読切小説
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魔法剣士とふぁいやー少女
 とにもかくにも、噂の一人歩きというのは恐ろしいものだ。

「お主、疾風のゼン殿とお見受けする。某はじぱんぐの剣士コサジ。主に決闘を申し込むでござる!」
 ただ歩いているだけなのに見ず知らずの相手に決闘を申し込まれるのはもはや日常茶飯事。しかし今日に至っては遥か東方のジパングからお越しの侍っぽい奴。名乗った事のない二つ名で呼ばれる。
「はぁ……抜けよ、今俺は虫の居所が悪いんだ。速攻で蹴りつけてやんよ」
「うむ、それではいざ尋常に……っ!?」
 侍っぽい奴が刀を抜いたのを確認した俺はすぐに『ソレ』を使用した。侍の体が僅かにふわりと浮き、体勢を崩す。その隙を見計らい、俺は侍の懐に潜り込み、鞘がついたままの剣で腹部に打撃を加えた。
「悪いな。命を取るのは性に合わないんだわ。寝ててくれ」
「ぐっ……じぱんぐ一の使い手である某がなにもできぬまま敗れるとは……さすがは、疾風の……」
 ガクリとうな垂れて、侍は意識を失った。もう何人も同じようにして倒してきた。命に別状はないだろう。念のため侍を道の脇に寄せて、もと歩いていた道へ戻る。
「ああ、今日も満たされねぇ……」
 俺の名はゼン。疾風とか二つ名を名乗った覚えはないが、先ほどの侍が言っている事が本当ならば俺は巷では『疾風』と呼ばれているようだ。他にも、『一日で九箇所の道場全ての看板を奪った』とか、『一国の軍隊相手に互角に戦う』だとか、挙句の果てには『魔王にすら匹敵する』とまで言われた事がある。無論、全てが根も葉もない噂話だ。俺がここまで有名になってしまったのは魔物の中でも屈指の力を持つと呼ばれているデュラハンを実力で打ち負かした事が響いているらしい。幸い、彼女には心に決めた人が既にいたらしく、首が取れた後に襲われるようなことはなかったが、その一つの事実を聞きつけたあらゆる戦士を返り討ちにすればする程に噂は尾びれ背びれ胸びれ果てはエラまでついて一人泳ぎ……もとい一人歩きしていくのだ。
「俺がフェアな条件で戦える奴はいないのか……?」
 おもむろに、手から『炎』を出してみる。俺が今まで幾度となく現れる挑戦者を倒せてきていたのは、全てこの力があってこそだっただろう。俺は生まれ持って特別な力を持っていた。それは『魔法』。純粋に種も仕掛けもない空気中のマナを利用した奇跡の事象。いわゆる魔法というものを人間が利用できるのは珍しいらしく、生まれ故郷では両親にこの力の事を絶対に口外しないようにと育てられていた。ただ純粋に剣士として腕を磨き続けていたのだ。
 しかし、便利な力があれば使ってみたくなってしまうのが人間の性。俺は密かに魔法の訓練も重ねていた。おかげで誰にも負けない力を手に入れた。同時に、異端者の烙印を押されてしまい、故郷から追い出されてしまったのだが。故郷の外に出てみても俺は『魔法』の力と剣術を組み合わせた戦術を使い、向かうところ敵なしだった。
「そ、本当に、敵なしなんだよなぁ……」
 最初は自分の超常的力を行使して勝利をもぎ取るのが楽しくて仕方なかった。ただ、虚しくなってきたんだ。剣術で俺の上を行く者はごまんといるだろうが、俺のように魔法と併用するような戦い方をする者はそうそういないだろう。

 俺は、己の修練をしつつ、そして俺と対等に戦える者を探してもう何年もあてもなく旅を続けている。この火山を越えた先にある谷に凄腕の槍使いがいると聞き、どれほどの者なのか勝負を挑むつもりでいるのだ。しかし、俺が火山のふもとに辿り着いた時は既に日は傾いて、空を真っ赤に染めている。思ったより山を越えるのに時間がかかりそうだし、今日はここでキャンプにしよう。畳んであったテントを開き、夕食の支度を開始したのだった。


