商品No.1 折れた棍棒 ・・・・・・・・・・・ 銅貨3枚
お前さん、この店は初めてだろ?だったらまず、俺のことについて話しておくか。
俺の名は『ペドル=サイクロン』。見てのとおり、ここの店主だ。
この『ハリケーン』は、いわゆるよろず屋ってやつか?何でもそろってる訳じゃないが。
お前さんが思い出話を買ったように、この店はいろんな情報も売ってる。
世界中を駆け回って自力で得た情報だから、ヘタな噂や新聞よりも役立つぜ?
あと、トシは秘密な。だが、お前さんが思ってるほどオッサンじゃあないぞ…多分。
ん?どうしてこんな商売をやってるのか、だって?
そいつはまだ教えられねえな。別の話で聞かせてやるよ。
今は、この折れた棍棒についての話をしよう…
俺がこの店で商売を始めて、ちょうど二年…だったかな。
辺りがだんだん春めいてきた頃に、俺はとある山でこいつを走らせてた。
すると向こうから、変な集団がやってきてな。よーく見ると、そいつらはゴブリンだった。
んで、奴らは店を取り囲んで、身動きできなくした。まあ、すぐに盗賊だとは判るわな。
「そこの店の主人!」
「お前さん方の用件は予想してるが……何だ?」
「お金とかを、ちょーっとばかり置いてってもらえないかな?」
「「アンド、やらせろ!」」
「大人しくしないと、素直に渡すよりもひどい目に遭うよ?」
「…こっちの予想してるような台詞ばかりだな。
『フフフ、そうやって強がってられるのも今のうちだ!』」
「…ってこらー!こっちの台詞を先読みするな!」
「そんなステレオタイプの盗賊、こちとらもう見飽きてるんだよ。もっと努力しろ。
…それとも、お前さん方モグリかい?」
「なッ……も、モグリちゃうわッ!!もう、何やねんアンタ!
そないに人おちょくりよってからに、ホンマ調子狂うわぁ。
うち等かて、商人や旅のもん襲ったことも数え切れへんくらいに…」
「おーい、動揺しすぎだ。この世界に無い方言が出てるぞ。」
「襲ったことはあるけど、一度も成功して無いよね…。」
「性交したことも無いし…。」
「ところで作者は道民なのに、何で関西弁を選んだんだろ…。」
「あんた達は黙ってなさいッ!!
うぅ〜…こんなに馬鹿にされたのは初めてだわ。
皆、こうなったら実力行使よ。今までここまではしなかったけれど…
あたし達を本気で怒らせた事、後悔するがいいわッ!!」
「でも、実際怒ってるのはボスだけじゃ「うるさいッ!!!」
で、奴らは武器を手にして、こっちに向かってジリジリ迫ってきた。
「フッフッフ…謝るなら今のうちよ。あたし達の力と数にかかれば商人一人くらい…」
ズガァァァンッ!!!
「……へ……?ぇへぇぇ…?」
いきなり足元の地面が吹っ飛んで煙を上げだしたもんだから、
そいつらは顔面蒼白になって地面にへたり込んだ。中には何人か……
…いや、やっぱ奴らのメンツの為にも、これ以上は言わないで置いてやろう。
お前さんも聞かないでくれ。…そいつらのボスも、その中の一人だったけどな。
「襲うのも戦うのも、相手を見極めてからにしないとな。
俺みたいな商人が用心棒もなしで行商できている理由は考えたのか?」
なんの事は無い。この店に備え付けてある大砲が、火を噴いただけさ。
俺は職業柄、肉弾戦はからっきし。知識はあるが、魔法もそれほど使えない。
用心棒なんかも、よっぽど危ない場所に行くんでなきゃ、維持費がかかるだけだ。
そんなわけで、こいつには何度も命と店を助けられて来たのさ。
「…で?どうだ。まだかかって来るか?」
一同はガクガク震えながら、首を千切れんばかりに横に振った。
