デュラハンさん、剣を捧ぐ。
「はるばるジパングから海を越えてきたが…良い武器は中々ねえなぁ…」
立ち寄った町の酒場で独り言を呟く男。
体躯は中々のもので、身長も頭一つ飛びでている。
赤い外套を羽織り、赤い頭巾を被っているため、混雑する酒場でも目立つ。
と、向こうで飲んでいる傭兵風の男が相方らしき男と話している。
「おい聞いたかよ、魔王軍がアリサスの街に進行するっていう噂!ありゃ本当なんだってよ!」
「ああ、俺もそこで名を上げようと思っててな。上手くいけば正規兵よ!」
ほう、こいつはいいことを聞いた。
相手が正規の魔王軍なら、いい武器持ってる奴もいるはずだ。
狙い目は…そうだな、デュラハン辺りか。
「親父、代金置いとくぜ!」
男は上機嫌そうに酒場を去っていった。
「アリサスは…そこそこ遠いな、一ヶ月ってとこか?」
地図をしまい、男は歩き出した。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「将軍さ〜ん、私ぃ、旦那様見つけたから軍隊辞めるね〜♡」
「うむ、幸せにな」
制圧した町の会館で、ワーシープからの引退届を受け取る。
「いいペットが見つかったので引退します♡」
首輪とリードをつけた屈強そうな男を連れたダークエルフから引退届を受け取る。
「うむ…幸せにな」
ほら、将軍様にご挨拶は?」
「………わん」男は屈辱に震えているようだ。
「よく出来ました〜!」
スパァン!と男に鞭を入れた後、部屋を後にしていった。
二時間後、今回の町の制圧戦で伴侶を得た魔物娘達からの全ての引退届を受け取り終わる。
「団員の3割が寿引退か…」
しかし町の女性は全員魔物娘になった為、人数的にはむしろ増えたので問題ない。
戦後処理を終え、自分の寝所へ向かう。
今夜は町長の家を使うことになっている。
煉瓦作りの家はとても落ち着けるのだ。
私は小規模な町や村への侵攻を行う遊撃隊の隊長を務める誇り高きデュラハンである。
日夜魔界を広げ、魔王様の思想を実現するという名誉な仕事を任されている。
今日も一つ町を制圧した。
男性を捕らえ、新たな夫婦となって引退する魔物娘達を見るのは微笑ましい。
今夜はあちこちの寝所から朝まで嬌声が聞こえることだろう。
というかもう聞こえる。
「んおっほぉぉぉぉ!しゅごいのぉぉぉ!」
今のは恐らく昼間のダークエルフの夫の声だろう。お幸せに。
向こうでワーキャットとハーピーがこちらを見て何かヒソヒソと話している。
「おっ、長老だにゃ!今回も旦那様捕まえられなかったみたいにゃ!」
「長老?」
「そう、ずっと結婚できずに軍隊にいるから長老にゃ!」
何を言われようと全く気にしない。
そう、私は誇り高きデュラハン。
こんな事で目くじらをたてる様な狭量な器ではないのだ。
寝所へ着いた。
煉瓦作りのこの家は小さな町にしては立派だ。有難く使わせてもらおう。
鎧を脱ぐこともなく、ベッドへダイブ。
そして、私は自分の首を外し。
「ずるいよおおお!他のみんなばっかりさあああ!!」
思いの丈を、ぶちまけた。
「長老って…!確かに軍隊に長いこといるけどさぁ!そんな言い方ってあんまりだ!
あァァんまァりだァァーー!」
脚をバタつかせるとベッドがギシギシと軋む。
他の魔物娘達は今頃「旦那と」ギシギシしてるのかと思うと悲しくなってくる。
「私は結婚できないんじゃなくてしないだけだもん!
