Sommeliere 〜After Story〜
ここは魔界にあるクリューゲル地方。
ヴァンパイア領主レゼルバ=グラン=クリューゲルが治める地方であり、魔界でも有数の【貿易都市デキャンタ】があることでも有名だ。そのデキャンタでは様々な品物が人間界、魔界問わず流通しているが、現在の領主の取り計らいでとりわけワインの流通が盛んとなっている。
そのデキャンタの領主レゼルバの屋敷ではレゼルバと秘書兼世話係のカーヴが今日一日の貿易の取引に関する報告を取りまとめていた。
「レゼルバ様、本日の取引報告書でございます」
「うむ、御苦労・・・今日はまずまずのワインの取引高だな・・・レスカティエの件の影響からか一時期は取引が鈍っていたが、だいぶ良くなってきているようだな・・・」
「はい、レスカティエ陥落からしばらく時間が経過し、ワイン市場も徐々に落ち着きを取り戻しつつあるようです」
「その様だな。よし、引き続き市場の動向を探りつつ、安定供給量を確保しろ」
「かしこまりました」
「・・・さて、そろそろだな・・・」
「はい。そろそろでございます」
「準備はもうできておるのか?」
「はい、既に準備は整っております」
「ふ・・・相変わらず抜け目がないな・・・」
「恐れ入ります」
「では、私は着替えてくる。カーヴは先に行っていてくれ」
「かしこまりました」
今日の業務を終えた私は私室で着替えを済ませ、屋敷にある客間へと移動した。
今日の夜はとある「客人」を招いて晩餐会を開くのだ。
コンコン・・・・
ガチャッ・・・・
「ようこそ、お待ちしておりました・・・ミリア様」
「こんばんは、カーヴお元気そうね・・・」
「ミリア様もお変わりなく・・・さあ、お入りください」
そう言って私はミリア様をレゼルバ様の待つ客間へと案内いたしました。
「ようこそ。我が屋敷へミリア様」
「こんばんは。お久しぶりね、レゼルバ」
「はっ。お久しゅうございます。どうぞおかけください」
「ありがとう」
今日我が屋敷へお招きしたのは現魔王様の娘「リリム」であるミリア様だ。
我らヴァンパイアを含む全魔物の頂点に君臨している魔王様の御令嬢がわざわざ一魔界貴族である私と会話をしたり、訪ねられるなどもっての他だが・・・
「かしこまりました。カーヴ、ミリア様へのもてなしの用意を」
「かしこまりました。すぐに用意いたします」
「今日はカーヴが晩餐用意してくれるって聞いたから、どんなおもてなしをしてもらえるのか、楽しみね♪」
「はい。必ずや御期待に沿えるものを用意させていただきましたので・・・では」
カーヴはそう言って準備の為に一旦客間を離れ、厨房へと向かっていった・・・
・・・私ではなく、私の世話係であるカーヴがミリア様と面識があるのだ・・・
カーヴは今でこそインキュバスとなり、我が”夫”であるが、カーヴが夫となるそのきっかけを作っていただいたのはこのミリア様なのだ。以前はただの人間に過ぎなかったカーヴがいかにしてミリア様と接点をもったのかが私の中でずっと疑問となっていた。
「ふう・・・さすが、カーヴね。私の好きな白ワインにピッタリのおいしい料理を出してくれたわ♪」
「うむ・・・さすがだな・・・料理に合わせた最適なワインを組み合わせる・・・さすが、元ソムリエマスターだな・・・」
「はっありがたいお言葉です。インキュバスになってからというもの、よりワインの質を敏感に感じ取れるようになっておりますが、日々刻々とかわるワインの質には最細心の注意を払い、その時々で最良のワインを提供する・・・これこそがソムリエの使命でございます。ソムリエとしての肩書きも称号も既に過去のものにすぎませんが、その誇りと使命だけは一生胸に刻んでおります」
「ふふ、相変わらずストイックね♪貴方らしいわ」
「恐れ入ります」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
やはり・・・気になる・・・・・
何故あそこまで打ち解けているのだろうか・・・?
過去に・・・私の知らないカーヴの過去に何があったのだろうか・・・・??
