連載小説
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初クエスト前編
ヤマタノオロチとの決戦時の傷が皆癒えた頃…
といっても2週間後だが…
(魔物娘達はともかく…
 海斗の治癒能力はオロチ並みだろ…
 と駄作者も書いていて思います、ハイ)
 「はっ!!」
「あぶね!!」
今まで白桜が居たところに木刀が空を切り裂く。
発生した風圧が風の刃となり、背後にあった木の幹に傷をつけた…
ここはいつも海斗が両親に稽古を付けてもらう時に、
使用する村近くの山林が開けた場所。

 そこには白桜に稽古をつけてもらっている海斗が居た…
親父は避けるだけで精一杯の様だが…
「今日はここまでとする」
白桜が宣言する。
その宣言を受けて海斗は攻撃を止め木刀を鞘に戻した。
そして姿勢を正し白桜と向き合う。
近寄って来た白桜も姿勢を正し
「礼」
白桜の言葉で二人とも礼をする。
まるで剣道の試合の様だ。

「これで終わりですか?父上。私はまだ大丈夫ですが…」
「お前が大丈夫でも、俺の体力がもたねーよ」
そう言って額の汗を拭う。
「息子にお世辞は無用ですよ、父上」
それに対して汗ひとつかいてない海斗が答える
「お世辞じゃねえ、マジだ…
 あれだけの連撃を放って汗1つかかないで平然としているお前と一緒にするな…
 しっかし、俺も身体が随分なまっちまったな〜」
己の頭を掻きながら言う白桜。
「何を言うのです。父上先日野党を捕らえたでしょう」
そう、海斗がまだ床に伏せっていた時…
黄龍の噂を聞いて村に攻め込んできた愚かな野党を白桜が逆に1人残らず捕らえたのだ…
たった1人で。
「あんな数で攻めるしか能が無い奴らは俺1人でも楽勝だぜ。
 挟撃すれば良いのに、塊で突っ込んで来るような能無しどもはな!!」

 先日のオロチ事件で楓が伝説の黄龍である時を多くの村人は知ってしまった。
楓は村長に今まで隠していた事を詫び、
全てを打ち明けた。
そして
「正体が明らかになってしまった以上、
 自分達を狙う野党等が村を襲う可能性がある」
との理由から息子の傷が癒え次第村から去るとの事を告げた。

 それに対し…
村長や村人は楓が来てから村に不作や飢饉が起こらなくなった事から、
楓の事を
「天気を司る龍では無いか?」
と密かに思っていたようで
「今まで村を影から守護して頂いていた
 【楓】様達ご家族を追い出すなんてとんでもない。 
 今までと同じ様に、
 社に住み村を見守っていて下さい」
と逆に引き続き村へ住む事をお願いをされてしまったのである。

 そして
「黄龍様は我が村にとっての神様であり、
 それに手を出す愚か者は村を上げて撃退する」
と意気込む始末であった。
もっとも農民である村人は妨馬壁などを村の周囲に張り巡らし、
物見櫓を建てて見張る程度が精一杯であり、
実際の警備は村や周辺の山々にすむ魔物達が担う事となったのであるが…
魔物達は既に楓の正体が龍であることは知っており、
社が村人と山の魔物達との交流口になっていた事を日頃から感謝していた事から、
そのお礼として警備を担う事になったのだ。

 また村人からは
「米などの食料は楓へのお供え品として村から提供する」
とまで言われてしまった。
流石にその事は丁重に断ったが、それでも村人粘る為
「農作業で人手が足りない時にお願いをする」
と言う事で落ち着いた。
しかし、毎日の様に村人や山の近くに住む猟師などが野菜や肉類、
新鮮な魚を提供してくれるようになったのだが…

 毎日の様に提供されているため必然的に食べきれない物が出てくる。
その為、野菜は様々な漬け物。
魚類は開いて燻製とし、
生の肉類は干し肉や干し肉に適さない部位は
燻製にするなどして保存食にしているため、
社は村の食備蓄庫と化しつつあった。
社の倉にも用量的に制限が勿論あるため、
定期的に農村には貴重な肉や魚類の保存食を村長を通じて、
村人へ日頃の感謝の印として提供しているのである。
逆に猟師には家族では食べきれない野菜類をお礼として渡している。

