ソフトシェルの濃厚泡包み
宗茂「脱皮の時期が来る?もうすぐ?」
咲「うん」
朝食を食べながらの会話中に僕の妻、立花 咲は表情を変えることも無くそう切り出した。
キャンサーは下半身、つまりカニの部分の成長を促すため脱皮を行うことが知られているのだが。
宗茂「…でも君、もう成体だろ?」
当然の疑問をぶつけると、彼女は首を横に振った。
咲「私の一族は…つがいになった後、もう一回脱皮するの」
へえ、と言われるがままに納得する。
キャンサー、と一口に言ってもその派生種族は多岐にわたって存在し、生態や気性にもそれぞれ差がある。
咲はごく最近発見された北方に生息するハナサキガニ族の出身で、口数の少ない物静かな性格だ。
現代社会に馴染み、人間と所帯すら持つようになったとはいえ、ただでさえ未だに謎の多い魔物娘である。
人間の知識に当てはまらなくとも、本人が言うならば事実なのだ。
宗茂「そうなのか…あ、脱皮直後は甲殻が柔らかくなるんだっけ?暫く安静にしないとね」
咲「うん。…ねぇ、宗茂」
宗茂「?」
咲「成体は脱皮も大がかりで大変だから…手伝ってくれる?」
宗茂「ああ、いいよ!」
咲「…♥」
宗茂「あっ、でもそれなら有給取らなきゃな…いつ頃始まりそう?」
………………
…………
……
部長「有給の申請?何かあったんか?」
僕の務めている水産加工会社のオフィス。
2週間後に2日間の有給を申し出た僕に世話焼きの部長が心配そうに尋ねてきた。
そういえば部長の奥さんはワタリガニ族のキャンサーだったということを思い出し、咲の脱皮について話してみると以外にもこうしてやると良い、これを用意しておくと良いなどの詳しいアドバイスをくれた。
部長「しかし立花君がねぇ…そうかそうか」
部長「同じキャンサーの夫として応援するぞ。しっかり嫁さんを笑わせてあげなさい、ガハハ」
宗茂「??…はい」
笑いながら僕の方をポン、と叩く部長。
何か引っかかる言い方だなとは思ったけれどとにかく有給は問題なく貰えたので安心だ。
忙しい時期なので、咲が早めに言ってくれて助かった。
今日も早く仕事を済ませて直帰しよう。
………………
…………
……
〜2週間後〜
ペリペリ、パキパキと乾いた音を立てて甲羅が剥がれていく。
朝方念入りに掃除しておいた自宅の風呂場で、僕はパンツ一丁で咲の脱皮を手伝っていた。
昼から始めた作業だが、外を見ると既に夕日が沈もうとしていた。
宗茂「咲、痛くない?」
咲「うん、…大丈夫」
脚の甲殻を一本一本、地道に丁寧に、体を傷つけない様取り除いていく。
脚を上げっぱなしで神経質な作業をしているというのに、咲の顔には少しの疲労感も見られない。
潤滑剤として購入した鰻女郎の「ぬた」。
肌の保護を助ける強い滑りに加えて体力回復の効能があるという説明書きは本当だったらしい。
その効果は僕にも現れているのか、休憩せずとも黙々と続けることができる。
部長に言われたとおり、薬局で注文してまで業務用の品を手に入れた甲斐があった。
有給明けにはお礼を言わなければ。
咲「…宗茂」
不意に咲が僕の名前を呼んだ。
宗茂「どうした?もしかして痛かった?」
咲「ううん。…あの、ね」
宗茂「?」
咲「私…宗茂とつがいになれて、…本当に良かった♥」
ぽつりと呟かれた彼女の言葉に顔を上げると、表情は変わらないもののほんのりと頬を紅潮させていた。
既に甲殻を外し終わったハサミが、所在なくゆらゆらと寄れている。
宗茂「僕もだよ」
僕も呟く様に彼女に返す。
咲「…私は海の、それも深海の出身だから陸に上がるのが本当は怖くて」
咲「でも宗茂は私の手を握って、私に新しい世界を見せてくれた」
宗茂「仕事で海底の街に引っ越せなかった分、…君を幸せにしてあげたかったんだ」
咲「それに私の事を気遣って、このぬるぬるも用意してくれた…」
部長本当にありがとうございます
今度菓子折りか何か持っていこう
咲「今とっても幸せ…あっ」
宗茂「僕もだよ…っと」
宗茂・咲「「これで全部」」
偶然か、お互いの声が重なった。
宗茂「はぁ〜、終わったぁ」
神経を削る作業からの解放感で、風呂場の床に仰向けに倒れ込む。
咲の柔らかい体を保護するために敷いていた専用マットレスが衝撃を吸収し、僕の体を優しく受け止めた。
咲「…ねぇ」
宗茂「うん?」
僕が返事をする頃には、咲は既に僕の腰に跨っていた。
咲「ごめん、その…私…♥」
宗茂「…身体は大丈夫なの?」
咲「うん…だから…」
そういえば鰻女郎のぬたには精力増強効果もあるんだったか。
それにキャンサーが我らの聖域と豪語する、体を洗う場所で裸同然で長時間触れ合っていたのだ。
こうなってしまっても不思議ではない。
表情は相変わらず動かないが、瞳は潤み、5対の脚は忙しなく動いていた。