私は少し迷っていたが、直接そのあたりのことを聞き出す機会もないので、思い切ってミリア様にたずねてみた・・・
「あの・・・ミリア様・・・失礼は承知でお伺いいたしますが、その・・・カーヴとは・・・どこで知り合われたのでしょうか・・・?」
「えっ・・・?カーヴと??う〜ん・・・確かあれは〜・・・」
「そのことついては私からお話させていただけないでしょうか?」
「カーヴ?」
私の横で待機していたカーヴが突然話に割って入ってきた
「はい、レゼルバ様にはミリア様との出会いの事は詳しくお話したことがございません。ミリア様との出会い・・・そしてミリア様への感謝も込めてお話させていただきたいのです。」
「・・・わかった・・・」
「ありがとうございます。それでは、私がミリア様と出会うこととなったお話をさせていただきます・・・」
私とミリア様が出会ったのは数年前・・・まだ私がソムリエの修行として各地を放浪していた時の事でした。ある時私は道中とある国の森の中で迷ってしまい、途方に暮れておりました。しかし、偶然にも森の中にある民家を発見しました・・・明かりが灯っていたので、人がいるのだと確信した私はその家ドアをノックしました。
コンコン「こんばんは。どなたかいらっしゃいませんか?」
ガチャッ
「はい。あら?どちら様??」
「あ・・・・」
中から現れたのは美しい女性の方でした・・・
しかし、その女性からは人間にはあるはずの無い漆黒の翼、尻尾が生えていました・・・その姿は世間的に言うサキュバスに似ていましたが、私がこの放浪の中で出会ったサキュバスとはまったく違う印象をもちました。しばらくの間胸が高鳴り、私はその女性に完全に見入っておりました・・・
「あら、いけない」
家主と思われる女性がそう言うとふと私は我に還りました。先程までとは違い目の前の女性を前にしても平静を保てるようになっておりました。
「あっ・・・すみません、少しぼうっとしてしまいました。あの・・・突然で申し訳ありませんが、私は旅をしている者なのですが、この森で迷ってしまい、夜を迎えてしまいました・・・どうか一晩だけここに泊めていただけないでしょうか?」
「まあ、それは大変・・・さあ、中へ」
「ありがとうございます・・・なんとお礼を言ったらよいか・・・」
「気にしないで。私もこんなところだし一人で退屈していたのよ」
「ご紹介が遅れました。私はカーヴと申します」
「私はミリア。こう見えてもリリムなのよ」
「リリム・・・」
私は驚きました・・・ミリア様がリリム・・・
つまり魔王様の御令嬢だったことです。先程私がミリア様に見惚れてしまったのはミリア様の放つ魅了の魔力に当てられていたのです・・・今は意図的にミリア様に魔力の放出を抑えていただいているので、私も平静でいられるようでした。
中に入れていただいた私は、ミリア様より食事を用意していただき、その後のお茶をごちそうになりました。ミリア様は私に旅のことについて聞かれ、楽しそうにお話を聞いていただきました。
「ふ〜ん、カーヴはソムリエになる為の修行として旅をしているのね」
「はい。ソムリエは私の目標、そしていずれソムリエの頂点ソムリエマスターとなることが私の夢です」
「そう・・・大丈夫。あなたならきっとソムリエになれるわ・・・そしてソムリエマスターにもね」
「はい・・・ありがとうございます。ところでミリア様、わずかながらではありますが、何かお礼をさせていただけないでしょうか?」
「そんな事気にしなくてもいいわよ」
「しかし、それでは私の気が済みません」
「う〜ん、そうは言われてもね〜・・・ん?・・・そうね・・・じゃあ宿代かわりにその貴方の持っている"ソレ"をいただけないかしら・・・?」
「えっ・・・!?"コレ"ですか・・・?そんなたいした"モノ"ではありませんが・・・」
「ダメかしら・・・?"ソレ"・・・とっても美味しそうなのに・・・♪」
「いえ・・・しかし・・・ミリア様の様な高貴なお方が召されるには少々
"コレ"は役不足かと・・・」
「そんなことはないわ・・・さあ・・・私の"ココ"に注いで・・・私を楽しませて・・♪」
「・・・かしこまりました・・・では・・・」
「ああ・・・♪おいしい・・・・・・・♪♪」
「ふう・・・さすがソムリエが目をつけるだけのワインね。とってもおいしかったわ♪」
「お褒めに預かり光栄です。ミリア様のお口に合ってなによりでございます。ですが、よろしかったのですか?あの様なワインで・・・」
「ええ、下手な高級ワインなんかよりも、コレくらいの親しみやすいワインの方が私にあっているもの」
ミリア様は宿代として私がこの旅の仕入れたワインを飲ませて欲しいとおっしゃられました。私はこの修行の旅のもうひとつ目的として、代表的なブランドワインは勿論ですが、ブランドではなく庶民にも"親しみやすい"ワインもこの旅で探しておりました。様々なワインの中でもミリア様が飲まれたワインは私が最も値段・品質がとれたものだと感じていたワインでした。それを見抜くミリア様はやはり只者ではありません。
