【Big After】スペース・マーメイド
魔王歴20XX年──
魔王と魔物娘達が世界全土の支配を成し遂げてから、さらに長い年月が過ぎた。
世界を支配し、人の世界を守るべく抗っていた主神も、とうの昔に一人の魔物娘となってその座を降り、愛した男と共にいずこかへ去った。
かつて神が定めた世界の法則は完全に書き換えられ、魔物娘からも男児が生まれるようになって久しく、魔王夫婦の夢見た“人間と魔物娘がひとつの種族へ統合された世界”はついに完成を迎えたのだ。
しかし、世界はそこで満足して歩みを止めたりはしない。人と魔物娘…否、”人類”は、平和の中でゆるやかに、しかし際限なく文明を発展させ続け、ついには空の彼方に輝く、星の海へと至る技術を手に入れたのであった。
…だが、いい事ばかりでもない。
いや、いい事ばかりありすぎるのも考えものと言うべきか。
世界が平和になったとはいえ、魔物娘の際限なき愛と性欲にブレーキがかけられるわけもなく…産めよ増やせよ地に満ちよと、人々は引き続きこぞって子作りに励み続けた結果、どこまでも広大であったはずの世界は、いつしか文字通り人々で満ち、手狭になりはじめていたのである。
『異界』の数を増やして対応しようという声もあったが、自分達が今いる世界に存在する、まだ見ぬ場所への期待を寄せる者も同じほどに多かった。
人類が新たなフロンティアを求め、星の海へと漕ぎ出す時代が到来したのだ。
『6:00。ルフィア様、起床時間です。ルフィア様、起床時間です』
「…んん……」
無機質な合成音声のアラームとともに、ルフィアは薄目を開ける。
まず目に映すのは、とうに目覚めている最愛の人、グレゴリーの顔。数百年以上過ぎても変わらぬ、そして何より大好きな光景。
──しかしそれ以外の光景は、何もかも変わっていた。
「おはよう、ルフィア」
「ふぁぁぁ〜……」
『スキャン終了。本日のバイタルも異常なし、健康です』
今の二人が目覚める寝室は、ベッドはおろか、壁・床・天井に照明、全てが真っ白の部屋だった。窓さえも存在しない。
一見して、人間的な温かみを感じられないような無機質な空間だが、これは二人の要望によるものだ。余計な情報を一切排し、ただひたすら伴侶の表情や肉体に溺れられるように、と。
この場所が、ルフィアとグレゴリーの新たな家…その寝室であった。
『地上式睡眠モード解除。注水を開始します』
合成音声とともに、部屋に水が注がれる。
もしもこの場に何も知らない者がいたとしたら慌てふためくだろうが、言うまでもなく、水中こそが本来の二人の生きる場所だ。この寝室以外にも、家の中は基本的に、すべて水で満たされている。むしろ昨夜が特別で、地上の感覚のセックスを久々に味わいたいとして寝室から水を抜き、空気と重力をONにしたのである。
「うふふ。地上プレイもたまにはいいね♪」
「ああ。もうすぐ上陸だろ?地上の感覚も取り戻しておかないとな。
…まあ、地上プレイがしたかったのもそうだけど」
部屋が水で満ちるまで少し時間があるので、その間にルフィアはグレゴリーの朝勃ちペニスを咥え込む。数百年続けられてきたモーニングルーティーンというやつだ。
いつものように、グレゴリーの朝一番の精を、喉奥でしっかりと受け止め嚥下したところで…ちょうど部屋も水で満たされ、扉のロックが解除された。
『15分後に朝食の準備が完了します。洗顔をお済ませください』
寝室を出て、隣の洗面所へ。
二人が出てきた寝室の扉には、『寝室 兼 ジェネレーター』と書かれていた。
そう。ここは夫婦の寝室であり、新たな家の動力源。毎晩の夫婦の交わりから溢れ出す魔力で、この家の設備全てを動かすエネルギーをまかなえるようになっている。便利な時代になったものだ。
…感慨にふけっている内に身支度は済み、ダイニングへ泳ぎ出す。
二人が着いた頃には、もうすでに、食卓には二人分の温かい朝食が並んでいた。
『お召し上がりください』
「いつもありがと♪いただきます!」
「ありがとう。いただきます」
『感謝の言葉は不要です。ですがこちらこそ、いつもありがとうございます』
貯蓄こそあれど、二人はあくまで庶民であり、使用人など雇った事はない。だが、きっとこんな感じなのだろうと二人は思う。
だから二人は、人に接するような感覚で、家の中のすべてを管理してくれるコンピューター、そしてそこに搭載されたAIに対応し、感謝と敬意を忘れないように心がけている。
「うん。また美味くなったんじゃないか?」
『ルフィア様が料理をなさる都度、データを取得・蓄積しておりますので』
「つまり、どんどん私の味に近づいてるって事かぁ。
…そのうち追い抜かれちゃうかも?」
『AIは再現は可能ですが、追い抜くことは不可能です。ご安心ください』
談笑しつつ二人が食するのは、パンにスープ、目玉焼きにサラダ。つまり、地上と変わらない朝食メニューだ。
宇宙食など、すでに過去の話。高度に発達した自動調理技術と『W.I.F.A.I.(ワイファイ)』ネットワークのおかげで、文字通り天文学的に遠く離れた場所にも海神ポセイドンの力は届き、水で満たされた室内でも、地上と変わらない食事をとる事ができるのだ。
そのありがたみを様々なものに対して感謝しながら、二人はダイニング兼ミーティングルームの窓の外を見る。
そこには…宇宙船の外には、変わり映えのない星々の光が、いつもと変わらず高速で流れ続けていた。
『定例報告をいたします。摂食しながらお聞きください。
前回就寝からシステムに異常なし。航路変更は不要。
次回の惑星着陸は、予定通り2日と4時間12分後となっております』
「ん。オーケー」
『任務の確認をいたします。毎日行う規則となりますので、ご了承ください。
当機とお二人の任務は、これから向かう植民地候補惑星へのテラ・フォーミングユニットの設置、および起動までの防衛となります。
なお、今回の惑星AF-0401は、無人探査機での観測上、文明らしきものは確認できませんでしたが、例によってなにが起こるか分からないため、十分警戒してください。
よろしいですか?』
「了解です♪」
「いつも通りだな」
人格や能力、長くを生き多くを見て回った知識量、水中で生きる種族ゆえの無重力環境への適正、学園からの推薦…様々な縁あって、グレゴリーとルフィアは、いまや世界の神となった魔王から直々に、宇宙の開拓者としての任を与えられ、今ここにいる。
幼い頃には確かに、勇者のような大人物となる事への憧れも持っていたが…何百年も経った今になって、それが叶うことになろうとは。
誇らしい気持ちと共に、平凡な港町に住む一般人だった自分達が、ずいぶん遠くまで来てしまったものだという感傷も覚える。
だが、心境がどうであれ、やることといえば昔から変わらない。
「…さて、今日は予定ないよね?」
