私の全て
夫が目を覚ましていることが、気配で解った。
そして……何かを思い悩んでいることも。
愛しい愛しい、私の恋人。
私の世界に唯一必要で、絶対無二の存在。
私がただ一人愛し、そしてただ一人『私そのもの』を愛してくれる私の夫。
彼は、私と繋がっているときは私のことだけを見てくれて、他の事など考えもしないが
私と繋がっていないときに、極稀に一人で思い悩んで物思いに耽っていることがある。
何に、かは解っている。
彼の悩みは全て私に打ち明けて欲しいけれど、残念ながらどうにも出来ない。
その悩みが今の私には理解できないものであることも解っているから。
人間を辞めて、置き去りにしてきたものの事を思っているのだろう。
彼は自分の周りに居る人全てを大切にする人だから、それを置いてきたことに後ろめたさを感じている。
でも、私にはそれが彼にとって意味のあるものには思えないのだ。
彼らに、彼に愛されるほどの価値があるとは到底思えない。
例えば、嘗ての私が父と呼んでいたあの男。
私と彼を引き離した張本人。
あの男は本当に人を見る目が無い。
私を唯一愛してくれる存在である彼の価値を理解できず、私と彼を引き離した。
騎士団の幹部達も同じだ。
身分なんて下らない尺度でしか物事を推し量れない、つまらない人達。
私の夫が、どれほど素晴らしい男であるかも見抜くことが出来なかった。
私に本当に必要なのは彼一人だったというのに。
価値が無いと言えば、主神はその最たるものだ。
デルエラ様や魔王様の理想を阻み、人間と魔物を争わせようとする諸悪の根源。
私達の運命を弄び、私と彼が結ばれない未来を歩ませようとした……。
そして何より、『私の夫を勇者に選なかった』程に愚かしい。
彼は私よりもずっと、『勇者』に相応しい心の強さを持っていたのに。
夫は、最高の男だ。
彼自身も自覚はしていないが、私は彼がどれだけ素晴らしい男かを知っている。
彼は、とても強い。
肉体が……ではなく、精神が、意志が、そして魂が。
彼は自分の不幸を決して他人のせいにしなかった。
彼を不幸にした……その理由を作った私を恨む気持ちは、彼の心には一片たりとて存在しなかった。
それどころか、私のせいで沢山のものを失ったのに、ずっと私を想い続けてくれていた。
デルエラ様に魔物にしてもらって彼を迎えに行ったとき……。
正直、不安だったのだ。
―彼は私を許してくれるだろうか。
――彼は私を受け入れてくれるだろうか。
―――彼は私を………愛してくれるだろうか。
デルエラ様は
「愛と快楽を以って虜にしてしまえば彼は貴女を愛してくれる」
と言って下さったが、たとえ一瞬でも彼に恐れられ憎まれるのは何よりも怖かった。
それでも彼を求める欲望には勝てず、彼の元に辿り着いて……
さあ、飛び掛って襲ってしまおう――としたその時、彼の心が見えた。
サキュバスの魔力に浸された魔法の薬湯に長時間浸かっていた影響だろうか、魔力を触媒として、彼の想いが伝わってきたのだ。
彼の心の中には、私への恨み辛みなど欠片も無かった。
あったのは無力な自分への自責と後悔の念。
けれど、それに負けることなく己を磨こうとする強い意志。
なにより……私へと向けられた、自分の身を投げ出さんとするほど、悲しいほどに健気な愛。
彼は、魅了するまでも無く私の虜だった。私の虜であり続けてくれたのだ。
私が彼の虜であり続けたのと同じように。
彼の心が私で一杯だと分かって、少しだけ心が落ち着いた。
いや、喜びが溢れて、溢れ過ぎて一回りして、逆に落ち着くことが出来た。
お陰で有無を言わせず彼を押し倒さずに済んだ。
魔物に生まれ変わった私を見ても、彼は驚愕しても恐怖は抱かなかった。
それどころか、私をなんとかして生かそうと、護ろうと、己を擲つ覚悟さえして見せてくれた。
……あまりの嬉しさに我を忘れて、その場でファーストキスを奪ってしまった。
そして……愛を誓い合って、神聖で大切な『はじめて』を捧げあった。
数を重ねる度に快楽を増していく私達の交わりは、今ではその『はじめて』の快楽を超えているはずなのに、
あの日の喜びは私達にとって褪せる事のない喜びとして深く刻み込まれている。
彼は私に全てを捧げ尽くしてくれた。
インキュバスになり立ての身体で、快楽に翻弄されても決して折れることなく、私を悦ばせ続けた。
私が吸いきれないほどの精を、何度も何度も、その燃えるような愛と共に注ぎ続けてくれた。
