読切小説
[TOP]
彼方からの歌
ここは魔物と人間が共に学び暮らす学園
「♪〜」
放課後の学園の廊下を一人の女子生徒が歩いていた。いや、泳いでいた。なぜなら彼女はマーメイドだからである。
ガラッ
「みんな〜居る〜」
女子生徒はある一室のドアを開ける。
「おう、もう揃ってるぜ。藍」
そこには二人の男子生徒と一人の女子生徒(マンティス)がギターやベースやドラムを並べて待っていた。
そこは、軽音部の部室である。
「皆早いね」
先ほど教室に入って来たマーメイドの名前は霧沢 藍(きりざわ あい)、高等部の2年生。
「藍が忙しすぎるんだよ」
ギターを持っているのは同じ2年の貴嶋 豪(きしま ごう)、
「あはは、まあ藍ちゃんは頑張りやだからな!」
ベースを持っているのも同じ2年の阿形 友木(あがた ゆうき)、
「・・・」
ドラムの椅子に座っているマンティスは1年の切也 誄(きりや るい)である。
「よ〜し、じゃあ今日も部活動頑張るぞ!」
そう言うと藍はマイクを取り、豪たちはそれぞれの楽器を構える。そして、豪たちが演奏を始め、藍がそれに合わせて歌い出す。

「は〜、お疲れ〜」
部活動が終わったのは日が沈み始めた頃だった。
「よし、じゃあ片付けるか」
豪たちは楽器を袋に入れ、ドラムを倉庫に片付けた。
「片付け終わり」
「は〜い、ご苦労様、では、私から重大な発表がありま〜す!」
藍が豪たちに注目するように言う。
「重大な発表?」
「なんだよ?」
「・・・・」
全員が藍を見る。
「えへへ〜、ジャジャ〜ン!」
藍は鞄から一枚の紙を出す。そこには、『全国マーメイドボイス決定戦 出場予選 合格』と書かれていた。
「マジで!」
「すげ〜!」
「!!」
豪たちが驚く。
「何時の間にこんなの受けたんだよ!」
「少し前にね。まさか合格するとは思わなかったけど」
藍は紙を鞄に戻す。
「それで、本戦は何時なんだ?」
「10日後だよ」
「そうか、まあ出るなら優勝狙わないとな」
「勿論だよ」
そう言って四人は騒ぐ。

「じゃあね〜」
「またな」
「じゃあな」
「・・・(フリフリ)」←手を振っている。
藍たちは校門で藍と豪、友木と誄の二組に分かれて帰り始める。
藍は豪と話しながら歩く。
「それで、大会はどんな感じになるんだ?」
「え〜と、上手く決勝に残れれば予選から二週間してから決勝になるらしいよ」
「ふ〜ん、開催場所は海外なんだよな」
「うん」
「という事は、少しの間会えないんだな」
「そうなるね。毎日メールしてよ」
「分かってるよ。俺だって、お前のことが心配だからな」
そう、藍と豪は付き合っているのである。
切っ掛けは初等部の頃、

「返してよ〜!」
「や〜い、ここまでおいで!」
藍が嫌がらせをされていた時の事である。
藍はマーメイドが陸上で歩行する為に必要な『人魚の涙(魔力を送ることで空中を泳ぐ事が出来る首飾り状の魔道具)』を取られていた。その為、普段から魚の足で生活をしている藍は、首飾りを取った男の子を捕まえる事が出来なかった。
「返して!」
藍がゆかをはってやっとのことで男の子所まで行くと、
「ほい」
ポイッ
「ナイスパス」
男の子は教室の逆サイドの居たもう一人の男の子に首飾りを投げる。
「ほ〜ら、首飾りはここだよ〜」
もう一人の男の子は、藍を呼び寄せるかのように首飾りを見せつける。すると、
「返してやれよ」
パシッ
横から他の男の子が首飾りを奪い取る。それが豪だった。
「てめぇ!」
豪に首飾りを取り返された男の子が二人がかりで豪に殴りかかり、喧嘩を始めた。
数分後、先生が来て豪以外の二人を職員室へ連れて行った。
「はい」
豪は殴られた顔で藍に首飾りを渡した。
「あっ、ありがと」
それが二人の切っ掛けだった。