「…30人も居たのにですか?」
「50人来ようが通さない自信はあるぜ。
 あんな雑魚ども相手ならばな。
 ガハハ!!」
高笑いする親父に対して海斗はため息しか出なかった。
当時迎撃しに出た魔物達も
白桜の無双ぶりに目が点になっていたと聞いた事を思い出す。

…その者を稽古とは言え、
防戦一方にした今の海斗の実力は…
もう言わなくても分かるだろう…
オロチ戦で急成長した(し過ぎた)様だ。
「しっかし、お前…いくら相手が奴だったとはいえ…
 実戦を1度経験しただけでここまで成長するとはな…
 師匠としては嬉しいかぎりだ!!」
そう言って再び笑う白桜であった。
 
 それはそうであろう…
これまで稽古でも自分から1本も取れなかった弟子が、
今では師匠である自分を一方的に追い込むまでに成長したのだから…
「今のお前なら…
 そうだな…
 教会の精鋭100人とでもまともに渡り合えるぞ」
「それは高く見すぎでしょう…」
「…あくまで謙虚を通すか。
 …まあ実戦では己の実力を過大評価するのが1番やってはいけない事だからな…
 流石だ、我が息子よ」
ガハハとみたび高笑いする白桜であった。
「はあ…」
謙虚と言うよりも本人が信じられないのだ…
急成長した己の実力を。

 「すっかり完治したようじゃの。海斗よ」
「「!?」」
突然背後から声がしたので2人は驚いて後ろを振り向く。
そこにはいつの間にか様子を見に転送してきたクレアが居た。
少々呆れ顔をしていたが…
魔物以上の回復力を人間が見せれば誰だって驚きを通り越して呆れるだろう…
これも四聖獣の2人を従えた為であろうか?
「クレアか。どうした?」
「海斗が全快したとの連絡があっての。念のための確認じゃ」
「普通なら全治3ヶ月の重症だものな…」
そう言って2人は海斗の方を見た。
「それと…レストの準備具合が予定よりも早くての。
 後1ヶ月でこちらに攻撃を仕掛けるつもりの様じゃ」
「後2ヶ月はかかるんじゃ無かったのでは?」
海斗がクレアに質問する。
「領主殿が満足に動けない内に何としても攻め込むつもりの様じゃ」
「ああ、確か1週間ほど前に娘が生まれたんだったな?」
「流石に奴らもドラゴンの相手は願い下げらしいの」
「レストにしては賢明な判断だな?」
「ドラゴン以上に厄介な者がこちら側にいるのに攻め込もうとする事が、
 賢明な判断と言えるか?
 それに加えて魔王軍の精鋭が100人も駐屯している時期に」
思わず不適な笑みを浮かべるクレア。

 実は敵がステーション街を陥落させる為に兵力を集めているとの情報が来た時、
クレアは即座に行動を起こし魔王軍に応援要請をしていた。
その要請に応じた魔王軍が派遣した援軍が先日、遂に到着したのだ。
ジュラハンを中心とする精鋭を100名も寄越して来た事は
流石にクレアも予想外だったが…
それだけ魔王側もこの街を重要視していると言うことだろう。
「数の力で実力の差を埋めるつもりなんだろうな…敵の予想数は?」
「あの国の元々の戦力、及び残された時間からすると…
 最大でも3千ぐらいじゃろうな…
 勇者も複数名教会から派遣される様じゃ」

 それを聞き、
白桜は暫し考えてから己の経験から導きだした予想数を述べる。
「恐らく…総勢3500程で来るだろうな。
 傭兵は勿論集めているのだろうし、
 教会も勇者を出すぐらいだから一般兵も繰り出してくるだろう」
「果たしてそんなに傭兵が集まるかのう?」
白桜の建てた予想に首を傾げるクレア。
「情報を察知して敵側も、
 ある程度の戦力を集める事は頭がまともな奴なら直ぐに分かる。
 最大の戦力が出れない時は特にな。
 それに…戦力は多ければ多い程有利だ」
「確かにの」
白桜の言葉に頷くクレア
「それにあの国は小国だが金だけはある。
 いつも重税を民にかけて王族や貴族の私腹を肥やしているからな…
 新しい領地を餌に貴族の私兵も総動員させるだろう…
 つまり」
「こちらに攻撃を仕掛けた時、
 国内はがら空きと言う訳じゃな?」
白桜の言葉を受け継いで話すクレア。
「…既に手配は済んでいるんだろ?
 国内にたまった不満を利用する手段も」
不敵な笑みを浮かべてクレアを見る白桜。
「勿論じゃ。
 魔王軍と近隣の親魔国の連合軍が攻め込む手筈は既に整えてある。
 その混乱に乗じて国内の反国王派が一斉蜂起する予定もな」
白桜の質問に黒い笑みを浮かべて答える。
「まったく…
 準備が宜しいようで…
 でも自国が襲われたとなれば奴らも慌て退散するだろうな」
クレアの狡猾さに舌を巻く白桜。

