もてない作家の一日
「ちくしょーーーー！！」
ここは親魔物領にあるとあるアパートの一室。
もてない小説作家、ベン・ジョンソンが雄たけびを上げながら、原稿用紙に向かい合っていた。
「ぜんっぜん思い浮かばねえええええええええええ！来週締め切りだってのに！これじゃあ、担当に殺されるうううううう！」
どうやら、月間誌に載せている詩集の締め切りが迫っていて、その追い込みをかけている様だ。良い文面を書けずに悪戦苦闘している。
「しかも、愛とクリスマスをテーマに詩集を書けだなんて、あの腐れ担当マジで俺に喧嘩売ってんのか！？ぜったいに買わねーけどな！」
ベンの言う腐れ担当とは、彼が契約している出版社の編集担当の事だ。
名前はラミナ。
この編集担当、種族はラミアで美人だが、かなり仕事に厳しく、原稿の仕上がりが悪いと容赦なくベンに駄目出しをしてくる。ドМには嬉しい毒舌付きで。
「だいたい、コメディー小説でたまたま当たってこの業界に入った俺がそんな愛だの恋だのクリスマスなんてスイーツな詩集書けるわけねーだろ！
てゆーか何で詩集？ポエム？俺は歌人じゃねーぞ！
たまたま詩集書いてる奴がインフルエンザでダウンしたから代わりに書けとかわけわかんねー事言いやがって！テーマ作った奴、男だったら金玉破裂しろ！！女なら恐ろしいくらいのイボ痔になれ！そしてクリスマスとイヴの二日間だけ俺以外インポになれ！！」
ラミナの駄目出しという報復が怖いため、彼は心のそこからテーマを課した編集者に悪態をつく。そして、最後のはリア充に対する歪んだ僻みである。
彼は過去に、どういうわけか、誤って小説の原稿をトイレに流すという事件をやらかしており、気を失うまで担当のラミナにロールミーされた事を思い出していた。
そんな、彼女の前で締め切りに間に合わないなどと言ったら、体中の骨を砕かれるまで、締め切られるに違いない。締め切りなだけに・・・。
ガクブルと身震いしながら、ベンは過去の記憶に耽っていると、呼び鈴がならされる。
彼は、ハッとしながら、玄関の方を向いた。
「先生、原稿の様子を見に来ました。居るのはわかっています。早く扉を開けてください」
凛とした女性の声、間違いなく担当のものだ。
（やべえええええ！抜き打ち訪問とかなんの拷問だよ！？）
とりあえず、居留守を試みる。
鍵は掛けている。しばらく、待てばあきらめて帰るだろう。
「・・・・・」
「・・・・・」
しばしの沈黙。
ガチャリ！
しかし、次の瞬間ドアノブが回り、玄関の扉はたやすく開かれた。
「！？」
「いるじゃないですか・・・。なに居留守してんですか？」
いともたやすくラミナの進入を許してしまったべンは、何故？とばかりに疑問と驚愕を綯交ぜにした顔を浮かべていた。
「んな馬鹿な！鍵は閉めといたはずだ！」
「先生、前にスペアの合鍵を私に預けたじゃないですか。外出中に私が来た時のことを考えて・・・」
ハッ、とまたもやべンは自分の犯した過ちを思い出す。
過去に彼女との打ち合わせの前日に仲間（今となっては憎むべき敵）との飲み会でデロンデロンに酔っ払って潰れてしまい、その日の打ち合わせを台無しにした時のことを・・・。
そのときは、夜遅くまで玄関の前で待っていた彼女に、ボコボコに殴られて、やっぱり、失神するまでロールミーされた記憶が鮮明にべンの脳裏で思い出される。
「なにしてんの！？過去の俺！」
「なに叫んでんですか、近所迷惑ですよ。いや、そんなことよりも、原稿は何処まで進んだんですか？」
「げ・・・原稿はもう後半に差し掛かってるよ。今フィナーレに向けてラストスパート掛けてるところだぜベイベー！」
「・・・ちょっと、原稿を見せてください」
ラミナは長い黒髪を掻き揚げて、催促するようにベンの前に右手を差し出した。