「じゃあ、ここでお別れだな」
豪が分かれ道に差し掛かったところで藍に言う。
「またバイト」
「ああ、修行も兼ねてな」
豪の夢は一流の料理人になることであり、その為に料理店でアルバイトしながら料理の勉強をしているのだ。
「何か欲しい物でもあるの?」
「まあ、色々あるけど、今は一つかな」
「なに?」
「秘密だ」
「え〜」
「買ったらお前にも見せてやるよ。じゃあな」
そう言って豪はバイト先に急ぐ。
「絶対だよ〜」
「ああ」
そう言って二人は別れた。

「はぁ〜、豪くんも頑張ってるんだな〜。私も頑張らないと!」
藍がそう言って歩いていると、
「おっ!なあ、あのマーメイドの子、なんだかよくないか!」
「ホントだ!」
藍から少し離れて歩いていた三人組の男子が藍を見ながら言う。
「よし、声かけてみようぜ!」
三人組の一人が藍の方に行こうとすると、
「まて」
別の一人が止める。
「なんだよ!」
「よく見ろ、あれはウチの2年の霧沢だ」
「えっ、あっホントだ」
「面倒なことになるからやめとけ」
「そうだな」
そう言うと三人組はまた歩き出した。
藍は別に顔が悪いという訳ではない、むしろ可愛い方だ。学園でも人気は上位、しかし、彼女に近寄る男子は豪を除いて居ない。なでなら、
「ただいま〜」
藍が家の門を潜ると、黒服の男たちが出て来た。
「お譲、お帰りなさいませ!」
『お帰りなさいませ!』
藍は霧沢組組長の娘だからである。その為、下手な男が近づくことはない。
因みに、豪は藍を助けたことで藍の両親に気に入られている。

一方、藍と別れた豪は、
「遅くなりました!」
バイト先に到着し、着替えをしていた。そして、豪が厨房の方に行くと、
「豪ちゃん、今日も先客が来てるよ」
店長が店内の端の席に座っている屈強な男を指差す。
「はい!」
豪は直ぐにその男の所に行き注文を取る。
「注文は何時ものでよろしいでしょうか?」
「・・・(コクッ)」
男は一度頷く。
「かしこまりました!」
豪は直ぐに厨房へ行くと料理を始める。そして、直ぐに自分の作った料理を持って男の所に来る。
「お待たせしました。アサリのパスタにサーモンのムニエルです」
「うむ」
男は豪の並べた料理を食べ始める。その間、豪は近くで待っている。
10分後、男は料理をすべて食べ終えると、
「アサリにもう少し別の味が欲しいな、ムニエルは絶妙な焼き加減で良かった。他には―」
「なるほど」
男は豪の料理を評価し、豪はメモ帳を取り出し男の言った事をメモしていく。
これは、豪のバイトにおける日課の様なものである。この男は、豪がこの店でバイトをはじめて料理をするようになった時からの常連で、豪の作った料理を評価し、時にアドバイスをくれる、見た目以上にいい人だ。
「今日の料理の感想は以上だ」
「ありがとうございました!」
男はテーブルに一万円札を置くとそのまま店を出て行った。これも何時ものことである。
こうして、今や豪は一人で店を開けるほどの様々な料理のレシピを持っている。しかし、今は豪も学生のため、自分を磨くことに専念している。