「・・・・ねえ、今度は私がおいしいワインをいただいたお礼をしていいかしら?」
「いえ、その様なものいただく訳には・・・私は泊めていただいた身・・・そのお気持ちだけで結構でございます」
「謙虚なのね・・・でもお礼はしたいし・・・・・・!そうだ!!ねえ、その変わりといってはなんだけど、文通をしましょう!!」
「え?文通・・・ですか??」
「そう、文通よ。今から貴方に私の住んでいるこの住所を教えるわ。貴方が無事旅を終えたらその証として手紙を出す。そうすれば貴方の住所もわかる・・・ソムリエとして自立した貴方の店のね・・・そして私は貴方の店に招待してもらうの・・・どうかしら?」
「成程・・・わかりました。ありがたく頂戴いたします。そして、必ずこの旅を終えてソムリエとしてミリア様を御招待させていただきます」
「ええ、約束よ」
こうして私はミリア様と出会い、「約束」を交わしました・・・
その後私はミリア様との約束を胸にソムリエの修行に励みました・・・
母国へ帰国後はレストランでさらに修行を重ね、ソムリエ試験に合格し、ソムリエとして歩み始めました・・・
その後母国のソムリエコンクールで優勝を経て、自分の店を経営するまでにいたりました・・・
そして・・・
ガチャッ
「・・・いらっしゃいませ・・・ようこそ・・・ミリア様・・・・・」
「ええ、おめでとうカーヴ・・・夢が実現して私も嬉しいわ」
「・・・ミリア様には何とお礼を申し上げたらよいか・・・」
「そんなことは無いわ。私はただ退屈凌ぎに文通をしたかっただけよ?」
「しかし、その退屈凌ぎで私は夢をかなえることができました・・・本当に・・・ありがとうございます。」
私深々と頭を下げる
「顔をあげてカーヴ。さて、しんみりしたお話はこれでおしまい!早速だけど、注文するわね。マスターお勧めの白ワインとそうね・・・つまみはカーヴがあの後どんな修行の旅をしたかのお話を聞かせてもらおうかしら・・・?」
「かしこまりました・・・では、本日は心行くまでおくつろぎください」
「ええ・・・」
こうして約束の再開を果たした私とミリア様は共にその日はささやかに再開と私の独立を祝いました。
それからもミリア様とは引き続き文通を時々しておりました・・・
そして、レゼルバ様の時にも御相談にのっていただき、”あのワイン”をいただいたのです・・・
「ミリア様がいなければ、今の私は勿論、レゼルバ様にお仕えすることもございませんでした・・・感謝の言葉もありません」
「成程・・・そういった経緯がミリア様とあったのだな・・・」
「懐かしいわね・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「?どうかなされましたか?ご主人様??」
「ミリア様、大変申し訳ございませんが、そろそろ夜が更けてまいりました。本日の晩餐会はこれにてお開きということで」
「えっ・・・レゼルバ様??」
「そうね・・・もう時間も遅いし・・・そろそろお開きとしましょうか?」
「ミリア様??」
突然、晩餐会をお開きにしようとおっしゃるお二人。まだはじめってからそれほど時間は経過していないはずですが・・・
「今日はとても楽しかったわ。では、お休みなさい・・・」
「あっ・・・お休みなさいませ、ミリア様」
「お休みなさいませ、ミリア様」
私とレゼルバ様はミリア様をお見送りしてから私室へと戻りました。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あっあの・・・レゼルバ様・・・?」
先ほどからどうも様子がおかしいレゼルバ様に私は不安を隠しきれません・・・
「・・・・・・・・・・・・・・ドサッ・・・・・・・・・・・・・」
「えっ???」
不意に視界が反転しました。レゼルバ様がどうやら私をベッドに押し倒されたのです・・・
「・・・・ご・・・・ご主人様??・・・・・・・・・・・・・・・」
「動くな・・・・カプッ・・・・・・・・・」
「あ・・・・くあぁ・・・・・・・・・・・・」
突然レゼルバ様は私の首筋に噛み付き、血を吸われはじめました。
「ああ・・・どうされたのですか・・・?ご主人様・・・・??」
「じゅううううう・・・うるふぁい、ふこひらまっていろ(うるさい、少し黙っていろ)」
レゼルバ様はそういって私の首筋から離れようとはしません・・・
いくら日々の日課の吸血とはいえ、こんなに急に求められたことはありませんでした・・・
「ぷはぁ・・・!ふっ・・・貴様の血はいつ飲んでも美味だな・・・先ほどまで飲んでいたワインの酔いも手伝ってか昂ぶってきた・・・カーヴよ・・・今夜は寝かさんぞ・・・」
「どっどうされたのですか急に・・・」
「ふん・・・私だってたまにはこんな時もある・・・少々気分が悪いだけだ・・・」
・・・?先ほどまでミリア様と楽しそうに談笑されていたのに???私はレゼルバ様が何故気分が悪くなってしまったのかいまいち理解できておりませんでした・・・
「そんなことはどうでもいい!お前は私の下僕であり”夫”なのだ!ミリア様を満足させたのなら、私もミリア様以上に満足させろ!!
