レスカティエ教国────

数ある教団勢力国家の中でも第二位の戦力を誇る軍事大国だ。
国の四方を森に囲まれ、農作物を育てるのに適した農地も少なく、近くに価値の高い鉱石を採れる鉱脈があるわけでもなく、国家の力を決めるであろう資源が乏しいこの国が教団国家の中で大きな発言力を持っているのは、他国には無い特産品があるからだ。

そのレスカティエを支える特産品とは、教団の最高戦力たる『勇者』達であり、その『勇者』には及ばないものの厳しい訓練を重ねた末に生み出される質の高い兵士達であり、高度な教育を受けた僧侶に魔術師に軍師・・・。
つまりは『人材』。そして教団がその威光を知らしめ、周辺諸国が最近増加傾向にある親魔物国家に鞍替えをしないように睨みを利かせる要所としての軍事力だ。
建国者がかつて魔王を倒し世界を救った勇者の出自だからか、それとも主神の加護がとりわけ強くなるような『何か』があるのかは分からないが、レスカティエには他国と比べて主神の加護を授かった『勇者』が大量に現れるのだ。

その『勇者』達を養成する為の設備・機関が非常に充実しているレスカティエには、同時に兵士等を養成する設備も充実している。
俺が今、浸かっている一般兵用の大浴場の薬湯もそんな設備の一つだ。
高価な薬草を湯に浸し、しかも浴槽に何かしらの回復魔法も施されているこの浴場は、打撲に切り傷に骨折に筋肉痛と、訓練で傷ついた身体をたちどころに癒してくれる。ゆっくりと湯治し一晩眠るだけで翌日には全快するという素晴らしいシロモノだ。
レスカティエの兵が短期間で強くなれるのは、過酷な訓練の疲れを素早く癒してくれるこの湯も大きな要因だと思う。

結構遅い時間でも熱い湯に入れる。しかも時間が時間なので貸切状態なのは嬉しい……のだが、税金の無駄遣いのような気もしないでもない。
高価な薬草は言うに及ばず、湯も薪も、そして維持費だってタダじゃない。一日運営するだけで俺の給料のウンヶ月分が掛かるのだと、馴染みになった職員に聞いたことがあった。

レスカティエは確かに大きな国だ。中心部の煌びやかさは商業都市もかくやと言うほどのものでもある。
『勇者』を多数輩出する国であるということから、教団から莫大な資金と物資が集められ戦力育成の場として運営されているのだ。
その為レスカティエの富裕層の大半は資金運営に携わる教団関係者を始め騎士団の関係者が占め、養成施設を運営する職員が中間層の大半を占めている。
そしてそれ以外の国民の大半は、貧困層だ。

資源も少なく、街道が幾つもひかれているとは言え教団の威光が強いがために商売を始めるにも窮屈で、しかも教団の（大衆向きの）教えが質素倹約を善しとするものなので、レスカティエの経済は決して潤っていると言えないのだ。
莫大な資金が投入されようが、それが国民に還元されないのだから当然、貧富の差が拡がる。その上に、貧困層の声をまったく反映しない重い税制が圧し掛かるのだから・・・。

貧民街にある俺の居た教会兼孤児院は、院長が『勇者』の一人だったこともあってまだマシなほうだったが、それでも日々の暮らしは楽とは言い難いものだった。
俺が兵士を志した理由の一つは、孤児院の経営を助けることだった。
理由があって子供の頃から暇を見つけては剣を振っていて、自分に出来ることで一番だった剣を仕事にしようとしたのもあるが、一般労働者の給金よりも下級兵士のそれのほうが遥かに高いのも大きな理由だ。
サーシャ姉さん……院長はあまりいい顔をしなかったが―――俺が危険な目に遭うのが嫌だったんだろうな―――それでも俺は彼女と妹弟達の助けになる道を選びたかった。

実際、若造としては悪くない額を仕送りとして孤児院に入れられるようになったが、こうして莫大な資金で作られた設備を使う度、貧民街出身の身としてはこう、何と言うか、申し訳ないような……なんとも言えない気持ちが湧き上がってくるのだ。
いや自分で使っている以上、文句なんか垂れちゃいけないんだろうけど…。
…まあ、勿体無いなぁとか…民間経営とかにすれば少しは貧困に喘ぐ人も減るんじゃないかなぁとか………
やめよう……気が滅入ってくる………


「んっ……よっ……と」


腕を交差させてゆっくりとストレッチ。
湯治の効果を高めるため、明日の訓練に備えるための日課だ。
酷使した腕と、足とを力を入れて握って、ほぐして、握ってを繰り返す。

自分で人一倍、と言える程度には訓練を重ねた事、教官―――俺が所属する部隊の隊長でもあり、しかも勇者でもあったりする―――が新兵の教育に熱心（過ぎる）な方だったお陰で、兵士となってから日は浅いものの、俺の実力はなんとか騎士団の任務に参加させてもらえる域に達していた。
下級兵士の中でもそれなりには強いほうだとも思う。教官には未だに秒殺されるが、少なくとも入団当初のように瞬殺されることは無くなったし、自分より年上の同僚よりも剣の腕は上になった。