 ステーション街を陥落させようとしている国の名は【レスト王国】。
前魔王時代は広大な領土を持つ強国だった…
しかし、
現魔王に代替わりしてからも主神派教会を歴代の国王達は信じて疑わず、
反魔物国としての立場を替えなかった。
親魔派は勿論の事、
中立の考えの人々までも身分を問わず粛清していった…
その結果、
教会の主張に疑問を抱く各地の領主達や人々は密かに連携を強めていき…
現国王から見て2代前の時代に一斉に独立戦争を起こした。
周辺一帯の親魔国の助けもあって、
独立戦争を起こした地域は無事分離独立を次々に勝ち取って行った。
ステーション街がある国もその一つである。
それを切っ掛けとして
【教会最重要、富国強兵、国民軽視】
と対独立戦争時の損失を補填する観点から
元々から重税だった税を更に上げた事が災いし、
各地で蜂起が頻発。
愚かにも対独立戦争時の傷が癒えないままそれらを武力鎮圧しようとした結果…
周辺を全て親魔国や中立国に囲まれ、
首都を中心とした僅かな国土しか持たない小国へとその地位を転落させていった…

 「現国王は領土復活と私腹を肥やす事しか頭に無い。
 信仰心よりも周辺国に攻め込む大義名分を得る為に
 教会側についている様なもんじゃ」
「教会も親魔派を潰させる為に敢えてそれを利用しているわけか…」
「全く同じ人として恥ずかしい限りです」
二人の話に憤りを隠せない海斗であった。
「とにかく1度社に戻るぞ。海斗」
「分かりました」
そう言って社に向かう3人であった…
驚く事に3人が社に着いた頃には葵達によって旅立ちの準備が終わっていた。
既に海斗用に大陸の服も用意されている。
大陸ではジパングの服は目立ち過ぎるからであった。
流石に防具等は現地で調達するしか無いようだが…
「お帰りなさい。クレア様も御一緒でしたか」
外にいた葵が3人を出迎えた。
「海斗達が帰って来たのか?」
葵の声が聞こえたのであろう。
紅も社から顔を覗かせた。
「今日はもう遅い。
 出発は明日でも大丈夫だろ?
 クレア」
「そうじゃの…
 だいぶ日も落ちてきたようじゃしな」
そう言って沈みゆく夕日を眺めるクレア。
「夕日が綺麗じゃの〜」
「だろ?あたいも好きなんだ。
 この風景…暫く見られなくなるのが残念だけどな…」
少し寂しそうに言う紅。

 「さっさと目的を果たして帰ってくれば良いのさ」
そういって紅の肩に手を置く海斗。
「そうです。さっさと終わらせて再びここに戻ってきましょう。
 出来れば白虎と玄武も連れて…」
いつの間にか葵も海斗の隣に立っていた。
「そうだな…俺はお前らと家族が居れば充分だけどな!!」
そういって二人の肩を抱き寄せる。
「海斗…」
「主ったら」
「熱々じゃの〜」
そんな3人を何時までも見てられるかと
言わんばかりに既に夕日は山影に姿を隠していた…