『はい、ありません。ごゆっくりお楽しみください』
「それじゃ、今日も頑張るか」
「うんっ♪」
朝食を済ませ、少しの自由時間を過ごすと、二人はまた寝室へ戻っていく。
二人の仕事は、ただベッドの上で愛し合う事であった。
宇宙の旅において対処すべき最大の問題は、ブラックホールでも、スペースデブリでも、磁気嵐でも、ましてや宇宙海賊や凶暴な宇宙生物でもない。
ひとえに、何もない、何も変わった事の起きない、長い長い道のり。その間を、閉鎖空間でただひたすら過ごさねばならないことだ。
だが魔物娘と伴侶であれば、“その気”になれば時間を忘れて、何年だって交わり続けていられる。万魔殿(パンデモニウム)に住まう堕落神の信徒たちがいい例だ。
おまけにその間は食料などの心配もなく、むしろ余分に生まれる魔力を燃料として宇宙船へ供給し続ける事ができる。
あまりに都合がよすぎて、自分達“人類”が宇宙に旅立つのは必然であったのかもしれない…などという思い上がりさえ抱いてしまいそうだ。
「はっ、あっ、あっ、あうっ、ん、んんっちゅ、ちゅっ…」
「ふーっ、ふっ、ふーっ…」
寝室に戻り、二人は今日もまた、お互いを激しく求め合う。
重力や摩擦ではなく、水の抵抗で動きを制御している人魚夫婦にとって、無重力状態による生活への影響はほとんどない。ここが宇宙であることを忘れてしまう事すらある。
水棲種族が調査員として選ばれることが多いのも、こうした無重力環境への適応力の高さが理由なのだろう。
「常々思うけど…元の世界にいた頃と、あんまり変わらないな」
「でもっ、んっ、いつもどおり、気持ちいいよ…あっ、イクっ…!!」
空気中かつ無重力下でのセックスは、細心の注意を払って動かなければ、身体があちらこちらに飛び回ったり激しく回転したりして、非常にやりづらい。
精液や愛液が玉になって漂ったり、身体から離れていかずへばり着いたりするのも、最初のうちは楽しかったが…ほどなくして後始末の面倒さに気付き、やめた。
自分達だけの悩みかと心配したものだが、何度か他船のクルーと話してみたところ、どうやら宇宙飛行士に選ばれたカップルがみな体験する通過儀礼らしい。
無重力セックスの改善は、今後の宇宙飛行士の増加と、それに伴う技術の発展に期待したいところだ。
「はぁ、はぁ……そろそろ変えようか、気分。
AIさん、パターンAを投影して!」
『かしこまりました。パターンAを投影します』
「え、いいのか?」
「うん。そろそろ慣れないとね」
数秒後、真っ白だった寝室は一面の星空に包まれた。
宇宙船のカメラで撮影された映像をリアルタイムで投影しているのだ。
この風景の中での水中セックスは、まるで生身で宇宙空間を飛んでいるような感覚を味わうことができる。宇宙飛行士の特権のひとつだ。
「はうっ、あっ、やぁぁ…きもちいい…きもちいいの…」
「ルフィア、本当に…っ、いい声だな。
きっと宇宙一だ…でも誰にも聞かせてやらない」
柔らかな唇から絶え間なく漏れる、ルフィアの淫らな歌。
それを邪魔しない小さな音量で、室内のスピーカーからもルフィアの歌が流れる。
グレゴリーにとって最高の歌姫の奏でるハーモニーに包まれながら、繋がったまま、真っ暗な宇宙空間を泳ぐ。
かつての神々の国よりさらに、さらに高みに居ながらも、二人は互いに尻を揉み合い、乳を吸い上げ、睾丸を唇で食み、あくまで動物的な快楽に身を委ねていく。
どれほどの金を積んでも、なかなか味わえるものではない体験だろう。
かつては想像することさえできなかった開放感に、自分たち二人が、この宇宙の神にでもなったかのような錯覚に陥る。
だが…
「はぁっ…はっ…あなた…」
「どうしたんだ?」
「……ちょっと、寂しくなってきちゃったかも」
「…だから“いいのか?”って言ったのに…」
本来、伴侶さえ隣にいればそれでいいはずの魔物娘夫婦であっても、果てしなく広く冷たい宇宙空間での生活は、時に耐えがたいほどの孤独感をもたらすのだ。
実際にはグレゴリー夫妻以外にも、同じく開拓の任を負った魔物娘の夫婦が、宇宙のどこかで同じような生活を送っているのだが、その事実すら焼け石に水である。
「…まあ、正直オレもちょっと寂しくなってきたところだよ。
帰ろうか。まだ時間もあるしな」
服を着替えて『転移室』と書かれた部屋へ。
グレゴリーが通信を済ませ、ルフィアが端末を操作すると、中央に鎮座する魔法陣が輝き始めた。
二人がその上に乗ると──
「お母さん、おかえりー!ずいぶん早かったね」
「ただいまー。うん、宇宙の景色見てたら寂しくなっちゃって…」
「それに、任務開始前だしな。今回もたぶん大丈夫だろうけど、顔見たくなってさ」
見慣れた家の玄関と、見慣れた娘達の顔があった。
マナ・マーカーと最新型の転移の魔法陣の力さえあれば、数万光年の距離など関係なく、いつでも元の世界と行き来できるのだ。
もっとも、宇宙はいつ何があるか分からない都合上、あまり長く留守にはできないため、基本の生活の場は宇宙船内なのだが。
「元気にしてた?」
「うん、元気元気。お母さんたちは?変わった事とかあった?」
「そうだなぁ。この前久しぶりに、友達の船と交信したんだが…」
任務に臨む前夜、二人は存分に家族団欒を楽しみ、英気を養ったのであった。
そしていよいよ着陸の時。
装備を整え、二人は気を引き締めて、惑星の地表に降り立つ。
『お気をつけて』
二人が降り立ったその星は、植物に満ち溢れていた。
植物といっても緑色ではなく、青紫から柿色のグラデーションをしている。暗黒魔界の植物群ともまた違う色だ。
植物学者などであれば大喜びで研究するところだろうが、あいにく二人は専門家ではない。それを呼ぶ下地を作るのが役目だ。
「テラフォーミングユニット、設置完了!」
「コード認証完了、起動プロセス、開始!」
船に搭載していた機材も、滞りなく設置を済ませる。
ルフィアがスイッチを入れると、装置は大きなうなりを上げ始めた。
探査機によると、この惑星に文明らしきものは見られないようだが、このまま最後まで行けるか…?と思っていた時、それは現れた。
「…あなた」
「ああ…さっきから感じる。久しぶりだ…」
──暗がりから覗く、無数の光る目、目、目。そのどれもが、二人への敵意に満ちていた。
文明が無くとも、敵対的な生物がいないとは限らない。
…むしろ、よそからやって来た異質な奴が、異質なものを勝手に置き、異質な何かを始めようとしているなど、どんな生物であろうと敵意を向けるに値する出来事だろう。
ゆえに、グレゴリー達の仕事は『防衛』なのだ。
「…行くぞ、ルフィア!」
「はいッ!!」
たとえこれが、よそ者たる自分達の欲望のために、元々成り立っていた生態系をねじ曲げる傲慢な行いであったとしても。
今この場にいる二人に、躊躇ったり撤退している余裕など…無い!