「いや、今はちょっと・・・」
「いいから、見せろ」
「ひっ！」
(口調が変わった！これは拙い！やられる！)
彼はそう思った瞬間に、マッハで原稿を取って来るとすぐさまラミナに差し出す。
「ど・・・どうぞ」
ラミナはその差し出された原稿に目を向ける。
「・・・・どういうことですか？これは・・・」
「い・・・いや、趣向を変えてあぶり出しにしてみ・・・いっ痛い！無言で殴らないで！？すいません、調子乗ってました！全然進んでません！」
べンは秘技、フライング土下座を敢行しながら平謝りした。
「・・・わかりました。恋愛経験が無いせいで、詩集が掛けないと・・・」
「はい・・・そういうことです」
ベンが経緯を話すと、ラミナは腕を組みながら案を練った。
「片思いとかしたことありますよね・・・。そういうのでも良いんでさっさと原稿上げてください」
ラミナのその言葉に、べンは一気にやる気を見せる。
「片思い！その手があったか！わかった。やってみる」
「駄文を書いたら、溝川に沈めます」
「怖っ！」
ラミナの目が据わっている。これはマジだ・・・。
数分後・・・。
「できたぜベイベー！とりあえず、数本上げてみたｗｗｗ」
「どれどれ・・・」
ラミナは、手渡された詩の一本目に目を通す。
『走るたび、流れる黒髪、揺れる胸。
オッパイ、オッパイ、ボインボイン。
揺れるよオッパイ、ボインボイン』
「・・・・・・」
メラメラメラ！
「ああ！！俺の詩がああああああぁ！？」
ラミナは無言でライターを取り出し、詩を燃やした。
「誰もお前が女子に欲情してる様を書けとは言ってないんだよ。ふざけてるのか？」
ラミナの口調が荒い。
明らかに怒っている。
「ひいっ！まだあるからそれ等を見てから怒ってください」
結果、怒られる事は確定である。
「次は・・・」
『お風呂場で、想いにふける、今日のこと・・・。
湯船に浮かぶ我が乳毛・・・。
嗚呼・・・結婚してぇ・・・』
「お前の願望じゃねーか！！」
メシャアアアアアアああ！！
「ひでぶっ！！まだあるんでどうか怒りを静めてください！」
ラミナは思い切り、べンの顔面を拳で強打する。
べンは鼻から、大量のどす黒い血を流して次を促した。
「・・・」
『思えど思えど届かぬ思い・・・。
秋空に消えて風になる。
ため息をつけば、白い息。
解れて大気に溶けてゆく。
けして届かぬこの思い・・・。
嗚呼・・・二次元行きてえ・・・』
「勝手に逝けえええええええええええええぇ！！」
「ぎゃああああああああああああああああああああ！！」
ついに切れたラミナによって鉄拳制裁がくだされる。
「つーか、どれも片思い関係ねーじゃねーか！！しかもクリスマスのクの字もはいってねえよ！！」
「ぐはっ！そんな馬鹿な！一番最初のおっぱいの詩で、爆乳のねーちゃんがおっぱいの重さで肩が重くなるところが・・・」
「それ肩重い！！なに奇跡的な間違いしとんじゃ！！」
蛇体に巻きつかれ、マウントポジションをとられたべンは、ただただ暴力を受け入れるしかなかった。
一通り暴力という制裁を加えた後、べンは正座をさせられ、一時間ほどラミナから説教を食らった。
その毒舌を伴った説教に、彼の精神は崩壊しかかっていた。
「やっぱり、俺みたいな駄目人間は彼女なんてできないんだ・・・。死のう・・・」
「・・・はあ。仕方がないですね。本当はもう少し後にしようと思っていたのだけど・・・ん・・・」
ちゅっ！
「！？」
あまりにも落ち込んだべンを見て不憫に思ったのか、ラミナは彼の頬を両手で押さえて優しい口付けをかわした。
「子供みたいな貴方を放っておくことが出来ません。私が、貴方の彼女になって鍛え直してあげます」
あまりに、唐突な自体を飲み込めず、しばしぽかんとするべン。