 翌日出発の挨拶回りを済ませた海斗達は、
楓に【江戸崎】へ転送してもらった。
ジパングに唯一存在する【旅の館】を利用するためである。
なんと旅の館の前にはクレアが立っていた。
「待っていたぞい」
海斗達を見つけて手を振る。
…正確には大鎌をだが。
「あちらで待って頂いても構わなかったのですが…」
「何を言いおる。お主らを呼んだのはワシじゃ。
 迎えに行くのが礼儀じゃろうが」
「それはそうですが…」
「さあさあ、早く行くとしようかの」
そう言って会話を一時うちきり、
海斗達を旅の館へ誘う。
「ここが【旅の館】ですか…」
「なんで受付だけ洋服?」
誰もが突っ込むであろう疑問を口にする紅。
「細かい事は気にするでない」
中に入ると外装と同じく内装も純和風であった。
受付嬢除いてだが…
純和風の受付台に魔女(服図鑑そのまま)…
何だかシュールである。気にしたら負けなので気にしない事とする。
「クレア様ではありませんか!!お久しぶりです」
暫く利用客が居なかったのであろう。
暇そうにしていた魔女がカウンターから乗り出さんばかりに応対した。
「おお、久しぶりじゃの…ホイ。
 4人、ステーション街までお願いするぞい。
 あ、領収書も頼む。
 ステーション街ギルド宛にな」
そう言って金貨12枚を渡す。
「分かりました…はい、領収書です。
 では皆様、魔法陣へお乗りください」
「1人金貨3枚!?
 高くないですか。
 利用料金…」
海斗が驚く。
金貨3枚あれば高級旅館に3〜4泊は楽に泊まれるからだ。
「良いのですか?
 出して貰って…
 3人分位ならぎりぎり出せますが…」
葵が申し訳無さそうにクレアに聞く。
「街で装備を整えるのに必要となるじゃろ?気にせんで良い。
 後でギルドにきっちり請求するわい」
ひらひらと領収書を振って見せる。
そこには【金貨12枚-交通費として-】としっかりと書かれていた。
流石は金にはうるさいクレア…抜かりはない。
「では、行くぞい」
そう言って先に魔方陣へ入るクレア
「なに、ぼーとしとるんじゃ。置いてくぞい?」
その言葉に慌てて魔方陣へと入る3人。
「では良い旅を」
受付嬢の言葉と同時に海斗達は大陸へ旅立っていった…

 「着いたぞい」
「お帰りなさいませ!!クレア様」
ステーション街「旅の館」の受付嬢が答える。
…先程の受付嬢と瓜二つなのは先程と同様、気にしない事としよう…
挨拶もそこそこにクレアは早速3人を旅の館の外へと誘う。
「ここがクレアの住む街なのかい?」
辺りを見回しながら紅が質問をした。
「そうじゃ。中々良い街じゃろ?」
少々得意げにクレアが答える。
「想像してたよりもかなり大規模な街ですね…?」
率直な意見を葵が述べた。
「元々は小さな城塞都市での。
 この街を含めた地域が親魔領となってからは、
 山脈の隔てた大陸の内陸部と港を持つ平野部との
 貿易ルートの中継地点となっておる」
道を歩きながら、海斗達に街の簡単な説明をするクレア。

 街の中心には領主の住居であると同時に行政機能を司る城があり、
その周辺には多くの住民が生活している建物が多く集まる住宅街が拡がる。
その外縁部には城塞都市時代の名残である高い城壁が
街の絶対最終防衛ラインとして今でも現役で機能している。
その外側には市場や商店等が拡がり、
活気にみち溢れている。
ギルドがあるのもこの外円部である。
街の外と内部を分ける様に内堀と幅広く魔法で強化された頑丈な城壁
(内部は中空構造になっており3交代制で兵士が常に在中している)、
外堀と3重の防御体制をとっている。

「確かに…あの山を越えるには、
 ここでそれなりの準備をする必要がありますね…」
街の背後にそびえ立つ山脈を見て思わず呟く海斗。
「反対側から山脈を越えて来た者にとっては天国に見えるだろうな…」
「山脈内の街道には一定距離毎に休むための休憩所や水のみ場が設置してあるが…」
「1日であの山脈を突破するのは無理でしょう…
 さぞかし上空の乱気流もすごいでしょうね」
クレアの言葉を葵が受け継ぐ
「うむ、ハーピー種でも山脈の上空を通過するのは不可能じゃ。
 尚且つ、あの山脈帯は3つの山脈が平行に連なっておっての…」

そう、この山の上空では海からの風と大陸内部からの風が
山脈の起伏も手伝って複雑に絡み合い、
壮絶な乱気流を形成している。
渡り鳥でさえ避けて通る程の気流なのだ。
別名【鳥落としの山】