―――でも、まだ足りない。

揉んでいた腕をぎゅっと握り締める。
もっと、もっと。俺は強くならなくてはならない。
今のままでは話にもならない。

兵士を志した理由は自分の家でもある孤児院の助けになりたかった……ということも勿論ある。
だが、それ以上に……大きな理由があった。胸の内に秘めていて誰にも話したことは無いけれど。





大好きな女の子がいた。





まだ両親が生きていた頃の話だ。

俺の両親はとある高位の司祭様のお屋敷で働く使用人だった。
使用人の息子もやはり使用人で、俺は幼い頃から将来立派な使用人となるべく、仕事を覚えるべく先輩や両親に付いてお屋敷を駆け回る日々を送っていた。
遊ぶことよりも学ぶことと仕事をすることが多かった、あまり子供らしくない生活を送っていた俺は、ある日お屋敷の中庭で一人の女の子と出会う。

その女の子は木々の陰、誰も入り込まないような小さな場所で声を押し殺して、泣いていた。

俺はその子が誰であるかも知らずに声を掛けた。

それが彼女との出会いだった。

歳も近く、なにより二人とも子供なのにロクに同年代の友達がいなかったこともあって、俺達はすぐに仲良くなった。
彼女が実は俺の、俺達の主の一人であることは、その日の夜に初めて友達が出来たことを両親に報告した時にようやく知った。
両親は始めは驚き少しそわそわしていたようだが、しばらくして落ち着きを取り戻して、諭すように俺に言った。

「その子はこれから沢山の、私達には考えも付かないような苦しみを背負わなくてはいけない」
「だから、お前はその子の助けになってあげなさい」

俺は迷うこと無く頷いた。
現実を知らない馬鹿な餓鬼だったこともある。
大好きな、尊敬する両親の言葉だったこともある。
でも、初めてできた友達の為に――その時は恋なんて概念すら分からなかったけれど――何か、何でもしてあげたいとそう思ったのだ。
もっとも……当時の俺に出来ることなんて、彼女の遊び相手くらいしかなかったのだけど。