「やるときはやる人ですからね、貴方は・・・。編集長からも一目置かれているし・・・」
明かされた事実に、べンは浮かれそうになるが、ラミナの胸元を見て高らかにこう答えた。
「君が俺のことをそんな風に見ていてくれたのは嬉しい、嬉しいが・・・。だが、断る！」
「な！何故です！？駄目人間の貴方にとって、私の何がいけないというのですか！？てゆーか、なんで上から目線！？」
それこそ予想できなかったべンの返答に今度はラミナが困惑する。
「俺は性格が優しい巨乳と付き合うことに決めている！君のようなちっぱいで乱暴な女性と付き合うことは出来ない！！」
べンは明らかに贅沢な欲求をラミナに突きつける。
確かにラミナの胸はＡカップ位しかないちっぱいだ。
しかし、それを補うには十分すぎるほどの美貌を兼ね備えている。
胸のことは本人もかなり気にしていて、その話は出版社の間でも地雷となっている。
ぷつり、と何かが切れる音が、ラミナの脳内で響いた。
「殺す・・・」
「へ？」
「食い殺してやる」
突如としてキレたラミナの言葉に、べンは地雷を踏んだ事実を悟った。
「く・・・食い殺すって性的な意味で？」
「・・・」
べンがたじろぎながらラミナに尋ねると、彼女は無言で、牙を供えた小さな口を顎を外して、くぱぁ（捕食的な意味で）と、大きく口を広げた。
その口内は獲物を待ちわびるかのように、舌をうねらせながら、唾液を大量に垂れ流している。
（本当の意味で食べる気だこの娘おおおおおおおおぉ！！）
「チキショー！まだ死んでたまるか！」
とっさにべンは、部屋から逃げようと試みるが、入り口はラミナに塞がれていて出られない。
更には、先ほどボツになって床に投げ捨てられた原稿に足を乗り上げてしまい、滑って転倒してしまう。
「いだっ！こんなところにトラップが！？俺の人生こんなんばっかだ！！」
その様子をラミナが見逃すはずも無く、すぐさま長い尾でべンの身体を巻き上げた。
「・・・いただきます・・」
ラミナは容赦なくそう吐き捨てる。
ぎりぎりぎりぎり・・・！
「ぐぎゃあああああぁ！！ぐるじい・・・・！」
まるで、体中の骨を砕くかのような圧力でべンを締め上げた。
「もっと優しくロールミーしてくれええェ・・・こんなきついのは嫌だあああぁ・・・ぐふっ！」
ぎりぎりぎりぎり・・・。
しかし、締め付けは弱まるどころか、どんどんきつくなっていく。
「さっきのはウソです・・・ちっぱいは夢があり・・・ぎゃああああああああああああああああぁ！！」
（し・・・死ぬ・・・このままでは殺される！・・・そうだ！）
「・・・うぎぎぎぎ・・・ラミナさん・・・いい詩が・・・おもい・・・つきました・・・・ぐげええええええ！・・・」
突如、朦朧とする意識の中で、べンは、苦し紛れにそう答える。
「・・・」
その言葉を聞いたラミナはぴたりと、尾の拘束を緩ませた。
「ぶはあああああっ・・・・・・た・・・助かった」
どうにか、べンは呼吸を整えるといまだに尾を巻きつけているラミナを見上げる。
「考えた詩を言ってみろ・・・もし、くだらない詩だったら・・・わかっているな？」
ラミナは冷たい瞳でべンを見下しながらそう答える。
最早、彼女は怒りで口調が変わっていた。
もう失敗は許されない。
「わ・・・わかった、聞いてくれ」
ジョンはそう言うと、一呼吸おいて、考えた詩を口にする。
「煌々と、降りゆく雪に染まる肌、
輝く大樹に思い寄せ、
蛇尾のあの子は今日も問う、
愛しき相手を思いつつ、
自分の想いをただ願う。
嗚呼、星空よ・・・叶えておくれ。
聖なる夜が終わらぬ内に・・・」
とりあえず、べンは真面目に詩を読み上げる。
ちなみに、この詩は他ならぬラミナの心情をべンが勝手に脚色したものだ。
「・・・・」
（う・・・駄目だったか？）