デルエラ様も彼には驚き、賞賛してくださった。
意志と理性が強い人間が、それらで欲望を抑えるのではなく、それらに欲望を乗せて魔物を愛したとき、
素晴らしい快楽が生まれるのだと……。
彼の愛を受け続けた私の力は、今やリリムであるデルエラ様のお手伝いをさせて頂ける程にまで高まった。
一日でも早く魔王様の理想を実現させるべく精力的に魔界を広げる活動をされているデルエラ様は、
どうしても他のリリムの皆様のように、夫と交わり続けて力を蓄え、世界を魔力で満たすという役割が疎かになりがちなのだ。
私はそんなデルエラ様に代わり、彼と交わり続けて魔力を生み出し、世界に放出し続けている。
一介のサキュバスに過ぎない私が、デルエラ様の代役を務めるほどの力を得られたのは全部、彼が私を愛してくれるお陰。
力も、栄誉も、快楽も、喜びも、愛も、そして未来も
全部全部、彼が私に与えてくれる。
私に全てを与えてくれる彼が、素晴らしくない訳が無い。
でも……危なかった。
彼を独り占めできて本当に良かった。
彼の強い心にも絶望は巣食い、心に小さな、空虚な穴を開けていた。
心が通じ合って、実は私だけが彼を独占できるタイミングを逃してしまうギリギリのところに居たことを知った。
鍛えても鍛えても、私に近づくことが出来ないもどかしさ、焦り、そして絶望。
彼は絶望を抱く度に、それを乗り越える程の意志を以って立ち上がって自分を磨き続けた。
しかし、その絶望は少しずつ……諦めにも似た傷を彼の心に育てていた。
もし、その傷に誰かが……私ではない誰かが寄り添っていたら……
私は、彼をその誰かに彼を奪われていたかもしれない。
彼を奪われることは無くても、彼を独り占めは出来なかったかも知れなかった。
「ん…?ウィルマリナ?
ごめん、起こしちゃった?」
物思いにひとまずの区切りをつけたのだろう。彼が私の視線に気付いた。
彼と目が合うだけで、ああ……、愛おしさが込み上げてくる。
身を捩り、彼の胸板から身を乗り出して、彼の唇にキス。
彼は驚くことも無く、私のキスを受け入れてくれた。
魔物の身体とは貪欲なもので、愛しい夫と唇を合わせただけで発情し、夫の愛を欲して疼き出す。
でも、とりあえずはガマンする。
昨日あんなに愛し合ったのだ。
彼も疲れているだろう。
本当は彼を貪りたいし貪って欲しいが、彼の意思を無視する気は無い。
このまま抱き合ってもう一寝してもいい。
それはそれで嬉しいし、幸せだもの。
「眠れないの?」
「いいや、何でもないよ」
小さく微笑んで、私の問いに答えを返す。
苦しんではいたけれど、苦しみに対する答えも出せた…のだろう。笑みに淀みは無い。
なら、それを後押ししてあげなくては。
「………ねぇ、私ね?
今、とぉっっても……幸せだよ」
私の真心を、包み隠さずそのまま伝える。
嘘偽りの無い、本心で。
そう伝えると、彼は小さく笑う。
まるで私の言葉に救われたように。
私は彼の妻だ。
妻は夫と喜びを分かち合い、そして夫の苦しみも共に乗り越えなくてはならない。
私には、一つの計画がある。
いずれ必ず来る『その時』。
私が……彼との愛の結晶を身篭ったとき。
私はその、彼が言い逃れできないような確たる証拠を突きつけて、こう言うのだ。
「この『私の最高の幸せ』は、あなたが私に与えてくれたのだ」
あなたこそが、私の全てなのだと、宣言するのだ。
否定のしようが無い、揺るがぬ証と共に。
あなたが私の幸福なのだと、それを分かってもらえればきっと彼を苦しみから解き放ってあげられる。
自分が無力などではないと、あなたはこんなにも私を幸せにしてくれるのだと。
彼の苦しみは私の苦しみだ。
私は妻として、夫の苦しみを分かち合い、それを二人して乗り越えるのだ。
「ね、お願い。
ぎゅぅっ、て、して?」
私のお願いに、彼は優しく微笑んで抱き締めてくれる。
胸に感じる彼の鼓動も、吐息も、視線も、体温も、なにもかもが愛おしい。
彼の抱擁にこの上ない至福を感じて、瞼が重くなる。
今は眠ろう。
目覚めたら、また彼を愛し、彼に愛してもらうのだ。
そして………何時の日にか、必ず……。
愛しい愛しい、狂おしいまでに愛おしい私の旦那さま。
私の、全て。
愛しい愛しい、私のあなた。
幸せに、なりましょう。
あなたと、私と、私達の子供達と一緒に
そう―――永遠に
そして……何かを思い悩んでいることも。
愛しい愛しい、私の恋人。
