猛毒“虫”意報
『猛毒“虫”意報』
あれは今から5年前の出来事だ。アマチュアのカメラマンとして頑張っていた僕―――シン・ヤクモは今日も故郷の近くにある樹海へ足を踏み入れていた。
樹海と聞くと嫌なイメージしか思い浮かばない人も多いだろう。否、実際に僕の故郷にある樹海も危険な噂話が絶えない。
年に数百人を超す自殺者が出る自殺の名所、自殺者の怨霊や亡霊が夜な夜な彷徨っている魔の樹海、あの世とこの世を繋ぐ黄泉への入口――――などなどリアリティある噂を筆頭に、明らかにその噂に着色を施したかのような噂までもが存在している。
確かに自殺者が出ているのは事実ではあるが、怨霊や亡霊といった存在は現時点では確認されていない。というか確認の仕様がない。ましてや黄泉への入り口なんて嘘っぱちだ。
そんな嘘や暗い噂が絶えない樹海だが、よくよくその樹海を知る人間からすれば然程恐ろしい場所ではない。かく言う僕もこの樹海を知る一人だ。
樹海の中には様々な動植物が存在し、生命の源と呼ぶに相応しい場所が数多く見られる。特に此処は昆虫の宝庫だ。春になれば七色の羽を持った珍しい蝶が飛び回り、夏になれば逞しい図体をしたカブトムシやクワガタが木々の至る所で相撲を取り合っている。
大の昆虫好きである僕にとっては正にこの樹海は天然の宝庫だ。その宝庫に足を踏み入れた僕は活発に活動する昆虫達の姿に頬を緩ませながら、自前のカメラで彼等の姿を撮影して写真に収めていく。
樹海に咲く華に群がるミツバチ、葉から葉へ跳び移るバッタ、己の縄張りを賭けて争うカマキリ―――どれもこれも自由に伸び伸びと動いているが、確かに生を得る為に活発に活動している。
人間社会とはまた違う、昆虫社会の日常に僕は瞬く間に夢中になって撮影に没頭してしまう。そして大好きな昆虫達を撮影する為にカメラを様々な方向に振り向けていると、近くに倒れていた木の下である生き物がジタバタともがいているのを発見した。
「んん? ………うわっ!? む、百足!?」
倒れている木の下でもがいていたのは、今まで見た事もない巨大な百足……恐らく1mはあるのではと本気で思えるぐらいに巨大な百足だった。
状況から察するに恐らく突風か何かの拍子で根元の近くから圧し折れた倒木の下敷きになってしまったのだろう。ジタバタと体全体を激しく動かしてはいるが、中々そこから脱出出来ずにもがき苦しんでいた。
昆虫嫌いの人ならばそれを見ただけで逃げるだろうけど、昆虫が大好きな僕はもがいている百足を見捨てるような真似は出来なかった。
木の下敷きになっている百足の方へと近付き、その百足を苦しめている原因を作った木を持ち上げた。持ち上げたと言っても、スーパーマンのように軽々と完全に持ち上げた訳ではない。倒木の重さは中々のものであり、10代後半に達したばかりの僕の筋力では、精々木の端っこを持って僕の膝辺りまで持ち上げるのが精一杯だ。
だが、下敷きになっていた百足がそこから脱出するには十分過ぎる隙間が空いた。そして僕が隙間を作った間に百足は脱兎の如く木の下から抜け出し、何処かの茂みの中へと消えていった。
助けた後に人助けをしたような心地良い気分を味わったものの、後々になって写真に収めておけば良かったと軽く後悔したのは良き思い出だ。
それから5年後の現在――――成人を迎えた僕は念願のプロカメラマンとなり、故郷から少し離れた雑誌会社の専属カメラマンとして活躍している。
僕の被写体の対象は言うまでもなく大好きな昆虫だ。彼等の姿を撮ってご飯を食べられるなんて、何て嬉しい仕事なのだろう……と言いたいが、それはあくまでも仕事があった時の話だ。仕事が無ければご飯も食べられないので、他の被写体へカメラを向ける事も屡ある。
例えば既にこの世界ではお馴染みの種族として知られている魔物娘だ。彼女達の色気を凝縮させたかのような写真集は全世界で爆発的な売り上げを記録しており、最早魔物娘は存在だけでビジネスが成り立ってしまうほどの存在感と重要性を兼ね備えている。
だが、仮にも彼女達は立派な魔物だ。当然、魔物に相応しい凶暴性や猛毒、怪力や果てには魔法を使う者だって存在する。しかし、彼女達の可愛さや絶世の美女と呼んでも過言ではない容姿を前にすればそんな事は些細なものだと考える男も少なくない。寧ろ、多いと断言しても良いぐらいだ
そして僕が働いている会社にも何人かの魔物娘達が居り、会社発展の為に尽力してくれるのだが……これが困った事に矢鱈と色気や性欲を振り撒くのだ。
受付嬢の仕事をしているスフィンクスのリメラさんは会社に来られた美形のお客さんに問い掛けをして魅了しちゃうし、他の部署で働いているワーウルフのカナリアさんは若手記者と一緒に一ヶ月近く行方不明になった挙句、お腹をぽっこりと膨らまして帰って来た。何があったかは言うまでもない。
また最近社長秘書となった形部狸の響さんは前社長の跡を受け継いで間もない若社長を手篭めにして、現在では彼女が会社を取り仕切っていると言っても過言ではない状況が出来上がっている。まぁ、彼女が取り仕切ってから会社は繁盛しているので文句はないけど……。
兎に角、仕事が出来るのは喜ばしい事なのだが……彼是と色気沙汰の問題を起こすのは流石に勘弁願いたいものだ。この会社で働く男性の大半は彼女達の色気の犠牲となっており、それを目の当たりにする度に『この会社の今後は大丈夫だろうか』と不安になってしまう時がある。
今の所は僕に狙いは定まっていないから当分は大丈夫かもしれないが、何時か押し倒されるかもしれないという恐怖感と緊張を持ちながら会社に通い続けているので精神の擦り減り具合が半端ない。おかげで仕事終わりにやって来る疲労感は凄まじいものだ。
そんな疲れ切った僕の心を癒してくれるオアシスはあの樹海だ。週一にある休暇を利用して、あの樹海へ足を運んで大好きな昆虫達の撮影をする……それが疲れで淀んだ心をリフレッシュし、明日も仕事を頑張ろうという気持ちにさせてくれる。
そして今日……週に一度ある休日を迎えた僕は心のオアシスである樹海へ足を運んだ。此処は何年経とうが何も変わらない。
早朝の朝霧の中から聞こえてくる小鳥の囀り、霧の合間から刺し込む太陽の輝き、葉の上からポタリと流れ落ちていく一滴の朝露、そして落ちてきた朝露を浴びて驚き跳び上がる蛙……此処には今の人間社会に必要な物がある。または昔持っていたが、忘れてしまったものがある。
またこの樹海は人間社会に馴染めずに野生の生活へと戻る魔物娘達にとっても最適の住処らしく、時折彼女達の姿を見掛ける事がある。もし見掛けたら……成るべく関わらないようにして速やかに離脱するのみだ。
自然の中でしか存在しない大切なものに触れるだけで僕の心は潤され、益々自然の魅力にのめり込んで行く。そして樹海に生息する昆虫達の撮影に夢中になるにつれて、僕は来た道も忘れてついつい奥へ奥へと進んで行ってしまう。
やがて自分が樹海の奥深くに辿り着いたと気付いたのは、昼に近付き自分の小腹が空腹を訴えた時だった。
「……あれ、行き過ぎたかな?」
空腹を訴える腹の虫の音でふと我に返って周囲を見回せば、何時も通る樹海のルートとは雰囲気や光景が若干異なる事に気付いた。
昼間なのに薄暗く、何処か不吉な雰囲気を孕んでいる。どんよりとした重い空気が辺り一帯に張り詰め、何もしていないのに息苦しさを感じてしまいそうだ。
何年も樹海に通っていれば此処が違う、あそこが違うって本当に分かるんだなぁ……と感心してしまったが、そんな場合じゃない。
幾ら僕が樹海の常連だからと言って気を抜く事は出来ない。何せ此処は自殺の名所であるのと同時に、遭難者が出易い危険地帯だ。出入り口付近ならまだしも脱出出来るかもしれないが、これ以上樹海の奥へ進んでしまったら流石の僕でも遭難する恐れがある。
「今日はこの辺で戻った方が良いかな……」
少し深入りし過ぎた感は否めないが、此処からでも戻れるだろうと長年樹海に足を運び続けてきた僕の勘が告げていた。そして後ろへ振り返って、うろ覚えではあるが来た道を大体予想して帰路に付こうとした――――矢先だった。
ドズゥンッ!!
突如頭上から何か巨大な物体が落ちてきた。余程高い所か落ちてきたのか、『それ』が着地したのと同時に周囲の木々が激しく左右に揺れ、地面がまるで地震のように軽く振動する程の凄まじい衝撃、そして轟音であった。
僕の目の前で着地に着地したのは一匹の魔物娘だ。上半身は美しい人間の女性だが、下半身は剛毛で覆われた蜘蛛の胴体のような形をしていた。頭に生えた二本の角、薄いダークグリーンの肌色、触れただけで全てを切り裂きそうな鋭い爪……。
それらの特徴を確認して、僕の背筋がゾッと凍り付く。僕の記憶が正しければ……目の前に居るのはウシオニという魔物娘だ。
最悪だ。東洋の魔物達の中でも、ウシオニの凶暴性は群を抜いて高いと聞いた事はある。まさかそのウシオニが僕の故郷の近くにある樹海で住んでいるとは思ってもいなかった。
いや、ウシオニが居るかもしれないと注意しなかった僕のミスだ。僕の故郷も樹海も、日本という東洋の島国に存在する場所だ。それを考えれば樹海という魔物が住むのに最適な場所にウシオニが住んでいてもおかしくはない。
完全に僕が悪い。撮影に夢中になって奥に進まなければ、こんな危険な目に遭う事はなかっただろうに……。
自分の迂闊さや間抜けっぷりを呪いたくなるが、自分自身に呪いを掛けるよりも先ずはこの窮地をどう逃げるかを考える方が最優先だ。呪うのはウシオニに捕まってからにしよう。
そして必死に脳ミソをフル回転させて窮地から脱出する方法を考えていると、ウシオニはニヤリと笑ってゆっくりと僕に近付いて来た。
「へっへっへ、待っていたぜぇ。お前が一週間に一度、此処へ来るのは分かっていたんだ」
「な、何のご用ですか? 僕は貴方を知りませんよ?」
「用件も何も、オレみたいな魔物が何を目的にしているかは……少し考えりゃ分かるだろ? それにオレはずーっと前から狙ってたんだ。オレ好みの肉体と面構えをした手前を何時の日か自分の物にしてやるってよぉ……」
僕が週一の休日を利用して樹海へ足を運ぶという習慣を理解している所を察するに、どうやら目の前に居るウシオニは僕の存在を何週間も前から知っていたらしい。そしてウシオニが何を考えているかなど今の台詞だけで十分過ぎるぐらいに分かってしまう。
彼女は僕を捕まえて――――犯すつもりだ。
人間の男を犯すという考えは魔物娘ならば誰もが共通する意思であり、欲望だ。しかし、こちらの意向を無視して一方的に犯されるのは絶対に嫌だ。僕にだって男としてのプライドがあるし、此処で僕の人生をウシオニに捧げる気なんて全く無い。
近付いてくるウシオニに対し、僕は彼女を睨み付けるように視線を固持したまま後ろへ後退りする。明らかに引き腰である僕の様子にウシオニはムッとした表情を浮かべ、ゆっくりと歩み寄りのは止めた。その代わりグッと足を折り曲げ、今にも飛び掛かれる体勢を作った。
「手前! 逃げるんじゃねぇよ!!」
そして案の定、ウシオニは力尽くで獲物を捕えようと実力行使に打って出てきた。計八本の足をバネにしたウシオニの脚力は凄まじいもので、僕との距離なんてあっという間に縮まってしまう。
このままじゃ捕まってしまう――――が、僕だってそう簡単に捕まるつもりは毛頭ない。
バシュッ!
「がっ!?」
ギリギリまで近付いて来た所でカメラのフラッシュを思いっ切りウシオニの顔に当ててやる。すると眩い光にウシオニの動きが一瞬止まり、その光が目に入らぬように両腕で顔をガードした。
薄暗い樹海の中で生活していたのならば、目が暗さに馴染んでいる筈だ。不意打ちならカメラのフラッシュでも効くかも……と一か八かでフラッシュを繰り出したが、今のウシオニの反応を見る限り十分に効果があったようだ。
しかし、これで倒せる訳がない。カメラのフラッシュなんて所詮目眩まし程度だ。あくまでも窮地を脱する機会を生み出す一つの手段でしかない。
一度目のフラッシュの後に二度、三度とフラッシュを繰り出してから僕はウシオニに背を向けて逃げ出した。これ以上、樹海の奥へ進むのは危険だが……状況が状況だから背に腹は代えられない。
「チッ…! 手前!! 待ちやがれぇー!!」
フラッシュで動きを止めて2〜3秒後、ウシオニは怒り狂った声を張り上げて僕を追い駆けてきた。
人間の脚力とウシオニの脚力…明らかに僕の方が不利ではあるが、樹海という場所が幸いした。人間である僕は木々の間を楽々と通り抜ける事が出来るが、巨体を誇るウシオニは狭い木々の間を通れず、通るには一々木々を破壊しなければ前に進めなかった。
ウシオニが木々で手間取っている間に僕は逃げ続け、どんどんとウシオニとの距離が開いていく。
このまま逃げ切れるかも―――と淡い期待を抱いた矢先に樹海を抜けてしまった。しかも、こういう時に限って運の悪い事態が続くものだ。僕が逃げる先に道がなかった。
いや、正確にはあるのだが……僕の目の前に広がるそれは今にも崩れ落ちそうなボロボロの吊り橋だけだ。しかも、その下は深く罅割れた大地の裂け目のような断崖絶壁の崖が広がっている。
底が全く見えない断崖とボロ橋を見て思い出した。此処こそが自殺の名所と呼ばれている『身投げの断崖』だ。
百年以上前まではこの橋を渡って向こう側へ渡っていたのだが、今では移動手段の幅が広がったので、最早この橋を使用する者は皆無となった。当然、橋の補修も行う必要性は失われ、今日まで忘れ去られていたに等しい扱いを受けていた。おかげで今に崩れてもおかしくないぐらいにボロボロだ。
またこの断崖だ。自殺するには打って付けの場所だという噂が忽ち広まり、生きる希望を失った者達が此処へ足を運び、己の手で最期を迎えるらしい。
だが、実はその大半は樹海に住む魔物娘達の手によって骨抜きにされて、今でも生き長らえつつ甘い生活を送っている……という噂もあったり無かったり。果たしてどちらが事実なのかは定かではない。
「待ちやがれぇぇぇぇ!! この野郎ォー!!」
……っと、そんな事を考えている場合じゃない! 樹海の木々に行く手を阻まれて思うように動けなかったウシオニが追い付いて来た!
このままじゃ捕まって、あのウシオニの性奴隷にされてしまう……。そうなるぐらいなら一か八かで渡った方がマシだ。そう自分に言い聞かし、僕はゆっくりとボロボロの吊り橋の上を渡り始めた。
長い期間に渡って放置されていたせいで足場を組んでいる木板も所々穴が開いており、橋そのものを支えるロープも腐って今にも千切れそうだ。素人の目から見ても非常に危険な状態だ。よくこんな状態で何十年も保てたものだ……。
「チキショー! 手前、こっちに戻ってきやがれ!!」
丁度橋の真ん中付近に差し掛かった所で背後の方からウシオニの声が聞こえてきた。凶暴な彼女も流石にボロボロの吊り橋を渡って僕と心中するほど愚かではないようだ。
これならばウシオニから逃げ切れるかも……と考えた直後に突然橋が強くグラグラと揺れ始めた。
「わっ!? な、何だ!?」
地震……と言うよりも態と揺らされているような感覚にまさかと思って後ろへ振り返れば、案の定ウシオニが吊り橋を支えているロープを掴んで激しく揺らしていた。それも満面の笑みを浮かべながら。
「ちょ! あ、危ないですよ!!」
「がはははは! こっちへ戻ってきたら止めてやるよ!!」
「嫌ですよ! 戻ったら僕を捕まえるんでしょう!?」
「無論よ、そんでもってたっぷりねっぷり一生手前を可愛がってやるぜ!」
「尚更嫌ですよ!!」
「ほぉー? そんだったらお前が降参するまで揺らし続けてやるよ! そぉれ!!」
僕が頑なに捕まるのを拒否するとウシオニは遠慮無しに再度橋を揺らし始めた。その揺れは言葉にならないぐらいに激しく、僕は縄にしがみ付いているだけで精一杯だった。激しい揺れで気分が悪くなるが、かと言って戻って捕まるのは嫌だ。
ここは我慢で乗り切るしかない……長い下積み時代で鍛えた精神力と忍耐で耐え抜こうとしたが――――
プチッ ブチチッ
―――長い時間で老朽化した縄の耐久力が先に限界を迎えつつあった。数十年も放置されてボロボロだった上に、数十年振りに人間が橋を渡ろうとして、ウシオニが激しく橋全体を揺らされているのだ。千切れないなんて保障が何処にある? 否、千切れてもおかしくはない。
しかも、僕の目の前で縄が千切れ始めたのだからこれはヤバい! 縄が切れたら間違いなく落ちて即死だ! そうなる前に橋を渡ろうと、縄にしがみ付きながら一歩ずつ前へ進もうとするが、それを見逃してくれる程ウシオニもお人好しじゃない。
「逃げんじゃねぇよ! おらおらぁ!!」
「わっ! あ、危な―――!」
逃げようとする僕を見て、何としてでも橋の上で足止めしようと一層激しく揺らすウシオニ。どうやらロープに限界が来ていると気付いていないようだ。思わず危ないから止めるようにと訴えそうになったが――――
ブチチチ……! ブヅンッ!!