何も言わないラミナに、べンは思わずお終いかと覚悟を決める。
「ありきたりですが、貴方が作ったにしてはいい詩です。・・・その詩のモデルは私ですか？」
「あ・・・ああ、そうだよ。いろいろ脚色させてもらったけど・・・」
「最初からこの様な詩を書いてくれれば良かったのに・・・」
ラミナはそう言うと、少し笑みを浮かべて、原稿用紙に今の詩を書き上げていく。
ベンに巻きついていた尾は、いつの間にか解けていた。
（たっ・・・助かった〜！確かに、俺にしては出来のいい詩だったな。それにしても、窒息する直前に思いつくとは・・・なんだかなぁ）
命は助かったといえ、複雑な心境のベンは、頭を掻きながらため息をついた。
「ちなみに、もう貴方を逃がすつもりはありませんから・・・必ず、振り向かせて見せます」
「え？」
「・・・なんでもありません。とりあえず、今日のところはこれで失礼します」
小さな声で何かを呟いたラミナに、ベンは呆然とした声を上げるが、彼女はあっさりと、会話を切り上げた。
「え・・・あ、ああ。また、今度よろしく頼むよ・・・」
先ほどの態度が嘘のように、いつも以上にさっぱりとした返答に、戸惑いつつも、ベンは彼女の後姿を見送ってそう答えた。
そして、クリスマス当日、ベンの契約する出版社が出した、クリスマスの詩集の載った月刊誌はそれなりに売れて好評だった。
皮肉なことに、ベンの詩がそれなりに注目を集めて、若い女性達（特にラミア族）から、なかなかの支持を集めた事に編集部は関心を抱いていた。
それにより、ラミナは担当としての腕を買われ、会社から高い評価を得ることとなる。
それからしばらくは、ラミナの機嫌も良く、ベンも安心できる毎日を送っていた。
無理難題かと思われたクリスマス詩集も終わりよければ全てよしといった感じでとりあえずは幕を閉じようとしていた。
「あーあ、結局街中のリア充共がどいつもこいつもイチャイチャしてやがったな。はらたつーーー！ヤローだけインポになれば良かったのに・・・」
そんなことをぶつくさ言いながらクリスマスの夜に買い物を終えたベンは、アパートまで帰ってきた。
「いや、インポになるだけじゃまだ優しいな・・・。いっそのこと法律でリア充のオスは去勢手術を強いる憲法を創ったらどうだろうか・・・しかも麻酔なしで・・・いや、やめよう自分で言っててなんだがグロすぎる」
「一人でぶつぶつ何言ってるんですか・・・」
「うおっ！・・・てラミナ？なんでこんなところに・・・？」
危険な独り言をつぶやくベンの前に、突如ラミナが声を掛けてきた。
ベンは予想外な出来事に疑問を浮かべていると、ラミナは右手に持っていた白い箱を彼の胸へと差し出した。
「ケーキ・・・」
「へ？」
「どうせ、寂しく一人でクリスマスを迎えてたんでしょう？かわいそうだから一緒にケーキを食べてあげますよ」
そう言いながらケーキの入った箱をベンへと押し付けて、アパートの階段をしゅるしゅると上がっていく。
這い上がっていく蛇尾が嬉しそうに揺れているところをベンは見逃さなかった。
がちゃりと、合いかぎを使ってラミナはベンの部屋を開ける。
「先生？」
「ああ、今行く」
その様子にベンは微笑を浮かべると、こういうクリスマスも悪くないかと思い部屋へと向かう。
「あ、やべ・・・。自家発電に使ったエロ本片づけるの忘れた・・・」
案の定部屋に入ったラミナにその惨状を見つかったのは言うまでもない。
「巨乳か・・・。巨乳が好きなのか・・・コロシテヤロウカ？」
「・・・・・・・・・やべえ・・・詰んだ・・・・」
その後・・・ギスギスした空気の中、ぶつぶつと呪いの言葉を呟くラミナをしり目に部屋の隅でクリスマスケーキを細々と食べるベン。
一人きりではないが、ある意味最悪のクリスマスを迎えたのであった。