「ガァァアアア!!!」
誰が号令するでもなく、原生生物達は一斉に飛びかかってきた。
緑色をした狼のような四つ足の身体に、狒々のような筋骨隆々の二対の腕、そして謎めいた極彩色の触角があちこちから生えた未知なる獣だ!
「うおおぉォッ!!」
グレゴリーは先陣を切り、槍を風車のごとく回転させながら突撃する。
魔界銀製で、さらに穂先を丸めてあるその槍は、決して生命を傷つけることはない。
だが、強力な風の魔法が込められたそれは、回転により大風を巻き起こし、巨体の獣を落ち葉のように吹き飛ばしてしまい、地面や木々にぶつかって目を回させる。
だが、獣もさるもの。何匹かはその風を耐え凌ぎ、グレゴリー達の喉笛を噛みちぎらんと、なおも向かってきた!
「通すかッ!」
グレゴリーもまた、抜けられる可能性など想定済み。すぐさま槍を構え直し、目にも止まらに速度で、正確無比に突く!突く!突く!!
「AAAAAAARGHH!!」
大風を耐えた獣も、数百年と鍛錬を続けたグレゴリーの槍に直接突かれてはひとたまりもない。
傷はつかないが、はるか遠くへ吹っ飛ばされ、そのまま伸びてしまう。
グレゴリーの方はなんら問題はない。だが、ルフィアは…?
「ごめんね…。えいッ!!」
たとえ相手が獣でも、傷つけることを嫌うルフィア…それゆえに、向かってくる相手を傷つけずに無力化する方法を、誰より洗練させてきた。
彼女が地面に手をつくと、そこから巨大な波紋のように水の波が広がっていく!
「Grrrr!?BbbbBbbbb……」
彼らの跳躍力よりも高く隆起した水の壁に、獣達はなすすべなく押し流されていく。
百年以上伴侶と交わり続け、力を蓄え続けたスライムが、いつの間にやらドラゴンに匹敵する炎のブレスを吐けるようになっていた…という逸話があるように、数百年とグレゴリーと高め合ってきたルフィアもまた、力ある種族とは言えないマーメイドでありながら、精霊使いと遜色ないほどの魔法を行使できる体になっているのだった。
「ルフィアには触れさせないッ!!」
「レッくんは、私が守る…!!」
その後も激闘は続いた。
鼻が四つある紫色の巨人、無数の棘を備えた虫のようなもの、それらを操る筋肉五兄弟…文字通り常識外れのデタラメな強敵に、夫婦は一歩も引かず戦った。
この場で二人の戦いぶりを見ている者がもしいたら、一心同体とはまさにあのことだと評したかもしれない。
「これで…」
「とどめッ!」
襲い来る原生生物たちをあらかた倒しつくした頃──
テラフォーミングユニットの起動完了と、二人の勝利を告げる、独特な電子音が鳴り響いた。
『テラフォーミングプロセスVer4.1開始。
関係者はビーコン周囲から退避してください。3…2…1……』
二人が置いた装置から、天に向かって一筋の光が放たれたかと思うと…
直後、光の柱を中心として、どろりとした溶液のようなピンク色のオーラが周囲へ放射されてゆき、あっという間にこの星すべてを飲み込みはじめた。
「やれやれ、終わったか」
「何度見ても綺麗だねぇ…」
「ああ…」
『テラフォーミングユニット』などと大仰な名前が付けられているものの、原理そのものは宇宙船内のW.I.F.A.Iネットワークと同じだ。
すなわち、特殊な装置を起動させることにより、海神ポセイドンではなく魔王の力をこの場所に引き込んで、惑星を丸ごと魔界に変えてしまうのだ。
元の世界に満ち溢れていた魔王の絶大なる魔力は、いま数万光年の距離を飛び越えて、自然を、生命を、世界の法則を…瞬く間に侵食し、書き換えようとしていた。
かつて魔王が代替わりし、全世界の魔物が魔物娘となった現象と同じように。
「AaaAgHhhhhh…!?」
先ほどまで戦っていた奇怪な生物たちも、ピンク色のオーラが通り抜けた直後、一匹残らず美しい少女や女性の姿へ…魔物娘へと変わっていった。もちろん、それまでの種族としての特徴は(危険でない部分のみ)そのままに。
「…!?」
「Grrr…ナ、ナンダ…?」
今もなお立ち続け、威嚇し続けていた獣たちに、知恵が、言葉が、心が急速に植え付けられていく。“当人”にとっては、これまでもこれからも知り得なかったであろう無数の情報をいきなり頭に流し込まれ、ただただ困惑するばかりであった。
グレゴリー達にとっては攻撃する絶好の隙だが、もはや攻撃など必要ない事もよくわかっていた。
武器を納め、戦意が無いことを周囲にアピールするように両手を広げると、グレゴリーは口を開く。
「あー…、いきなり来て手荒な真似をして、すまなかった。
オレ達は、仲間が住める場所を探して、この星に…」
「あなた、ちょっと待って」
「ん?」
「……これ、ちょーっと多すぎるかも」
知性のない獣のようだった原生生物が、魔界化の際に魔物娘と化したこと自体は初めてではない。
だが今回は、夫婦に襲いかかってきた原生生物たちの、ほとんど全てが魔物娘と化してしまったのだ。
なりたての魔物娘の大群──それが真っ先に求めるものとは何か。
原生生物が本来どのように繁殖していたかは不明だが、種族がまるごと魔物娘と化したという事は、同族で、求めるものを満たすことのできる存在がいなくなってしまったという事を意味する。
周囲を広く見渡してみても、この場で“それ”を持つ者はグレゴリーしかいない。
それがなにを意味するのか。
『マモノ…』
『セイ…ザーメン…コヅクリ…』
『オマンコ…スル…』
『ツガイ…ドコニ…』
覚えたての言葉で、彼女達は内から湧き上がる欲求を訴える。
無数の目は自然と、つい先程まで戦っていた相手ひとりへと向けられていった。
「やばい、逃げ…」
『『『『『…オトコォォォォォ♪』』』』』
数百、数千を超す美女の群れが、一斉にグレゴリーへ飛びかかってきた。
そして──
「だ、ダメぇっ!!この人は私の……
…ハッ!?」
「る、ルフィア…!?」
「………夢?」
目覚めたルフィアの周囲にあったのは、見慣れた家のベッドではなかった…が、全てが真っ白な部屋などではもちろんなかった。
その隣では、グレゴリーが心配そうにルフィアを見つめている。
「飛び起きるなんて…どうしたんだ?
