迷いの森の館・後編
_______________________________________
…寝苦しい。黒いベッドの中に入って眠っていたマールは、
不意に感じた寝苦しさに目を覚ました。
体を起こそうとしたとき、彼は体に違和感を感じた。
(体が動かない…魔術でしょうか…)
『ゆうへいされしめがみよ、われにひかりを、ねがわく…』
「…!!」
マールが唱えた上位の解呪魔術はその役目を果たす前に沈黙にかき消された。声が出ない、マールの戦闘能力はこの段階でなくなっていた。
「ふぅ、驚いたわ。まさかそんな上位の魔術を使えるなんてね。」
マールの目には暗闇の中でぼんやりと光る少女が映されていた。
「…!!!」
怯えた表情で口をぱくぱく開閉させるマール。それを見た少女は笑って言う。
「ふふふ、心配しなくても大丈夫よ、悪いようにはしないわ。」
少女の手がマールの額に触れたとき、マールは再び眠りについた。
_________________________________________
黒いカーテンの隙間から朝日が差す。目を覚ました私は黒いベッドの中にいた。森の中で迷った私たちはこの館に一晩泊めさせてもらっていた。
「早く街道に戻りましょう…」
私はそのとき自分の中の胸騒ぎに気付いていた。嫌な予感がしたのだ。
廊下に出た私はマールの寝室のドアを叩く。返事はない、
「入るわよ、マール。」
警戒を強めながら部屋の中へ入るレナ、しかし、部屋の中には誰もいない。
それならトイレに行った、先に下に下りて朝ごはんを食べている、など考え付くことは多々ある。
「これは…おかしいわ…」
ベッドは綺麗なままだった、まるで使われていないかのように。
あの子のことはよく分かる、こんなにベッドを綺麗には出来ない。
「今行くわ、マール。」
またしても彼女の戦いは始まるのであった。
_________________________________________
テーブルの上に食事が並んでいる。今日の献立はジパング風にしてみた。
米は釜で様々な具材とともに炊いたものであり、昨日から用意していたもの。焼き魚は今朝、森の川で釣ってきた新鮮なものである。
趣味の一環として地下室で作っていた味噌の出来も素晴らしいもので、わかめと豆腐の入ったミソスープも我ながらなかなかの出来だと自負している。テーブルに並んだ食事を見ながらエルンストは思い出す。
(あの少年、マール君のあの目で見られたら頑張るしかないよなぁ)
マールの目は輝いていた。尊敬のまなざしで見つめられたエルンストは、彼とその恋人?(断言は出来ない)に素晴らしい朝のひと時を楽しんでもらうつもりだった。
「お客様、これは一体どういうことでしょうか?」
「マールがどこにもいないの。どこにいるか知らないかしら。」
首筋に当てられた金属が接触面を少しだけ増やす。
「落ち着いてくださいお客様。マール様の居場所は私にも分かりません。」
「心当たりは。」
どんどん冷たくなるレナの声、問いに答えなかった場合、彼女はエルンストを躊躇なく殺すつもりだろう。
「心当たりは…あります…案内しますのでついてきてください。」
(朝食が冷える前に)
(大変なことになる前に)
二人の思いは違うものだ。しかし、確かにマール救出の方向へ進むのであった。
___________________________________________
エルンストに案内されて辿り着いた場所、そこは館の最上階、装飾過多な黒い扉の前であった。
「ここは何?」
尋ねるレナにエルンストは顔を少し厳しくして言う。
「ここは、この館の主"アナスタシア・エクリプス"、お嬢様の私室兼仕事部屋です。さて、」
「お嬢様、部屋に入りますよ。」
ポケットの中から鍵を出して鍵穴に入れるエルンスト、しかし鍵は鍵穴に入ることはなかった。
「これは一体…」
「やはりお嬢様でしたか。」
額にほんの少し青筋をたてたエルンストはポケットから何枚か紙切れを取り出した。
「少しの間下がっていてくださいませお客様。」
レナを自分の後方に下げて紙切れを放るエルンスト、紙切れは扉の角四箇所に張り付く。
【四連爆力符】
エルンストが放った符術は脅威の精密さで扉を必要最低限に破壊する。
「マール!!」
壊された扉の奥でレナが見たもの、それは…
「あ、レナさんどうしたんですか?」
「まったく…騒がしいわよ、エル。」
黒いフリルのついた黒い服を着た幽体の少女は椅子に座って呆れた顔でこちらを見ている。絵描き見習いの少年は少しこちらを見ると、再び手元の絵に集中する。そして、