……両親はそれがどんな結果を招くか知っていたのだろうか。


知っていたかも知れないし、そこまで酷いことには成らないと思い込んでいたのかも知れないが、多分…違う。

俺に対する親心と、その女の子に対する純粋な善意からだろう。
俺の両親はそういう人達だった。

結果を言うなら、それは俺の両親が路頭に迷い、俺が一人になる原因となった。

………でも。
俺はそれを恨んだことなんて無い。誓って。誰一人をもだ。

俺達を追い出した旦那様も、涙ながらに俺に謝る両親も、そして勿論、女の子も。

旦那様が俺達を追い出さなければならなかったのも、尊敬する両親が不幸になってしまったのも、大好きな女の子と一緒に居られなくなったのも全部―――

―――俺が『役立たず』だったからだ。

大好きな女の子に何もしてあげられない。何の役にも立たない。護ることなんて以ての外……
ただ、彼女に付き纏うだけの『役立たず』。

……彼女は今、このレスカティエに住む人々の希望になっている、否、されている。
魔王を倒し、世界を救う希望………勇者。

皆の為に戦う勇者という役割を、彼女は背負わされている。
彼女の意思とは関係無く。彼女が望んだわけではない役割を。

でなければ、誰かが傷つくことも、誰かと争うことも嫌いだった彼女が、勇者なんて戦いしかない人生を選ぶものか。

でなければ、明るく太陽みたいに笑う彼女が、あんな作り物の痛々しい顔で笑うものか。

悲しいし、悔しい。

俺が勇者なら……彼女の代わりになれるのに。彼女に嫌な思いなんてさせないで済むのに。

主神が加護を与えない限り、人は勇者にはなれない。生まれたときから教国に住んではいるものの、強い信仰心なんて持っていない俺は勇者になんて成れないんだろう。

当たり前だ。

当たり前に幸せを得るべき彼女に戦う役割を押し付ける神なんて、信じられるものか。

俺の怒りも苛立ちも、現実の前には無力だ。

俺には未だ彼女の為に戦う力すらなく、彼女の苦しみを肩代わりしてあげることなんて出来ない。何も、してあげられない。

悔しい。悲しい。

強くなりたい。

世界のためでもなく、教団のためでもなく、彼女の為に。

本当は傍にいたい。でも、居れなくてもいい。彼女の笑みが俺に向けれられなくったっていい。
彼女が笑ってくれるのならば。

彼女の役に立てれば、それで上等。

明日も、もっと自分を鍛えよう。強く、なる為に。
















　　　　　　「―――そっかぁ……嬉しいなぁ……♪
　　　　　　　　　　　あなたはずっと………私の虜でいてくれたんだぁ………♪」
















―――――……え？

聞こえるはずのない、けれども決して聞き間違えるはずもない愛しいその声が、聞こえるはずのない場所で聞こえたことに、一気に回想から引き戻された。

「だ、誰……？
　　　―――ッ！？」

湯船から立ち上がろうとして、目に飛び込んできた光景に絶句。

今まで浸かっていた薬湯が……薄い桃色の湯になっている。
湯が桃色ならば湯気も桃色で、しかも異変が起こる前よりも濛々と煙っているせいで、視界がほとんど利かない。
薬草特有の心を落ち着けるような香りも、甘いような……少し吸い込むだけで頭が痺れてくるようなものに変わっている。
色と匂いだけでなく、弱いが粘性も帯びているらしく、肌に絡みつき皮膚の下に滲みこんでくるような感触がする。

―これは……一体、何なんだ！？

魔法の才能に恵まれなかった俺には、サーシャ姉さんに勉強の片手間に教えてもらった程度の魔法の知識しかない。
ひょっとしなくても魔力や魔法が原因なんだろうが、今起こっている異常な状況を理解し、説明することは出来ない。
だからこれはただの勘に過ぎないのだが、この桃色の液体は――『よくないモノ』だと、そう感じた。
……そして俺は今、その『よくないモノ』に胸の下まで浸かっている……。

「っ……！！」

慌てて浴槽から這い上がる。
とろみのある液体は未だに俺の身体に纏わり付いていて、むず痒いような、熱いような感触を肌に与えていた。
手拭いで必死に纏わり付いた粘液を払い落とす。
粗方払い落としても、薬湯と同じように体に染み込むモノだったようで、ほんの少しではあるがむず痒い感触は残ってしまっている。

生理的な恐怖を感じて浴槽から距離をとろうと立ち上が……ろうとして、また驚愕。
………自分の身に起こった変化に、頭が追いつかない。
股間に重みを感じて視線を移すと、そこには、普段見慣れたはずの―――モノが……見たこともないようなサイズに……

―なん、だよ……『コレ』………？！

自分の手でシゴキ慣れていたソレは、かつて見たことも無いようなグロテスクなモノになっていた。
亀頭は赤黒く充血し、尿漏れでも起こしたかのように先走りが止まることなく溢れ続けて……
竿は今にも破裂するのではないかと恐怖を覚えるほどに肥大し、太い血管がいくつも脈動し、さながら生々しい臓器の様を呈していて……
あまりにも強く反り返って亀頭が臍にまでついてしまっている。天を向くペニスに引っ張られるかのように金玉まで反っている感すらする。

「―――怖がることなんてないよ？これから私達が一つになるための準備を身体がしてくれてるってだけだから♪」

諭すような、それでいて秘めた喜びが滲み出たような声が俺の背後、すぐ後ろからした。
動けなかった。
立て続けに起こった異常事態に、頭がパニックを起こしている。
声の主に対して自分がどんなリアクションをとればいいのか、さっぱり分からない。
立ち上がればいいのか、そのあと大声で助けを求めるべきか、振り向くと同時に出口に向かって走ればいいのか……。

「立って？こっちを向いて。
　ねぇ

　　　　　　　　　　　　　―――『お願い』」

助け舟のように出された言葉に、混乱した頭が反応する前に身体が勝手に反応する。
拒絶しよう、なんて考えも付かない。
当たり前、至極当然のことだろう。


――俺は彼女の『お願い』を、絶対に聞き入れなければならないのだから。


立ち上がる。酒に酔ったかのような立ち眩みがするが、問題ないだろう。
勃起したペニスがぶるんぶるんと揺れて邪魔くさいが、仕方ない。
背筋を伸ばすとペニスが存在を誇示するかのように屹立してなんとも無様だが、俺の身体はそんなことはお構いなしだ。
振り向いて、声の主に俺の無様な姿を晒す。

「うふ……ふふ、ふふふっ………♪」

作り笑いではない、心底嬉しそうな笑顔を浮かべた、大好きな女の子がそこにいた。

「ウィルマリナ………」

最愛の彼女の名を呟く。
呟いて、ああしまった敬称を付け忘れた。なんてくだらないことを考えた。
他に考えることなんて幾らでもあるだろうに。

例えば、何故、一般兵士用の大浴場に彼女がいるのか？

しかも、男湯なのに、なんで一糸纏わぬ姿で、目に入れるのが恐れ多いと思えるような美しい裸体を晒しているのか？

何よりも―――……頭が理解することを拒んで、なんとか見間違いであると思い込もうとしているけれども―――ああ、なんで、


なんで


彼女の頭に


角が


闇色の角が生えているんだろう。


角だけじゃない。


ピンと尖った長い耳も、背中というより腰のあたりから生える蝙蝠のような翼も、先端が歪なハート状になっている闇色の尻尾も、彼女には無いはずなのに。


…なによりも、見つめられただけで魅了されてしまいそうな――実際、初めて出会った日に俺は魅了されてしまった――あの紺碧の瞳が、今は輝くワインレッドの瞳に……。


………まるで……これではまるで………


「どう…かな？一番初めにあなたに見て貰いたくって。……綺麗でしょ？
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　デルエラ様に魔物にしてもらったんだ♪」