私より強い人とじゃなきゃイヤなだけだもん!」
私は誇り高きデュラハンである。
結婚するなら自分よりも強い男に剣を捧げたいのだ。
因みに剣を捧げる事は私たち騎士が主と主従関係を結ぶ際の儀式であるが、
現在はその意味が派生し、剣どころか己の全てを相手に捧げる事と同等の意味を持つ。だが幾多の死線をくぐり抜け、並みの勇者なら撃退できるほどの腕前に成長した私を倒せる強者などそうはいない。
それゆえの、叫び。
戦の後はこうしてストレスを発散せねばやってられないのだ。
その夜、私はいつもの様に泣き疲れてそのまま眠った。
・
・
・
・
・
一ヶ月後、私はリリム様率いる魔王軍に加わっていた。
アリサスという街への侵攻において教会との戦が始まるいうことで、勇者に抗しうる者として召集されたのだ。
正直リリム様御一人でも十分だと思うが、人間界への侵攻は魔物娘達の婚活も兼ねているので仕方ない。
陣幕の外から敵方を見ていると、動きが手に取るようにわかる。
私達が丘の上に布陣しているのに対してあちらは平地に布陣しているためだ。
どうせ平地に敷くならもっと離れるべきだろう。
どうやら敵の大将は戦の素人らしい。
今回も強者は期待できないかもな…。
−−−−−−−−−−−−−−−
エラい御方の話は長い、という定説は海を越えても同じらしい。
正直、飢えに苦しむ農民の話を丸々と肥えた司祭様に言われても説得力がまるでない。
周りの傭兵たちも、飢える事の苦しさ知ってんのかよ、と小さく悪態をついている。
10分近く経って、やっと話が締めくくられた。
こんだけ長くてつまらん話だと士気が下がると思う。
だが士気どうこうは関係なくこの軍は全滅だろう。
布陣の時点で既にあちらの方が有利な上、率いているのがリリムなら尚更だ。
勇者も数人いるようだが、まだ若く未熟そうだ。もれなく魔物娘に娶られるだろう。
それに、軍を率いる頭があれでは決定的な策も考えられないだろう。
まあ、そんなことはいい。
強者と闘い、得物を頂く。危なくなったらとんずらする。それだけだ。
−−−−−−−−−−−−−−−
戦は我らが魔王軍が優勢で動いている。
相手も数だけは多かったが、敵ではない。
突撃してきた勇者も難なくエキドナ様やヴァンパイア様が捕らえた。
敵方に妙な動きはないことから、策も尽きたらしい。
もう戦局は変わらなそうだ。勝利も時間の問題だろう。
敵の兵士は私を見るや逃げ出して行く。根性なしめ。
…今回も居なかったな、私と渡り合える強者は。
そう思っていると、
「これなるはジパングが武士、ムネミツ!そこのデュラハン!いざ、尋常に勝負っ!!」
逃げ惑う一般兵の中から赤い頭巾を被り、赤い外套を羽織った男が声を張り上げた。
ジパングの人間か…。初めて闘うな。顔を隠していて目しか見えんが…。
「よかろう、ムネミツとやら!勝負を受けよう!
我が名はメルキア・フォン・バルハイム!私に勝負を挑むとは、余程自信があるようだな!」
こちらもジパングの戦作法に則り名乗る。
すると男…ムネミツは心底嬉しそうに応えた。
「ああ!俺はお前と闘うためだけにこの戦に参加したのだからな!」
「なっ…!?」
私に会いに…もとい、闘うため『だけ』に!?
しかもその事をこんなにストレートに…!
「ふ…ふん!人間が、まして勇者でもないお前が私に勝てると思うのか?」
落ち着け、私!相手の言葉に惑わされるな!
「ああそうだ!俺が勝ったならばメルキア!お前の剣を俺に寄越せ!」
頭巾の隙間から見える目を輝かせてそう言った。
なああぁぁぁっ!?
け、剣をを寄越す…つまり捧げろということか!?
こっ、これはいわゆるあの…ぷ、ぷろぽーずというやつじゃないか!?