「そんじゃ、さっさと退散してくれ。俺も殺しはしたくないんでな。
出来るなら、このまま足も洗ってくれると世のためになるんだが…」
そう言い終わるより早くに、奴らはボスと共に風のごとく退散して行った。
…一人を除いてな。
「ん?どうしたんだ、お前は逃げないのか?」
「え…あっ…えと、アタイは……その…」
他のやつらと同じく、そいつもガタガタ震えてはいたんだが、
どうも、俺に何か言いたいことがあるらしかった。
「もう危害は加えないから安心しろ。何か言いたいことがあるんなら聞くぞ?」
「うぅ、あの…アタイを、ここで……あ、いや、その…、襲ってきてごめんなさいッ!!」
そう言うと、そいつもピューッと逃げちまった。
「何なんだ、一体…?」
その時は大して気にしなかったんだが…。
山を降りてすぐ、ふもとの大きめな町で商売していた時、何かの集団を見つけた。
「何をやってるんだ?」
「あぁ、公開処刑さ。こんな辺鄙な村にも魔物が入り込んでな。
どうも、そいつの他にも何人か集まって盗賊行為を働いてたらしい。
やっぱり魔物ってのはろくでもないヤツばっかりだな…。」
「何ッ!?」
人だかりを掻き分けてそこを見ると、中心には縛られたゴブリンがいた。
拷問でも受けたのか、いくつも傷がついてたが、すぐにあの最後まで残った奴だと判った。
もうすぐ始まるらしく、やがて斧を持った執行人っぽい騎士が二人やってきた。
その時、周りの野次に混じって、リーダー格の騎士が言った。
「結局、最後まで口を割らなかったか。魔物でも、仲間をかばう事をするとはな。」
「………。」
「残念だが、お前の努力は全くの無駄だ。もうじき山狩りが開始される。
お前の仲間もすぐにいぶし出されるだろう。」
「…!!嫌ァッ、みんなは殺さないで!」
「無理だ。何も成果を上げていないような小さな盗賊だとしても、眼前にある悪の芽は
全て刈り取らねばならん。一つでも逃すようならば、いずれ必ず伸びてくる。
そういった甘さがあっては、我らが神の信徒は勤まらんからな。」
それを聞いて一層叫びだしたそいつに、猿轡がかけられた。
そして処刑の準備は着々と進んで行き……え?俺か?俺はそのまま店に戻ったよ。
…店を走らせるためにな。
銅貨一枚にもならないような面倒事は嫌なんだが…、まあ、俺もお人よしなんだろうな。
店に乗り込んで、大砲をぶっぱなしながらその人だかりに突っ込んだ。
「何者だ!?処刑の邪魔をするとは、貴様も神に仇名す者か?」
「アンタの質問を聞いてる暇はねえんだ!あばよ!」
そいつを店の助手席に放り込んで、俺は急いで店を発進させた。
すぐに追っ手が馬に乗ってやって来たが…俺の店は、馬やコカトリスより遥かに速いんだ。
たちまちそいつらも見えなくなった。
店が山に入った後、俺はゴブリンの猿轡を外してやった。
「あ、ありがとう…あれ!?貴方は…」
「話は後だ。お前らの居場所は?」
「そこ…そこの角を曲がった先にあるよ。」
「よーし、あそこだな!?知らせに行くぞ!」
「おかえり…!!?何があったの!?それにアンタはこの前の…」
「ボス…みんな…早く逃げて……!!」
「こいつが山のふもとの町で捕まったんだ。もうじきここは山狩りに遭うぞ!
全員、急いで必要な物を持って、俺の店に入れ!!」
そして全員を俺の店に入れて、いざ発進…って所で、追っ手が来た。
「もう来たのか…。意外と早いな。」
「我々もこの山は知り尽くしている。お前達のおかげで、山狩りする手間が省けたわ。
この距離なら、大砲も届くまい。観念し、裁きを受けるのだ!」
「俺の命も、こいつらの命も、タダじゃあ渡せないな。そっちは買う気も無いだろう?