―――僕が訴えるよりも先にロープが音を立てて千切れてしまった。
「「あっ」」
その瞬間、僕の声とウシオニの声が重なったが……ロープが千切れた後ではもう遅い。僕の体は支えを失って瓦解した吊り橋の残骸と共に大地の裂け目に吸い込まれるように落下していく。
その瞬間、全てがスローモーションに映って見えた。僕の体と一緒に落下する吊り橋の破片や、橋の手前で僕を見下ろすウシオニの姿など……全てがゆっくり動いているように見えた。
ああ、これが死の間際に感じるという緩やかな時間の経過なんだなぁ…と何故か僕は穏やかな気持ちでこのスローモーションの体験を理解していた。いや、死に直面して諦めたからこそ逆に冷静に理解出来たのかもしれない。
落ちていく僕を見てウシオニが悔しそうに叫んでいる様子だが、何を叫んでいるかは分からなかった。そして落下していく間に僕の意識もまた奈落の底へと落ちていき、やがて暗転した。
ピチョン……ピチョン……
「う……?」
飛び降りの断崖から落ちていく途中で気を失った僕の耳に最初に飛び込んできたのは水を打つ音だった。あの世で水の音が聞けるって事は三途の川か何かかなぁ…なんて頭の中で連想させながら目を開くと、目の前に飛び込んできたのは洞窟と思しき天井だった。
そしてムクリと起き上がって辺りを見回してみると、明らかにそこは鍾乳洞と呼ばれる地下洞窟であった。氷柱のように天井からぶら下がった鍾乳石もあれば、その逆に大力天に向かって伸びている石筍、そして二つが一つとなってくっついた石柱など鍾乳洞で見られる光景が広がっていた。
また洞窟内は特殊な鉱石から薄く発せられる光で照らされており、鍾乳洞の輝きや美しさが際立っていた。
これはこれで幻想的で良いかもしれないが、それ以前にどうして自分は鍾乳洞なんかに居るのか。いや、そもそも僕は身投げの断崖から落ちた筈だ。普通ならば即死の筈なのに、どうして生きているのか。まさか普通の鍾乳洞に見えて、既に此処は地獄なのか。
様々な憶測や想像が膨らんでいき、答えを得られないでいると背後の方からカサカサと何かが動く音が聞こえた。音に気付いて振り返れば……鉱石の光が届かぬ暗い影の中に何かが蠢くのを確認出来た。
「な、何?」
こういう時は余り良い予感はしないものだ。そしてこういう時に限ってその予感は的中してしまうものだ。
僕の視線に気付き、影で蠢く者達が一斉に僕の傍へと寄って来た。虫のような長い触覚、ギザギザした手足、茶色い昆虫の羽……人類の天敵と呼ぶに値するゴキブリの特徴を持った魔物娘デビルバグだ。しかも、それが一匹や二匹どころか三十匹以上居る。
彼女達が此処に居るという事は、やはり僕の肉体はまだこの世に存在しているようだ。それを実感してホッとしたのも束の間、すぐに次の問題が発生する。
どのデビルバグも興奮しているかのように表情が赤く、発情したかのような色気ある瞳でこちらを見詰めている。
駄目だ、彼女達も僕を(性的な意味で)狙っている……そう危険を察知したのと同時に彼女達の一匹が口を開いた。
「オにーサン、自殺シヨうとシタの?」
「え? あの、いや……」
「オにーサン、コノ世に嫌気ガさしちゃっタの?」
どうやらこの子達は僕が自殺する為にあの断崖から飛び降りたと勘違いしているようだ。だけど、どうしてこの子達は僕があそこから落ちた事を知っているのだろうか。もしかした落ちた僕を助けてくれたのは彼女達なのだろうか? だったら嬉しいのだが……襲われるのだけは御免なさい、許して下さい。
「オにーサン、死ヌぐらイならアタシ達と良イことシヨーよ」
「うん、良い事シタイ」
「イイコトイイコト」
「い、いや! 僕は死ぬ気なんてこれっぽっちも……!」
一生懸命に違うと言い訳を試みたが発情している彼女達にそれは無意味であった。向こうは完全にヤる気だし、既に彼女達の目は僕を性欲の対象と見做している。
そして三十匹にも及ぶデビルバグは僕の話しに耳も貸さず、自分の性欲を満たそうと一斉に飛び掛かって来た。
もう駄目だ、今度こそ本当に駄目だ。迫り来る彼女達の波に僕は目を閉じて、やがて来るであろう衝撃に身を備えた。
その直後だ、僕の体に何かが巻き付いたのは。そして次の瞬間には僕の体がグンッと上へ引っ張り上げられ、足が地面から離れた。
「えっ? えっ!?」
突然の感覚に思わず目を開けてみれば、僕達に襲い掛かろうとしていたデビルバグ達が何故か真下の方に居た。否、自分の体が宙に浮いているのだ。突然の出来事にどうして体が宙に浮いたのか分からなかったが、それも少しして自分の体に巻き付いている物を見て納得した。
宙に浮いた自分の体に巻き付いていたのは物凄く太くて長い……百足の胴体だ。まさかと重い胴体に巻き付いた百足の体の先を視線で追ってみれば、鍾乳洞の天井に魔物娘『大百足』が貼り付いていた。
百足の頭と思しき部分には東洋系の美女の上半身が付いており、何処か暗い雰囲気を漂わせながらも、彼女から発せられる色香は何処か妖艶な雰囲気を醸し出している。
大百足は不気味な容姿をしているせいかジパングでは魔物娘なんて可愛らしい呼び方ではなく、堂々と『怪物』と呼ばれている。確かに古来ジパングでは百足や蜘蛛に纏わる怪談や恐怖伝説などが数多く残っている。故に大百足みたいな魔物娘がジパングの人々に恐れられるのも仕方ないかもしれない。
しかし、かく言う僕もジパング人ではあるが……彼女を見て恐怖を抱いたり畏怖したりしなかった。それどころか何処か暗い影を落としている彼女の横顔を見て、心臓が早いペースで脈打っている。
ドキドキする。それはもう自分でも自覚出来るぐらいにドキドキしている。
僕が内心でドキドキしているのを余所に大百足は冷たい目でキッとデビルバグ達を一睨みすると、数で圧倒していた彼女達は光に照らされたゴキブリのように暗い影の中へと一目散に逃げて行ってしまった。
やがてデビルバグ達の気配も無くなった所で僕の視線に気付いた大百足は顔をこちらへ向けるや、さっきとは打って変わったような穏やかな瞳で僕に向かってペコリと一礼した。
「えらい手荒い真似してすんまへんなぁ。デビルバグからあんさんを助けるのに良い手が思い付かへんかったもんで……」
「い、いえ! とんでもありません! 助けて下さって有難うございます!」
「そうどっかぁ? そない言うてくれへんのならウチも安心どすわ」
幾ら大百足がジパングの魔物だからとは言え、ジパングで使われる地方弁を交えた穏やかな口調で僕と会話してくれた事に驚いた。噂で聞いている恐い伝説や怪談話が嘘のようだ。
初対面でありながら他の魔物娘達とは違う親身な態度で僕と接してくれたからか、僕は心を開いて大百足と仲良くする事が出来た。そして彼女と会話を通じて、僕がこのような状況に陥った原因を知る事が出来た。
僕をデビルバグ達から守ってくれた大百足の名は椿さんと言い、この鍾乳洞内で長く生活しているとのこと。
そもそもこの鍾乳洞は何処なのかと言うと、実はこの鍾乳洞はあの身投げの断崖の底で繋がっているのだ。自殺の名所として知られる身投げの断崖の底にこんな美しい場所があったとは露にも思っていなかった僕は、椿さんにその事実を聞かされて驚愕した。
では、そこへ落ちた筈の僕はどうして無傷なのか? それは底近くに張り巡らされたジョロウグモの糸のおかげだ。
数百年以上も昔、この身投げの断崖の底はジョロウグモの巣であった。しかも、その頃はまだ魔物娘ではなく、人々の肉を食らい、人々から恐れられていた純粋な魔物であった。
だが、魔物を統べる魔王が交代したのと同時に全ての魔物が魔物娘へと変貌を遂げたのを機にジョロウグモ達は巣を後にして人里へと降り立っていった。
それから百年以上が経過し、現代のジョロウグモ達ですらこの巣の存在を知る物は皆無だ。しかし、数百年経っても祖先が巣に残した膨大且つ強靭な糸は未だに健在であった。
僕があの高さから落下しても助かったのは、その糸がクッションの役割を果たしたからだ。また長い年数を経た事で糸の粘着性が衰えており、糸に絡まる危険が失われていたのは幸運であった。
そして糸のクッションに落下した後、気絶していた僕を椿さんが見付けて介抱してくれた……というわけだ。
事の顛末を聞いて僕は素直に『そうだったんだ…』と呟いて説明してくれた椿さんの顔をジッと見据えた。すると、椿さんはふと真剣な面持ちを浮かべて僕に言葉を投げ掛けてきた。
「ほんで聞きたいんやけど、あんさんは自殺するつもりで落ちたん?」
デビルバグと同じ質問をされて、僕は慌てて首を振って否定した。
「ち、違いますよ! 僕は自殺する気なんてありません! あれは事故です!」
「事故?」
やっぱりアソコから落ちてくる人間は自殺願望者だと考えているのかなぁ。いや、そう考えてもおかしくはない高さだからなぁ……うん。何はともあれ、僕は此処へ落ちた経緯について椿さんに一から全て話した。
趣味で樹海に足を踏み入れた事、そこでウシオニに出くわして追われた事、そしてボロ橋を渡ろうとした時にウシオニのせいで落とされた事……これらの事情を包み隠さず打ち明けた所で椿さんも納得してくれた表情を浮かべて頷いてくれた。
「そうやったんかぁ、それは災難どしたなぁ」
「ええ、全くです。椿さんはあのウシオニについて何かご存じですか?」
「いーや、全く知りまへん。知っとる事と言えば、あのウシオニは新参者ってだけどすわ。奴がここらに来やはったのは三カ月ぐらい前やって事以外は何も……」
ウシオニとお知り合いならば僕が生きている事は内緒にして欲しいとお願いしようと思ったが、椿さんが知らないのでは仕方がない。でも、椿さんの様子を見る限りウシオニに僕の事を告げ口するつもりもなさそうだ。
「ほな、あんさんはまたあっちの街へ戻るちゅうわけやね?」
「はい。でも、どうやって戻れば良いのか……」
「大丈夫や、ウチが道案内してあげるさかい」
「本当ですか!? 有難うございます!」
此処からどうやって出れば良いのだろうという不安があったが、それも椿さんのおかげで解決しそうだ。ああもう、本当に椿さん様々だよ。この人が居なかったら、僕は今頃デビルバグの群れに圧倒されていた所だ。こうまで色々と助けて貰ったにも関わらず、何もお礼が出来ないのが心苦しい。
「でも、すいません。助けて貰ってばかりで、何もお礼が出来なくって……」
「ええんや、そないなこと。気にせんといて。それにウチの方こそ……」
「……え?」
「…あっ! な、何でもありまへん!」
確かに今、椿さんは何かを言い掛けようとしていた。フッと目を細め、頬を赤らませて……まるで昔の初恋を思い出している様な表情に見えたが、僕と椿さんは初対面の筈だ。
出会った覚えなんて無い筈なのだが、僕が忘れているのか、それとも知らない内に会っているのか、はたまた椿さんが僕に似た想い人を思い出しているのか……。
この中のどれが答えかは分からないが、けれど初対面である彼女の内情を彼是探るのは野暮と言うものだ。今は彼女の好意に甘えてこの洞窟を抜ける事を最優先と考えて、彼女が魅せた恋慕の横顔は一旦記憶の端っこに片付けておいた。
その後、僕は彼女の案内のおかげで鍾乳洞を脱出し、無事に地上へ戻る事が出来た。しかも、幸いにも地上に出た先が僕の庭と言っても過言ではない樹海の出入り口エリアであった。此処から歩いて行けば三十分程度で樹海を出て、街への帰路へも着けるだろう。
「本当に有難うございます! 椿さん!」
「ええんやって、お礼なんて……。それよりも聞きたい事がおますんやけどええかいな?」
「? 何でしょうか?」
今更になって聞きたい事があるなんて……一体何だろうかと不思議そうな目で椿さんを見ていると、彼女は僕にスッと人差し指を差してこう言った。
「あんさんの名前……まだ聞いてへんのやけど」
「あっ」
正にうっかりしていたの一言に尽きる。鍾乳洞へ出る方法や、此処から出たらウシオニに出会わないよう気を付けなければと、今後の事に付いて色々と考えていたら椿さんに自己紹介をするのをすっかり忘れていた。
恥ずかしさを紛らわす為にゴホンと咳払いを一つした後、改めて僕は自己紹介を述べた。
「申し遅れました、僕の名前はシン・ヤクモと言います。一週間に一度、この樹海には足を運ぶのでその時に良かったら声を掛けて下さい」
「そうどすかぁ……。ほなシンはん、気ぃ付けてお帰りやすぅ……」
「はい、本当に有難うございました!」
椿さんに再度お礼を告げて、僕は彼女と別れた。また一週間後に会えるかな、その時にお礼が出来ると良いなぁ……など考えながら意気揚々と帰路に着いている最中、僕は大事な事を忘れてしまっている事に気付いた。
「……あっ! カメラが無い!!」
そう、仕事と趣味の両方で使うカメラを失っていた事に今更気付いたのだ。あのカメラは自分が夢を追う為に、バイト等で頑張って溜めたお金で買った思い入れのあるカメラだ。
それ以来肌身離さず持っていただけに強い愛着が湧いており、アレが無いと分かった直後は思わず取り乱して慌ててしまった。
明日から仕事があるのだから来週まで待っていられないし、何よりあれは僕の思い出深い……いや、体の一部と言っても良いぐらいの大事な物なのだ。
そんな大事な物を落としてしまうだなんて、あの時しっかり確認しておけば良かったと悔やんで居た堪れない。
此処に無いとなれば、思い当たる場所はあの鍾乳洞しかない。きっと落ちた衝撃で一緒に落としたのかもしれない。そう思い付くや僕は迷うことなく回れ右をして、自分の記憶力を頼りに今さっき通った道筋に沿ってカメラを取りに戻って行った。
来た道を全力で戻って十分程、鍾乳洞の入り口まで残り僅かと言う所まで迫った頃、誰かが怒鳴り合う声が僕の耳に届いてきた。進めば進むほど声が大きくなるという事は、どうやら怒鳴り声を上げる主は僕が進む先……鍾乳洞の入り口近くに居るようだ。
一体誰だろうかと思いながらも徐々に近付いて行くと――――
「オラオラ! さっさと言えよ!! あの野郎は何処行きやがったんだ!?」
―――………ハッキリと聞こえたその声だけで一体誰が怒鳴っているのか分かってしまった。そこから僕は歩みを緩め、樹海の木々の後ろに回り込みながら慎重に声の方へと近付いて行く。
そして……漸く怒鳴り声の主の姿が見える所まで接近する事に成功した。いや、成功してもちっとも嬉しくないのだが。
何故なら、声の主の正体は僕を襲って来たあのウシオニだからだ。その上、今の台詞から察するにウシオニが僕を探しているのは明らかだ。
けれど、どうしてウシオニは僕が生きていると知ったのだろうか。そしてあのウシオニは一体誰を怒鳴っているのだろうか。
そう思ってウシオニが怒鳴りつけている相手をチラリと見遣ると、そこに居たのは何と先程まで親身になって僕に接してくれた大百足の椿さんじゃないか!
しかも、ウシオニに暴行を受けたのか頬や胴体、腕など生身が見えている所に痛々しい痣が出来上がっている。
そしてウシオニからの暴行を受けて地面に這い蹲りながらも彼女が大切に抱えている物を見て僕は更に衝撃を受けた。紛れもなく、それは僕のカメラだ。まるで僕のカメラをウシオニから守るように大事に、大事に抱えていたのだ。
多分、椿さんも僕のカメラを見付けて僕に届けてくれようとしたのだろう。だけど、その直後ウシオニに見付かって……こんな酷い目に遭わされてしまったんだ。
「分かっているんだぜぇ、そのカメラはアイツが持っていたもんだってな! そんで、それから奴の血の匂いはしない。つまり、まだアイツは無傷で生きているって事だ! さぁ、さっさと奴の居場所を言いな! これ以上痛い目に遭いたくなかったらな!!」
「し、知りまへんどす……。これは偶々落ちとったもんどす……。あんさんの勘違いやありまへんか?」
「何だと!?」
嘘だ。椿さんは僕が生きている事を知っているのに、僕が何処に行ったかも知っているのに、どうして嘘を言うのだろうか。嘘を言えば言うほどウシオニに酷い暴行を受けるのは明らかだと言うのに、真実を言ってしまえば楽になれるのに……。
考えられるのは……僕を守る為としか思えない。けれど、椿さんが僕を守っても何の利益も無い筈だ。それに恩がある訳ではない。寧ろ、恩があるのはこちらの方だ。断崖から落ちて今に至るまで、何から何まで椿さんのおかげだ。彼女が居なければ僕は今頃どうなっていたか……。
ならば自分よ、このままで良いのか? ウシオニに蹂躙される彼女を遠くから眺めているだけで良いのか? 自分のせいで傷付く彼女を見ているだけで良いのか?