意識した途端、身体がきゅうん、と熱くなるのを感じる。
こんな大胆な男は初めてだ!会っていきなり…告白するなんて!
しかも…あんなに物欲しそうな目で私のことを…
いっ、いやいや落ち着け!私は武人!勝負に集中するのだ!
「さ、さあ来いムネミツ!」
「いざ参るッ!」
ムネミツはその体躯に似合わぬ素早さですぐさま私との距離を詰めて片膝をつき、
抜刀した刀でそのまま切り上げにかかってくる。
ギイィン!と金属同士がぶつかり合う音が響く。
「く…これが居合斬りというやつか!」
「俺の刀は名刀マタムネ!とくと味わえ!」
ムネミツは摺り足で後ろへ引くと、すぐにまた打ち込んでくる。
「ちぇすとォ!」
ムネミツの気迫に気圧された一瞬に、左肩に衝撃が走る。
「ちっ、やっぱ切れねえか!」
私の肩当に深い切り込みが入っていた。
危なかった…もう少し当たりどころがずれていれば、
鎧の間から斬り伏せられていただろう。
そんな命の危険を伴う一瞬を味わったというのに。
「くっ、くくく…」
思わず笑みがこぼれてしまう。
何年ぶりだろうか、攻撃を入れられたのは。
全身が疼く。特に下半身が。
絶対、私のものにするっ…!
ムネミツは私に打ち込む隙を与えまいと刀を振り降ろし続ける。
確かに剣筋は疾い。が、私なら受け切れる。
このままスタミナを無駄にするがいい!
「ふん、そんなものか!持ち主がそれでは名刀も泣くぞ!」
挑発してみる。さあ、もっと打ち込んで来い。
「ならっ、これでっ、どうだ!」
上段の構えから刀を思い切り振り下ろしてきた。
馬鹿め、私の思う壺だっ!
こちらも剣を構えて受けの姿勢をとる。
受け止めた後は左に刀をいなし、そのまま決めてやる!
ーーーが。
ズガアァン!
予想以上の重さに思わず膝をつく。
いつの間にか、奴の武器が刀から巨大なバトルハンマーに変わっていた。
「なっ、貴様、どうやって…!」
「おおおおぉ!」
ムネミツはハンマーにさらに力を込める。このまま押し勝つ気でいるらしい。
ギシ、と私の剣から音がする。このままでは剣ごと潰されかねない!
ならば、と剣を傾け、力の方向をそらす。先程試そうとした戦法と同じだが…どうだ?
「ぬぁっ!?」
思惑通り、ムネミツはバランスを崩した。
バトルハンマーの強みは重い一撃を放てることにある。
だが、その重さ故に扱いはとても難しいのだ。
それも計算づくでこの攻撃を放ったならば、この男はかなり機転が利くようだ。
…だが、私の方が上だッ!
「せあっ!」
すかさず無防備なムネミツの首へ剣を振り降ろす。当然寸止めだ。
ピタリ、と首筋ギリギリに刃をあてがう。
私の剣は魔界銀製なので切れても問題はないと思うが。
「…勝負あった、な」
「くぅ…」
どうやら負けを認めたらしい。
と、同時にハンマーが消えた。どういった仕組みなのだろう。
剣を首から離し、鞘に収める。
と同時に、ムネミツが地面にへたり込む。
「くあぁ、魔王軍のデュラハンともなると強えなぁ!