この山脈にも山鳥は生息しているが、
山頂よりあまり高く飛ぶと乱気流に激しく揉まれて翼を損傷、
そして山腹に落下して獣達のご飯となること必至である。
そのため、あまり空高く飛べるものはいない。
猛禽類もいるが山腹を登ってくる上昇気流を利用して滑空するのが限界である。
「あの高い山を3つ連続登山かい…」
げっそりした声で紅が感想を述べる。
「流石に荷車や馬車を使っている商人の山越えは無謀過ぎるからの。
 なるべく平坦になるような道も山の間を縫うように作られておるが…」
「距離は登山の二倍以上となる…だろ?」
クレアの言葉を途中で紅が遮り、
その後に続くであろう言葉を紡いだ。
「そうじゃ。
 身軽な状態のケンタウロスでも3日はかかるぞい」
「どちらのルートをとっても1日では到底不可能と言うことか…」
「商品を持った状態の商人では1週間は見積もった方が得策だな…」
「この町にはオーガやケンタウロス等で構成された荷物運搬業者もいるぞ」
「力自慢の魔物でより多くの荷物を、
 俊足のケンタウロスで軽い荷物や小物をより安く早くお届けってか?」
紅がちゃかす。
「その通りじゃ。ワシが指揮を執るサバトの子会社の1つじゃよ」
「マジかよ…」
(どんだけ商売の幅を拡げているんだ)
と3人は心の中で呟いた…
「さて…まずお主らを冒険者ギルドに登録しなくてはな」
そういってギルドに向かうクレアであった。
その後に続いてギルドに向かう海斗達。

 しばらくすると大きな建物が見えてきた。
そこには【魔術・冒険者合同ギルド】と書かれた看板が屋根に付いていた。
「ただいまなのじゃ」
そういって扉を開けるクレア。
「あ、ちょうど帰ってきましたよ!!」
それを見た魔女の受付嬢が声を上げる。
カウンター越しには身なりの良い男性が立っていた。
「アルベルトか。
 ちょうど良い所に居ったの。
 この3人が応援の者達じゃ」
その男性に3人を紹介する彼女。

 彼の名は【アルベルト・J・ブッシュ】。
この街の副領主を務める男である。
妻はこの街の領主であるドラゴンの【ミンスリー】。
2人の念願だった娘が誕生したばかりであり、
その世話を自らするために人で言うところの【産休】を取っている。
そのため今は夫のアルベルトが領主の代理を務めているのである。
今日はギルド側の準備状態を確認しに来たのであろうか?
 
 「彼らが援軍の方々ですね。
 龍の方が来る予定だったのでは?」
「詳しい話はワシの部屋で話すとしようかの」
此方の事情を察知したのであろう。
アルベルトも無言でうなずく。

 「お主達も来い。冒険者登録をしてやろう」
「「「!?」」」
(何者だ?あいつら)
(支部長自ら手続きをするんだ…
 ただ者で無いことは確かだな…)
(あの小僧がか?)
(お前は感じられないのか?
 あの2人の精霊から出ている魔力…)
(あの化け物並みの魔力を持つ精霊を2人も従えてるんだぞ!?)
同時にギルド内がざわめていている。
普段なら受付で登録手続きをするのだが、
それを支部長自ら行うと言うのだから…
それを無視してクレアは事務所の奥へ進んでいく。
四人はその後に付いていくしかなかった…

 結局クレアは3人の登録をさっさと終わらせてしまった。
本来ある事件を気に、
ギルドに登録するには一定ランク以上のギルド員の推薦が必要であったが、
今回の推薦人は支部長であるクレアであったため、
何の問題も無かった。

 ちなみに海斗は追っている者達の目を少しでも欺くため、
【カイト・H・アスハ】の偽名で登録することとなった。
経歴も敵の目を欺くため、
ギルドに登録した物には偽装が紛れ込んでいる。
もっとも、何らかの事情から正規の事を書き込めない者もいるため、
その際は登録するギルドの支部長にそのことを報告すれば良いとの
暗黙のルールがギルドには存在するのだが…

「改めまして、出雲海斗と申します」
「ウィンデーネの葵です。主は海斗様です、宜しく」
「イグニスの紅だ。同じく主は海斗だ、宜しく」
3人は順番にアルベルトに挨拶をする。
「私はアルベルト・J・ブッシュと申します。
今は妻に代わりとしてこの街の領主代理をやらせていただいております」
そして順に3人と握手を交わす。
「失礼ですが、その手袋は?
 なにやら握手の際すさまじい魔力を感じたのですが…」
「「「!?」」」

3人はアルベルトに【手のこと】を指摘された事に驚いた。
無理もない。
今まで手袋のことを質問してきた人物は居たが、
手の魔力に関して聞いて来たのは村を出てから始めてであったからだ。
この手袋をしている限り、
魔物ですら容易には手から発せられる魔力は感じられないのだから…
「さすがはドラゴンの旦那じゃな。
 急遽作った物とはいえ黄龍が作った物じゃぞ。
 普通なら手の魔力は一切感じられないのにな」