私の世界に唯一必要で、絶対無二の存在。
私がただ一人愛し、そしてただ一人『私そのもの』を愛してくれる私の夫。
彼は、私と繋がっているときは私のことだけを見てくれて、他の事など考えもしないが
私と繋がっていないときに、極稀に一人で思い悩んで物思いに耽っていることがある。
何に、かは解っている。
彼の悩みは全て私に打ち明けて欲しいけれど、残念ながらどうにも出来ない。
その悩みが今の私には理解できないものであることも解っているから。
人間を辞めて、置き去りにしてきたものの事を思っているのだろう。
彼は自分の周りに居る人全てを大切にする人だから、それを置いてきたことに後ろめたさを感じている。
でも、私にはそれが彼にとって意味のあるものには思えないのだ。
彼らに、彼に愛されるほどの価値があるとは到底思えない。
例えば、嘗ての私が父と呼んでいたあの男。
私と彼を引き離した張本人。
あの男は本当に人を見る目が無い。
私を唯一愛してくれる存在である彼の価値を理解できず、私と彼を引き離した。
騎士団の幹部達も同じだ。
身分なんて下らない尺度でしか物事を推し量れない、つまらない人達。
私の夫が、どれほど素晴らしい男であるかも見抜くことが出来なかった。
私に本当に必要なのは彼一人だったというのに。
価値が無いと言えば、主神はその最たるものだ。
デルエラ様や魔王様の理想を阻み、人間と魔物を争わせようとする諸悪の根源。
私達の運命を弄び、私と彼が結ばれない未来を歩ませようとした……。
そして何より、『私の夫を勇者に選なかった』程に愚かしい。
彼は私よりもずっと、『勇者』に相応しい心の強さを持っていたのに。
夫は、最高の男だ。
彼自身も自覚はしていないが、私は彼がどれだけ素晴らしい男かを知っている。
彼は、とても強い。
肉体が……ではなく、精神が、意志が、そして魂が。
彼は自分の不幸を決して他人のせいにしなかった。
彼を不幸にした……その理由を作った私を恨む気持ちは、彼の心には一片たりとて存在しなかった。
それどころか、私のせいで沢山のものを失ったのに、ずっと私を想い続けてくれていた。
デルエラ様に魔物にしてもらって彼を迎えに行ったとき……。
正直、不安だったのだ。
―彼は私を許してくれるだろうか。
――彼は私を受け入れてくれるだろうか。
―――彼は私を………愛してくれるだろうか。
デルエラ様は
「愛と快楽を以って虜にしてしまえば彼は貴女を愛してくれる」
と言って下さったが、たとえ一瞬でも彼に恐れられ憎まれるのは何よりも怖かった。
それでも彼を求める欲望には勝てず、彼の元に辿り着いて……
さあ、飛び掛って襲ってしまおう――としたその時、彼の心が見えた。
サキュバスの魔力に浸された魔法の薬湯に長時間浸かっていた影響だろうか、魔力を触媒として、彼の想いが伝わってきたのだ。
彼の心の中には、私への恨み辛みなど欠片も無かった。
あったのは無力な自分への自責と後悔の念。
けれど、それに負けることなく己を磨こうとする強い意志。
なにより……私へと向けられた、自分の身を投げ出さんとするほど、悲しいほどに健気な愛。
彼は、魅了するまでも無く私の虜だった。私の虜であり続けてくれたのだ。
私が彼の虜であり続けたのと同じように。
彼の心が私で一杯だと分かって、少しだけ心が落ち着いた。
いや、喜びが溢れて、溢れ過ぎて一回りして、逆に落ち着くことが出来た。
お陰で有無を言わせず彼を押し倒さずに済んだ。
魔物に生まれ変わった私を見ても、彼は驚愕しても恐怖は抱かなかった。
それどころか、私をなんとかして生かそうと、護ろうと、己を擲つ覚悟さえして見せてくれた。
……あまりの嬉しさに我を忘れて、その場でファーストキスを奪ってしまった。
そして……愛を誓い合って、神聖で大切な『はじめて』を捧げあった。
数を重ねる度に快楽を増していく私達の交わりは、今ではその『はじめて』の快楽を超えているはずなのに、
あの日の喜びは私達にとって褪せる事のない喜びとして深く刻み込まれている。
彼は私に全てを捧げ尽くしてくれた。
インキュバスになり立ての身体で、快楽に翻弄されても決して折れることなく、私を悦ばせ続けた。
私が吸いきれないほどの精を、何度も何度も、その燃えるような愛と共に注ぎ続けてくれた。
デルエラ様も彼には驚き、賞賛してくださった。