買ってくれないのなら、このまま行かせて貰おうか。」
「逃げられるとでも思っているのか?そんな小さな店、我が魔術部隊の一撃で終わりだ。」
「詠唱が終わるまでに逃げればいいんだろ?」
「出来る訳が無い。ハッタリなど通じんぞ。」
「俺の店は風みたいに速い。疾風の店『ハリケーン』の本気、見せてやるよ。」
「ならば、光は風より遥かに速い。お前達に神の光を見せてやろう。やれッ!!」
「システム異常なし。リミッターLV3解除、緩衝フィールド展開、
魔力チャージ開始…50…80…100%…出力全開、ハリケーン、発進ッ!!!」
俺の店は瞬きする間もなく奴らを跳ね飛ばし、そして風のように速く山を駆け下りた。
多分奴らは、何が起きたのかわからないまま吹っ飛ばされてた事だろう。
え?いや、跳ね飛ばしたけど、死んじゃいないはずだ。そういう風に出来てるからな。
「は、速い…」
「だろ?こいつのお陰で、大陸中を行商して回れるのさ。
…あ、そうだ。お前怪我してたな?後でこの薬つけとけ。すぐに治るはずだ。」
「でも、アタイそんなにお金持って無いし…」
「それくらい沢山あるから、無料でやるよ。とっとけ。」
「あ、ありがとう…。優しいんだ、あなた…」
「優しいんじゃなくて、お人よしなんだよ。商人としちゃ問題だな…。」
それから俺達は、追手の来られないであろう親魔物領に向かった。
たどり着くまで、店の中からはあいつと仲間達の話し声がずっと聞こえていた。
あいつは、仲間に大事にされてるんだろうな…。
そして二日後、適当な所にあいつらを下ろしてやると、あいつが前に出てきて言った。
「みんなを助けてくれて、ホントにありがとうございます…。ついでに、あの…、
この前言えなかった事、言っていいですか?」
「あぁ、そういや気になってたんだ。あの時何を言おうとしたんだ?」
「あ……アタイ、前からずっと商売に憧れてたんです。そのために沢山勉強もしました…。
お願いです。アタイを、ここで働かせて下さいッ!!」
「「「ええええッ!?」」」
「何それ!?アナタ、そんなこと一言も…」
「…お父さんもお母さんも死んじゃったアタイを育ててくれたのは、みんなだもん。
『盗賊やめたい』なんて言ったら、みんなを裏切っちゃうと思って…。
でも、ここで言えなかったら、この先ずっと言いだせない気がして…」
「……裏切られたわよ。」
「やっぱり…?」
「あたし達は家族でしょ?それなのに、どうして何も言ってくれなかったの?
せっかくアナタに夢ができたのに、あたし達にそれを止める権利はどこにも無いわ。」
「それじゃあ…!」
「…でもその前に、確認させて。
アナタは、その夢に人生をかける覚悟があるの?
こんな稼業やってるあたしが言うのも何だけど…世間は、そんなに甘くはない。
それは知ってるでしょ?離れたら、あたし達もアナタを守ってあげられない。
いろんな事を、一人でも頑張れるっていう覚悟は、アナタにはある?」
「…あるよ。ボス、アジトに置いてきたアタイの棍棒はある?」
「ええ…」
ボスから渡された棍棒を、あいつは真っ二つにへし折り…凛とした態度で言った。
「アタイは、今日限りで盗賊をやめます。商売の夢を追いかけます!」
「立派になったね…。アナタの覚悟、よく分かったわ。
…改めて店主さん。襲ったことは謝るから…この子を預かってくれる?」
(ゴクリ…)
「……ここまでの覚悟見せられたら、仕方ないな。
もう俺は、あそこら一帯には出入り禁止だ。
その分の働きをお前さんがしてくれるんなら、雇ってやろう。」
「…!!!ありがとうございます!アタイ、精一杯働きます!!」
「よかったわね…。」
「あ、名前を聞いておこうか。俺の名はペドル=サイクロン。」
「アタイは『カリュ=キュレイタ』って言います。よろしくお願いします!」
「…ところでボス、お前らはどうするんだ?」
「…それはこれからじっくりと考えるわ。ひょっとしたら、ここに住むかも。
カリュを見てたら、あたし達もちょっと生き方を変えようかな…って思っちゃってさ。」
「そうか…。じゃあ、お前さん方とはここでお別れだな。」
「お別れ……」
「今生の別れじゃないんだから、縁があったらまた会うさ。ここにも寄るだろうしな。」
「うん。育ててくれたボス…みんな……ありがとう。
…い、今まで…ぐすっ、お世話に、なり…ました……」
「泣かないでよ…あたしまで、悲しくなるから…」
『がんばれ!』『アンタならできるさ!』『手紙ちょうだいよ?』
「みんな…ホントに、ありがとう…」
「はい、アンタが折ったこの棍棒…片方持って行きなさいね。
辛かったら…うっ…これ見て。そんであたしたち、のこど…おぼいだし、て…」
「ぼずも、ないでるじゃない…」
「だっで、やっばり…さびし…いや!さびじ、ぐないから!安心じていって来なさいよッ!