「黄龍ですって?!実在したのですか!?」
「実在したと何度も言ったじゃろうが…」
呆れ顔の彼女であった。
「いや、実在したと証言出来る者はもうほとんど居ないはずですし…」
彼の言う事も正論である。
伍神達が姿を消したのは旧魔王の時代…
少なくとも今から1000年以上前の話である。
現魔王が産まれる前の話であり、
そのころからの魔物は現在では数える程しか居ない…
「言わなかったか?ワシはその頃、
 魔王軍の指揮をとっていたのじゃが…」
…忘れてました。
ここに1人居ることを。
「マジですか…」
「マジじゃ」
「…」
笑顔でさらりととんでもない言うクレアに、
開いた口が塞がらないアルベルトであった。
「え…もしや出雲さん達って…!?」
「大正解じゃ」
そう言って特大のクラッカーを鳴らす。
クレアよ…どっから出したんだ!?

 「私は今でこそウィンディーネですが…
 正体は青龍です」
「あたいは朱雀さ」
今まで隠していた【他の精霊】達とは違う特徴を出して二人は言った。
「そして私の母上が黄龍様その人です。
 呼び方はカイトで結構ですよ」
少々得意気に話す3人。
「嘘と思うのは仕方がない事じゃが、
 全て事実じゃ」
真顔になってアルベルトを見つめるクレア。
その目には一点の曇りも無い。

「…ジパングで何かあった様ですね…
 何か強大で邪悪な魔力を感じると妻も一時期言っておりましたし…
 あの魔力は気のせいではなかったのですね?クレアさん」
その言葉に頷き、
ジパングで起こった事を説明するクレア。
客観的証拠としてオロチとの決戦時の映像を記録した水晶を提示し
(いつの間に記録したんだよ…)、
映像をアルベルトに見せる。
その映像を食い入る様に見つめるアルベルト。
「…伝承は全て事実だったと言うわけか…」
「ブッシュさんは随分と伍神の事等に詳しい様ですね?」
3人を代表して葵が疑問を口にした。
「ああ…私は昔に古文書収集と解読をやっておりましたもので…
 それと私もアルベルトで構いませんよ」
「そうでしたか…」
彼の説明に納得する3人であった。

 「ヤマタノオロチを倒した皆さんなら百人力ですよ!!」
思わず両手でカイトの手を掴み上下に大きく振る
「私達だけで倒したのではありません」
「クレアさんが居なかったら勝ち目はありませんでした」
そう言うカイト(これからは正式に3人が登録された為、
主人公名を【カイト】と通称します)と葵。
「ワシは門を開いただけじゃ。
 お主達が居なかったら奴には勝てなかったわい」
それを即座に訂正するクレアであった。
 
 確かに冥界に叩き落としたのはカイト達であり、
3人が倒したと言ってもあながち間違いではない。
3人…いやカイトが居なければクレアの救援も間に合わなかった事は
確かなのだから…

 コンコン
「お飲み物とお菓子をお持ちしました〜」
誰かが飲み物を持って来たようだ。
「ちょうど喉か渇いていた所じゃ。
 入って良いぞ」
「失礼します」
カチャカチャと
ティーセットと茶菓子をお盆に乗せて魔女が入ってきた。
受付に居たあの魔女である。
クレアにはミルクたっぷりのカフェオレを持って来たようだ。
テーブルに菓子とティーセットを置く彼女。
そして四人のカップに紅茶を注ぎ入れる。
「紹介しよう。ギルドの受付を担当しておる【カノン】じゃ」
角砂糖を入れながらカイト達に部下を紹介する。
…もう3個目ですが…
クレア貴女は一体何個入れるんですか!?

