迷いの森の館・前編
今になって思う、迂闊だった。初対面で少年が何をしていたか思い出すべきだったのだ。
「すいません…」
「私が止めなかったのも悪いし、お互い様よ。」
国境の町から少し離れた所にある森の中、マールとレナは遭難していた。霧に包まれる深い森の中は、自然の中にしては奇妙な程静かで魔物一人の気配すらしなかった。
「あの…本当にすいません。」
「あなたのせいじゃないわ、そんなに謝らないで。」
少し前の話である。
「レナさーんこっちですって。」
「ちょっと待ちなさいマール。」
嬉しそうに駆けて行くマールを追いかけるレナ、まさにこの瞬間に二人の遭難が始まったのだ。
走るマールを追いかけて気付くと森の中にいた。マールが落ち着き走るのをやめる頃には、後戻りをするには少し遅すぎたのであった。
霧の中を歩く二人の気力は段々と失せていった。辺りは次第に暗くなり彼を照らすのは太陽ではなく月と星になっていた。
「今夜は野宿ね。」
困ったように言うレナを見たマールは更に申し訳なさそうに眉を下げた。
「すいません、ぼくのせいで…もし出られなかったらどうしよう…」
「大丈夫よ、備えなら沢山あるし私もいるわ。きっと出られるわよ。」
元気のなくなった少年を励ますレナ、頭を撫でられた少年は次第に目を瞑り静かに寝息をたてはじめた。
「おやすみなさい、マール。」
暗い森の中、二人は身を寄せ合い眠りについた。
_______________________________________
目が覚めたマールが始めに目にしたもの、それは白い世界だった。手を伸ばすと指の先が見えなくなり、
森の中を探索するのは非常に困難であると予想できる。
「凄い霧ね。」
「起きたんですか、レナさん。」
気付くと隣で寝ていたレナも起きていた。この深い霧に非常に驚いた様子だった。
「これじゃ今日は足止めでしょうか?」
「困ったわね。」
二人がそう話していると、目の前に突然光が漂い始めた。光は一度弾けると、二人の足元からどこかへ一直線に配置された。
「これは…魔術の光…」
「誘導しているのかしら?」
二人が話を続けていると足元の光が一つだけ目の前まで浮かび上がって、光の道の上を飛んで行った。
「行きましょうレナさん。きっとこの先に人がいます。」
「罠かもしれないわよ。」
喜んで立ち上がるマールに、警戒しながらもその場から立ち上がるレナ。これからどうするか、二人の中では既に決まっているらしい。
「行きましょう、レナさん。」
「いったい誰がこんなことを…?」
手を繋いだ二人は光の導く方に歩いていった。
_________________________________________
「足元が見えないですね。転ばないように注意してくださいレナさん。うわっ!!」
「ちょっと大丈夫、マール?」
光を頼りに霧の中を進むレナとマール。純白の世界では足元すら見えない、まさに異常気象だった。
足を滑らせたマールを支えるレナ、不意に二人を導いていた光が消えた。
「さて、これからどうしましょう。」
「この先から強い魔力を感じます、レナさん。多分ぼくたちをここまで案内した人のものです。」
二人が立ち止まると、霧が徐々に薄れていく。
「これは…」
薄れていく霧の中から漆黒の館が姿を現した。その館は何もかもが黒かった。館を囲う塀は汚れ一つない黒、開いている門は黒く塗られた木に、銀の装飾が光る。屋敷の壁も窓から見えるカーテンも皆、烏の羽のように黒かった。
館の扉が開くと、黒い服を着た若い男が二人の前に来て一礼する。
「お待ちしておりました。お嬢様のお客様ですね、私はこの館の執事の"エルンスト・クラーク"と申します。」
「エルンストさんですね。ぼくはマール・アジャンファルです。助けてくれてありがとうごさいます。」
「私の名前は、レナ・レザードです。道に迷っていたところを助けて頂いたお礼をしたいです。そのお嬢様にお会いしたいのですが。」
二人の言葉を聞き、少し困ったような顔をしたエルンスト。
「残念ですが、今お嬢様は仕事で忙しいのです。街道まで案内しようとおもいましたが、今からでは日が暮れてしまいます。」
「朝から歩いていたのにもうそんな時間なんですか?」
朝に起きてからすぐに、この館へ歩いてきたはずである。時間の経過を感じなかったマールは驚いている。
「今は大体夕方位です、明日街道まで案内します。夕食とお風呂の準備ができております。浴場まで案内しますのでごゆっくりどうぞ。」