勝負は俺の負けだ!あばよっ!」
「待てぃッ!」
逃げ出そうとするムネミツの首を掴む。絶対逃がさん。
「そういえば貴様が勝ったら私の剣が欲しいと言っていたが…
私が勝った場合のことは決めてなかったな?」
私に一撃を入れた上、武器を一瞬で変えるという妙な技まで使える。
結局の所私に勝てはしなかったが、久々に闘争を楽しめた。
「な、何がお望みで…?」
決まってるじゃないか。
「お前は今日から私の夫だ。異論は認めんぞ?戦において、敗者は勝者のなすがままだ!」
「あーれー!」
ムネミツをぐるぐる巻きにして留置所へ連れて行く。
途中、気になったのでムネミツに聞いてみた。
「戦いの最中、武器が変わったな?あれはどういうことだ?」
「『ボックス』っていう魔法だ。保存した武器を好きな時に取り出せる。」
「なっ…!」
驚きを隠せない。
もし勝負が長引けば他の武器も繰り出してきたはずだ。
あんな奇想天外な戦法で来られたら私でも対応しきれないだろう。
勝てたのは幸運か…?
そんな恐ろしい魔法があるとは、世界は広い。
教会との戦は当然ながら魔王軍の勝利に終わった。
そしてその夜、このまま付近の街を制圧することが決まった。
即ち、寿引退はそれまでお預け…という事だ。
当然、夫を捕らえた魔物達からは不平が出たが、リリム様に睨まれて大人しくなった。
まあ、あと3日もすれば街も落とせるだろう。
それまでの我慢だ。
付近にあった人間たちの砦の一つ。
今夜はここが私の寝所だ。
鎧も脱がずにベッドにダイブ。
そして、私は自分の首を外し。
「やったあぁぁぁ!!旦那様捕まえたぁぁぁぁ!」
思いの丈を、ぶちまけた。
街の制圧が終わり、ムネミツを入れた砦の独房へ行くと。
壁に穴が開けられ、日の光が漏れ出ていた。
向こうでワーキャットとスライムがヒソヒソと話している。
「あっ、長老だにゃ!」
「ちょーろー?」
「そう、旦那を捕まえたけど逃げられて軍役続投だから、長老にゃ!」
「むぅねぇみぃつぅぅぅッ!!!」
私はすぐさま引退届を出し、アイツを探す旅に出たのだった。
「プロポーズまでしといてどういうことだぁぁぁッ!」
絶対私の夫になってもらうぞ!!
立ち寄った町の酒場で独り言を呟く男。
体躯は中々のもので、身長も頭一つ飛びでている。
赤い外套を羽織り、赤い頭巾を被っているため、混雑する酒場でも目立つ。
と、向こうで飲んでいる傭兵風の男が相方らしき男と話している。
「おい聞いたかよ、魔王軍がアリサスの街に進行するっていう噂!ありゃ本当なんだってよ!」
「ああ、俺もそこで名を上げようと思っててな。上手くいけば正規兵よ!」
ほう、こいつはいいことを聞いた。
相手が正規の魔王軍なら、いい武器持ってる奴もいるはずだ。
狙い目は…そうだな、デュラハン辺りか。
「親父、代金置いとくぜ!」
男は上機嫌そうに酒場を去っていった。
「アリサスは…そこそこ遠いな、一ヶ月ってとこか?」
地図をしまい、男は歩き出した。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「将軍さ〜ん、私ぃ、旦那様見つけたから軍隊辞めるね〜♡」
「うむ、幸せにな」
制圧した町の会館で、ワーシープからの引退届を受け取る。
「いいペットが見つかったので引退します♡」
首輪とリードをつけた屈強そうな男を連れたダークエルフから引退届を受け取る。
「うむ…幸せにな」
ほら、将軍様にご挨拶は?」
「………わん」男は屈辱に震えているようだ。
「よく出来ました〜!」
スパァン!と男に鞭を入れた後、部屋を後にしていった。
二時間後、今回の町の制圧戦で伴侶を得た魔物娘達からの全ての引退届を受け取り終わる。
「団員の3割が寿引退か…」
しかし町の女性は全員魔物娘になった為、人数的にはむしろ増えたので問題ない。
戦後処理を終え、自分の寝所へ向かう。
今夜は町長の家を使うことになっている。
煉瓦作りの家はとても落ち着けるのだ。
私は小規模な町や村への侵攻を行う遊撃隊の隊長を務める誇り高きデュラハンである。
日夜魔界を広げ、魔王様の思想を実現するという名誉な仕事を任されている。
今日も一つ町を制圧した。