無論―――良い訳がない。
僕の為に彼女が我が身を犠牲にしているのならば、僕もまた我が身を犠牲にして彼女を助けるべきだ。そう覚悟を決めた僕はウシオニが再度暴力の拳を椿さんに振り下ろそうとした直前に飛び出した。
「止めろ!!」
ウシオニの暴力を止めるべく、僕はそう叫んで椿さんとウシオニの間に割り込んだ。そして椿さんをウシオニから守るように彼女に背を向け、ウシオニと真正面から向き合った。
「!! シンはん!?」
「おっ! 遂に出てきやがったか!」
僕の登場に椿さんは純粋に驚き、ウシオニはご満悦の表情を浮かべる。そりゃそうだ、片方は僕がてっきり人里へ帰ったものだと思い込み、もう片方は僕を探し求めていたのだから。
「へっへっへ、待っていたぜぇ。何処かに居ると思っていたが……案外近くに居やがったな」
「ウシオニ、僕は出てきたぞ。だから、これ以上彼女に暴力の振るうのは止めろ」
「へへっ、そんな恐い面すんなよ」
椿さんという命の恩人を傷付けたウシオニに対し、僕は純粋な怒りを覚えていた。そもそも断崖から落ちた原因はこのウシオニにあるのだから、怒らない方が無理な話だ。
「シンはん、なんで戻って来たん……!? あのウシオニはシンはんを狙っとるんやで!? なのに……どないしてや!?」
背後からやって来た椿さんの声に僕はゆっくりと振り返り、傷付いた彼女の姿を見た。顔や腕に痛々しい痣が出来ているにも関わらず、僕の宝であるカメラを大事に守ってくれた。
最早、椿さんに対して感謝の言葉が尽かない。いや、感謝どころじゃない。僕の半身とも言える大事なカメラを守ってくれたのだ。一生の恩と言っても過言ではない。
ならば、その恩を返すのは今だ。今度は僕が自分を犠牲にしてでも、彼女を守る。
「椿さん、僕のカメラを守ってくれて有難うございます。けれど、僕のせいでこれ以上貴女を傷付けられたくない」
「!!」
「僕がウシオニの相手をしますので、その間に貴女は逃げて下さい」
ウシオニの狙いが僕である事は明らかだ。ならば、僕に夢中になっている間に椿さんは十分に逃げられる筈だ。そう考えて僕は再度ウシオニへと振り返ると、ウシオニは益々笑みを濃くしていた。
恐らく僕が相手をすると断言したから、完全に僕を物に出来ると考えているのだろう。
「へへへ、泣かせるねぇ。大好きな女を助ける為に身を投げ出すなんざよ」
「………」
「安心しろよ、他の女なんざすぐに忘れちまうぐらいに抱いてやるからよ」
そう言ってウシオニはニヤリと笑みを浮かべるや、僕の両腕をゴツイ手で掴んで易々と動きを封じてしまう。こうなれば逃げるのもままならないが、元より椿さんを助ける為に覚悟を決めているのだ。今更逃げる気なんて全く無い。
そして僕を持ち上げ、自分と同じ視線の高さへ持って行くと……大きく口を開き、僕の首筋に噛み付いた。首筋にウシオニの犬歯が刺さり、軽く穴が開く感触が直に伝わってくる。
でも、ウシオニって吸血行為なんてするっけ? 何て疑問を頭に浮かべたのも束の間、直後に首筋の穴から何かを注入される感覚がやってきた。
これは……ヤバい! 直感的にそう感じ取ってウシオニを振り解こうとしたが、力の差は明らかであり振り解こうにも解けなかった。
やがて注入を終えるとウシオニは『ぷはっ!』と声を上げて僕の首から離れ、僕の体を固定させる為に掴んでいた両腕も解放した。だが、解放されたからと言って自由になった訳ではない。奴は明らかに僕の体内に何かを流し込んだ。
「ウシオニ……! 一体何を……!?」
「手前がオレの事しか考えられなくなるように御呪いをしたんだよ」
「御呪い? …うっ!?」
ウシオニの説明が終えた直後、今度は僕の体内が燃え上がる様な不可解な熱さに襲われた。息も上がり、下半身がムラムラと興奮してきた。そして目の前に居るウシオニに対し……僕は途轍もなく欲情してしまう。
そんな馬鹿な話があるものか。どうして酷い事をしてきた相手にこれ程まで欲情するのだ。まさか、これがウシオニの言う御呪いの効果なのか?
「うっ……あっ……! 何…だ……これ……!」
「へへ、効いてきたようだな。オレの血がよ!」
「血……だって……!?」
「オレの一族の血には濃厚な魔力が詰まっているんだ。それを飲んだり浴びたりした人間は魔物と交尾したくて堪らなくなっちまうんだ」
「!!」
「ほら、その証拠にお前の此処もビンビンになってきたぜぇ?」
ウシオニが愛おしそうに見詰める先にあるのは、内部で勃起してテントを張っているかのように盛大に膨らんでいる僕のズボンだ。彼女の言う通り、僕の性器は今までにないぐらいに勃起している。恐らく人生の中でも最大級の勃起だ。
そして自分の中に眠っていた肉欲が覚醒し、ウシオニだろうと椿さんだろうと、形振り構わず交尾したいという欲望に頭と心が支配されていくのが手に取るように分かる。
……ん? 何で僕は今『椿さん』と言ったのだろうか?
まさか、徐々に肉欲に囚われてきた事で僕の本心が出始めたのだろか。いや、これが本心だとしたら……僕はとんでもない恩知らずだ。彼女に散々恩を受けておきながら、更に彼女の肉体をも求めるなんて……これではウシオニと何ら変わらない獣ではないか。
「それじゃ……一緒に溺れようぜ、肉欲の果てによ」
遂にウシオニも我慢出来なくなったのか真剣な表情を浮かべ、僕を押し倒すや服を乱雑に破り捨て、ズボンも軽々と脱がし取ってしまう。そして今にも暴発しそうなぐらいに勃起した性器が外気に晒される。
ウシオニの魔力を供給されたせいか僕の性器は通常の勃起の大きさよりも、倍以上に肥大化していた。まるで牛や馬のペニスのようだ。ペニスに張り巡らされた血管も力強く浮き上がっており、一層の卑猥感と凶暴性を感じさせる。
それを見たウシオニは勿論、後ろの椿さんも僕の性器を見てゴクッと唾を飲み込んでいた。
「それじゃ……早速頂くぜぇ〜」
漸く念願の物を手に入れられるような嬉々とした声を上げ、ウシオニは僕の性器を掴み、その性器に己の顔を近付けていく。多分、フェラチオで僕を散々苛め、更に性交も通じて僕の精を絞り取るのだろう。
………今度こそ僕は食べられてしまう。さようなら、椿さん。貴女の事は忘れません―――
最後の自我を振り絞って心の中で椿さんに別れの言葉を告げ、僕はゆっくり目を閉じて精神を蝕むように襲って来るであろう肉欲の波に備えた。
ドスッ
………だけど、何時まで待ってもフェラチオの感触は伝わって来ない。もしこの感触がやってきたら、今度こそ僕の心は肉欲に溺れてしまい自我を失っていたに違いない。けれど、それが何時まで待っても来ない事を不思議に思いソッと目を開けてみると―――
「!? 椿さん!?」
「ぐっ……この野郎!!」
先程までウシオニに良い様に虐げられていた椿さんが長い百足の胴体を活かして、ウシオニの体に巻き付いて相手の自由を奪っていた。
更にウシオニの胴体に大百足の尾を、ウシオニの肩甲骨辺りに首回りの顎を、そしてウシオニの左肩辺りに椿さんの口を。巻き付いて羽交い締めにしただけでなく、ウシオニの至る所に噛み付いて大百足特有の猛毒を只管に流し込んでいた。
しかし、大百足に噛まれて猛毒を注ぎ込まれているというのにウシオニの表情は涼しいものだ。もしかしたら大百足の猛毒はウシオニに効かないのだろうか?
「おいおい、折角こいつが自分を犠牲にしてまで助けてやったっていうのに……こいつの努力を無駄にする気かよ、大百足さんよぉ?」
「……嫌どす」
「あんっ?」
ウシオニが殺意を込めた目で椿さんを睨み付けるが、椿さんは臆するどころか彼女の睨みに対し同様の殺意を込めた睨みで返してみせた。そしてウシオニの体に毒を注ぐ作業を続けたまま断言した。
「シンはんはウチのもんや。アンタには絶対に渡さへん」
椿さんの強い口調の言葉と、その台詞の内容を聞いた時――――僕は思わずドキッとしてしまった。
彼女の強さに惚れた、彼女の不屈の精神に惚れた、彼女の全てに惚れてしまった。
そして僕は改めて確信した。僕は椿さんが好きだ。椿さんと交尾したい。椿さんの中に僕の子種を注ぎたい。椿さんを滅茶苦茶にしたい。また椿さんに滅茶苦茶にされたい。
自分の中に芽生えた卑しくも純粋な愛情は肉欲に溺れかけた僕の心にしっかりと根付き、最早彼女以外に愛する事が出来なくなってしまった。
「へへっ、今更こいつを取り戻そうってか? 無理無理、もうこいつはオレの―――」
ズシンッ
「……え?」
「な…んだ…!?」
その瞬間、僕は本気で奇跡が起きたと信じてしまった。余裕の態度を示していたウシオニが突然膝を崩し、まるで体全身が麻痺してしまったかのようにその場で座り込んでしまったのだ。
これには僕だけでなく、当のウシオニもこれには驚きを隠せない。ウシオニの体が麻痺したのと同時に椿さんはウシオニを解放したが、やはりウシオニは動けそうにない。
間違いない、ウシオニは大百足の……椿さんの毒にやられたんだ。そして毒を注ぎ続けていた椿さんはウシオニの体から離れるや今度は僕とウシオニの間に割り込み、僕に背を向けてウシオニと対峙した。
動けなくなったウシオニは怒りや悔しさで顔を歪ませ、これまでにない殺気を孕んだ視線を椿さんに思い切りぶつけるが、椿さんにしてみればそんなのはタダの負け犬の遠吠えのようなもの。
相手の怒りを目の当たりにしても動ずるどころか涼しい表情を浮かべ、ウシオニの醜態に冷たい笑みさえも零す程の余裕っぷりだ。
「な……何で!? まさか大百足の毒に負けたって言うのかよ……!?」
「ふふふっ、アンタは自分の力を過信し過ぎたようやね。それが命取りにならはったんや」
「ば、馬鹿を言うな! オレはウシオニだぞ! ジパングで最も頑丈な魔物なんだぞ! 多寡が毒如きで――!」
「“多寡が毒”……やて? ウチら大百足の猛毒を舐めたらあきまへんでぇ?」
そう言って椿さんは徐に小石を掴むと、まるで子供がキャッチボールをするかのような軽い感じでウシオニに向けて石を投げ付けた。当然、頑丈な作りであるウシオニにそんな攻撃は効かないだろう。
そして小石はコンッと彼女の二番目の左足に命中し、力無く地面に落ちた。これだけなら何をしたかったんだで終わっただろうが――――
「ひぎっ!? うぎぃぃぃぃぃぃ!!!!???」
ブシャァァァッ!!
小石が命中した直後、ウシオニの秘部から潮が噴き出たではないか。しかも、その潮噴きの勢いは亀裂が入った水道管のように凄まじく、少なくとも3m以上は飛んだのではないだろうか。
そして潮噴きが終わると……今さっきまで強気の姿勢を見せていたウシオニの姿は何処へやら。ビクンビクンと巨大な体を痙攣させ、椿さんへの怒りで満ちていた表情も絶頂に達した間抜けなアヘ顔を浮かべて恍惚に浸っていた。
しかし、魔物娘だけでなく人間から見てもこれは屈辱的な絶頂だ。性戯や交尾などでなく、只単に石をぶつけられただけで絶頂を迎えてしまうなんて、ウシオニのプライドが許せる筈がない。
恍惚の表情を頑張って引き締めようとするが、絶頂して間もないので頬が引き攣ってしまう。それを見て椿さんがくすくすと笑ってしまうので、益々ウシオニのプライドがズタズタに切り裂かれていく。何だか、椿さんがとってもドSだと思えてきた。
「あらあら、小石だけで盛大にイってまうなんて……忍耐があらへんのやな」
「て、てめぇぇ……お、おれに何をしたぁぁ……」
「何をしたって……これが大百足の毒の効果どす」
「何だとぉ……!?」
そう言って椿さんは大百足の毒の効果について分かり易く説明してくれた。
大百足の毒は人間の体内に入れば体が動けなくなる麻痺は勿論のこと、噛まれた部分に痺れるような快楽が生まれるとのこと。そして体内に注入された毒はやがて体の中を回り、この痺れと快楽を混ぜ合わせた感覚が体全体に出るようになる。それは人間の男性だけでなく、人間の女性や魔物娘も同じだと言う。
また大百足の毒はジパング一と言われるぐらいに強力であり、それを注ぎ込まれ続ければ流石のウシオニさえもご覧の有り様……と言う訳だ。
しかも、ウシオニの場合は大量に大百足の猛毒を体内に注がれてしまった故に、小石をぶつけられた程度でも体全身に快楽が生じてしまい簡単に絶頂に達してしまったのだ。
もっと極端に言ってしまえば、今のウシオニの体は超敏感な処女の性器で覆われているに等しい。
「……せやから、ウチがこんな風に尾でアンタを叩けば叩くほど―――」
バシンッ! バシンッ! バシンッ!
「ひぐぅ! ひゃう! うごぉっ!」
ブシュッ! ブシュッ! ブシュシュッ!
「―――と、こないな具合に痛みではなく快感が生まれてしまうちゅう訳どすなぁ」
「ひ…ひぅ……はぅ……あ……あ……」
椿さんの尻尾で強く叩かれれば叩かれる程、性器から潮を噴いて絶頂するウシオニ。まるで激しいSMショーを間近で見ているような気分だが……何はともあれ、これでウシオニは暫く動けない事は十分に分かった。
それが分かるや僕の体は自然と動き出しており……椿さんを背後から抱き絞めていた。
「ひゃっ!? シンはん!? どないしたんや!?」
「ごめんなさい、椿さん……! 僕、僕もう我慢出来なくって……!」
恥ずかしい話だが、ウシオニの血を注入された事で増大した僕の性欲は今にも爆発しそうだった。また何時暴発してもおかしくないぐらいに膨れ上がった性器を彼女の背中に擦り付けるだけで、僕の背筋に快楽の電気が駆け抜けていく。
「あんっ、シンはんの……とぉっても熱いおます……♥」
「ああっ! 椿さん! もう……!」
ドブッ! どびゅるるるるるる!!!
ほんの数度、彼女の背中に性器を擦り付けただけで思い切り射精してしまい……彼女の柔らかそうな人肌が僕の白濁色の子種で汚れてしまう。ウシオニの血の効果もあってか、その精液の量は今までと比べ物にならないぐらいに多い。
「つ、椿さん……。ごめんな―――」
魔力のせいで性欲に流されてしまったとは言え、彼女の体を汚してしまった事に軽い罪悪感を覚えた僕は彼女に謝ろうとしたが――――
ガリッ
―――僕が言葉を言い終えるよりも先に体を捻らせて後ろを振り向いた椿さんが僕の首筋に噛み付いていた。そして首筋に再び何かが注ぎ込まれる感触が走る。
「えっ?」
どうして椿さんが僕の首筋を噛んでいるのかと不思議に思った矢先、僕の体が麻痺してしまい動けなくなってしまった。
間違いない――――椿さんの毒を注がれてしまったんだ。そう実感して間もなくして息が上がり、目が眩み出した。先程ウシオニの血を体内に注がれて体が燃え上がるような感覚を覚えたばかりだが、更に大百足の毒を注がれた事でその熱さが二乗されたような感覚が体内に湧き起こる。
体が熱い…目が眩む…明らかに毒の症状が体に出ているにも関わらず、椿さんの声と顔だけはハッキリと分かった。そして彼女は動けなくなった僕に対し、頬を赤く染めて少し興奮気味に話し掛けてきた。
「シンはんが悪いんやでぇ? ウチが頑張ってシンはんを襲わんように我慢しとったのに……」
(え? 我慢?)