そう、魔物だ。

教団の敵。俺達が戦っている存在。

俺が斃さなければならない存在。

でも―――

ああ……でも―――

「ね？どう？私、綺麗？」

俺を見上げて、表情に少し不安げな色を浮かべて俺の言葉を待つ彼女は、紛れも無く……

「綺麗……だよ。とっても。………ウィルマリナ」

嘘も、気の利いた虚飾も混ぜることが出来ず、思った感想が正直に出た。
告げたと同時に、ウィルマリナの表情から不安の色が消え、喜色に満ちた笑みが浮かぶ。
そして、ふわりと浮かび上がって、俺に飛び掛ってきた。

彼女を抱きとめて、最初に感じた感想は『暖かい』で、次は『軽い』だった。
主神の加護を受けた勇者となり、そして魔物に身を堕したとはいえ彼女は華奢な女の子なのだ。
実際は俺よりも遥かに頑強な身体をしているのだが、その美しくも細い身体は強く抱きしめると壊れてしまうような気がして、俺は彼女を抱き返す腕に力を籠められなかった。
対して、ウィルマリナは俺の首に回した腕に痛い位に力を籠め、ぴったりと俺の身体に自らの身体を押し付ける。
押し付けられた豊かな乳房越しに感じる彼女の鼓動は、早鐘のように高鳴っていた。

ああ、温かい………。
湯で温まった身体にも温かく感じるのだから、彼女の身体は相当に火照っているのだろう。

「んぅ〜〜〜♪あなたの匂いぃ〜〜〜♪♪」

ウィルマリナは俺の首筋に鼻を埋め、大きく息を吸い込む。
腕は俺の頭をがっちりと捕らえ、翼は包む様に俺の背に回され、尻尾は俺の腰に巻きついている。
俺から離れたくないと言わんばかりに、俺に自らの身体を押し付けてくる。


――ああ、これは紛れも無く……


桃色の湯に酔わされた頭で、必死に事実――ウィルマリナが人でなくなってしまったこと――から目を背けようとしていたが、無駄だった。
彼女をずっと想い続けてきた俺には、惑うことなく理解できてしまうのだ。
俺に抱きついている妖艶な美女は、例え魔物に堕したとはいえ、人を辞めてしまったとしても、間違いなく……

俺の大好きな女の子、ウィルマリナ・ノースクリムその人なのだ、と。

本当は寂しがり屋で、甘えん坊で、喜怒哀楽がはっきりしていて感情豊かな、どこにでもいるような………けれども俺にとっては特別な、普通の女の子。

でも、俺は教団の兵士で、教団の兵士は魔物になった人間を討伐しなければいけなくて―――












―――自分のするべきことを理解した。














「ウィルマリナ」

彼女の名を呼び、そっと彼女の肩を引き離す。

俺の様子が変わったことに気付いたのか、ウィルマリナは逆らうことなく俺の首から顔だけを離す。腕と翼と尻尾はそれぞれ俺に巻きついたままだが。
ワインレッドの瞳には戸惑いが浮かんでいる。何故？どうして？と言葉ではなく表情で訴えかけられる。

するべきことを理解した途端、頭に覆っていたピンク色の靄が晴れた。
愚息は相変わらず屹立したままで、ウィルマリナの腹を押しているが、俺の意識ははっきりしている。
そして、俺は冷静に告げる。








　　　
　　　「―――ウィルマリナ。
















　　　　　　　　　　　　　　　　　　―――…一緒に、逃げよう」





そう。
それしかない。


目の前にいる魔物がウィルマリナであると理解した瞬間、思考と意識が俺の支配下に戻った。
酒に酔ったように思考を鈍らせる靄も晴れた。
桃色の湯の効果と、魔物と化したウィルマリナの魅力で定まらなかった意識も、今は危なげなく俺の意思の元にある。

辛い訓練に挫けそうになったとき、ウィルマリナの顔を思い浮かべるだけで力が湧き出てきた。
自分の非力さに、彼女の傍に居られない現実に打ちのめされたとき、ウィルマリナの事を想うだけで折れた膝が伸ばせた。
彼女の事を考えるだけで、想うだけで。
ウィルマリナの傍で、ウィルマリナの役に立ちたい――と。たったそれだけで、俺は立ち上がれた。
俺が今まで縋ってきた『たったそれだけ』は、どうやら俺が思っていた以上に強い力を持っていたらしい。
わけの分からない桃色の湯の効果も、魔物の放つ魔性の魅力さえも跳ね除けて、俺に成すべきことを示してくれるのだから。

ウィルマリナはレスカティエ最強の勇者だ。……いや、だった、か。
しかし、レスカティエには彼女以外にも勇者が複数人存在している。
勇者である彼等は、当然の如く、ウィルマリナに剣を向けるだろう。
いくらウィルマリナが強くとも、勇者である彼らの全てを退けられるとは思えない。