そう言って黒い絨毯を歩いていくエルンストに二人はついていった。
_____________________________________________
「私は仕事が残っているのでここで。」
更衣室の前についてすぐ、エルンストはそう言い残して歩いてきた廊下の方へ戻って行った。
「わーい、おっきいお風呂だ〜。」
「ねぇマール、」
大きな浴場にはしゃいでいるマールに声が掛けられる。
「覗いたら殺すわよ。」
後に、とある少年は語った。
「本当に怖かったです。あの顔を思い出すだけで涙が出てきそうです。」
そのレナの顔は少年の心に確かな傷を残したようだ。
______________________________________________
「あ〜気持ちよかった〜。」
風呂から上がったマールは、着替えてから鏡を見た。すると、
「えっ…」
一瞬鏡の中に少女が映った。後ろを向いても誰もいない。もう一度鏡を見ても自分しか映っていない。
「見間違いだったのかな…まあいいか。」
鏡に背を向け更衣室を出るマール。誰もいなくなっった更衣室の中、
鏡は上から下へ黒く塗りつぶされて行った。
「夕食が用意されているって言っていたけど、食堂がどこかわからないわね。」
「あれ、もしかして案内してくれるんじゃないでしょうか。」
そこには館に来るときにも二人を導いた光の道があった。
「行ってみましょう、レナさん。」
「そうね、いきましょう。」
二人は黒い絨毯の上に配置された光を辿って歩いて行った。
「光はここで途切れていますね。」
扉の前で立ち止まる二人、レナが扉をノックすると扉が開く。そこには、
「うわぁ〜。」
「これは…」
大きなテーブルの上には数多くの料理があった。そして何より皿も、グラスも、フォークもスプーンも黒かった。
「お掛けください、お客様。」
そこにいたのは、館の執事エルンストだった。
「これ、全部食べていいんですか?」
目を輝かせるマールにレナが何か言おうとしたときにはもう、
「どうぞ召し上がってください。」
エルンストの言葉がとんできていた。席について食事を始めたマールを見て、どこか既視感を感じつつため息をついて食事をとるレナであった。
「ごちそうさま。」
「ごちそうさまでした。」
二人の食事が終わったのはほぼ同時だった。
「おいしかったですありがとうございます。」
「そういえば、この館にはあなた以外には使用人はいないのかしら?」
「ええ、私だけですが。」
レナの問いに答えたエルンスト、それを聞いていた"お子様"が騒ぎ始めた。
「これだけの料理を一人で作ったんですか!」
「ええ、」
少年の問い掛けに笑って答えるエルンスト。
「館の掃除も買い物も一人でやってるんですか!!」
「ええ、」
どんどん目を輝かせる少年、
「全部一人でやってるんですか!!!」
「もちろんですよ。」
「凄いですよ!!!!」
どんどん興奮していく目の前のお子様に執事の青年が困り始めた頃にレナが止めに入った。
「今日はもう遅いわ、早く寝ましょうマール。エルンスト君、どこで眠ればいいかしら?」
レナの出した助け舟に乗ったエルンストはレナの方へ軽く礼をした。
「お客様用の寝室が二部屋空いています。ゆっくりお休みくださいませ。」
光の道を指差し話を切り上げたエルンストは、いそいそとその場を去って行った。
「忙しそうだね。」
「寝室に行きましょう。」
今となっては見慣れた光に従って、二人は二階の寝室へと向かった。
二つのドアの前で光が回っている。寝室についたようだ。
「なんだか不思議な家ですよね。」
寝室のやはり黒いドアの前で呟くマール。
「確かに変な家よね。」
レナは寝室までの道のりを思い出す。黒い絨毯、黒いカーテン、黒いテーブルクロス、黒い食器、この館では何もかもが黒で統一されていた。
「この館に来たときだって変でしたよね。」
「確かに、私たちはそんなに時間の経過を感じなかったもの。」
二人の間に沈黙が生まれる、しかしその沈黙は程なくして破られる。
「まあ、いいか。」
沈黙を破ったマールはいまだに考えこんでいるレナに、こう続ける。
「ここで悩んでたってどうしようもないですよ。明日のためにも今日は休みましょう。」
「気をつけてね。」
お気楽なマールに一言だけ言い残したレナは黒いドアを開けて寝室に入って行った。
マールは一つ欠伸をすると、自分ももう片方の部屋に入って行った。
しかし二人は気付かない、後ろの窓に少女の姿が映っていたことを…
「すいません…」