宗茂「わかった。…おいで」
おい、と言った時点で咲は大量の泡を吐きながら僕の体に覆いかぶさり、熱い吐息を吐きながら唇を重ねてきた。
咲「んっ…ぷぁ♥ふ……っう、んっ!」
呼吸をする事すら惜しむかのように、ギリギリまで離れないディープキスを咲が繰り返す。
普段は他の魔物娘に比べて感情を表に出さず、奥ゆかしい面の目立つキャンサー族は奉仕の時間になるとその表情を一変させる。
大きなカニの脚に組み敷かれ、貪るように僕の口内を舌で蹂躙する咲。
成すがままに『ご奉仕』されるこの展開はいつものことだが、時折どうしても捕食されている気分になる。
咲「ん…ハァ…ハァ…」
十分キスに満足いったのか、僕のに絡めていた自分の舌を抜き取り、そのまま自分の唇を舌で一周する。
無表情のまま上気した彼女はすっかり魔物の目つきに戻り、次の『ご奉仕』に移る。
咲「ごめん宗茂…脱がすの…時間がもったいないの…♥」
そう言って咲は大きなハサミで器用に僕の下着を切り取り、ゆっくりと僕の上でスライドを始める。
膨らみこそ乏しい咲の身体ではあるが、その代わりにぴったりと密着した彼女から伝わってくるペースの速い心臓の鼓動が僕の興奮を助長する。
いつの間にか「ぬた」のヌルヌル感はどこかに消え、濃密で微小な泡によるすべすべとした感触が体を覆っていた。
ここで、そういえばと疑問に思っていたことを聞いてみる。
宗茂「何でハナサキガニ族は成体で脱皮するんだ?」
咲「私たちの一族は…ふ♥、北方の寒い海に住んでて…厳しい環境から身を守るために、んっ、他の一族より甲殻が固いんだけど…」
宗茂「そのせいでお腹が膨らまないから、子供を身籠る時だけ…甲殻が緩くなる様に…進化した、の♥」
説明しつつも体の水平運動は止めないので、乳首が擦れるたびに所々艶っぽい声が入る。
吐き出された泡が僕と咲の間で擦られて繋がっていき、気付けば風呂場全体が泡まみれになっていた。
…そしてここまで言われれば、今から何が始まるかは当然わかる。
だがそれでも聞かずにはいられない。
宗茂「…ってことは今回の…は」
咲「…本気の…子作り交尾…だよ」
動きを止めて、咲がじっとこちらを見つめる。
上目遣いの彼女の色っぽさに、思わず音を立てて生唾を飲む。
そして彼女に応える様に、、僕も咲を優しく見つめた。
咲「…ふふ♥」
珍しく、ほんの少し頬を緩ませた彼女は僕の態度を準備良しと取ったのだろう。
長時間の愛撫、もとい奉仕ですっかり臨戦態勢の僕の怒張は、手で優しく包まれながら彼女の秘花に添えられ、先程の水平運動の繰り返しの中で徐々に迎え入れられた。
「はぁ…く、ふぅぅ…♥」
繋がったままの状態で体を起こした咲は、くぐもった嬌声をあげながら上下運動へ移行した。
くちゃ、くちゅ、と粘着質の音を立てながら泡が膨らみ、繋がりの部分を隠してしまう。
しかしより強い刺激を求める彼女の指先が秘豆へ向けられるとともに、泡は邪魔だとばかりに側へ押しのけられた。
咲「宗茂…気持ちイイ…?」
宗茂「うん…すご、っく、いいよ」
咲「………♥」
僕の気持ちを確認して嬉しくなったのか、咲は更に抽送のペースを上げる。
彼女はキャンサー全種に通じる性質の為か、愛撫をされることよりも自らが奉仕することを好む。
僕としても咲のやりたいようにさせてやるのが一番だと考えているが、交わりの時は何時も、彼女が心から満足できているか不安に思う点があった。
咲「あっ♥あは♥くぅうっ、んっ♥」
僕の怒張が膣内を行き来するたび、咲の口から嬌声が溢れだしてくる。
咲は円運動やカーブするように動くことで常に新しい刺激を送り、僕に奉仕し続けることも欠かさない。
彼女の気分の高揚と共に、カニ脚の締め付けが少しずつキツくなっていく。
宗茂「…っつ……」
咲「!」ピタ
宗茂「えっ…どうしたの咲?急に止まって」
先程まで快楽に溺れていた咲の表情が一気に曇る。
咲「ううん…なんでもない」
そういって再び上下運動をするものの、何だかぎこちない上に咲自身どこか遠慮しているように思える。
宗茂「………」
咲「………」
二人とも押し黙ってしまう。
どうして突然……
宗茂(………あっ)
理由に気付いてハッとする。
僕と咲が初めて体を重ねた時のこと。
咲が絶頂を迎えた時に僕を抱きしめたことがあったのだが、その時僕は怪我を負ってしまった。
ハナサキガニ族の脚や甲羅には鋭いとげがびっしりと並んで生えており、迂闊に触ろうとすると刺さってしまうこともある。
咲は定期的に脚のとげを削り取っていたのだが、初めての事だった僕は少し血が出たこともあり必要以上に驚いてしまったのだ。
宗茂(…そういうことだったのか)
咲は未だにその時の事を気にしている。