店長ッ!カリュのごと…ながじたら…ゆ、るざない…から……!!」
「分かってるって…。さあ、出発するぞ。」
「はい…!!」
そして店は、新しい店員を乗せて出発した。
後ろからは、カリュの仲間達が、いつまでも手を振って見送っていた。
「意外といい奴らだったじゃないか。…本当に、この店で頑張りたいんだな?」
「はい。もう、夢を追いかけ続けるって、みんなの前で決めましたから。
精一杯頑張りますから…いろいろ教えて下さい、店長!」
「よーし、よく言った。それじゃあ、コレをやろう。」
「これは…?」
「『ソロバン』って言う、俺がずっと使ってきた、ジパングで計算に使われる道具だ。
同じ物はもう一つあるから、お前にやろう。」
「あ、ありがとうございます!」
「これを使いこなせれば、計算が驚くほどすばやく出来る。
明日からお前にもみっちり教えてやるから、覚悟しておけよ?」
「はい、店長!!」
こうして、この『ハリケーン』に、最初の店員が加わったわけだ。
…おっと、長く話しすぎたか?もう店じまいの時間だ。他にも聞きたきゃ、また明日な。
「あ、店長!今片付け終わりました!」
「ん?もう終わったのか。早いな…」
「だって、今日はアタイの番でしょう?ちょっとでも長く楽しみたいじゃないですか♪」
「おいおい、客の前だぞ?」
「あ、な、何でもないですよ、何でも…ハハ……」
…まあ、やっぱりコイツも魔物だから、ってことだ。
さ、お前さんも嫁とか恋人が居るんだろ?早く帰ってやりな。
「ありがとうございました♪今後も、疾風の掘り出し物屋『ハリケーン』をご贔屓にッ!」
俺の名は『ペドル=サイクロン』。見てのとおり、ここの店主だ。
この『ハリケーン』は、いわゆるよろず屋ってやつか?何でもそろってる訳じゃないが。
お前さんが思い出話を買ったように、この店はいろんな情報も売ってる。
世界中を駆け回って自力で得た情報だから、ヘタな噂や新聞よりも役立つぜ?
あと、トシは秘密な。だが、お前さんが思ってるほどオッサンじゃあないぞ…多分。
ん?どうしてこんな商売をやってるのか、だって?
そいつはまだ教えられねえな。別の話で聞かせてやるよ。
今は、この折れた棍棒についての話をしよう…
俺がこの店で商売を始めて、ちょうど二年…だったかな。
辺りがだんだん春めいてきた頃に、俺はとある山でこいつを走らせてた。
すると向こうから、変な集団がやってきてな。よーく見ると、そいつらはゴブリンだった。
んで、奴らは店を取り囲んで、身動きできなくした。まあ、すぐに盗賊だとは判るわな。
「そこの店の主人!」
「お前さん方の用件は予想してるが……何だ?」
「お金とかを、ちょーっとばかり置いてってもらえないかな?」
「「アンド、やらせろ!」」
「大人しくしないと、素直に渡すよりもひどい目に遭うよ?」
「…こっちの予想してるような台詞ばかりだな。
『フフフ、そうやって強がってられるのも今のうちだ!』」
「…ってこらー!こっちの台詞を先読みするな!」
「そんなステレオタイプの盗賊、こちとらもう見飽きてるんだよ。もっと努力しろ。
…それとも、お前さん方モグリかい?」
「なッ……も、モグリちゃうわッ!!もう、何やねんアンタ!
そないに人おちょくりよってからに、ホンマ調子狂うわぁ。
うち等かて、商人や旅のもん襲ったことも数え切れへんくらいに…」
「おーい、動揺しすぎだ。この世界に無い方言が出てるぞ。」
「襲ったことはあるけど、一度も成功して無いよね…。」
「性交したことも無いし…。」
「ところで作者は道民なのに、何で関西弁を選んだんだろ…。」
「あんた達は黙ってなさいッ!!