久しぶりの旅行で疲れて、逆によく眠れないとかか?」
「旅行…」
思い出した。
子供達がチケットを贈ってくれたので、数十年ぶりの夫婦水入らずの旅行として、いま『超古代文明の遺跡巡りツアー』に来ていたのだった。
「オレは相変わらず、遺跡とか見てもただ“スゴイな”くらいしか感想が出なかったけど…やっぱりお前くらいの頭だったら、もっとよくわかるもんか?」
「ううん、私もさっぱりだよ。
面白かったし、変な夢のネタにはなったけどね」
二人とも、学生時代は考古学部には行かなかったが、考古学部の講義で語られる超古代文明の話は大好きで、よく聴きに来ていた。
今を生きる種族が百年、二百年とかけても追いつけないほどの高度な技術力をもって、魔物娘オートマトンの存在そのものや、グレムリンの謎の装備など、異質とさえ言えるほど精巧なカラクリの数々を生み出していった…それが『超古代文明』と仮称される未知の文明、ならびにその文明を築いてきたとされる一群の人々である。
「変な夢?」
「うん。詳しくは覚えてないけど…
なんか私達が、この世界の空よりも、ずっとずっと遠い場所まで旅する夢」
「空よりも遠く、ねぇ…。オレには想像もつかないな」
「確かに…でも、超古代人はそこを目指したのかもしれないって、百年くらい前に考古学部の講義で聞いたよね。覚えてる?」
「よく覚えてるなルフィア…いや待てよ。そういえば…」
二人の脳裏には、今もはっきりと、百年以上前の講義の様子が記憶されていた。
「──このように、古代人達は、我々には想像もつかないほど高度な技術と文明を持っていたのですが、彼らが一体どこへ行ったのか、なぜ我々の文明とのつながりが見られないのかは、今日まで、まったく分かっていません。
神の怒りを買って瓦解した、巨大な戦争によって滅びた、我々では到達不可能な地底深くに今もいて、見つかっているのは廃棄された古い階層に過ぎない…
様々な憶測が飛び交っていますが、有力な証拠は何も見つかっていないのです。
おそらく今の我々の力では、彼らの足跡を追うためには不十分…今後の科学の発展を待たねばならないでしょう。
…ここまでに何か質問はありますか?」
「はい!」
「はい、……さん」
「あの…有力な証拠はないとおっしゃっていましたが、現状で主流となっている説はどのようなものでしょうか?その根拠は?」
「そうですね…
そもそも世界各地で見つかる超古代文明の遺跡は、それぞれ全く異なる文化や技術の痕跡を残しています。我々が今いる世界が、沢山の国に分かれているように。
複数に分かれた彼らが皆、すべて一様に同じ結末を迎えたとも考えがたく…
遺跡が存在する国ごとに、主流となる説がそれぞれ異なると言ってもよいでしょう」
「では、先生が支持している説というのは、どのようなものですか?」
「私が支持しているのは…やはり、この国で盛んに唱えられている説ですね。
ちょうど、この学園校舎のすぐ近くにある遺跡を根拠として、初代学園長の旦那様が提唱した説でもあります」
「この学園で?」
「そうです。
古代人達は技術の発展を極め、この大地から空の彼方へと、新天地を求めて旅立っていったのではないか…という説です。
雲よりもなお高い夜空で、神秘的な光を投げかけている、あの星の海へ──」
「…つまり、古代人の暮らしの想像をもとにした夢、ってことか?」
「どっちかっていうと、古代人になるんじゃなくて、もし私達が未来で古代人の技術に追いつけたら…って夢かな」
「古代人に追いつくって…できるのか?そんな事」
「この百年でも、空飛ぶ船とか、蒸気で動く列車とか、すごい発明がいっぱい出てきたし…このままいけば、きっと追いつけるよ。
それに私達なんてまだまだ何百年も生きるんだし、もしかしたら古代人のいた時代みたいになった世界を、この目でじかに見れるかもしれないよ?」
ルフィアは自分の目を指差す。
ただの夢見がちな目ではなく、そうなる確信を持っているような、光をたたえた目だ……と、なんだかんだでルフィアに甘いグレゴリーは思う。
「まあ確かに…そんな世界が来たら、面白そうだよな」
「でしょ?」
嬉しそうな笑顔を浮かべた所で、ルフィアのお腹が鳴った。
「…そういえば、朝ごはんまだだっけ。
あなた、食べさせて♪」
「うおっ!?」
ごく自然な動作で、グレゴリーのペニスを握る。
百年以上前から、ルフィアの本当の朝食はグレゴリーの朝勃ちと決まっているのだ。
そしてきっとこれからも。
「うふふ。未来の夢で、私達がどんな事をシてたのか…
まだまだ話し足りないし、食べながら聞かせてあげるね♪」
この世界の未来は、どのような姿になっているのか…それは誰にもわからない。
ただひとつだけ、確実に言えることは──
どれほど時が経とうとも、自分達は変わらず一緒にいるのだろうという事だ。
思い返すとなんとも荒唐無稽で、贅沢で、おかしな夢だったが、ルフィアは未来にさらなる幸せの予感を見出した気がして、無性に嬉しくなりながら、グレゴリーの上で腰を振るのだった。
魔王と魔物娘達が世界全土の支配を成し遂げてから、さらに長い年月が過ぎた。
世界を支配し、人の世界を守るべく抗っていた主神も、とうの昔に一人の魔物娘となってその座を降り、愛した男と共にいずこかへ去った。
かつて神が定めた世界の法則は完全に書き換えられ、魔物娘からも男児が生まれるようになって久しく、魔王夫婦の夢見た“人間と魔物娘がひとつの種族へ統合された世界”はついに完成を迎えたのだ。
しかし、世界はそこで満足して歩みを止めたりはしない。人と魔物娘…否、”人類”は、平和の中でゆるやかに、しかし際限なく文明を発展させ続け、ついには空の彼方に輝く、星の海へと至る技術を手に入れたのであった。
…だが、いい事ばかりでもない。
いや、いい事ばかりありすぎるのも考えものと言うべきか。
世界が平和になったとはいえ、魔物娘の際限なき愛と性欲にブレーキがかけられるわけもなく…産めよ増やせよ地に満ちよと、人々は引き続きこぞって子作りに励み続けた結果、どこまでも広大であったはずの世界は、いつしか文字通り人々で満ち、手狭になりはじめていたのである。