7日後、
「じゃあ、言って来るね」
「ああ、行ってこい」
「お土産よろしく!」
「・・・」
豪たちは空港に藍を見送りに来ていた。更に、
「藍、他の者に負けるでないぞ!」
「自分の出せる力を出し切りな!」
「はい!」
藍の両親も見送りに来ていた。その後ろでは、
「お譲、行ってらっしゃいませ!」
『行ってらっしゃいませ!』
黒服の男たちが整列していた。
「うん、行ってきます」
そう言うと、藍が周りを見まわす。
「やっぱり、御兄ちゃんは来てくれなかったんだね」
「あいつにこういうのはにあわないからね」
「そうだね」
藍はそう言うと豪の前に行く。
「豪くん」
「うん?」
藍は目を瞑り顔を突き出していた。
「(チラッ)」
豪が周りを見ると、
「さて、見送りも済んだし帰ろうかな〜」
「・・・(コクッコクッ)」
友木たちは顔を逸らしている。
「・・・・」
「・・・・」
『・・・・』
藍の両親たちは豪をガン見している。
「くっ!」
豪は藍の方を向き、藍の肩を押さえて、
チュッ
唇を重ねる。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」

藍を乗せた飛行機が空港を飛び立つ。
「・・・」
豪はそれを無言で見送る。
「なかなか若いもんは見せつけてくれるな」
「そうですね」
藍の両親は笑い、豪は赤くなっていた。

三日後の予選
「うん、コンディションはばっちりだよ」
藍は本番前に豪に電話をしていた。
『そうか、ちゃんと食べてるか?』
「うん、大丈夫」
『ならいいんだ』
「帰ったら、豪の料理食べに行くからね」
『ああ、優勝して帰ってきたらな』
「もちろんだよ」
『その意気だ。じゃあ、頑張れよ』
「うん」
そう言うと藍は電話を切る。
「よ〜し、頑張るぞ!」
藍はその日の予選で2位と言う好成績で決勝への進出を決めた。

その頃、豪は、
「豪、三番テーブルにアサリのパスタ三つ!」
「はい!」
全力でバイトをしていた。
「(よし、目標の金額まであと少しだ)」
そんな事を考えながら豪は料理をする。

さらに一週間が経った。
この日は豪の給料日、
「よし、目標達成だな」
豪は町に在る、とある店へと向かう。そして、豪は店に入ると店員に話しかける。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
「あの展示してる物なんですが」
豪は店の正面に展示されている物を指差す。
「お目が高いですね、あれは展示品のみとなっております。お支払うはいかがされますか?」
「現金で」
「かしこまりました」
そう言うと店員は直ぐにそれを取って来る。
「こちらでよろしかったでしょうか?」
「はい」
そう言うと豪は紙袋に入ったお金を出す。それは、いままで豪がバイトで貯めたお金だった。
「確かに、ではこちらになります」
豪は店員から品を受け取り内ポケットに入れる。
「ありがとうございました」
「ふ〜、なんとか買えたか〜」
豪は店を出て家へ帰り始める。すると、
「うん?」
突然、豪の携帯が震えた。携帯を開いてみるとメールが一件、相手は藍だ。
『決勝まであと一週間、皆と会えないから少し寂しいよ〜』
「あはは、もうホームシックか」
豪は笑いながら返信をする。
「『優勝して帰ってきたらみんなで歓迎会してやるから頑張れ』っと」
豪はメールを打ちながら横断歩道を渡る。すると、一台の車が近づいてくる。
「送信っと」
豪が携帯の送信ボタンを押した、次の瞬間、
ダンッ
「え?」
豪の体が激しい衝撃を受けて宙を舞う。そして、
ドサッ
豪は地面に叩きつけられた。
「キャアアアアアァァァ!」
近くに居た女性が悲鳴を上げる。
横断用の信号は青。豪は信号無視の車に撥ねられたのだ。
ジワ〜
豪の体から地面に血が広がる。豪を撥ねた車は一瞬止まったが、運転手は、
キュルルル
豪を見た途端、アクセルを全力で踏みこみ車を急発進させた。
「(あれ?目の前が・・暗く・・)」
ガクッ
豪は意識を失った。
豪が落とした携帯の画面には『メール送信完了』と表示される。

「あっ、豪から返信だ!」
藍は携帯を取りメールを開く。
『優勝して帰ってきたらみんなで歓迎会してやるから頑張れ』
「期待されちゃってるな〜。頑張らないと!」
「藍ちゃ〜ん、歌の練習だよ」
「は〜い」
藍は現地のプロデューサーに呼ばれ部屋で歌の練習を始める。