「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 飯を炊く為に火を起こしたその瞬間だった。突如、火山の上層部辺りからズドドドド、と何者かが高速で駆けてくる地響きと、何か激しい咆哮が響いた。これはただ事ではないととっさに剣を抜く。
「ふぁいやぁぁぁっっ!! あんたが今燃やしたのか!? 否、燃やした、燃やしたに決まっている!!」
 あまりにもとっさの出来事で理解が遅れるが、今の状況をようやく理解する。火山から長い紅蓮の髪をなびかせて超高速で降りてきたのは一人の少女だった。しかし、それがただの女ではない事は明確にわかる。健康そうな小麦色の肌、……夢と希望が豊かで、露出の多い服装。そんな健康児のイメージとは対局した位置にある、手に握られた一振りの大剣。そしてなにより、彼女の腰あたりから伸びる燃え上がる尻尾のようなもの。明らかに人間ではない彼女と俺は向き合い、彼女から訳のわからない事を言われる。
「な、なんなんだよお前は!?」
「あたし? あたしはアグニ。この辺一体を縄張りにしてるサラマンダーだぁ! ふぁいやぁぁぁ!」
 彼女が吼えると、尻尾の炎がより激しく揺れる。アグニと名乗った少女は強気な笑みを浮かべたまま俺に剣を向けた。
「あたしの縄張りの中で『炎を操る』気配がしたと思ってすっ飛んできてみたら驚いた、まさか人間とはねぇ! そりゃどういう事なんだい?」
 縄張りが同族に荒らされたとでも勘違いしたのだろうか? 彼女の鋭く釣りあがった目が僅かに垂れ下がった気がした。悪意のありそうな顔ではなかったし、別に今更隠すようなことでもないから正直に教えてやる。
「俺は魔法使い……いや、魔法剣士なんでな」
「お前、炎だけじゃなくて魔法が使えんのか!? すげー! すげーぜ! スゲーナスゴイデス!」
 今なんかカードからおたすけ魔法が飛び出しそうな何かが聞こえた気がするがそこは流そう。アグニはやたらと目を輝かせて飯ごうの下でメラメラと燃える炎を見つめている。
「……あんた、今満足してるかい? 燃えているかい? あたしは今最高に燃えているよ! ようやく、ようやく骨のありそうな人間を見つけたんだからねぇ! あたしと勝負しないか!? 魂と魂のぶつかり合いのガチンコバトルとしゃれこもうじゃないか!!」
 デュラハンを倒してしまった時はこちらから無理を言って承諾を得ていたので、魔物から決闘を挑まれるのは初めてだ。俺は彼女の提案に乗る事にした。デュラハンを倒してしまったあの日から、これ以上自分の名前が広まらないように魔物との戦闘は極力避けてきたが、このやたらと熱いアグニとなら、なにか違うものが見えるかもしれないと予感していた。


