彼女の境界
薄暗い部屋で一組の男女が向かい合っている。
「ほら、大丈夫だから手を伸ばして……」
「……うん」
男にそう言われた女性はやや離れた所からゆっくりと、ためらいがちに男へと腕を伸ばしていく。
──ぴくり
「あっ……」
おずおずと伸びてきた指先が男の先端に触れる。そのとたん、触れた箇所から男に軽い痙攣のような震えが走り、女は思わず手を引っ込めようとした。だが、女はそれに耐え、いかにもおっかなびっくりといった様子で、触れた箇所からゆっくりと自分のほっそりとした指を男に絡めて行く。
「ね、大丈夫でしょ?」
「……うん」
女が躊躇いながらも逃げなかった事に満足したのか、男はやさしい声で女に語りかける。
「大丈夫。その調子で頑張ってみようか」
「……うん」
対照的に、緊張のあまり女の声は硬く、返す返事も単調なものだった。
「それじゃあ、もっと強く……しっかりと握ってくれないか?」
「……うん」
言われるまま、彼女は添えるように触れるだけだった手を一度大きく開くと、意を決したように男を掴み上げる。
まるで太陽を知らないような、透き通るような白く美しい彼女の肌。さらさらした綺麗な絹地のような手のひらなのに、押し付けられた先からじんわりと温かく吸い付くような感触が男に伝わってくる。
その気持ちよさと彼女に触れられているという気恥ずかしさから、男は頬を染めながら思わず情けない声が漏れそうになったのを懸命に堪える。
「ああ、そう、大丈夫、その調子……怖くないでしょ?」
「……う、うん」
男は女に視線を向ける。彼女はどこを見ていいのかわからないといった様子でうつむきながら視線を部屋中にうろうろさせていたが、時折ちらちらと、自分が握っているモノへと目を向けていた。
「それじゃあ今度は少しこっちによって」
「……あっ」
その様に、男は小さな声でくすりと笑いそう続けた。
緊張しきった女は男のあげた笑いに気付くことはなく、男にそう言われたことで初めて自分が腕を突っ張った酷く不自然で疲れる格好をしている事に気がついた。
腕の力を抜き女が前に進み始める。二人の距離が縮まり、互いの体が触れんばかりとなる。
「……よし、それじゃあ今度こそ頑張ってみようか」
「……は、はい……」
お互いの吐息がかかるほどの距離。その一言に女が固唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「そ、それってやっぱり……やっぱり、わ、私からしなきゃ……私がするんですよ……ね……?」
「そりゃあ僕からするってわけにはいかないよ。それに、そういう約束でしょ?」
この時初めて、女が頷き以外の答えを返した。だがそれは躊躇いの言葉。それに男は優しい声音ながらも淡々と答えるだけだった
「う、うん。それはわかっているんだけど……や、やっぱり今度じゃダメかな?」
「だ〜め。今度こそはって約束でしょ?」
「そうなんだけど……でも……そのね?」
「だめだよ、それにこれは君から言い出したんだよ? それを反故にするのかい?」
逃げ腰の女に対してゆっくりと、だが確実に男は彼女の逃げ道を塞いでいく。
「でも……」
「この期に及んでそんな逃げ腰な態度は通用しないよ」
「あっ……」
それでも引き下がる彼女を男は目で制し、女と触れている自らの部分に力を込め、より強く彼女と密着させながら続ける。
「僕は君に求められたからこうしてるんだ。そりゃあ確かに僕だって出したいけど、それは君がそう言ったからだ。違うかい?」
「……その通りです」
「最初に言い出したのは確かに僕だ。でも、その時君はそれを拒み、そして僕は君がそういうならと諦めた。無理強いはしなかったし、それからは僕から言う事はなかった」
「……うん」