うぅ〜…こんなに馬鹿にされたのは初めてだわ。
皆、こうなったら実力行使よ。今までここまではしなかったけれど…
あたし達を本気で怒らせた事、後悔するがいいわッ!!」
「でも、実際怒ってるのはボスだけじゃ「うるさいッ!!!」
で、奴らは武器を手にして、こっちに向かってジリジリ迫ってきた。
「フッフッフ…謝るなら今のうちよ。あたし達の力と数にかかれば商人一人くらい…」
ズガァァァンッ!!!
「……へ……?ぇへぇぇ…?」
いきなり足元の地面が吹っ飛んで煙を上げだしたもんだから、
そいつらは顔面蒼白になって地面にへたり込んだ。中には何人か……
…いや、やっぱ奴らのメンツの為にも、これ以上は言わないで置いてやろう。
お前さんも聞かないでくれ。…そいつらのボスも、その中の一人だったけどな。
「襲うのも戦うのも、相手を見極めてからにしないとな。
俺みたいな商人が用心棒もなしで行商できている理由は考えたのか?」
なんの事は無い。この店に備え付けてある大砲が、火を噴いただけさ。
俺は職業柄、肉弾戦はからっきし。知識はあるが、魔法もそれほど使えない。
用心棒なんかも、よっぽど危ない場所に行くんでなきゃ、維持費がかかるだけだ。
そんなわけで、こいつには何度も命と店を助けられて来たのさ。
「…で?どうだ。まだかかって来るか?」
一同はガクガク震えながら、首を千切れんばかりに横に振った。
「そんじゃ、さっさと退散してくれ。俺も殺しはしたくないんでな。
出来るなら、このまま足も洗ってくれると世のためになるんだが…」
そう言い終わるより早くに、奴らはボスと共に風のごとく退散して行った。
…一人を除いてな。
「ん?どうしたんだ、お前は逃げないのか?」
「え…あっ…えと、アタイは……その…」
他のやつらと同じく、そいつもガタガタ震えてはいたんだが、
どうも、俺に何か言いたいことがあるらしかった。
「もう危害は加えないから安心しろ。何か言いたいことがあるんなら聞くぞ?」
「うぅ、あの…アタイを、ここで……あ、いや、その…、襲ってきてごめんなさいッ!!」
そう言うと、そいつもピューッと逃げちまった。
「何なんだ、一体…?」
その時は大して気にしなかったんだが…。
山を降りてすぐ、ふもとの大きめな町で商売していた時、何かの集団を見つけた。
「何をやってるんだ?」
「あぁ、公開処刑さ。こんな辺鄙な村にも魔物が入り込んでな。
どうも、そいつの他にも何人か集まって盗賊行為を働いてたらしい。
やっぱり魔物ってのはろくでもないヤツばっかりだな…。」
「何ッ!?」
人だかりを掻き分けてそこを見ると、中心には縛られたゴブリンがいた。
拷問でも受けたのか、いくつも傷がついてたが、すぐにあの最後まで残った奴だと判った。
もうすぐ始まるらしく、やがて斧を持った執行人っぽい騎士が二人やってきた。
その時、周りの野次に混じって、リーダー格の騎士が言った。
「結局、最後まで口を割らなかったか。魔物でも、仲間をかばう事をするとはな。」
「………。」
「残念だが、お前の努力は全くの無駄だ。もうじき山狩りが開始される。
お前の仲間もすぐにいぶし出されるだろう。」
「…!!嫌ァッ、みんなは殺さないで!」
「無理だ。何も成果を上げていないような小さな盗賊だとしても、眼前にある悪の芽は
全て刈り取らねばならん。一つでも逃すようならば、いずれ必ず伸びてくる。
そういった甘さがあっては、我らが神の信徒は勤まらんからな。」
それを聞いて一層叫びだしたそいつに、猿轡がかけられた。
そして処刑の準備は着々と進んで行き……え?俺か?俺はそのまま店に戻ったよ。
…店を走らせるためにな。
銅貨一枚にもならないような面倒事は嫌なんだが…、まあ、俺もお人よしなんだろうな。
店に乗り込んで、大砲をぶっぱなしながらその人だかりに突っ込んだ。
「何者だ!?処刑の邪魔をするとは、貴様も神に仇名す者か?」
「アンタの質問を聞いてる暇はねえんだ!あばよ!」
そいつを店の助手席に放り込んで、俺は急いで店を発進させた。
すぐに追っ手が馬に乗ってやって来たが…俺の店は、馬やコカトリスより遥かに速いんだ。
たちまちそいつらも見えなくなった。
店が山に入った後、俺はゴブリンの猿轡を外してやった。
「あ、ありがとう…あれ!?貴方は…」
「話は後だ。お前らの居場所は?」
「そこ…そこの角を曲がった先にあるよ。」
「よーし、あそこだな!?知らせに行くぞ!」
「おかえり…!!?何があったの!?それにアンタはこの前の…」
「ボス…みんな…早く逃げて……!!」
「こいつが山のふもとの町で捕まったんだ。もうじきここは山狩りに遭うぞ!