ここは親魔物領にあるとあるアパートの一室。
もてない小説作家、ベン・ジョンソンが雄たけびを上げながら、原稿用紙に向かい合っていた。
「ぜんっぜん思い浮かばねえええええええええええ！来週締め切りだってのに！これじゃあ、担当に殺されるうううううう！」
どうやら、月間誌に載せている詩集の締め切りが迫っていて、その追い込みをかけている様だ。良い文面を書けずに悪戦苦闘している。
「しかも、愛とクリスマスをテーマに詩集を書けだなんて、あの腐れ担当マジで俺に喧嘩売ってんのか！？ぜったいに買わねーけどな！」
ベンの言う腐れ担当とは、彼が契約している出版社の編集担当の事だ。
名前はラミナ。
この編集担当、種族はラミアで美人だが、かなり仕事に厳しく、原稿の仕上がりが悪いと容赦なくベンに駄目出しをしてくる。ドМには嬉しい毒舌付きで。
「だいたい、コメディー小説でたまたま当たってこの業界に入った俺がそんな愛だの恋だのクリスマスなんてスイーツな詩集書けるわけねーだろ！
てゆーか何で詩集？ポエム？俺は歌人じゃねーぞ！
たまたま詩集書いてる奴がインフルエンザでダウンしたから代わりに書けとかわけわかんねー事言いやがって！テーマ作った奴、男だったら金玉破裂しろ！！女なら恐ろしいくらいのイボ痔になれ！そしてクリスマスとイヴの二日間だけ俺以外インポになれ！！」
ラミナの駄目出しという報復が怖いため、彼は心のそこからテーマを課した編集者に悪態をつく。そして、最後のはリア充に対する歪んだ僻みである。
彼は過去に、どういうわけか、誤って小説の原稿をトイレに流すという事件をやらかしており、気を失うまで担当のラミナにロールミーされた事を思い出していた。
そんな、彼女の前で締め切りに間に合わないなどと言ったら、体中の骨を砕かれるまで、締め切られるに違いない。締め切りなだけに・・・。
ガクブルと身震いしながら、ベンは過去の記憶に耽っていると、呼び鈴がならされる。
彼は、ハッとしながら、玄関の方を向いた。
「先生、原稿の様子を見に来ました。居るのはわかっています。早く扉を開けてください」
凛とした女性の声、間違いなく担当のものだ。
（やべえええええ！抜き打ち訪問とかなんの拷問だよ！？）
とりあえず、居留守を試みる。
鍵は掛けている。しばらく、待てばあきらめて帰るだろう。
「・・・・・」
「・・・・・」
しばしの沈黙。
ガチャリ！
しかし、次の瞬間ドアノブが回り、玄関の扉はたやすく開かれた。
「！？」
「いるじゃないですか・・・。なに居留守してんですか？」
いともたやすくラミナの進入を許してしまったべンは、何故？とばかりに疑問と驚愕を綯交ぜにした顔を浮かべていた。
「んな馬鹿な！鍵は閉めといたはずだ！」
「先生、前にスペアの合鍵を私に預けたじゃないですか。外出中に私が来た時のことを考えて・・・」
ハッ、とまたもやべンは自分の犯した過ちを思い出す。
過去に彼女との打ち合わせの前日に仲間（今となっては憎むべき敵）との飲み会でデロンデロンに酔っ払って潰れてしまい、その日の打ち合わせを台無しにした時のことを・・・。
そのときは、夜遅くまで玄関の前で待っていた彼女に、ボコボコに殴られて、やっぱり、失神するまでロールミーされた記憶が鮮明にべンの脳裏で思い出される。
「なにしてんの！？過去の俺！」
「なに叫んでんですか、近所迷惑ですよ。いや、そんなことよりも、原稿は何処まで進んだんですか？」
「げ・・・原稿はもう後半に差し掛かってるよ。今フィナーレに向けてラストスパート掛けてるところだぜベイベー！」
「・・・ちょっと、原稿を見せてください」
ラミナは長い黒髪を掻き揚げて、催促するようにベンの前に右手を差し出した。
「いや、今はちょっと・・・」
「いいから、見せろ」