「でもそのあと色々あって……結果恋人になって……そうして君が求めてくれた。僕はとても嬉しかった」
「……うん」
「君が人一倍恥ずかしがり屋なのは知ってる。それを堪えてこうしてくれているのも知ってる」
「……うん」
「でも、これは君からすると言ってきたことなんだから、今回はちゃんと最後までするって決めたんだから。頑張ろうよ。ね?」
「……うん」
「大丈夫、君は強い子だって知ってる。今日のために君がどれだけ頑張ってきたかは僕が一番わかってる。だから大丈夫。あんなに頑張ってきたんだもの、今度こそ出来るよ」
「……うん」
「それに君は一人じゃない、僕がついてる。二人一緒なら絶対に大丈夫だ」
「……うん」
男は一言一言丁寧に、自分の気持ちを彼女に伝え、そして励ました。
その言葉は自分から言い出した事なのにそれが出来ないと自己嫌悪に陥っていた彼女の心を掬い上げた。
自分を求め、自分の励まし、なにより自分を信じてくれる相手がいる。
彼のその熱い気持ちは言葉だけでなく、彼と触れている──彼を包んでいる自分の手の平からも汗ばむほどの滾る熱として伝わってくる。
その熱が、自分の心と体を火照らせる。
顔を上げ、彼を見つめる。見つめ返す彼は穏やかで、完全に自分を信じきった自信に満ちた顔をしている。
彼の目に映る自分の姿はどんなだろうか? 多分、完全に緊張も恐れも拭えてはいないだろう。彼のような晴れ晴れとした顔をしてはいないだろう。
でも、自分はもう決めたのだ。今までの私とはここで別れると。臆病な私は今日この日に置いていくと。
だから──
「それじゃあ……い、行くね」
彼を握る手に力を込める。
私の手はすっかり熱くなり、汗でしっとりと濡れていた。
「ああ、頑張ろう」
彼の嬉しそうな笑顔。
その眩しさにさっきまでとは別の恥ずかしさと顔の熱さを感じ、私たちは最初の一歩を踏み出す。
穏やかなとある日の夕暮。こうして私は初めて、未だ太陽が顔を見せる街へと一歩踏み出した。
しっかりとつないだ大きな手から、彼の優しさと勇気をもらいながら。
僕の彼女はナイトメアという魔物だ。
彼女との出会いは唐突で衝撃的で、なんやかんやと色々あったけれど、今や僕達は最愛の恋人同士となった。
僕達の恋人生活は順風満帆で楽しいものだったけれど、ただ一つだけ、問題があった。
それはナイトメアという種族的な特徴でもあるのだけれど、とかく彼女は臆病な人見知りで人前に出るということをしない。
ただ生活していくぶんには問題ないのだけれど、ただ僕と二人っきりで部屋に篭って生活するというのはあまりいいことではない。
夜の生活は夢の中ということもあってか、かなり彼女は積極的に求めてきてむしろ僕が振り回されるくらいなんだけれど……でも、日中僕が仕事で出ている間の彼女は一人でうちに篭って僕の帰りを待つばっかりだ。家事をしてくれるのは正直助かるけれど、しかし仕事のない休日でも、たとえ僕が絶対に離れないからと言っても、彼女は家の外に出ようとはしなかった。
確かに彼女と居れば一日中家にいても飽きることはないけれど、外の世界にも楽しい事は沢山あるし、そこでしかできないこともある。僕はそんな時間を彼女と共有したかった。
だから、僕達は外に出る努力をした。それは本当に色々な事をした。何をしたいのかいまいちわからないおかしなことすらもした。
真夜中のような誰もいない時間なら彼女は出歩けるのだから、徐々に慣れていけばいつかは昼間でも出歩けるようになるはずと信じ、それこそ考えうるすべてのことを試した。
そして今日、長い特訓の末、僕達は新しい一歩を踏み出した。
沈みゆく赤い太陽が照らす中、彼女は僕と一緒に始めて日のあるうちに外へ出た。
ちょっとした斜面に建つ僕の家。その玄関前。