男性を捕らえ、新たな夫婦となって引退する魔物娘達を見るのは微笑ましい。
今夜はあちこちの寝所から朝まで嬌声が聞こえることだろう。
というかもう聞こえる。
「んおっほぉぉぉぉ!しゅごいのぉぉぉ!」
今のは恐らく昼間のダークエルフの夫の声だろう。お幸せに。
向こうでワーキャットとハーピーがこちらを見て何かヒソヒソと話している。
「おっ、長老だにゃ!今回も旦那様捕まえられなかったみたいにゃ!」
「長老?」
「そう、ずっと結婚できずに軍隊にいるから長老にゃ!」
何を言われようと全く気にしない。
そう、私は誇り高きデュラハン。
こんな事で目くじらをたてる様な狭量な器ではないのだ。
寝所へ着いた。
煉瓦作りのこの家は小さな町にしては立派だ。有難く使わせてもらおう。
鎧を脱ぐこともなく、ベッドへダイブ。
そして、私は自分の首を外し。
「ずるいよおおお!他のみんなばっかりさあああ!!」
思いの丈を、ぶちまけた。
「長老って…!確かに軍隊に長いこといるけどさぁ!そんな言い方ってあんまりだ!
あァァんまァりだァァーー!」
脚をバタつかせるとベッドがギシギシと軋む。
他の魔物娘達は今頃「旦那と」ギシギシしてるのかと思うと悲しくなってくる。
「私は結婚できないんじゃなくてしないだけだもん!
私より強い人とじゃなきゃイヤなだけだもん!」
私は誇り高きデュラハンである。
結婚するなら自分よりも強い男に剣を捧げたいのだ。
因みに剣を捧げる事は私たち騎士が主と主従関係を結ぶ際の儀式であるが、
現在はその意味が派生し、剣どころか己の全てを相手に捧げる事と同等の意味を持つ。だが幾多の死線をくぐり抜け、並みの勇者なら撃退できるほどの腕前に成長した私を倒せる強者などそうはいない。
それゆえの、叫び。
戦の後はこうしてストレスを発散せねばやってられないのだ。
その夜、私はいつもの様に泣き疲れてそのまま眠った。
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一ヶ月後、私はリリム様率いる魔王軍に加わっていた。
アリサスという街への侵攻において教会との戦が始まるいうことで、勇者に抗しうる者として召集されたのだ。
正直リリム様御一人でも十分だと思うが、人間界への侵攻は魔物娘達の婚活も兼ねているので仕方ない。
陣幕の外から敵方を見ていると、動きが手に取るようにわかる。
私達が丘の上に布陣しているのに対してあちらは平地に布陣しているためだ。
どうせ平地に敷くならもっと離れるべきだろう。
どうやら敵の大将は戦の素人らしい。
今回も強者は期待できないかもな…。
−−−−−−−−−−−−−−−
エラい御方の話は長い、という定説は海を越えても同じらしい。
正直、飢えに苦しむ農民の話を丸々と肥えた司祭様に言われても説得力がまるでない。
周りの傭兵たちも、飢える事の苦しさ知ってんのかよ、と小さく悪態をついている。
10分近く経って、やっと話が締めくくられた。
こんだけ長くてつまらん話だと士気が下がると思う。
だが士気どうこうは関係なくこの軍は全滅だろう。
布陣の時点で既にあちらの方が有利な上、率いているのがリリムなら尚更だ。
勇者も数人いるようだが、まだ若く未熟そうだ。もれなく魔物娘に娶られるだろう。
それに、軍を率いる頭があれでは決定的な策も考えられないだろう。
まあ、そんなことはいい。
強者と闘い、得物を頂く。危なくなったらとんずらする。それだけだ。
−−−−−−−−−−−−−−−
戦は我らが魔王軍が優勢で動いている。
相手も数だけは多かったが、敵ではない。
突撃してきた勇者も難なくエキドナ様やヴァンパイア様が捕らえた。
敵方に妙な動きはないことから、策も尽きたらしい。
もう戦局は変わらなそうだ。勝利も時間の問題だろう。
敵の兵士は私を見るや逃げ出して行く。根性なしめ。
…今回も居なかったな、私と渡り合える強者は。
そう思っていると、
「これなるはジパングが武士、ムネミツ!そこのデュラハン!いざ、尋常に勝負っ!!」
逃げ惑う一般兵の中から赤い頭巾を被り、赤い外套を羽織った男が声を張り上げた。
ジパングの人間か…。初めて闘うな。顔を隠していて目しか見えんが…。
「よかろう、ムネミツとやら!勝負を受けよう!