「・・・あ」
・ ・・そういうことですか・・・
「・・・ひょっとしてやきもちをやいておられますか?」
「なっ・・・・!?」
「そっそんなわけがなかろう!!なっ何故私がミリア様とのやりとりや思い出話をたのしそうに語るお前を見てやきもちなどを・・・あ」
「やはりそうでしたか」
「〜〜〜〜〜〜〜〜////////////」
ワインのせいでほんのり赤みがかっていたレゼルバ様の色白のお顔が茹蛸の様になってしまいました・・・それを両手で必死に隠すレゼルバ様・・・あまりみられない姿なので私もなんだか胸が高鳴ってきました・・・
「・・・かわいい・・・今のレゼ・・・すごくかわいいよ・・・それに・・・そごく嬉しいよそんなに僕の事を思ってくれてるなんて・・・」
「あっ・・・カーヴ・・・」
カーヴは私の両手をやさしくどけ、私の顔を覗き込んできた・・・カーヴの口調も心なしか砕けてきている・・・夫となった後も仕事中や日常生活では今でも敬語で話をするカーヴだが、こういう時だけは私を主としてのレゼルバではなく、「レゼ」という一人の女として見てくれる・・・
「ごめんね・・・変な勘違いをさせてしまって・・・でも、あの日誓ったレゼへの想いは絶対に
揺るがないから・・・一生・・・いや永遠に誰にも変えることはできないから・・・たとえミリア様でも・・・ね」
「・・・ふん・・・口だけなら・・・何とでも言えるぞ・・・」
「じゃあ、それを証明しないとね・・・さっきレゼが言っていたけど、本当に今日は寝かせないからね?」
「ああ・・・私を満足させてくれ・・・カーヴよ・・・」
「かしこまりました・・・」
そういってカーヴは私に口付けを交わす・・・
こうして私とカーヴの長い夜が始まろうとしていた・・・
このまま愛する夫との満ち足りた夜が永遠に続けばいいのにと私は心から願いつつ、愛する夫に身を委ねていった・・・
「ふふふ♪仲良くやっている様ね・・・」
レゼルバの屋敷を後にした私はあの二人の魔力を感じつつ呟いた。
レゼがあんなにやきもちやきだったのは以外だったけど、まあ確かに大好きな彼がほかの女の子の話を楽しくしていたら面白くはないわよね・・・私も同じ立場なら、たぶんやきもちやいちゃうんだろうな〜・・・
・・・レゼには言ってないけど、実はカーヴの事・・・ちょっと気になってたんだよね・・・謙虚でやさしくて、ワインの目利きは一流・・・私の夫として十分な素養があるんじゃないかと思ってた・・・でもあの時彼は旅の途中だったし、それの邪魔をするほど私は野暮じゃないつもり。人であろうと魔物であろうとどんな事にも目標に向かっている姿は輝いている。
そして、その彼があの時私に「助け」を求めた・・・彼助ける為、レゼの彼女の実家へ赴き、事情を説明してあのワインを手に入れた・・・あのワインをあげることでどういった結末になるか想像がついていたから、正直迷っていた・・・でも・・・ワインを渡しにいった日のカーヴからは「レゼルバを満足させたい」という強い想いが感じられた。だから清清しい気持ちであのワインを手渡すことができた・・・
この二人には幸せになってほしいと心から思えたから・・・
「さて、私も素敵な旦那様が見つけないとね。次はどこへ行こうかしら??」
そういって私は夜のデキャンタを後にした。
私の散歩はまだまだ終わりそうもなさそうだ。
〜THE END〜
ヴァンパイア領主レゼルバ=グラン=クリューゲルが治める地方であり、魔界でも有数の【貿易都市デキャンタ】があることでも有名だ。そのデキャンタでは様々な品物が人間界、魔界問わず流通しているが、現在の領主の取り計らいでとりわけワインの流通が盛んとなっている。