だから――逃げる。
魔物になろうともウィルマリナを、俺の大好きな女の子を死なせてなるものか。




―――後になって、このときの事を思い出す度に、軽い自己嫌悪に陥る。
詰まるところ、俺はやっぱり、ただの馬鹿だったわけだ。
このときの自分の、レスカティエの置かれている状況を全く理解していなかったのだ。
レスカティエ最強の勇者であるウィルマリナが魔物化しているということ、風呂の水が魔界の魔力に冒された桃色の水に変わっていたこと。それが何を意味しているのかを。
自分の居るレスカティエがとっくのとうに陥落していることに、気付いて、いなかったのだった。

今まで仕えていた教団を裏切る覚悟をして、親しかった人達に迷惑を掛けることを承知で、ウィルマリナ以外の全てを置いていく決断を下した。
なんという傲慢。
大好きな女の子以外の全てはどうでもいいと言わんばかりの、自分勝手の我侭。
でも、それが俺のすべきことだと、この時は本気でそう思ったのだ。

そもそも俺には、選択の自由なんてなかったのに。
馬鹿の分際で無駄に足掻こうとせず、敢えて流れに身を任せていれば、多くを失わずに済んだのに。
どう足掻いたところで結果は同じなのに、このとき黙って押し倒されていれば良かったのに、わざわざ無駄な恥までかいて、他の可能性……
そう、例えば――人で在ることを引き換えにしたとしても、親しかった人達とずっと……それこそ永遠に離れることなく一緒に居られたかもしれない可能性。
それを……早とちりで潰してしまった。

お陰で俺は、最早親しかったはずの人達の名前も碌に思い出せなくなってしまい、しかもそれを悔いることすら、出来なくなりつつある。

どうしてって？

このときに足掻いたことで、俺は彼女に燻っていた、夫を独り占めしたいという独占欲に火を点けてしまったのだ。




俺の言葉を聴いて、ウィルマリナは初めの内は、きょとんとした表情をした。
しばらく無言だった彼女に、説得するためにもう一度同じ言葉を掛けようとしたとき、ウィルマリナが俯く。
俯いて小さく身を震わせて、何かを呟く。

　　　「凄い……凄いよ………。
　　　　　これだけ魔力を流し込まれているのに
　　　　　　　あなたはこんなにも、こんなにも強く
　　　　　　　　私のことを大事に想ってくれるんだ……♪」

――……え？
呟いた語尾に何か、甘い響きを感じた。
俺は自分の伝えたいことが伝わっていないのだと思い、口を開こうとして……次の瞬間
顔を上げた彼女に唇を奪われていた。

「ふむっ……！？」
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ♪」

―え、な、何………？
キス、され、て………？

「んっ♪ちゅ……んちゅっ…ちゅ………♪」
「〜〜っ！？！？！？」

半開きになっていた口に、熱くて柔らかく、そして不思議な甘さのする粘液に濡れた舌が侵入してきた。
流し込まれた唾液は熱くて、とても甘くて……
―――甘い……！？

ウィルマリナの唾液は甘かった。
甘く感じたのではなく、甘いから甘いのだとしか思えないような甘さだった。
それも高価で上質な砂糖で作った菓子のように、強烈な甘さがするのに舌を刺すような刺激は感じず、優しく舌の中に染み込んでいくような柔らかさで、いくらでも求めてしまうような上品な甘さ。
混乱している俺の意思をお構いなしに、俺の舌はその極上の甘さをもっとねだるように独りでに突き出される。

「ん…ふっ♪」

嬉しげに声を漏らすウィルマリナ。
抵抗せず、それどころか自分で舌を突き出した俺は、自分の行為を受け入れたのだと判断したのかもしれない。
俺の口内にさらに舌を突き入れて侵入…いや、侵略してきた。

「ん〜んっ♪ちゅ、ちゅっちゅ………」

俺の舌を捕まえるようにウィルマリナの舌が巻きついてくる。
たっぷりと甘い唾液が乗った舌に巻きつかれ、俺の舌は全方位から病み付きになる甘みに襲われる。
彼女の甘みに包まれて、俺の口内にも彼女に応えるかのように大量の唾液が分泌された。
捕らえた舌を強く吸われ、俺の唾液を吸いだされる。