「此処やとウシオニの目もあるさかい……ウチの住処へ行きまひょか。続きはそこで……」
そう言ってニコリと妖艶な笑みを浮かべるや、麻痺して動けなくなった僕を背負って自分の住処へ向けて走り出し始めた。
「んぶっ、んぐっ、んんー! ぷはぁ! はぁー……シンはんのおちんちんとっても美味しい♥ 何時までもねぶっていたいわぁ♥」
椿さんが住処として住んでいる洞窟に着くや麻痺して動けなくなった僕は仰向けで寝かされ、その上に椿さんが覆い被さって来た。そして濃厚なキスを交わした後、椿さんは僕の体を愛でるように体の至る所に歯形を付けていく。いや、この場合は所有者が自分であると教え込む為と見るべきだろうか。
また気のせいか、僕と濃厚なキスを交わしてから椿さんがより一層乱れたような気がする。百足は人間の唾液が苦手だと聞いたことがあるが、それと何か関連しているのだろうか。
そして僕の性器にむしゃぶりつき、僕の性器からトロトロと溢れ出てくるカウパーを美味しそうに舐め取っていく。
大好きな椿さんに性器を舐められていると考えただけでも凄く興奮すると言うのに、ウシオニの血と大百足の猛毒が混ざって最早興奮を通り過ぎて爆発の一歩手前だ
「つ、椿さん! もう……駄目です! 出てしまいます!」
「ええんやで、出してしもうても。全部ウチが飲んであげるさかい♥」
「う…ああっ!」
その申し出に誘われるかのように僕は我慢出来ずに椿さんの口の中に遠慮なく射精してしまう。しかも、丁度僕の性器を根元まで咥えていた時だったので彼女の胃袋へ直接流し込んでいるような感じがして……椿さんに悪いがとっても興奮してしまった。
椿さんも肥大化した僕の性器を口で含むだけで精一杯だと言うのに、そこから放出された大量の精液を多量に飲み込んで思わず咽てしまう。
「げほっ! げほっ! はぁー……これが精液なんどすかぁ。ウチ、男性の精液を味わうのは初めてやさかい、ちょっとドキドキしとったんどす」
「えっ? 初めて……なんですか?」
精液を飲むのが初めてと言う事は、こうやって誰かと交尾をするのも初めてだと言う事だ。魔物娘は誰彼構わずやっているものだという偏見を抱いていただけに、椿さんが初体験だという事実に正直驚いた。
その初体験が僕だと言う事実も嬉しいものだが、一方でこんな僕が初体験で良かったのかという不安もある。自分への自信の無さから、僕はこの不安を椿さんに打ち明けてしまう。
「あの……椿さん、今更こんな事を聞くのは失礼かもしれませんが、貴女の初体験は僕なんかで良かったんですか?」
「……どないしてそんな事を聞くん?」
「いや、だって僕よりも素敵な男性は他にも居るのに………その……」
かなり前に述べたと思うが、僕の容姿は普通だ。これと言って際立った特徴も無ければ、イケ面でも不細工でもない。本当に地味としか言い様がない普通の容姿だ。
特徴が全く皆無故に自分の容姿に自信が持てず、椿さんはもしかしたら他の男性と交尾したかったのでは……という不安が止め処なく僕の中で湧き上がってきてしまう。
だが、自信無く呟く僕を見て椿さんは失望したり怒ったり、ましてや失笑するでもなく、優しい笑みを浮かべて僕の頬に優しいキスを落とした。
「ウチはずーっと前から決めてたんや。交尾するんやったらシンはんとって」
「……ずっと前?」
「シンはんは忘れとるかもしれへんけど、ウチは覚えていまんねん。五年前、木に挟まれたウチを助けてくれた時の事を……」
「五年前………あっ!!」
椿さんの一言で僕の脳裏で五年前に助けた大きい百足と椿さんが結び付き、僕は思わず声を上げてしまった。そうか、まるで僕を知っているような雰囲気だとは思っていたけど……まさかあの時の百足が椿さんだったなんて。
「あの時の御恩を忘れた事は一時もあらしまへん。そして何時の日か……その恩を返そうと思っとりました」
「それで……僕にあそこまで親切にして下さったんですね」
「そうどす、でも……今こうやってセックスするんは恩さかいにちゅう理由じゃありまへん。ウチは純粋にシンはんが好きどすねん。五年前からずっと……あんさんを慕っておったんや」
五年前からずっと……そう言われて僕の心の中にあった不安は春の雪解けのようにじわじわと溶けて無くなり、残ったのは彼女に対する純粋且つ温かな愛だけでした。
「………僕も、僕も椿さんが好きです。大百足として出会ったばかりですが、貴女に一目惚れしてしまいました。貴女の全てに……惚れました」
「シンはん……! ウチ、嬉しい!!」
「わっ!」
お互いに想いの内を打ち明けると、椿さんは猛毒で動けない僕をギュッと強く抱き締めました。互いに愛し合っていると分かっただけでも、この抱擁は今までにないぐらいに幸せでした。
「ほな、いよいよ本番やけど……どもないか?」
「はい、僕は大丈夫です」
そして椿さんとのセックスも遂に本番に差し掛かった。動けなくなった僕の上に彼女が跨り、ギンギンに勃起している僕の肉棒の頭に自分の膣口を押し当てる。そして互いに息を整え心の準備が完了したところで、椿さんは僕の肉棒目掛けて一気に腰を下ろした。
ズブンッ!
「!!?」
「くあっ……!」
椿さんの膣内の奥深くに僕の堅くて太い肉棒が挿入される。猛毒の影響なのか、何時も以上に肉棒に伝わる感触がとても敏感になっており、挿入した瞬間に僕の五体全てに快楽の電気が駆け抜ける。
だが、それは椿さんも同じだ。いや、僕以上だ。僕の肉棒を受け入れた途端に彼女は余りの気持ち良さに口をパクパクとさせ、恍惚の表情を浮かべて何も喋れなかった。漸く彼女が言葉を発したのは、僕と繋がって三十秒後の事だ。
「しゅ、しゅごい!! しゅご過ぎるぅぅぅ! こ、これがセックスどすか!? こないにも気持ちええなんて知らへんどしたぁ〜♥」
「つ、椿さん……キャラ変わっていませんか?」
「細かい事はこの際どうでもええどす♥ それよりも今はお互いに楽しみまひょ♥」
「……はい、そうですね」
そう言ってキスを求めてきた椿さんに応じ、僕達は互いに愛おしく舌を絡め合いセックスを純粋に楽しんだ。キスと一緒に唾液交じりの毒が流れ込んでくるが、そんな事は気にしない。何せ椿さんの毒である事は確かなのだから、今の僕なら喜んで受け入れられる。更に本気になれば尻尾の毒も受け止められるかもしれない。
そして椿さんも僕の唾液を口から体内に取り込み、取り込む度にビクビクと体を小刻みに揺らしている。
「あの……椿さん、大丈夫ですか?」
「う、うん。どもない……。ウチら大百足族は人間の男性の唾液を体内に受け入れると快楽に襲われてしまうんどす」
「ああ、それでキスする度に体が痙攣するんですね」
何気なく椿さんの弱点を知れて、僕は無意識に嬉しさを感じた。もしかしたら何時の日か僕の唾液で彼女をヒィヒィ言わせてしまう日が来るかもしれない……そんな卑猥な考えが頭の中であったからだ。
「せやけど、シンはんの唾液……とっても美味しいどすえ♥ ウチ、シンはんの唾液なら何杯でも飲めそうや♥」
「椿さん……んむっ」
くちゅっ、ぬちゅっ、むちゅっ……
舌と舌、唾液と唾液が卑猥に絡み合う音が洞窟内に響き渡る。そして互いに快楽が体に馴染んできた所で、椿さんは腰を振り始めて本格的なセックスを開始する。
「ああ! 気持ちええ! とっても気持ちええわぁ!!」
激しく腰を上下に振らして悦楽に浸る椿さんの姿に僕は喜びを覚えるが、一方で大百足の猛毒とウシオニの血で肥大化した僕の肉棒を小さな膣で受け入れて壊れないだろうか……と心配すら感じてしまいます。
でも、僕の肉棒を根元まで受け入れている上に本当に気持ち良さそうなので大丈夫かなと思ったりもして。
そして僕の肉棒も激しい責めに遂に限界を迎えてしまう。背筋に電流が走り、股間に熱いものが集中する。間違いない、これは絶頂の兆しだ。
「つ、椿さん! 出しますよ! 僕の精液を受け止めて下さい!」
「ええどすえ! ウチの中に出して! あんさんの精液でウチの“おめこ”に種付けしておくれやすぅぅぅ!!!」
羞恥心の欠片もない言葉に今まで以上の興奮と快感を覚え、僕は思い切り腰を突き上げて彼女の膣内に大量の精液を放出した。
ドブッ! ドブッ! ドブッ!
塊のような精液が三回に分けて彼女の中へと吐き出され、僕の子種が椿さんの子宮に種付けされる。そう考えただけで僕の肉棒は椿さんの中で硬さを増し、その感触が椿さんにも伝わったらしく彼女の体がビクンと小さく跳ね上がる。
「あん♥ シンはんのおちんちん……硬くなっとる♥ 何や、エロい事でも考えとったん?」
「椿さんだから硬くなっちゃうんですよ。それよりも……もう一回良いですか? 今度は―――
「え……きゃっ!?」
そこで僕は不意を突く形で椿さんを押し倒し、形勢逆転した。この突然の動きに椿さんもポカンと呆けた表情で僕を見詰め、驚きを隠せなかった。
「シンはん! い、何時の間にウチの毒から自由にならはったんや?」
「今さっきですね、射精する時に僕から腰を突き上げたでしょ?」
そう、さっき椿さんに膣内射精する直前で僕の中に注がれた毒が効果を失ったらしく、僕の体は再び自由を得ていた。だが、これに対して椿さんは納得できない表情を浮かべていた。
「で、でも……普通も人間やったらまだ暫くは動けへん筈やで? なのに、何で……?」
そう、普通の人間ならば強力な大百足の猛毒を体内に注入されたら半日以上は動けなくなる筈だ。しかし、現に僕はこうして毒から解放されて動く事が出来ている。それは何故なのかと椿さんは疑問に思っているが、僕が思うに―――
「多分、ウシオニの血で僕……インキュバスになったからじゃないのかな?」
「………嘘!?」
あの時、ウシオニの血を体内に取り入れた事で僕は人間からインキュバスに生まれ変わってしまったからではないだろうか。インキュバスは人間よりも頑丈だし、回復力も早いと聞く。そう考えれば椿さんの毒からこうも早く回復出来た理由にも辻褄が合う。
椿さんにしてみれば僕がインキュバス化して復活するなど計算外だったに違いない。僕にとってもこれは予想外の出来事だ。
しかし、これはこれで嬉しい誤算だ。インキュバスになったのだから、この頑丈な体と性欲を使って椿さんとの性交を楽しむとしよう。
「それじゃ、椿さん……覚悟は良いですか?」
「そ、そんな……覚悟なんて――――んむ!?」
今度は僕の方からキスを仕掛け、彼女の体内に一方的に唾液を注ぎ込む。すると忽ち彼女の表情がトロンと緩んだものとなり、僕を見詰める瞳も潤んだ可愛らしいものへと変貌する。
「し、シンはん……不意打ちどすえ♥」
「僕だって偶には不意打ちしたいんですよ。それじゃ改めて……覚悟は良いですか、椿さん?」
悪戯っぽく椿さんに確認を求めると、椿さんは頬を真っ赤に染めて少し視線を僕から逸らし……コクンと小さく頷いた。
「ええどす、シンはんにやったら……何されても構いまへん……」
恥ずかしながらそう呟く椿さんの姿だけで彼女の膣に挿入したい気持ちに駆られたが、ここはグッと堪えて耐えた。そう、先ずはじっくりと椿さんで遊んでから……ね?
「ふぁぁ! あんっ!! シンはん! シンはぁん!!」
ぐちゅっ! ずちゅっ! ぬちゅっ!
僕が突く度に彼女は身を捩らせ体を痙攣させる。その姿がまるで死を目前にして悶える百足の体を彷彿とさせるが、椿さんを愛した今はその姿さえも可愛らしく見えてしまう。どうやら本当に僕の身も心も彼女に夢中になってしまったようだ。
そして更に突けば突くほど、彼女の口から甘い悲鳴が零れ落ちていく。
「気持ち良いですか、椿さん?」
「ああっ! き、気持ちええどす! 気持ち良過ぎておつむがおかしくなりゅううううう!!!」
ぐちゅ! ぐちゅちゅちゅちゅ!!
「ああっ! ひぁぁぁぁぁっ!!! れ、連続で突かんといてぇぇぇ!!」
「ふふ、椿さんったら可愛いなぁ。僕が指を入れただけでこんなんになっちゃうなんて」
そう、実を言うと僕はまだ彼女の膣に自分の肉棒を入れてはいない。今入れているのは僕の右手の指だけだ。
しかし、その指にはたっぷりと僕の唾液を絡ませてある。先程彼女自身が述べたように、大百足は人間の男性の唾液を体内に取り込むと激しい快楽を生み出す。
それを知った上で僕は自分の唾液を絡めた指を彼女の膣に激しく出し入れを繰り返す。すると僕が彼女の膣に指を入れる度に彼女は絶頂を繰り返し、絶頂する度にウシオニ顔負けの潮噴きを見せてくれた。
正確に数えていないが……少なくとも既に三十回近くはエクスタシーを迎えている筈だ。
そして絶頂も四十回目を迎えようとした時に僕はゆっくりと椿さんの膣から指を引き抜き、彼女の様子を見守った。
「ど、どないんどすか? 早う続きをしておくれやすぅ……」
案の定、椿さんは僕に性交の続きをしてくれと懇願してきた。凶暴な大百足が僕に卑猥なお願いをしている現状に僕は無性に興奮してきたが、まだ彼女のお願いに応えなかった。
「続きって……どんな事をすれば良いかな?」
「え? そ、そら……アレに決まっとるではおまへんどすか」
「アレって何ですか? 口で言わないと分かりませんよ?」
さっきまで卑猥な言葉を言っていたのに、やはり自分からお願いして言うのは恥ずかしいようだ。ああ、本当に椿さんは可愛い。可愛過ぎて苛めたくなっちゃうなー。どうやら僕は大好きで仕方がない子にはついつい苛めたくなっちゃうタイプだそうです、はい。
そして椿さんも遂に観念したらしく、顔を真っ赤にして恥辱に耐えながら僕にハッキリとした口調で“お願い”を口に出した。
「お、お願いします……。う、ウチの膣にシンはんの…お…お…おちんちんを……い、入れておくれやす……!!」
恥辱に耐え抜いてお願いを口にし終えると、彼女は恥ずかしさの余り泣き出しそうな表情を浮かべた。これ以上苛めるのも可哀相だから、彼女の頑張りに報いるとしますか。
「良く言えました〜♪ それじゃご褒美に僕のおちんちんを入れてあげますねー。勿論、唾液たっぷしで」
「へ!? だ、唾液タップシ!?」
「当然ですよ、あそこまで頑張ってお願いしたんだから椿さんを大満足させるぐらいに可愛がってあげませんとね!」
「い、いや……そこまでしなくても……」
そう言って椿さんが引き腰になっている間にも僕は自分の肉棒に唾液を零し、ローションのようにタップリと塗りたくっていた。やがて僕の肉棒が唾液に塗れてテカテカに輝いているのを見て、椿さんがゴクリと唾を飲み込んだのを聞き逃さなかった。
「ほら、椿さんも本当は欲しいんでしょう? 僕のおちんちん♥」
「いや、そないな事は……」
「じゃあ、欲しくないんですか?」
「! ほ、欲しいおす! シンはんのおちんちん欲しいおす!!」
やはり欲望には抗えぬものであり、一度は恥ずかしさから拒んだものの、再度僕が肉棒をチラつかせると目の色を変えた椿さんはあっさりと自分の本音を口に出してしまった。
「ふふっ、素直ですね。やっぱり椿さんはそうでなくっちゃ。それじゃ椿さんの膣におちんちん入れますねー」
「ふぁ……ああ……」
そして唾液に塗れた肉棒をゆっくり……ゆっくりと椿さんの膣へと挿入する。僕の唾液を膣内に入れるだけで絶頂するだけあって、唾液に塗れた肉棒が入った途端に彼女の膣内がギュウギュウに収縮して僕の肉棒を激しく締め上げる。
「うわっ! これは……! 凄い、凄いですよ! 椿さん!?」
「あああああ!? 何なんこれ!? す、凄過ぎて分からへん!! あかん、イってまうー!!」
まだ挿入したばっかだと言うのに椿さんは絶頂に達してしまい、膣からは彼女の愛液が潮のように激しく噴き出た。
それを見て僕はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。これでもしも突き続けたらどうなるだろうか……と。決してやってはいけない感じはするものの、逆にやってはいけないと思うからこそ禁断の扉を開けたいという欲望が人間の心の奥底にあるもので。
また激しい肉欲と彼女への愛がその禁忌を破るきっかけとなり、僕は椿さんを抱きしめながら激しく腰を上下に動かし始めた。
「行きますよ、椿さん!」
「あっ! あっ! まま待っておくれ―――」
ずちゅ! ずちゅ! ぐぼっ! ごちゅ!
「ひぁっ! アァッ! ああああああああああ!!!!」
突けば突くほど凄まじい潮を吹き、僕の体を愛液塗れにする。また絶頂し過ぎたせいか椿さんの目がヤバいぐらいに上へと向いており、危険過ぎるアヘ顔を作り上げていた。だが、それでも僕は腰を振るのを止めなかった。いや、止まらなかった。
痙攣する彼女の膣内が最高過ぎて、僕の腰は今更止める事なぞ出来なかった。そして激しく腰を打ち付ける度に彼女がアヘ顔を浮かべ、絶頂に達する瞬間がまるで彼女を支配して我が物に出来たような征服感が病み付きになってしまった。
そして激しく……激しく責め立て、何時の間にか彼女は言葉ではなく快楽の悲鳴しか上げなくなっていた。それでも激しく腰を打ち続け、遂に僕にも絶頂の瞬間が訪れた。
「うっ! イク! イキますよぉ!!!」
「ひゃあああああああああああああ!!!」
どびゅるるるるるるる!! どびゅるるるるー!!!