 「カノンと申します。分からないことがあったら遠慮なく聞いて下さいませ」
そう言って3人に頭を下げるカノン
「カイト・H・アスハです。これから宜しくお願い致します」
「葵と申します。宜しくお願い致します」
「紅だ!!これから宜しくな!!」
3人もそれぞれ自己紹介をする。
カイトは勿論偽名だが…
「早速で悪いがカノン。
 この書類を写して本部まで送っておいてくれ」
そう言って3人の登録書を渡す。
「分かりました。後程ミミック通信で送っておきます」
そう言って書類とお盆を持って部屋から退室するカノンであった。
 そのあとは、
先程説明を受けてアルベルトの探求心に火が着いた様で、
カイト達を質問攻めにするアルベルトであった…

次の日…
カイト達は防具を入手する為に街を散策していた。
しかし、
大規模な戦闘の前とあって
どこの店も品薄でカイトの戦闘方法に合致する防具は見つからなかった。
「仕方がありません…一度ギルドに戻りましょう」
「めぼしい店は回ったからな…」
「最悪、ギルドが支給してくれる物を改造してもらうしかないか…」

 そう、
合うものが無い以上制作してもらうか、
現品を改造するかしか方法はないのだが…
1から制作すると完成が戦闘終了後となり意味がない。
現品を改造してもらうと
(身体全体の防具に改造を施す結果となってしまうため)
購入代+改造費で最悪、資金が底を付く可能性がある…
(最悪小さいクエをこなして食い繋ぐしか無いか…)
そう思いながら、カイトはギルドの扉を開けた。
「ああ、カイトさん。ちょうど良い所に!!」
慌てた様子でカノンがカイトを呼び寄せる。
「何かあったんですか?」
「ある鍛冶屋さんからの緊急依頼なんですけど…
 ちょうど皆さん出払っていて」
「ボードに貼り出されている物ですか?」
そう言って依頼が貼り出されているボードを指さす。
【緊急依頼】と書かれているボードに確かに1枚貼り出されている。

 ボードは通常依頼と緊急依頼の2枚あり、
ギルド員全員が受けられる【C〜A】の3ランクと、
危険性が高く高ランク者でしか受けられない【S〜SSS】の3ランク、
計6ランクに分けられている。
依頼の難易度に合わせてそれぞれの場所に貼り出される仕組みだ。
今回の依頼は緊急依頼ボードのAランク欄に貼られていた。
「受けるのかい?カイト」
「勿論だ。困ってる人を放っておけるか」
「ありがとうございます!!
 ギルドに武装を卸してくれているお店からの依頼なので困っていたんですよ」
「依頼内容は?」
ボードから羊皮紙をはがしてカノンに渡す。
「これです」
そう言って3人の前に、
依頼内容が詳しく書かれた羊皮紙を差し出す。
内容は次の通りであった。
「うちの家内が鉱石を取りに行ったきり2日たっても戻ってこない。
 俺が行きたいのだが幼い娘を一人には出来ない。
 どうか探してきて欲しい」
との事だった。
「取り敢えずこの鍛冶屋に行くぞ。
 何処に鉱石を取りに行ったのかを聞かないと」
「その前にここに3人の名前を記入して下さい」
 
 3人はボードに貼られていた羊皮紙に自らの名をサインする。
そしてその上から許可印を押すカノン。
これで正式に依頼を受諾した事になる。
「依頼人のお店は?」

 カノンは奥から街の地図を出して来た。
その地図は大きな地図帳だった。
地区別にページ分けされており、
市販の地図よりかなり詳細に記されている。
「ここです。二番町にあるお店ですね」
パラパラとページを捲り、
ある地区の地図ページを開き店がある地点を指さす。
「内周街にあるのか…」
そこは住宅街の奥にある店だった
「ここが親魔領となって最初に開店した魔物のお店です」
「成る程…だから内周街に有るのか…」
「内周街は回ってなかったな」
「住宅街に鍛冶屋があるとは思いませんでしたしね」
「では依頼人に会いに行ってきます」
早速ギルドを出ようとするカイト達。
「応援が必要な様でしたら無理せずに、
 一度ギルドに戻って来てください。
 魔女を派遣します」

「分かりました」
「お気をつけて」
その声を聞きながらギルドを出る3人。

これが街の存亡をかけた戦いの序章であることはまだ誰も知らなかった…
次回へと続く…
12/03/07 12:21更新 / 流れの双剣士
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■作者メッセージ
皆さんお待たせいたしました(待ってた人居るかどうかは不明ですが)
m(_ _)m
今回もクレアを始め、つっこみどころ満載ですw
バトルを期待して方は申し訳ありません
(土下座
次回はバトル中心です。もう少しお時間を><
最後にここまで読んでいただいた皆様に心からの感謝の意を申し上げます
m(_ _)m
誤字脱字等を発見した場合には感想欄までご一報いただけると幸いです。

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