「私が止めなかったのも悪いし、お互い様よ。」
国境の町から少し離れた所にある森の中、マールとレナは遭難していた。霧に包まれる深い森の中は、自然の中にしては奇妙な程静かで魔物一人の気配すらしなかった。
「あの…本当にすいません。」
「あなたのせいじゃないわ、そんなに謝らないで。」
少し前の話である。
「レナさーんこっちですって。」
「ちょっと待ちなさいマール。」
嬉しそうに駆けて行くマールを追いかけるレナ、まさにこの瞬間に二人の遭難が始まったのだ。
走るマールを追いかけて気付くと森の中にいた。マールが落ち着き走るのをやめる頃には、後戻りをするには少し遅すぎたのであった。
霧の中を歩く二人の気力は段々と失せていった。辺りは次第に暗くなり彼を照らすのは太陽ではなく月と星になっていた。
「今夜は野宿ね。」
困ったように言うレナを見たマールは更に申し訳なさそうに眉を下げた。
「すいません、ぼくのせいで…もし出られなかったらどうしよう…」
「大丈夫よ、備えなら沢山あるし私もいるわ。きっと出られるわよ。」
元気のなくなった少年を励ますレナ、頭を撫でられた少年は次第に目を瞑り静かに寝息をたてはじめた。
「おやすみなさい、マール。」
暗い森の中、二人は身を寄せ合い眠りについた。
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目が覚めたマールが始めに目にしたもの、それは白い世界だった。手を伸ばすと指の先が見えなくなり、
森の中を探索するのは非常に困難であると予想できる。
「凄い霧ね。」
「起きたんですか、レナさん。」
気付くと隣で寝ていたレナも起きていた。この深い霧に非常に驚いた様子だった。
「これじゃ今日は足止めでしょうか?」
「困ったわね。」
二人がそう話していると、目の前に突然光が漂い始めた。光は一度弾けると、二人の足元からどこかへ一直線に配置された。
「これは…魔術の光…」
「誘導しているのかしら?」
二人が話を続けていると足元の光が一つだけ目の前まで浮かび上がって、光の道の上を飛んで行った。
「行きましょうレナさん。きっとこの先に人がいます。」
「罠かもしれないわよ。」
喜んで立ち上がるマールに、警戒しながらもその場から立ち上がるレナ。これからどうするか、二人の中では既に決まっているらしい。
「行きましょう、レナさん。」
「いったい誰がこんなことを…?」
手を繋いだ二人は光の導く方に歩いていった。
_________________________________________
「足元が見えないですね。転ばないように注意してくださいレナさん。うわっ!!」
「ちょっと大丈夫、マール?」
光を頼りに霧の中を進むレナとマール。純白の世界では足元すら見えない、まさに異常気象だった。
足を滑らせたマールを支えるレナ、不意に二人を導いていた光が消えた。
「さて、これからどうしましょう。」
「この先から強い魔力を感じます、レナさん。多分ぼくたちをここまで案内した人のものです。」
二人が立ち止まると、霧が徐々に薄れていく。
「これは…」
薄れていく霧の中から漆黒の館が姿を現した。その館は何もかもが黒かった。館を囲う塀は汚れ一つない黒、開いている門は黒く塗られた木に、銀の装飾が光る。屋敷の壁も窓から見えるカーテンも皆、烏の羽のように黒かった。
館の扉が開くと、黒い服を着た若い男が二人の前に来て一礼する。
「お待ちしておりました。お嬢様のお客様ですね、私はこの館の執事の"エルンスト・クラーク"と申します。」
「エルンストさんですね。ぼくはマール・アジャンファルです。助けてくれてありがとうごさいます。」
「私の名前は、レナ・レザードです。道に迷っていたところを助けて頂いたお礼をしたいです。そのお嬢様にお会いしたいのですが。」
二人の言葉を聞き、少し困ったような顔をしたエルンスト。
「残念ですが、今お嬢様は仕事で忙しいのです。街道まで案内しようとおもいましたが、今からでは日が暮れてしまいます。」
「朝から歩いていたのにもうそんな時間なんですか?」
朝に起きてからすぐに、この館へ歩いてきたはずである。時間の経過を感じなかったマールは驚いている。
「今は大体夕方位です、明日街道まで案内します。夕食とお風呂の準備ができております。浴場まで案内しますのでごゆっくりどうぞ。」
そう言って黒い絨毯を歩いていくエルンストに二人はついていった。
_____________________________________________
「私は仕事が残っているのでここで。」