『異界』の数を増やして対応しようという声もあったが、自分達が今いる世界に存在する、まだ見ぬ場所への期待を寄せる者も同じほどに多かった。
人類が新たなフロンティアを求め、星の海へと漕ぎ出す時代が到来したのだ。
『6:00。ルフィア様、起床時間です。ルフィア様、起床時間です』
「…んん……」
無機質な合成音声のアラームとともに、ルフィアは薄目を開ける。
まず目に映すのは、とうに目覚めている最愛の人、グレゴリーの顔。数百年以上過ぎても変わらぬ、そして何より大好きな光景。
──しかしそれ以外の光景は、何もかも変わっていた。
「おはよう、ルフィア」
「ふぁぁぁ〜……」
『スキャン終了。本日のバイタルも異常なし、健康です』
今の二人が目覚める寝室は、ベッドはおろか、壁・床・天井に照明、全てが真っ白の部屋だった。窓さえも存在しない。
一見して、人間的な温かみを感じられないような無機質な空間だが、これは二人の要望によるものだ。余計な情報を一切排し、ただひたすら伴侶の表情や肉体に溺れられるように、と。
この場所が、ルフィアとグレゴリーの新たな家…その寝室であった。
『地上式睡眠モード解除。注水を開始します』
合成音声とともに、部屋に水が注がれる。
もしもこの場に何も知らない者がいたとしたら慌てふためくだろうが、言うまでもなく、水中こそが本来の二人の生きる場所だ。この寝室以外にも、家の中は基本的に、すべて水で満たされている。むしろ昨夜が特別で、地上の感覚のセックスを久々に味わいたいとして寝室から水を抜き、空気と重力をONにしたのである。
「うふふ。地上プレイもたまにはいいね♪」
「ああ。もうすぐ上陸だろ?地上の感覚も取り戻しておかないとな。
…まあ、地上プレイがしたかったのもそうだけど」
部屋が水で満ちるまで少し時間があるので、その間にルフィアはグレゴリーの朝勃ちペニスを咥え込む。数百年続けられてきたモーニングルーティーンというやつだ。
いつものように、グレゴリーの朝一番の精を、喉奥でしっかりと受け止め嚥下したところで…ちょうど部屋も水で満たされ、扉のロックが解除された。
『15分後に朝食の準備が完了します。洗顔をお済ませください』
寝室を出て、隣の洗面所へ。
二人が出てきた寝室の扉には、『寝室 兼 ジェネレーター』と書かれていた。
そう。ここは夫婦の寝室であり、新たな家の動力源。毎晩の夫婦の交わりから溢れ出す魔力で、この家の設備全てを動かすエネルギーをまかなえるようになっている。便利な時代になったものだ。
…感慨にふけっている内に身支度は済み、ダイニングへ泳ぎ出す。
二人が着いた頃には、もうすでに、食卓には二人分の温かい朝食が並んでいた。
『お召し上がりください』
「いつもありがと♪いただきます!」
「ありがとう。いただきます」
『感謝の言葉は不要です。ですがこちらこそ、いつもありがとうございます』
貯蓄こそあれど、二人はあくまで庶民であり、使用人など雇った事はない。だが、きっとこんな感じなのだろうと二人は思う。
だから二人は、人に接するような感覚で、家の中のすべてを管理してくれるコンピューター、そしてそこに搭載されたAIに対応し、感謝と敬意を忘れないように心がけている。
「うん。また美味くなったんじゃないか?」
『ルフィア様が料理をなさる都度、データを取得・蓄積しておりますので』
「つまり、どんどん私の味に近づいてるって事かぁ。
…そのうち追い抜かれちゃうかも?」
『AIは再現は可能ですが、追い抜くことは不可能です。ご安心ください』
談笑しつつ二人が食するのは、パンにスープ、目玉焼きにサラダ。つまり、地上と変わらない朝食メニューだ。
宇宙食など、すでに過去の話。高度に発達した自動調理技術と『W.I.F.A.I.(ワイファイ)』ネットワークのおかげで、文字通り天文学的に遠く離れた場所にも海神ポセイドンの力は届き、水で満たされた室内でも、地上と変わらない食事をとる事ができるのだ。
そのありがたみを様々なものに対して感謝しながら、二人はダイニング兼ミーティングルームの窓の外を見る。
そこには…宇宙船の外には、変わり映えのない星々の光が、いつもと変わらず高速で流れ続けていた。
『定例報告をいたします。摂食しながらお聞きください。
前回就寝からシステムに異常なし。航路変更は不要。
次回の惑星着陸は、予定通り2日と4時間12分後となっております』
「ん。オーケー」
『任務の確認をいたします。毎日行う規則となりますので、ご了承ください。
当機とお二人の任務は、これから向かう植民地候補惑星へのテラ・フォーミングユニットの設置、および起動までの防衛となります。
なお、今回の惑星AF-0401は、無人探査機での観測上、文明らしきものは確認できませんでしたが、例によってなにが起こるか分からないため、十分警戒してください。
よろしいですか?』
「了解です♪」
「いつも通りだな」
人格や能力、長くを生き多くを見て回った知識量、水中で生きる種族ゆえの無重力環境への適正、学園からの推薦…様々な縁あって、グレゴリーとルフィアは、いまや世界の神となった魔王から直々に、宇宙の開拓者としての任を与えられ、今ここにいる。
幼い頃には確かに、勇者のような大人物となる事への憧れも持っていたが…何百年も経った今になって、それが叶うことになろうとは。
誇らしい気持ちと共に、平凡な港町に住む一般人だった自分達が、ずいぶん遠くまで来てしまったものだという感傷も覚える。
だが、心境がどうであれ、やることといえば昔から変わらない。
「…さて、今日は予定ないよね?」
『はい、ありません。ごゆっくりお楽しみください』
「それじゃ、今日も頑張るか」
「うんっ♪」
朝食を済ませ、少しの自由時間を過ごすと、二人はまた寝室へ戻っていく。
二人の仕事は、ただベッドの上で愛し合う事であった。
宇宙の旅において対処すべき最大の問題は、ブラックホールでも、スペースデブリでも、磁気嵐でも、ましてや宇宙海賊や凶暴な宇宙生物でもない。
ひとえに、何もない、何も変わった事の起きない、長い長い道のり。その間を、閉鎖空間でただひたすら過ごさねばならないことだ。