翌日、
「ふあ〜」
藍は寝ぼけ眼で朝食を取りながらテレビを点ける。外国なので見たい番組も無く、仕方ないのでワールドニュースを見る。
「・・・・」
藍がぼ〜っとテレビを見ていると、
『では、次のニュースです。昨夜、信号無視をした車が横断歩道を横断中の男子学生を撥ねる事故がありました』
「物騒だな〜」
藍が興味が無いようにそう言うと、ニュースキャスターが驚くべきことを口にする。
『被害者は近くの学園に通う、貴嶋 豪さんです』
ポロッ
藍は食べかけのパンを落とす。
「・・・・うそ・・」
藍は急いで携帯を取り豪に電話をかける。
「(嘘よ、嘘よ、嘘よ!)」
藍は混乱しながら携帯を耳に付けるが繋がらない。
「!!」
藍は豪への連絡を止め、友木に電話をする。
『はい、友木です』
「友木くん、豪くんは・・豪は大丈夫なの!」
藍は混乱し、自分でも行き成りのすぎると思える質問を友木にぶつける。
『どうしてそれを!』
「ニュースで見たの!それで、豪は!」
『今は、意識不明の重体だ』
「!!・・私、今からそっちに帰るから!」
藍は電話を切って駆け出そうとするが、
『まて!』
それを止めたのは携帯からの友木の声、
『帰って来ちゃだめだ!お前は大会に出ないといけないだろ!』
「それどころじゃないよ!豪が、豪が!」
『バカ野郎!』
「!!」
携帯から怒鳴り声が飛んでくる。
『お前の気持ちはわかる。でもな、お前にはやる事があるだろう!豪も、きっとそう言う筈だ!』
「でも・・」
『それにな、お前の決勝戦進出を誰よりも喜んでたのは、豪だったんだぞ!』
「!!」
『わかったな、豪の気持ちを察してやってくれ』
「・・わかった」
『豪には、俺と誄が付いてる。お前はお前の出来る事を、お前にしかできないことをするんだ』
「うん!」
『よし、じゃあ、頑張れよ。何かあったら連絡する』
「お願い」
『ああ』
そう言って友木は電話を切る。
「・・・・」
藍は豪の顔を思い浮かべる。
「そうだね。私頑張るから、見ててね!」
藍は朝食を食べ、服を着替える。
「藍ちゃん起きてる」
プロデューサーが迎えにきた。
「はい!」
藍は歌の練習に今まで以上に集中した。

決勝戦当日、
「す〜、は〜」
藍は控室で心を落ち着ける。時刻は夜、
決勝戦は20名で行うポイント争いで、各自歌を一曲順番に三回歌って、その点数を競うというものである。本来なら、審査員10人での一人10ポイントの判定なのだが、今日は未だに一人審査員が会場に現れていない。即ち、合計はどう足掻いても90ポイントになる。
藍の番号は20番、丁度最後である。
暫くすると、プロデューサーが藍を呼びに来た。
「藍ちゃん、出番よ!」
「はい!」
藍は立ち上がる。
「彼氏さんの事、気になると思うけど、頑張って」
「分かってますよ」
そう言って藍は部屋を出る。すると、前から歌を歌い終えた選手が一人歩いて来た。それは、前年度の優勝者、アンドレア・レインであった。
「あら?」
レインは藍に気づくと近寄ってくる。
「貴方が最後の選手ね」
「はい、霧沢 藍です」
藍は頭を下げて挨拶をする。しかし、レインの対応は、
「ふ〜ん、まあ、精々私の引き立て役として頑張って〜」
見下したようにそう言って藍の横を通り過ぎた。
「藍ちゃん」
そのやり取りを後ろで見ていたプロデューサーが藍に話しかける。すると、
「私は、引き立て役なんかになる気はありません!」
そう言い残し、藍は舞台へと向かった。