全員、急いで必要な物を持って、俺の店に入れ!!」
そして全員を俺の店に入れて、いざ発進…って所で、追っ手が来た。
「もう来たのか…。意外と早いな。」
「我々もこの山は知り尽くしている。お前達のおかげで、山狩りする手間が省けたわ。
この距離なら、大砲も届くまい。観念し、裁きを受けるのだ!」
「俺の命も、こいつらの命も、タダじゃあ渡せないな。そっちは買う気も無いだろう?
買ってくれないのなら、このまま行かせて貰おうか。」
「逃げられるとでも思っているのか?そんな小さな店、我が魔術部隊の一撃で終わりだ。」
「詠唱が終わるまでに逃げればいいんだろ?」
「出来る訳が無い。ハッタリなど通じんぞ。」
「俺の店は風みたいに速い。疾風の店『ハリケーン』の本気、見せてやるよ。」
「ならば、光は風より遥かに速い。お前達に神の光を見せてやろう。やれッ!!」
「システム異常なし。リミッターLV3解除、緩衝フィールド展開、
魔力チャージ開始…50…80…100%…出力全開、ハリケーン、発進ッ!!!」
俺の店は瞬きする間もなく奴らを跳ね飛ばし、そして風のように速く山を駆け下りた。
多分奴らは、何が起きたのかわからないまま吹っ飛ばされてた事だろう。
え?いや、跳ね飛ばしたけど、死んじゃいないはずだ。そういう風に出来てるからな。
「は、速い…」
「だろ?こいつのお陰で、大陸中を行商して回れるのさ。
…あ、そうだ。お前怪我してたな?後でこの薬つけとけ。すぐに治るはずだ。」
「でも、アタイそんなにお金持って無いし…」
「それくらい沢山あるから、無料でやるよ。とっとけ。」
「あ、ありがとう…。優しいんだ、あなた…」
「優しいんじゃなくて、お人よしなんだよ。商人としちゃ問題だな…。」
それから俺達は、追手の来られないであろう親魔物領に向かった。
たどり着くまで、店の中からはあいつと仲間達の話し声がずっと聞こえていた。
あいつは、仲間に大事にされてるんだろうな…。
そして二日後、適当な所にあいつらを下ろしてやると、あいつが前に出てきて言った。
「みんなを助けてくれて、ホントにありがとうございます…。ついでに、あの…、
この前言えなかった事、言っていいですか?」
「あぁ、そういや気になってたんだ。あの時何を言おうとしたんだ?」
「あ……アタイ、前からずっと商売に憧れてたんです。そのために沢山勉強もしました…。
お願いです。アタイを、ここで働かせて下さいッ!!」
「「「ええええッ!?」」」
「何それ!?アナタ、そんなこと一言も…」
「…お父さんもお母さんも死んじゃったアタイを育ててくれたのは、みんなだもん。
『盗賊やめたい』なんて言ったら、みんなを裏切っちゃうと思って…。
でも、ここで言えなかったら、この先ずっと言いだせない気がして…」
「……裏切られたわよ。」
「やっぱり…?」
「あたし達は家族でしょ?それなのに、どうして何も言ってくれなかったの?