「ひっ！」
(口調が変わった！これは拙い！やられる！)
彼はそう思った瞬間に、マッハで原稿を取って来るとすぐさまラミナに差し出す。
「ど・・・どうぞ」
ラミナはその差し出された原稿に目を向ける。
「・・・・どういうことですか？これは・・・」
「い・・・いや、趣向を変えてあぶり出しにしてみ・・・いっ痛い！無言で殴らないで！？すいません、調子乗ってました！全然進んでません！」
べンは秘技、フライング土下座を敢行しながら平謝りした。
「・・・わかりました。恋愛経験が無いせいで、詩集が掛けないと・・・」
「はい・・・そういうことです」
ベンが経緯を話すと、ラミナは腕を組みながら案を練った。
「片思いとかしたことありますよね・・・。そういうのでも良いんでさっさと原稿上げてください」
ラミナのその言葉に、べンは一気にやる気を見せる。
「片思い！その手があったか！わかった。やってみる」
「駄文を書いたら、溝川に沈めます」
「怖っ！」
ラミナの目が据わっている。これはマジだ・・・。
数分後・・・。
「できたぜベイベー！とりあえず、数本上げてみたｗｗｗ」
「どれどれ・・・」
ラミナは、手渡された詩の一本目に目を通す。
『走るたび、流れる黒髪、揺れる胸。
オッパイ、オッパイ、ボインボイン。
揺れるよオッパイ、ボインボイン』
「・・・・・・」
メラメラメラ！
「ああ！！俺の詩がああああああぁ！？」
ラミナは無言でライターを取り出し、詩を燃やした。
「誰もお前が女子に欲情してる様を書けとは言ってないんだよ。ふざけてるのか？」
ラミナの口調が荒い。
明らかに怒っている。
「ひいっ！まだあるからそれ等を見てから怒ってください」
結果、怒られる事は確定である。
「次は・・・」
『お風呂場で、想いにふける、今日のこと・・・。
湯船に浮かぶ我が乳毛・・・。
嗚呼・・・結婚してぇ・・・』
「お前の願望じゃねーか！！」
メシャアアアアアアああ！！
「ひでぶっ！！まだあるんでどうか怒りを静めてください！」
ラミナは思い切り、べンの顔面を拳で強打する。
べンは鼻から、大量のどす黒い血を流して次を促した。
「・・・」
『思えど思えど届かぬ思い・・・。
秋空に消えて風になる。
ため息をつけば、白い息。
解れて大気に溶けてゆく。
けして届かぬこの思い・・・。
嗚呼・・・二次元行きてえ・・・』
「勝手に逝けえええええええええええええぇ！！」
「ぎゃああああああああああああああああああああ！！」
ついに切れたラミナによって鉄拳制裁がくだされる。
「つーか、どれも片思い関係ねーじゃねーか！！しかもクリスマスのクの字もはいってねえよ！！」
「ぐはっ！そんな馬鹿な！一番最初のおっぱいの詩で、爆乳のねーちゃんがおっぱいの重さで肩が重くなるところが・・・」
「それ肩重い！！なに奇跡的な間違いしとんじゃ！！」
蛇体に巻きつかれ、マウントポジションをとられたべンは、ただただ暴力を受け入れるしかなかった。
一通り暴力という制裁を加えた後、べンは正座をさせられ、一時間ほどラミナから説教を食らった。
その毒舌を伴った説教に、彼の精神は崩壊しかかっていた。
「やっぱり、俺みたいな駄目人間は彼女なんてできないんだ・・・。死のう・・・」
「・・・はあ。仕方がないですね。本当はもう少し後にしようと思っていたのだけど・・・ん・・・」
ちゅっ！
「！？」
あまりにも落ち込んだべンを見て不憫に思ったのか、ラミナは彼の頬を両手で押さえて優しい口付けをかわした。
「子供みたいな貴方を放っておくことが出来ません。私が、貴方の彼女になって鍛え直してあげます」
あまりに、唐突な自体を飲み込めず、しばしぽかんとするべン。
「やるときはやる人ですからね、貴方は・・・。編集長からも一目置かれているし・・・」