夫を傷つけてしまったという罪悪感から、魔物娘が最も愛を感じ、与えることのできるセックスに全力を注ぐことが出来なかったのだ。
宗茂(…結婚して一年経つっていうのに、僕は咲の気持ちをまだ理解できてなかったんだな)
罪悪感で胸の奥が締め上げられるような痛みを感じる。
宗茂(…だけど)
それなら夫として、やるべきことは一つだろう。
宗茂「……咲」
咲「?」
宗茂「さっきのは、別に君の脚が痛かったわけじゃないよ」
咲「…!」
僕の言葉に、咲の全身がビク、と小さく震える。
トラウマを掘り返してしまった為か咲の両目には涙がたまり、今にも零れ落ちそうになっていた。
咲「あう…その、私…」
宗茂「ほら、泣かない泣かない」
咲の上半身を抱き寄せ、小刻みに震える肩を少し強めに包み込む。
宗茂「今日は脱皮したばかりだし、甲殻も柔らかいんだから痛くないよ」
咲「…うぅ」
宗茂「…咲、僕は、君に僕の子供を産んで欲しい」
咲「!」
宗茂「それができるのは今日だけだ。だから…」
宗茂「僕の為に、全力で踊って欲しい」
咲「むねしげぇ…」
咲が大粒の涙を、人の目とカニの目から流す。
僕は彼女を受け入れるために、両手を広げて彼女を慰めた。
宗茂「遠慮しなくていいからね」
咲「…大好きぃ!!」
今までで一度も聞いたことのないような大声を出して、咲が愛を叫ぶ。
同時に僕の下半身はカニの6対の脚に、腕はハサミに押さえつけられた貼り付け状態になる。
もうここから動かさない。
私の姿だけを正面から見て。
そんな彼女の思いがひしひしと伝わってくるような、力強い抱擁だ。
咲「あっ♥あはっ♥見てぇ、むねしげぇ!!」
宗茂「くうあっ、咲っ、激しいっ!」
僕の上を舞台にして、とびきりの笑顔で踊り子が跳ねる。
不規則で、かつ流線的な運動を荒波の様に激しく繰り返しながら。
咲「はっ♥ふふっ♥」
ぱちん、ぱちんと肌のぶつかる音が浴室に反響する。
咲が求愛の踊りを舞いながら腕を振る度、付着していた泡が宙を舞いやがて弾けていく。
咲「見て…♥もっと見て♥」
宗茂「咲ッ…ちょっと僕もう…!」
咲「はぁっ♥むねしげもっ、遠慮しないで!」
宗茂「くっ…うあぁっ!!」
ビュクッ!ビュルルッ!!
目も眩むような快感に下半身を支配され、咲の言葉に導かれるまま花弁の中へ精を放つ。
快楽で腰が浮き、震える感覚は全て咲の甲殻ホールドによって吸収される。
咲「あっ…♥まだ出てる…♥♥」
宗茂「はぁ…はぁ…」
咲は脚を更に締め上げ、性器をぎゅうぎゅうと密着させる。
精液を一滴たりとも逃すまいとして、ぐりぐりと僕のペニスを自らの子宮口に擦り付けていた。
咲「まだだよ…まだプロローグも終わってないんだから…♥」
精を体内に受け、彼女の体に流れるサキュバスの魔力が覚醒したのか。
一層淫靡な表情になった彼女は更に僕の精液を求めて腰を振る。
宗茂「僕だってとっくにインキュバスなんだ、一晩中だって見続けるよ」
咲「♥」
優しく微笑み返すと、咲は嬉しそうな顔で快楽を貪る。
どろどろに熱くなった膣の中では、愛液によって動き続ける僕の陰茎をヒダの一つ一つが少しでも長く触れ合っていたいとばかりに吸い付いてきた。
………………
…………
……
咲「むねしげっ、わたし、妊娠、できるかなぁ?あうっ♥」
三回目の射精を終えた頃、咲が不意に質問してくる。
換気扇を回すのを忘れていたため、浴室はすっかり愛臭で満ちていたがそれも気にせず交わりが続いている。
宗茂「産んで欲しいって、僕が言ったんだから、今夜中に決めて見せるさ」
咲「くふっ♥言ったからには、あぁ♥ ふ、途中休憩は無いよ?」
宗茂「…なんだか、すっかり淫乱だなぁ」
咲「なっ…!!だって、むねしげがっ」
言葉に起こされた所為か、咲の顔がボッと茹で蟹の様に真っ赤になり、顔を隠して俯いてしまう。
普段見せない妻の照れた表情に嗜虐心をそそられ、更に攻めてみたいという感情に流される。
宗茂「ははは、冗談だよ、初めての時からずっとそうだから」
咲「っ〜〜〜〜……」
小さく可愛らしい声を上げて、抵抗とばかりに足で下半身を締め付ける。
可愛いなぁ…
咲「…そんなにいうなら」
宗茂「えっ?」
聞こえるか聞こえないか程度のか細い声に僕が聞き返すと。
咲「とことん淫乱になってあげるんだから…♥」
宗茂「えっ!?く、あああっ!?」
何かのタガが外れた様子のキャンサーが、容赦無しの搾精を開始した。
宗茂「ちょっと、咲、ごめんって!はっ、早っ」
咲「私だって魔物娘だもん…♥淫乱で当然じゃない♥ほらっ♥ほらっ♥」
サワガニが海へ卵を放流する時のような激しく扇情的な動きに腰がわななく。
高波が岩にぶつかる様な強い衝撃と刺激に、すっかり今までの動きに慣れ切っていた僕の分身が悲鳴を上げる。
宗茂「うっ…あ、で、出るッ!!」
ビュルル、ドクン!ドクン!