―な、なんて、強く吸い付いて……っ。

ウィルマリナはその細腕と翼と尻尾で俺の身体をしっかりと拘束し、そして自分で息が出来なくなるくらいに強く俺の唇に吸い付いてきた。

じゅるっ、じゅるるるるるっ……くちゃ、くちゃあ………

「じゅっ……ちゅうぅっ……ぐぷぅ…ちゅう……」

俺の口内の唾液を全て吸い尽くされ、換わりにウィルマリナの甘い甘い唾液を注ぎ込まれて、唾液が溜まったらまた吸い出されて………。

「うっ…ちゅ、ぷっ…………はぁっ！……うんっ……！？」

鼻で呼吸することを思いつかなかった俺が息継ぎのために唇を離すと、すかさずウィルマリナの唇が追いすがってきて、口を塞がれる。

「ちゅっ♪ちゅうぅぅぅぅっ……じゅぷっ…」

ウィルマリナと口内の唾液を交換する度、頭の中に淫猥で粘液質な音が響く。
その音が響く度、頭の中にじっとりとした熱が溜まって、正常な思考が削り取られていく気がする。
ウィルマリナの甘い唾液は、口の中の感覚全てを支配するほどに俺の口内に溜まっていて、尚もウィルマリナから注ぎ込まれ続けている。

―コレ……飲んだらどうなるんだろう……？
――きっと……とっても甘くて……美味しいだろうな………。

「んん〜〜……ぷはっ♪」

飽くことなく俺の唇に吸い付いていたウィルマリナが、気まぐれでも起こしたかのように唐突にキスを切り上げて唇を離す。
俺と彼女の唇の間に、二人の唾液がアーチを作り、切れて水滴になって落ちる。
甘さと熱さで頭がさっぱり回らなくなった俺は、口を半開きにしたままそれを見つめた。

「えへへ……初めてのキスはあなたからしてもらいたかったけど、我慢できなくなっちゃった♪」

悪戯っぽくウィルマリナが笑う。
初めて見る種類の笑みだが、その笑みもウィルマリナにとても良く似合っていて、見惚れてしまう。
……胸が更に高鳴るのを感じた。

「え……あ、は、じめて、の……？」

胡乱な頭で、阿呆のように聞き返す。
開いたままの口から、二人の唾液の混合液が流れ落ちる。

「うん♪
　あなたにあげるって決めてたファーストキス♪
　……ね？もう一回♪
　今度はあなたから…ね？いいでしょ？

　　　　　　　　　　　　　　………―――『お願い』♪」

頭は混乱したままだが、耳はウィルマリナの言葉を一字一句漏らさず捉え、身体は思考を無視して行動を実行する。
彼女の、瑞々しい小さな唇――魔物になった影響か、青みがかかっている気がする――に恐る恐る、自分の唇を押し付けるようにして重ねた。

「………っ」
「………っ♪」

柔らかい、とても柔らかくてどこか現実味が薄い、心地よい感触が唇を押し返す。
唇と唇を合わせるだけのキス。
ウィルマリナは舌を挿し込むことも吸い付くこともせず、目を閉じてそれを受け入れる。
舌を入れられないことで僅かだが思考に余裕が出来た。
ようやくキスをするときは鼻で呼吸すれば良いことに気付く。

吸い込んだ匂いは、とても甘美な香りだった。
密着した状態で鼻に入るのはウィルマリナの匂い。
桃色の湯気のそれなど比較にもならない、甘い香り。
思考を痺れさせるのではなく、ひたすら優しく、甘く蕩かすような香り。
以前、サーシャ姉さんが城から貰ってきたという紅茶を孤児院の皆で飲んだことがあるが、あれよりも遥かに心地が良いと感じる香りだ。

香りと唇に感じる感触を味わっていると、ようやく最初のキスから置き去りにされていた思考が追いついてきた。

―……そ、うだ………こんなことをしている場合じゃ、ない………！
はやく、早く、ウィルマリナを連れて逃げなければ………！

この快感を終わらせるのは大変で、とてもとても残念だが、なんとか理性で押さえつけ、ウィルマリナの唇から自分の唇を離す。

「は…ぁっ……！
　ウィ、ルマリナっ……ダメだ……っ。
　早く、レスカティエから逃げ、ないとっ……！」

ウィルマリナとのキスを打ち切ったことに、心が拒絶を起こす。
彼女の唇に触れていないことで、胸に強烈な喪失感が滲みだしてしくしくと痛む。
もう一度、今度はもっと激しく、愛しい女の唇を貪りたいと暴れて、俺の声を震わせる。

―ダメだっ……！落ち着け……！
――溺れている場合か、しっかりしろ！
―――ウィルマリナが大事なら、お前は先にすべき事があるだろう！

「ふふふっ………本当に、素敵……」

当のウィルマリナは俺の苦悶を知ってか知らずか笑みを浮かべている。
現在の状況を分かっていないのだろうか？
一刻も早く教国から逃げ出さないと命が危ないというのに。

―――実際には、状況を分かっていなかったのは俺の方だったのだが
その時の俺にはそんなことが分かるはずも無く……。

「ウィルマリナっ……！早く逃げよう……！
　ここに居ては、いけない。だから
「逃げる必要なんて、ないんだよ？」

俺の言葉を遮ってウィルマリナが諭す。
表情は満面の笑顔。声も明るい。

「逃げなくていいって……そんなわけないだろう」

レスカティエから逃げなくてはならない。それは間違いない。
逃げなければ、ウィルマリナは殺される。かつての仲間たちに。
逃げなければ、ウィルマリナは傷つける。かつての仲間たちを。
ウィルマリナが傷つけられるのは当然、絶対に認められない。
そして、ウィルマリナが傷つけることも同じく、認めてはならない。