明かされた事実に、べンは浮かれそうになるが、ラミナの胸元を見て高らかにこう答えた。
「君が俺のことをそんな風に見ていてくれたのは嬉しい、嬉しいが・・・。だが、断る！」
「な！何故です！？駄目人間の貴方にとって、私の何がいけないというのですか！？てゆーか、なんで上から目線！？」
それこそ予想できなかったべンの返答に今度はラミナが困惑する。
「俺は性格が優しい巨乳と付き合うことに決めている！君のようなちっぱいで乱暴な女性と付き合うことは出来ない！！」
べンは明らかに贅沢な欲求をラミナに突きつける。
確かにラミナの胸はＡカップ位しかないちっぱいだ。
しかし、それを補うには十分すぎるほどの美貌を兼ね備えている。
胸のことは本人もかなり気にしていて、その話は出版社の間でも地雷となっている。
ぷつり、と何かが切れる音が、ラミナの脳内で響いた。
「殺す・・・」
「へ？」
「食い殺してやる」
突如としてキレたラミナの言葉に、べンは地雷を踏んだ事実を悟った。
「く・・・食い殺すって性的な意味で？」
「・・・」
べンがたじろぎながらラミナに尋ねると、彼女は無言で、牙を供えた小さな口を顎を外して、くぱぁ（捕食的な意味で）と、大きく口を広げた。
その口内は獲物を待ちわびるかのように、舌をうねらせながら、唾液を大量に垂れ流している。
（本当の意味で食べる気だこの娘おおおおおおおおぉ！！）
「チキショー！まだ死んでたまるか！」
とっさにべンは、部屋から逃げようと試みるが、入り口はラミナに塞がれていて出られない。
更には、先ほどボツになって床に投げ捨てられた原稿に足を乗り上げてしまい、滑って転倒してしまう。
「いだっ！こんなところにトラップが！？俺の人生こんなんばっかだ！！」
その様子をラミナが見逃すはずも無く、すぐさま長い尾でべンの身体を巻き上げた。
「・・・いただきます・・」
ラミナは容赦なくそう吐き捨てる。
ぎりぎりぎりぎり・・・！
「ぐぎゃあああああぁ！！ぐるじい・・・・！」
まるで、体中の骨を砕くかのような圧力でべンを締め上げた。
「もっと優しくロールミーしてくれええェ・・・こんなきついのは嫌だあああぁ・・・ぐふっ！」
ぎりぎりぎりぎり・・・。
しかし、締め付けは弱まるどころか、どんどんきつくなっていく。
「さっきのはウソです・・・ちっぱいは夢があり・・・ぎゃああああああああああああああああぁ！！」
（し・・・死ぬ・・・このままでは殺される！・・・そうだ！）
「・・・うぎぎぎぎ・・・ラミナさん・・・いい詩が・・・おもい・・・つきました・・・・ぐげええええええ！・・・」
突如、朦朧とする意識の中で、べンは、苦し紛れにそう答える。
「・・・」
その言葉を聞いたラミナはぴたりと、尾の拘束を緩ませた。
「ぶはあああああっ・・・・・・た・・・助かった」
どうにか、べンは呼吸を整えるといまだに尾を巻きつけているラミナを見上げる。
「考えた詩を言ってみろ・・・もし、くだらない詩だったら・・・わかっているな？」
ラミナは冷たい瞳でべンを見下しながらそう答える。
最早、彼女は怒りで口調が変わっていた。
もう失敗は許されない。
「わ・・・わかった、聞いてくれ」
ジョンはそう言うと、一呼吸おいて、考えた詩を口にする。
「煌々と、降りゆく雪に染まる肌、
輝く大樹に思い寄せ、
蛇尾のあの子は今日も問う、
愛しき相手を思いつつ、
自分の想いをただ願う。
嗚呼、星空よ・・・叶えておくれ。
聖なる夜が終わらぬ内に・・・」
とりあえず、べンは真面目に詩を読み上げる。
ちなみに、この詩は他ならぬラミナの心情をべンが勝手に脚色したものだ。
「・・・・」
（う・・・駄目だったか？）
何も言わないラミナに、べンは思わずお終いかと覚悟を決める。