更衣室の前についてすぐ、エルンストはそう言い残して歩いてきた廊下の方へ戻って行った。
「わーい、おっきいお風呂だ〜。」
「ねぇマール、」
大きな浴場にはしゃいでいるマールに声が掛けられる。
「覗いたら殺すわよ。」
後に、とある少年は語った。
「本当に怖かったです。あの顔を思い出すだけで涙が出てきそうです。」
そのレナの顔は少年の心に確かな傷を残したようだ。
______________________________________________
「あ〜気持ちよかった〜。」
風呂から上がったマールは、着替えてから鏡を見た。すると、
「えっ…」
一瞬鏡の中に少女が映った。後ろを向いても誰もいない。もう一度鏡を見ても自分しか映っていない。
「見間違いだったのかな…まあいいか。」
鏡に背を向け更衣室を出るマール。誰もいなくなっった更衣室の中、
鏡は上から下へ黒く塗りつぶされて行った。
「夕食が用意されているって言っていたけど、食堂がどこかわからないわね。」
「あれ、もしかして案内してくれるんじゃないでしょうか。」
そこには館に来るときにも二人を導いた光の道があった。
「行ってみましょう、レナさん。」
「そうね、いきましょう。」
二人は黒い絨毯の上に配置された光を辿って歩いて行った。
「光はここで途切れていますね。」
扉の前で立ち止まる二人、レナが扉をノックすると扉が開く。そこには、
「うわぁ〜。」
「これは…」
大きなテーブルの上には数多くの料理があった。そして何より皿も、グラスも、フォークもスプーンも黒かった。
「お掛けください、お客様。」
そこにいたのは、館の執事エルンストだった。
「これ、全部食べていいんですか?」
目を輝かせるマールにレナが何か言おうとしたときにはもう、
「どうぞ召し上がってください。」
エルンストの言葉がとんできていた。席について食事を始めたマールを見て、どこか既視感を感じつつため息をついて食事をとるレナであった。
「ごちそうさま。」
「ごちそうさまでした。」
二人の食事が終わったのはほぼ同時だった。
「おいしかったですありがとうございます。」
「そういえば、この館にはあなた以外には使用人はいないのかしら?」
「ええ、私だけですが。」
レナの問いに答えたエルンスト、それを聞いていた"お子様"が騒ぎ始めた。
「これだけの料理を一人で作ったんですか!」
「ええ、」
少年の問い掛けに笑って答えるエルンスト。
「館の掃除も買い物も一人でやってるんですか!!」
「ええ、」
どんどん目を輝かせる少年、
「全部一人でやってるんですか!!!」
「もちろんですよ。」
「凄いですよ!!!!」
どんどん興奮していく目の前のお子様に執事の青年が困り始めた頃にレナが止めに入った。
「今日はもう遅いわ、早く寝ましょうマール。エルンスト君、どこで眠ればいいかしら?」
レナの出した助け舟に乗ったエルンストはレナの方へ軽く礼をした。
「お客様用の寝室が二部屋空いています。ゆっくりお休みくださいませ。」
光の道を指差し話を切り上げたエルンストは、いそいそとその場を去って行った。
「忙しそうだね。」
「寝室に行きましょう。」
今となっては見慣れた光に従って、二人は二階の寝室へと向かった。
二つのドアの前で光が回っている。寝室についたようだ。
「なんだか不思議な家ですよね。」
寝室のやはり黒いドアの前で呟くマール。
「確かに変な家よね。」
レナは寝室までの道のりを思い出す。黒い絨毯、黒いカーテン、黒いテーブルクロス、黒い食器、この館では何もかもが黒で統一されていた。
「この館に来たときだって変でしたよね。」
「確かに、私たちはそんなに時間の経過を感じなかったもの。」
二人の間に沈黙が生まれる、しかしその沈黙は程なくして破られる。
「まあ、いいか。」
沈黙を破ったマールはいまだに考えこんでいるレナに、こう続ける。
「ここで悩んでたってどうしようもないですよ。明日のためにも今日は休みましょう。」
「気をつけてね。」
お気楽なマールに一言だけ言い残したレナは黒いドアを開けて寝室に入って行った。
マールは一つ欠伸をすると、自分ももう片方の部屋に入って行った。
しかし二人は気付かない、後ろの窓に少女の姿が映っていたことを…
11/01/25 19:37更新 / クンシュウ
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