今までの中で最高にして最長の射精をし、それが終わった頃には椿さんは気を失い、僕は彼女の体に凭れかかって眠りの世界へと旅立っていった。
それから数年後……僕はプロカメラマンとしての活躍の場を更に広げ、世界に名立たるカメラマン達の仲間入りを果たした。
当然、これは僕一人だけの力じゃない。僕を指導してくれた先輩や上司、支えてくれた仲間―――
そして愛する家族……妻の椿さんと可愛い娘達の応援があったからこそ成功出来たのだ。
今日も僕は世界を股にかけてカメラを手に取り写真を撮り続ける。昼間は大好きな昆虫達を、そして夜は……激しく乱れる妻の姿を―――。
あれは今から5年前の出来事だ。アマチュアのカメラマンとして頑張っていた僕―――シン・ヤクモは今日も故郷の近くにある樹海へ足を踏み入れていた。
樹海と聞くと嫌なイメージしか思い浮かばない人も多いだろう。否、実際に僕の故郷にある樹海も危険な噂話が絶えない。
年に数百人を超す自殺者が出る自殺の名所、自殺者の怨霊や亡霊が夜な夜な彷徨っている魔の樹海、あの世とこの世を繋ぐ黄泉への入口――――などなどリアリティある噂を筆頭に、明らかにその噂に着色を施したかのような噂までもが存在している。
確かに自殺者が出ているのは事実ではあるが、怨霊や亡霊といった存在は現時点では確認されていない。というか確認の仕様がない。ましてや黄泉への入り口なんて嘘っぱちだ。
そんな嘘や暗い噂が絶えない樹海だが、よくよくその樹海を知る人間からすれば然程恐ろしい場所ではない。かく言う僕もこの樹海を知る一人だ。
樹海の中には様々な動植物が存在し、生命の源と呼ぶに相応しい場所が数多く見られる。特に此処は昆虫の宝庫だ。春になれば七色の羽を持った珍しい蝶が飛び回り、夏になれば逞しい図体をしたカブトムシやクワガタが木々の至る所で相撲を取り合っている。
大の昆虫好きである僕にとっては正にこの樹海は天然の宝庫だ。その宝庫に足を踏み入れた僕は活発に活動する昆虫達の姿に頬を緩ませながら、自前のカメラで彼等の姿を撮影して写真に収めていく。
樹海に咲く華に群がるミツバチ、葉から葉へ跳び移るバッタ、己の縄張りを賭けて争うカマキリ―――どれもこれも自由に伸び伸びと動いているが、確かに生を得る為に活発に活動している。
人間社会とはまた違う、昆虫社会の日常に僕は瞬く間に夢中になって撮影に没頭してしまう。そして大好きな昆虫達を撮影する為にカメラを様々な方向に振り向けていると、近くに倒れていた木の下である生き物がジタバタともがいているのを発見した。
「んん? ………うわっ!? む、百足!?」
倒れている木の下でもがいていたのは、今まで見た事もない巨大な百足……恐らく1mはあるのではと本気で思えるぐらいに巨大な百足だった。
状況から察するに恐らく突風か何かの拍子で根元の近くから圧し折れた倒木の下敷きになってしまったのだろう。ジタバタと体全体を激しく動かしてはいるが、中々そこから脱出出来ずにもがき苦しんでいた。
昆虫嫌いの人ならばそれを見ただけで逃げるだろうけど、昆虫が大好きな僕はもがいている百足を見捨てるような真似は出来なかった。
木の下敷きになっている百足の方へと近付き、その百足を苦しめている原因を作った木を持ち上げた。持ち上げたと言っても、スーパーマンのように軽々と完全に持ち上げた訳ではない。倒木の重さは中々のものであり、10代後半に達したばかりの僕の筋力では、精々木の端っこを持って僕の膝辺りまで持ち上げるのが精一杯だ。
だが、下敷きになっていた百足がそこから脱出するには十分過ぎる隙間が空いた。そして僕が隙間を作った間に百足は脱兎の如く木の下から抜け出し、何処かの茂みの中へと消えていった。
助けた後に人助けをしたような心地良い気分を味わったものの、後々になって写真に収めておけば良かったと軽く後悔したのは良き思い出だ。
それから5年後の現在――――成人を迎えた僕は念願のプロカメラマンとなり、故郷から少し離れた雑誌会社の専属カメラマンとして活躍している。
僕の被写体の対象は言うまでもなく大好きな昆虫だ。彼等の姿を撮ってご飯を食べられるなんて、何て嬉しい仕事なのだろう……と言いたいが、それはあくまでも仕事があった時の話だ。仕事が無ければご飯も食べられないので、他の被写体へカメラを向ける事も屡ある。
例えば既にこの世界ではお馴染みの種族として知られている魔物娘だ。彼女達の色気を凝縮させたかのような写真集は全世界で爆発的な売り上げを記録しており、最早魔物娘は存在だけでビジネスが成り立ってしまうほどの存在感と重要性を兼ね備えている。
だが、仮にも彼女達は立派な魔物だ。当然、魔物に相応しい凶暴性や猛毒、怪力や果てには魔法を使う者だって存在する。しかし、彼女達の可愛さや絶世の美女と呼んでも過言ではない容姿を前にすればそんな事は些細なものだと考える男も少なくない。寧ろ、多いと断言しても良いぐらいだ
そして僕が働いている会社にも何人かの魔物娘達が居り、会社発展の為に尽力してくれるのだが……これが困った事に矢鱈と色気や性欲を振り撒くのだ。
受付嬢の仕事をしているスフィンクスのリメラさんは会社に来られた美形のお客さんに問い掛けをして魅了しちゃうし、他の部署で働いているワーウルフのカナリアさんは若手記者と一緒に一ヶ月近く行方不明になった挙句、お腹をぽっこりと膨らまして帰って来た。何があったかは言うまでもない。
また最近社長秘書となった形部狸の響さんは前社長の跡を受け継いで間もない若社長を手篭めにして、現在では彼女が会社を取り仕切っていると言っても過言ではない状況が出来上がっている。まぁ、彼女が取り仕切ってから会社は繁盛しているので文句はないけど……。
兎に角、仕事が出来るのは喜ばしい事なのだが……彼是と色気沙汰の問題を起こすのは流石に勘弁願いたいものだ。この会社で働く男性の大半は彼女達の色気の犠牲となっており、それを目の当たりにする度に『この会社の今後は大丈夫だろうか』と不安になってしまう時がある。
今の所は僕に狙いは定まっていないから当分は大丈夫かもしれないが、何時か押し倒されるかもしれないという恐怖感と緊張を持ちながら会社に通い続けているので精神の擦り減り具合が半端ない。おかげで仕事終わりにやって来る疲労感は凄まじいものだ。
そんな疲れ切った僕の心を癒してくれるオアシスはあの樹海だ。週一にある休暇を利用して、あの樹海へ足を運んで大好きな昆虫達の撮影をする……それが疲れで淀んだ心をリフレッシュし、明日も仕事を頑張ろうという気持ちにさせてくれる。
そして今日……週に一度ある休日を迎えた僕は心のオアシスである樹海へ足を運んだ。此処は何年経とうが何も変わらない。
早朝の朝霧の中から聞こえてくる小鳥の囀り、霧の合間から刺し込む太陽の輝き、葉の上からポタリと流れ落ちていく一滴の朝露、そして落ちてきた朝露を浴びて驚き跳び上がる蛙……此処には今の人間社会に必要な物がある。または昔持っていたが、忘れてしまったものがある。
またこの樹海は人間社会に馴染めずに野生の生活へと戻る魔物娘達にとっても最適の住処らしく、時折彼女達の姿を見掛ける事がある。もし見掛けたら……成るべく関わらないようにして速やかに離脱するのみだ。
自然の中でしか存在しない大切なものに触れるだけで僕の心は潤され、益々自然の魅力にのめり込んで行く。そして樹海に生息する昆虫達の撮影に夢中になるにつれて、僕は来た道も忘れてついつい奥へ奥へと進んで行ってしまう。
やがて自分が樹海の奥深くに辿り着いたと気付いたのは、昼に近付き自分の小腹が空腹を訴えた時だった。
「……あれ、行き過ぎたかな?」
空腹を訴える腹の虫の音でふと我に返って周囲を見回せば、何時も通る樹海のルートとは雰囲気や光景が若干異なる事に気付いた。
昼間なのに薄暗く、何処か不吉な雰囲気を孕んでいる。どんよりとした重い空気が辺り一帯に張り詰め、何もしていないのに息苦しさを感じてしまいそうだ。
何年も樹海に通っていれば此処が違う、あそこが違うって本当に分かるんだなぁ……と感心してしまったが、そんな場合じゃない。
幾ら僕が樹海の常連だからと言って気を抜く事は出来ない。何せ此処は自殺の名所であるのと同時に、遭難者が出易い危険地帯だ。出入り口付近ならまだしも脱出出来るかもしれないが、これ以上樹海の奥へ進んでしまったら流石の僕でも遭難する恐れがある。
「今日はこの辺で戻った方が良いかな……」
少し深入りし過ぎた感は否めないが、此処からでも戻れるだろうと長年樹海に足を運び続けてきた僕の勘が告げていた。そして後ろへ振り返って、うろ覚えではあるが来た道を大体予想して帰路に付こうとした――――矢先だった。
ドズゥンッ!!
突如頭上から何か巨大な物体が落ちてきた。余程高い所か落ちてきたのか、『それ』が着地したのと同時に周囲の木々が激しく左右に揺れ、地面がまるで地震のように軽く振動する程の凄まじい衝撃、そして轟音であった。
僕の目の前で着地に着地したのは一匹の魔物娘だ。上半身は美しい人間の女性だが、下半身は剛毛で覆われた蜘蛛の胴体のような形をしていた。頭に生えた二本の角、薄いダークグリーンの肌色、触れただけで全てを切り裂きそうな鋭い爪……。
それらの特徴を確認して、僕の背筋がゾッと凍り付く。僕の記憶が正しければ……目の前に居るのはウシオニという魔物娘だ。
最悪だ。東洋の魔物達の中でも、ウシオニの凶暴性は群を抜いて高いと聞いた事はある。まさかそのウシオニが僕の故郷の近くにある樹海で住んでいるとは思ってもいなかった。
いや、ウシオニが居るかもしれないと注意しなかった僕のミスだ。僕の故郷も樹海も、日本という東洋の島国に存在する場所だ。それを考えれば樹海という魔物が住むのに最適な場所にウシオニが住んでいてもおかしくはない。
完全に僕が悪い。撮影に夢中になって奥に進まなければ、こんな危険な目に遭う事はなかっただろうに……。
自分の迂闊さや間抜けっぷりを呪いたくなるが、自分自身に呪いを掛けるよりも先ずはこの窮地をどう逃げるかを考える方が最優先だ。呪うのはウシオニに捕まってからにしよう。
そして必死に脳ミソをフル回転させて窮地から脱出する方法を考えていると、ウシオニはニヤリと笑ってゆっくりと僕に近付いて来た。
「へっへっへ、待っていたぜぇ。お前が一週間に一度、此処へ来るのは分かっていたんだ」
「な、何のご用ですか? 僕は貴方を知りませんよ?」
「用件も何も、オレみたいな魔物が何を目的にしているかは……少し考えりゃ分かるだろ? それにオレはずーっと前から狙ってたんだ。オレ好みの肉体と面構えをした手前を何時の日か自分の物にしてやるってよぉ……」
僕が週一の休日を利用して樹海へ足を運ぶという習慣を理解している所を察するに、どうやら目の前に居るウシオニは僕の存在を何週間も前から知っていたらしい。そしてウシオニが何を考えているかなど今の台詞だけで十分過ぎるぐらいに分かってしまう。
彼女は僕を捕まえて――――犯すつもりだ。
人間の男を犯すという考えは魔物娘ならば誰もが共通する意思であり、欲望だ。しかし、こちらの意向を無視して一方的に犯されるのは絶対に嫌だ。僕にだって男としてのプライドがあるし、此処で僕の人生をウシオニに捧げる気なんて全く無い。
近付いてくるウシオニに対し、僕は彼女を睨み付けるように視線を固持したまま後ろへ後退りする。明らかに引き腰である僕の様子にウシオニはムッとした表情を浮かべ、ゆっくりと歩み寄りのは止めた。その代わりグッと足を折り曲げ、今にも飛び掛かれる体勢を作った。
「手前! 逃げるんじゃねぇよ!!」
そして案の定、ウシオニは力尽くで獲物を捕えようと実力行使に打って出てきた。計八本の足をバネにしたウシオニの脚力は凄まじいもので、僕との距離なんてあっという間に縮まってしまう。
このままじゃ捕まってしまう――――が、僕だってそう簡単に捕まるつもりは毛頭ない。
バシュッ!
「がっ!?」
ギリギリまで近付いて来た所でカメラのフラッシュを思いっ切りウシオニの顔に当ててやる。すると眩い光にウシオニの動きが一瞬止まり、その光が目に入らぬように両腕で顔をガードした。
薄暗い樹海の中で生活していたのならば、目が暗さに馴染んでいる筈だ。不意打ちならカメラのフラッシュでも効くかも……と一か八かでフラッシュを繰り出したが、今のウシオニの反応を見る限り十分に効果があったようだ。
しかし、これで倒せる訳がない。カメラのフラッシュなんて所詮目眩まし程度だ。あくまでも窮地を脱する機会を生み出す一つの手段でしかない。
一度目のフラッシュの後に二度、三度とフラッシュを繰り出してから僕はウシオニに背を向けて逃げ出した。これ以上、樹海の奥へ進むのは危険だが……状況が状況だから背に腹は代えられない。
「チッ…! 手前!! 待ちやがれぇー!!」
フラッシュで動きを止めて2〜3秒後、ウシオニは怒り狂った声を張り上げて僕を追い駆けてきた。
人間の脚力とウシオニの脚力…明らかに僕の方が不利ではあるが、樹海という場所が幸いした。人間である僕は木々の間を楽々と通り抜ける事が出来るが、巨体を誇るウシオニは狭い木々の間を通れず、通るには一々木々を破壊しなければ前に進めなかった。
ウシオニが木々で手間取っている間に僕は逃げ続け、どんどんとウシオニとの距離が開いていく。
このまま逃げ切れるかも―――と淡い期待を抱いた矢先に樹海を抜けてしまった。しかも、こういう時に限って運の悪い事態が続くものだ。僕が逃げる先に道がなかった。
いや、正確にはあるのだが……僕の目の前に広がるそれは今にも崩れ落ちそうなボロボロの吊り橋だけだ。しかも、その下は深く罅割れた大地の裂け目のような断崖絶壁の崖が広がっている。
底が全く見えない断崖とボロ橋を見て思い出した。此処こそが自殺の名所と呼ばれている『身投げの断崖』だ。
百年以上前まではこの橋を渡って向こう側へ渡っていたのだが、今では移動手段の幅が広がったので、最早この橋を使用する者は皆無となった。当然、橋の補修も行う必要性は失われ、今日まで忘れ去られていたに等しい扱いを受けていた。おかげで今に崩れてもおかしくないぐらいにボロボロだ。
またこの断崖だ。自殺するには打って付けの場所だという噂が忽ち広まり、生きる希望を失った者達が此処へ足を運び、己の手で最期を迎えるらしい。
だが、実はその大半は樹海に住む魔物娘達の手によって骨抜きにされて、今でも生き長らえつつ甘い生活を送っている……という噂もあったり無かったり。果たしてどちらが事実なのかは定かではない。
「待ちやがれぇぇぇぇ!! この野郎ォー!!」
……っと、そんな事を考えている場合じゃない! 樹海の木々に行く手を阻まれて思うように動けなかったウシオニが追い付いて来た!
このままじゃ捕まって、あのウシオニの性奴隷にされてしまう……。そうなるぐらいなら一か八かで渡った方がマシだ。そう自分に言い聞かし、僕はゆっくりとボロボロの吊り橋の上を渡り始めた。
長い期間に渡って放置されていたせいで足場を組んでいる木板も所々穴が開いており、橋そのものを支えるロープも腐って今にも千切れそうだ。素人の目から見ても非常に危険な状態だ。よくこんな状態で何十年も保てたものだ……。
「チキショー! 手前、こっちに戻ってきやがれ!!」
丁度橋の真ん中付近に差し掛かった所で背後の方からウシオニの声が聞こえてきた。凶暴な彼女も流石にボロボロの吊り橋を渡って僕と心中するほど愚かではないようだ。
これならばウシオニから逃げ切れるかも……と考えた直後に突然橋が強くグラグラと揺れ始めた。
「わっ!? な、何だ!?」
地震……と言うよりも態と揺らされているような感覚にまさかと思って後ろへ振り返れば、案の定ウシオニが吊り橋を支えているロープを掴んで激しく揺らしていた。それも満面の笑みを浮かべながら。
「ちょ! あ、危ないですよ!!」
「がはははは! こっちへ戻ってきたら止めてやるよ!!」
「嫌ですよ! 戻ったら僕を捕まえるんでしょう!?」
「無論よ、そんでもってたっぷりねっぷり一生手前を可愛がってやるぜ!」
「尚更嫌ですよ!!」
「ほぉー? そんだったらお前が降参するまで揺らし続けてやるよ! そぉれ!!」
僕が頑なに捕まるのを拒否するとウシオニは遠慮無しに再度橋を揺らし始めた。その揺れは言葉にならないぐらいに激しく、僕は縄にしがみ付いているだけで精一杯だった。激しい揺れで気分が悪くなるが、かと言って戻って捕まるのは嫌だ。
ここは我慢で乗り切るしかない……長い下積み時代で鍛えた精神力と忍耐で耐え抜こうとしたが――――
プチッ ブチチッ
―――長い時間で老朽化した縄の耐久力が先に限界を迎えつつあった。数十年も放置されてボロボロだった上に、数十年振りに人間が橋を渡ろうとして、ウシオニが激しく橋全体を揺らされているのだ。千切れないなんて保障が何処にある? 否、千切れてもおかしくはない。
しかも、僕の目の前で縄が千切れ始めたのだからこれはヤバい! 縄が切れたら間違いなく落ちて即死だ! そうなる前に橋を渡ろうと、縄にしがみ付きながら一歩ずつ前へ進もうとするが、それを見逃してくれる程ウシオニもお人好しじゃない。
「逃げんじゃねぇよ! おらおらぁ!!」
「わっ! あ、危な―――!」
逃げようとする僕を見て、何としてでも橋の上で足止めしようと一層激しく揺らすウシオニ。どうやらロープに限界が来ていると気付いていないようだ。思わず危ないから止めるようにと訴えそうになったが――――
ブチチチ……! ブヅンッ!!