その頃、豪の病室では、
「頑張れよ。藍ちゃん!」
「・・・」
友木たちが全国放送されている大会を豪の近くにあるテレビで見ていた。
「・・・・」
豪の意識は未だに戻っておらず、今も酸素呼吸器を付け、頭は目が隠れるところまで包帯でぐるぐる巻きである。
友木たちがテレビを見ていると藍が出て来た。
「来た!藍ちゃんだ!」
「・・!」
そして、藍は一つ目の曲を難なく歌い上げる。得点は、審査員の文句なしの90ポイントだった。

「ふ〜」
藍が舞台から降りてくると、
「貴方、なかなかやるじゃない」
レインがそこに居た。
「ありがとうございます」
「うふっ、でも、私も負けないわよ」
そう言うと一番手のレインが舞台に上がる。そして、レインの二曲目の得点は90ポイント、一曲目のポイントも90ポイントだったレインは、合計180ポイントでトップである。

霧沢組の一室では、
「藍、頑張れ!」
「藍、がんばって!」
『頑張れ!頑張れ!お譲!頑張れ!頑張れ!お譲!』
藍の両親と共に組みを挙げての応援が行われていた。しかし、藍の二曲目の得点は歌の小さなミスで81ポイントとなった。

「・・・」
藍は舞台から無言で降りてくる。
「大丈夫よ。まだ勝負は付いてないわ」
プロデューサーが藍を励ます。しかし、その言葉はあっさりと裏切られた。
レインの三曲目、得点は、
『出たー!レイン選手、三曲目も90ポイント!この時点で、レイン選手の優勝が決まりましたー!』
司会のアナウンスが流れる。
「・・・・」
藍は肩を落とす。
「しっ、仕方ないわよ。でも、最後まで全力で歌えば何かあるかもしれないわよ!」
「そう、ですね」
藍は落ち込んだまま控室へ戻る。
「(ごめん、私、豪との約束、守れなかったよ)」
藍は控室で泣き崩れる。

「あ〜、駄目だったか〜」
「・・・」
テレビを見ていた友木たちが肩を落とす。
「!!」
その時、誄がある事に気付いた。
「――――」
それは耳を澄ませなければ聞こえないほどの小さな声、よく見ると豪の口元が微かに動いている。
誄は豪の口元に耳を近づけその言葉を聞く。
「!!」
そして、その言葉を聞き取ると誄は携帯を取り出した。そして、電話をする。相手は藍のプロデューサー。

「それはホント!」
藍のプロデューサーは誄の電話を受け、その内容に驚いていた。
「直ぐに藍ちゃんに伝えないと!」
急いで藍にそれを伝えようとするが、藍はすでに舞台の上である。そこで、プロデューサーの目に入ったのは、
「はい、ではその様に」
会場の照明や周りのスクリーンを捜査している会場係員、
「ちょっと、貴方!」
プロデューサーは会場係員に近づく。
「はっはい!」
「今すぐ私の言うとおりにして!」
「えっ?あなた、何を」
「い・い・か・ら!」
「はっ、はいっ!」
プロデューサーは恐ろしい形相で係員を睨み、係員は余の恐怖にその指示に従う。

舞台の上の藍、泣きやんではいるが歌を歌うような元気はない。歌を歌おうと思うのに声が出ない。
すでに大会は2位争い。観客は、歌を今か今かと待っている。
「(ごめん、やっぱり私、歌えないよ。豪)」
藍がそう思った時だった。
フッ、
「えっ?」
突然、会場の電気が一斉に消える。
「何があったの?」
何が起こったか分からず、藍がキョロキョロしていると、
パッ
藍の正面のスクリーンだけが光り出した。すると、そこに文字が浮かび上がる。
「えっ」
その文字が画面いっぱいに広がる。
『オマエノ ウタ トドイテルゾ アキラメルナ ゴウ』
それは、意識不明の豪が口にした短い応援の一言、
「あっ、ああ」
その瞬間、藍の目に涙が溢れる。
「(私の歌、届いてた。豪が聞いててくれたん)」
暫くして、会場の照明が点く。
『え〜、失礼いたしました。では、引き続き歌をお楽しみください』
アナウンスが流れ、舞台の上の藍に注目が集まる。すると、藍はマイクに向かって叫ぶ。
「私の歌を聴いてください!」
『・・・・』
一瞬、会場が静まり返ったが、
『ワアアアアアアァァァァァァ!』
次の瞬間、観客席は今までにないほど沸き上がった。
「聞いてください!Brand New Melody!」
曲が流れ、藍が歌う。全力で、ただひたすらに、その歌が豪に届くように、豪に聞こえるように、藍は歌う。
「(豪、聞いて、私の思いを、私の気持ちを、私の精一杯を、私は歌と一緒に貴方に届ける!)」