そのデキャンタの領主レゼルバの屋敷ではレゼルバと秘書兼世話係のカーヴが今日一日の貿易の取引に関する報告を取りまとめていた。
「レゼルバ様、本日の取引報告書でございます」
「うむ、御苦労・・・今日はまずまずのワインの取引高だな・・・レスカティエの件の影響からか一時期は取引が鈍っていたが、だいぶ良くなってきているようだな・・・」
「はい、レスカティエ陥落からしばらく時間が経過し、ワイン市場も徐々に落ち着きを取り戻しつつあるようです」
「その様だな。よし、引き続き市場の動向を探りつつ、安定供給量を確保しろ」
「かしこまりました」
「・・・さて、そろそろだな・・・」
「はい。そろそろでございます」
「準備はもうできておるのか?」
「はい、既に準備は整っております」
「ふ・・・相変わらず抜け目がないな・・・」
「恐れ入ります」
「では、私は着替えてくる。カーヴは先に行っていてくれ」
「かしこまりました」
今日の業務を終えた私は私室で着替えを済ませ、屋敷にある客間へと移動した。
今日の夜はとある「客人」を招いて晩餐会を開くのだ。
コンコン・・・・
ガチャッ・・・・
「ようこそ、お待ちしておりました・・・ミリア様」
「こんばんは、カーヴお元気そうね・・・」
「ミリア様もお変わりなく・・・さあ、お入りください」
そう言って私はミリア様をレゼルバ様の待つ客間へと案内いたしました。
「ようこそ。我が屋敷へミリア様」
「こんばんは。お久しぶりね、レゼルバ」
「はっ。お久しゅうございます。どうぞおかけください」
「ありがとう」
今日我が屋敷へお招きしたのは現魔王様の娘「リリム」であるミリア様だ。
我らヴァンパイアを含む全魔物の頂点に君臨している魔王様の御令嬢がわざわざ一魔界貴族である私と会話をしたり、訪ねられるなどもっての他だが・・・
「かしこまりました。カーヴ、ミリア様へのもてなしの用意を」
「かしこまりました。すぐに用意いたします」
「今日はカーヴが晩餐用意してくれるって聞いたから、どんなおもてなしをしてもらえるのか、楽しみね♪」
「はい。必ずや御期待に沿えるものを用意させていただきましたので・・・では」
カーヴはそう言って準備の為に一旦客間を離れ、厨房へと向かっていった・・・
・・・私ではなく、私の世話係であるカーヴがミリア様と面識があるのだ・・・
カーヴは今でこそインキュバスとなり、我が”夫”であるが、カーヴが夫となるそのきっかけを作っていただいたのはこのミリア様なのだ。以前はただの人間に過ぎなかったカーヴがいかにしてミリア様と接点をもったのかが私の中でずっと疑問となっていた。
「ふう・・・さすが、カーヴね。私の好きな白ワインにピッタリのおいしい料理を出してくれたわ♪」
「うむ・・・さすがだな・・・料理に合わせた最適なワインを組み合わせる・・・さすが、元ソムリエマスターだな・・・」
「はっありがたいお言葉です。インキュバスになってからというもの、よりワインの質を敏感に感じ取れるようになっておりますが、日々刻々とかわるワインの質には最細心の注意を払い、その時々で最良のワインを提供する・・・これこそがソムリエの使命でございます。ソムリエとしての肩書きも称号も既に過去のものにすぎませんが、その誇りと使命だけは一生胸に刻んでおります」
「ふふ、相変わらずストイックね♪貴方らしいわ」
「恐れ入ります」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
やはり・・・気になる・・・・・
何故あそこまで打ち解けているのだろうか・・・?
過去に・・・私の知らないカーヴの過去に何があったのだろうか・・・・??