「うおりゃぁぁぁっ! 最初からフルスロットルだぜぇ! ふぁいやぁぁぁ!!」
 アグニはとにかく速かった。むき出しの大剣を大きく振りかぶり突進してくる。それを避けても次の手が、更にそれを避けても次の手が。闇雲に斬っている様に見えて彼女にはとにかく隙がない。
「隙がないなら、つくるだけだっ。浮け!」
 アグニの方に意識を集中させると、彼女の華奢な体がフワリと浮き上がる。呆気に取られたのかじたばたともがくが、俺の意識が集中している間は魔法が途切れることはない。その隙だらけの彼女に斬りかかろうとしたその時だった。体の右側から予期せぬ打撃が加えられ、焼けるような痛みと共に俺の体は横に吹っ飛ばされてしまう。同時に意識が溶け、彼女は大地に足をつけた。見ると、彼女の燃え上がる尻尾が自慢げにふりふりと揺れていた。
「ふん、なかなか厄介な力を持っているじゃないか。しかぁし! あたしの自慢の尻尾の前には無力のようだねぇぇ!! さぁどんどん行くよ、もっともっと燃え上がろうじゃない!!!」
 アグニは言って間もなく、再び剣を振りかぶった。再び回避に集中するが、逃げてばかりでは勝つ事はできない。彼女のパワーは測り知れないが、恐らくあの大剣を軽々と振り回しているのだから、普通にやりあったのではまず勝ち目がない。
「それなら、俺も久々に本気を出させてもらうぞ!」
 再び俺は意識を向ける。しかしそれはアグニにではなく、自らの持つ細身の剣。すると、何の変哲もなかった剣から青白い冷気が溢れ出した。これで斬り合いになったとしても対等に渡り合える筈だ。
「魔法剣……面白い、面白いぜあんたぁ! 燃えてきたぁぁっ! あたしも負けてないぜぇ!! どんなに趣向を凝らした策だろうと、ぜーんぶあたしの気合で焼き尽くしてやんよ!! ふぁいやぁぁぁぁあっ!!」
 彼女は冷気を放つ刃になんの抵抗も見せず、むしろ余計に燃え上がったようだった。彼女の燃え上がる闘志にあてられたか、俺も内心燃えてきていた。面白い、本来なら堅実に魔法剣から冷気弾でも撃ってけん制しつつ攻撃しようと思っていたが……気が変わった、純粋な力比べだ!

「「うおぉぉぉぉぉりゃゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」」

 ガキン、ガキンと互いの刃が、魂がぶつかり合う高い音が響き渡る。今までの戦いでは感じる事の出来なかった高揚感、そして熱気を肌に感じる。長い間腐っていた俺の闘争心が奮いたてられていく。勝つか負けるかなんてわからない。でも、勝てる事が当たり前となっていた日常に終止符を打てた喜びが大きかった。アグニも剣を振るいながら楽しそうに笑っている。しのぎを削る攻防。お互いに隙を見計らい懐へ飛び込もうとした結果、至近距離でのつばぜり合いとなる。

「流石にやるなぁ、魔法剣士!」
「お前もな、サラマンダー!」

 互いに手を抜くことはない。この闘争を楽しんでいる。魔法は意味を成さずに力も互角、今までこんなにも熱く、楽しい戦いがあっただろうか!? 否ない! 小賢しい手なんて絡む余地のない次元の戦いだ。楽しくないわけがないだろう!!
「名残惜しいが、そろそろ終いだ! いっくぜぇぇぇ!!!」
 アグニの尻尾が今までで最大に燃え上がる。そこから発せられる熱気で景色が蜃気楼のように揺れる。どうやらアグニは次の一撃に全てを賭けるつもりらしい。
「……来い! それなら俺は全力でそれを受けるだけだ!!!」
 俺は持てる魔法の力を全て剣へ込める。フワ、と頭が揺らされる感覚に苛まれながらも、なんとか『それ』を保つ。アグニも俺も同様に『最後の一撃』のタイミングを伺っているのだろう。先ほどまでとは打って変わってこの場が静寂で満たされる。しかし、燃え滾る闘争心が冷める事はない。


  ――風が 吹いている。

      ざわざわと辺りの草木がまるで生きているかのように騒ぎ立てる。


           しかし、喧騒は長くは続かずに

                                    やがて、風は止んだ――

 