僕らは強く手を握りながら、沈み行く夕日を眺めている。家に差し込む僕らの長い影は、かすかに震える彼女の手を正確に写し取っている。
遠くからは子供達の元気にはしゃぐ声が聞こえ、家の前をゆっくりと隣の老夫婦が横切り、そっと会釈をして家へと入っていった。その瞬間一段と強くなった彼女の手を握り返し、僕らも会釈を返す。彼女は上目遣いの視線をすぐに逸らしてしまったが、それでもそれは僕の想像以上に彼女が前進している証拠だった。
胸に宿る暖かな気持を感じながら、そっと僕と彼女はしばらくのあいだ玄関前に佇んでいた。
「ありがとう」
それからしばらくの後、太陽が完全に地平の向こうへと姿を消した夕闇の中、彼女が聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。もう、手は震えていない。
「どういたしまして」
僕はただそう一言返した。
でもと、その僕に彼女は続ける。僕は彼女に振り返った。
「……うそつき……確かにあなたの言うとおり人の少ない時間だったけれど……でもいっぱいいた。とっても怖かった」
それは悪い事をしたと素直にそう思う。でも、それでも彼女はしっかりとやり遂げたのだ。僕はそんな彼女を嬉しく思ったし、誇りに思う。そう僕は素直に彼女に告げた。
「あ、ありがとう……けどね」
そう言って彼女は外していた深めのフードを被りなおす。
途端に影を帯びる彼女の顔からすっと穏やかな表情が消える。そして、深遠から覗くように僕を上目遣いで見上げてくる彼女の瞳には、吸い込まれそうな、それでいてなにか妖艶な力を持って僕を見据えていた。
「けどね、やっぱり怖かったの。だから……」
一段低くなった彼女の声が、地の底から響くようにしてゆっくりと告げる。
“今夜は覚悟しておく事ね?”
にたり、と口の端を釣り上げた彼女は間違いなく、昼の彼女ではない夢の中で僕をいじめる彼女だった。
「ほら、大丈夫だから手を伸ばして……」
「……うん」
男にそう言われた女性はやや離れた所からゆっくりと、ためらいがちに男へと腕を伸ばしていく。
──ぴくり
「あっ……」
おずおずと伸びてきた指先が男の先端に触れる。そのとたん、触れた箇所から男に軽い痙攣のような震えが走り、女は思わず手を引っ込めようとした。だが、女はそれに耐え、いかにもおっかなびっくりといった様子で、触れた箇所からゆっくりと自分のほっそりとした指を男に絡めて行く。
「ね、大丈夫でしょ?」
「……うん」
女が躊躇いながらも逃げなかった事に満足したのか、男はやさしい声で女に語りかける。
「大丈夫。その調子で頑張ってみようか」
「……うん」
対照的に、緊張のあまり女の声は硬く、返す返事も単調なものだった。
「それじゃあ、もっと強く……しっかりと握ってくれないか?」
「……うん」
言われるまま、彼女は添えるように触れるだけだった手を一度大きく開くと、意を決したように男を掴み上げる。
まるで太陽を知らないような、透き通るような白く美しい彼女の肌。さらさらした綺麗な絹地のような手のひらなのに、押し付けられた先からじんわりと温かく吸い付くような感触が男に伝わってくる。
その気持ちよさと彼女に触れられているという気恥ずかしさから、男は頬を染めながら思わず情けない声が漏れそうになったのを懸命に堪える。
「ああ、そう、大丈夫、その調子……怖くないでしょ?」
「……う、うん」
男は女に視線を向ける。彼女はどこを見ていいのかわからないといった様子でうつむきながら視線を部屋中にうろうろさせていたが、時折ちらちらと、自分が握っているモノへと目を向けていた。
「それじゃあ今度は少しこっちによって」
「……あっ」
その様に、男は小さな声でくすりと笑いそう続けた。