「ウィルマリナ……ここに居たら、君は君が護っていたものを壊すことになる」

妖しく光るワインレッドの瞳。
見据えられるだけで、膝を突いて服従してしまいたくなるような瞳を、真っ直ぐに見つめて語りかける。
この言葉は絶対に届けなければならない。覚悟を決めて瞳を見返す。

「君が大事にしていたものを、自分で壊さなくちゃならなくなる。それは、いけないことだ」

ウィルマリナが自分の意志で勇者になったのではないことは、解っている。
旦那様が、ノースクリムの家名が、
望んで得たわけではない生まれ持った天賦の才が、加護を与えた主神が、
彼女を勇者に選んだ教団が、周りの大人達の都合が、
彼女に勇者であることを強要した。
そこにウィルマリナ自身の意志は無かったことぐらい、解っている。
でなければ彼女の笑顔に痛々しさなんて感じない。

……だが、
だがそれでも、だ。

ウィルマリナは勇者として活躍していた。
力無き人々の為……。
例えそれが教団の宣伝の為の欺瞞であったとしても、ウィルマリナは戦っていたのだ。
この華奢な身体で、決して強くない心で、張り付いた空虚な笑みを浮かべるようになるまでに魂を磨り減らして必死に、皆のために。
ウィルマリナが流した血が、涙が、何の価値も無い、無駄なものだったなんて誰が言えよう。
彼女が護ったものを、彼女自身の手で壊すことなんて、絶対に認めてはならない。

「ふふふ……嬉しい……」

ウィルマリナは笑みのまま呟く。

「ホントにあなたは、あなただけは、『ウィルマリナ』を愛してくれるんだ」

俺に顔を近づける。
けれどキスはせず、俺にやんわりと抱きつき、俺の肩に顎を乗せる。
そして、囁きかける。

「でもね。あなたが誤解してることが、一つだけあるんだ」

俺の背に手を回し、ゆっくりと撫で擦る。





「私の大事なものって、あなただけ、なんだよ？」













―――――――――。













「…………………………………え」



思考が、完全に、停まる。



「ふふふふっ………あははは♥」

俺の肩から顔を離し、俺と向き合う。
表情は、相も変わらず、満面の笑み。
とても嬉しそうに、語りだす。

「私ね、ホントはあなた以外の人間なんてどうでもよかったの♥」

言い終えて、今度は不思議そうな顔をして、俯いて、呟く。

「……人間だった頃はなんであんな事言ってたんだろう？
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―――ホント、バカみたい」

顔を上げる。
笑みを浮かべ、俺の目を見つめる。真っ直ぐな瞳で。

「おかしいよね？世界を救うだなんて……


　　　　　　　　　　　　　　私の世界には　あなただけ


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　いればよかったのに……♥」


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――ッ！！


ダ……

ダメ……だっ……！

その先を聴こうとするな！

今、ウィルマリナが口にしている言葉は、彼女が護ってきたものに自分自身で唾を吐くことと同じ意味だ！

お前はウィルマリナの今までの苦しみを無駄にするのか！？


―――ああ、でも……彼女の告白は、俺がずっと言って欲しかった言葉で

――彼女の口から、俺が必要だと、言って、貰いたくて

―だから、俺は今まで頑張って…


ウィルマリナを大切に思う理性と、ウィルマリナと離れてからずっと積み上げられていた、誰にも明かしたことの無い秘めた願望が胸の中でせめぎ合う。

理性では、今しなければいけないことは解っている。ウィルマリナの口を塞がなくてはならない。
これ以上、自分のしてきた事を否定する言葉を吐かないように、口を塞がなければならない。

願望は、もっとウィルマリナの言葉を聴きたがっている。
教団よりも世界よりも――――俺の方が大事だ、と……。
何度も妄想しては、頭の中で彼女に都合の良い言葉を吐かせる自分の浅ましさに死にたいと思った。
その言葉を……今なら、彼女は言ってくれるのではないかと……。

頭の中はぐちゃぐちゃだ。
その先を聞きたくて胸が軋む。
その先を聞くなと理性が叫ぶ。
苦しい―――息が出来ない。

「あ……ぅ、あぁぁ……っ」

口から出てくるのは言葉にならない呻き声だけ。
うろたえる俺の頬に手をあて慈しむように撫でて、ウィルマリナは言葉を紡ぐ。

「おかしいよね？私は勇者で、皆のモノだったなんて……」

腕は動かない。
彼女の口を塞ぐことは勿論、自分の耳を塞ぐことも出来ない。
そしてウィルマリナは謳うように紡いだ言葉で、俺の理性にとどめを刺した。

「私は　　　　

　　　　　　　　　　　あなただけのモノ

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　なのに……♥」

　　　　　　　　　　　