           「「これで終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!」」








「……い! おい! そろそろ起きろよ!」
 何者かに体を揺さぶられる事でぼんやりとしていた意識がだんだん覚醒していく。目を開くとそこには真っ赤な空と、清清しく笑うアグニの顔が見えた。どうやら俺はアグニの膝を枕に寝かされているらしい。体を動かそうとすると全身が軋むような痛みを覚えた。
「俺は……どうなったんだ?」
 純粋に気になった事をそのまま口にする。しかし、こうして介抱されている状況を考えると、勝敗は明らかだった。
「さっきさ、お互いに『最後の一撃』をぶちかましたじゃん? いやぁ、ちょっとあたし力みすぎちゃったみたいでね。まさか自分の尻尾で躓いて転んじゃうなんて、ハハッ、あたし間抜けだよなー」
「ん? ということは俺は勝ったんじゃないか?」
 転んだ相手を斬る事なんて造作もない。だが俺はこうして横にさせられている。
「いや、それが傑作なんだよ! お前はすっ転んだあたしにけっ躓いて、行き場を失った自分の剣の魔力でドカン。負けたー! と思ってふと後ろを見てみたらあんたが黒こげでのびてんだもん、いやー! 笑っちゃうね!」
 相手のドジで俺がドジするとは……ま、間抜けすぎるだろ俺……。
「いやまったく、でも楽しかったぜ。久々に燃えたわ」
 俺は魔法の力を使う事が当たり前になりすぎていて、戦い本来の楽しさを忘れていたのかもしれない。そう考えると、彼女には感謝してもしきれない。
「……そういや、あんた名前は?」
 俺の髪をさわさわと撫でながら、さっきまでの強気な笑みとは違う優しい笑みを浮かべた彼女は俺に問う。
「俺は……ゼンだ。ゼン・クロフィ」
「そうか、ゼンか。……いい名だぜ」
 彼女の顔には僅かに朱がさしているように見えたのは俺の気のせいだったのだろうか? ま、一回本気で戦って友情が芽生える事はあってもおかしくないが、一回本気で戦って恋心が芽生えるなんて、そんなご都合主義な話は聞いた事もない。こうして改めてよく見ると、アグニはとてもかわいらしい顔つきをしている事に気がつく。彼女の強気そうな釣り目は潤んでいるようにも見える。あれだけの戦いをするとなると随分とたくさんの戦いを繰り広げてきたであろうに、彼女の顔には傷一つついていなかった。
「よしゼン! 二回戦だ! 今度は負けないぞー!」
「は? 二回戦?」
 アグニはようやく少しずつ痛みの引いてきた俺の頭を膝から地面に移動させ、俺の下半身に目を向け、おもむろにズボンを引きずり下ろした!!
「……えーと、ナ、ナニシテンノカナー?」
「ハハハ! 見ればわかるだろう!! に、二回戦だよ二回戦!! …………ゼン、おかしいんだあたし。ゼンと戦ってから体の火照りがとれなくて、その……どんどん、あそこが熱くなってくるっていうか……疼くって言うか……」
 今までの豪快さはどこへ消えてしまったのか、ゴウゴウと最大級の燃え上がりを維持している彼女の尻尾とは裏腹に、しどろもどろになっている。その態度だけで彼女が何を言わんとしているかはなんとなく察しが着いてしまった。
「…………えぇーい!! まどろっこしい!!! ゼェェェェン!!! あんたが大好きだぁぁぁ!! 結婚を前提に付き合ってくれぇぇぇ!!」
 で、何事も無かったかのように先ほどまでの熱さを取り戻していた……違うベクトルで。正直、彼女に好きだと言われた事に抵抗はなかった。むしろ嬉しいほうかもしれない。ただ、流石にいきなり『行為』に及ぼうとする彼女の行動をよしとするわけにはいかない! まずは清き交際から……ええいとにかくこの場からは逃れないと!
「わーわーわー! 暴れるなゼン! 怖がらなくても大丈夫だ、何故ならあたしも初めてだからな!! 怖さも半分こだぞぉ!! で、では始めるとしよう! ふ、ふぁいやー!」
 しかし、馬乗りになった彼女の元から抜け出す事はできなかった。さっそくとばかりに彼女はぎこちない愛撫を始めていた。ざらざらとした感触が心地よい。しかし、どうにもこちらに背中を向けているので尻尾が当たる。しかし、烈火のごとく燃え上がるその炎は俺の身を焼く事は決してなかった――



 後日、魔法剣士と燃える剣士の息ぴったりの最強コンビが現れ、世界を震撼させることとなるが、それはまた別のお話……。
11/04/03 21:14更新 / 空夜

■作者メッセージ
図鑑の説明文を見た瞬間にふとおもいついたんでその場の勢いで描いてしまいました=ω=; 本当に勢いに任せて書いた部分が多いので、変な風になってるかもしれませんがご了承ください>< ちなみにゼンはちょっと魔法が使えて、魔法の扱い方がうまいだけであって、決してめちゃくちゃ強いというわけではありません。

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