4回目だというのにまだ出続ける。
前立腺が引き締まり、命を吸い上げられるような初めての感覚に僕の息は絶え絶えの状態だった。
咲「ほら、休憩時間はなしだよ?早く…♥」
宗茂「さ、咲さん…?」
咲「なに?」
宗茂「この踊り…あと何小節あるの…?」
咲「………ふふ」
宗茂「」
咲「ふふふふふふふふ♥♥♥」
\キャー……/
…結局、彼女の踊りがエピローグを終える頃には月も呆れ果てて沈んでいた。
教訓、カニをつつくと挟まれる。
高い見物料だったな…と思いながら、有給2日目は泥の様に眠った。
昼頃、寝込みに再び取り立てが来た。
………………
…………
……
〜1か月後〜
咲「妊娠してたよ」フンス
宗茂「!!!」
検査を終えた妻が、お腹をさすりながら照れたように結果を僕に示す。
宗茂「ホント!?やったね咲、ありがとう〜!!」
喜びのあまり咲に抱き付き、髪を撫でる。
信じてはいたものの、改めて聞かされたせいか嬉し涙が溢れてくる。
咲「…これからもよろしくね、むねしげ♥」
声を上げて泣く夫を抱き返しながら、そのキャンサーは花が咲いたように笑った。
〜エピローグ〜
宗茂「転勤……ですか?」
部長「ああ。新事業の一環として、各地に社員を送り込むことになってな」
昼休憩が始まった直後、部長は僕を呼び出すとそう言って話を切り出した。
確かに、会社が新しい事業に乗り出すとは前々から聞いていたが…
宗茂「深海魚を使っての加工食品作り、でしたっけ。僕にどうしてその話を?」
部長「会社にとってかなり重要な案件だが…立花君の働きぶりなら任せられると思ってな。引き受けてくれるか?」
宗茂「!…わかりました。必ず成功の目途を立てて見せます」
部長「よし!じゃあここにある転勤先の希望に✔を付けてくれ!ある程度自由が効くからな!」
そう言って僕に書類を渡し、ガハハと笑いながら部長は去っていった。
宗茂「自分で選べるってのも珍しいよな…どこにしようか。」
宗茂「……あっ」
国内外様々な場所がリストアップされている中で。
宗茂「…ここしかないな」
咲の故郷の海底街を見つけた僕は、迷わずそこに✔を付けた。
※ここから先はまた筆者の妄想が多分に入ります。お嫌いな方はそっ閉じをお願いします。
魔物娘図鑑(偽)
【キャンサー(北方生息型)】
海底、浜辺、川辺などその高い環境適応能力によって世界中に生息域を持つキャンサーだが、北方の深海に生息する一族は他の近縁種に比べると一風変わった生態サイクルを持っている。
個体差はあるものの、6つ子程度までならやろうと思えば一度に出産することが出来るほど多産な他種に対し、北方系のキャンサーは基本的に一度の出産で一匹しか生まない。
これは極寒でありかつ餌に乏しい深海において、多数の子供を養育できるほどの余裕が彼女達にないためであるとの説が現在最も有効である。
また、そうした状況で命を授かることとなる子供は、母親の甲羅部分の中で卵から孵り、ある程度まで成長した状態で生まれることとなる。
確実に生き残れる個体を少しずつ増やしていく、という堅実なこの性質は、北方生息型に独特の適応進化だと言えるだろう。
さて、そんな彼女達は甲殻の軟化時に受精を確認すると、カニの甲殻部分から特殊なホルモンが分泌される。
このホルモンはキャンサーの甲羅全体に作用し、これを膨張させる働きを持っていると言われる。
そして脱皮後しばらく経つと甲羅は再び硬化を始め、受精卵は硬化が安定する一か月後、人間体部分の第一子宮から甲羅部分の第二子宮へと移動、そこで安全に成長するのである。
主要な消化器官は魔物娘となった時に人間部分に全て移動しているため、カニの部分は子供を守る鉄壁の揺り籠になるよう進化を遂げたのだ。
余談ではあるが、先程述べた説が崩壊し始めていることも言及する必要がある。
昨今、海の魔物娘が夫に与えることができる「水中呼吸適応化」の儀式がシー・ビショップや海和尚の尽力によって地域が限られるものの地上でも可能となり、人間の男性が水棲魔物娘と共に海中へ移住する事例が増えてきたためだ。
彼等は人間の技術を用いて海底に集落を建設するところまで来ており、各国政府も現在自国領海の海底都市への経済支援を段階的に進めていく見解を示している。
また魔物娘は夫との性交を介してほぼ無限に栄養を摂取できるため、安定した環境で生活する北方生息型の魔物娘達の中から多産の個体が出現する日も遠くないと言えるだろう。
咲「うん」
朝食を食べながらの会話中に僕の妻、立花 咲は表情を変えることも無くそう切り出した。
キャンサーは下半身、つまりカニの部分の成長を促すため脱皮を行うことが知られているのだが。