病室、
「―――――」
豪に付けられている医療機器の数値が上がって行く。
「豪、聞こえてるか、藍の歌だぞ!」
友木が豪に言うと、
コクッ
弱々しくはあったが豪が頷く。
「!豪の意識が戻ったぞ!」
「!」
誄がナースコールを連打する。すると、
パカラッ、パカラッ、
「何かありましたか!」
ナース服のケンタウロスが走って来た。
「こいつの意識が戻ったんだ!急いで先生を!」
「わかりました!先生〜!」
再びケンタウロスは走って行く。

「♪〜〜・・・」
藍が歌い終わると、
『ワアアアアアァァァァァ!』
観客が一気に盛り上がる。
「(豪、聞いてくれた?私の精一杯)」
そして、審査員の札が上がる。得点は、
10、10、10、10、10、10、10、10、10、10、
誰もが現在の万点である90ポイントだと思った。しかし、総合ポイント数を表示する場所に表示された数字は、
100、
「え?」
『えっ?』
その場に居た者だけでなく、テレビの前で見ていた者も驚いた。
『霧沢 藍さんの得点は、100点。総合得点271ポイント、奇跡の大逆転です!』
司会のアナウンスが流れ、会場が沸く。すると、一つのライトが観客席の方に居る一人のギターを背負った男を照らす。その男は、
『さっきの歌、最高だったぜ!』
男は持っていたマイクでそう叫ぶと、走って舞台の上に上がって来る。その人物こそ、先ほどまで不在となっていた10人目の審査員だった。
『お前の歌、俺のハートに響いたぜ!お前こそが今回のミスマーメイドだ!』
『オオオォォォォーー!』
その審査員の一言に観客席の者も文句はない。しかし、舞台の所から文句がある者が一人出て来た。レインだった。
「なによ、それ!」
レインは納得行かずに審査員にくってかかるが、
「うるせえっ!お前の歌には、俺を奮い立たせるもんが無かったんだよ!」
「なっ!」
審査員がそう言うと、
『そーだ!そーだ!』
『前年度優勝者だからって、ちょうしのるなよ!』
『下がれー!』
観客席からレインに対してブーコールが飛んでくる。
「なっ!はぁ!」
レインはその声に押され、後ろに下がる。
「お前に、心に響く歌がどういうものか教えてやるぜ!」
そう言うと審査員の男は背中に背負っていたギターを手に持つ。そして、
「俺の歌を聞けー!!」
男のギターと同時に曲が流れ始め、男が歌い出す。そして、それに合わせて観客が盛り上がる。

暫くして、男が歌を歌い終わったところで表彰式が行われた。
「優勝、霧沢 藍、優勝おめでとう!」
「ありがとうございます!」
パチパチパチ
藍にトロフィーが渡されると同時に多くの拍手が起こる。

霧沢組、
「貴方!藍が1位だよ!」
「よーし、今日は宴じゃー!酒持ってこーい!」
『オッス!』
宴が始まっていた。

病室、
「豪!藍が優勝だぞ!」
「!!」
友木が泣きながら豪に言う。
「―――」
豪の頬から涙が流れ、口元が笑う。

会場の舞台裏では多くの報道人が藍を待っていた。そして、藍が出てくると、
「藍さん、優勝おめでとう御座います!」
「今の気持ちを一言!」
「何か言いたいことは!」
色々な質問が飛んできたが、藍が答えた質問は一つだけだった。
「今何がしたいですか?」
「彼に、豪に会いたいです!」
その日、世界中で藍の言葉が報道された。