我が名はメルキア・フォン・バルハイム!私に勝負を挑むとは、余程自信があるようだな!」
こちらもジパングの戦作法に則り名乗る。
すると男…ムネミツは心底嬉しそうに応えた。
「ああ!俺はお前と闘うためだけにこの戦に参加したのだからな!」
「なっ…!?」
私に会いに…もとい、闘うため『だけ』に!?
しかもその事をこんなにストレートに…!
「ふ…ふん!人間が、まして勇者でもないお前が私に勝てると思うのか?」
落ち着け、私!相手の言葉に惑わされるな!
「ああそうだ!俺が勝ったならばメルキア!お前の剣を俺に寄越せ!」
頭巾の隙間から見える目を輝かせてそう言った。
なああぁぁぁっ!?
け、剣をを寄越す…つまり捧げろということか!?
こっ、これはいわゆるあの…ぷ、ぷろぽーずというやつじゃないか!?
意識した途端、身体がきゅうん、と熱くなるのを感じる。
こんな大胆な男は初めてだ!会っていきなり…告白するなんて!
しかも…あんなに物欲しそうな目で私のことを…
いっ、いやいや落ち着け!私は武人!勝負に集中するのだ!
「さ、さあ来いムネミツ!」
「いざ参るッ!」
ムネミツはその体躯に似合わぬ素早さですぐさま私との距離を詰めて片膝をつき、
抜刀した刀でそのまま切り上げにかかってくる。
ギイィン!と金属同士がぶつかり合う音が響く。
「く…これが居合斬りというやつか!」
「俺の刀は名刀マタムネ!とくと味わえ!」
ムネミツは摺り足で後ろへ引くと、すぐにまた打ち込んでくる。
「ちぇすとォ!」
ムネミツの気迫に気圧された一瞬に、左肩に衝撃が走る。
「ちっ、やっぱ切れねえか!」
私の肩当に深い切り込みが入っていた。
危なかった…もう少し当たりどころがずれていれば、
鎧の間から斬り伏せられていただろう。
そんな命の危険を伴う一瞬を味わったというのに。
「くっ、くくく…」
思わず笑みがこぼれてしまう。
何年ぶりだろうか、攻撃を入れられたのは。
全身が疼く。特に下半身が。
絶対、私のものにするっ…!
ムネミツは私に打ち込む隙を与えまいと刀を振り降ろし続ける。
確かに剣筋は疾い。が、私なら受け切れる。
このままスタミナを無駄にするがいい!
「ふん、そんなものか!持ち主がそれでは名刀も泣くぞ!」
挑発してみる。さあ、もっと打ち込んで来い。
「ならっ、これでっ、どうだ!」
上段の構えから刀を思い切り振り下ろしてきた。
馬鹿め、私の思う壺だっ!
こちらも剣を構えて受けの姿勢をとる。
受け止めた後は左に刀をいなし、そのまま決めてやる!
ーーーが。
ズガアァン!