宗茂「…でも君、もう成体だろ?」
当然の疑問をぶつけると、彼女は首を横に振った。
咲「私の一族は…つがいになった後、もう一回脱皮するの」
へえ、と言われるがままに納得する。
キャンサー、と一口に言ってもその派生種族は多岐にわたって存在し、生態や気性にもそれぞれ差がある。
咲はごく最近発見された北方に生息するハナサキガニ族の出身で、口数の少ない物静かな性格だ。
現代社会に馴染み、人間と所帯すら持つようになったとはいえ、ただでさえ未だに謎の多い魔物娘である。
人間の知識に当てはまらなくとも、本人が言うならば事実なのだ。
宗茂「そうなのか…あ、脱皮直後は甲殻が柔らかくなるんだっけ?暫く安静にしないとね」
咲「うん。…ねぇ、宗茂」
宗茂「?」
咲「成体は脱皮も大がかりで大変だから…手伝ってくれる?」
宗茂「ああ、いいよ!」
咲「…♥」
宗茂「あっ、でもそれなら有給取らなきゃな…いつ頃始まりそう?」
………………
…………
……
部長「有給の申請?何かあったんか?」
僕の務めている水産加工会社のオフィス。
2週間後に2日間の有給を申し出た僕に世話焼きの部長が心配そうに尋ねてきた。
そういえば部長の奥さんはワタリガニ族のキャンサーだったということを思い出し、咲の脱皮について話してみると以外にもこうしてやると良い、これを用意しておくと良いなどの詳しいアドバイスをくれた。
部長「しかし立花君がねぇ…そうかそうか」
部長「同じキャンサーの夫として応援するぞ。しっかり嫁さんを笑わせてあげなさい、ガハハ」
宗茂「??…はい」
笑いながら僕の方をポン、と叩く部長。
何か引っかかる言い方だなとは思ったけれどとにかく有給は問題なく貰えたので安心だ。
忙しい時期なので、咲が早めに言ってくれて助かった。
今日も早く仕事を済ませて直帰しよう。
………………
…………
……
〜2週間後〜
ペリペリ、パキパキと乾いた音を立てて甲羅が剥がれていく。
朝方念入りに掃除しておいた自宅の風呂場で、僕はパンツ一丁で咲の脱皮を手伝っていた。
昼から始めた作業だが、外を見ると既に夕日が沈もうとしていた。
宗茂「咲、痛くない?」
咲「うん、…大丈夫」
脚の甲殻を一本一本、地道に丁寧に、体を傷つけない様取り除いていく。
脚を上げっぱなしで神経質な作業をしているというのに、咲の顔には少しの疲労感も見られない。
潤滑剤として購入した鰻女郎の「ぬた」。
肌の保護を助ける強い滑りに加えて体力回復の効能があるという説明書きは本当だったらしい。
その効果は僕にも現れているのか、休憩せずとも黙々と続けることができる。
部長に言われたとおり、薬局で注文してまで業務用の品を手に入れた甲斐があった。
有給明けにはお礼を言わなければ。
咲「…宗茂」
不意に咲が僕の名前を呼んだ。
宗茂「どうした?もしかして痛かった?」
咲「ううん。…あの、ね」
宗茂「?」
咲「私…宗茂とつがいになれて、…本当に良かった♥」
ぽつりと呟かれた彼女の言葉に顔を上げると、表情は変わらないもののほんのりと頬を紅潮させていた。
既に甲殻を外し終わったハサミが、所在なくゆらゆらと寄れている。
宗茂「僕もだよ」
僕も呟く様に彼女に返す。
咲「…私は海の、それも深海の出身だから陸に上がるのが本当は怖くて」
咲「でも宗茂は私の手を握って、私に新しい世界を見せてくれた」
宗茂「仕事で海底の街に引っ越せなかった分、…君を幸せにしてあげたかったんだ」
咲「それに私の事を気遣って、このぬるぬるも用意してくれた…」
部長本当にありがとうございます
今度菓子折りか何か持っていこう
咲「今とっても幸せ…あっ」
宗茂「僕もだよ…っと」
宗茂・咲「「これで全部」」
偶然か、お互いの声が重なった。
宗茂「はぁ〜、終わったぁ」
神経を削る作業からの解放感で、風呂場の床に仰向けに倒れ込む。
咲の柔らかい体を保護するために敷いていた専用マットレスが衝撃を吸収し、僕の体を優しく受け止めた。
咲「…ねぇ」
宗茂「うん?」
僕が返事をする頃には、咲は既に僕の腰に跨っていた。
咲「ごめん、その…私…♥」
宗茂「…身体は大丈夫なの?」
咲「うん…だから…」
そういえば鰻女郎のぬたには精力増強効果もあるんだったか。
それにキャンサーが我らの聖域と豪語する、体を洗う場所で裸同然で長時間触れ合っていたのだ。
こうなってしまっても不思議ではない。
表情は相変わらず動かないが、瞳は潤み、5対の脚は忙しなく動いていた。
宗茂「わかった。…おいで」
おい、と言った時点で咲は大量の泡を吐きながら僕の体に覆いかぶさり、熱い吐息を吐きながら唇を重ねてきた。
咲「んっ…ぷぁ♥ふ……っう、んっ!」