今まで俺を支えてくれたものが音も無く崩れた。

崩れた『それ』は俺が心の奥底に秘めていたモノに取って替わられて、取り込まれて、何か別のモノへと変質していく。

自分の心の土台が突然作り変えられて、俺の脚は支えを失って力が抜ける。

崩れ落ちそうになった俺の身体を、ウィルマリナの腕と翼と尻尾が支えた。







「ねぇ、あなたは私のこと、好き？」

俺の眼を見つめたまま問いかける。
浮かんだ笑みは、俺の答えなど聞かなくても分っているという証左だろう。
それでも、俺の口から決まりきった答えが返ってくることをウィルマリナは望んでいた。

彼女の望むままに、俺の本心のままに、俺は答えを返した。

「好きだ……大好きだよ。………今までずっと、俺はウィルマリナのことが好きだったよ」

一度心を折られてしまうと、もう堪えなど効かなくなってしまうらしい。
ずっと胸に秘めていて、口から出したことの無かった言葉が抵抗無く、自然に口をついて出た。

俺の答えを受けて、ウィルマリナは浮かべていた笑みをさらに輝かせた。
まるで花が咲くかのような笑みは、既に残り滓程度にしか残されていなかった俺の支えをさらに解かす。

「ふふっ♪嬉しい、嬉しいよ……♪」

歓喜に満ちた、大好きな女の子の笑顔。

ああ…なんて、なんて素敵なんだろう………。

――この笑みを見られるのであれば俺はどんなことだって……。

「ね、あなたにお願いがあるの。聞いて？」

ああ、何でも言ってくれ。
君のお願いならなんだって聞いてあげるとも。
頷く。

「私ね、あなたが欲しいの。ずっとずっと、あなたが欲しかったの」

――あなたにキスがしたい。あなたにキスをして欲しい。

あなたに好きだと言いたい。あなたに好きだといって欲しい。

抱き締めて愛していると言いたい。抱き締められて言って欲しい。

私の匂いをあなたに付けたい。あなたの匂いを私に付けて欲しい。

大好きなあなたを貪りたい。大好きなあなたに貪って欲しい。

大好きなあなたと繋がりたい。これからずっと片時も離れず、あなたと繋がって過ごしたい。



「私を全部、あなたにあげる。


　　　　　　　　　　　　だから、お願い」






―――あなたを、全部、私に頂戴。







頷く……頷こうとした。
ウィルマリナの告白によって作り替えられて変質してしまった『それ』。
俺の中の大事な……大事だった『何か』。
その、侵食されきっていない最後の一欠片がか細い声で、しかし断末魔のように叫ぶ。

――頷くな。
頷いてしまったら俺という人間は『終わる』。
終わってしまえばもう、取り戻せなくなる。
今までしてきたことが、今まで積み上げてきたものが、全て無くなってしまう。

例えば、孤児院の弟妹達。

例えば、親しかった貧民街の隣人達、

例えば、一緒に訓練し共に戦ってきた同僚達。

例えば………

大人への素直な甘え方を知らない、助けてあげたかった少女。

何でも一人で背負い込んでしまう、力になりたかった憧れの義姉。

人との接し方が解らなくていつも苦しんでいた、本当は心の優しい女の子。

特別な力が無くても強くなりたかった俺を嗤うことなく真摯に鍛えてくれた教官殿。

大事な人達を置いて行くことになる。

助けてあげたかった人々、助けてくれた人々を捨てることになる。

俺は、俺だけのものじゃない。彼等彼女等が居てくれたから俺が、在る。


解っている。そんなこと。
自分が、自分の周りの大切な人達によって成り立っていることなんて解りきっている。

「人間は自分を取り巻く全ての人達によって成り立っている。
　　　　だから、お前は自分の傍にいる人達に優しくしなさい」

尊敬する両親の教えを忘れたことなんて一度だって無い。
それは今日まで俺が自分の行動を決める指針でもあった。


でも―――

今、俺の目の前に、大好きな女の子がいる。
初めて出会った時から、ずっと思い続けてきた女の子が。
とっくの昔に諦めた恋心を、忠心に作り替えてまで思い続けた一番大切な女の子。

彼女は、俺が欲しいと言う。俺が欲しいと言ってくれた。
彼女に何もしてあげられない、『役立たず』の俺を欲しいと。
わざわざ、俺を迎えに来てくれてまで。
自分が今まで積み上げたものを捨ててまで。

人間であることすらも捨ててまで―――。

彼女はそうまでして、俺を求めてくれた。

拒絶していいわけが――無い。





頷く。
自分の意志で首肯する。
堕ちることを。





この日、レスカティエが魔界へと堕ちた日。


俺は人間を辞めて


大切にしていたものを全部置き去りにして



「あげるよ、ウィルマリナ。

　　　　　　俺を、全部、君に……」




大好きな女の子、ウィルマリナだけのモノになることを、誓った。

■作者メッセージ
初投稿。
次は延々とエロシーン逝くぞオラァ！
一ヶ月以内に投稿する予定です。