読切小説
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一人の男とジェラシック・ホワイトスネーク
 皆様、御機嫌よう。わたくしは白露という者です。白蛇と呼ばれる、らみあ種の一人であります。特徴としましては白磁のような髪に引けを取らない白い肌、そして同じく白く、しなやかな蛇の身体。毎日手入れはかかさない、わたくしの自慢の一つです。そうそう、自慢の一つと言えば、もう一つ……

「おうい白露、今帰ったぞー」

「おかえりなさいませ、若竹様。夕餉の準備が出来ていますわ。それともお先にお風呂にいたしますか?」

「おっマジで? 白露の作る飯は美味いからなー。ご飯先で!」

「うふっ、そう言っていただけるとわたくしも作り甲斐がありますわ。では夕餉にしましょう」

 嬉しさで思わず笑みをこぼしながら、お茶碗に白米をよそっていきます。 わたくしの夫である若竹という男性、それがわたくしの最高に自慢できる存在です。一見するとちゃらんぽらんな男ですが、こう見えてとても熱血で、まっすぐな殿方なのです。わたくしが人里でこの蛇の体を咎められ、いじめられていた時に割って入って助けてくれたのがこの若竹様でした。それをきっかけに若竹様とは度々お会いするようになり、親密になっていき、次第にわたくしがお慕いするようになっていたのですが……後から話を聞いてみると、「あの時は人間の女性になんぱというものをしようとして失敗した後で、魔物でも良いから誰か女の子に優しくされたかったんだ」とばつが悪そうにお話してくれました。若竹様が他の女に声をかけていた……いや、良いのです過去の事は。今この時、わたく しを愛してくれている事実は変わりようがないのですから。

 ですが、ある日。その事件は起きてしまったのです……

「白露、しばらく帰りが遅くなるから晩飯は食べちゃってていいぞ」

「は、はい、わかりましたわ。どのようなご用件で?」

 若竹様の意向に背くつもりはありませんが、これは由々しき事態です。わたくしの一日の中でも一番の楽しみの若竹様との夕餉がしばらくないだなんて、一大事です。ちゃんと理由を聞かないと納得できません。

「えっ!? あ、いや、えーと……し、仕事だよ、仕事……」

 若竹様は明らかにわたくしから目を背けながら言いました。確実に何か嘘をついています。若竹様本人は気が付いていないようですが、若竹様は嘘をつくのがと てもへたくそなのです。それでも、何か余程の理由があるのでしょう。何か言いたくなるのを自制して、笑顔で受け入れました。
 しかし、そこからが地獄でした。若竹様は一晩中帰ってきません。何度か「もしかしたら予定が変わって早く帰ってくるんじゃないか」と思い至り夕餉を作り待っていたこともありましたがそれでも帰ってきません。そうして、かれこれ一週間、そんな日々が続いていくと、次第に嫌な方向に思考が動いていきます。

「もしかして、他の女と逢引でもしているのでは……」

 一度でも、そう考えだすともう止まりません。南方から来たせくしぃな魔物娘にたぶらかされているのではないでしょうか、これでも、お胸には多少の自信があります。で、ではまさか山羊の悪魔 達の「さばと」に魅了されているのでは? 今更小柄になることはできませんし、そうだとするととても危ないです。まさか、あの社のえろ狐に化かされているのでは!? あそこの狐は好色と聞きますし、つまみ食いされているかもしれません。ああ、もう気が気でないですわ。

「あまり気は進みませんが……若竹様の貞操の安全の為です、彼を尾行しましょう」

 決心してからの行動はとても速かったと自負しております。その翌日に若竹様が仕事へ行った数刻後、彼の気配を辿って這い進みます。ただ、どう動いても目立ってしまうのでこういうときにこの大きな蛇の体が恨めしいと思います。なんとか若竹様だけには気取られないように動きつつ、時計を逐一確認しながら彼の行動を筆記帳に記載 していき、浮気の可能性を探します。しかし、彼はずっと真面目に仕事に従事し、女っ気の一つも感じさせられませんでした。
 そして、終業時刻になりました。ここでいつもの若竹様なら我が家にまっすぐ帰ってきてくれるのですが、ここ一週間はそうではありませんでした。つまり、ここからが本番。事の真相を突き止めなければいけません。

 若竹様は周囲を確認しながら、こそこそと厳めしい建物へ入っていきました。さすがに、建物の中にまでは入ることができません。ですがこの建物には聞き覚えがありました。美しいサラマンダーの未亡人が営むと有名な鍛冶屋だったのです。ギリ、と心が痛くなります。もうこれは確定です。若竹様は密会を楽しんでおられるのです。深い悲しみと同時に、 強烈な嫉妬心がわたくしの精神を蝕んでいくのを感じました。