緊張しきった女は男のあげた笑いに気付くことはなく、男にそう言われたことで初めて自分が腕を突っ張った酷く不自然で疲れる格好をしている事に気がついた。
腕の力を抜き女が前に進み始める。二人の距離が縮まり、互いの体が触れんばかりとなる。
「……よし、それじゃあ今度こそ頑張ってみようか」
「……は、はい……」
お互いの吐息がかかるほどの距離。その一言に女が固唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「そ、それってやっぱり……やっぱり、わ、私からしなきゃ……私がするんですよ……ね……?」
「そりゃあ僕からするってわけにはいかないよ。それに、そういう約束でしょ?」
この時初めて、女が頷き以外の答えを返した。だがそれは躊躇いの言葉。それに男は優しい声音ながらも淡々と答えるだけだった
「う、うん。それはわかっているんだけど……や、やっぱり今度じゃダメかな?」
「だ〜め。今度こそはって約束でしょ?」
「そうなんだけど……でも……そのね?」
「だめだよ、それにこれは君から言い出したんだよ? それを反故にするのかい?」
逃げ腰の女に対してゆっくりと、だが確実に男は彼女の逃げ道を塞いでいく。
「でも……」
「この期に及んでそんな逃げ腰な態度は通用しないよ」
「あっ……」
それでも引き下がる彼女を男は目で制し、女と触れている自らの部分に力を込め、より強く彼女と密着させながら続ける。
「僕は君に求められたからこうしてるんだ。そりゃあ確かに僕だって出したいけど、それは君がそう言ったからだ。違うかい?」
「……その通りです」
「最初に言い出したのは確かに僕だ。でも、その時君はそれを拒み、そして僕は君がそういうならと諦めた。無理強いはしなかったし、それからは僕から言う事はなかった」
「……うん」
「でもそのあと色々あって……結果恋人になって……そうして君が求めてくれた。僕はとても嬉しかった」
「……うん」
「君が人一倍恥ずかしがり屋なのは知ってる。それを堪えてこうしてくれているのも知ってる」
「……うん」
「でも、これは君からすると言ってきたことなんだから、今回はちゃんと最後までするって決めたんだから。頑張ろうよ。ね?」
「……うん」
「大丈夫、君は強い子だって知ってる。今日のために君がどれだけ頑張ってきたかは僕が一番わかってる。だから大丈夫。あんなに頑張ってきたんだもの、今度こそ出来るよ」
「……うん」
「それに君は一人じゃない、僕がついてる。二人一緒なら絶対に大丈夫だ」
「……うん」
男は一言一言丁寧に、自分の気持ちを彼女に伝え、そして励ました。
その言葉は自分から言い出した事なのにそれが出来ないと自己嫌悪に陥っていた彼女の心を掬い上げた。
自分を求め、自分の励まし、なにより自分を信じてくれる相手がいる。
彼のその熱い気持ちは言葉だけでなく、彼と触れている──彼を包んでいる自分の手の平からも汗ばむほどの滾る熱として伝わってくる。
その熱が、自分の心と体を火照らせる。
顔を上げ、彼を見つめる。見つめ返す彼は穏やかで、完全に自分を信じきった自信に満ちた顔をしている。
彼の目に映る自分の姿はどんなだろうか? 多分、完全に緊張も恐れも拭えてはいないだろう。彼のような晴れ晴れとした顔をしてはいないだろう。
でも、自分はもう決めたのだ。今までの私とはここで別れると。臆病な私は今日この日に置いていくと。
だから──
「それじゃあ……い、行くね」
彼を握る手に力を込める。
私の手はすっかり熱くなり、汗でしっとりと濡れていた。
「ああ、頑張ろう」
彼の嬉しそうな笑顔。
その眩しさにさっきまでとは別の恥ずかしさと顔の熱さを感じ、私たちは最初の一歩を踏み出す。
穏やかなとある日の夕暮。こうして私は初めて、未だ太陽が顔を見せる街へと一歩踏み出した。