私は少し迷っていたが、直接そのあたりのことを聞き出す機会もないので、思い切ってミリア様にたずねてみた・・・
「あの・・・ミリア様・・・失礼は承知でお伺いいたしますが、その・・・カーヴとは・・・どこで知り合われたのでしょうか・・・?」
「えっ・・・?カーヴと??う〜ん・・・確かあれは〜・・・」
「そのことついては私からお話させていただけないでしょうか?」
「カーヴ?」
私の横で待機していたカーヴが突然話に割って入ってきた
「はい、レゼルバ様にはミリア様との出会いの事は詳しくお話したことがございません。ミリア様との出会い・・・そしてミリア様への感謝も込めてお話させていただきたいのです。」
「・・・わかった・・・」
「ありがとうございます。それでは、私がミリア様と出会うこととなったお話をさせていただきます・・・」
私とミリア様が出会ったのは数年前・・・まだ私がソムリエの修行として各地を放浪していた時の事でした。ある時私は道中とある国の森の中で迷ってしまい、途方に暮れておりました。しかし、偶然にも森の中にある民家を発見しました・・・明かりが灯っていたので、人がいるのだと確信した私はその家ドアをノックしました。
コンコン「こんばんは。どなたかいらっしゃいませんか?」
ガチャッ
「はい。あら?どちら様??」
「あ・・・・」
中から現れたのは美しい女性の方でした・・・
しかし、その女性からは人間にはあるはずの無い漆黒の翼、尻尾が生えていました・・・その姿は世間的に言うサキュバスに似ていましたが、私がこの放浪の中で出会ったサキュバスとはまったく違う印象をもちました。しばらくの間胸が高鳴り、私はその女性に完全に見入っておりました・・・
「あら、いけない」
家主と思われる女性がそう言うとふと私は我に還りました。先程までとは違い目の前の女性を前にしても平静を保てるようになっておりました。
「あっ・・・すみません、少しぼうっとしてしまいました。あの・・・突然で申し訳ありませんが、私は旅をしている者なのですが、この森で迷ってしまい、夜を迎えてしまいました・・・どうか一晩だけここに泊めていただけないでしょうか?」
「まあ、それは大変・・・さあ、中へ」
「ありがとうございます・・・なんとお礼を言ったらよいか・・・」
「気にしないで。私もこんなところだし一人で退屈していたのよ」
「ご紹介が遅れました。私はカーヴと申します」
「私はミリア。こう見えてもリリムなのよ」
「リリム・・・」
私は驚きました・・・ミリア様がリリム・・・
つまり魔王様の御令嬢だったことです。先程私がミリア様に見惚れてしまったのはミリア様の放つ魅了の魔力に当てられていたのです・・・今は意図的にミリア様に魔力の放出を抑えていただいているので、私も平静でいられるようでした。
中に入れていただいた私は、ミリア様より食事を用意していただき、その後のお茶をごちそうになりました。ミリア様は私に旅のことについて聞かれ、楽しそうにお話を聞いていただきました。
「ふ〜ん、カーヴはソムリエになる為の修行として旅をしているのね」
「はい。ソムリエは私の目標、そしていずれソムリエの頂点ソムリエマスターとなることが私の夢です」
「そう・・・大丈夫。あなたならきっとソムリエになれるわ・・・そしてソムリエマスターにもね」
「はい・・・ありがとうございます。ところでミリア様、わずかながらではありますが、何かお礼をさせていただけないでしょうか?」
「そんな事気にしなくてもいいわよ」
「しかし、それでは私の気が済みません」
「う〜ん、そうは言われてもね〜・・・ん?・・・そうね・・・じゃあ宿代かわりにその貴方の持っている"ソレ"をいただけないかしら・・・?」
「えっ・・・!?"コレ"ですか・・・?そんなたいした"モノ"ではありませんが・・・」
「ダメかしら・・・?"ソレ"・・・とっても美味しそうなのに・・・♪」
「いえ・・・しかし・・・ミリア様の様な高貴なお方が召されるには少々
"コレ"は役不足かと・・・」
「そんなことはないわ・・・さあ・・・私の"ココ"に注いで・・・私を楽しませて・・♪」
「・・・かしこまりました・・・では・・・」
「ああ・・・♪おいしい・・・・・・・♪♪」
「ふう・・・さすがソムリエが目をつけるだけのワインね。とってもおいしかったわ♪」
「お褒めに預かり光栄です。ミリア様のお口に合ってなによりでございます。ですが、よろしかったのですか?あの様なワインで・・・」
「ええ、下手な高級ワインなんかよりも、コレくらいの親しみやすいワインの方が私にあっているもの」
ミリア様は宿代として私がこの旅の仕入れたワインを飲ませて欲しいとおっしゃられました。私はこの修行の旅のもうひとつ目的として、代表的なブランドワインは勿論ですが、ブランドではなく庶民にも"親しみやすい"ワインもこの旅で探しておりました。様々なワインの中でもミリア様が飲まれたワインは私が最も値段・品質がとれたものだと感じていたワインでした。それを見抜くミリア様はやはり只者ではありません。