予想以上の重さに思わず膝をつく。
いつの間にか、奴の武器が刀から巨大なバトルハンマーに変わっていた。
「なっ、貴様、どうやって…!」
「おおおおぉ!」
ムネミツはハンマーにさらに力を込める。このまま押し勝つ気でいるらしい。
ギシ、と私の剣から音がする。このままでは剣ごと潰されかねない!
ならば、と剣を傾け、力の方向をそらす。先程試そうとした戦法と同じだが…どうだ?
「ぬぁっ!?」
思惑通り、ムネミツはバランスを崩した。
バトルハンマーの強みは重い一撃を放てることにある。
だが、その重さ故に扱いはとても難しいのだ。
それも計算づくでこの攻撃を放ったならば、この男はかなり機転が利くようだ。
…だが、私の方が上だッ!
「せあっ!」
すかさず無防備なムネミツの首へ剣を振り降ろす。当然寸止めだ。
ピタリ、と首筋ギリギリに刃をあてがう。
私の剣は魔界銀製なので切れても問題はないと思うが。
「…勝負あった、な」
「くぅ…」
どうやら負けを認めたらしい。
と、同時にハンマーが消えた。どういった仕組みなのだろう。
剣を首から離し、鞘に収める。
と同時に、ムネミツが地面にへたり込む。
「くあぁ、魔王軍のデュラハンともなると強えなぁ!
勝負は俺の負けだ!あばよっ!」
「待てぃッ!」
逃げ出そうとするムネミツの首を掴む。絶対逃がさん。
「そういえば貴様が勝ったら私の剣が欲しいと言っていたが…
私が勝った場合のことは決めてなかったな?」
私に一撃を入れた上、武器を一瞬で変えるという妙な技まで使える。
結局の所私に勝てはしなかったが、久々に闘争を楽しめた。
「な、何がお望みで…?」
決まってるじゃないか。
「お前は今日から私の夫だ。異論は認めんぞ?戦において、敗者は勝者のなすがままだ!」
「あーれー!」
ムネミツをぐるぐる巻きにして留置所へ連れて行く。
途中、気になったのでムネミツに聞いてみた。
「戦いの最中、武器が変わったな?あれはどういうことだ?」
「『ボックス』っていう魔法だ。保存した武器を好きな時に取り出せる。」
「なっ…!」
驚きを隠せない。
もし勝負が長引けば他の武器も繰り出してきたはずだ。
あんな奇想天外な戦法で来られたら私でも対応しきれないだろう。
勝てたのは幸運か…?
そんな恐ろしい魔法があるとは、世界は広い。
教会との戦は当然ながら魔王軍の勝利に終わった。
そしてその夜、このまま付近の街を制圧することが決まった。
即ち、寿引退はそれまでお預け…という事だ。
当然、夫を捕らえた魔物達からは不平が出たが、リリム様に睨まれて大人しくなった。
まあ、あと3日もすれば街も落とせるだろう。
それまでの我慢だ。
付近にあった人間たちの砦の一つ。
今夜はここが私の寝所だ。
鎧も脱がずにベッドにダイブ。
そして、私は自分の首を外し。
「やったあぁぁぁ!!旦那様捕まえたぁぁぁぁ!」
思いの丈を、ぶちまけた。
街の制圧が終わり、ムネミツを入れた砦の独房へ行くと。
壁に穴が開けられ、日の光が漏れ出ていた。
向こうでワーキャットとスライムがヒソヒソと話している。
「あっ、長老だにゃ!」
「ちょーろー?」
「そう、旦那を捕まえたけど逃げられて軍役続投だから、長老にゃ!」
「むぅねぇみぃつぅぅぅッ!!!」
私はすぐさま引退届を出し、アイツを探す旅に出たのだった。
「プロポーズまでしといてどういうことだぁぁぁッ!」
絶対私の夫になってもらうぞ!!
15/03/04 17:44更新 / バナナ布団