―――僕が訴えるよりも先にロープが音を立てて千切れてしまった。
「「あっ」」
その瞬間、僕の声とウシオニの声が重なったが……ロープが千切れた後ではもう遅い。僕の体は支えを失って瓦解した吊り橋の残骸と共に大地の裂け目に吸い込まれるように落下していく。
その瞬間、全てがスローモーションに映って見えた。僕の体と一緒に落下する吊り橋の破片や、橋の手前で僕を見下ろすウシオニの姿など……全てがゆっくり動いているように見えた。
ああ、これが死の間際に感じるという緩やかな時間の経過なんだなぁ…と何故か僕は穏やかな気持ちでこのスローモーションの体験を理解していた。いや、死に直面して諦めたからこそ逆に冷静に理解出来たのかもしれない。
落ちていく僕を見てウシオニが悔しそうに叫んでいる様子だが、何を叫んでいるかは分からなかった。そして落下していく間に僕の意識もまた奈落の底へと落ちていき、やがて暗転した。
ピチョン……ピチョン……
「う……?」
飛び降りの断崖から落ちていく途中で気を失った僕の耳に最初に飛び込んできたのは水を打つ音だった。あの世で水の音が聞けるって事は三途の川か何かかなぁ…なんて頭の中で連想させながら目を開くと、目の前に飛び込んできたのは洞窟と思しき天井だった。
そしてムクリと起き上がって辺りを見回してみると、明らかにそこは鍾乳洞と呼ばれる地下洞窟であった。氷柱のように天井からぶら下がった鍾乳石もあれば、その逆に大力天に向かって伸びている石筍、そして二つが一つとなってくっついた石柱など鍾乳洞で見られる光景が広がっていた。
また洞窟内は特殊な鉱石から薄く発せられる光で照らされており、鍾乳洞の輝きや美しさが際立っていた。
これはこれで幻想的で良いかもしれないが、それ以前にどうして自分は鍾乳洞なんかに居るのか。いや、そもそも僕は身投げの断崖から落ちた筈だ。普通ならば即死の筈なのに、どうして生きているのか。まさか普通の鍾乳洞に見えて、既に此処は地獄なのか。
様々な憶測や想像が膨らんでいき、答えを得られないでいると背後の方からカサカサと何かが動く音が聞こえた。音に気付いて振り返れば……鉱石の光が届かぬ暗い影の中に何かが蠢くのを確認出来た。
「な、何?」
こういう時は余り良い予感はしないものだ。そしてこういう時に限ってその予感は的中してしまうものだ。
僕の視線に気付き、影で蠢く者達が一斉に僕の傍へと寄って来た。虫のような長い触覚、ギザギザした手足、茶色い昆虫の羽……人類の天敵と呼ぶに値するゴキブリの特徴を持った魔物娘デビルバグだ。しかも、それが一匹や二匹どころか三十匹以上居る。
彼女達が此処に居るという事は、やはり僕の肉体はまだこの世に存在しているようだ。それを実感してホッとしたのも束の間、すぐに次の問題が発生する。
どのデビルバグも興奮しているかのように表情が赤く、発情したかのような色気ある瞳でこちらを見詰めている。
駄目だ、彼女達も僕を(性的な意味で)狙っている……そう危険を察知したのと同時に彼女達の一匹が口を開いた。
「オにーサン、自殺シヨうとシタの?」
「え? あの、いや……」
「オにーサン、コノ世に嫌気ガさしちゃっタの?」
どうやらこの子達は僕が自殺する為にあの断崖から飛び降りたと勘違いしているようだ。だけど、どうしてこの子達は僕があそこから落ちた事を知っているのだろうか。もしかした落ちた僕を助けてくれたのは彼女達なのだろうか? だったら嬉しいのだが……襲われるのだけは御免なさい、許して下さい。
「オにーサン、死ヌぐらイならアタシ達と良イことシヨーよ」
「うん、良い事シタイ」
「イイコトイイコト」
「い、いや! 僕は死ぬ気なんてこれっぽっちも……!」
一生懸命に違うと言い訳を試みたが発情している彼女達にそれは無意味であった。向こうは完全にヤる気だし、既に彼女達の目は僕を性欲の対象と見做している。
そして三十匹にも及ぶデビルバグは僕の話しに耳も貸さず、自分の性欲を満たそうと一斉に飛び掛かって来た。
もう駄目だ、今度こそ本当に駄目だ。迫り来る彼女達の波に僕は目を閉じて、やがて来るであろう衝撃に身を備えた。
その直後だ、僕の体に何かが巻き付いたのは。そして次の瞬間には僕の体がグンッと上へ引っ張り上げられ、足が地面から離れた。
「えっ? えっ!?」
突然の感覚に思わず目を開けてみれば、僕達に襲い掛かろうとしていたデビルバグ達が何故か真下の方に居た。否、自分の体が宙に浮いているのだ。突然の出来事にどうして体が宙に浮いたのか分からなかったが、それも少しして自分の体に巻き付いている物を見て納得した。
宙に浮いた自分の体に巻き付いていたのは物凄く太くて長い……百足の胴体だ。まさかと重い胴体に巻き付いた百足の体の先を視線で追ってみれば、鍾乳洞の天井に魔物娘『大百足』が貼り付いていた。
百足の頭と思しき部分には東洋系の美女の上半身が付いており、何処か暗い雰囲気を漂わせながらも、彼女から発せられる色香は何処か妖艶な雰囲気を醸し出している。
大百足は不気味な容姿をしているせいかジパングでは魔物娘なんて可愛らしい呼び方ではなく、堂々と『怪物』と呼ばれている。確かに古来ジパングでは百足や蜘蛛に纏わる怪談や恐怖伝説などが数多く残っている。故に大百足みたいな魔物娘がジパングの人々に恐れられるのも仕方ないかもしれない。
しかし、かく言う僕もジパング人ではあるが……彼女を見て恐怖を抱いたり畏怖したりしなかった。それどころか何処か暗い影を落としている彼女の横顔を見て、心臓が早いペースで脈打っている。
ドキドキする。それはもう自分でも自覚出来るぐらいにドキドキしている。
僕が内心でドキドキしているのを余所に大百足は冷たい目でキッとデビルバグ達を一睨みすると、数で圧倒していた彼女達は光に照らされたゴキブリのように暗い影の中へと一目散に逃げて行ってしまった。
やがてデビルバグ達の気配も無くなった所で僕の視線に気付いた大百足は顔をこちらへ向けるや、さっきとは打って変わったような穏やかな瞳で僕に向かってペコリと一礼した。
「えらい手荒い真似してすんまへんなぁ。デビルバグからあんさんを助けるのに良い手が思い付かへんかったもんで……」
「い、いえ! とんでもありません! 助けて下さって有難うございます!」
「そうどっかぁ? そない言うてくれへんのならウチも安心どすわ」
幾ら大百足がジパングの魔物だからとは言え、ジパングで使われる地方弁を交えた穏やかな口調で僕と会話してくれた事に驚いた。噂で聞いている恐い伝説や怪談話が嘘のようだ。
初対面でありながら他の魔物娘達とは違う親身な態度で僕と接してくれたからか、僕は心を開いて大百足と仲良くする事が出来た。そして彼女と会話を通じて、僕がこのような状況に陥った原因を知る事が出来た。
僕をデビルバグ達から守ってくれた大百足の名は椿さんと言い、この鍾乳洞内で長く生活しているとのこと。
そもそもこの鍾乳洞は何処なのかと言うと、実はこの鍾乳洞はあの身投げの断崖の底で繋がっているのだ。自殺の名所として知られる身投げの断崖の底にこんな美しい場所があったとは露にも思っていなかった僕は、椿さんにその事実を聞かされて驚愕した。
では、そこへ落ちた筈の僕はどうして無傷なのか? それは底近くに張り巡らされたジョロウグモの糸のおかげだ。
数百年以上も昔、この身投げの断崖の底はジョロウグモの巣であった。しかも、その頃はまだ魔物娘ではなく、人々の肉を食らい、人々から恐れられていた純粋な魔物であった。
だが、魔物を統べる魔王が交代したのと同時に全ての魔物が魔物娘へと変貌を遂げたのを機にジョロウグモ達は巣を後にして人里へと降り立っていった。
それから百年以上が経過し、現代のジョロウグモ達ですらこの巣の存在を知る物は皆無だ。しかし、数百年経っても祖先が巣に残した膨大且つ強靭な糸は未だに健在であった。
僕があの高さから落下しても助かったのは、その糸がクッションの役割を果たしたからだ。また長い年数を経た事で糸の粘着性が衰えており、糸に絡まる危険が失われていたのは幸運であった。
そして糸のクッションに落下した後、気絶していた僕を椿さんが見付けて介抱してくれた……というわけだ。
事の顛末を聞いて僕は素直に『そうだったんだ…』と呟いて説明してくれた椿さんの顔をジッと見据えた。すると、椿さんはふと真剣な面持ちを浮かべて僕に言葉を投げ掛けてきた。
「ほんで聞きたいんやけど、あんさんは自殺するつもりで落ちたん?」
デビルバグと同じ質問をされて、僕は慌てて首を振って否定した。
「ち、違いますよ! 僕は自殺する気なんてありません! あれは事故です!」
「事故?」
やっぱりアソコから落ちてくる人間は自殺願望者だと考えているのかなぁ。いや、そう考えてもおかしくはない高さだからなぁ……うん。何はともあれ、僕は此処へ落ちた経緯について椿さんに一から全て話した。
趣味で樹海に足を踏み入れた事、そこでウシオニに出くわして追われた事、そしてボロ橋を渡ろうとした時にウシオニのせいで落とされた事……これらの事情を包み隠さず打ち明けた所で椿さんも納得してくれた表情を浮かべて頷いてくれた。
「そうやったんかぁ、それは災難どしたなぁ」
「ええ、全くです。椿さんはあのウシオニについて何かご存じですか?」
「いーや、全く知りまへん。知っとる事と言えば、あのウシオニは新参者ってだけどすわ。奴がここらに来やはったのは三カ月ぐらい前やって事以外は何も……」
ウシオニとお知り合いならば僕が生きている事は内緒にして欲しいとお願いしようと思ったが、椿さんが知らないのでは仕方がない。でも、椿さんの様子を見る限りウシオニに僕の事を告げ口するつもりもなさそうだ。
「ほな、あんさんはまたあっちの街へ戻るちゅうわけやね?」
「はい。でも、どうやって戻れば良いのか……」
「大丈夫や、ウチが道案内してあげるさかい」
「本当ですか!? 有難うございます!」
此処からどうやって出れば良いのだろうという不安があったが、それも椿さんのおかげで解決しそうだ。ああもう、本当に椿さん様々だよ。この人が居なかったら、僕は今頃デビルバグの群れに圧倒されていた所だ。こうまで色々と助けて貰ったにも関わらず、何もお礼が出来ないのが心苦しい。
「でも、すいません。助けて貰ってばかりで、何もお礼が出来なくって……」
「ええんや、そないなこと。気にせんといて。それにウチの方こそ……」
「……え?」
「…あっ! な、何でもありまへん!」
確かに今、椿さんは何かを言い掛けようとしていた。フッと目を細め、頬を赤らませて……まるで昔の初恋を思い出している様な表情に見えたが、僕と椿さんは初対面の筈だ。
出会った覚えなんて無い筈なのだが、僕が忘れているのか、それとも知らない内に会っているのか、はたまた椿さんが僕に似た想い人を思い出しているのか……。
この中のどれが答えかは分からないが、けれど初対面である彼女の内情を彼是探るのは野暮と言うものだ。今は彼女の好意に甘えてこの洞窟を抜ける事を最優先と考えて、彼女が魅せた恋慕の横顔は一旦記憶の端っこに片付けておいた。
その後、僕は彼女の案内のおかげで鍾乳洞を脱出し、無事に地上へ戻る事が出来た。しかも、幸いにも地上に出た先が僕の庭と言っても過言ではない樹海の出入り口エリアであった。此処から歩いて行けば三十分程度で樹海を出て、街への帰路へも着けるだろう。
「本当に有難うございます! 椿さん!」
「ええんやって、お礼なんて……。それよりも聞きたい事がおますんやけどええかいな?」
「? 何でしょうか?」
今更になって聞きたい事があるなんて……一体何だろうかと不思議そうな目で椿さんを見ていると、彼女は僕にスッと人差し指を差してこう言った。
「あんさんの名前……まだ聞いてへんのやけど」
「あっ」
正にうっかりしていたの一言に尽きる。鍾乳洞へ出る方法や、此処から出たらウシオニに出会わないよう気を付けなければと、今後の事に付いて色々と考えていたら椿さんに自己紹介をするのをすっかり忘れていた。
恥ずかしさを紛らわす為にゴホンと咳払いを一つした後、改めて僕は自己紹介を述べた。
「申し遅れました、僕の名前はシン・ヤクモと言います。一週間に一度、この樹海には足を運ぶのでその時に良かったら声を掛けて下さい」
「そうどすかぁ……。ほなシンはん、気ぃ付けてお帰りやすぅ……」
「はい、本当に有難うございました!」
椿さんに再度お礼を告げて、僕は彼女と別れた。また一週間後に会えるかな、その時にお礼が出来ると良いなぁ……など考えながら意気揚々と帰路に着いている最中、僕は大事な事を忘れてしまっている事に気付いた。
「……あっ! カメラが無い!!」
そう、仕事と趣味の両方で使うカメラを失っていた事に今更気付いたのだ。あのカメラは自分が夢を追う為に、バイト等で頑張って溜めたお金で買った思い入れのあるカメラだ。
それ以来肌身離さず持っていただけに強い愛着が湧いており、アレが無いと分かった直後は思わず取り乱して慌ててしまった。
明日から仕事があるのだから来週まで待っていられないし、何よりあれは僕の思い出深い……いや、体の一部と言っても良いぐらいの大事な物なのだ。
そんな大事な物を落としてしまうだなんて、あの時しっかり確認しておけば良かったと悔やんで居た堪れない。
此処に無いとなれば、思い当たる場所はあの鍾乳洞しかない。きっと落ちた衝撃で一緒に落としたのかもしれない。そう思い付くや僕は迷うことなく回れ右をして、自分の記憶力を頼りに今さっき通った道筋に沿ってカメラを取りに戻って行った。
来た道を全力で戻って十分程、鍾乳洞の入り口まで残り僅かと言う所まで迫った頃、誰かが怒鳴り合う声が僕の耳に届いてきた。進めば進むほど声が大きくなるという事は、どうやら怒鳴り声を上げる主は僕が進む先……鍾乳洞の入り口近くに居るようだ。
一体誰だろうかと思いながらも徐々に近付いて行くと――――
「オラオラ! さっさと言えよ!! あの野郎は何処行きやがったんだ!?」
―――………ハッキリと聞こえたその声だけで一体誰が怒鳴っているのか分かってしまった。そこから僕は歩みを緩め、樹海の木々の後ろに回り込みながら慎重に声の方へと近付いて行く。
そして……漸く怒鳴り声の主の姿が見える所まで接近する事に成功した。いや、成功してもちっとも嬉しくないのだが。
何故なら、声の主の正体は僕を襲って来たあのウシオニだからだ。その上、今の台詞から察するにウシオニが僕を探しているのは明らかだ。
けれど、どうしてウシオニは僕が生きていると知ったのだろうか。そしてあのウシオニは一体誰を怒鳴っているのだろうか。
そう思ってウシオニが怒鳴りつけている相手をチラリと見遣ると、そこに居たのは何と先程まで親身になって僕に接してくれた大百足の椿さんじゃないか!
しかも、ウシオニに暴行を受けたのか頬や胴体、腕など生身が見えている所に痛々しい痣が出来上がっている。
そしてウシオニからの暴行を受けて地面に這い蹲りながらも彼女が大切に抱えている物を見て僕は更に衝撃を受けた。紛れもなく、それは僕のカメラだ。まるで僕のカメラをウシオニから守るように大事に、大事に抱えていたのだ。
多分、椿さんも僕のカメラを見付けて僕に届けてくれようとしたのだろう。だけど、その直後ウシオニに見付かって……こんな酷い目に遭わされてしまったんだ。
「分かっているんだぜぇ、そのカメラはアイツが持っていたもんだってな! そんで、それから奴の血の匂いはしない。つまり、まだアイツは無傷で生きているって事だ! さぁ、さっさと奴の居場所を言いな! これ以上痛い目に遭いたくなかったらな!!」
「し、知りまへんどす……。これは偶々落ちとったもんどす……。あんさんの勘違いやありまへんか?」
「何だと!?」
嘘だ。椿さんは僕が生きている事を知っているのに、僕が何処に行ったかも知っているのに、どうして嘘を言うのだろうか。嘘を言えば言うほどウシオニに酷い暴行を受けるのは明らかだと言うのに、真実を言ってしまえば楽になれるのに……。
考えられるのは……僕を守る為としか思えない。けれど、椿さんが僕を守っても何の利益も無い筈だ。それに恩がある訳ではない。寧ろ、恩があるのはこちらの方だ。断崖から落ちて今に至るまで、何から何まで椿さんのおかげだ。彼女が居なければ僕は今頃どうなっていたか……。
ならば自分よ、このままで良いのか? ウシオニに蹂躙される彼女を遠くから眺めているだけで良いのか? 自分のせいで傷付く彼女を見ているだけで良いのか?