だが魔物娘と伴侶であれば、“その気”になれば時間を忘れて、何年だって交わり続けていられる。万魔殿(パンデモニウム)に住まう堕落神の信徒たちがいい例だ。
おまけにその間は食料などの心配もなく、むしろ余分に生まれる魔力を燃料として宇宙船へ供給し続ける事ができる。
あまりに都合がよすぎて、自分達“人類”が宇宙に旅立つのは必然であったのかもしれない…などという思い上がりさえ抱いてしまいそうだ。
「はっ、あっ、あっ、あうっ、ん、んんっちゅ、ちゅっ…」
「ふーっ、ふっ、ふーっ…」
寝室に戻り、二人は今日もまた、お互いを激しく求め合う。
重力や摩擦ではなく、水の抵抗で動きを制御している人魚夫婦にとって、無重力状態による生活への影響はほとんどない。ここが宇宙であることを忘れてしまう事すらある。
水棲種族が調査員として選ばれることが多いのも、こうした無重力環境への適応力の高さが理由なのだろう。
「常々思うけど…元の世界にいた頃と、あんまり変わらないな」
「でもっ、んっ、いつもどおり、気持ちいいよ…あっ、イクっ…!!」
空気中かつ無重力下でのセックスは、細心の注意を払って動かなければ、身体があちらこちらに飛び回ったり激しく回転したりして、非常にやりづらい。
精液や愛液が玉になって漂ったり、身体から離れていかずへばり着いたりするのも、最初のうちは楽しかったが…ほどなくして後始末の面倒さに気付き、やめた。
自分達だけの悩みかと心配したものだが、何度か他船のクルーと話してみたところ、どうやら宇宙飛行士に選ばれたカップルがみな体験する通過儀礼らしい。
無重力セックスの改善は、今後の宇宙飛行士の増加と、それに伴う技術の発展に期待したいところだ。
「はぁ、はぁ……そろそろ変えようか、気分。
AIさん、パターンAを投影して!」
『かしこまりました。パターンAを投影します』
「え、いいのか?」
「うん。そろそろ慣れないとね」
数秒後、真っ白だった寝室は一面の星空に包まれた。
宇宙船のカメラで撮影された映像をリアルタイムで投影しているのだ。
この風景の中での水中セックスは、まるで生身で宇宙空間を飛んでいるような感覚を味わうことができる。宇宙飛行士の特権のひとつだ。
「はうっ、あっ、やぁぁ…きもちいい…きもちいいの…」
「ルフィア、本当に…っ、いい声だな。
きっと宇宙一だ…でも誰にも聞かせてやらない」
柔らかな唇から絶え間なく漏れる、ルフィアの淫らな歌。
それを邪魔しない小さな音量で、室内のスピーカーからもルフィアの歌が流れる。
グレゴリーにとって最高の歌姫の奏でるハーモニーに包まれながら、繋がったまま、真っ暗な宇宙空間を泳ぐ。
かつての神々の国よりさらに、さらに高みに居ながらも、二人は互いに尻を揉み合い、乳を吸い上げ、睾丸を唇で食み、あくまで動物的な快楽に身を委ねていく。
どれほどの金を積んでも、なかなか味わえるものではない体験だろう。
かつては想像することさえできなかった開放感に、自分たち二人が、この宇宙の神にでもなったかのような錯覚に陥る。
だが…
「はぁっ…はっ…あなた…」
「どうしたんだ?」
「……ちょっと、寂しくなってきちゃったかも」
「…だから“いいのか?”って言ったのに…」
本来、伴侶さえ隣にいればそれでいいはずの魔物娘夫婦であっても、果てしなく広く冷たい宇宙空間での生活は、時に耐えがたいほどの孤独感をもたらすのだ。
実際にはグレゴリー夫妻以外にも、同じく開拓の任を負った魔物娘の夫婦が、宇宙のどこかで同じような生活を送っているのだが、その事実すら焼け石に水である。
「…まあ、正直オレもちょっと寂しくなってきたところだよ。
帰ろうか。まだ時間もあるしな」
服を着替えて『転移室』と書かれた部屋へ。
グレゴリーが通信を済ませ、ルフィアが端末を操作すると、中央に鎮座する魔法陣が輝き始めた。
二人がその上に乗ると──
「お母さん、おかえりー!ずいぶん早かったね」
「ただいまー。うん、宇宙の景色見てたら寂しくなっちゃって…」
「それに、任務開始前だしな。今回もたぶん大丈夫だろうけど、顔見たくなってさ」
見慣れた家の玄関と、見慣れた娘達の顔があった。
マナ・マーカーと最新型の転移の魔法陣の力さえあれば、数万光年の距離など関係なく、いつでも元の世界と行き来できるのだ。
もっとも、宇宙はいつ何があるか分からない都合上、あまり長く留守にはできないため、基本の生活の場は宇宙船内なのだが。
「元気にしてた?」
「うん、元気元気。お母さんたちは?変わった事とかあった?」
「そうだなぁ。この前久しぶりに、友達の船と交信したんだが…」
任務に臨む前夜、二人は存分に家族団欒を楽しみ、英気を養ったのであった。
そしていよいよ着陸の時。
装備を整え、二人は気を引き締めて、惑星の地表に降り立つ。
『お気をつけて』
二人が降り立ったその星は、植物に満ち溢れていた。
植物といっても緑色ではなく、青紫から柿色のグラデーションをしている。暗黒魔界の植物群ともまた違う色だ。
植物学者などであれば大喜びで研究するところだろうが、あいにく二人は専門家ではない。それを呼ぶ下地を作るのが役目だ。
「テラフォーミングユニット、設置完了!」
「コード認証完了、起動プロセス、開始!」
船に搭載していた機材も、滞りなく設置を済ませる。
ルフィアがスイッチを入れると、装置は大きなうなりを上げ始めた。
探査機によると、この惑星に文明らしきものは見られないようだが、このまま最後まで行けるか…?と思っていた時、それは現れた。
「…あなた」
「ああ…さっきから感じる。久しぶりだ…」
──暗がりから覗く、無数の光る目、目、目。そのどれもが、二人への敵意に満ちていた。
文明が無くとも、敵対的な生物がいないとは限らない。
…むしろ、よそからやって来た異質な奴が、異質なものを勝手に置き、異質な何かを始めようとしているなど、どんな生物であろうと敵意を向けるに値する出来事だろう。
ゆえに、グレゴリー達の仕事は『防衛』なのだ。
「…行くぞ、ルフィア!」
「はいッ!!」
たとえこれが、よそ者たる自分達の欲望のために、元々成り立っていた生態系をねじ曲げる傲慢な行いであったとしても。
今この場にいる二人に、躊躇ったり撤退している余裕など…無い!