しっかりとつないだ大きな手から、彼の優しさと勇気をもらいながら。
僕の彼女はナイトメアという魔物だ。
彼女との出会いは唐突で衝撃的で、なんやかんやと色々あったけれど、今や僕達は最愛の恋人同士となった。
僕達の恋人生活は順風満帆で楽しいものだったけれど、ただ一つだけ、問題があった。
それはナイトメアという種族的な特徴でもあるのだけれど、とかく彼女は臆病な人見知りで人前に出るということをしない。
ただ生活していくぶんには問題ないのだけれど、ただ僕と二人っきりで部屋に篭って生活するというのはあまりいいことではない。
夜の生活は夢の中ということもあってか、かなり彼女は積極的に求めてきてむしろ僕が振り回されるくらいなんだけれど……でも、日中僕が仕事で出ている間の彼女は一人でうちに篭って僕の帰りを待つばっかりだ。家事をしてくれるのは正直助かるけれど、しかし仕事のない休日でも、たとえ僕が絶対に離れないからと言っても、彼女は家の外に出ようとはしなかった。
確かに彼女と居れば一日中家にいても飽きることはないけれど、外の世界にも楽しい事は沢山あるし、そこでしかできないこともある。僕はそんな時間を彼女と共有したかった。
だから、僕達は外に出る努力をした。それは本当に色々な事をした。何をしたいのかいまいちわからないおかしなことすらもした。
真夜中のような誰もいない時間なら彼女は出歩けるのだから、徐々に慣れていけばいつかは昼間でも出歩けるようになるはずと信じ、それこそ考えうるすべてのことを試した。
そして今日、長い特訓の末、僕達は新しい一歩を踏み出した。
沈みゆく赤い太陽が照らす中、彼女は僕と一緒に始めて日のあるうちに外へ出た。
ちょっとした斜面に建つ僕の家。その玄関前。
僕らは強く手を握りながら、沈み行く夕日を眺めている。家に差し込む僕らの長い影は、かすかに震える彼女の手を正確に写し取っている。
遠くからは子供達の元気にはしゃぐ声が聞こえ、家の前をゆっくりと隣の老夫婦が横切り、そっと会釈をして家へと入っていった。その瞬間一段と強くなった彼女の手を握り返し、僕らも会釈を返す。彼女は上目遣いの視線をすぐに逸らしてしまったが、それでもそれは僕の想像以上に彼女が前進している証拠だった。
胸に宿る暖かな気持を感じながら、そっと僕と彼女はしばらくのあいだ玄関前に佇んでいた。
「ありがとう」
それからしばらくの後、太陽が完全に地平の向こうへと姿を消した夕闇の中、彼女が聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。もう、手は震えていない。
「どういたしまして」
僕はただそう一言返した。
でもと、その僕に彼女は続ける。僕は彼女に振り返った。
「……うそつき……確かにあなたの言うとおり人の少ない時間だったけれど……でもいっぱいいた。とっても怖かった」
それは悪い事をしたと素直にそう思う。でも、それでも彼女はしっかりとやり遂げたのだ。僕はそんな彼女を嬉しく思ったし、誇りに思う。そう僕は素直に彼女に告げた。
「あ、ありがとう……けどね」
そう言って彼女は外していた深めのフードを被りなおす。
途端に影を帯びる彼女の顔からすっと穏やかな表情が消える。そして、深遠から覗くように僕を上目遣いで見上げてくる彼女の瞳には、吸い込まれそうな、それでいてなにか妖艶な力を持って僕を見据えていた。
「けどね、やっぱり怖かったの。だから……」
一段低くなった彼女の声が、地の底から響くようにしてゆっくりと告げる。
“今夜は覚悟しておく事ね?”
にたり、と口の端を釣り上げた彼女は間違いなく、昼の彼女ではない夢の中で僕をいじめる彼女だった。
12/03/06 12:08更新 / あさがお