呼吸をする事すら惜しむかのように、ギリギリまで離れないディープキスを咲が繰り返す。
普段は他の魔物娘に比べて感情を表に出さず、奥ゆかしい面の目立つキャンサー族は奉仕の時間になるとその表情を一変させる。
大きなカニの脚に組み敷かれ、貪るように僕の口内を舌で蹂躙する咲。
成すがままに『ご奉仕』されるこの展開はいつものことだが、時折どうしても捕食されている気分になる。
咲「ん…ハァ…ハァ…」
十分キスに満足いったのか、僕のに絡めていた自分の舌を抜き取り、そのまま自分の唇を舌で一周する。
無表情のまま上気した彼女はすっかり魔物の目つきに戻り、次の『ご奉仕』に移る。
咲「ごめん宗茂…脱がすの…時間がもったいないの…♥」
そう言って咲は大きなハサミで器用に僕の下着を切り取り、ゆっくりと僕の上でスライドを始める。
膨らみこそ乏しい咲の身体ではあるが、その代わりにぴったりと密着した彼女から伝わってくるペースの速い心臓の鼓動が僕の興奮を助長する。
いつの間にか「ぬた」のヌルヌル感はどこかに消え、濃密で微小な泡によるすべすべとした感触が体を覆っていた。
ここで、そういえばと疑問に思っていたことを聞いてみる。
宗茂「何でハナサキガニ族は成体で脱皮するんだ?」
咲「私たちの一族は…ふ♥、北方の寒い海に住んでて…厳しい環境から身を守るために、んっ、他の一族より甲殻が固いんだけど…」
宗茂「そのせいでお腹が膨らまないから、子供を身籠る時だけ…甲殻が緩くなる様に…進化した、の♥」
説明しつつも体の水平運動は止めないので、乳首が擦れるたびに所々艶っぽい声が入る。
吐き出された泡が僕と咲の間で擦られて繋がっていき、気付けば風呂場全体が泡まみれになっていた。
…そしてここまで言われれば、今から何が始まるかは当然わかる。
だがそれでも聞かずにはいられない。
宗茂「…ってことは今回の…は」
咲「…本気の…子作り交尾…だよ」
動きを止めて、咲がじっとこちらを見つめる。
上目遣いの彼女の色っぽさに、思わず音を立てて生唾を飲む。
そして彼女に応える様に、、僕も咲を優しく見つめた。
咲「…ふふ♥」
珍しく、ほんの少し頬を緩ませた彼女は僕の態度を準備良しと取ったのだろう。
長時間の愛撫、もとい奉仕ですっかり臨戦態勢の僕の怒張は、手で優しく包まれながら彼女の秘花に添えられ、先程の水平運動の繰り返しの中で徐々に迎え入れられた。
「はぁ…く、ふぅぅ…♥」
繋がったままの状態で体を起こした咲は、くぐもった嬌声をあげながら上下運動へ移行した。
くちゃ、くちゅ、と粘着質の音を立てながら泡が膨らみ、繋がりの部分を隠してしまう。
しかしより強い刺激を求める彼女の指先が秘豆へ向けられるとともに、泡は邪魔だとばかりに側へ押しのけられた。
咲「宗茂…気持ちイイ…?」
宗茂「うん…すご、っく、いいよ」
咲「………♥」
僕の気持ちを確認して嬉しくなったのか、咲は更に抽送のペースを上げる。
彼女はキャンサー全種に通じる性質の為か、愛撫をされることよりも自らが奉仕することを好む。
僕としても咲のやりたいようにさせてやるのが一番だと考えているが、交わりの時は何時も、彼女が心から満足できているか不安に思う点があった。
咲「あっ♥あは♥くぅうっ、んっ♥」
僕の怒張が膣内を行き来するたび、咲の口から嬌声が溢れだしてくる。
咲は円運動やカーブするように動くことで常に新しい刺激を送り、僕に奉仕し続けることも欠かさない。
彼女の気分の高揚と共に、カニ脚の締め付けが少しずつキツくなっていく。
宗茂「…っつ……」
咲「!」ピタ
宗茂「えっ…どうしたの咲?急に止まって」
先程まで快楽に溺れていた咲の表情が一気に曇る。
咲「ううん…なんでもない」
そういって再び上下運動をするものの、何だかぎこちない上に咲自身どこか遠慮しているように思える。
宗茂「………」
咲「………」
二人とも押し黙ってしまう。
どうして突然……
宗茂(………あっ)
理由に気付いてハッとする。
僕と咲が初めて体を重ねた時のこと。
咲が絶頂を迎えた時に僕を抱きしめたことがあったのだが、その時僕は怪我を負ってしまった。
ハナサキガニ族の脚や甲羅には鋭いとげがびっしりと並んで生えており、迂闊に触ろうとすると刺さってしまうこともある。
咲は定期的に脚のとげを削り取っていたのだが、初めての事だった僕は少し血が出たこともあり必要以上に驚いてしまったのだ。
宗茂(…そういうことだったのか)
咲は未だにその時の事を気にしている。
夫を傷つけてしまったという罪悪感から、魔物娘が最も愛を感じ、与えることのできるセックスに全力を注ぐことが出来なかったのだ。