「できましたよ、アナスタシアさん。」
完成したと思われるマールの絵には、黒い服を着た少女アナスタシアが描かれている。その黒い服と対照的な白い肌の色、物憂げな表情すらも再現した傑作だった。
「ふぁぁ…もう…無理です…」
倒れた少年が寝息を立て始める。
「どういうことか説明してもらいますよ、お嬢様。」
その声は穏やかだった、しかしレナは見逃さなかった。
エルンストの眉間の皺が深くなっているのを。
__________________________________________________
「つまり、マールについては悪戯だったんですか?」
食堂で全員揃って食事をしている。眠っているマールを膝の上に乗せたレナは箸の使い方に悪戦苦闘しながら説明を聞いている。
「少し脅かしてあげようと思ったの、そしたら思ったより反応がよくて持ち帰っちゃった。」
お嬢様ことアナスタシアは箸を上手に扱い白米を食べている。
「それで、何故マール君に絵を描かせていたのですかお嬢様。」
エルンストは疲れた顔で自らの主に問う。
「だって、最近仕事ばかりでつまらないんですもの。机の前で手だけを動かすのにもあきたわ。それに、持ち帰ったものは試してみたいじゃない。」
「すいませんお客様、お嬢様がとんだ迷惑を、どうかお許しください。」
反省の色が無い主人を見てエルンストはとても申し訳なさそうな顔でレナに何度も頭を下げる。
「もういいわ、マールも無事だったことだし。」
流石に気の毒になってきたレナは、謝るエルンストを止めて食事に集中する。そんな中、当事者の一人である
少年は気持ち良さそうに寝息をたてるのであった。
____________________________________________________
朝食は終わり、荷物をまとめたレナはまだ眠っているマールを背負い館の門の前にいる。
「昨日は泊めていただきありがとうございました。」
見送りに来たエルンストとアナスタシアに礼をする。
「光に沿って歩けば街道に着くわ。後は…」
アナスタシアが指を鳴らす仕草をすると、吸い込まれるような漆黒の石がレナの手元に落ちてくる。
「絵の報酬よ。マール君に持たせておいて。」
「それでは私からはこれを、」
エルンストが差し出した袋を受け取る。
「これは?」
「マール君のお弁当です。きっと直にお腹を空かせて目覚めるでしょうから、
色々と迷惑をお掛けしてすいませんでした」
なおも謝るエルンストの親切さに感謝するのと同時に
(いつも謝っているのかもしれないわね。)
同情のまなざしをエルンストに向けた。
「色々ありがとうございました。私たちはそろそろ行きます。」
「また来なさいよ、もっと遊びたいから。」
「次にいらしたときは、もっとしっかりとおもてなしさせていただきます。」
少年を背負ったレナは黒い館を後にする。光の霧は一直線に街道に続いていた。
______________________________________________________
ごちん!!
黒い館の門に鈍い音が響く。
「痛いわよエル、何をするの。」
頭を抑えて呻く幽体の少女、しかし文句を言う少女の頭に今一度の拳骨が見舞われる。
「お客様に迷惑を掛けた罰です。」
「だからといって符術を使ってまで殴ることはないじゃない。」
幽体である少女に物理的な攻撃を通すためにお札を手に貼り付けている。
「ちょっと位いいじゃない、昨日はずっと部屋で書類仕事で
"一歩も部屋から出てなかった"
のよ。」
「本当に部屋から出てなかったのですか?」
疑り深いエルンスト、主人にはとても厳しいようだ。
「本当よ、だってあなた夜中まで私の部屋に外から鍵を掛けて丁寧に結界まで張ってたじゃない。
エルはいつだって私を閉じ込めるんだもの、つまらないわ。」
少し考えるそぶりを見せるエルンスト、
「言い方が悪かったですねお嬢様、では単刀直入に申し上げます。私だけを見ていてください。」
「ええっ!いきなり何を言い出すのエル!」
少女の白かった顔が真っ赤になる。
「何って私の気持ちです。私にだけ迷惑をかけて、私にだけ悪戯をしてください。愛してますよ、アナスタシア。」
ぼっ
エルンストが少女の名前を呼んだ瞬間、火のついたような音と同時に少女の頭から湯気が出る。
「可愛いですよ、お嬢様。」
(なんかいつも誤魔化されてる気がするなぁ)
心の中でぼやきつつ、執事に抱きかかえられ館に戻るアナスタシアは幸せそうな顔で、二人の客人の進んだ道を見ていた。