せっかくアナタに夢ができたのに、あたし達にそれを止める権利はどこにも無いわ。」
「それじゃあ…!」
「…でもその前に、確認させて。
アナタは、その夢に人生をかける覚悟があるの?
こんな稼業やってるあたしが言うのも何だけど…世間は、そんなに甘くはない。
それは知ってるでしょ?離れたら、あたし達もアナタを守ってあげられない。
いろんな事を、一人でも頑張れるっていう覚悟は、アナタにはある?」
「…あるよ。ボス、アジトに置いてきたアタイの棍棒はある?」
「ええ…」
ボスから渡された棍棒を、あいつは真っ二つにへし折り…凛とした態度で言った。
「アタイは、今日限りで盗賊をやめます。商売の夢を追いかけます!」
「立派になったね…。アナタの覚悟、よく分かったわ。
…改めて店主さん。襲ったことは謝るから…この子を預かってくれる?」
(ゴクリ…)
「……ここまでの覚悟見せられたら、仕方ないな。
もう俺は、あそこら一帯には出入り禁止だ。
その分の働きをお前さんがしてくれるんなら、雇ってやろう。」
「…!!!ありがとうございます!アタイ、精一杯働きます!!」
「よかったわね…。」
「あ、名前を聞いておこうか。俺の名はペドル=サイクロン。」
「アタイは『カリュ=キュレイタ』って言います。よろしくお願いします!」
「…ところでボス、お前らはどうするんだ?」
「…それはこれからじっくりと考えるわ。ひょっとしたら、ここに住むかも。
カリュを見てたら、あたし達もちょっと生き方を変えようかな…って思っちゃってさ。」
「そうか…。じゃあ、お前さん方とはここでお別れだな。」
「お別れ……」
「今生の別れじゃないんだから、縁があったらまた会うさ。ここにも寄るだろうしな。」
「うん。育ててくれたボス…みんな……ありがとう。
…い、今まで…ぐすっ、お世話に、なり…ました……」
「泣かないでよ…あたしまで、悲しくなるから…」
『がんばれ!』『アンタならできるさ!』『手紙ちょうだいよ?』
「みんな…ホントに、ありがとう…」
「はい、アンタが折ったこの棍棒…片方持って行きなさいね。
辛かったら…うっ…これ見て。そんであたしたち、のこど…おぼいだし、て…」
「ぼずも、ないでるじゃない…」
「だっで、やっばり…さびし…いや!さびじ、ぐないから!安心じていって来なさいよッ!
店長ッ!カリュのごと…ながじたら…ゆ、るざない…から……!!」
「分かってるって…。さあ、出発するぞ。」
「はい…!!」
そして店は、新しい店員を乗せて出発した。
後ろからは、カリュの仲間達が、いつまでも手を振って見送っていた。
「意外といい奴らだったじゃないか。…本当に、この店で頑張りたいんだな?」
「はい。もう、夢を追いかけ続けるって、みんなの前で決めましたから。
精一杯頑張りますから…いろいろ教えて下さい、店長!」
「よーし、よく言った。それじゃあ、コレをやろう。」
「これは…?」
「『ソロバン』って言う、俺がずっと使ってきた、ジパングで計算に使われる道具だ。
同じ物はもう一つあるから、お前にやろう。」
「あ、ありがとうございます!」
「これを使いこなせれば、計算が驚くほどすばやく出来る。
明日からお前にもみっちり教えてやるから、覚悟しておけよ?」
「はい、店長!!」
こうして、この『ハリケーン』に、最初の店員が加わったわけだ。
…おっと、長く話しすぎたか?もう店じまいの時間だ。他にも聞きたきゃ、また明日な。
「あ、店長!今片付け終わりました!」
「ん?もう終わったのか。早いな…」
「だって、今日はアタイの番でしょう?ちょっとでも長く楽しみたいじゃないですか♪」
「おいおい、客の前だぞ?」
「あ、な、何でもないですよ、何でも…ハハ……」
…まあ、やっぱりコイツも魔物だから、ってことだ。
さ、お前さんも嫁とか恋人が居るんだろ?早く帰ってやりな。
「ありがとうございました♪今後も、疾風の掘り出し物屋『ハリケーン』をご贔屓にッ!」
10/12/22 01:30更新 / K助
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