宗茂(…結婚して一年経つっていうのに、僕は咲の気持ちをまだ理解できてなかったんだな)
罪悪感で胸の奥が締め上げられるような痛みを感じる。
宗茂(…だけど)
それなら夫として、やるべきことは一つだろう。
宗茂「……咲」
咲「?」
宗茂「さっきのは、別に君の脚が痛かったわけじゃないよ」
咲「…!」
僕の言葉に、咲の全身がビク、と小さく震える。
トラウマを掘り返してしまった為か咲の両目には涙がたまり、今にも零れ落ちそうになっていた。
咲「あう…その、私…」
宗茂「ほら、泣かない泣かない」
咲の上半身を抱き寄せ、小刻みに震える肩を少し強めに包み込む。
宗茂「今日は脱皮したばかりだし、甲殻も柔らかいんだから痛くないよ」
咲「…うぅ」
宗茂「…咲、僕は、君に僕の子供を産んで欲しい」
咲「!」
宗茂「それができるのは今日だけだ。だから…」
宗茂「僕の為に、全力で踊って欲しい」
咲「むねしげぇ…」
咲が大粒の涙を、人の目とカニの目から流す。
僕は彼女を受け入れるために、両手を広げて彼女を慰めた。
宗茂「遠慮しなくていいからね」
咲「…大好きぃ!!」
今までで一度も聞いたことのないような大声を出して、咲が愛を叫ぶ。
同時に僕の下半身はカニの6対の脚に、腕はハサミに押さえつけられた貼り付け状態になる。
もうここから動かさない。
私の姿だけを正面から見て。
そんな彼女の思いがひしひしと伝わってくるような、力強い抱擁だ。
咲「あっ♥あはっ♥見てぇ、むねしげぇ!!」
宗茂「くうあっ、咲っ、激しいっ!」
僕の上を舞台にして、とびきりの笑顔で踊り子が跳ねる。
不規則で、かつ流線的な運動を荒波の様に激しく繰り返しながら。
咲「はっ♥ふふっ♥」
ぱちん、ぱちんと肌のぶつかる音が浴室に反響する。
咲が求愛の踊りを舞いながら腕を振る度、付着していた泡が宙を舞いやがて弾けていく。
咲「見て…♥もっと見て♥」
宗茂「咲ッ…ちょっと僕もう…!」
咲「はぁっ♥むねしげもっ、遠慮しないで!」
宗茂「くっ…うあぁっ!!」
ビュクッ!ビュルルッ!!
目も眩むような快感に下半身を支配され、咲の言葉に導かれるまま花弁の中へ精を放つ。
快楽で腰が浮き、震える感覚は全て咲の甲殻ホールドによって吸収される。
咲「あっ…♥まだ出てる…♥♥」
宗茂「はぁ…はぁ…」
咲は脚を更に締め上げ、性器をぎゅうぎゅうと密着させる。
精液を一滴たりとも逃すまいとして、ぐりぐりと僕のペニスを自らの子宮口に擦り付けていた。
咲「まだだよ…まだプロローグも終わってないんだから…♥」
精を体内に受け、彼女の体に流れるサキュバスの魔力が覚醒したのか。
一層淫靡な表情になった彼女は更に僕の精液を求めて腰を振る。
宗茂「僕だってとっくにインキュバスなんだ、一晩中だって見続けるよ」
咲「♥」
優しく微笑み返すと、咲は嬉しそうな顔で快楽を貪る。
どろどろに熱くなった膣の中では、愛液によって動き続ける僕の陰茎をヒダの一つ一つが少しでも長く触れ合っていたいとばかりに吸い付いてきた。
………………
…………
……
咲「むねしげっ、わたし、妊娠、できるかなぁ?あうっ♥」
三回目の射精を終えた頃、咲が不意に質問してくる。
換気扇を回すのを忘れていたため、浴室はすっかり愛臭で満ちていたがそれも気にせず交わりが続いている。
宗茂「産んで欲しいって、僕が言ったんだから、今夜中に決めて見せるさ」
咲「くふっ♥言ったからには、あぁ♥ ふ、途中休憩は無いよ?」
宗茂「…なんだか、すっかり淫乱だなぁ」
咲「なっ…!!だって、むねしげがっ」
言葉に起こされた所為か、咲の顔がボッと茹で蟹の様に真っ赤になり、顔を隠して俯いてしまう。
普段見せない妻の照れた表情に嗜虐心をそそられ、更に攻めてみたいという感情に流される。
宗茂「ははは、冗談だよ、初めての時からずっとそうだから」
咲「っ〜〜〜〜……」
小さく可愛らしい声を上げて、抵抗とばかりに足で下半身を締め付ける。
可愛いなぁ…
咲「…そんなにいうなら」
宗茂「えっ?」
聞こえるか聞こえないか程度のか細い声に僕が聞き返すと。
咲「とことん淫乱になってあげるんだから…♥」
宗茂「えっ!?く、あああっ!?」
何かのタガが外れた様子のキャンサーが、容赦無しの搾精を開始した。
宗茂「ちょっと、咲、ごめんって!はっ、早っ」
咲「私だって魔物娘だもん…♥淫乱で当然じゃない♥ほらっ♥ほらっ♥」
サワガニが海へ卵を放流する時のような激しく扇情的な動きに腰がわななく。
高波が岩にぶつかる様な強い衝撃と刺激に、すっかり今までの動きに慣れ切っていた僕の分身が悲鳴を上げる。
宗茂「うっ…あ、で、出るッ!!」
ビュルル、ドクン!ドクン!