意志と理性が強い人間が、それらで欲望を抑えるのではなく、それらに欲望を乗せて魔物を愛したとき、
素晴らしい快楽が生まれるのだと……。
彼の愛を受け続けた私の力は、今やリリムであるデルエラ様のお手伝いをさせて頂ける程にまで高まった。
一日でも早く魔王様の理想を実現させるべく精力的に魔界を広げる活動をされているデルエラ様は、
どうしても他のリリムの皆様のように、夫と交わり続けて力を蓄え、世界を魔力で満たすという役割が疎かになりがちなのだ。
私はそんなデルエラ様に代わり、彼と交わり続けて魔力を生み出し、世界に放出し続けている。
一介のサキュバスに過ぎない私が、デルエラ様の代役を務めるほどの力を得られたのは全部、彼が私を愛してくれるお陰。
力も、栄誉も、快楽も、喜びも、愛も、そして未来も
全部全部、彼が私に与えてくれる。
私に全てを与えてくれる彼が、素晴らしくない訳が無い。
でも……危なかった。
彼を独り占めできて本当に良かった。
彼の強い心にも絶望は巣食い、心に小さな、空虚な穴を開けていた。
心が通じ合って、実は私だけが彼を独占できるタイミングを逃してしまうギリギリのところに居たことを知った。
鍛えても鍛えても、私に近づくことが出来ないもどかしさ、焦り、そして絶望。
彼は絶望を抱く度に、それを乗り越える程の意志を以って立ち上がって自分を磨き続けた。
しかし、その絶望は少しずつ……諦めにも似た傷を彼の心に育てていた。
もし、その傷に誰かが……私ではない誰かが寄り添っていたら……
私は、彼をその誰かに彼を奪われていたかもしれない。
彼を奪われることは無くても、彼を独り占めは出来なかったかも知れなかった。
「ん…?ウィルマリナ?
ごめん、起こしちゃった?」
物思いにひとまずの区切りをつけたのだろう。彼が私の視線に気付いた。
彼と目が合うだけで、ああ……、愛おしさが込み上げてくる。
身を捩り、彼の胸板から身を乗り出して、彼の唇にキス。
彼は驚くことも無く、私のキスを受け入れてくれた。
魔物の身体とは貪欲なもので、愛しい夫と唇を合わせただけで発情し、夫の愛を欲して疼き出す。
でも、とりあえずはガマンする。
昨日あんなに愛し合ったのだ。
彼も疲れているだろう。
本当は彼を貪りたいし貪って欲しいが、彼の意思を無視する気は無い。
このまま抱き合ってもう一寝してもいい。
それはそれで嬉しいし、幸せだもの。
「眠れないの?」
「いいや、何でもないよ」
小さく微笑んで、私の問いに答えを返す。
苦しんではいたけれど、苦しみに対する答えも出せた…のだろう。笑みに淀みは無い。
なら、それを後押ししてあげなくては。
「………ねぇ、私ね?
今、とぉっっても……幸せだよ」
私の真心を、包み隠さずそのまま伝える。
嘘偽りの無い、本心で。
そう伝えると、彼は小さく笑う。
まるで私の言葉に救われたように。
私は彼の妻だ。
妻は夫と喜びを分かち合い、そして夫の苦しみも共に乗り越えなくてはならない。
私には、一つの計画がある。
いずれ必ず来る『その時』。
私が……彼との愛の結晶を身篭ったとき。
私はその、彼が言い逃れできないような確たる証拠を突きつけて、こう言うのだ。
「この『私の最高の幸せ』は、あなたが私に与えてくれたのだ」
あなたこそが、私の全てなのだと、宣言するのだ。
否定のしようが無い、揺るがぬ証と共に。
あなたが私の幸福なのだと、それを分かってもらえればきっと彼を苦しみから解き放ってあげられる。
自分が無力などではないと、あなたはこんなにも私を幸せにしてくれるのだと。
彼の苦しみは私の苦しみだ。
私は妻として、夫の苦しみを分かち合い、それを二人して乗り越えるのだ。
「ね、お願い。
ぎゅぅっ、て、して?」
私のお願いに、彼は優しく微笑んで抱き締めてくれる。
胸に感じる彼の鼓動も、吐息も、視線も、体温も、なにもかもが愛おしい。
彼の抱擁にこの上ない至福を感じて、瞼が重くなる。
今は眠ろう。
目覚めたら、また彼を愛し、彼に愛してもらうのだ。
そして………何時の日にか、必ず……。
愛しい愛しい、狂おしいまでに愛おしい私の旦那さま。
私の、全て。
愛しい愛しい、私のあなた。
幸せに、なりましょう。
あなたと、私と、私達の子供達と一緒に
そう―――永遠に
12/03/21 10:07更新 / ドラコン田中に激似
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