「ガァァアアア!!!」
誰が号令するでもなく、原生生物達は一斉に飛びかかってきた。
緑色をした狼のような四つ足の身体に、狒々のような筋骨隆々の二対の腕、そして謎めいた極彩色の触角があちこちから生えた未知なる獣だ!
「うおおぉォッ!!」
グレゴリーは先陣を切り、槍を風車のごとく回転させながら突撃する。
魔界銀製で、さらに穂先を丸めてあるその槍は、決して生命を傷つけることはない。
だが、強力な風の魔法が込められたそれは、回転により大風を巻き起こし、巨体の獣を落ち葉のように吹き飛ばしてしまい、地面や木々にぶつかって目を回させる。
だが、獣もさるもの。何匹かはその風を耐え凌ぎ、グレゴリー達の喉笛を噛みちぎらんと、なおも向かってきた!
「通すかッ!」
グレゴリーもまた、抜けられる可能性など想定済み。すぐさま槍を構え直し、目にも止まらに速度で、正確無比に突く!突く!突く!!
「AAAAAAARGHH!!」
大風を耐えた獣も、数百年と鍛錬を続けたグレゴリーの槍に直接突かれてはひとたまりもない。
傷はつかないが、はるか遠くへ吹っ飛ばされ、そのまま伸びてしまう。
グレゴリーの方はなんら問題はない。だが、ルフィアは…?
「ごめんね…。えいッ!!」
たとえ相手が獣でも、傷つけることを嫌うルフィア…それゆえに、向かってくる相手を傷つけずに無力化する方法を、誰より洗練させてきた。
彼女が地面に手をつくと、そこから巨大な波紋のように水の波が広がっていく!
「Grrrr!?BbbbBbbbb……」
彼らの跳躍力よりも高く隆起した水の壁に、獣達はなすすべなく押し流されていく。
百年以上伴侶と交わり続け、力を蓄え続けたスライムが、いつの間にやらドラゴンに匹敵する炎のブレスを吐けるようになっていた…という逸話があるように、数百年とグレゴリーと高め合ってきたルフィアもまた、力ある種族とは言えないマーメイドでありながら、精霊使いと遜色ないほどの魔法を行使できる体になっているのだった。
「ルフィアには触れさせないッ!!」
「レッくんは、私が守る…!!」
その後も激闘は続いた。
鼻が四つある紫色の巨人、無数の棘を備えた虫のようなもの、それらを操る筋肉五兄弟…文字通り常識外れのデタラメな強敵に、夫婦は一歩も引かず戦った。
この場で二人の戦いぶりを見ている者がもしいたら、一心同体とはまさにあのことだと評したかもしれない。
「これで…」
「とどめッ!」
襲い来る原生生物たちをあらかた倒しつくした頃──
テラフォーミングユニットの起動完了と、二人の勝利を告げる、独特な電子音が鳴り響いた。
『テラフォーミングプロセスVer4.1開始。
関係者はビーコン周囲から退避してください。3…2…1……』
二人が置いた装置から、天に向かって一筋の光が放たれたかと思うと…
直後、光の柱を中心として、どろりとした溶液のようなピンク色のオーラが周囲へ放射されてゆき、あっという間にこの星すべてを飲み込みはじめた。
「やれやれ、終わったか」
「何度見ても綺麗だねぇ…」
「ああ…」
『テラフォーミングユニット』などと大仰な名前が付けられているものの、原理そのものは宇宙船内のW.I.F.A.Iネットワークと同じだ。
すなわち、特殊な装置を起動させることにより、海神ポセイドンではなく魔王の力をこの場所に引き込んで、惑星を丸ごと魔界に変えてしまうのだ。
元の世界に満ち溢れていた魔王の絶大なる魔力は、いま数万光年の距離を飛び越えて、自然を、生命を、世界の法則を…瞬く間に侵食し、書き換えようとしていた。
かつて魔王が代替わりし、全世界の魔物が魔物娘となった現象と同じように。
「AaaAgHhhhhh…!?」
先ほどまで戦っていた奇怪な生物たちも、ピンク色のオーラが通り抜けた直後、一匹残らず美しい少女や女性の姿へ…魔物娘へと変わっていった。もちろん、それまでの種族としての特徴は(危険でない部分のみ)そのままに。
「…!?」
「Grrr…ナ、ナンダ…?」
今もなお立ち続け、威嚇し続けていた獣たちに、知恵が、言葉が、心が急速に植え付けられていく。“当人”にとっては、これまでもこれからも知り得なかったであろう無数の情報をいきなり頭に流し込まれ、ただただ困惑するばかりであった。
グレゴリー達にとっては攻撃する絶好の隙だが、もはや攻撃など必要ない事もよくわかっていた。
武器を納め、戦意が無いことを周囲にアピールするように両手を広げると、グレゴリーは口を開く。
「あー…、いきなり来て手荒な真似をして、すまなかった。
オレ達は、仲間が住める場所を探して、この星に…」
「あなた、ちょっと待って」
「ん?」
「……これ、ちょーっと多すぎるかも」
知性のない獣のようだった原生生物が、魔界化の際に魔物娘と化したこと自体は初めてではない。
だが今回は、夫婦に襲いかかってきた原生生物たちの、ほとんど全てが魔物娘と化してしまったのだ。
なりたての魔物娘の大群──それが真っ先に求めるものとは何か。
原生生物が本来どのように繁殖していたかは不明だが、種族がまるごと魔物娘と化したという事は、同族で、求めるものを満たすことのできる存在がいなくなってしまったという事を意味する。
周囲を広く見渡してみても、この場で“それ”を持つ者はグレゴリーしかいない。
それがなにを意味するのか。
『マモノ…』
『セイ…ザーメン…コヅクリ…』
『オマンコ…スル…』
『ツガイ…ドコニ…』
覚えたての言葉で、彼女達は内から湧き上がる欲求を訴える。
無数の目は自然と、つい先程まで戦っていた相手ひとりへと向けられていった。
「やばい、逃げ…」
『『『『『…オトコォォォォォ♪』』』』』
数百、数千を超す美女の群れが、一斉にグレゴリーへ飛びかかってきた。
そして──
「だ、ダメぇっ!!この人は私の……
…ハッ!?」
「る、ルフィア…!?」
「………夢?」
目覚めたルフィアの周囲にあったのは、見慣れた家のベッドではなかった…が、全てが真っ白な部屋などではもちろんなかった。
その隣では、グレゴリーが心配そうにルフィアを見つめている。
「飛び起きるなんて…どうしたんだ?