4回目だというのにまだ出続ける。
前立腺が引き締まり、命を吸い上げられるような初めての感覚に僕の息は絶え絶えの状態だった。
咲「ほら、休憩時間はなしだよ?早く…♥」
宗茂「さ、咲さん…?」
咲「なに?」
宗茂「この踊り…あと何小節あるの…?」
咲「………ふふ」
宗茂「」
咲「ふふふふふふふふ♥♥♥」
\キャー……/
…結局、彼女の踊りがエピローグを終える頃には月も呆れ果てて沈んでいた。
教訓、カニをつつくと挟まれる。
高い見物料だったな…と思いながら、有給2日目は泥の様に眠った。
昼頃、寝込みに再び取り立てが来た。
………………
…………
……
〜1か月後〜
咲「妊娠してたよ」フンス
宗茂「!!!」
検査を終えた妻が、お腹をさすりながら照れたように結果を僕に示す。
宗茂「ホント!?やったね咲、ありがとう〜!!」
喜びのあまり咲に抱き付き、髪を撫でる。
信じてはいたものの、改めて聞かされたせいか嬉し涙が溢れてくる。
咲「…これからもよろしくね、むねしげ♥」
声を上げて泣く夫を抱き返しながら、そのキャンサーは花が咲いたように笑った。
〜エピローグ〜
宗茂「転勤……ですか?」
部長「ああ。新事業の一環として、各地に社員を送り込むことになってな」
昼休憩が始まった直後、部長は僕を呼び出すとそう言って話を切り出した。
確かに、会社が新しい事業に乗り出すとは前々から聞いていたが…
宗茂「深海魚を使っての加工食品作り、でしたっけ。僕にどうしてその話を?」
部長「会社にとってかなり重要な案件だが…立花君の働きぶりなら任せられると思ってな。引き受けてくれるか?」
宗茂「!…わかりました。必ず成功の目途を立てて見せます」
部長「よし!じゃあここにある転勤先の希望に✔を付けてくれ!ある程度自由が効くからな!」
そう言って僕に書類を渡し、ガハハと笑いながら部長は去っていった。
宗茂「自分で選べるってのも珍しいよな…どこにしようか。」
宗茂「……あっ」
国内外様々な場所がリストアップされている中で。
宗茂「…ここしかないな」
咲の故郷の海底街を見つけた僕は、迷わずそこに✔を付けた。
※ここから先はまた筆者の妄想が多分に入ります。お嫌いな方はそっ閉じをお願いします。
魔物娘図鑑(偽)
【キャンサー(北方生息型)】
海底、浜辺、川辺などその高い環境適応能力によって世界中に生息域を持つキャンサーだが、北方の深海に生息する一族は他の近縁種に比べると一風変わった生態サイクルを持っている。
個体差はあるものの、6つ子程度までならやろうと思えば一度に出産することが出来るほど多産な他種に対し、北方系のキャンサーは基本的に一度の出産で一匹しか生まない。
これは極寒でありかつ餌に乏しい深海において、多数の子供を養育できるほどの余裕が彼女達にないためであるとの説が現在最も有効である。
また、そうした状況で命を授かることとなる子供は、母親の甲羅部分の中で卵から孵り、ある程度まで成長した状態で生まれることとなる。
確実に生き残れる個体を少しずつ増やしていく、という堅実なこの性質は、北方生息型に独特の適応進化だと言えるだろう。
さて、そんな彼女達は甲殻の軟化時に受精を確認すると、カニの甲殻部分から特殊なホルモンが分泌される。
このホルモンはキャンサーの甲羅全体に作用し、これを膨張させる働きを持っていると言われる。
そして脱皮後しばらく経つと甲羅は再び硬化を始め、受精卵は硬化が安定する一か月後、人間体部分の第一子宮から甲羅部分の第二子宮へと移動、そこで安全に成長するのである。
主要な消化器官は魔物娘となった時に人間部分に全て移動しているため、カニの部分は子供を守る鉄壁の揺り籠になるよう進化を遂げたのだ。
余談ではあるが、先程述べた説が崩壊し始めていることも言及する必要がある。
昨今、海の魔物娘が夫に与えることができる「水中呼吸適応化」の儀式がシー・ビショップや海和尚の尽力によって地域が限られるものの地上でも可能となり、人間の男性が水棲魔物娘と共に海中へ移住する事例が増えてきたためだ。
彼等は人間の技術を用いて海底に集落を建設するところまで来ており、各国政府も現在自国領海の海底都市への経済支援を段階的に進めていく見解を示している。
また魔物娘は夫との性交を介してほぼ無限に栄養を摂取できるため、安定した環境で生活する北方生息型の魔物娘達の中から多産の個体が出現する日も遠くないと言えるだろう。
16/09/03 02:36更新 / バナナ布団