「ありきたりですが、貴方が作ったにしてはいい詩です。・・・その詩のモデルは私ですか？」
「あ・・・ああ、そうだよ。いろいろ脚色させてもらったけど・・・」
「最初からこの様な詩を書いてくれれば良かったのに・・・」
ラミナはそう言うと、少し笑みを浮かべて、原稿用紙に今の詩を書き上げていく。
ベンに巻きついていた尾は、いつの間にか解けていた。
（たっ・・・助かった〜！確かに、俺にしては出来のいい詩だったな。それにしても、窒息する直前に思いつくとは・・・なんだかなぁ）
命は助かったといえ、複雑な心境のベンは、頭を掻きながらため息をついた。
「ちなみに、もう貴方を逃がすつもりはありませんから・・・必ず、振り向かせて見せます」
「え？」
「・・・なんでもありません。とりあえず、今日のところはこれで失礼します」
小さな声で何かを呟いたラミナに、ベンは呆然とした声を上げるが、彼女はあっさりと、会話を切り上げた。
「え・・・あ、ああ。また、今度よろしく頼むよ・・・」
先ほどの態度が嘘のように、いつも以上にさっぱりとした返答に、戸惑いつつも、ベンは彼女の後姿を見送ってそう答えた。
そして、クリスマス当日、ベンの契約する出版社が出した、クリスマスの詩集の載った月刊誌はそれなりに売れて好評だった。
皮肉なことに、ベンの詩がそれなりに注目を集めて、若い女性達（特にラミア族）から、なかなかの支持を集めた事に編集部は関心を抱いていた。
それにより、ラミナは担当としての腕を買われ、会社から高い評価を得ることとなる。
それからしばらくは、ラミナの機嫌も良く、ベンも安心できる毎日を送っていた。
無理難題かと思われたクリスマス詩集も終わりよければ全てよしといった感じでとりあえずは幕を閉じようとしていた。
「あーあ、結局街中のリア充共がどいつもこいつもイチャイチャしてやがったな。はらたつーーー！ヤローだけインポになれば良かったのに・・・」
そんなことをぶつくさ言いながらクリスマスの夜に買い物を終えたベンは、アパートまで帰ってきた。
「いや、インポになるだけじゃまだ優しいな・・・。いっそのこと法律でリア充のオスは去勢手術を強いる憲法を創ったらどうだろうか・・・しかも麻酔なしで・・・いや、やめよう自分で言っててなんだがグロすぎる」
「一人でぶつぶつ何言ってるんですか・・・」
「うおっ！・・・てラミナ？なんでこんなところに・・・？」
危険な独り言をつぶやくベンの前に、突如ラミナが声を掛けてきた。
ベンは予想外な出来事に疑問を浮かべていると、ラミナは右手に持っていた白い箱を彼の胸へと差し出した。
「ケーキ・・・」
「へ？」
「どうせ、寂しく一人でクリスマスを迎えてたんでしょう？かわいそうだから一緒にケーキを食べてあげますよ」
そう言いながらケーキの入った箱をベンへと押し付けて、アパートの階段をしゅるしゅると上がっていく。
這い上がっていく蛇尾が嬉しそうに揺れているところをベンは見逃さなかった。
がちゃりと、合いかぎを使ってラミナはベンの部屋を開ける。
「先生？」
「ああ、今行く」
その様子にベンは微笑を浮かべると、こういうクリスマスも悪くないかと思い部屋へと向かう。
「あ、やべ・・・。自家発電に使ったエロ本片づけるの忘れた・・・」
案の定部屋に入ったラミナにその惨状を見つかったのは言うまでもない。
「巨乳か・・・。巨乳が好きなのか・・・コロシテヤロウカ？」
「・・・・・・・・・やべえ・・・詰んだ・・・・」
その後・・・ギスギスした空気の中、ぶつぶつと呪いの言葉を呟くラミナをしり目に部屋の隅でクリスマスケーキを細々と食べるベン。
一人きりではないが、ある意味最悪のクリスマスを迎えたのであった。
14/12/23 19:11更新 / ポン太