ、鋭い牙を見せながら襲いかかった。これに対し青年は船の櫂を手にして立ちあがったが、シーサーペントには関係が無かった。あんな船の櫂如きで自分を止められる訳がない…そう考えていた。実際これまでそうしてきた人間を幾人も喰らって来たのだから。
ベキイっ!!
…その時、シーサーペントは事態を把握できなかった。あの青年に襲いかかったところまでは覚えていたのだが、その後何が起こったのか分からなかった。襲い掛かろうとした瞬間、『何かが砕けた様な音』が響いた直後、自身の身体が高々と打ち上げられたのである。そして上下が逆さまになった視線を動かすとその視線の先に、自身が食らい付こうとした青年が船の櫂を振り抜いた状態で立っていたのが見えた。
それを見てシーサーペントは、あの青年が船の櫂で自身の顎を強打し、そのまま打ち上げたのだと察した後…海に叩き付けられて意識を永遠に失ったのであった。
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「…よし、仕留めたみたいだな!!」
海面に叩き付けられた後、海面に浮かんできて動かなくなったシーサーペントを見て青年は満面の笑みを浮かべて喜んだ。だが驚くべきはその青年の膂力だろう。その船の櫂は所々補強してある上に、櫂の平たい部分には鉄板まで張られており一種の鈍器の様になっていたのだが、青年は自身よりも遥かに大きいシーサーペントをその船の櫂を使って顎を強打し、そのまま打ち上げて見せたのである。
そして青年は船に乗せてあるもやい綱の一方に鉤を取り付けると、それを絶命したシーサーペントの上顎に突き刺し、それを何度か引っ張った後に船に戻り、そのまま自身の故郷である『カリュネス』に向けて櫂を動かし始めた。しかも一方の手でもやい綱を握り締めながら、もう一方の手で櫂を器用に動かして船を動かしているだけでもその力量は推して知るべし、と言う物だろう。
青年が乗る船は船よりも大きなシーサーペントの亡骸を引っ張りながらゆっくりとカリュネスに向かって進んで行った…。
16/05/22 01:53更新 / ふかのん
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