…寝苦しい。黒いベッドの中に入って眠っていたマールは、
不意に感じた寝苦しさに目を覚ました。
体を起こそうとしたとき、彼は体に違和感を感じた。
(体が動かない…魔術でしょうか…)
『ゆうへいされしめがみよ、われにひかりを、ねがわく…』
「…!!」
マールが唱えた上位の解呪魔術はその役目を果たす前に沈黙にかき消された。声が出ない、マールの戦闘能力はこの段階でなくなっていた。
「ふぅ、驚いたわ。まさかそんな上位の魔術を使えるなんてね。」
マールの目には暗闇の中でぼんやりと光る少女が映されていた。
「…!!!」
怯えた表情で口をぱくぱく開閉させるマール。それを見た少女は笑って言う。
「ふふふ、心配しなくても大丈夫よ、悪いようにはしないわ。」
少女の手がマールの額に触れたとき、マールは再び眠りについた。
_________________________________________
黒いカーテンの隙間から朝日が差す。目を覚ました私は黒いベッドの中にいた。森の中で迷った私たちはこの館に一晩泊めさせてもらっていた。
「早く街道に戻りましょう…」
私はそのとき自分の中の胸騒ぎに気付いていた。嫌な予感がしたのだ。
廊下に出た私はマールの寝室のドアを叩く。返事はない、
「入るわよ、マール。」
警戒を強めながら部屋の中へ入るレナ、しかし、部屋の中には誰もいない。
それならトイレに行った、先に下に下りて朝ごはんを食べている、など考え付くことは多々ある。
「これは…おかしいわ…」
ベッドは綺麗なままだった、まるで使われていないかのように。
あの子のことはよく分かる、こんなにベッドを綺麗には出来ない。
「今行くわ、マール。」
またしても彼女の戦いは始まるのであった。
_________________________________________
テーブルの上に食事が並んでいる。今日の献立はジパング風にしてみた。
米は釜で様々な具材とともに炊いたものであり、昨日から用意していたもの。焼き魚は今朝、森の川で釣ってきた新鮮なものである。
趣味の一環として地下室で作っていた味噌の出来も素晴らしいもので、わかめと豆腐の入ったミソスープも我ながらなかなかの出来だと自負している。テーブルに並んだ食事を見ながらエルンストは思い出す。
(あの少年、マール君のあの目で見られたら頑張るしかないよなぁ)
マールの目は輝いていた。尊敬のまなざしで見つめられたエルンストは、彼とその恋人?(断言は出来ない)に素晴らしい朝のひと時を楽しんでもらうつもりだった。
「お客様、これは一体どういうことでしょうか?」
「マールがどこにもいないの。どこにいるか知らないかしら。」
首筋に当てられた金属が接触面を少しだけ増やす。
「落ち着いてくださいお客様。マール様の居場所は私にも分かりません。」
「心当たりは。」
どんどん冷たくなるレナの声、問いに答えなかった場合、彼女はエルンストを躊躇なく殺すつもりだろう。
「心当たりは…あります…案内しますのでついてきてください。」
(朝食が冷える前に)
(大変なことになる前に)
二人の思いは違うものだ。しかし、確かにマール救出の方向へ進むのであった。
___________________________________________
エルンストに案内されて辿り着いた場所、そこは館の最上階、装飾過多な黒い扉の前であった。
「ここは何?」
尋ねるレナにエルンストは顔を少し厳しくして言う。
「ここは、この館の主"アナスタシア・エクリプス"、お嬢様の私室兼仕事部屋です。さて、」
「お嬢様、部屋に入りますよ。」
ポケットの中から鍵を出して鍵穴に入れるエルンスト、しかし鍵は鍵穴に入ることはなかった。
「これは一体…」
「やはりお嬢様でしたか。」
額にほんの少し青筋をたてたエルンストはポケットから何枚か紙切れを取り出した。
「少しの間下がっていてくださいませお客様。」
レナを自分の後方に下げて紙切れを放るエルンスト、紙切れは扉の角四箇所に張り付く。
【四連爆力符】
エルンストが放った符術は脅威の精密さで扉を必要最低限に破壊する。
「マール!!」
壊された扉の奥でレナが見たもの、それは…
「あ、レナさんどうしたんですか?」
「まったく…騒がしいわよ、エル。」
黒いフリルのついた黒い服を着た幽体の少女は椅子に座って呆れた顔でこちらを見ている。絵描き見習いの少年は少しこちらを見ると、再び手元の絵に集中する。そして、
「できましたよ、アナスタシアさん。」