無論―――良い訳がない。
僕の為に彼女が我が身を犠牲にしているのならば、僕もまた我が身を犠牲にして彼女を助けるべきだ。そう覚悟を決めた僕はウシオニが再度暴力の拳を椿さんに振り下ろそうとした直前に飛び出した。
「止めろ!!」
ウシオニの暴力を止めるべく、僕はそう叫んで椿さんとウシオニの間に割り込んだ。そして椿さんをウシオニから守るように彼女に背を向け、ウシオニと真正面から向き合った。
「!! シンはん!?」
「おっ! 遂に出てきやがったか!」
僕の登場に椿さんは純粋に驚き、ウシオニはご満悦の表情を浮かべる。そりゃそうだ、片方は僕がてっきり人里へ帰ったものだと思い込み、もう片方は僕を探し求めていたのだから。
「へっへっへ、待っていたぜぇ。何処かに居ると思っていたが……案外近くに居やがったな」
「ウシオニ、僕は出てきたぞ。だから、これ以上彼女に暴力の振るうのは止めろ」
「へへっ、そんな恐い面すんなよ」
椿さんという命の恩人を傷付けたウシオニに対し、僕は純粋な怒りを覚えていた。そもそも断崖から落ちた原因はこのウシオニにあるのだから、怒らない方が無理な話だ。
「シンはん、なんで戻って来たん……!? あのウシオニはシンはんを狙っとるんやで!? なのに……どないしてや!?」
背後からやって来た椿さんの声に僕はゆっくりと振り返り、傷付いた彼女の姿を見た。顔や腕に痛々しい痣が出来ているにも関わらず、僕の宝であるカメラを大事に守ってくれた。
最早、椿さんに対して感謝の言葉が尽かない。いや、感謝どころじゃない。僕の半身とも言える大事なカメラを守ってくれたのだ。一生の恩と言っても過言ではない。
ならば、その恩を返すのは今だ。今度は僕が自分を犠牲にしてでも、彼女を守る。
「椿さん、僕のカメラを守ってくれて有難うございます。けれど、僕のせいでこれ以上貴女を傷付けられたくない」
「!!」
「僕がウシオニの相手をしますので、その間に貴女は逃げて下さい」
ウシオニの狙いが僕である事は明らかだ。ならば、僕に夢中になっている間に椿さんは十分に逃げられる筈だ。そう考えて僕は再度ウシオニへと振り返ると、ウシオニは益々笑みを濃くしていた。
恐らく僕が相手をすると断言したから、完全に僕を物に出来ると考えているのだろう。
「へへへ、泣かせるねぇ。大好きな女を助ける為に身を投げ出すなんざよ」
「………」
「安心しろよ、他の女なんざすぐに忘れちまうぐらいに抱いてやるからよ」
そう言ってウシオニはニヤリと笑みを浮かべるや、僕の両腕をゴツイ手で掴んで易々と動きを封じてしまう。こうなれば逃げるのもままならないが、元より椿さんを助ける為に覚悟を決めているのだ。今更逃げる気なんて全く無い。
そして僕を持ち上げ、自分と同じ視線の高さへ持って行くと……大きく口を開き、僕の首筋に噛み付いた。首筋にウシオニの犬歯が刺さり、軽く穴が開く感触が直に伝わってくる。
でも、ウシオニって吸血行為なんてするっけ? 何て疑問を頭に浮かべたのも束の間、直後に首筋の穴から何かを注入される感覚がやってきた。
これは……ヤバい! 直感的にそう感じ取ってウシオニを振り解こうとしたが、力の差は明らかであり振り解こうにも解けなかった。
やがて注入を終えるとウシオニは『ぷはっ!』と声を上げて僕の首から離れ、僕の体を固定させる為に掴んでいた両腕も解放した。だが、解放されたからと言って自由になった訳ではない。奴は明らかに僕の体内に何かを流し込んだ。
「ウシオニ……! 一体何を……!?」
「手前がオレの事しか考えられなくなるように御呪いをしたんだよ」
「御呪い? …うっ!?」
ウシオニの説明が終えた直後、今度は僕の体内が燃え上がる様な不可解な熱さに襲われた。息も上がり、下半身がムラムラと興奮してきた。そして目の前に居るウシオニに対し……僕は途轍もなく欲情してしまう。
そんな馬鹿な話があるものか。どうして酷い事をしてきた相手にこれ程まで欲情するのだ。まさか、これがウシオニの言う御呪いの効果なのか?
「うっ……あっ……! 何…だ……これ……!」
「へへ、効いてきたようだな。オレの血がよ!」
「血……だって……!?」
「オレの一族の血には濃厚な魔力が詰まっているんだ。それを飲んだり浴びたりした人間は魔物と交尾したくて堪らなくなっちまうんだ」
「!!」
「ほら、その証拠にお前の此処もビンビンになってきたぜぇ?」
ウシオニが愛おしそうに見詰める先にあるのは、内部で勃起してテントを張っているかのように盛大に膨らんでいる僕のズボンだ。彼女の言う通り、僕の性器は今までにないぐらいに勃起している。恐らく人生の中でも最大級の勃起だ。
そして自分の中に眠っていた肉欲が覚醒し、ウシオニだろうと椿さんだろうと、形振り構わず交尾したいという欲望に頭と心が支配されていくのが手に取るように分かる。
……ん? 何で僕は今『椿さん』と言ったのだろうか?
まさか、徐々に肉欲に囚われてきた事で僕の本心が出始めたのだろか。いや、これが本心だとしたら……僕はとんでもない恩知らずだ。彼女に散々恩を受けておきながら、更に彼女の肉体をも求めるなんて……これではウシオニと何ら変わらない獣ではないか。
「それじゃ……一緒に溺れようぜ、肉欲の果てによ」
遂にウシオニも我慢出来なくなったのか真剣な表情を浮かべ、僕を押し倒すや服を乱雑に破り捨て、ズボンも軽々と脱がし取ってしまう。そして今にも暴発しそうなぐらいに勃起した性器が外気に晒される。
ウシオニの魔力を供給されたせいか僕の性器は通常の勃起の大きさよりも、倍以上に肥大化していた。まるで牛や馬のペニスのようだ。ペニスに張り巡らされた血管も力強く浮き上がっており、一層の卑猥感と凶暴性を感じさせる。
それを見たウシオニは勿論、後ろの椿さんも僕の性器を見てゴクッと唾を飲み込んでいた。
「それじゃ……早速頂くぜぇ〜」
漸く念願の物を手に入れられるような嬉々とした声を上げ、ウシオニは僕の性器を掴み、その性器に己の顔を近付けていく。多分、フェラチオで僕を散々苛め、更に性交も通じて僕の精を絞り取るのだろう。
………今度こそ僕は食べられてしまう。さようなら、椿さん。貴女の事は忘れません―――
最後の自我を振り絞って心の中で椿さんに別れの言葉を告げ、僕はゆっくり目を閉じて精神を蝕むように襲って来るであろう肉欲の波に備えた。
ドスッ
………だけど、何時まで待ってもフェラチオの感触は伝わって来ない。もしこの感触がやってきたら、今度こそ僕の心は肉欲に溺れてしまい自我を失っていたに違いない。けれど、それが何時まで待っても来ない事を不思議に思いソッと目を開けてみると―――
「!? 椿さん!?」
「ぐっ……この野郎!!」
先程までウシオニに良い様に虐げられていた椿さんが長い百足の胴体を活かして、ウシオニの体に巻き付いて相手の自由を奪っていた。
更にウシオニの胴体に大百足の尾を、ウシオニの肩甲骨辺りに首回りの顎を、そしてウシオニの左肩辺りに椿さんの口を。巻き付いて羽交い締めにしただけでなく、ウシオニの至る所に噛み付いて大百足特有の猛毒を只管に流し込んでいた。
しかし、大百足に噛まれて猛毒を注ぎ込まれているというのにウシオニの表情は涼しいものだ。もしかしたら大百足の猛毒はウシオニに効かないのだろうか?
「おいおい、折角こいつが自分を犠牲にしてまで助けてやったっていうのに……こいつの努力を無駄にする気かよ、大百足さんよぉ?」
「……嫌どす」
「あんっ?」
ウシオニが殺意を込めた目で椿さんを睨み付けるが、椿さんは臆するどころか彼女の睨みに対し同様の殺意を込めた睨みで返してみせた。そしてウシオニの体に毒を注ぐ作業を続けたまま断言した。
「シンはんはウチのもんや。アンタには絶対に渡さへん」
椿さんの強い口調の言葉と、その台詞の内容を聞いた時――――僕は思わずドキッとしてしまった。
彼女の強さに惚れた、彼女の不屈の精神に惚れた、彼女の全てに惚れてしまった。
そして僕は改めて確信した。僕は椿さんが好きだ。椿さんと交尾したい。椿さんの中に僕の子種を注ぎたい。椿さんを滅茶苦茶にしたい。また椿さんに滅茶苦茶にされたい。
自分の中に芽生えた卑しくも純粋な愛情は肉欲に溺れかけた僕の心にしっかりと根付き、最早彼女以外に愛する事が出来なくなってしまった。
「へへっ、今更こいつを取り戻そうってか? 無理無理、もうこいつはオレの―――」
ズシンッ
「……え?」
「な…んだ…!?」
その瞬間、僕は本気で奇跡が起きたと信じてしまった。余裕の態度を示していたウシオニが突然膝を崩し、まるで体全身が麻痺してしまったかのようにその場で座り込んでしまったのだ。
これには僕だけでなく、当のウシオニもこれには驚きを隠せない。ウシオニの体が麻痺したのと同時に椿さんはウシオニを解放したが、やはりウシオニは動けそうにない。
間違いない、ウシオニは大百足の……椿さんの毒にやられたんだ。そして毒を注ぎ続けていた椿さんはウシオニの体から離れるや今度は僕とウシオニの間に割り込み、僕に背を向けてウシオニと対峙した。
動けなくなったウシオニは怒りや悔しさで顔を歪ませ、これまでにない殺気を孕んだ視線を椿さんに思い切りぶつけるが、椿さんにしてみればそんなのはタダの負け犬の遠吠えのようなもの。
相手の怒りを目の当たりにしても動ずるどころか涼しい表情を浮かべ、ウシオニの醜態に冷たい笑みさえも零す程の余裕っぷりだ。
「な……何で!? まさか大百足の毒に負けたって言うのかよ……!?」
「ふふふっ、アンタは自分の力を過信し過ぎたようやね。それが命取りにならはったんや」
「ば、馬鹿を言うな! オレはウシオニだぞ! ジパングで最も頑丈な魔物なんだぞ! 多寡が毒如きで――!」
「“多寡が毒”……やて? ウチら大百足の猛毒を舐めたらあきまへんでぇ?」
そう言って椿さんは徐に小石を掴むと、まるで子供がキャッチボールをするかのような軽い感じでウシオニに向けて石を投げ付けた。当然、頑丈な作りであるウシオニにそんな攻撃は効かないだろう。
そして小石はコンッと彼女の二番目の左足に命中し、力無く地面に落ちた。これだけなら何をしたかったんだで終わっただろうが――――
「ひぎっ!? うぎぃぃぃぃぃぃ!!!!???」
ブシャァァァッ!!
小石が命中した直後、ウシオニの秘部から潮が噴き出たではないか。しかも、その潮噴きの勢いは亀裂が入った水道管のように凄まじく、少なくとも3m以上は飛んだのではないだろうか。
そして潮噴きが終わると……今さっきまで強気の姿勢を見せていたウシオニの姿は何処へやら。ビクンビクンと巨大な体を痙攣させ、椿さんへの怒りで満ちていた表情も絶頂に達した間抜けなアヘ顔を浮かべて恍惚に浸っていた。
しかし、魔物娘だけでなく人間から見てもこれは屈辱的な絶頂だ。性戯や交尾などでなく、只単に石をぶつけられただけで絶頂を迎えてしまうなんて、ウシオニのプライドが許せる筈がない。
恍惚の表情を頑張って引き締めようとするが、絶頂して間もないので頬が引き攣ってしまう。それを見て椿さんがくすくすと笑ってしまうので、益々ウシオニのプライドがズタズタに切り裂かれていく。何だか、椿さんがとってもドSだと思えてきた。
「あらあら、小石だけで盛大にイってまうなんて……忍耐があらへんのやな」
「て、てめぇぇ……お、おれに何をしたぁぁ……」
「何をしたって……これが大百足の毒の効果どす」
「何だとぉ……!?」
そう言って椿さんは大百足の毒の効果について分かり易く説明してくれた。
大百足の毒は人間の体内に入れば体が動けなくなる麻痺は勿論のこと、噛まれた部分に痺れるような快楽が生まれるとのこと。そして体内に注入された毒はやがて体の中を回り、この痺れと快楽を混ぜ合わせた感覚が体全体に出るようになる。それは人間の男性だけでなく、人間の女性や魔物娘も同じだと言う。
また大百足の毒はジパング一と言われるぐらいに強力であり、それを注ぎ込まれ続ければ流石のウシオニさえもご覧の有り様……と言う訳だ。
しかも、ウシオニの場合は大量に大百足の猛毒を体内に注がれてしまった故に、小石をぶつけられた程度でも体全身に快楽が生じてしまい簡単に絶頂に達してしまったのだ。
もっと極端に言ってしまえば、今のウシオニの体は超敏感な処女の性器で覆われているに等しい。
「……せやから、ウチがこんな風に尾でアンタを叩けば叩くほど―――」
バシンッ! バシンッ! バシンッ!
「ひぐぅ! ひゃう! うごぉっ!」
ブシュッ! ブシュッ! ブシュシュッ!
「―――と、こないな具合に痛みではなく快感が生まれてしまうちゅう訳どすなぁ」
「ひ…ひぅ……はぅ……あ……あ……」
椿さんの尻尾で強く叩かれれば叩かれる程、性器から潮を噴いて絶頂するウシオニ。まるで激しいSMショーを間近で見ているような気分だが……何はともあれ、これでウシオニは暫く動けない事は十分に分かった。
それが分かるや僕の体は自然と動き出しており……椿さんを背後から抱き絞めていた。
「ひゃっ!? シンはん!? どないしたんや!?」
「ごめんなさい、椿さん……! 僕、僕もう我慢出来なくって……!」
恥ずかしい話だが、ウシオニの血を注入された事で増大した僕の性欲は今にも爆発しそうだった。また何時暴発してもおかしくないぐらいに膨れ上がった性器を彼女の背中に擦り付けるだけで、僕の背筋に快楽の電気が駆け抜けていく。
「あんっ、シンはんの……とぉっても熱いおます……♥」
「ああっ! 椿さん! もう……!」
ドブッ! どびゅるるるるるる!!!
ほんの数度、彼女の背中に性器を擦り付けただけで思い切り射精してしまい……彼女の柔らかそうな人肌が僕の白濁色の子種で汚れてしまう。ウシオニの血の効果もあってか、その精液の量は今までと比べ物にならないぐらいに多い。
「つ、椿さん……。ごめんな―――」
魔力のせいで性欲に流されてしまったとは言え、彼女の体を汚してしまった事に軽い罪悪感を覚えた僕は彼女に謝ろうとしたが――――
ガリッ
―――僕が言葉を言い終えるよりも先に体を捻らせて後ろを振り向いた椿さんが僕の首筋に噛み付いていた。そして首筋に再び何かが注ぎ込まれる感触が走る。
「えっ?」
どうして椿さんが僕の首筋を噛んでいるのかと不思議に思った矢先、僕の体が麻痺してしまい動けなくなってしまった。
間違いない――――椿さんの毒を注がれてしまったんだ。そう実感して間もなくして息が上がり、目が眩み出した。先程ウシオニの血を体内に注がれて体が燃え上がるような感覚を覚えたばかりだが、更に大百足の毒を注がれた事でその熱さが二乗されたような感覚が体内に湧き起こる。
体が熱い…目が眩む…明らかに毒の症状が体に出ているにも関わらず、椿さんの声と顔だけはハッキリと分かった。そして彼女は動けなくなった僕に対し、頬を赤く染めて少し興奮気味に話し掛けてきた。
「シンはんが悪いんやでぇ? ウチが頑張ってシンはんを襲わんように我慢しとったのに……」
(え? 我慢?)