久しぶりの旅行で疲れて、逆によく眠れないとかか?」
「旅行…」
思い出した。
子供達がチケットを贈ってくれたので、数十年ぶりの夫婦水入らずの旅行として、いま『超古代文明の遺跡巡りツアー』に来ていたのだった。
「オレは相変わらず、遺跡とか見てもただ“スゴイな”くらいしか感想が出なかったけど…やっぱりお前くらいの頭だったら、もっとよくわかるもんか?」
「ううん、私もさっぱりだよ。
面白かったし、変な夢のネタにはなったけどね」
二人とも、学生時代は考古学部には行かなかったが、考古学部の講義で語られる超古代文明の話は大好きで、よく聴きに来ていた。
今を生きる種族が百年、二百年とかけても追いつけないほどの高度な技術力をもって、魔物娘オートマトンの存在そのものや、グレムリンの謎の装備など、異質とさえ言えるほど精巧なカラクリの数々を生み出していった…それが『超古代文明』と仮称される未知の文明、ならびにその文明を築いてきたとされる一群の人々である。
「変な夢?」
「うん。詳しくは覚えてないけど…
なんか私達が、この世界の空よりも、ずっとずっと遠い場所まで旅する夢」
「空よりも遠く、ねぇ…。オレには想像もつかないな」
「確かに…でも、超古代人はそこを目指したのかもしれないって、百年くらい前に考古学部の講義で聞いたよね。覚えてる?」
「よく覚えてるなルフィア…いや待てよ。そういえば…」
二人の脳裏には、今もはっきりと、百年以上前の講義の様子が記憶されていた。
「──このように、古代人達は、我々には想像もつかないほど高度な技術と文明を持っていたのですが、彼らが一体どこへ行ったのか、なぜ我々の文明とのつながりが見られないのかは、今日まで、まったく分かっていません。
神の怒りを買って瓦解した、巨大な戦争によって滅びた、我々では到達不可能な地底深くに今もいて、見つかっているのは廃棄された古い階層に過ぎない…
様々な憶測が飛び交っていますが、有力な証拠は何も見つかっていないのです。
おそらく今の我々の力では、彼らの足跡を追うためには不十分…今後の科学の発展を待たねばならないでしょう。
…ここまでに何か質問はありますか?」
「はい!」
「はい、……さん」
「あの…有力な証拠はないとおっしゃっていましたが、現状で主流となっている説はどのようなものでしょうか?その根拠は?」
「そうですね…
そもそも世界各地で見つかる超古代文明の遺跡は、それぞれ全く異なる文化や技術の痕跡を残しています。我々が今いる世界が、沢山の国に分かれているように。
複数に分かれた彼らが皆、すべて一様に同じ結末を迎えたとも考えがたく…
遺跡が存在する国ごとに、主流となる説がそれぞれ異なると言ってもよいでしょう」
「では、先生が支持している説というのは、どのようなものですか?」
「私が支持しているのは…やはり、この国で盛んに唱えられている説ですね。
ちょうど、この学園校舎のすぐ近くにある遺跡を根拠として、初代学園長の旦那様が提唱した説でもあります」
「この学園で?」
「そうです。
古代人達は技術の発展を極め、この大地から空の彼方へと、新天地を求めて旅立っていったのではないか…という説です。
雲よりもなお高い夜空で、神秘的な光を投げかけている、あの星の海へ──」
「…つまり、古代人の暮らしの想像をもとにした夢、ってことか?」
「どっちかっていうと、古代人になるんじゃなくて、もし私達が未来で古代人の技術に追いつけたら…って夢かな」
「古代人に追いつくって…できるのか?そんな事」
「この百年でも、空飛ぶ船とか、蒸気で動く列車とか、すごい発明がいっぱい出てきたし…このままいけば、きっと追いつけるよ。
それに私達なんてまだまだ何百年も生きるんだし、もしかしたら古代人のいた時代みたいになった世界を、この目でじかに見れるかもしれないよ?」
ルフィアは自分の目を指差す。
ただの夢見がちな目ではなく、そうなる確信を持っているような、光をたたえた目だ……と、なんだかんだでルフィアに甘いグレゴリーは思う。
「まあ確かに…そんな世界が来たら、面白そうだよな」
「でしょ?」
嬉しそうな笑顔を浮かべた所で、ルフィアのお腹が鳴った。
「…そういえば、朝ごはんまだだっけ。
あなた、食べさせて♪」
「うおっ!?」
ごく自然な動作で、グレゴリーのペニスを握る。
百年以上前から、ルフィアの本当の朝食はグレゴリーの朝勃ちと決まっているのだ。
そしてきっとこれからも。
「うふふ。未来の夢で、私達がどんな事をシてたのか…
まだまだ話し足りないし、食べながら聞かせてあげるね♪」
この世界の未来は、どのような姿になっているのか…それは誰にもわからない。
ただひとつだけ、確実に言えることは──
どれほど時が経とうとも、自分達は変わらず一緒にいるのだろうという事だ。
思い返すとなんとも荒唐無稽で、贅沢で、おかしな夢だったが、ルフィアは未来にさらなる幸せの予感を見出した気がして、無性に嬉しくなりながら、グレゴリーの上で腰を振るのだった。
25/04/01 07:15更新 / K助
戻る
次へ