「あまり、この方法は使いたくなかったのですが……」

 わたくしは、心に宿した嫉妬の「炎」の存在を確かめると、静かにその場を去っていきました。


「ただいまっと……って、白露は寝てるんだっけな」

 明け方、まだわたくしが普段なら眠っている時間になって、若竹様はようやくお戻りになりました。わたくしは冷静を装いつつ、いつも通り出迎えます。

「おかえりなさいませ、若竹様♪」

「し、白露!? お、お前なんで起きて!?」

「若竹様の一日の過ごしぶりを観察させていただき、このぐらいの時間に戻ってくるだろうとは想像がついていましたわ」

 わたくしは蛇の体で瞬時に若竹様 を締め上げます。これでもう、逃がしません。

「な、何をするんだ白露! 俺はなにも縛られるようなことはしてないぞ!」

「そうですね、若竹様は日中とても真面目に仕事に従事しておられました。まさに社会人の鏡とも言えましょう。では、サラマンダーの未亡人との密会は楽しかったですか?」

「っ!? そ、それは……見ていたのか!」

 若竹様は必至にもがいておられますがわたくしの蛇の体の力はとても強いのです、そう簡単にほどけるようにできていません。そして、会っていたことを認める発言……。わたくしの中の嫉妬の炎が温度を上げ、青白い覇気となってわたくしの身体全体を迸ります。

「ああ、もがく若竹様はかわいらしいですね。ずっとこのまま見ていたいと ころですが、まだ旦那様の心はサラマンダーに奪われっぱなしです。より熱い「炎」で上書きしないと……さあ、接吻をしましょう若竹様? あんなトカゲには負けないぐらい熱い「炎」を注いであげますわ……」

「ち、違う、誤解! 誤解なんだ! 白露! 聞いてくれ!」

 この嫉妬の炎を相手に注ぎ込むことは、今のように身体で相手を縛ることと同じ。わたくしの水の魔力を浴びていなければ永久にくすぶり続ける情愛と愛憎の焔。他の白蛇族の者は一度でも嫉妬をしたならこの炎を相手に注ぎ込んで、自分なしでは生きられない身体に作り変えてしまうのだそうですが、わたくしは愛する若竹様を縛るようなことはしたくなかった。だから、多少の嫉妬はぐっと堪えて、若竹様の意志を尊重して いたのですが、もう、限界です。巻きついた身体で若竹様をこちらに引き寄せて接吻をしようとしたその時。


「今日は結婚記念日だろう!」


 わたくしの身体は、その一言で緩んでしまいました。床に落ちて咳き込む若竹様は持っていた袋から銀色の大きな腕輪のようなものを取り出しました。細やかな装飾が施されており、とても美しい出来です。

「わ、若竹様……これは……?」

「……お前に、手作りのアクセサリーを用意しようとしたんだよ。でも、尻尾が成長することのあるラミア種用の尻尾アクセサリーには特殊な加工が必要って聞いてよ、あそこの鍛冶屋でいろいろと教えてもらってたんだ。本当は、もっとちゃんとした時に渡したかったんだけど」

 そう言いながら 、若竹様は戸惑うわたくしの尻尾を捕まえて、その銀のあくせさりぃを尻尾につけてくれました。大きさはぴったりです。

「っっっ……! 若竹様ぁぁぁっ!!」

「いたたたたたた痛い痛い痛いって白露! ちょ、ギブ! ギブ!」

 わたくしはここまで気をつかってくれた若竹様がたまらなく愛おしくなってしまい、先ほど以上の力で体に巻きついて、そのまま強く抱擁しました。

「ごめんなさい若竹様、わたくし、貴方の事を疑ってしまうなんて……妻失格です。でも、貴方の事を愛しているからが故に!」

「わかった! わかったから離してくれぇえええ!!」

 わたくしは今度こそ若竹様と接吻を交わします。でも、それだけ。嫉妬の炎を流し込んだりはしないで、ただ二人で交わり、藍を確かめ合うだけ。わたくしたちは、それだけで十分なのですから。わたくしの大きな勘違いから始まった小さな事件は、こんな形で締めくくられることになりましたとさ。なんてね。
13/09/27 12:37更新 / 空夜

■作者メッセージ
お久しぶりです、気分で執筆速度が上がったり下がったりする事に定評のある者、空夜です。またもや長らく文章を書いていなかったので、またもや文章の書き方を模索しながらの執筆となりました。

さて、今までやった事のなかった女の子側からの視点です。展開としてはかなりありがちな感じになってしまいましたが、視点を変える事で少しでも新鮮さが出たらなあ……と(・ω・;) 白露はヤンデレとまではいかなくとも執着心が凄い子なので、そんな気持ちになりながら書くのが難しいながらも楽しかったです! 魔力を注ぎ込まない事を選ぶ白蛇がいてもいいじゃない! 読んでいただきありがとうございました=ω=!

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