「此処やとウシオニの目もあるさかい……ウチの住処へ行きまひょか。続きはそこで……」
そう言ってニコリと妖艶な笑みを浮かべるや、麻痺して動けなくなった僕を背負って自分の住処へ向けて走り出し始めた。
「んぶっ、んぐっ、んんー! ぷはぁ! はぁー……シンはんのおちんちんとっても美味しい♥ 何時までもねぶっていたいわぁ♥」
椿さんが住処として住んでいる洞窟に着くや麻痺して動けなくなった僕は仰向けで寝かされ、その上に椿さんが覆い被さって来た。そして濃厚なキスを交わした後、椿さんは僕の体を愛でるように体の至る所に歯形を付けていく。いや、この場合は所有者が自分であると教え込む為と見るべきだろうか。
また気のせいか、僕と濃厚なキスを交わしてから椿さんがより一層乱れたような気がする。百足は人間の唾液が苦手だと聞いたことがあるが、それと何か関連しているのだろうか。
そして僕の性器にむしゃぶりつき、僕の性器からトロトロと溢れ出てくるカウパーを美味しそうに舐め取っていく。
大好きな椿さんに性器を舐められていると考えただけでも凄く興奮すると言うのに、ウシオニの血と大百足の猛毒が混ざって最早興奮を通り過ぎて爆発の一歩手前だ
「つ、椿さん! もう……駄目です! 出てしまいます!」
「ええんやで、出してしもうても。全部ウチが飲んであげるさかい♥」
「う…ああっ!」
その申し出に誘われるかのように僕は我慢出来ずに椿さんの口の中に遠慮なく射精してしまう。しかも、丁度僕の性器を根元まで咥えていた時だったので彼女の胃袋へ直接流し込んでいるような感じがして……椿さんに悪いがとっても興奮してしまった。
椿さんも肥大化した僕の性器を口で含むだけで精一杯だと言うのに、そこから放出された大量の精液を多量に飲み込んで思わず咽てしまう。
「げほっ! げほっ! はぁー……これが精液なんどすかぁ。ウチ、男性の精液を味わうのは初めてやさかい、ちょっとドキドキしとったんどす」
「えっ? 初めて……なんですか?」
精液を飲むのが初めてと言う事は、こうやって誰かと交尾をするのも初めてだと言う事だ。魔物娘は誰彼構わずやっているものだという偏見を抱いていただけに、椿さんが初体験だという事実に正直驚いた。
その初体験が僕だと言う事実も嬉しいものだが、一方でこんな僕が初体験で良かったのかという不安もある。自分への自信の無さから、僕はこの不安を椿さんに打ち明けてしまう。
「あの……椿さん、今更こんな事を聞くのは失礼かもしれませんが、貴女の初体験は僕なんかで良かったんですか?」
「……どないしてそんな事を聞くん?」
「いや、だって僕よりも素敵な男性は他にも居るのに………その……」
かなり前に述べたと思うが、僕の容姿は普通だ。これと言って際立った特徴も無ければ、イケ面でも不細工でもない。本当に地味としか言い様がない普通の容姿だ。
特徴が全く皆無故に自分の容姿に自信が持てず、椿さんはもしかしたら他の男性と交尾したかったのでは……という不安が止め処なく僕の中で湧き上がってきてしまう。
だが、自信無く呟く僕を見て椿さんは失望したり怒ったり、ましてや失笑するでもなく、優しい笑みを浮かべて僕の頬に優しいキスを落とした。
「ウチはずーっと前から決めてたんや。交尾するんやったらシンはんとって」
「……ずっと前?」
「シンはんは忘れとるかもしれへんけど、ウチは覚えていまんねん。五年前、木に挟まれたウチを助けてくれた時の事を……」
「五年前………あっ!!」
椿さんの一言で僕の脳裏で五年前に助けた大きい百足と椿さんが結び付き、僕は思わず声を上げてしまった。そうか、まるで僕を知っているような雰囲気だとは思っていたけど……まさかあの時の百足が椿さんだったなんて。
「あの時の御恩を忘れた事は一時もあらしまへん。そして何時の日か……その恩を返そうと思っとりました」
「それで……僕にあそこまで親切にして下さったんですね」
「そうどす、でも……今こうやってセックスするんは恩さかいにちゅう理由じゃありまへん。ウチは純粋にシンはんが好きどすねん。五年前からずっと……あんさんを慕っておったんや」
五年前からずっと……そう言われて僕の心の中にあった不安は春の雪解けのようにじわじわと溶けて無くなり、残ったのは彼女に対する純粋且つ温かな愛だけでした。
「………僕も、僕も椿さんが好きです。大百足として出会ったばかりですが、貴女に一目惚れしてしまいました。貴女の全てに……惚れました」
「シンはん……! ウチ、嬉しい!!」
「わっ!」
お互いに想いの内を打ち明けると、椿さんは猛毒で動けない僕をギュッと強く抱き締めました。互いに愛し合っていると分かっただけでも、この抱擁は今までにないぐらいに幸せでした。
「ほな、いよいよ本番やけど……どもないか?」
「はい、僕は大丈夫です」
そして椿さんとのセックスも遂に本番に差し掛かった。動けなくなった僕の上に彼女が跨り、ギンギンに勃起している僕の肉棒の頭に自分の膣口を押し当てる。そして互いに息を整え心の準備が完了したところで、椿さんは僕の肉棒目掛けて一気に腰を下ろした。
ズブンッ!
「!!?」
「くあっ……!」
椿さんの膣内の奥深くに僕の堅くて太い肉棒が挿入される。猛毒の影響なのか、何時も以上に肉棒に伝わる感触がとても敏感になっており、挿入した瞬間に僕の五体全てに快楽の電気が駆け抜ける。
だが、それは椿さんも同じだ。いや、僕以上だ。僕の肉棒を受け入れた途端に彼女は余りの気持ち良さに口をパクパクとさせ、恍惚の表情を浮かべて何も喋れなかった。漸く彼女が言葉を発したのは、僕と繋がって三十秒後の事だ。
「しゅ、しゅごい!! しゅご過ぎるぅぅぅ! こ、これがセックスどすか!? こないにも気持ちええなんて知らへんどしたぁ〜♥」
「つ、椿さん……キャラ変わっていませんか?」
「細かい事はこの際どうでもええどす♥ それよりも今はお互いに楽しみまひょ♥」
「……はい、そうですね」
そう言ってキスを求めてきた椿さんに応じ、僕達は互いに愛おしく舌を絡め合いセックスを純粋に楽しんだ。キスと一緒に唾液交じりの毒が流れ込んでくるが、そんな事は気にしない。何せ椿さんの毒である事は確かなのだから、今の僕なら喜んで受け入れられる。更に本気になれば尻尾の毒も受け止められるかもしれない。
そして椿さんも僕の唾液を口から体内に取り込み、取り込む度にビクビクと体を小刻みに揺らしている。
「あの……椿さん、大丈夫ですか?」
「う、うん。どもない……。ウチら大百足族は人間の男性の唾液を体内に受け入れると快楽に襲われてしまうんどす」
「ああ、それでキスする度に体が痙攣するんですね」
何気なく椿さんの弱点を知れて、僕は無意識に嬉しさを感じた。もしかしたら何時の日か僕の唾液で彼女をヒィヒィ言わせてしまう日が来るかもしれない……そんな卑猥な考えが頭の中であったからだ。
「せやけど、シンはんの唾液……とっても美味しいどすえ♥ ウチ、シンはんの唾液なら何杯でも飲めそうや♥」
「椿さん……んむっ」
くちゅっ、ぬちゅっ、むちゅっ……
舌と舌、唾液と唾液が卑猥に絡み合う音が洞窟内に響き渡る。そして互いに快楽が体に馴染んできた所で、椿さんは腰を振り始めて本格的なセックスを開始する。
「ああ! 気持ちええ! とっても気持ちええわぁ!!」
激しく腰を上下に振らして悦楽に浸る椿さんの姿に僕は喜びを覚えるが、一方で大百足の猛毒とウシオニの血で肥大化した僕の肉棒を小さな膣で受け入れて壊れないだろうか……と心配すら感じてしまいます。
でも、僕の肉棒を根元まで受け入れている上に本当に気持ち良さそうなので大丈夫かなと思ったりもして。
そして僕の肉棒も激しい責めに遂に限界を迎えてしまう。背筋に電流が走り、股間に熱いものが集中する。間違いない、これは絶頂の兆しだ。
「つ、椿さん! 出しますよ! 僕の精液を受け止めて下さい!」
「ええどすえ! ウチの中に出して! あんさんの精液でウチの“おめこ”に種付けしておくれやすぅぅぅ!!!」
羞恥心の欠片もない言葉に今まで以上の興奮と快感を覚え、僕は思い切り腰を突き上げて彼女の膣内に大量の精液を放出した。
ドブッ! ドブッ! ドブッ!
塊のような精液が三回に分けて彼女の中へと吐き出され、僕の子種が椿さんの子宮に種付けされる。そう考えただけで僕の肉棒は椿さんの中で硬さを増し、その感触が椿さんにも伝わったらしく彼女の体がビクンと小さく跳ね上がる。
「あん♥ シンはんのおちんちん……硬くなっとる♥ 何や、エロい事でも考えとったん?」
「椿さんだから硬くなっちゃうんですよ。それよりも……もう一回良いですか? 今度は―――
「え……きゃっ!?」
そこで僕は不意を突く形で椿さんを押し倒し、形勢逆転した。この突然の動きに椿さんもポカンと呆けた表情で僕を見詰め、驚きを隠せなかった。
「シンはん! い、何時の間にウチの毒から自由にならはったんや?」
「今さっきですね、射精する時に僕から腰を突き上げたでしょ?」
そう、さっき椿さんに膣内射精する直前で僕の中に注がれた毒が効果を失ったらしく、僕の体は再び自由を得ていた。だが、これに対して椿さんは納得できない表情を浮かべていた。
「で、でも……普通も人間やったらまだ暫くは動けへん筈やで? なのに、何で……?」
そう、普通の人間ならば強力な大百足の猛毒を体内に注入されたら半日以上は動けなくなる筈だ。しかし、現に僕はこうして毒から解放されて動く事が出来ている。それは何故なのかと椿さんは疑問に思っているが、僕が思うに―――
「多分、ウシオニの血で僕……インキュバスになったからじゃないのかな?」
「………嘘!?」
あの時、ウシオニの血を体内に取り入れた事で僕は人間からインキュバスに生まれ変わってしまったからではないだろうか。インキュバスは人間よりも頑丈だし、回復力も早いと聞く。そう考えれば椿さんの毒からこうも早く回復出来た理由にも辻褄が合う。
椿さんにしてみれば僕がインキュバス化して復活するなど計算外だったに違いない。僕にとってもこれは予想外の出来事だ。
しかし、これはこれで嬉しい誤算だ。インキュバスになったのだから、この頑丈な体と性欲を使って椿さんとの性交を楽しむとしよう。
「それじゃ、椿さん……覚悟は良いですか?」
「そ、そんな……覚悟なんて――――んむ!?」
今度は僕の方からキスを仕掛け、彼女の体内に一方的に唾液を注ぎ込む。すると忽ち彼女の表情がトロンと緩んだものとなり、僕を見詰める瞳も潤んだ可愛らしいものへと変貌する。
「し、シンはん……不意打ちどすえ♥」
「僕だって偶には不意打ちしたいんですよ。それじゃ改めて……覚悟は良いですか、椿さん?」
悪戯っぽく椿さんに確認を求めると、椿さんは頬を真っ赤に染めて少し視線を僕から逸らし……コクンと小さく頷いた。
「ええどす、シンはんにやったら……何されても構いまへん……」
恥ずかしながらそう呟く椿さんの姿だけで彼女の膣に挿入したい気持ちに駆られたが、ここはグッと堪えて耐えた。そう、先ずはじっくりと椿さんで遊んでから……ね?
「ふぁぁ! あんっ!! シンはん! シンはぁん!!」
ぐちゅっ! ずちゅっ! ぬちゅっ!
僕が突く度に彼女は身を捩らせ体を痙攣させる。その姿がまるで死を目前にして悶える百足の体を彷彿とさせるが、椿さんを愛した今はその姿さえも可愛らしく見えてしまう。どうやら本当に僕の身も心も彼女に夢中になってしまったようだ。
そして更に突けば突くほど、彼女の口から甘い悲鳴が零れ落ちていく。
「気持ち良いですか、椿さん?」
「ああっ! き、気持ちええどす! 気持ち良過ぎておつむがおかしくなりゅううううう!!!」
ぐちゅ! ぐちゅちゅちゅちゅ!!
「ああっ! ひぁぁぁぁぁっ!!! れ、連続で突かんといてぇぇぇ!!」
「ふふ、椿さんったら可愛いなぁ。僕が指を入れただけでこんなんになっちゃうなんて」
そう、実を言うと僕はまだ彼女の膣に自分の肉棒を入れてはいない。今入れているのは僕の右手の指だけだ。
しかし、その指にはたっぷりと僕の唾液を絡ませてある。先程彼女自身が述べたように、大百足は人間の男性の唾液を体内に取り込むと激しい快楽を生み出す。
それを知った上で僕は自分の唾液を絡めた指を彼女の膣に激しく出し入れを繰り返す。すると僕が彼女の膣に指を入れる度に彼女は絶頂を繰り返し、絶頂する度にウシオニ顔負けの潮噴きを見せてくれた。
正確に数えていないが……少なくとも既に三十回近くはエクスタシーを迎えている筈だ。
そして絶頂も四十回目を迎えようとした時に僕はゆっくりと椿さんの膣から指を引き抜き、彼女の様子を見守った。
「ど、どないんどすか? 早う続きをしておくれやすぅ……」
案の定、椿さんは僕に性交の続きをしてくれと懇願してきた。凶暴な大百足が僕に卑猥なお願いをしている現状に僕は無性に興奮してきたが、まだ彼女のお願いに応えなかった。
「続きって……どんな事をすれば良いかな?」
「え? そ、そら……アレに決まっとるではおまへんどすか」
「アレって何ですか? 口で言わないと分かりませんよ?」
さっきまで卑猥な言葉を言っていたのに、やはり自分からお願いして言うのは恥ずかしいようだ。ああ、本当に椿さんは可愛い。可愛過ぎて苛めたくなっちゃうなー。どうやら僕は大好きで仕方がない子にはついつい苛めたくなっちゃうタイプだそうです、はい。
そして椿さんも遂に観念したらしく、顔を真っ赤にして恥辱に耐えながら僕にハッキリとした口調で“お願い”を口に出した。
「お、お願いします……。う、ウチの膣にシンはんの…お…お…おちんちんを……い、入れておくれやす……!!」
恥辱に耐え抜いてお願いを口にし終えると、彼女は恥ずかしさの余り泣き出しそうな表情を浮かべた。これ以上苛めるのも可哀相だから、彼女の頑張りに報いるとしますか。
「良く言えました〜♪ それじゃご褒美に僕のおちんちんを入れてあげますねー。勿論、唾液たっぷしで」
「へ!? だ、唾液タップシ!?」
「当然ですよ、あそこまで頑張ってお願いしたんだから椿さんを大満足させるぐらいに可愛がってあげませんとね!」
「い、いや……そこまでしなくても……」
そう言って椿さんが引き腰になっている間にも僕は自分の肉棒に唾液を零し、ローションのようにタップリと塗りたくっていた。やがて僕の肉棒が唾液に塗れてテカテカに輝いているのを見て、椿さんがゴクリと唾を飲み込んだのを聞き逃さなかった。
「ほら、椿さんも本当は欲しいんでしょう? 僕のおちんちん♥」
「いや、そないな事は……」
「じゃあ、欲しくないんですか?」
「! ほ、欲しいおす! シンはんのおちんちん欲しいおす!!」
やはり欲望には抗えぬものであり、一度は恥ずかしさから拒んだものの、再度僕が肉棒をチラつかせると目の色を変えた椿さんはあっさりと自分の本音を口に出してしまった。
「ふふっ、素直ですね。やっぱり椿さんはそうでなくっちゃ。それじゃ椿さんの膣におちんちん入れますねー」
「ふぁ……ああ……」
そして唾液に塗れた肉棒をゆっくり……ゆっくりと椿さんの膣へと挿入する。僕の唾液を膣内に入れるだけで絶頂するだけあって、唾液に塗れた肉棒が入った途端に彼女の膣内がギュウギュウに収縮して僕の肉棒を激しく締め上げる。
「うわっ! これは……! 凄い、凄いですよ! 椿さん!?」
「あああああ!? 何なんこれ!? す、凄過ぎて分からへん!! あかん、イってまうー!!」
まだ挿入したばっかだと言うのに椿さんは絶頂に達してしまい、膣からは彼女の愛液が潮のように激しく噴き出た。
それを見て僕はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。これでもしも突き続けたらどうなるだろうか……と。決してやってはいけない感じはするものの、逆にやってはいけないと思うからこそ禁断の扉を開けたいという欲望が人間の心の奥底にあるもので。
また激しい肉欲と彼女への愛がその禁忌を破るきっかけとなり、僕は椿さんを抱きしめながら激しく腰を上下に動かし始めた。
「行きますよ、椿さん!」
「あっ! あっ! まま待っておくれ―――」
ずちゅ! ずちゅ! ぐぼっ! ごちゅ!
「ひぁっ! アァッ! ああああああああああ!!!!」
突けば突くほど凄まじい潮を吹き、僕の体を愛液塗れにする。また絶頂し過ぎたせいか椿さんの目がヤバいぐらいに上へと向いており、危険過ぎるアヘ顔を作り上げていた。だが、それでも僕は腰を振るのを止めなかった。いや、止まらなかった。
痙攣する彼女の膣内が最高過ぎて、僕の腰は今更止める事なぞ出来なかった。そして激しく腰を打ち付ける度に彼女がアヘ顔を浮かべ、絶頂に達する瞬間がまるで彼女を支配して我が物に出来たような征服感が病み付きになってしまった。
そして激しく……激しく責め立て、何時の間にか彼女は言葉ではなく快楽の悲鳴しか上げなくなっていた。それでも激しく腰を打ち続け、遂に僕にも絶頂の瞬間が訪れた。
「うっ! イク! イキますよぉ!!!」
「ひゃあああああああああああああ!!!」
どびゅるるるるるるる!! どびゅるるるるー!!!
今までの中で最高にして最長の射精をし、それが終わった頃には椿さんは気を失い、僕は彼女の体に凭れかかって眠りの世界へと旅立っていった。
それから数年後……僕はプロカメラマンとしての活躍の場を更に広げ、世界に名立たるカメラマン達の仲間入りを果たした。
当然、これは僕一人だけの力じゃない。僕を指導してくれた先輩や上司、支えてくれた仲間―――
そして愛する家族……妻の椿さんと可愛い娘達の応援があったからこそ成功出来たのだ。
今日も僕は世界を股にかけてカメラを手に取り写真を撮り続ける。昼間は大好きな昆虫達を、そして夜は……激しく乱れる妻の姿を―――。
12/03/24 23:04更新 / ババ