「・・・・ねえ、今度は私がおいしいワインをいただいたお礼をしていいかしら?」
「いえ、その様なものいただく訳には・・・私は泊めていただいた身・・・そのお気持ちだけで結構でございます」
「謙虚なのね・・・でもお礼はしたいし・・・・・・!そうだ!!ねえ、その変わりといってはなんだけど、文通をしましょう!!」
「え?文通・・・ですか??」
「そう、文通よ。今から貴方に私の住んでいるこの住所を教えるわ。貴方が無事旅を終えたらその証として手紙を出す。そうすれば貴方の住所もわかる・・・ソムリエとして自立した貴方の店のね・・・そして私は貴方の店に招待してもらうの・・・どうかしら?」
「成程・・・わかりました。ありがたく頂戴いたします。そして、必ずこの旅を終えてソムリエとしてミリア様を御招待させていただきます」
「ええ、約束よ」
こうして私はミリア様と出会い、「約束」を交わしました・・・
その後私はミリア様との約束を胸にソムリエの修行に励みました・・・
母国へ帰国後はレストランでさらに修行を重ね、ソムリエ試験に合格し、ソムリエとして歩み始めました・・・
その後母国のソムリエコンクールで優勝を経て、自分の店を経営するまでにいたりました・・・
そして・・・
ガチャッ
「・・・いらっしゃいませ・・・ようこそ・・・ミリア様・・・・・」
「ええ、おめでとうカーヴ・・・夢が実現して私も嬉しいわ」
「・・・ミリア様には何とお礼を申し上げたらよいか・・・」
「そんなことは無いわ。私はただ退屈凌ぎに文通をしたかっただけよ?」
「しかし、その退屈凌ぎで私は夢をかなえることができました・・・本当に・・・ありがとうございます。」
私深々と頭を下げる
「顔をあげてカーヴ。さて、しんみりしたお話はこれでおしまい!早速だけど、注文するわね。マスターお勧めの白ワインとそうね・・・つまみはカーヴがあの後どんな修行の旅をしたかのお話を聞かせてもらおうかしら・・・?」
「かしこまりました・・・では、本日は心行くまでおくつろぎください」
「ええ・・・」
こうして約束の再開を果たした私とミリア様は共にその日はささやかに再開と私の独立を祝いました。
それからもミリア様とは引き続き文通を時々しておりました・・・
そして、レゼルバ様の時にも御相談にのっていただき、”あのワイン”をいただいたのです・・・
「ミリア様がいなければ、今の私は勿論、レゼルバ様にお仕えすることもございませんでした・・・感謝の言葉もありません」
「成程・・・そういった経緯がミリア様とあったのだな・・・」
「懐かしいわね・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「?どうかなされましたか?ご主人様??」
「ミリア様、大変申し訳ございませんが、そろそろ夜が更けてまいりました。本日の晩餐会はこれにてお開きということで」
「えっ・・・レゼルバ様??」
「そうね・・・もう時間も遅いし・・・そろそろお開きとしましょうか?」
「ミリア様??」
突然、晩餐会をお開きにしようとおっしゃるお二人。まだはじめってからそれほど時間は経過していないはずですが・・・
「今日はとても楽しかったわ。では、お休みなさい・・・」
「あっ・・・お休みなさいませ、ミリア様」
「お休みなさいませ、ミリア様」
私とレゼルバ様はミリア様をお見送りしてから私室へと戻りました。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あっあの・・・レゼルバ様・・・?」
先ほどからどうも様子がおかしいレゼルバ様に私は不安を隠しきれません・・・
「・・・・・・・・・・・・・・ドサッ・・・・・・・・・・・・・」
「えっ???」
不意に視界が反転しました。レゼルバ様がどうやら私をベッドに押し倒されたのです・・・
「・・・・ご・・・・ご主人様??・・・・・・・・・・・・・・・」
「動くな・・・・カプッ・・・・・・・・・」
「あ・・・・くあぁ・・・・・・・・・・・・」
突然レゼルバ様は私の首筋に噛み付き、血を吸われはじめました。
「ああ・・・どうされたのですか・・・?ご主人様・・・・??」
「じゅううううう・・・うるふぁい、ふこひらまっていろ(うるさい、少し黙っていろ)」
レゼルバ様はそういって私の首筋から離れようとはしません・・・
いくら日々の日課の吸血とはいえ、こんなに急に求められたことはありませんでした・・・
「ぷはぁ・・・!ふっ・・・貴様の血はいつ飲んでも美味だな・・・先ほどまで飲んでいたワインの酔いも手伝ってか昂ぶってきた・・・カーヴよ・・・今夜は寝かさんぞ・・・」
「どっどうされたのですか急に・・・」
「ふん・・・私だってたまにはこんな時もある・・・少々気分が悪いだけだ・・・」
・・・?先ほどまでミリア様と楽しそうに談笑されていたのに???私はレゼルバ様が何故気分が悪くなってしまったのかいまいち理解できておりませんでした・・・
「そんなことはどうでもいい!お前は私の下僕であり”夫”なのだ!ミリア様を満足させたのなら、私もミリア様以上に満足させろ!!