完成したと思われるマールの絵には、黒い服を着た少女アナスタシアが描かれている。その黒い服と対照的な白い肌の色、物憂げな表情すらも再現した傑作だった。
「ふぁぁ…もう…無理です…」
倒れた少年が寝息を立て始める。
「どういうことか説明してもらいますよ、お嬢様。」
その声は穏やかだった、しかしレナは見逃さなかった。
エルンストの眉間の皺が深くなっているのを。
__________________________________________________
「つまり、マールについては悪戯だったんですか?」
食堂で全員揃って食事をしている。眠っているマールを膝の上に乗せたレナは箸の使い方に悪戦苦闘しながら説明を聞いている。
「少し脅かしてあげようと思ったの、そしたら思ったより反応がよくて持ち帰っちゃった。」
お嬢様ことアナスタシアは箸を上手に扱い白米を食べている。
「それで、何故マール君に絵を描かせていたのですかお嬢様。」
エルンストは疲れた顔で自らの主に問う。
「だって、最近仕事ばかりでつまらないんですもの。机の前で手だけを動かすのにもあきたわ。それに、持ち帰ったものは試してみたいじゃない。」
「すいませんお客様、お嬢様がとんだ迷惑を、どうかお許しください。」
反省の色が無い主人を見てエルンストはとても申し訳なさそうな顔でレナに何度も頭を下げる。
「もういいわ、マールも無事だったことだし。」
流石に気の毒になってきたレナは、謝るエルンストを止めて食事に集中する。そんな中、当事者の一人である
少年は気持ち良さそうに寝息をたてるのであった。
____________________________________________________
朝食は終わり、荷物をまとめたレナはまだ眠っているマールを背負い館の門の前にいる。
「昨日は泊めていただきありがとうございました。」
見送りに来たエルンストとアナスタシアに礼をする。
「光に沿って歩けば街道に着くわ。後は…」
アナスタシアが指を鳴らす仕草をすると、吸い込まれるような漆黒の石がレナの手元に落ちてくる。
「絵の報酬よ。マール君に持たせておいて。」
「それでは私からはこれを、」
エルンストが差し出した袋を受け取る。
「これは?」
「マール君のお弁当です。きっと直にお腹を空かせて目覚めるでしょうから、
色々と迷惑をお掛けしてすいませんでした」
なおも謝るエルンストの親切さに感謝するのと同時に
(いつも謝っているのかもしれないわね。)
同情のまなざしをエルンストに向けた。
「色々ありがとうございました。私たちはそろそろ行きます。」
「また来なさいよ、もっと遊びたいから。」
「次にいらしたときは、もっとしっかりとおもてなしさせていただきます。」
少年を背負ったレナは黒い館を後にする。光の霧は一直線に街道に続いていた。
______________________________________________________
ごちん!!
黒い館の門に鈍い音が響く。
「痛いわよエル、何をするの。」
頭を抑えて呻く幽体の少女、しかし文句を言う少女の頭に今一度の拳骨が見舞われる。
「お客様に迷惑を掛けた罰です。」
「だからといって符術を使ってまで殴ることはないじゃない。」
幽体である少女に物理的な攻撃を通すためにお札を手に貼り付けている。
「ちょっと位いいじゃない、昨日はずっと部屋で書類仕事で
"一歩も部屋から出てなかった"
のよ。」
「本当に部屋から出てなかったのですか?」
疑り深いエルンスト、主人にはとても厳しいようだ。
「本当よ、だってあなた夜中まで私の部屋に外から鍵を掛けて丁寧に結界まで張ってたじゃない。
エルはいつだって私を閉じ込めるんだもの、つまらないわ。」
少し考えるそぶりを見せるエルンスト、
「言い方が悪かったですねお嬢様、では単刀直入に申し上げます。私だけを見ていてください。」
「ええっ!いきなり何を言い出すのエル!」
少女の白かった顔が真っ赤になる。
「何って私の気持ちです。私にだけ迷惑をかけて、私にだけ悪戯をしてください。愛してますよ、アナスタシア。」
ぼっ
エルンストが少女の名前を呼んだ瞬間、火のついたような音と同時に少女の頭から湯気が出る。
「可愛いですよ、お嬢様。」
(なんかいつも誤魔化されてる気がするなぁ)
心の中でぼやきつつ、執事に抱きかかえられ館に戻るアナスタシアは幸せそうな顔で、二人の客人の進んだ道を見ていた。
11/01/29 17:11更新 / クンシュウ
戻る
次へ