一方その頃、豪を撥ねた犯人は、
「ふ〜、車は山に捨てて来たし、外国に高飛びする様のパスポートも取れた」
外国に逃げる準備をしていた。
「よしっ!後は飛行機の日まで逃げるだけだ!」
犯人は人通りの無い路地裏に入る。
「そうだよ。こんな所で捕まってたまるか!」
犯人がそう言った時だった。
「ほー、お前があの時の車に乗ってた犯人か」
「!!」
犯人の前にスーツの男が現れる。
「誰だ!警察か!」
犯人は懐の中のナイフを構える。
「いいや、違う」
「俺に何の用だ!」
「別に、俺はあんたに用はない」
「何だ、そうだったのか」
「ああ、用がある人は、」
パキッ、ポキッ、
「!!」
犯人の後ろで指を鳴らす音がする。犯人は振り返る。
「お前の後ろの人だ」
そこに居たのは、豪のバイト先に来ていた屈強な男
「うわぁぁぁ!」
ブンッ
犯人が最後に見たのは、勢いよく近づいてくる大きな拳だった。

大会から2日後、
空港に藍を乗せた飛行機が到着する。
「お〜、来たぞ!」
飛行機から降りて来た藍に報道人が集ろうとするが、
「どけどけ!」
「道を開けろ!」
霧沢組の黒服男たちが報道人を押し退け藍の前に道を作る。そして、その道の先に居るのは、
「はぁ、豪!」
「藍!」
頭から体中に包帯を巻いて松葉杖を突いているが、確かに豪だった。
豪は必死に藍の方に進み、藍は豪に駆け寄る。
「お帰り」
「ただいま」
豪は傍まで来た藍を抱きしめる。
「あっ、そうだ」
豪は思い出した様にポケットから小さな箱を取り出す。それは、事故の日に豪が買った物。
「なに?」
「プレゼントだ。お前、今日誕生日だろ」
「覚えててくれたんだ」
「ああ」
そう言って藍は箱を受け取る。
「開けていい?」
「うん」
藍が箱を開けると、そこに在ったのは二つで一組の指輪だった。
「これ・・・前に私が欲しいって言った」
「ああ、初めてのデートの時にお前が長い間見てたやつだよ」
「!!豪!」
藍が豪に抱き着く。
「いてて!」
「あっ、ごめん!」
藍は急いで豪から離れる。
「いいよ。それより、左手をだして」
「こう?」
藍が左手を出すと、豪は指輪を一つ取り藍の手の薬指にはめた。
「じゃあ、豪も手を出して」
「うん」
今度は逆に藍が豪の指に指輪をはめる。
「ありがとう」
そして、二人は抱き合い唇を重ねる。

数年後、
カランッ
「いらっしゃい!」
豪は一人前の料理人になり、海の近くにレストランを構えて暮らしていた。
レストランは、豪の料理が評判で連日予約が殺到している。さらに、豪のレストランには時折ある事が行われる。それは、藍や藍の歌友達による、レストラン内に在る舞台での生ライブである。このライブを見る為にレストランに来る客も少なくない。そして、よく来るのが、
カランッ
「・・・・」
豪のバイト先に来ていた屈強な男だった。実は、この男の名前は霧沢 薫、霧沢組の若頭にして藍の御兄ちゃんである。
「兄貴、いらっしゃい」
「何時もの」
「はい!」
薫は、決まった席に座るため、何時もその席は予約が入っている。
「あなた」
藍が店の奥から出てくる。
「何時ものように頼むぞ」
「うん。しっかり聞いててね」
「ああ」
藍は舞台の上に上がりマイクを取る。そして、
「私の歌を聴いてください!」
藍は歌い出す。今も変わらない気持ちを込めて。
藍と豪の手には想い出の指輪が光る。

END
12/08/11 21:32更新 / アキト

■作者メッセージ
久々に投降するので字の間違いなどがあるかもしれませんが読んでみてください。
作中に出て来た『Brand New Melody』はゲームの挿入歌としてニコニコ動画に在ります。よければ聞いてみてください。(Brand New Melody/咲坂ひだり)←これで調べると出てくる。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33