「・・・あ」
・ ・・そういうことですか・・・
「・・・ひょっとしてやきもちをやいておられますか?」
「なっ・・・・!?」
「そっそんなわけがなかろう!!なっ何故私がミリア様とのやりとりや思い出話をたのしそうに語るお前を見てやきもちなどを・・・あ」
「やはりそうでしたか」
「〜〜〜〜〜〜〜〜////////////」
ワインのせいでほんのり赤みがかっていたレゼルバ様の色白のお顔が茹蛸の様になってしまいました・・・それを両手で必死に隠すレゼルバ様・・・あまりみられない姿なので私もなんだか胸が高鳴ってきました・・・
「・・・かわいい・・・今のレゼ・・・すごくかわいいよ・・・それに・・・そごく嬉しいよそんなに僕の事を思ってくれてるなんて・・・」
「あっ・・・カーヴ・・・」
カーヴは私の両手をやさしくどけ、私の顔を覗き込んできた・・・カーヴの口調も心なしか砕けてきている・・・夫となった後も仕事中や日常生活では今でも敬語で話をするカーヴだが、こういう時だけは私を主としてのレゼルバではなく、「レゼ」という一人の女として見てくれる・・・
「ごめんね・・・変な勘違いをさせてしまって・・・でも、あの日誓ったレゼへの想いは絶対に
揺るがないから・・・一生・・・いや永遠に誰にも変えることはできないから・・・たとえミリア様でも・・・ね」
「・・・ふん・・・口だけなら・・・何とでも言えるぞ・・・」
「じゃあ、それを証明しないとね・・・さっきレゼが言っていたけど、本当に今日は寝かせないからね?」
「ああ・・・私を満足させてくれ・・・カーヴよ・・・」
「かしこまりました・・・」
そういってカーヴは私に口付けを交わす・・・
こうして私とカーヴの長い夜が始まろうとしていた・・・
このまま愛する夫との満ち足りた夜が永遠に続けばいいのにと私は心から願いつつ、愛する夫に身を委ねていった・・・
「ふふふ♪仲良くやっている様ね・・・」
レゼルバの屋敷を後にした私はあの二人の魔力を感じつつ呟いた。
レゼがあんなにやきもちやきだったのは以外だったけど、まあ確かに大好きな彼がほかの女の子の話を楽しくしていたら面白くはないわよね・・・私も同じ立場なら、たぶんやきもちやいちゃうんだろうな〜・・・
・・・レゼには言ってないけど、実はカーヴの事・・・ちょっと気になってたんだよね・・・謙虚でやさしくて、ワインの目利きは一流・・・私の夫として十分な素養があるんじゃないかと思ってた・・・でもあの時彼は旅の途中だったし、それの邪魔をするほど私は野暮じゃないつもり。人であろうと魔物であろうとどんな事にも目標に向かっている姿は輝いている。
そして、その彼があの時私に「助け」を求めた・・・彼助ける為、レゼの彼女の実家へ赴き、事情を説明してあのワインを手に入れた・・・あのワインをあげることでどういった結末になるか想像がついていたから、正直迷っていた・・・でも・・・ワインを渡しにいった日のカーヴからは「レゼルバを満足させたい」という強い想いが感じられた。だから清清しい気持ちであのワインを手渡すことができた・・・
この二人には幸せになってほしいと心から思えたから・・・
「さて、私も素敵な旦那様が見つけないとね。次はどこへ行こうかしら??」
そういって私は夜のデキャンタを後にした。
私の散歩はまだまだ終わりそうもなさそうだ。
〜THE END〜
15/01/11 22:36更新 / KOJIMA